LACROIXのちょっと辛口 映画 批評 ( 映画批評 感想 レビュー 業界 所感 ) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-05-26 久しぶり、堕落凋落したハリウッド映画に期待をもてる2作

[]この二つは久々に凋落ハリウッドの輝きになるか。

 じゃんご〜〜〜〜・・・・楽しめそう。

ジャンゴ 繋がれざる者」繋がれざる者って・・・これ、本当に邦題にするつもり?中学生の直訳じゃんこれ。あほかい。

ジャンゴアンチェインド(DjangoUnchained)」になるか、「ジャンゴ、無法者」とでもなるかだろ。

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「ダークナイト ライジング」

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2010-12-30 2010年の映画 斜陽、低迷、暗雲?

[]2010年映画

●2010年を振り返って、心に残った、感動した映画。(今年はまるで観ていないのだが)

洋画【インビクタス/負けざる者たち】

・これはマイ・ベスト10に新たに加えられる作品。いや、ベスト5か。

邦画【告白】

映像ストーリー、テクニック・・・初見ラストの衝撃には身震い。

●結局のところ2010年は映画としてはかなり不作な年だったか。”話題作”はあきらかに話題作りをした策”であった。邦画はあまりに商業主義ベタベタと張り付いたような作品ばかりで、観に行こうと言う気持ちになるものがまるでなかった。洋画にしても似たような状況。何年か先にも名作だと言われるような作品が今年はいったいいくつあっただろう? 片手にも余るのではないか? 

●2009年末公開の3D映画「アバター」の大ヒット。確かにこれは多くの人が劇場に足を運び、ナンバーワンの大ヒットになったのだが、興行収入世界一というのは3D作品ということで鑑賞料金を2000円前後と通常よりも高くし、しかもサービス料金を適用しなかったことによる部分が大きい。

●3D元年と業界は話題作りに奔走。TVも3D対応型が大々的な宣伝で売り出されたが、まるで鳴かず飛ばず最初からごくごく普通の人も、映画ファンも、音響・映像のマニアも「家庭のTVでは3Dは流行らないだろう。家でメガネをかけてTVなんか見ない」という声はそこら中から聞こえていた。家電メーカー、関連企業はそんな声にまるで耳を貸さず「いや、今年こそが3D元年だ、3Dは絶対にヒットする」と豪語していたが、結果は火を見るより明らか。「ソフトが揃わないからだ」などと言い訳をいっているが、ソフトが増えても(増えないと思うが)この状況が急激に変わることはあるまい。メーカー、映画会社広告代理店、あれやこれやが金儲けのために散々メディアを利用し、PRし、需要を煽ったが、そういうあざとい戦略は全て失敗した。今の時代、もう消費者は企業の戦略や宣伝に騙されるほど単純ではない。3Dの失敗は旧態依然とした企業が売り上げ向上の為に仕組んだ策が消費者に見抜かれ、消費者はもうそんな煽りに躍らされるほどバカではないのだと言うことを証明したようなものだ。企業、メーカーが需要予測マーケティンに失敗したのではない、消費者を騙そうとして失敗し騙せなかったということなのだ。

パッケージメディアもDVDの売り上げは更に下降。ブルーレイは依然としてブレイクする気配はない。というかもうブルーレイがブレイクすることはないだろう。97年頃から始まったDVDソフトの怒濤のような売り上げの躍進が終わり、下降曲線を辿り始めたのは、もうユーザーの映像ソフトを購入しようという動機が消沈しているということの現れでしかない。DVDのお祭り騒ぎが終わり、ユーザーはもう映像ソフトにこぞって飛びつくような気持ちがなくなってしまっているのだ。

●余りにもブルーレイ・ソフトが売れない為にソフトメーカーはDVDとブルーレイの抱き合わせ販売までするようになった。こんな状況になるとは夢にも思っていなかったが、新作映画がDVD&BDのセットで販売され、しかも価格はDVD単体とほぼ同じ。それでも売れないので数ヶ月後には50%オフ投げ売り状態。ここまで来ると中古ソフトを買うより少し待って新品を買ったほうがいいという気持ちになる。

○「インビクタス」はDVD&BDのダブルパッケージ3980円がこの年末には60%以上オフの1400円で売られている。(これは買う側にとっては嬉しくもある)

●洋画のちいさな配給会社、邦画のちいさな製作会社、ソフト販売会社が何社も倒れた。リクープの要だった二次利用のソフトがこれだけ売れなくなって、レンタルの売り上げもずっと下降。数年前の邦画バブルなんて言葉はいったいどこへいった。

黒澤明生誕100周年の年としてあれこれ企画されていたAK100のイベントプロジェクトも様々な悶着だけを引き起こして殆ど意気消沈。さして話題にもならず生誕100周年の年は終わる。もう誰彼死後何年、だれかれ生誕何年なんて言い草に食いつく程、人は暇でも退屈でも無くなっているのだろう。

●あれやこれやと見ていくと2010年は映画というものが全体として斜陽し、低迷にさらに拍車が掛かった年だと言えるだろう。

●良い映画を観たい。感動する映画に出会いたい。その感動を語り合いたい。何年も先になっても「あの年はあの素晴らしい映画があったよね」と言えるような思い出に残る一作に出会いたい。だが、そういう作品あどんどんと作られなく、作りづらくなっていっている。洋画邦画を問わず。

●映画の持っている夢だとか希望だとか、そういう光が、か細くなり風のなかで消え入りそうなりながらなんとか火を保っているロウソクのような状態に見えてしまう2010年の年末。

2010-08-27 『フジサワ中央も閉館となる』

LACROIX2010-08-27

[]『フジサワ中央も閉館となる』

●8月31日でフジサワ中央も閉館となる。60年の歴史に幕を閉じる。

●藤沢オデオンの閉館が2007年3月31日、あれから約3年半で遂に藤沢から映画館が無くなってしまうのか。

f:id:LACROIX:20100827122645j:image:left●小さい映画館だったけれど、藤沢オデオン無き後、洋画系も掛けてくれるようになって、お!っと思うような単館系を持ってきてくれたり、邦画の秀作を1,2ヶ月遅れだけど掛けてくれたり、そういう事をしてくれる小さな映画館って愛着が湧くし好きだった。

●でもやっぱり厳しかったんだろうなぁ。湘南の小さな街の小さな映画館で映画をみるよりも、横浜や平塚、茅ケ崎のシネコンで観る人のほうが多かったのだろう。

●辻堂の北口再開発で新しいショッピングセンターとシネコンが出来るらしい。え、そうなると東海道線沿線じゃ、辻堂、茅ケ崎、平塚とひと駅毎にシネコンが並ぶことになる。お互い競走して良いサービスとバリエーション豊かな作品を掛けてくれればいいけれど、隣り合う3駅にシネコンが並ぶってのもちょっと変な感じだ。ベッドタウン化し、まだまだ消費者人口が増えていきそうな場所は、ドンドン開発され街が新しくなっていく。既存の町は駅周辺に小規模商店、商業施設が密集し再開発は出来ない、手をかけられない。町自体が古くなっていき、駅周辺の商圏に集まる人が減少していく、それが自然の流れなのだろうけれど、ちょっと溜め息。

●古くなった町を周辺に持つ駅から映画館はなくなり、新しい場所にシネコンが出来ていく。自分だけの大きなホームシアターにいるような居心地のよい小さな小屋で映画を観ることが好きだった。距離的にはさほど変わりなくとも、シネコンにその味わいは無い。まあそんなものを欲しがっている人なんてほとんどいないのだろうけれど。

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●昔のシネパトスを思い出させるような、地下のちょっとおんぼろな雰囲気すら好きだった。椅子なんがギーギー言ってたけどそれも懐かしい。

●映画館が無くなるときってなんだかとても寂しいのは何故だろう。映画館って映画そのもの以上に、そこで観たっていう思い出が心に染み込む場所なんだろう。

劇場の人は「市内唯一の文化的財産を守りきれず、誠に申し訳ない」とうなだれている。とニュースに出ていた。そんなことはない、充分頑張ってもらいました。フジサワ中央、ありがとう、おつかれさまでした、そしてさようなら。きっと沢山の人が、遊行通りを歩く度に、ここに映画館があったんだなぁって思い出して懐かしむでしょう。

