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2007-03-31 藤沢オデオン閉館・・・・なんだかとっても寂しい。

[]71年の歴史を持つ素晴らしい映画館今日で閉館となる。

●一番最後の上映は足を運ぼう。一番思い出に残る映画館なのだから。〔3/31日記

●〔7/18記〕どうも、藤沢デオンの閉館に関することは書く気持ちがおきなかった。閉館から3ヶ月半経過してようやく何か書こうと思う。というか書ける気持ちになってきた。そう言えばあの3月31日は曇っていて今から思えばまだ冬の気配が残っていてちょっと寒かった。

●藤沢オデオンが閉館しますという告知がHPに掲載されたのは3月15日位だったと記憶している。その告知を見たときは一瞬呼吸が止まるほどエッっと驚いた。地元の映画館であり、北口のキネマ88は趣もあり、シネコンとは一線を画した本当の映画館らしい映画館だった。それが閉館!しかもたったあと2週間後で・・・・余りに急すぎるんじゃないの。前々から決まっていたことかもしれないけど、2週間前に告知するなんてちょっと酷いんじゃない?そんな気持ちもあった。でも多分、こんなに押し迫ってから閉館を告知するということは、裏になにかあるんだろうなってそんなふうに思えた。複雑な事情?それとも別の外部の人間では知ることのない、気持ちとか思いとかが。

●特に良かったのはやはり北口のキネマ88だ。建物外壁には名画のパネルが張られていて、いかにも昔の映画館と言う感じがしていた。入り口からホールに入ると古い映写機がオブジェとして置かれていて、扇型に広がった階段を登ると、本当に劇場と言える雰囲気の映画空間が広がっていた。なんとなくタイタニック号のホールのような、そんな感じでもあった。しかもシートはリクライニングが出来るというもう感涙ものの作りだった。豪華というのではないけど、白いカバーシーツが掛けられて本当に映画を心地よく楽しめる空間であった。何年か前にシートの入替えを行う前までは、前から3番目位の真ん中の席のリクライニングが壊れていて後ろにダランと倒れたままであった。でもそれも愛嬌でほほ笑ましかった。

観客の少ない平日の興行で、かなり前の方に座ってこのリクライニングを思いっきり倒してスクリーンを見上げるようにして寝そべって見る映画は極上の娯楽であった。こんな映画館は知っているかぎりでは広島サロンシネマが似たような感じだったというだけで、他では見たこともなかった。

●そんな藤沢オデオンも閉館してしまった。雨の中マトリックスを見に行ったこと、このブログにも書いてあるけど「タイヨウのうた」で監督タイヨウ兄弟応援団がgood bye days合唱したこと・・・・・思い起こせば色んなシーンが蘇る。

●なんで閉館してしまうんだろう・・・・・自分勝手だけど3月31日までずっとそう思っていた。

●閉館のお知らせがHPに掲載されてから暫くすると3月最終週の劇場スケジュール更新された。すると最終日の3月31日は空白のままだった。「31日の予定はまだ決まっておりません」そう書いてあった。オデオンのシネマクラブチケットがまだ残っていたので、閉館する前にこの劇場で見れるだけ映画を見ておこうと思った。払い戻しもしてくれる旨の告知があったが、そういう気持ちにもなれなかった。

●キネマ88に行って劇場のスタッフの男の人に聞いてみた「最終日の予定がまだHPでは書いていないのだけどどうなるの?」

するとそのスタッフの人は「最終日ですからみんなで何かしようと考えているのですがまだ決まっていないのです。決まったら告知しますので」ということだった。70年の歴史に幕を閉じる、その最終日にどんなことが催されるのだろう? ちょっと、いやかなり期待した。なにか一生の思い出になるような素敵な催しが行われるんじゃないかと、誰か有名な人が来るんじゃないかとか? 支配人が思い出を語ってくれるのかな?とか

●そんなふうに勝手な、だけど皆が思うような一観客としての期待を持って毎日のように藤沢オデオンのタイムスケジュールの更新を楽しみにしていたのだけど、閉館数日前になって最終日のスケジュールが公開されたときは・・・再び、え、なんで?という気持ちだった。

