『武士の家計簿』(2010)

・2010年に連発公開された時代劇を続けて観ているが、前の二つに較べると絵に安心感、安定感があるな。前の二つはどうもふらふらして軽薄な感じがあったが「武士の家計簿」は出だしからしっかりとした絵、映像だ。較べてみたから分かったことかも知れないが、こうして観ると森田芳光は技が上だなと再認識する。この日記では一つ、二つの作品を除いて森田監督作品はダメダメ、森田芳光はもう全然だめだなと書いてきたのだが、実力は認める、しかし『家族ゲーム』で突出して以降”これは”という作品はないというのも本当のところだ。(まあこれは繰り返し書いているのでしつこいが)

・しかし・・・やっぱりどうもつまらないな〜だらだら冗長感が甚だ。

・話に華も山場も特にはナシ。じっくりみっちり一つの家族とその時代を描いたといえば由しとも言えるが・・・つまらないのだな。

・当時の礼儀作法、家族の様子、親子の関係、そして食ベ物、食事作法、食事風景、当時の服装、当時の家の様子、当時の町の様子、家の作り込み、小道具等々、しっかり時代考証していい加減ではない手抜きのない美術の作り込みなどはなかなかと見て取れるが・・・話がなぁ、ホンが、脚本が・・・華もなくただ淡々としていて面白味に欠ける。

・結局のところ、これでは観終えて「ふーん、そうだったの、江戸末期の加賀藩とか幕末のなんでもない武士一家の生活ってこういう感じだったのか、なるほど、と思っておしまい。不可ではないし、破綻もないし、きっちりまとまっているし、映像はしっかりしているし、お金もかかったセットや美術も立派だ・・・でも、話がつまらない。延々と二時間以上ひとつの家族のお話を淡々と聞かせれているかのようであり、幕末前後の一つの家族と取り巻く状況を”説明”されているかのようだ。

・要するにこの作品は、映画ではあるけれど中味全部が”説明”なのだ。「映画で説明してはダメ、説明しなきゃわからないことは説明したって分からないよ」とは言ったものだが、この映画は全編が”説明”のようなもので出来ている。だから、不出来な作品にはなっていないけれど、まったくもってつまらない、ときめきや興奮がない一作となってしまっている。これならば、映画である必要はさしてないのではないかとさえ思う。当時の様子を再現してナレーションを入れてドキュメンタリーのような、TVの歴史解説番組のようなもので充分かそれ以上になる。

・この映画を観てしまうと、やはり森田芳光は晩年まで「家族ゲーム」の刺々しさやキラメキを再現することがなかったと思ってしまう。自分自身の脚本で、何かを変えるような強烈なメッセージや思い、提言を投げ掛けてくるような映画は殆ど撮らなかった。80年代以降のいちばん上手な”雇われ監督”であり”商業監督”であり”職業監督”から抜け出さなかった人だと思う。亡き人をあれこれ言うのもなんだけれど「そうだ、やっぱりあの『家族ゲーム』の森田芳光だ!」と思わせるような作品は遂に撮らないで行ってしまった。それが残念でもあり、悲しくもある。

堺雅人仲間由紀恵のキャスティングは失敗。両方とも売れ線で人を呼べる俳優だから動員をはかるためにはまっとうなキャスティングだが、あちこち映画、TVに出過ぎてどちらかというとおちゃらけなイメージが付いている堺雅人質実剛健なそろばん馬鹿の武士の役は合わない。仲間由紀恵もその夫を支える質素、丹精、奥ゆかしい妻というイメージは合わない。なにせ”ごくせん”のエンクミなんだから。仲間由紀恵に時代劇とかおしとやかな女性役ってもう合わないと思うのだけれどね。

原作:磯田道史武士の家計簿加賀藩御算用者』の幕末維新」