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☆ふじさわポータルサイト:『さようなら、そしてありがとう「フジサワ中央」』

☆藤沢オデオン閉館:http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20070331

☆藤沢オデオンの面影も今はもう・・・:http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20090701

2010-04-13 「DVD化されない思い出のある映画。たぶんBD化もないだろう』

[]「DVD化されない思い出のある映画たち。たぶんBD化もないだろう」

●鑑賞した映画の記憶を書き留めておこう。自分がその時、その年齢、その状況でその映画にどんな思いを抱いていたのかを記録しておこう。ノートや日記に書くとそれはいつでもどこでも簡単にアクセス出来るものではなくなる。あの映画はどんなだっけ? と思ったときに簡単に検索して、自分の書いたことを読み返せるのが便利だ。そういう思いから2006年に始めたこのブログもある意味ではいまはやりのクラウド・コンピューティング、ファイリングという流れの中にあったわけだろう。

●気がついたら2006年5月に始まったこのブログももう4年、映画とは違うことも書いているが、記事日数は361日となっていた。ずいぶんと言葉を綴っているものだ。最初の頃に書いたものは今読むとあまりに拙くて消去したいきぶんにもなるが・・・・まあ気がついたときに直していこう。

●あと数日で日記数が1年を越える、そう思ったらなにか区切りにちょうどいい作品を観ておきたいと思うようになった。たくさんある映像ライブラリーの中から、今もう一度観たいと思う作品を選ぼうとするとこれがなかなか出来ない。だが、そんなことを考えていたらふと思いついた。決して名作とか言われるような作品ではなくても心に残っている作品でDVD化されないがために、もう一度観たいと思っても気軽に観ることの出来ない作品がいくつかある。

●映画製作時、配給時の出資者、制作委員会、音楽著作権、さまざまな”権利”がらみのごたごたでせっかく作られた映画が簡単には観ることのできない状態になっているというのは悲しいことだ。それは観る側にとっても、作った側にとっても同じであろう。

●レーザーディスクはもうほとんど処分してしまったが、DVD化されないと思われる作品は何枚か残してあった。LDプレーヤーも暫く動かしていないが、LDディスクはおいておくだけでも徐々に劣化して視聴できなくなるとも言われている。この機会にDVD化されていない作品のLDをDVDにダビングして保存しておこう、それと同時にもう一度見直しておこう、そんな気持ちなった。

●いまさらLDからのアナログダビングでは画質の悪さはどうにもならないが、それでも思い立ったときにすぐに観ることの出来る状態にしておくことはいいことだろう。今後何回再生するかもわからないけれど・・・。

そんな思い出に残るなかなか観ることの出来ない作品たち、日本ではDVD化されておらず、LDにもなっていないような作品もある・・・こんなに何でも手に入る世の中になったというのに、千差万別の個人の思い出全てに工業生産物が対応できているわけではないのだから・・・・。

●思い立って暫く電源を入れていないLDプレーヤーのスイッチを入れてみる。LDをセットする。しかし、機械は動くものの映像は出てこない。もうこのLDプレーヤーもかなり古い。10年以上前のものだ。暫く使っていなかったからだめになったか?  せっかく残っているLDをDVDにダビングしようと思ったのに・・・・。この機会に古いLDもDVDに落としておかないともう再生できなくなるかもしれない。そう思って再生可能なLDプレヤーをネットで探すが、やはり状態の良いものはそれなりの値段。数枚のLDをダビングしてしまえば、多分LDプレーヤーを使うことはもうなくなるというのに、わざわざ中古を手に入れるのも気が進まない。LDからDVDへのダビングサービスをしている会社もあるが、一枚3000円程掛かるという。さてと、どうするかと一晩考えて、今あるLDプレーヤーは電源系は問題ないようだし、画像だけが出力されない状態。ひょっとしてピックアップレンズが汚れている所為でははないかと気付く。機械の天板を明けて、ピックアップレンズの場所を確認して、綿棒とクリーナーで軽く拭いてみる・・・再度LDをセットしたら・・・よかった、読み込んだ。映像も出力された。これでDVDへのダビングも可能だ。

●今手元にある数枚のDVD化されていないLDをダビングすれば、このLDプレヤーももう使うことも無くなるだろう。レーザーディスクが日本で販売されたのが1980年頃だという。それから約30年。もう完ぺきにレーザーディスクの時代は終了し、自分の中でも今回のダビング作業でLDというメディアは完全に過去のものとなるだろう。残っている数枚のLDソフトは記念として残しておく。その昔、荻昌弘さんがTVで「これからの映画はこんなふうにして楽しむことになります」といって銀色の鏡のような宇宙人が作ったかのようなきらきら光る円盤を機械にセットし、映画を映し出したとき、子供ながらに「なんであんな鏡みたいな円盤から絵が出てくるのだろう」と目を丸くして驚いた。

●時代は確実に変化し、映像ソフトのメディアはDVDで初めて花開いた。それから約10年。今DVDからBDにメディアは変わろうとしている、メーカーは変えようとしている。だけど、その変化はVHSからDVDに変わるときと比べれば非常に遅々としている。美しい映像は感動を呼び起こす。だがまだしばらくはDVDで自分は充分だ、映像の美しさよりもプライオリティーが高いものは映画のストーリーだと考えているのだから。

『WIND』(1992)
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・日本ではなぜか「ウインズ」というタイトルになっている(笑)・・・・ヨット好きなら一度は観ておきたい一作だ。これはアメリカでも暫くDVD化されなかった。コッポラがプロデューサとしてなにかごねたことを言ってDVD化されなかったのかも? ドイツでは早くからDVD化されていたのでドイツからDVDを取り寄せたのだが、流石にドイツ語の音声では観ていて違和感がありすぎてどうにもならなかった。その後アメリカでもDVDリリースされたが、日本ではその見込みはほぼなさそうである。BDでもたぶん難しいだろう。これは日本配給時のスポンサーの問題か。劇場でも観てヨットと海を愛するものとしてとても気に入ったのでLDを保有していた。これは今もう一度みておこう。






『アメリカン・ウェイ』(1986)
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・このふざけ具合、シニカルさは非常に好きだ。イギリスPAL版のDVDはリリースされているが、日本、アメリカのNTSC市場でのDVDリリースはない・・・・と思って検索していたら、昨年2009/2/24に日本でDVD化されていた!!驚いた。エムスリイエンタテインメントからのリリースだが、きっとこの映画を好きな人がいたのだろう。でなければこの作品をあえてリリースするような状況は今の日本の映像マーケットにはないのだから。これは買わねばなるまい。早く買わないと絶版になりそうな気もするし。この映画はスターチャンネルで偶然観て、とても気に入ってVHSに録画しておいたのだが、そのVHSテープももうどこに消えたことか・・・だが、DVDで手に入るとなればこれは嬉しい話だ。このブログを書き始めた最初の頃に日記に書いている作品でもある。

2006/5/18の日記:http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20060518



『K2 愛と友情のザイル』 (1991)
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・この作品もなぜかDVD化はされない。北米版ではリリースされている。山岳映画としては割と良い出来なのだが。今井通子さんが映画の中で雪面に出来た風の跡(なんて言っただろうか?)を見て「あれはヒマラヤではありえないですね」と言っていたのを思い出す。『ウインズ』と同じでこれもヘラルドの配給。この頃のヘラルド配給は権利関係を複雑にしてしまっていたのだろうか? だから映像ソフト化が出来ないのだろうか? 



『MOUNTAIN MEN』(1980
f:id:LACROIX:20100413175529j:image:w200:left・邦題はなぜか「ワイオミング」?? これもスターチャンネルで偶然に観た作品だ。チャールトン・ヘストンとブライアン・キースが「そこで俺は死んだのさ!」と大笑いして語るシーンが思い出深い。気持ちのいい作品だ。これも北米版はリリースされている。買うかな?





