LACROIXのちょっと辛口 映画批評 (批評、感想、レビュー、業界所感 ) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-04-22 『愛のむきだし』むきだしているのは愛ではなく傲慢な感情。

LACROIX2010-04-22

[]『愛のむきだし

●「出来上がった作品には監督生き方とか、人生だとか、考え方が結局は全部乗り移る。隠そうとしても隠せるものではない。観客には全部わかってしまう」

ある監督の言葉だ。100%ではないけれどその言葉に同意している。

●そして、これまで観てきた園子温の監督作品から自分が感じて来たものは「全くこの監督とは考え方が合わない、たぶん今後も作品を観たとしても感動も、共感もすることはないだろうと」というものだった。昨年観た『気球クラブ、その後』でもやはり同じ感想しか持ちえなかった。「ああ、もうこの監督の作品は観なくてもいいな」と思っていた。

●『愛のむきだし』という作品が随分とあちこちで傑作だなんだと絶賛され、ファン投票や年間ベストテンなどの企画でも1位に選ばれたりしているので、なんだそれは? と思ったら監督は園子温。しかも尺が4時間。ああ、またこの監督はおかしなこととやってるなと思った。だが、やはり気にはなる。ちょっとネットで他の感想などを読んでみると「傑作だ、邦画集大成だ、これぞ純愛を描いた作品だ、感動した・・・」等々随分と凄まじく称賛されている。それを素直に受け取るわけではないが、そこまで書かれていると「やはり観ておくか」という気になる。

●しかし4時間というのは異常だ。またこの監督はそういう突飛なことをして目立とうとしているのじゃないかと直ぐに思ったが、これまた「4時間の長さを感じないとか、あっという間だった」という書き込みも多い。さてどんなものかと思い、まあ4時間だから、ながらでぽつぽつ観ることとしようと決め、画面に向かった。好きになれない監督の作品というフィルターはなるべく外して鑑賞したが、やはりこれは園子温の作品であり、やはり好きになることも、良いと言う気にもなれない作品だった。

●作品を撮り重ねて以前よりも技巧が上がったからだろうが、演出のメリハリ、テンポの良い展開で、確かに4時間がだらだらと退屈に流れる訳ではなく、苦痛ではなかった。それでも4時間なんて必要ない。まったく必要無い。これはまるで原稿料を稼ぐために要りもしないエピソードをあれこれ詰め込み、要りもしない改行を繰り返してページ数を稼いでいるやたら長い大衆小説のようなものだ。

エンターテイメント作品としてはなかなか面白い。だが、エンターテイメントとして観客に飽きさせない技を監督が身に付けたとしても、それがはっきりとしたエンターテイメント作品(怪獣ものやらドンパチアクションホラーもの)に対して使われるのであれば良しだが、この作品は違う。この作品のモチーフは愛とか宗教信仰、そして新興宗教にとらえられた人といったエンターテイメントではないものばかりではないか。この作品は語るべき対象と伝えようとする手法がちぐはぐに結びつけられている。それを異常な長さの中に押し込めて形にした技は認めるとしても、それはまやかしであり、ごまかしの技だ。

食堂で一番安く効果的な宣伝方法は、飯やオカズの盛りを”おお!”と思うくらいの大盛りにすることだという。普通よりも見栄えで多いと思う程度でいい。実は味もさほど秀でたわけでもない街道沿いの食堂がモヤシキャベツ等の安い食材を使ってオカズを増量し(肉は増やさない)、山盛りにし、味付けは濃い目にし、安い米を使ってご飯も大盛りで提供すると、腹を空かした人の人気を集め行列ができ、ごった返す。そして味自体はごく普通なのに「あの店はいいよ、美味しいよ」という口コミをが生まれ繁盛する。悪意はないが、客はまんまとハメられている。だけどそこに気がつかない。味は普通で量だけが多めの食堂なのに、客はしごく満足して店を出る。この映画はまさにそういうものだ。

安い食堂ならそれでもいい、だが、映画は違う。

●この話は実話で、知り合いの盗撮マニアの友人の妹が新興宗教に入り、それを引き戻すという本当の話から作られたという。それが、映画を作っていく段階で一本走っていたストーリーにあれやこれやと思いつくままに面白そうな話を貼り付けていったらこんな長さになってしまったかのようだ。せっかく撮った話が割と面白いからこのまま全部繋いだままにしてしまえ・・・そんなノリで作られた映画だろう。(これだけあれこれ話を繋げればこんなに長くもなるだろう)

●この映画を本当の純愛映画だとか、”むきだしの愛”の映画だとか言っているけれど、この映画の中で純愛だとかの部分は多分全体の10%も無い、それもほとんど最後の部分だ。90%はギャグでありコミックでありギミックだ。観客はコミックの部分が面白くて映画を見続け、最後の部分でガツンとちょっとシリアスなストーリーでクイっと栓を締められたものだから「ああ、面白かった、ああなんて素晴らしい愛の映画なんだ」と飲み込まれ丸め込まれ、それまでのストーリー全部を純愛だと意識操作されてしまっているのではないか?