前日までと全く同じ上映スケジュール。なにか特別な事が行われる訳でも何でもない。映画のタイトルと上映開始時間だけが書き込まれているだけだった。・・・・・・・何も特別なことはない・・・・そこに含まれる思いを一人の映画館のファンとして身勝手に想像している自分があった。

●藤沢オデオンは凄く頑張っていた映画館だと思う。シネコン全盛の今の時代にあって、いろんなアイディアでお客さんを呼ぼうとしていたし、映画ファンの壺を押すような巧い上映作品の選択も一つの特徴だった。だけど、実際のところ、藤沢に住んでいるの女の子でさえも「映画を見るなら横浜とか、みなとみらいに行く。キレイなシネコンで見る」と言っているのが多かった。これは「洋服買うなら横浜か渋谷まで出る。藤沢じゃ良いものないもん」なんて言っているのと同じ感覚だろう。

●映画を見る、ショッピングをするというのはエンターテイメントであり、レジャー、娯楽である。少ない週末の休み日常学校生活仕事から切り離して楽しみたいと思う時、やはりお洒落な街、メディアに取上げられる街、大きな街、刺激のある街・・・地元からは離れた街!・・・そういった所に行きたいと思うのはとてもナチュラルな気持ちだ。だからこそ地元の映画館で見るという行為はエンターティメント、レジャー、娯楽の方向性とは趣を異とするものである。

●藤沢は湘南地区では充分に大きな駅であり、街なのだけど・・・・・でもほんの10数キロ離れた横浜や、そこから20分電車に乗れば着いてしまう渋谷よりは・・・・明らかに地方である。お洒落な街として話題に上ることもない。首都圏通勤通学する人の居住地、そんな感じでしか見られていない。いくら良い映画館だと言っても、周りの街からわざわざ藤沢に映画を見に来るということは、まず無い。わざわざ足を運ぶなら、大きなシネコンに賑やかな街の映画館に行ってしまう。

●そんな中で藤沢オデオンで映画を観る観客の数はどんどんと減っていったのであろう。この映画館に来る観客は地元のオジサン、おばさん、子供学校に行っている間の時間で友達と来る専業主婦、そして休日も地元の映画好きとか、逆にわざわざ離れたシネコンなどに行かなくても近場の地元の映画館で観れるならそれでいいやという人たちが中心になっていった。もちろん、中高生大学生などの若い映画をよく見る世代も来てはいたけれど、比率で言えば少なかったと思う。

●70年という歴史の中で、時代も、情勢もがらりと変わった・・・・・。

●本当の事を言えば、自分だって、何故藤沢オデオンを良く利用していたのかというと、シネマチケットを購入すれば一作品1080円程の料金で新作の映画を観ることが出来ること(やはり通常の鑑賞価格1800円は高い)。そして、ホントにこれは自分勝手なんだけど、この映画館は空いていたから・・・・ガヤガヤ騒々しくなく、上映前に延々並ばなくては行けないなんてこともめったに無く、上映20分前に行けば良い席に座れて、静かに映画そのものを楽しむことが出来たからだ・・・・・・それは、映画館の経営には全くプラスではない観客側の都合の良さであり、わがままであったのだ。

●藤沢オデオン、閉館で検索すると多くの人の今回の閉館に対する残念だというコメントが見つかる。殆どの人がやはり「シネマ88」が良かった。空いているのが良かった・・・・というようなことを書いている。(自分と同じように)