『稲村ジェーン』(1990)、『波の数だけ抱きしめて』(1992) 
f:id:LACROIX:20100413182546j:image:w200:leftf:id:LACROIX:20100413214324j:image:w200:left・もう20年近く前になってしまうわけだ。この頃はバブルだったし、今とは違って世の中が活気づいていた。世の中全体が上を向いて明るかった気がするなぁ。まだまだ若かった頃に観たこの二作品。時代を象徴するような映画。思い出深い。どちらもLD、VHSではリリースされたがDVD化はされないのであろう。今改めてこの1990年の作品を観るということは、ちょっと感傷的かもしれないけれど、やはり時代が良かったときののいい映画だなって思う。映画は時代の空気を如実にスクリーンに映し出す。この二つの邦画には閉塞感なんて感じないのだから。DVDにダビングして保存しておくこととしよう。

2010年6月25日に遂に『波の数だけ抱きしめて』がDVD、BD化されるらしい。うーん、18年の歳月をしてようやくか。DVDのマーケットもBDのマーケットも縮小している今になって・・・まあそれでももう映像ソフト化は無理かと思われていた作品が発売されるのだから喜ぶとしよう。せっかくLDからDVDに焼いたのに・・・まあいいか?

2010-02-14 『バンクーバー五輪・開会式』 最高の映像エンターテイメント

LACROIX2010-02-14

[]『バンクーバー五輪・開会式』

●バンクーバー冬季五輪開会式、これは素晴らしいある映像エンターテイメントと言っていい。

デジタル放送の高画質、高音質、史上初といわれる室内での開会式。民族衣装をまとった人々の踊り、会場全体を使って展開される映像表現。この美しさには驚くばかり。

TV放映では開会式前のオープニングから始まり4時間近くに渡ってずっと開会式の模様が放映されたが、その4時間が全く飽きることなく、バンクーバーから送られる映像の素晴らしさに目と心を奪われたままだった。

●あの広いスタジアムのフロアに氷が割るように亀裂が入り、次には大きなホエールが観客席の下から現れ潮を吹き上げて勇壮に泳ぐ。滑らかでリアルなその泳ぎは、まるでスタジアムが本物の海の一部となり鯨がやってきたかのような錯覚さえ覚える。

●フロアだけではない、天井から吊下ってきた布(これもスクリーン地だろう)にまで様々な映像が投射される。そしてその映像の中で吊り下げられたスキーヤーやスノーボーダーが演技をする・・・・これも非常に印象的な映像と人間の動きの組み合わせだ。


●これは一体どうやって創り出している映像なのだろうと思考をめぐらす。

「広いスタジアムのフロアは巨大スクリーンと同じ状態になっている。ひょっとしたらフロアは透過性を持たせてあり、下からも映像を投射しているのだろうか? その上に大勢の人が乗り、踊り、行進をするのだからとてつもない強度が必要になる。それは無理だろう、出来たとしてもあまりに金がかかりすぎる」

「あのスタジアムの壁面には高精度のプロジェクターが何十、いや百台以上も設置されていて、そのプロジェクターからスタジアムのフロアに巨大な映像を投射しているのか? だとしたらその数百台のプロジェクターの映像をシームレスにつなぎ、あたかもひとつのスクリーンに映像を映し出すようにするには何十台というコンピュータとそれを正確に制御するシステムが必要だろう、この美しく巨大な映像をスタジアムの中に映し出すためにバックサイドではどれだけのひとが動いていることだろう?」 開会式の映像を見ながらそんなことばかりを考えていた。
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●この開会式はある意味映画を圧倒的に超える映像体験でもあった。映像だけではなくその映像に包まれるようにで踊り、演技をする人々、実際の人物と映像の見事な融合。3時間の映画というと最近は「長いな」と感じてしまうのだが、開会式は3時間以上の長さにも関わらずその美しさに見惚れて時間の経過がまるで気にならない。

●一体どんなグループがどんなシステムを使ってこんな映像を作り上げているのだろう? 興味が湧いて調べてみた。
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◎バンクーバーオリンピック開会式 総合プロデューサー:オーストラリア デービッド・アトキンス(David Atkins)

デービット・ アトキンス・エンタープライジズ

 David Atkins Enterprises (DAE)

 http://www.davidatkinsenterprises.com/

●2000年のシドニー五輪、2006年ドーハ/アジア競技大会の開会式もプロデュースしている、この手のスポーツ大会の開会式演出では相当に腕を奮っているプロデューサーであり、その人が率いる会社らしい。映画とは舞台が異なるが、同じ映像表現という場において、この人、そしてこの会社のスタッフは、映画製作における名監督、スタッフに匹敵する仕事をしていると言っていいだろう。今回の開会式を見てその非常に斬新で新鮮、美しい映像表現にとても感嘆した。

●『アバター』の3D映像は確かにすごかったが、それはやはり映画館のスクリーンの上でのこと、バンクーバー五輪の開会式はあの広いスタジアムすべてを使った映像表現として『アバター』以上に革新的であり革命的なのではなかろうか?

●こういった新しい映像技術にはPANASONICやSONYが関わっているのではないだろうかと思ってしらべてみたところ、この映像システムを作っているのは

フランスのETC(ウーテーセー)社という企業で「Onlyview」というプロジェクション・システムが使われているという。

参照URL

フランスETC社:http://www.projecting.co.uk/ETC/Onlyview/About_Onlyview/about_onlyview.html

日本代理店ETC-pigi社:http://www.etc-pigi-japon.com/09/only_view.html

日本の代理店のページにはこんな説明がある。

「Onlyview は、映像を複数のスクリーンへシームレスに送出することが可能であり、その全てを一つのマスターPCで制御できるシステムです。また同時にパワーポイントや中継映像など、外部から複数の映像ソースを取り込み、映像の中に配置する(ピクチャー・イン・ピクチャー)ことも可能です」

「Onlyview は、自由にスクリーン配置を設計することができます。例えば壁面全体を一つの画像に、また、例えばマルチに散りばめたスクリーンを一括して制御することも可能です」

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ネットで検索したところこんな説明も見つけたので一部を引用させてもらう。

「Onlyviewはフィールドに対し、両サイドから30台近くのプロジェクターで投影し、補正をかけて一つの映像フィールドにする多重映像合成システム。カナダのケベックで行われた映像イベントや、昨年のエッフェル塔120周年イベントでも使用されている」f:id:LACROIX:20100304200802j:image,w600

●あれだけの広い空間に複雑な映像を組み合わせてひとつの映像として合成しているとは。自分の最初の想像では百台以上のプロジェクターと数十台のパソコンを使ってたくさんの人手をかけてコントロールしているのではと思ったのだが、30台のプロジェクターと、そこから投射されるすべての映像をシームレスにマッチングさせ全体で一つの映像として合成するのにマスターPCが一台だけで制御している・・・・驚いた。映画の撮影技術も凄いスピードで進歩しつづけているが、こういった映像投射システムの世界も驚くべき進歩をしているのだなと感嘆する。コンピューターの進歩、その処理能力の工場、ソフトウェアの開発によって今まで観ることのできなかった映像が映画の世界には飛び込んできた。『ジュマンジ』から『スター・ウォーズ』そして『アバター』と映画映像の進化を目にしてきたが、今後どこまでもこの進化が続けば、現実と見間違うかのような仮想空間が映像技術によって作り出されることにもなるだろう。CGIにばかり頼った映像表現には辟易するが、もっともっと驚くような映像を見てみたいという欲求も果てしなく続く。嘘で誤魔化すための映像ではなく、本当に感動する驚くばかりの映像をもっともっと見てみたい。

●北京五輪の開会式、閉会式はチャン・イーモゥが総合プロデューサーということで期待もしたが、最初から「なにかこの開会式にはスポーツの祭典の爽やかさがない」と感じていた。案の定、女の子の口パクやら、予め合成された花火の映像を堂々と開会式の映像として全世界に流すなど、後から次々と嘘の皮が剥がされていき、今となっては賞賛されぬ虚偽にまみれた演出として名をとどめてしまっている。最初からあの足跡の形の花火が会場に向かっていくシーンは「これは嘘だろう」と思っていたし、とかく人の頭数だけを揃え、ズラリと並んで太鼓を打つなど、中国と言う国のスケール感を出そうとしたのだろうが、いかにも社会主義的な強制の下に行われている感じを受けた。そこにはスポーツの祭典にあるべき、明るく、伸びやかで、晴れ晴れとした空気が漂っていなかった。もちろんオリンピックの前に行われたチベット民族運動の弾圧、中国の行為に抗議して全世界に広がった聖火リレーの妨害などの黒い影が北京オリンピックには覆い被さっていたことも一因であるに違いないが。