一番最後にキュンと来る純愛のエピソードを見せらたら、それで全部が純愛映画になってしまうというのか?

●この映画は全然愛の映画でも純愛の映画でもない。そういう部分はほんの少ししかないのだから。なんだか今まで知らなかった好奇心を刺激する盗撮だ、新興宗教だなんて話に引きずられ、それが一連の話として繋げられ、わけのわからぬままラストまで連れてこられて、一番最後に「これは愛だぁぁ!」とドーンと花火打ち上げられたものだから「おおぉぉ!そうだ、愛だー! 愛なんだ!愛だったんだー!」と拳をあげて賛同してしまう。この映画を絶賛して愛だなんだと言っている人は、まるでそんな人じゃないだろうか?  

それはまんま新興宗教に見事にはめられてくようなタイプの人。新興宗教が人の心を陥れ宗教にはめる手法そのものだ。

●終わりよければ全て良しという言葉はあるけれど、まんざらでもないラスト。そこに至るまでの、興味津々でそこそこ面白いエピソードの詰め合わせ、山盛り。それだけでこの映画を傑作だなんだと言っているのは映画のなんたるかとは別事の評価だ。大盛りの定食屋料理のなんたるかとは別事と同じだ。

大盛りテンコ盛りの定食にも価値はある。だが、それは傑作や名作と呼ぶ価値とは違う。

人間の原罪、懺悔、勃起、盗撮、セーラー服パンチラ、校内乱射、レズ自慰、血しぶき、暴力、新興宗教、ヘンタイ!! と興味、好奇心を抱かせる話題(小鉢)を次々出され、いつのまにか4時間経過してしまっていてお腹は満腹、あれ、全然飽きなかった、面白かったんじゃない? と思ってしまう錯覚。それは、そこそこの味のちょっと変わった小鉢料理を沢山並べられ、食べているうちに時間も経ってなんとなく満足してしまっている感覚。満足させられてしまっている感覚だ。それがこの映画だ。好奇心を煽るちょっと覗いてみたい知らない世界の話。それは上手に盛りつけられた小鉢の料理であり、調味料を使って誰にでもそこそこに美味しいと感じられるように調理され、たくさん並べられた小鉢のなかの食材なのだ

●映画の内容を話せば、この映画でむきだしにしているのは”愛”じゃないだろう、むきだしにしてるのは”感情”だろう!それも即物的な欲情、色情である。どうしてそれが”純愛”なんだ? なんでそれが”むきだしの愛”なんだ? わがまま自分勝手自己中に振る舞い、傲慢で放漫な自己の感情を身勝手に吐き出すこと、それが”むきだしの愛”だというのか? ばかじゃないのか? むきだしの自己欲じゃないか。そうズバっと切って落としてしまう。自分は。

●四時間が全く飽きなかった、あっという間だったなんて言ってる人も多いが、テレビトレンディードラマを4,5週分まとめて観たという感じであろう。HDに録画しておいたものを週末にまとめて観たら全然飽きずに4時間位続けて観てしまう。TVドラマ視聴者を飽きさせないテクニックで繋げられているからだ。それはドラマの力量とは違う。飽きなかったから凄い映画なのか? 飽きないことが作品のクオリティーであるものか! ましてや作品や監督の力量であるものか!(飽きてしまうような映画は論外ではあるけれど)

●この映画はえらく長いエンタメ作品というべきだろう。宣伝文句は”純愛エンターテイメント”になっているが、これは純愛映画でも愛の叙事詩でもない、繰り返し言うが、その要素は映画の中でほんの少ししかない。人間の原罪だとか、盗撮だとか、虐待だとか、新興宗教だとか、もうあれこれ貼り付けられているけれど、なにか一つをこれだ!って訴えるような作品ではない。最後には「愛だぁ!」で落とし前をつけているけれど、きっと『愛のむきだし』という題も、純愛だとかいう説明も、出来上がったものを観たらそういうふうにしたほうがいいだろうってことで考えた”後付けの言葉”であろう。最初からそういう風に考えて、そういうコンセプトに沿って作られて持ってきたものではあるまい。

