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Kyojiのよろずひとりごと このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008-11-02 情報社会の落とし穴(3) コミュニケーション不足の構造 このエントリーのブックマークコメント

さて、昨日まで「わかったつもり症候群」情報に対する受身の姿勢が思考停止の風潮を生む背景に対する私なりの分析について書きました。

ここでいう「情報に対する受身の姿勢」とは目や耳にした情報の信憑性や背景について自分で調べたりせず、情報に対して自分なりに吟味し考えるといったことを一切しないで無批判に「鵜呑みにする」状態のことをいいます。実はこういう受身の姿勢が別の傾向を生み出しているように思います。それは最近日本人全般に見られるコミュニケーション不足」です。

 よくコミュニケーション不足」といいますと、いわゆる若者とそれ以外の世代との「ゼネレーションギャップ」の話になりがちですがここではそういう話とは少し違います。ゼネレーションギャップというのはいつの時代にも存在するものですが、ここでは世代、の要素も勿論ありますが必ずしもそれだけに限定されないような気がしています。

 もともと日本人というのは島国でしかも「村社会的」体質が強いといわれています。いわゆる「あ、うん」の呼吸、というものがあり余計な言葉を使わなくても意思が通じるといった、海外の人にとっては理解不能なコミュニケーション手段がありました。しかし時代の変遷とともにそうしたものは失われ今は「あ、うん」の呼吸なるものは殆ど絶滅寸前といっていいでしょう。

 つまりもともと「言葉を使った」コミュニケーションというものを日本人は得意としていない部分があり、かくして外国語を覚えるのも他国民と比べて極端に下手なのもそうした体質があるのが原因のような気がします。そのためかつては「言葉が存在しなくとも」世代間で受け継がれていた文化というものが今や受け継がれにくい状態になったのは否めません。

 話が変わりますが、アメリカ社会も「家族崩壊」といわれていますが実は家族同士のコミュニケーションを重視するところがあり、父親が地域のお祭りに子供たちを連れて行くー特に欧米の場合は「教会」が地域のコミュニケーションセンターの役割を果たすことが多いのですがーその中で音楽、服装、道徳といった人間としての「基本的なもの」を教える機会の役割を果たしています。離婚率が高い、とか言われているアメリカですがそうした部分はとても大事にしています。

 ところが今の日本社会を見ますと、こういう機会が皆無

といっていいかもしれません。

 アメリカは教会にせよ地域のお祭りにせよ、そういった場所で白人はカントリー、黒人はR&Bソウル、という彼らの生活に根ざした音楽が受け継がれ、服装やマナー、食事などが身についていきます。それも大人たちの「古い価値観」を押し付けているのではなく、音楽や衣装、踊り、食事等で家族や地域のコミュニケーションがとられ、そのことによって音楽にしてもそして人間としての基本的なマナー、常識が「自然に」受け継がれていきます。日本も地域ではそういった催しをしているところもありますが、若い世代に対してそうした場で「受け継ぐ」場所というのがあまり積極的に行われている印象がありません。

 この基本構図にはお互いがお互いの考えを「わかったつもり」になっていて、最初からお互いの真意を測る努力を測っていないという構図が見えてきているような気がします。つまりお互いを「わかっていたつもり」で全くわかりあっていない、というのがこのコミュニケーション不足につながっているような気がします。

 この基本的な家族の間でのコミュニケーション不足ーこれはゼネレーションギャップとは明らかに違います。また大人の方の価値観を一方的に押し付けるのとも違います。ですからコミュニケーションの不足を一方的に若い世代のせいにするのは問題の本質を見誤ります。双方の意思の疎通に関して努力をする必要があります。

  ニート引きこもりというのは日本独特の現象である、ということをご存じですか? そうです。正しいニュアンスを伝えた英語は存在しません。これに近い生活をしている人は捜せば欧米社会にもいるかもしれませんが、これほど大勢の人間が「引きこもり」になっているのは他の国では例がありません。ですから「俺たちの世界」という映画が海外でものすごく注目を浴び、強い興味を持って見られたのですが..

つまりなぜ一昨日の記事のような「常識レベルの知識」すら持たない人が増えているのか、それは

1.「わかったつもり症候群」による断片的情報のみで判断する傾向。

2.情報に対する受身の姿勢による思考停止

そして

3.家族や周囲の考えの「わかったつもり」から来る社会全体のコミュニケーションの崩壊

以上の3点が起因しているように思います。尚、よくマスメデイアを中心に「コミュニケーションの崩壊」はゲームやアニメのせいだ、とか日常とバーチャルの差がわからなくなったからだ、などという議論が出ますが実は私はそれは違うと思っています。それは現代人の情報処理のプロセスというものを全く見ておらず、単に表面的な事象のみでそういう結論を出しているように思います。実は上記の3点は最近特に若い世代によく見られる「想像力の欠如」の原因にもなっていると思います。これに関しては明日続きを書きます。