皮肉っぽい良い方だが、結局自分たちは藤沢オデオンの近さと安さ、観客の少なさを自分に都合よく利用していたにすぎない。自分にとってとっても居心地が良い、使いやすい、経済的な映画館として藤沢オデオンを利用していたのだ。・・・・・・その都合の良さが無くなってしまうことに、残念だという思いの方が、皆強いのではないか?そう思える。そして都合良く利用していたい我々は藤沢オデオンの経営状態だとか、利益だとか存続だとか、そういうものの手助けには殆どなっていなかったのだ。我々は便利で安くて都合が良いから藤沢オデオンを利用していただけで、藤沢オデオンを存続させるとか、もっと売上げを、利益を上げるてもらうために藤沢オデオンを利用していたわけではないのだ。2年位前から上映回数が間引きされ、作品が交互に上映するといようなスタイルになっていた。あの頃から、相当厳しいんだろうなとはひしひしと感じてはいたのだけれど。

●最終日3月31日の一番最後の上映を南口の藤沢オデオンに見に行った。最後の上映作品は『ドリーム・ガールズ』だった。ひょっとしたらラストの上映後に何かを期待したのか?(いやそれは穿った見方だろうか)最終上映は劇場がほぼ満席だった。映画のエンドクレジットが流れて場内が明るくなったとき拍手が会場全体から湧いた。でも支配人が出てくるわけでもなく、長い間有り難うございましたという挨拶があるわけでもなく、何もなくそのまま拍手は止み、いつもの上映と何も変わりなく、観客は会場から出された。それが藤沢オデオンの最終上映のほんとの最後の様子だった。

●最後の週はロビーから階段まで昔懐かしい映画のポスターが張ってあった。それは映画の歴史を感じさせるとともに、藤沢オデオンの上映の歴史と、もうこれでお終いとポスターの向こうから誰かが喋っているかのようであった。

●ここからは完全に自分の勝手な解釈と詮索だから勝手に書かせてもらおう。

●藤沢オデオンの女性の支配人、そして沢山いたスタッフは(女性が多かったという気がする)最初は最終日になにか来てくれた観客にイベントとかサービスとかなにかを考えていたのだと思う。70年の歴史の最後なのだから、皆でお別れ会をしようとか、普通の考えられるように支配人が出てきて挨拶をするとか、事によれば最終日はタダにして近隣の人に映画館に来てもらおうとか、色んなアイディアを出して最終日を意義あるものに、思いで深いお別れの日にしようと考えていたのではないかと思う。その証拠に最終日の上映はギリギリまで決まらなかったのだから。

●でも、何もしなかった。ほんとに全く何一つとして特別なことはしなかった。きっとそれは女性支配人が悩んでずっと考えて、そう決断したのではないかと思う。スタッフみんなに「最終日は特別な事は一切しません。通常撮り、今までと何も変わらず上映をし、そのままお終いにしたいと思います」そう伝えたのではないかと思う。そして最後の日は、この劇場で一緒に働いてきたスタッフだけでお別れの会をしようと、そうしたのではないかと思う。

●ありふれたどこでもやるような最終日のイベントなどせず、71年の歴史を閉じるのは自分たちスタッフだけで行いたい。そう支配人は思ったのではないだろうか。だって、最終日に来た名も知らぬ沢山の観客(やじ馬的な人も多数いるだろう)は藤沢オデオンの歴史や苦しみを共有したわけではなく、最後だからって来たそういう客なのだから。(自分も含めて)

●それでも多くのファンが居て、藤沢オデオンが好きでここで多くの映画を観る人たちが居たからこそ、藤沢オデオンは息をつないでいたのかもしれない。でも、そんな人たちも自分を含めて、藤沢オデオンの存続にはなんら力には成り得ぬ不特定多数の第三者でしかないのだ。そして藤沢オデオンを都合よく利用していた客でしかないのだ。

●だから、最後の最後は、苦しみも喜びも共にした劇場の家族のようなスタッフとだけ、お別れの瞬間を噛みしめたい、時間を共有したいと、支配人はそう思ったのではないだろうか? 何知らない、何も関係ない、この劇場が無くなってもどこか他に行けばそれで済む唯の観客と何かをするのではなくて・・・・・自分は「それでいいんじゃないだろうか」ってそう思う。