●この映画を絶賛し、素晴らしい、感動した、傑作だなんて言っている人、そんな人こそ邪心な新興宗教に陥る予備軍たる人じゃないかと思えてしまう。それこそひょんなことでちょっと落ち込んでハチ公前でベンチに座ってうな垂れている所を「みぃつけた」って言われただけで自分が見い出された、救われたと思ってしまい、新興宗教に意図も簡単に捕まって、関係のない周りの人間にまで「あなた幸せにしてあげるためにこう言ってるの」なんて言って、むりやり洗脳された俗教義を押し付け、それを少しでも広げることが世の中を平和にすることなのだ、人を幸せにすることなのだなんてとてつもない勘違いして、甚だしく周りに害悪迷惑を加える、そういった危ない一歩手前の予備軍というべき人なんじゃないか。トンと背中を人さし指で押されたらあっさりあっち側に落っこちてしまう人。自分がそうだなんて思っていなくてもこの映画が純愛だとかむき出された愛だと思っているような人は、そういう新興宗教に見事につかまり嵌まってしまう要素を心の中に抱えた人じゃないだろうか。エヴァンゲリオンだとかに熱狂していたオタクな連中と同じような人だろうとも思ってしまう。(まあかなり独善的な言い方だが、敢えてそう書く)

●あれこれ寄せ集められたエピソードの山だが、愛のむきだし、いや、愛というよりも自分の傲慢な感情のむきだし、それを一番に表現していたのはユウでもヨーコでもなく、渡辺真起子演ずるカオリであろう。カオリの行動、感情表現は愛ではなく傲慢な自己欲を抑制せずに噴出させているものだ。

●ヨーコを演ずる満島ひかりの演技を絶賛している向きもあるが、下手くそではないが絶賛するような演技とまではいかない。 だが嗚咽して泣くシーンはかなり感情が入っていて凄さがあった。
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●この映画の中で絶賛すべき演技はおぞましい新興宗教の幹部コイケを演じた安藤サクラだ!  新興宗教団体がいかにして人の和の中に入り込み、いかにして人を陥れていくか、その手口が事細かに表現されていることには目を見張った。盗聴、盗撮によって家族しか知りえないことを知り、それを利用して徐々に人の心を掌握し、人を陥れていく様はおぞましいばかりだ。そしてそれを演ずる安藤サクラの凄み。こういう宗教団体、たしかに朝の渋谷なんかによく並んでいた。似たようなシーンは『紀子の食卓』にもあったが。

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●満島ひかりの自慰シーンは正直オッとこれも目を丸くしてしまう場面。このシーンはかなりエロティック、かなりのH度だ・・・。このシーンはAV以上?
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●自分がこの映画を観てズシンと来たシーンはコイケが「オマエも同じだよ」と言って自分の体に日本刀を突き刺し自死するシーンだ。この映画、変なコミカルなエピソードなんか入れないで、新興宗教団体に勧誘され、その中で幹部になり、周りの人を陥れていき、だが最後には悲しさを抱えて死んでいく一人の女性なんてストーリーで組み上げたら、重く強烈なアジテーションを持った、熊井啓的な社会派問題作、名作が出来上がったかも?自分はコイケのエピソードにこそ注目する。

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●園子温の作品は好きではない。それはやはりこの作品にも当てはまる。それでも今まで観た他の作品よりはいいという事だけは感じた。思いつきを暴走させるなら井口昇の方がいいとは思うが、いつか、何十年か先には自分も良いと言える作品が出てくるかもしれないな。まあ相変わらずこの監督の作品は積極的に観ようとすることはないだろうけれど。

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追記)主人公ユウのオカマ魔女のような格好はなんなんだろうと思っていたのだが、あれがジョン・レノンの真似だったと随分後になって分かった。

訂正)「あれは「サソリの女」と言っているので梶芽衣子さんです」というコメントを頂いた。黒マント+ハットのジョンの格好もそっくりなのだが、そのセリフから言って梶芽衣子さんのオマージュの方が正しいようである。2011/2/2