●あれから二年、カナダ・バンクーバーで行われた冬期オリンピック開会式には冬の凛とした清浄な空気が流れ、同じくCGを駆使した幻想的な映像エンターテイメントとして素晴らしいものであった。そして感動もした。しかし、幻想的な開会式に酔いしれていたその裏では、五輪に反対する抗議デモや商店街での破壊活動などのデモが起きていたと言う。貧困層に対する抑圧や、人工の多くを占める移民に対する無政策、薬物問題など表には見えない、いや見させないように制御されていた暗い問題が横たわっているという。先住民や多民族に配慮した演出というのは北京オリンピックの開会式でもバンクーバー・オリンピックの開会式でもことさらアピールされていた。だが、それは国や政治の偽善的イメージ統制であり、その点で二つのオリンピックの開会式は同じく偽善的なものだったと言えるのかもしれない。

●映像の世界ではどんどんと革命的、革新的なことが起きている。現実の人間社会では・・・革命も革新も起こらず、資本主義の暴走の中で反革命的なことが邁進しているのかもしれない。

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2010-01-06 『2009年の映画』 あまりパッとしなかった年だった。

[]『2009年映画

●全体としてまるでパッとしない一年だったような気がする。宣伝であおることばかりして、実際に観てみるとがっかりという作品がなんと増えたことか。『20世紀少年』にしても『レッド・クリフ』にしても・・・なんだかなぁという気持ちしか残らず。今後名作と呼ばれることもないであろうし。

●夏休み興行なんて観たいと思う作品が一つとしてなかった。

●年の後半はあまり観なくなってしまったし、観ても書く気がしないようなものが多かったし。

●そんな中、大概他も同じようなことを書いているが、やはり出色は『グラン・トリノ』であり、『スラムドッグミリオネア』が肩を並べる。

邦画なら『ディア・ドクター』『剣岳 点の記』(作品のクオリティーよりも映像として)ほかもまあ面白いものもあったが、飛び抜けたものは一つもなし。

●そこそこに洋画も、邦画も平均化、いや平均以下位のところを漂っていたような年といえるかもしれない。

年末に『アバター』で映画というものを楽しめたから締めとしてはよかったかも?

●『空気人形』と『カティンの森』を見逃してしまったことだけは悔やまれる。

2010年の映画業界はどうなることやら。

2009-07-01 『藤沢オデオンの面影も今はもう・・・・』

LACROIX2009-07-01

[]『藤沢オデオンの面影も今はもう・・・』

●久しぶりに藤沢駅北口を藤沢オデオン・キネマ88のあった通りまで歩いた。藤沢オデオンが閉館したのが2007年3月31日(記事)。あれからもう2年以上経つ。暫くはそのままだった建物も、一時外装工事などされていたが、今回前を通ったら建物全てが取り壊されていた。新しいマンションでも建つのだろう。もうここに通った思い出も過去。入り口にあった古い映写機、タイタニック号の階段を思わせるような一階の入り口。外壁に飾られた映画のアートワーク。もうそういったものも全て無くなった。何もかもが昔のままでいられるわけではないのだが、更地になったキネマ88のあった場所を見ると胸がキュンと締め付けられる。仕方ないとはいえ、本当に寂しいものだ・・・。思い出だけはいつまでも心のなかに残っているのだけれど。

●どこかヨーロッパを思わせるような趣のある映画館だった。壁面の映画のアートワークもレトロなかんじだった。

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●最終日、南口オデオンの前では写真を撮る人がたくさんたむろしていた。

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●キネマ88の前には71年間ありがとうの看板が立っていた。●南口オデオンの掲示板には閉館後の対応などが張り出されていた。

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●一年くらい経ったある日、キネマ88の外壁のアートワークも剥がされていた・・・。

●71年間の営業・・・映画の華やかかりし頃からずっと71年間も・・・・もう無くなってしまったけれど、きっと自分の人生のなかではこの映画館が一番の映画館としてずっとずっと自分が71になっても心に残り続けるだろう。たぶん人にはそういう映画館、思い出の映画館というものが一つはあるんじゃないだろうか。映画はやっぱり人の心に大きく影響を及ぼす大切なメディアなのだ。

2008-12-21 『2008年の洋画ベスト』それにしてもこの年末は華の無い正月興行だ。

[]『2008年の洋画ベスト

●第32回日本アカデミー賞のことで2008年の邦画のベスト10を書いたので、年も押し迫ってきているので今年公開された洋画を振り返ってみた。といっても邦画は多めに見てるけれど洋画はここ最近あまり観なくなってきているから鑑賞した数も対して多くはない。目立った作品、宣伝に引っ掛かった作品をちょこちょこツマミ食いしているという感じか?

●公開の古い順から心に残った作品を挙げると『ノーカントリー』『大いなる陰謀』『告発のとき』『アクロス・ザ・ユニバース』『ダークナイト』『イントゥ・ザ・ワイルド』となる。たったこれだけ?である。

●自分なりに今年のベストを選ぶならば

1位『イントゥ・ザ・ワイルド』

2位『アクロス・ザ・ユニバース』

3位『ダークナイト』

4位『ノーカントリー』

5位『告発のとき』

6位『大いなる陰謀』

となる。1位と2位は夢、希望のある映画、3位以下は今のアメリカの病巣、悪、疲弊を取り上げた映画となった。

●今年の年末、お正月の興行にはこれぞという一作がないからこの順位が変わる事もほぼ無いであろう。

●それにしても、今年のお正月映画は惨憺たる状況である。洋画、邦画を含めてこれぞという一作は本当に無い。邦画で言えば目玉とされるのは『252生存者あり』『K-20 怪人二十面相・伝』位なものか。洋画は『地球が静止する日』が唯一大々的な宣伝をしているが、中身の評判はかなり微妙だし。後は『 ワールド・オブ・ライズ』位しか目立つモノ無し。数年前の洋画スタジオがこれでもかというくらい粒ぞろいの作品をお正月に並べてきて、どれもこれも観たい!と思わされた頃と比べると実に静かで盛り上がりのない、華の無いお正月興行である。メジャースタジオの日本法人もこれでは相当に苦しいか。

●今年のお正月興行は『WALL・E/ウォーリー』と子供向けアニメ映画が1番人を集めるのかもしれない。

●お正月前に話題作、大作は公開が終わってしまっているし、お正月はTV局絡みの映画とアニメに最初から劇場を全部押えられてしまっていて他が入れなかったというのもあるのかも? 結局はお正月は子供向けアニメ映画を掛けているほうが人も入るし儲かるというのが実情なのだろうけれど。

●正月第二段では『20世紀少年第二章』『感染列島』と来るが・・・・なんだかホントに邦画もパッとしないな。

2008-12-20 『第32回 2008 日本アカデミー賞』

[]『第32回 2008 日本アカデミー賞』

●12月18日(木)に『第32回 2008 日本アカデミー賞』のノミネート作品が発表された。

●優秀作品賞は『おくりびと』『母べえ』『クライマーズ・ハイ』『ザ・マジックアワー』『容疑者Xの献身』の4作品。その他監督賞、脚本賞など主要な部門はこの4作品に『パコと魔法の絵本』『崖の上のポニョ』『私は貝になりたい』で殆どが占められている。

●相も変わらずテレビ局のバックアップした作品がズラリだが、これはもうあれこれ言ってもやむなしか。

●それにしても『クライマーズ・ハイ』や『マジック・アワー』などが優秀作品賞ノミネートというのは勘弁してほしいと思う。まさかこの二つが最優秀作品賞に選ばれるなんてことは無いと思うが、もしそうなったら日本アカデミー賞もおしまいと思うだろう。

●今年の邦画では『歩いても 歩いても』が自分としてのナンバー1であるが、樹木 希林が助演女優賞にノミネートされているだけで他は何も無し。いやはやこれはどうしたものか、残念極まりなし。

●今回の日本アカデミー賞では『明日への遺言』は他の作品よりも優秀作品賞とすべき一作であるはずだ。『闇の子供たち』『実録 連合赤軍 浅間山荘への道程』も扱っているテーマが重く、やっかいな部分があるとしても、日本アカデミー賞でなんらかの取り上げ方をするべき作品ではないかと思う。『西の魔女が死んだ』がどこにもノミネートされていないというのは悲しい。『アフタースクール』が脚本賞にノミネートされているのは非常に嬉しい。

●最終的にはどうなることか?

