『剣岳 撮影の記』

標高3000メートル、激闘の873日

●これは本来の映画ではなく、DVDの特典映像に使うようなメイキングなのだが、相当の見応えがある。ドキュメンタリーとして目を引き付ける面白さは特上。

●いままで低山位しか登ったことのない俳優やスタッフがかなりの重量の荷物を背負って8時間を掛けて剣沢に登る。壁を仕切られた程度の山小屋に寝泊まりし、毎日早朝に起き、4時間も掛けて撮影場所に行き、雲が晴れるのを待つ。一日中待っても天候は回復せずワンショットも撮影せず再び数時間かけて山小屋まで下りる。これは通常の役者生活、通常の映画撮影では全くありえない、まったく経験したことのないことだっただろう。
●正に「これが映画だ!」というコピーそのもの。空撮もCGも一切使わず、実際の剣岳でその本当の場所で行われた撮影は本物の映画作り。短期間で無駄なく撮影する効率優先の映画製作しかなくなった今、こういった長期間にわたる非効率な撮影はもうあり得ないと思っていたが、それを実行した木村大作とOKしたプロデューサーには驚く。(実際には、山に入ったスタッフの人数も少なく、セット組みなどもなく、美しい自然の表情を待つという撮影すたいるは、役者やスタッフの時間拘束と体力、忍耐に対する要求は大きいが、予算的には下界でセット、CGで撮影することと大きな差はなかったのかもしれないが)

●それにしてもよくぞこれだけの撮影をしたものだ。スタッフや役者は、苦労よりも、剣の山で荘厳な自然の中で長期間暮らす事が出来たこと、通常では体験できない素晴らしい時間を持つことができたことに感謝していることだろう。スタッフの一人が「こんなに凄い場所でこんなに美しいばしょで、こんな凄い体験をさせてもらって、給料をもらえるなんていいんだろうか?」と言っていたが、その気持ちは本当に心の中からでてきた純粋な気持ちだろう。

●山小屋の仕事をする人でもなければ、剣の懐で何カ月も過ごすことなんて出来ない。この映画を観ていると「剣岳 点の記」の撮影に参加したスタッフが羨ましくなってくる。こんな美しい場所で春から秋まで一度でいいからずっと暮らし、自然の変化を心ゆくまで堪能してみたい。そんな気持になる。

●絵の美しさは『剣岳 点の記』が素晴らしいが、観ていて面白く思うのは『剣岳 撮影の記』の方が上かもしれない。

●兎に角、映画のメイキング映像としても真剣であり、これだけ本気なものもないし、ドキュメンタリーとしても二時間非常に面白く観ることが出来る映像だ。

●監督が天候や条件を考えて頂上撮影のスタッフを絞ったとき、メンバーから外れたスタッフが涙を流して悔しんでいる。それを他のスタッフが労う。ヒマラヤ登山やその他の高峰登山のエクスペディションというわけではないのに、剣に登れないことをこれだけ悔やむ姿。この撮影に参加したスタッフにとって、剣岳はヒマラヤの高峰と同じくらい価値のある頂だったのだろう。苦労をした仲間と共に踏む、なによりも貴重で価値のある頂、それが剣岳の頂点だったのだ。

●純然たる映画作品ではない、しかしこれはドキュメンタリーとして映画以上に満足できる一作。