公式サイト:http://www.ai-muki.com/

公式ブログ:http://aimuki.blog88.fc2.com/

ゼロ年第の映画ベスト8:http://hakaiya.web.infoseek.co.jp/best/zerb/top10.html#8

夏 2010/09/29 17:10 私もこの映画興味なかったんですが、Amazonのレビューなどであまりにも名作扱いされてるんで気になってしまって最近やっと初めて観ましたが、 なにが愛のむきだしだなにが名作だと唾を吐いてやりたくなりました。とても読んでいて共感できましたし、スッキリしました。(笑)どうもありがとうございました。

LACROIXLACROIX 2010/09/29 20:26 コメントありがとうございます。
ヤフーやアマゾンのレビューは今のネット社会ではかなり影響力がありますが、ああ言ったレビューはそれを書いた人が、どんな人なのか、たまに映画を見る人なのか、映画を沢山観ている人なのか、中学生なのか、サラリーマンなのかOLなのかどういう人なのかは分かりえないので雑多な意見の溜まり場として見ています。全く役に立たないとは思いませんが、それに引きずられてはいけないだろうと思っています。映画は十人十色、私はやっぱりこの映画、特殊な作品だとは思いますが、名作だとか傑作だとか愛の映画だとか・・・それは違うだろうと思っています。

ゴーゴーゴーゴー 2010/11/25 04:37 これを傑作とはとてもいえません
全体的に薄っぺらいし、実話と打ちだすならこんな作り方してはいけないんじゃないかと思う
話題作りとしか思えない
無駄?遊び心?2時間くらいにまとめた方がいい作品になると思う
これを邦画の集大成とかいってるひとは映画通気取った変態か映画をあんまり観てない人なんじゃないの?っておもいますわ ここ数年でももっといい邦画いっぱいありますからぁ

ただメインキャストの若手俳優三人は良かったです

LACROIXLACROIX 2010/11/25 22:14 確かに、若手3人は頑張ってるかな? 若さの未熟さもあるけれど、それに勝る生きの良さがある。同意。

傑作だと思った一人傑作だと思った一人 2010/12/03 04:29 私はエンターテイメントとして傑作だと思いました。
この映画を純愛映画とは捉えなかったです。恋愛映画だとは思いました。
監督の制作時の思いと、商品を売る際の会社の作戦は別だと思います。
大盛り定食屋の例えはとても納得です。

LACROIXLACROIX 2010/12/03 13:20 ・映画は十人十色。そしてそれは映画に限ったことではないのですが、なぜか映画だと自分と違った意見をねじ伏せよう、否定しようという人が多いような気がします。多種多様な意見が自由に出てくることこそが一番なのだと思うのですが。異なる意見や考えを、もっともっと誰もが闊達に言えること。それを意見として尊重し検討し議論すること、それが大事だと思います。今の日本、世界、そういう自由さがどんどん抑圧されてきている、しかも見えない形で、と思います。
大盛りの定食も実は結構好きなわけです。毎日は食えないですけどたまには。笑

私もそう思います私もそう思います 2010/12/04 16:29 私も友達に薦められてこの映画を見たのですが、正直全く面白いと思いませんでした。明らかに愛の話じゃないと思っていたら、感情のむきだしだという一言を発見し、非常に共感しました。それに、私はプロテスタントのクリスチャンなのですが、日本でこのような映画がヒットすることで、クリスチャン=カトリック=この映画のような変態ばかり、という誤解を招いてしまいそうで(実際にはカトリックであってもまともな人が多いと思います)それが恐ろしいです。また、実際に聖書の中で禁じられている点にばかり焦点があてられていて、(レズビアンや情欲の目で異性を見ることなどは禁じられています)非常に残念です。

LACROIXLACROIX 2010/12/04 18:57 この映画を見て、短絡的に歴史ある宗教を誤解する人は少ないと思いますが、キリスト教の描き方はもう単なる
ギャグ、ギミックにであり新教であれ旧教であれキリスト教を信仰している人からするとあの描き方は不謹慎であり、残念だと思うかもしれませんね。新興宗教にたいするキリスト教という構図を作っているのかもしれませんが、そんな
深い考えがあって描いてるようには思えないし。やはりこの作品、本質はギャグなんだと思いますよ。(._.)

