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「お世辞をいうのは、愛情のない証拠です。お世辞をいうぐらいなら、皮肉をいってあげた方が愛情です」(川島雄三)

2016-08-01

Kurobaku2016-08-01

[]トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(米2015 ジェイ・ローチ監督)

1940年代〜50年代、赤狩りの犠牲になってハリウッドから干されながら、なおも戦い続け、ついには一線に返り咲いた伝説の脚本家:ダルトン・トランボ(昔はドルトン・トランボという表記だったと思うが)の生涯を描いた作品。

赤狩りのこと、トランボとその作品のことは知っていたが、具体的に誰がどうかかわって、何があったのかはよく知らなかった。だからエドワード・G・ロビンソンがトランボと交流があり、公聴会で仕事ほしさに裏切った、なんていう話は、この映画で初めて知った。ヘレン・ミレン扮する元女優の業界記者ヘッダ・ホッパーなどの話も興味深い。アメリカ映画の永遠のヒーロー、ジョン・ウェインが嫌な奴として出てくるのも面白い。どうせなら同時期のエリア・カザンの話などにもちらりと触れてほしかったとか、変な欲も出てくる。ブルース・クックの原作評伝は読んでいないのでわからないが、おおむね事実に沿って描かれているのだと思う。

しかしこの映画の本当の魅力は、そういった赤狩りやトランボの勉強だけに留まるわけではない。そういうのが目的なら本を読めばよい。

私はこの映画の、トランボが『ローマの休日』の脚本を友人のイアン・マクラレン・ハンターに託す場面が好きだ。ハンターは最初断るけど、トランボの事情を察して、仕方なく受け取る。その際、ハンターは『王女と無骨者』というタイトルがよくないと進言し、少し考えてから「『ローマの休日』はどうだ」と言う。一緒に連れてきたトランボの娘がサンデーか何かを食べながら「私もそれがいいわ」。トランボはその場で表紙に書かれたタイトルをペンで書き直す。…これは史実なのか? 一説によると『ローマの休日』というのは皮肉的な意味合いが込められているらしいが、このやりとりだとそんな雰囲気はない。だけども、この場面は最高に温かくて好きだ。どうしてこんなに温かさを感じるのだろう。勝手な想像だが、もしかしたらハンターがタイトルを考えたとすることによって、トランボの手柄を奪ってしまった彼の後ろめたさを少しでも軽減してあげようという、作り手の優しさが背後にあるからかもしれない。実際ハンターはアカデミー脚本賞を受け取っても、後でトランボにオスカー像を渡しに行くようないい奴なのだから、そういうことがあってもおかしくない。

この映画にはそういう人間的な温かさが随所にある。トランボが小さな娘に「共産主義者」とは何かを教える場面もいいし、トランボにB級映画の脚本を書かせた小さな映画会社の社長フランク・キングがトランボをかばう場面もいい(演じたジョン・グッドマンは、『マチネー』でウィリアム・キャッスルに、『アルゴ』でジョン・チェンバースに扮したこともある)。変人的な雰囲気で描かれるオットー・プレミンジャーも、旧いハリウッドの体質を壊そうとするカーク・ダグラスも愛すべき人物として描かれている。また『スパルタカス』の試写を見たケネディがTVカメラに向かって「いい映画だ、これはヒットすると思うよ」と語り、赤狩りの時代が終わりつつあるのを示したのも印象的だった。そこには優れた映画人トランボと彼を評価し、愛した人たちに対する畏敬の念が感じられる。

トランボを演じたブライアン・クランストンが巧い。逆境に立たされ、屈辱的な目に合わされても、飄々とした態度は崩さず、頑固にたくましく立ち向かっていく姿を演じる一方で、仕事のために家庭を犠牲にしたことを妻に指摘され、我に返る一家庭人である姿も演じて見せた。ちなみにバスルームでタイプライターを打つ姿が「全身脚本家」という感じでかっこよかったが、あれは他に家で邪魔されずに書く場所がなかったため、とこの映画では描かれていた。

<8/1(月) 大阪ステーションシティシネマ、シアター7、座席H-5にて鑑賞>

八尾のポコペン八尾のポコペン 2016/09/26 17:28 エリア・カザンの話は、あえて入れていないんだとおもいます。今となれば、逆狩りになってしまうし、トランボの評価を下げてしまいかねませんからね。僕は、監督のジェイ・ローチが、「オースティン・パワー」シリーズや「ミート・ザ・ペアレンツ」シリーズと打って変わって、何故、この題材で映画を撮ろうとしたのか、知りたかったし、大いに興味があります。※ちなみは、僕は両シリーズ大好き、です。

くろばくくろばく 2016/09/27 04:41 >ポコペンさん まいどです。私もジェイ・ローチ監督がなぜ、と思って、見てました。名前で検索すると監督インタビューが出てきました。そこでは父親が国防関係の仕事をしていたので、早い時期から赤狩りや公民権運動を意識していたと言っています。それが今回の映画に繋がったとか。まあ、そろそろコメディ以外の仕事もしたかったんじゃないか、とか私は想像しましたけどね。しかし家族の温かい描き方など『ミート・ザ・ペアレンツ』と共通するものもあり、私はそれほど作風は変わっていないと思いましたよ。

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