自分も最後の最後には何かを期待して劇場に行った一人だけど。何もなかったことに少しガッカリした一人であったけど。

●劇場の外に出るとデジカメ写真をとっている人が何人か居た。自分ももう暗く成った劇場を何枚か写真におさめた。

最後だから、北口のキネマ88にも行って見た。劇場の入り口には『71年間有り難うございました』という立て看板が立ててあった。既に上映は終わった劇場内部では誰かが後片づけをしていた。キネマ88の向いにある飲食店の若い夫婦が「最後だから挨拶にいこう」といって、劇場の中に入っていった・・・・・・。

●そして、藤沢オデオンは閉館した。1997年3月31日土曜日 まだ冬の気配は残っていて灰色の空と肌寒い一日だった。

●藤沢オデオン最後の上映となった作品は『ドリーム・ガールズ』だった。藤沢オデオンは支配人が女性の方で、スタッフも女性が多く、上映作品も女性、OLに好まれるような作品を多く選んでいたし、そういう傾向で劇場を作っていた。そうして考えてみれば最終回に上映された『ドリーム・ガールズ』の題名の通り、女性のスタッフがこの街で映画館を運営して頑張って夢を描いていた、ドリーム・ガールズが最後までがんばって映画に夢を見続けていたそういう劇場なのかもしれない・・・・・。最後の上映作品はその気持ちの現れなのだろう・・・・と勝手に思っておくこととする。

●劇場閉館の時に既に売却先は不動産会社に決定していて映画館は継続する予定はありませんと告知されていたが、閉館から3ヶ月半経過した7月下旬になってもキネマ88の壁面には映画のアートワークがまだ残っていて、劇場も閉まってはいるが3月末となんら変わりない状態である。よもや復活することはないとは思うのだけれど・・・・・今でも残る劇場の姿を見ると、ひっとしたら?なんて期待をしてしまう・・・・そんな気持ちである。

[]『ドリーム・ガールズ』これがミュージカルか?  映画批評 by Lacroix

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アカデミー賞にもノミネートされ、やれ感動のミュージカルだ、傑作だと話題にはなっていたが・・・・。どうも自分最近のミュージカルと呼ばれる作品がまるでダメである。

●往年の『サウンド・オブ・ミュージック』『ウエストサイドストーリー』『アニー』『マイ・フェアレディ』などは疑いなく素晴らしい作品と認める。だが昨今のミュージカルと呼ばれる映画はどれも観るに堪えない。

●ちょっと前にアカデミー賞を作品賞を含む6部門も受賞した『シカゴ』も似たようなものだ。何が嫌かというと、昨今のミュージカルはセリフを唄に置き換えているわけだが、その歌い方がほぼ総じて「がなりたてている」状態なのだ。大声でギャーギャー喚いている。大口を空けて腹の底から声を出して、ガーガー叫んで歌っているものばかりなのだ。 上に書いた昔のミュージカルはそうではなかった。抑制の効いた、静かな場面では静かに、力強く訴える場面では大声でとキチンと唄として分別を弁えて映画の中に組み込まれていた。それが『シカゴ』にしても、この『ドリーム・ガールズ』にしてものべつまくなく、歌いはじめると大声でギャーギャーがなりたてている。叫んで喚いてるような状態なのである。

●いつからミュージカル映画はこうなってしまったのだろう? 趣も情緒もない。だったら普通のしゃべっていたほうがよっぽど感情表現が出来るだろうと思う(それではミュージカル映画にはならないのだろうが)

●『ドリーム・ガールズ』も予想通り、最初から最後までセリフの代わりにギャーギャー喚いていた。それだけの映画である。五月蝿い、ノイジー、なんでこんな映画に感動出来るのか?(まあ、多くの人は感動しているようだが)


●ということで、叫び声が五月蝿すぎ、キャラクターの設定もどろどろと濃すぎ、映画として自分は全くダメです。この映画を含めて最近のミュージカルを素敵だなんて言っている人は上に書いたような往年のミュージカル映画を見直してみて欲しい。そこにある深さや豊かさはこんながさつな映画の比ではない。

●これを観てしまった後、当分ミュージカル映画を劇場でみることはなくなりそう、そう思った。

★映画批評 by lacroix