BUNNBUNN 2011/01/17 01:06  『愛のむきだし』論評、楽しく拝読しました。
 つい先日この映画を観て、私自身は愛を描いた傑作だと感じていますが、うまく説明できなくて悶々としていました。しかしこの評を読んで、少し理解が進んだように思いますので、ここに書いてみます。
 私がこの映画から受けた「愛」のイメージは、「いったん人を愛してしまうと、それまで自分が所属していたコミュニティや家族間の倫理や、価値観を軽く飛び越えて、その人と結ばれたいと(理屈もなく)願ってしまう」ということでした。主人公は父親の価値観を、幼さからか、そのまま受け継いでいるために、女性を性の対象として意識できないほどになってしまっています。父に「罪を作れ」と言われてはじめた盗撮も、普通ならエロへの興味から性に目覚め、自分なりの体験へと踏み出せる状況なのに、彼にとってはスポーツ以外の何物でもないという味気なさ。しかし、一人の女性を見た瞬間に、自らの性に目覚め、自分が深く捕らわれていた倫理観から解き放たれる。主人公の「真に人を愛するため」の苦闘の道が開かれるわけです。
 ヒロインのヨーコ。彼女もまた愛を知らない少女です。しかも父親から、一方的に欲望の対象とされていたために、男性不信が根強い。「求められること=欲望である」という、価値観に捕らわれている。主人公が真にヒロインと結ばれるためには、自らの勃起が、単なる欲望ではないと証明されなければならない=愛であることを証明する必要性が生じます。新興宗教は、主人公とヒロインを物理的にも、精神的にも阻むために存在します。と同時に、主人公がヒロインと結ばれるため、愛を高める場所でもあると思います。(ここは未整理です)。
 そしてコイケ。彼女への理解はまだ進んでないのですのですが、彼女もまた、愛を求める存在として描かれてはいる。しかし、彼女はそれを手にすることはできない、呪われた女性として描かれています。それは彼女だけが、彼が欲しいという感情を、愛にまで高める機会を得られなかったということだと思います。だから彼女は、主人公とヒロインを破滅へと積極的に導くいていく(最後の死に様は圧巻でしたね)。
 以上の考察から、やはりこの作品は愛について、かなりモラリスティックに考えて作られた作品だと思っています。主人公は0教会内で、ヨーコに対する性愛を抑える訓練までする。首を絞めて自分を殺そうとしているヨーコの身を案じて、絶望から血の涙を流す。そして、このシーンのラストには、母親の象徴であるマリア像(これは、純粋な愛のイメージの具現だと思うのですが)をコイケに壊されてしまったことから、自分の信じていた愛が壊される(=敗北)を知って、発狂するという流れも本当に素晴らしいと思う。
 私は、この映画を観ている間中、自分の世界というか感覚が、揺さぶられっぱなしでした。正直、私は、自分の倫理観や世界観を超えるような愛に挑んだことは無かったかもと思って、なんというか、打ちのめされてしまったのです。
 キリスト教についての扱いについては、ひとつには脚本の要請だと思います。主人公が越えるべき倫理観を提示しただけ、という言い方をされても仕方がないのかも、とも思います(ここも未整理です)。キリスト教の体現者である父は、結局、新興宗教の教えにすがる道を選んでしまったわけで、彼はキリスト教信者として軟弱だと思うし。しかし主人公を、「愛」のために戦い受難する「キリスト」として、そのイメージを物語の中でかなり意識的に使っていますし、私はその使い方は上手いと思います。血の涙や、母のイメージがマリアであること。父から「罪をおかせ」と言われるシーンなどは、罪人が聖人に、同じ罪の辛さを要求する感覚を髣髴とさせてワクワクしました。これはキリスト教圏の人の感想も聞いてみたいと思うところです。
 以上、私なりの『愛のむきだし』について書きました。長くなってしまい、すみません。こんなふうに考えが進んだのも、LACROIX氏の「感情のむきだしではないか」という疑問に出会ったことがきっかけでした。「サイコー」「スゲー」だけの感想だと見えてこないことが、真摯な疑問の中には含まれていると感じ、とても参考になりました。
 最後に、読んでいただいてありがとうございました。

LACROIXLACROIX 2011/01/26 09:35 長い・・と思ったけれど、自分の書いている日記もかなり長いし(汗)読んで真摯な感想のコメントだと思いました。部分部分を解釈すると確かに書かれているような「愛」も浮かび上がってくるなと思います。ただ自分は一本の映画として全体を捉えて書いているのでその視点の違いはあるでしょう。総論か各論かというようなものかもしれません。色々な人が色々なコメントを送ってくるのですが、その中でもとても参考になるコメントです。ありがとうございます。

satosato 2011/02/02 17:18 愛のむきだし、たった今観賞しました。
そしてこの批評面白く拝見いたしました!
私の感想なんてどーでもいいのですが、ひとつだけ。
あのユウの魔女のような格好。
あれは『梶芽衣子さん』だと思います。
サソリの女っていってますし・・・

