『歩いても 歩いても』

●東京で暮らす次男夫婦が、長男の命日に田舎(と、言っても三浦半島じゃ田舎ってほどじゃないんじゃないの? 地元民としてはそう思うが・・・)に戻ってくる。そのたわいもない一日を描いた作品。しかし、その大きな出来事もないごく普通の日常、そのたった一日の出来事なのに、実に味わい深く、そして実に面白く映画にしている。

●是枝監督の作品で「花よりもなほ」はお笑い満載の時代劇映画だったが、この辺りから派手ではなく、余り特殊で目立ったこともせず、技巧に寄らず、本当に極普通の風景を撮りながらも、そこに味わいと余韻をしみ込ませるといった映画の作り方がされていた。それはまるで小津安二郎の映画の世界を彷彿させるものである。

●「誰もしらない」はそのストーリーの哀しさに涙し、感動したが、そこからまた違った方向に進んでいる是枝監督の作品は、邦画の中では非常に貴重な存在となっていくのではないだろうか? 見せかけやはったりではない、本当の根っこの部分で作られていく映画。そんな感じを受ける。

●役者の演技も見物。樹木希林はもう妖怪級の演技力だ。阿部寛にしても、原田芳雄にしても、監督がキチンとコントロールして、この映画のイメージにピタッと嵌まる演技をしている。この辺りは役者の演技力もあるが、監督の力が大きいであろう。

●YOUはちょっとなんだかなぁ?と思ったのだが(この人もどこへ言っても同じ演技だからねぇ)少し捻くれた娘役でこれもストーリーに合っている。子供たちもいいねぇ。遊んでいるシーンなんかはホントに普通に演技じゃなく、こんな風に夏の一日をはしゃぎ回っていた子供っていたよなぁと思い出させる絵になっている。

夏川結衣はキレイだねぇ。初めてこの女優を見たのはテレビの「愛と言う名のもとに」に脇役で出ていた時だったと思うけど、あの頃はまだ目茶苦茶若く、美人では有るけどイマイチ派手さがなく、ちょっと演技も下手でセリフも舌足らず、この娘はなかなかブレイクしにくいかな? なんて思ってた。その後は確かに大人気という感じにはならなかったけれど、着実にキャリアを重ねて、今ではもう40歳。でも美しさはキチンと出てるし、演技はもう熟成されたという感じだ。是枝監督が選んだだけのことは有る。

●映画の中に登場する料理シーン。豪華な料理ではなく、本当に家庭の手作りという料理がいい。ザクッザクッと野菜を切る音なども食感を刺激する。本当に美味そう。豪華なディナーじゃない、こういう昔から味わってきた心に残っている家庭料理の味。こういうものには、女性よりも男の方が反応するだろうな。

●手作りの料理の他に、昼のお寿司はなんかあんまり感じなかったが、夜の鰻重がなんとも美味しそうであった。「お昼はお寿司で夜は鰻重なんてホントにもうこんな美味しいものご馳走になって」なんてセリフがあったが、本当に美味しそうだった。お土産の水羊羮なんかも夏っぽいし、ほんと日本の夏の家庭の風景がなにからなにまですっかり入っているという感じである。素晴らしい。

●地元三浦半島で撮影された映像は、見ていて「ああ、あの辺だろうなぁ」と思えるところが沢山出てくる。しかも、ここに住んでいなければ分らないかもしれないけれど、撮影された絵の空気や風のなかに・・・海の潮っぽさが入っているのが分かる。そう、海から吹いてきた風、その空気には何となく潮っぽい感じが混じっている。カラっとしているのじゃなく、少し湿った感じのあの空気感が家族が歩いている風景の中にキチンと出ている。

●夏の暑さを無理矢理表現しようとして、霧吹きで顔や首筋、シャツを汗が噴いたようにする演出。あれはわざとらしくてバレバレ。特にテレビとかだともうダメ。本当の汗が出た感じとは程遠い。この「歩いても歩いても」は海辺の民家の、暑い夏だけどそれほどギラギラしていなくて、縁側の窓を空ければ涼しい風が吹き込んでくる。ちょっと暑いけど、まあ夏を感じるには丁度いい暑さ。そんな感じが巧すぎる位に出ている。

●風鈴を使ったり、水まきしたり、西瓜を食べたり、そういう夏の表現は幾らでもありふれているけど、是枝監督のこの映画では、何一つわざとらしさが無く、全てが昔経験したようなあの本当の夏のそのままである。

●波も、山場も、ほとんど抑揚もなく、淡々としすぎているような映画は自分の好みとしてはどちらかと言えばダメなのだが、この映画はそれだけじゃない、もっと奥深いものをしっかりと内包している。

●実にイイ、素晴らしき夏の日本の映画である。「今どんな映画がいい? オススメは?」と聞かれたら100%確実に「歩いても 歩いても」だよ、と答える。

●文章を書いて、色々ブログや監督、出演者のインタビューなども読んでいたら、なんだかもう一回映画館でこの映画を観たくなってきた。こういうふうに思える映画って・・・なかなかない。久し振りである。

追記:「歩いても 歩いても」の公式ブログを見ていたら、出演者、監督のコメントリレーがとっても面白かった。特に樹木希林さんのコメントは、映画をもう一度見たいと思わせてくれる温かい感じ。無断転載だけど、ご勘弁。

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第9回 6月17日 樹木希林さん
原田さんの髪は何であんなに多くて、しっかりしててつやつやなのかな。
きっと性ホルモンのバランスがいいんだねえ。奥さんも美形だし、おっぱいも2つそろってるしーー
こっちはヤケクソでおいしいもの食べてますよ。
でも、年とって美食するとすぐ体にさわるし、ふんだりけったりですよー

是枝さん、あなたの映画に出ると皆いい役者に見えてきます。
ブタも木に登るらしいので、皆で気を付けましょう!