このノミネート作品から考えるならば

・最優秀作品賞:『おくりびと』まあこうなるのであろう? そうでなければ『母ベえ』

・最優秀監督賞:やはり『おくりびと』の滝田 洋二郎か『母ベえ』の山田 洋次であろう。

・最優秀脚本賞:これは『アフタースクール』内田 けんじに取ってもらいたい。

・最優秀主演男優賞:本木 雅弘「おくりびと」

・最優秀主演女優賞:吉永 小百合「母べえ」となるかな?

 でもこれじゃちょっと当たり前過ぎて詰まらないかも。

・最優秀助演男優賞:堤 真一「容疑者Xの献身」で決まり。

 本当は主演男優賞をやってもイイくらいの最高の演技だった。

・最優秀助演女優賞:樹木 希林「歩いても 歩いても」か余 貴美子「おくりびと」かな?

 

今年の超駄作と考えている『クライマーズ・ハイ』が軒並みどの賞にもノミネートされているけれど、かろうじて撮影賞を上げられるかもという程度だ。『クライマーズ・ハイ』があれこれ最優秀賞を受賞なんかしたら今年の日本アカデミー賞は目も当てられないものとなるだろう。

●今年のベスト10の邦画を自分でチョイスするならば

1位『歩いても 歩いても』

2位『明日への遺言』

3位『母ベえ』

4位『パコと魔法の絵本』

5位『おくりびと』

6位『実録 連合赤軍 あさま山荘への道程』

7位『アフタースクール』

8位『闇の子供たち』

9位『西の魔女が死んだ』

10位『うた魂』・・・同率10位で『デトロイト・メタル・シティ』

ということになるかな?

どれもこれも良い部分を持っているので最優秀作品賞も、監督賞もそれぞれの作品にあげたくなるなぁ。

あくまで私見だけどね。

2008-10-01 『歴代最高の映画ランキング500』史上最高の映画500本??

LACROIX2008-10-01

[]「歴代最高の映画ランキング500」

●こういうランキングは映画ファンだけでなく一般的にも注目度が高く、雑誌の売り上げにも大きく貢献するだろう。しょっちゅうやっていると、しらけた目で見られて誰も注目しなくなるから、10年に1度位しか出来ない、やらない。

(毎年ランキングを出してるのは『ぴあ』位なものだ。)

●この手のランキングで直近で記憶に残っているのは、1998年6月にアメリカ映画協会(AFI)が発表した「この100年、この100本」だ。今回のエンパイア誌の発表はAFIのランキングからちょうど10年というわけである。ベスト10だけを比較しても、だいぶ相違がある。自分としてはAFIのランキングの方が納得行くタイトルばかりだ。(AFIのランキングは1996年までに製作された基本的にはアメリカ映画のみが対象というちがいはある)

●映画の好き好きは千差万別だから、こういうランキングが発表されると「なんであれが入っていないんだ、この作品がこの順位というのはおかしい」などという話しがあちこちで噴出する。言ってみれば映画ファンにネタを提供するイベントという意味合いもあるだろう。エンパイア誌はベスト500の作品のうち100本を表紙にして売り出した。なんとも商魂逞しいことだ。

●ベスト500本??「そんなに出したってしょうがない」と思いつつ、やはりランキングは気になる。100位までを書いているページがあったので、ちょととそのランキングを転載させてもらった。「なるほど、この順位ねぇ。一つの資料として参考に見る分には面白いか」という感じ。それにしても観ていない作品もいっぱい有るな。

●eiga.comが配信してヤフーニュースやミクシーニュースにまで貼られていた記事を読んで呆れた。(下記斜文字の部分)。パラマウントの宣伝かこれは? eiga.comはこの配信で幾ら貰っているものやら。パラマウントとしても発売時期に合わせたようなゴッドファーザー1位の情報だから便乗して利用しない手はないのだろうが、最初この記事を読んだときはエンパイアもパラマウントから金をもらって1位、2位を恣意的に操作したんじゃないの?と思った程だ。eiga.comにしてもパラマウントにしても、こういうランキングの意味にも疑問を持たせてしまうような白々しい宣伝は少しは遠慮したら?と言いたくなる。

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●2008年9月30日(火) 11:22 eiga.com

・英国最大の映画雑誌エンパイアが、読者1万人、ハリウッドの映画関係者150人、映画評論家50人を対象に「過去最高の映画」に関するアンケート調査を実施、その結果を集計した「歴代最高の映画ランキング500(The 500 Greatest Movies of All Time)」を発表した。第1位に輝いたのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の72年の名作「ゴッドファザー」。同作を含む3部作をコッポラ監督が自らの手で完全修復した「ゴッドファーザー コッポラ・リストレーションDVDボックス」(初のブルーレイ版)が10月3日に日本発売されるなど、公開から35年以上を経てなお映画ファンの心を引き付けている。第2位は、スティーブン・スピルバーグ監督、ハリソン・フォード主演、“インディ・ジョーンズ”シリーズ第1弾「レイダース/失われた聖櫃《アーク》」。第3位は、アービン・カーシュナー監督の「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」だった。

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『エンパイア誌(イギリス)2008/9』/《アメリカ映画協会 1998/6》

【1位】 ゴッドファーザー / 《市民ケーン》          

【2位】 レイダース/失われた聖櫃 / 《カサブランカ》

【3位】 スター・ウォーズ/帝国の逆襲 / 《ゴッドファーザー》

【4位】 ショーシャンクの空に /  《風と共に去りぬ》

【5位】 JAWS/ジョーズ / 《アラビアのロレンス》

【6位】 グッドフェローズ / 《オズの魔法使い》

【7位】 地獄の黙示録 / 《卒業》

【8位】 雨に唄えば / 《波止場》

【9位】 パルプ・フィクション / 《シンドラーのリスト》

【10位】 ファイト・クラブ / 《雨に唄えば》


【11位】 レイジング・ブル 【12位】 アパートの鍵貸します 【13位】 チャイナタウン 【14位】 ウエスタン 【15位】 ダークナイト 【16位】 2001年宇宙の旅 【17位】 タクシードライバー 【18位】 カサブランカ 【19位】ゴッドファーザー Part II  【20位】 ブレードランナー 【21位】 第三の男 【22位】 スター・ウォーズ/新たなる希望 【23位】 バック・トゥ・ザ・フューチャー 【24位】 ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間 【25位】 続・夕陽のガンマン 【26位】 博士の異常な愛情 【27位】 お熱いのがお好き 【28位】 市民ケーン 【29位】 ダイ・ハード 【30位】 エイリアン2 【31位】 風と共に去りぬ 【32位】 明日に向って撃て! 【33位】 エイリアン 【34位】 ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 【35位ターミネーター2 【36位 アンドレイ・ルブリョフ 【37位 時計じかけのオレンジ 【38位】 ヒート 【39位】 マトリックス 【40位】 めまい 【41位】 大人は判ってくれない 【42位】 カインド・ハート 【43位】 ビッグ・リボウスキ  【44位】 シンドラーのリスト 【45位】 サイコ 【46位】 波止場 【47位】 E.T. 【48位】 スパイナル・タップ 【49位】 死霊のはらわたII 【50位】 七人の侍  【51位】 8 1/2 【52位】 シャイニング 【53位】 ドニー・ダーコ 【54位】 ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔 【55位】 甘い生活  【56位】 007/カジノ・ロワイヤル 【57位】 アラビアのロレンス 【58位】 ヒズ・ガール・フライデー 【59位】 未知との遭遇  【60位】 炎628 【61位】 ユージュアル・サスペクツ 【62位】 卒業 【63位】 サンセット大通り 【64位】 オールド・ボーイ 【65位】 ハロルドとモード/少年は虹を渡る 【66位 シザーハンズ 【67位 東京物語 【68位】 アニー・ホール 【69位】トリコロール/赤の愛 【70位 スタンド・バイ・ミー 【71位】 狩人の夜 【72位】 十二人の怒れる男 【73位】 エターナル・サンシャイン 【74位】 黄金 【75位】 天国への階段 【76位】 マンハッタン 【77位】 スパルタカス 【78位】 ローズマリーの赤ちゃん 【79位】 シン・レッド・ライン 【80位】 老兵は死なず 【81位】 バットマン ビギンズ 【82位】 大脱走 【83位】 未来世紀ブラジル 【84位】 L.A.コンフィデンシャル 【85位】 ブルーベルベット 【86位】 キャリー 【87位】 キング・オブ・コメディ 【88位】 フェリスはある朝突然に 【89位】 マグノリア 【90位】 恋人達の予感 【91位】 スター・ウォーズ/ジェダイの帰還 【92位】 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 【93位】 ミツバチのささやき 【94位】 ワイルドバンチ 【95位】 用心棒 【96位】 アメリカンビューティー 【97位】 レザボア・ドッグス 【98位】 北北西に進路を取れ 【99位】 トイストーリー 【100位】 ネットワーク