LACROIXLACROIX 2011/02/02 21:31 あら、そうだんたんですか。レノンのPVに全く同じ格好しているのがあるんですよ。まあ黒マント着て髪が長くてハットかぶっていればみな同じに見えるかな? 梶芽衣子さんはちょっと年代が古くて私の知識ではキルビルのときにタランティーノがやたらとラブコールしてたので、知り、その後「女囚さそり」も観たのですが、そこから取っていたとは気がつきませんでした。、サソリの女と言ってるということなので間違いないのでしょう。ご指摘有り難うございます。本文ちょっと訂正しておきます。

tigertiger 2011/02/08 11:35 LACROIXさん、こんにちは。
この作品を観たのは半年以上前になるのですが、感想を書かせていただきます。
私はこの映画を非常に高く評価していますが、周りの評判がいいことに少しとまどいを感じました。この作品は大衆受けするものではないと思ったからです。
そういった意味で同じような印象、端的に言いますと「純愛」って言葉に騙され
てるんじゃないか?とは思っています。

しかし、この作品はまぎれもない「純愛」作品であるとも思うのです。
多くの愛が存在しますが、
ユウ → ヨーコ
ヨーコ → ヨーコ
コイケ → ユウ
ここらへんは強く感じました。
そう感じた詳細は省かせてもらいます、なぜなら感じ方は人それぞれであって
いいと思うからです。
ここにすごく魅力を感じると、たっぷりのもやしで騙されないぞという考えが、
あれ、このもやし、なんか特別な調味料使ってないか?つーかこのもやし、うめぇ!
気がついたら4時間もむさぼってました!ということになりました。
この調味料はたぶん監督すら驚きの絶妙配合で、多くの人はもやしのおいしさの
原因もわからずとにかく美味いと言ってしまうのではないかな?と結論をだしました。

LACROIXLACROIX 2011/02/08 15:10 大衆うけしないようでありながら、この映画は多くの人が褒め称えているし、
賞も受け話題にもなっている。
自分はそれは違うんじゃないかというスタンスですが、Tigerさんの書かれた
「特別な調味料、気がついたら4時間むさぼっていた、原因も分からずとにか
く美味いと言ってしまう」ものって、決して言葉尻を捉えて突く意図は無いけ
れど、それは化学調味料なのかも? 万人が誰が食べても美味しいと感じる旨
み成分を凝縮させた○○の素のような・・・それが振り掛けられていればどんな
ものでもそこそこの味になる。
宗教、原罪、盗撮、エロ・・・興味を引きそうなモチーフこそが化学調味料な
のかも?
その美味しさが”本当の美味しさ”なのか、それとも”ホンモノを知らないから感
じる美味しさ”なのか?
その答えは千差万別各人の中にあるのでしょうけれど。

TigerTiger 2011/02/09 13:21 深いテーマを持った作品は興味のある人にしか受けない傾向にあると思います。
世の中には哲学という単語で拒否反応を示す人もいますし。
宗教、原罪、盗撮、エロ・・・確かにわかりやすい化学調味料だと思います。
それとは別に「愛」という隠し味があるのがこの作品の魅力だと思いました。
”ホンモノを知らないから感じる美味しさ”なのだとしても、食べてみてくれ
れば、隠し味に気づくこともあるでしょう。
「本物の愛」も「純愛の定義」も「本当の美味しさ」もそれぞれのなかにしかないと思います。隠し味だと感じる「愛」も私の定義する愛なのかもしれませんが。

rominromin 2011/02/12 18:14 「愛」も「テーマ」も声高に叫ばれては心に染み入ることはなく、かなりお腹いっぱいな感
じでしたが、この作品の制作に真摯に取り組んだスタッフとキャストのエネルギーには、純
愛とも言うべき、強烈な愛と情熱を感じました。
主人公のイケメン俳優君の頑張りと、コイケさんの快演にはエールを贈りたく、その点に於
いては評価されて良かった。と思います。