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最後の一言はピリッと辛くて笑える。素晴らしい人だねぇ。

追記2:タイトルの「歩いても 歩いても」の意味は人生の苦しさやその繰り返しのことを比喩しているのかと考えていた。全然気が付かなかったが。映画の中で樹木希林演じるおばあさんが、思い立ったようにEP盤のドーナッツレコードをステレオに掛けてもらうシーンがある。それが、いしだあゆみの1969年ヒット「ブルーライト・ヨコハマ」であり、その歌詞の一部が「歩いても歩いても 小舟のように・・・・」である。ああ、なるほど、ここから取ったのかとようやく気が付いた。

○「タイヨウのうた」にしても「ラヴァーズ・キス」にしても、その他沢山の映画で、この辺り、湘南、逗子、葉山、鎌倉はロケに使われる。歴史的な建物も多いというのがあるだろうし、都心からも1時間半ほどの距離。帰りたくなったら直ぐ帰れるロケ地としてやりやすいのであろう。あまりフザケタ連中もいないし。ロケをしていても皆遠くからちょっとのぞいて見てるという感じで、大騒ぎになったりすることはあまりない。そういうものに住民も距離をとって、邪魔しないようにしている感じかな?
この映画を観ていたら、ああ、あの辺かな? ん、あそこだ。というように見覚えのある景色が沢山出てくる。それを確認するというのも面白いもので、昔は別に映画のロケした場所なんて気にもしてなかったんだけど、イイ映画で、心に残るシーンは、その場所に行ってみると「ああ、ここで撮影が行われたんだなぁ、見てみたかったなぁ」なんて思って感慨に耽ってしまう。

○この映画の中で特徴的なシーンは
(1)母親とお墓参りをする墓地、そしてそこから見える海の景色 
(2)老夫婦が登る手すりの錆びた階段 
(3)家から海岸に出たところにある妙に特徴的な弧を描いた歩道橋 
などがある。(1)は直ぐに久里浜だなぁってわかった。実際の場所は久里浜霊園ということだ。(2)の階段は樹木希林さんも、監督も気に入っているらしく、監督が「いい、階段を見つけましたよ」とプロデューサーに報告した場所とのこと。監督は札幌での試写会で「葉山の住宅地にある階段」と言って、場所ははっきりどことまで分らないけど・・・と言っていたようだが、自分もこの階段の場所には行って見たいと思った。葉山町内でこう言った階段のある場所は大体限られているけど、最初ネット上の情報で一色台周辺ではないか?という書き込みを見たのだが、実際に一色台に行って見ると似たような錆びた手すりの階段はあるが、映画で使われた場所とは違っていた。んーどこだろうなぁ?とこういうシチュエーションの場所をあちこち想像してみて「ん、一色台ではなく、別の場所だな」と当りを付けてちょっと行って見た。そこは大きな車道から細い道に入った所で、地元の人でもこの辺に家とかがなければ通らない場所。ちょっとうろちょろしてみたら・・・・あ、あつたぁ、ありました・・・あの階段だ。なんだか導き寄せられるようにここに来た感じがして、少し感動。スタッフの人にこの辺の住人が居たんじゃないかなぁ? こんなところ普通じゃ絶対に通らないでしょ。と思いつつ、その階段を昇ってみる。樹木希林さんの言うようにこれが家の玄関に続いていて毎日登るんじゃ相当にしんどいだろうなぁと思った。 家の裏山を越えたホントに直ぐ側。なんだかこの映画がより親近感を持って感じられるようになってしまった。そして(3)の横断歩道。撮影は朝早くとか行われたんだろう。本来海沿いの幹線道路だから夏なら人も、車も多くて撮影しにくいはず。でも映画の中ではあまり車も通らず、静かな海沿いの道という感じだった。この横断歩道も錆びてちょっと古くなった感じ。ぐるっと回った形の階段が印象的。海岸線の横断歩道は殆ど建替えられ、立派なものになってしまっている。こういう古いのが残っているのは三浦海岸から金田湾に入る道か、平塚の大磯方面だろう、と思っていた。だが、是枝監督のHPにある「スタッフ日記」文:砂田麻美さん。を読んでいたら、2007年8月27日の日記でこの横断歩道のシーンの撮影の事が書いてあり、どうもそうなると平塚の気象ブイの見える辺りだなっと判明。そして、この横断歩道は134号線の○ケ浜に掛かっているものと分った。その場に行って見ると、ありましたありました、あの歩道橋が。今度は写真を撮ってここにアップするかな?
映画のロケ地を見て歩くというのもなかなか面白い。近いからではあるけど、これも映画を楽しむ一つの方法かな?
[:W300]
■是枝監督インタビュー http://eiga.com/movie/53384/interview/