2008-03-16 《小泉堯史監督の講演》2008年3月15日 

[]《小泉堯史監督の講演》NHK文化センター青山 13:00-15:00  

●作品は人を映すともいうが、まるで自分の作品そのもののように、静かで、温かく、しかし強いものを持っている人である。

●こういった講演会形式は初めてだということで、多少緊張しておられるようであったが、これまで監督をしてきた4作品のこと、黒澤組での思い出など(たぶんこれはいつもインタビューなどで訊かれているのであろう)で2時間たっぷりお話をしていただいた。

●一つ一つの話しが非常に面白く、流石に映画という世界で作品という形を作り上げている人物であるだけに見事であった。

●大柄で黒澤明と同じくサングラスを掛けている小泉監督に対しては、最初、非常に個性が強く、放漫で、俺は!という自己主張の強い、いわゆる映画監督的なものを想像していたのだが・・・・・まるでそのイメージは違っていた。こんなにも謙虚に、控えめに、前に出ることなくしっかりと物事を伝える監督には出会ったことが無い。もともと監督というのは大勢のスタッフを統率し、まさに天皇的でないと出来ないというイメージが作りだされており、また自分の個性、感性で映像を作り上げていくのだから、押しが強くなければ勤まらないという感じであり、実際多くの監督がそうなのであるが・・・・・小泉監督の謙虚なたたずまいは驚きであった。

●黒澤組での仕事の雰囲気、エピソードも本や記事では書かれていない、誠に珍しく面白いココでしか聞くことのできない話しを沢山聞かせていていただいた。感無量である。

●「自分は映画好きでも映画人でも無かった。ただ、黒澤さんの下で助監督として黒澤さんと仕事が出来ることが楽しくて、好きでしかたなかった。監督になろうとか、作品を作ろうとかは思っていなかった。チーフ助監督として走り回って、黒澤さんの作る映画のお手伝いをしていることが何よりも好きだった」そういう小泉監督は黒澤監督との思い出の中に戻っているようでもあった。こんなことを言う監督はきっと小泉堯史監督以外今後二度と出てこないのではないか、だって、監督をしたいとは思わなかった監督なんて!(本当の本心かどうかはもちろん分からないけれど、きっと50%以上は本当ではないかと思う。これも素晴らしい発見である)

ーーー多少ニュアンスが違うかもしれないが、小泉監督の言葉で記憶に残るものを挙げておくーーー

◎「色々な脚本を書いていたのも、それを映画にするというのではなく、黒澤さんに読んでもらい、褒めて貰えれば嬉しいし、ダメだと怒られればそれでもいい、そういうふうに、黒澤さんにただ、自分の書いたものを読んで欲しくて書いていたのです」

◎「明日への遺言」も生きている間に黒澤さんに読んでもらいたかった。

◎「黒澤さんが亡くなったとき、もう田舎へ帰ろうと思っていた。それがお別れの会の後、息子の黒澤久雄さんに「雨あがる」は小泉が撮ってくれと言われ、監督をすることになった。それも、黒澤さんの遺稿を映画化したいというよりも、この黒澤組のスタッフの方々とまたお仕事をすることが出来るからという嬉しさのほうが強かった」

◎「寄るなら引け」「望遠での撮影の多用」「マルチカムの意味」・・・・・役者が自然な演技をするように、アップを取りたければカメラは寄るな、アップを取りたければ離れた場所から望遠で絵を捉えろ、近づいて役者がカメラを意識したらもうダメだ。

◎「黒澤組にはモニターがない」・・・・黒澤監督は撮影した映像を確認することはなかった。頭の中でもうフレームと絵は出来上がっているのだ。それをモニターで再確認などする必要はなかった。最近黒澤組で撮影をするのが初めての人だと「モニターはどこですか」と聞く役者さんが結構居る。モニターがないことにびっくりしているみたいだ。自分(小泉監督)も黒澤さんと同じくモニターは使いません。

だけど、黒澤さんはカメラは兎に角。良くのぞいていた。

◎「今は黒澤さんがやっていたような映画の撮り方は殆ど出来なくなっている。リハーサルに何ヶ月もかけるとか、役者を何ヶ月も勉強させるだとか。みんなスケジュールの中で管理されているから、一ヶ月丸ごととかそういう拘束はできなくなっている。」

◎「朝9時撮影スタートと言えば、9時には全ての準備が整い、役者も、小道具も、助監督も皆9時から撮影に入れるようにしておくものだった、だが最近は9時に現場にやって来るなどという人も多い。これでは黒澤組で映画は撮れない。」

◎「黒澤組の現場はそこに居る全員が緊張していた。針が一本落ちても音が分かるのではという位皆が撮影している場所に集中していた。だから誰か一人でもそういう気持ちでなく、別の事を考えていたりする異分子が居ると、黒澤さんは直ぐそれがわかった。「オイ、そこのぉ!」と怒鳴り声が飛んできた。皆がカメラが撮影しているそのシーンに集中し、皆が撮影に参加していなければならないのが黒澤組だった。

◎「おい、小泉」そう、黒澤さんに助監督である自分が呼ばれたら、何をすべきか前もって黒澤さんの動きを見、こういうことを希望しているのだろうと予想して「ハイ」と直ぐ動かなければならなかった。名前を呼ばれてから「なんでしょか?」などと言っていたのでは、黒澤さんの怒声がとび、黒澤組では通用しなかった。

◎「阿弥陀堂だより」のエピソード、お梅さんである北林谷栄さんが寺尾聡を宇野チャン(寺尾の実父宇野重吉)の息子が出るのなら私も出るわと出演を承諾した話し。宇野ちゃんそっくりと寺尾聡を息子のように可愛がっていた話し、等々二時間の非常に密度の濃い話しはこの場では語り尽くせない。きっと参加されていたどなたかがテキストとしていずれアップしてくれるであろう。

◎「海は見ていた」を何故監督されなかったのか? という質問には「黒澤さんが色々話してくれて、もうイメージも聞かされ、後は撮影というところまで来ていた脚本を、自分が黒澤さん以上に撮れるはずが無い、あれはもう出来上がっていたのだから、だから私はあの映画は見ていません」

◎「雨あがる」は2/3位まで脚本が出来上がっていて、のこり1/3を黒澤さんから聞いた話などを元にして自分が書いた。ラストシーンはたぶん黒澤さんならばこうするだろうと思ってあのようにしたのです。

注)録音していたわけではないので、こんな風に言っていたという記憶を辿って上記の小泉監督の言葉を書いています。実際に小泉監督が話されたところとずれている部分もあるかもしれませんが、その点はご了承を。

●そして何よりも驚いたのは・・・・「明日への遺言」の話しが終わり、一番最後で司会者の方が「映画の中の赤ちゃんがいらっしゃってますよ」と言った瞬間であった。指し示される方を見ると、初老のご夫人が一番後ろの席に座られていた。なぜこの人が、映画の中の赤ちゃんなのか?最初言葉の意味を理解出来ず、え、えっ??と思っていたが・・・・ようやく自分の頭が事を理解したとき、驚きは鮮明になった。

●「明日への遺言」の最後の部分でBC級軍事裁判の法廷の傍聴席に岡田資中将の御子息夫妻が、生まれたばかりの赤ちゃんを父親である岡田資中将に見せるために抱きかかえて入ってくるシーンがある。軍事法廷で死刑の判決を受けながらも、法戦には勝つと自分を曲げることの無かった岡田中将が、娘、息子夫妻の抱きかかえる赤子に近づき、優しそうに、嬉しそうに慈しむシーンがある。そう、その赤ちゃんが・・・・ここに座っておらられるご夫人であったのだ。

