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「お世辞をいうのは、愛情のない証拠です。お世辞をいうぐらいなら、皮肉をいってあげた方が愛情です」(川島雄三)

2016-04-14

Kurobaku2016-04-14

[]ルーム(アイルランド、カナダ2015 レニー・アブラハムソン監督)

昔、私が考えてた映画シナリオにこんなのがあった。それは刑事モノで、主人公の刑事の恋人(奥さんでもいいが、いわゆるヒロイン)が、刑事を憎む凶悪犯に誘拐される。どこかの廃屋あたりに監禁され、凶悪犯に激しく痛めつけられる。そして殺されそうになった瞬間に間一髪、主人公の刑事が駆け込んできて、犯人は射殺、ヒロインは助かる。もう何百回、何千回も刑事映画やドラマで繰り返されてきたパターンだ。私のは、それを冒頭数分で済まし、映画本編は助かった刑事とヒロインのその後をメインに描く内容である。助かったヒロインは凶悪犯に痛めつけられたせいで精神的な外傷(PTSD)を受け、まともな社会生活が送れなくなっていた。それに責任を感じた刑事が献身的に看病する。しかしヒロインの病は重く、ついには刑事の仕事に支障が出始める…。当時はハリウッド映画でマッチョな刑事が好き勝手に暴れまわる話が多かったので、そのアンチテーゼを私はやりたかったのだ。犯人を殺し、助けたヒロインを抱きしめ、事件は解決でめでたしめでたし…なワケないやんか、と。

本作『ルーム』を見ていて、そんな二十数年前の、自分が書かなかったシナリオのことを思い出していた。変質者に七年間も監禁されていたヒロインと子どもが、勇気を奮って脱出する。普通のハリウッド映画だったらその脱出劇がクライマックスになり、大きな興奮と感動を呼ぶだろう。しかし、この映画は脱出劇までが半分で、残りの半分は脱出してからの、その後の二人の生活を描く。最初は助かって家族は喜んでいたものの、子どもが変質者との間に生まれた存在だという事実を考えるとどうしても複雑な心境になってしまう。その上、心ないマスコミに傷つけられ、ヒロインはうつ状態になる。ついには監禁されていたときの方が本当は幸せだったのではないかとまで、この映画はヒロインを追いつめる。おお、そこまでやるか、と。不遜ながら私のシナリオではそこまで描けてたかどうか、自信がない。

当然のことながら、「ハリウッド映画へのアンチテーゼ」なんて幼稚な動機で書こうとしていた私と違い、この映画はもっと深くて感動的な結末を用意している。大人がどう考えようと、子どもは新しい世界に順応し、前に向ってどんどん進んでいく。その子に導かれて、ヒロインも真の意味で監禁されていた部屋から脱け出し、新たな一歩を踏み出す。その可能性を示して映画は終わる。実に感動的だ。

しかし、欲をいえば、前半と後半でクライマックスが二回あるのが、ドラマを弱くしている気がする。なにも自分のシナリオの方がいいというつもりはないけど、尺がほぼ真ん中なので人によっては、後半が蛇足のように感じる人もいると思うのだ。どちらのエピソードがメインで、どちらがサブか、示す必要があったのではないか。どうも私には前半のクライマックスがエンタメ的なサービスに思えてしょうがない(見終わってからだよ、もちろん)。あと、監禁されていた部屋でヒロインは子どもを産んだようだが、そういう医療知識もなさそうなヒロインはもちろん、変質者の男がどうやって出産させたのかも少し気になる。重箱の隅をつつくわけではないけどね。

<4/14 TOHOシネマズ鳳、スクリーン7、座席M−12にて鑑賞>