学生映画やアマチュア演劇を彷彿させる、荒削りで力任せなところや、あえてそうしてるの
だろうと思える、デタラメ感とふりきれた感じが、この監督作品の見どころかと思います。
すっかり洗練された今の世の中で、デジタルで描かれた絵よりも、鉛筆やクレヨンで描かれ
た武骨な絵に吸引力があるのと同様です。
しかしながら、そのような点を評価した上で誠に残念なことに、物語も衝撃的なシーンも映
像も展開も、私的には既出感があり監督があこがれるところの監督の名前が何人も頭に浮か
びました。ここまでマイノリティを気取っている作品なのに、オリジナリティが欠落してい
るのが残念に思えます。

新興宗教ネタにしろ、各々が背負っている暗い過去にしろ、血みどろ、学生の銃乱射、近親
相姦、日本刀を振り回す。どれもこれも目新しくなく、いつかどこかで観たエピソードやシ
ーンばかり。長々とした脚本も、決して悪い内容ではありませんでしたが、投稿したら出版
社の方向性にそぐわず落選しそうなライトノベル風。

そんな訳で、ある程度の歳を取って、世間を知ってしまった私には、どうにも衝撃作品では
ありませでした。
このアンダーグラウンドな世界観が、監督の憧れだけにとどまらず、本当に誰にも理解しえ
ない、芸術の域とも言えるもっとアングラな作品を今後期待したいです。
問題作になりたがっている、問題作というのは、私的には、なんだか苦笑です。

人間のトラウマや弱さとは、こんな単純に記号化されたものの組み合わせではないので、こ
の作品はたぶん、エンターテイメントや娯楽作品なのでしょうね。そう考えると、面白かっ
た?と言えます。(最後まで見るのに、相当休憩を入れましたが…)

LACROIXLACROIX 2011/02/13 01:49 >ある程度の歳を取って、世間を知ってしまった私には、どうにも衝撃作品では
ありませでした。

これが映画に限らす、音楽でも本でも食べ物でもなんにでも当て嵌まってしまうのが
悲しいことです。知る悲しみ、知恵の悲しみという奴でどうしても避けることが出来ないものでしょう。
若い学生やあまり映画にすれていない人ならば、ドンと来てしまう部分が沢山あるのかも知れません。

>この作品はたぶん、エンターテイメントや娯楽作品なのでしょうね。
そうだと思っています。日記にも書いていますけれど。色々なものをてんこ盛りに詰め込んだエンタメ作品。だからそれは究極の愛だとかむきだしの愛だとかいうものとは違うのでは?というのが自分の観点です。

それを純愛だ、究極の愛の形だなんて言っているのも聞くと、ちがうんじゃない? ちょっとおかしいんじゃない?と思ってしまうわけです。だけど、色んな人が送ってくる意見を読んでいると、やっぱり人それぞれ、十人十色、自分はこう思うでいいんじゃない? それを新興宗教のごとく他人に押し付けなければ。と思っています。

ゴーゴーゴーゴー 2011/03/14 00:09 しばらくぶりにこのページひらいてみたらコメントのびてるのでちょっとびっくりしました
そうゆう意味ではこの映画がパワーをもっているって事かもしれませんね!
皆さんのコメント読ませてもらってあらためて
自分はこの映画を観たとき昔何度も観た「ベティーブルー」と重なる部分を多く感じました。
(愛というテーマや主人公が女装する所、人が狂う?壊れていく所など)
しかし「ベティーブルー」を観た時の様な衝撃などはまったく感じませんでした
似てると感じた時点で比べてしまうし前に観て衝撃を受けたものを贔屓してしまう所もあるかもしれませんしw
こうゆうのも映画を観た時それぞれの人の感じ方に大きくかかわってくるんでしょうね

ただこの映画を「邦画の集大成!」といってしまうのは他の映画に失礼だと思います

皆さんのコメント
ほんとに映画というのは人それぞれの感想があって面白いですね
やっぱり映画ってすばらしい!!

PS
LACROIXさんや皆さまはご無事でしょうか!?自分は幸い被害のない地域なのでテレビの映像を観て胸を痛めております
被災なされた方々がまた映画を楽しめる時が早く来る事を祈ってます!!