●岡田資中将のお孫さんにあたるご夫人は司会の方に促され、少しお話をされた。

「ちいさいころおばあさん(岡田資中将の妻である温子さん)が「あなたのおじいさんは物凄く偉い人だったのよ」と口癖のように話していた。子供だった自分はそれに反発して、却っておじいさんの話には耳を背けていた。今になって思えば、もっともっと色んな話しを聞いておけば良かったと思う」とおっしゃっていた。そして「映画は3回見ました。最初の二回は身内のことという部分もあり、思うところもあり、なかなか映画として見ることが出来なかった。だけど、三回目にしてようやく、作品としてこの映画を見ることが出来、この映画が良い映画ということを理解することができた。だから今、知合いには良い映画だから見てと宣伝している」ということであった。

これは、その場に居たからかもしれないが、本当に驚きの体験であった。あの赤ちゃんが・・・・やはり映画はすばらしい。

●最後に小泉監督はご夫人に丁寧に挨拶をされていた。

●「明日への遺言」はエンターテイメントではない、重く、厳しく、真摯な映画である。映画にエンターテイメントを求める若い層は、やはりこの映画を見る為に映画館に足を運ぶことはすくないであろう。だが、これだけの映画が出来上がったのだ。映画館に足を運ばずとも、レンタルになってからで構わない、一人でも多くの人にこの映画を見てもらいたい、特に若い層には・・・そう思う今である。

 

2008-01-28 日本アカデミー賞

[] 日本アカデミー賞  映画批評 by Lacroix

●本国アメリカのアカデミー賞もロビー活動や権力関係で決まっているようなもので当てにはならないのだが、今年の日本アカデミー賞はうんざりするほどテレビ局に支配されてるかの感が否めない。(数年前からその傾向は過度に顕著化していた)

全ての邦画を観ているわけではないが、昨年から公開されている主要な作品は観ている。

そういうところで自分としては、1,2,3と順位を付けるなら。

1位:「包帯クラブ」

2位:「アヒルと鴨のコインロッカー」

3位:「それでもボクはやってない」

となる。

●2位の「アヒルと鴨のコインロッカー」は丁度この週末にDVDが発売されて再見しているのだが・・・・素晴らしい。涙がでそうになる。

この切なさは・・・。そしてこの脚本の見事さ。最優秀脚本賞はこの作品以外には有りえない・・・・と思うのだよね。本当に素晴らしい作品だ。

「包帯クラブ」がなかったら確実に昨年のナンバーワンだった。

●1位の「包帯クラブ」は軽いようでいてズシリと響く秀作だ。戦わないで世の中を変える為に作ったクラブ・・・青春の辛さ、悲しさ、そして世の中に対する無力感、そういったものに歯向っている高校生の姿に身につまされる。グイグイとお前はどうなんだよと迫ってくるような映画。この映画も来月DVDが発売されるから、また映画館の感動を味わえると思うと待ち遠しい、

●3位の「それでもボクはやってない」は強烈な社会批判、日本の裁判制度、警察批判、検察批判に及んでいる。絶対劇場では掛からないから地方の公民館周りをしよう。なんてイイながら作られた作品だという。

これを見たら、腹が煮え来る変えるような怒りを持ってしまう。一体何なんだこんな制度は、そしてそこに乗っかった人達はって。

●日本アカデミー賞だが、この三作品の中でノミネートされているのは「それでもボクはやっていない」だけである。テレビ局や大手広告代理店が製作委員会に入っていないような作品は、明らかに蚊帳の外に置かれている・・・・・。

●多くの日本人が日本アカデミー賞に大した権威を認めていないという現状もあるから、業界内の内輪イベント的であり、勝手にやってればという気もするが、もっともっとイイ作品を世に知らしめる、そういったイベントになってくれれば、なるべきなんじゃないのと思ってしまう。

●授賞式は2月15日・・・・敢えて見るまでもないな。

●「包帯クラブ」「アヒルと鴨のコインロッカー」は映画として多くの人に見てもらいたい。

「それでもボクはやってない」はかなり社会性の色彩が強い映画なので、すこし色彩の並びが前の二つとは違うが・・・こういう映画は正座して真っ正面に対峙して見なくちゃいけない一作であろう。


注)今年の日本アカデミー賞最優秀作品賞の最有力と言われている「キサラギ」だが、実は未見である。

話しと作り、そして作り手側にあざとらしさが鼻に付いていたからだ。

ま、後で暇な時に見るかね。


★映画批評 by lacroix

2007-03-31 藤沢オデオン閉館・・・・なんだかとっても寂しい。

[]71年の歴史を持つ素晴らしい映画館が今日で閉館となる。

●一番最後の上映は足を運ぼう。一番思い出に残る映画館なのだから。〔3/31日記〕

●〔7/18記〕どうも、藤沢オデオンの閉館に関することは書く気持ちがおきなかった。閉館から3ヶ月半経過してようやく何か書こうと思う。というか書ける気持ちになってきた。そう言えばあの3月31日は曇っていて今から思えばまだ冬の気配が残っていてちょっと寒かった。

●藤沢オデオンが閉館しますという告知がHPに掲載されたのは3月15日位だったと記憶している。その告知を見たときは一瞬呼吸が止まるほどエッっと驚いた。地元の映画館であり、北口のキネマ88は趣もあり、シネコンとは一線を画した本当の映画館らしい映画館だった。それが閉館!しかもたったあと2週間後で・・・・余りに急すぎるんじゃないの。前々から決まっていたことかもしれないけど、2週間前に告知するなんてちょっと酷いんじゃない?そんな気持ちもあった。でも多分、こんなに押し迫ってから閉館を告知するということは、裏になにかあるんだろうなってそんなふうに思えた。複雑な事情?それとも別の外部の人間では知ることのない、気持ちとか思いとかが。

●特に良かったのはやはり北口のキネマ88だ。建物外壁には名画のパネルが張られていて、いかにも昔の映画館と言う感じがしていた。入り口からホールに入ると古い映写機がオブジェとして置かれていて、扇型に広がった階段を登ると、本当に劇場と言える雰囲気の映画空間が広がっていた。なんとなくタイタニック号のホールのような、そんな感じでもあった。しかもシートはリクライニングが出来るというもう感涙ものの作りだった。豪華というのではないけど、白いカバーシーツが掛けられて本当に映画を心地よく楽しめる空間であった。何年か前にシートの入替えを行う前までは、前から3番目位の真ん中の席のリクライニングが壊れていて後ろにダランと倒れたままであった。でもそれも愛嬌でほほ笑ましかった。

観客の少ない平日の興行で、かなり前の方に座ってこのリクライニングを思いっきり倒してスクリーンを見上げるようにして寝そべって見る映画は極上の娯楽であった。こんな映画館は知っているかぎりでは広島のサロンシネマが似たような感じだったというだけで、他では見たこともなかった。

●そんな藤沢オデオンも閉館してしまった。雨の中マトリックスを見に行ったこと、このブログにも書いてあるけど「タイヨウのうた」で監督やタイヨウ兄弟と応援団がgood bye daysを合唱したこと・・・・・思い起こせば色んなシーンが蘇る。

●なんで閉館してしまうんだろう・・・・・自分勝手だけど3月31日までずっとそう思っていた。

●閉館のお知らせがHPに掲載されてから暫くすると3月最終週の劇場スケジュールが更新された。すると最終日の3月31日は空白のままだった。「31日の予定はまだ決まっておりません」そう書いてあった。オデオンのシネマクラブのチケットがまだ残っていたので、閉館する前にこの劇場で見れるだけ映画を見ておこうと思った。払い戻しもしてくれる旨の告知があったが、そういう気持ちにもなれなかった。

●キネマ88に行って劇場のスタッフの男の人に聞いてみた「最終日の予定がまだHPでは書いていないのだけどどうなるの?」

するとそのスタッフの人は「最終日ですからみんなで何かしようと考えているのですがまだ決まっていないのです。決まったら告知しますので」ということだった。70年の歴史に幕を閉じる、その最終日にどんなことが催されるのだろう? ちょっと、いやかなり期待した。なにか一生の思い出になるような素敵な催しが行われるんじゃないかと、誰か有名な人が来るんじゃないかとか? 支配人が思い出を語ってくれるのかな?とか

