『ニライカナイからの手紙』

●素晴らしい作品だ。数多くの映画を見ていて、何年に一度こういった素晴らしい作品に出会えるその喜びは非常に大きい。
こういった素晴らしい作品を紡ぎだしてくれた監督や脚本家、カメラマン・・・そしてスタッフの一人ひとりに感謝を示したいほどの気持ちだ。

●最初はよくある沖縄ものかな?と思っていたのだが、この映画はいわゆる沖縄ものとは別である。
沖縄の風俗や風景を主として映画の中心に置いた映画では「ナビィの恋」や「ホテル・ハイビスカス」などがあるが、まあなんだか沖縄沖縄していて
映画としてはどうかな?というものが多かった。沖縄物にすればヒットは確実!みたいな通説も映画界には出来上がっていて、それにおんぶに抱っこして映画を作っているのではないか?そう思えるものが多いと思える。けっして悪い映画ではないのだが、なんだかなぁ??という感じの映画のことだ。

●そういった沖縄ブームの映画とこの「ニライカナイからの手紙」は明らかに別格である。

●内容的には沖縄でなくてもこのストーリーは成立する。沖縄が主題ではない。だが、沖縄であるがゆえに『ニライカナイからの手紙』という映画の題に実に見事な奥深さが付加されている。これが「天国からの手紙」「神様の国からの手紙」という題であったら・・・・ちょっと興ざめした部分もあったかもしれない。それでは余りにベタで工夫がなさすぎるからだ。

●沖縄の神話、琉球の神話である神の国桃源郷・・・・ニライカナイ・・・・そこからやって来る手紙・・・・その言葉と背景状況の選択が秀逸と言えるであろう。

●冒頭、映画の舞台となっている竹富島の風景が映しだされる・・・・だが、海の青さ、空の青さ、砂浜の色はどちらかといえばキラキラとしてはいない。通常沖縄に感じるような海を含む風景の奇麗さが出ていない・・・・と思ったのだが、これは直ぐに自分の思い過ごしと気が付く。くっきりとしたコントラストのきいた絵ではないが・・・・あの沖縄のムッとたあの暑さがフィルムに表現されていた。そう、あの暑さのなかで目の前の景色は若干ぼやけるのだ、空気が膨張しているからなのだ、ギラギラとした暑さではなく、ずっと溜め込まれた自然のなかの暑さでは、風景はすこしぼやける・・・それがこの映画には出ていた。実際に何度も沖縄の暑さ、那覇ではなく、離島のあの景色を感じ、見ていなければそれは分からなかっただろう・・・・この映画に納められている沖縄の風景は、やすっぽいミーハーな言い方でのキレイさは無い。ただし、本当の沖縄の空気感はとじ込めれている。それはカメラマンと監督の技量によるものに紛いない。


●主人公は蒼井優でなくてもこの役であれば大丈夫だったかもしれない。演技力、その内容という意味では。だが、ニュートラルで妙な色を発していない蒼井優だったからこそ、この映画にはぴったり嵌まった。妙な演技力や表現力、美貌、声は作品に色を付けてしまう。蒼井優は無着色であり、映画にも余計な色は付けない、映画のストーリーとイメージをなんら邪魔しない。それでありながら、がっしりとした存在感を示している。その蒼井の天性のフィーリングこそがこの映画をより素晴らしいものに昇華させている。
蒼井優の無垢で純粋な有り様こそが、蒼井優の質であり、他にはない才能であるのだろう。その効果はきっと監督を含めこの映画に関わったスタッフの想像以上のものだったのではないだろうか? なにもでしゃばらない、なにも強く押しださない、自然に空気のごとく存在しつつも映画に大きな影響を与える役者・・・・そういう役者はめったにいない。恐るべし蒼井優というべきであろう。

●一旦竹富島に戻った風希の元に島の人が、それぞれ食べ物や花や色々なものを風希のところに持ってくるシーンがある。夜、暗くなってもその人の列はずっと続いている・・・・・セリフはなくとも心にジーンと響くシーンだ。何か沖縄的な宗教儀式、神を崇める儀式をモチーフにしたシーンなのではないだろうか?日常性とは異なるまるで見たことも聞いたこともない不思議で厳粛なシーンだ。監督はこのシーンに何を投影しようとしていたのだろうか? 非常に心に突き刺さるシーンだ。

●撮影手法はちょっと独特。カメラのアングルが意図的に日常生活の人間のアングルとずらされている。それが妙な不安定感や不安感、非現実感を見るものに感じさせているようだ。

●冒頭からやたらと俯瞰するように高い位置から撮影した映像が続く、誰かが岩井的な絵だと書いているのを読んだが、この映像は岩井的ではない。全編を通して岩井を感じることはなかった。これは非常に数少ないオリジナルな撮影感覚だろう。

●教室で先生と相談するシーンではかなり引いた位置から机の脇をすり抜けるように被写体に近づく移動撮影がされている。非常に計算され、しかもかって見たことの無い感覚の優れた撮影シーンだ。パニックルームでデビット・フィンチャーが使っていた手法にも似ているが真似ではない。

●先に書いた竹富島に風希が戻ってきて島の人々がそれぞれ手土産を風希の元に届けに来るシーンも高い位置からの俯瞰撮影されている。

●井の頭公演や東京での生活場面、蒼井優演じる風希を撮影するカメラは視線の位置を普通の人間の感覚よりも微妙に上下にずらしている。これもまた不思議な新しい感覚だ。

●知り合いには「タイトルからしてラストは想像できた」と言っている人もいるが、感覚の鈍い私はまるでタイトルから何かを想像付けることをしなかった。言われてみれば確かにタイトルはこの映画の全てを物語っているのだが、私は単に沖縄の古い神話の桃源郷というイメージしか湧かなかった。だからこそラストでは非常に驚いたし、こんなにも静かで衝撃的な感動が待っているとは思わなかった。もう絶句するほどの感動を味わった。

●一言で言おう!素晴らしい作品だ。このような素晴らしい作品はそう何本もあるものではない、沢山の映画のなかで、私はこの映画を今後も多くの人に「素晴らしい映画」「なにか見るのならこの映画」と勧めることだろう。

蒼井優という希有の才能、そして熊澤尚人という監督の技量と感覚、そして心の在り方・・・・・そう言ったものが結晶して一つの素晴らしい物語を結実させた。

●大絶賛、アプローズである。

ニライカナイからの手紙」映画サイト
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5510

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