アンパンマンアンパンマン 2011/03/31 14:12 「愛のむき出し」が売れてる理由は何か考えました。
ただ「ヨーコ」みたいな女の子が好きなだけでしょって思いました。
確かに映像とかの魅せ方は上手い。流石、映画監督だと思う。
でも、言ってることは小学生でも社会人でも失恋したら誰でも感じることだと思う。
名作ではない。邦画の集大成?笑える。

翡翠翡翠 2011/12/14 15:17 私もネットで評判が良いので、ちょっと見てみましたが
いやあー酷かった。私はとても最後まで我慢ができませんでした。何か刺激的、挑発的なシーンを入れて
注目を浴びようというのか、と言った感じがしてしまい、
この監督は映画をなんだと思っているのか?昔なら
存在すら出来なかった作品です。
これがいい映画なら、日本映画は随分と落ちぶれてしまったものです。

レインレイン 2012/04/09 17:43 初めてのコメント失礼します。
みなさんかなりの辛口ですね。
あまりにも残念なコメントばかりなので一言失礼します。
なんだかんだ言って話題にあがり、ランキングに入っている。
名作と世間が騒ぎ、問題作とマスコミが評価している。それは確かに認めるべき事だと思います。
管理さんの言うとおり人は十人十色。
私には、大変面白い作品に思えました。興味が出てネットを開くと駄作だ。落ちぶれただの。
そういうあなたはこれを書けますか?撮れますか?
確かに、家族とみる映画、恋人とみる映画にはふさわしくありません。
しかし、綺麗な描写。綺麗な物語。完璧なストーリー。最後に裏切る真実。
だけが映画ではないと思います。
映画は美術です。芸術です。形のない映像の中の作品です。
これも一つの作品です。

自分にとってこれは駄作ではありません。まぁ邦画の集大成は言いすぎですが
傑作と呼べる品物だと思います。
これもみて話題作り?なんて豪語している人には評価はして欲しくないです。
映画ってのは大衆向けのある程度レベルの衝撃で作られています。
強すぎて弱すぎてもダメ。ギリギリの所でとめているから評価される。
監督だって分かってるんです。大衆向けのギリギリであまり行きすぎない程度。
大衆は好きなんです。現実ではありえないけど起こる可能性のあるレベル。
映画を作品としてとらえるか。
映画を単に物語としてとらえるか。
ですけどね、笑。

長文の駄文失礼いたしました。少しだけ思うところがありましてあしからず。

やすやす 2012/05/19 07:50 世間の並々ならぬ評判を聞いて、私も少なからずの期待を込めて観たのですが、
(その「期待」分をを差し引いたとしてても)あまりの酷さに唖然と致しました。
ご指摘の通り、この映画に詰め込まれたカルト宗教、同性愛、家族の崩壊、精神病
といった題材は、ストーリーをツギハギする為の単なるギミックでしかない、と感じました。

特に酷いのは、映画の主題に重要な関わりを持つキリスト教についてです。
聖書は愛には三つの種類があると、述べています。
即ち「家族愛」「性愛(恋愛)」「隣人愛」です。
そして、キリストが説いた愛とは「隣人愛」についてであり、
これこそが「愛の宗教」と言われるキリスト教の根本なのです。
この映画で描かれる愛は「性愛(恋愛)=エロス」であり、
聖書の教えの中では、むしろ戒めの対象とされています。
「コリント人への手紙」の一節が何度も引用されていますが、
あれはまさに「隣人愛」についてであり、全く的外れな引用です。
この監督は(主題に関わる)聖書すら、まともに読んでないのでしょうね。
そして、もっとも私が不快に感じたのは精神病院について。
あのような「偏見を煽る」恐れのある出鱈目な描写を、平然とやってのける感覚。
この園子温という人は根本的に「不誠実」なのでしょう。
(私の身内は精神障害者です)

映画に積み込まれた題材の全てが単なる「ネタ」でしかなく、
スプラッター映画における「血しぶき」、
エロ映画における「オッパイ」、それらと同質の類に過ぎません。
この作品の胡散臭いところは、あたかも「哲学的」「文学的」
「宗教的」「社会科学的」であるかのように装っている事。
実際は何も「描いて」はいない。
唯一、全編を通して描かれているのが「むきだし」の「欲望」です。
人間の「欲望」や「エゴ」を描く事、それ自体は立派な映画的テーマになります。
しかし、この映画ではそれを「欲望」とは呼ばず、
「愛」にすり替えててしまっているのが、なんともタチ悪い。
「愛のスリカエ」ですね(笑い)

管理人さんの新興宗教(カルト宗教)との親和性の指摘については、なるほどと思いました。
日本人は特にこの手の「ハッタリ」「虚仮威し」に弱いのかもしれませんね。
エヴァンゲリオンにしても、村上春樹にしても。

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