●そんなふうに勝手な、だけど皆が思うような一観客としての期待を持って毎日のように藤沢オデオンのタイムスケジュールの更新を楽しみにしていたのだけど、閉館数日前になって最終日のスケジュールが公開されたときは・・・再び、え、なんで?という気持ちだった。

前日までと全く同じ上映スケジュール。なにか特別な事が行われる訳でも何でもない。映画のタイトルと上映開始時間だけが書き込まれているだけだった。・・・・・・・何も特別なことはない・・・・そこに含まれる思いを一人の映画館のファンとして身勝手に想像している自分があった。

●藤沢オデオンは凄く頑張っていた映画館だと思う。シネコン全盛の今の時代にあって、いろんなアイディアでお客さんを呼ぼうとしていたし、映画ファンの壺を押すような巧い上映作品の選択も一つの特徴だった。だけど、実際のところ、藤沢に住んでいるの女の子でさえも「映画を見るなら横浜とか、みなとみらいに行く。キレイなシネコンで見る」と言っているのが多かった。これは「洋服買うなら横浜か渋谷まで出る。藤沢じゃ良いものないもん」なんて言っているのと同じ感覚だろう。

●映画を見る、ショッピングをするというのはエンターテイメントであり、レジャー、娯楽である。少ない週末の休みを日常の学校生活や仕事から切り離して楽しみたいと思う時、やはりお洒落な街、メディアに取上げられる街、大きな街、刺激のある街・・・地元からは離れた街!・・・そういった所に行きたいと思うのはとてもナチュラルな気持ちだ。だからこそ地元の映画館で見るという行為はエンターティメント、レジャー、娯楽の方向性とは趣を異とするものである。

●藤沢は湘南地区では充分に大きな駅であり、街なのだけど・・・・・でもほんの10数キロ離れた横浜や、そこから20分電車に乗れば着いてしまう渋谷よりは・・・・明らかに地方である。お洒落な街として話題に上ることもない。首都圏へ通勤通学する人の居住地、そんな感じでしか見られていない。いくら良い映画館だと言っても、周りの街からわざわざ藤沢に映画を見に来るということは、まず無い。わざわざ足を運ぶなら、大きなシネコンに賑やかな街の映画館に行ってしまう。

●そんな中で藤沢オデオンで映画を観る観客の数はどんどんと減っていったのであろう。この映画館に来る観客は地元のオジサン、おばさん、子供が学校に行っている間の時間で友達と来る専業主婦、そして休日も地元の映画好きとか、逆にわざわざ離れたシネコンなどに行かなくても近場の地元の映画館で観れるならそれでいいやという人たちが中心になっていった。もちろん、中高生、大学生などの若い映画をよく見る世代も来てはいたけれど、比率で言えば少なかったと思う。

●70年という歴史の中で、時代も、情勢もがらりと変わった・・・・・。

●本当の事を言えば、自分だって、何故藤沢オデオンを良く利用していたのかというと、シネマチケットを購入すれば一作品1080円程の料金で新作の映画を観ることが出来ること(やはり通常の鑑賞価格1800円は高い)。そして、ホントにこれは自分勝手なんだけど、この映画館は空いていたから・・・・ガヤガヤ騒々しくなく、上映前に延々並ばなくては行けないなんてこともめったに無く、上映20分前に行けば良い席に座れて、静かに映画そのものを楽しむことが出来たからだ・・・・・・それは、映画館の経営には全くプラスではない観客側の都合の良さであり、わがままであったのだ。

●藤沢オデオン、閉館で検索すると多くの人の今回の閉館に対する残念だというコメントが見つかる。殆どの人がやはり「シネマ88」が良かった。空いているのが良かった・・・・というようなことを書いている。(自分と同じように)

●皮肉っぽい良い方だが、結局自分たちは藤沢オデオンの近さと安さ、観客の少なさを自分に都合よく利用していたにすぎない。自分にとってとっても居心地が良い、使いやすい、経済的な映画館として藤沢オデオンを利用していたのだ。・・・・・・その都合の良さが無くなってしまうことに、残念だという思いの方が、皆強いのではないか?そう思える。そして都合良く利用していたい我々は藤沢オデオンの経営状態だとか、利益だとか存続だとか、そういうものの手助けには殆どなっていなかったのだ。我々は便利で安くて都合が良いから藤沢オデオンを利用していただけで、藤沢オデオンを存続させるとか、もっと売上げを、利益を上げるてもらうために藤沢オデオンを利用していたわけではないのだ。2年位前から上映回数が間引きされ、作品が交互に上映するといようなスタイルになっていた。あの頃から、相当厳しいんだろうなとはひしひしと感じてはいたのだけれど。

●最終日3月31日の一番最後の上映を南口の藤沢オデオンに見に行った。最後の上映作品は『ドリーム・ガールズ』だった。ひょっとしたらラストの上映後に何かを期待したのか?(いやそれは穿った見方だろうか)最終上映は劇場がほぼ満席だった。映画のエンドクレジットが流れて場内が明るくなったとき拍手が会場全体から湧いた。でも支配人が出てくるわけでもなく、長い間有り難うございましたという挨拶があるわけでもなく、何もなくそのまま拍手は止み、いつもの上映と何も変わりなく、観客は会場から出された。それが藤沢オデオンの最終上映のほんとの最後の様子だった。

●最後の週はロビーから階段まで昔懐かしい映画のポスターが張ってあった。それは映画の歴史を感じさせるとともに、藤沢オデオンの上映の歴史と、もうこれでお終いとポスターの向こうから誰かが喋っているかのようであった。

●ここからは完全に自分の勝手な解釈と詮索だから勝手に書かせてもらおう。

●藤沢オデオンの女性の支配人、そして沢山いたスタッフは(女性が多かったという気がする)最初は最終日になにか来てくれた観客にイベントとかサービスとかなにかを考えていたのだと思う。70年の歴史の最後なのだから、皆でお別れ会をしようとか、普通の考えられるように支配人が出てきて挨拶をするとか、事によれば最終日はタダにして近隣の人に映画館に来てもらおうとか、色んなアイディアを出して最終日を意義あるものに、思いで深いお別れの日にしようと考えていたのではないかと思う。その証拠に最終日の上映はギリギリまで決まらなかったのだから。

●でも、何もしなかった。ほんとに全く何一つとして特別なことはしなかった。きっとそれは女性支配人が悩んでずっと考えて、そう決断したのではないかと思う。スタッフみんなに「最終日は特別な事は一切しません。通常撮り、今までと何も変わらず上映をし、そのままお終いにしたいと思います」そう伝えたのではないかと思う。そして最後の日は、この劇場で一緒に働いてきたスタッフだけでお別れの会をしようと、そうしたのではないかと思う。

●ありふれたどこでもやるような最終日のイベントなどせず、71年の歴史を閉じるのは自分たちスタッフだけで行いたい。そう支配人は思ったのではないだろうか。だって、最終日に来た名も知らぬ沢山の観客(やじ馬的な人も多数いるだろう)は藤沢オデオンの歴史や苦しみを共有したわけではなく、最後だからって来たそういう客なのだから。(自分も含めて)

●それでも多くのファンが居て、藤沢オデオンが好きでここで多くの映画を観る人たちが居たからこそ、藤沢オデオンは息をつないでいたのかもしれない。でも、そんな人たちも自分を含めて、藤沢オデオンの存続にはなんら力には成り得ぬ不特定多数の第三者でしかないのだ。そして藤沢オデオンを都合よく利用していた客でしかないのだ。

●だから、最後の最後は、苦しみも喜びも共にした劇場の家族のようなスタッフとだけ、お別れの瞬間を噛みしめたい、時間を共有したいと、支配人はそう思ったのではないだろうか? 何知らない、何も関係ない、この劇場が無くなってもどこか他に行けばそれで済む唯の観客と何かをするのではなくて・・・・・自分は「それでいいんじゃないだろうか」ってそう思う。

自分も最後の最後には何かを期待して劇場に行った一人だけど。何もなかったことに少しガッカリした一人であったけど。

●劇場の外に出るとデジカメで写真をとっている人が何人か居た。自分ももう暗く成った劇場を何枚か写真におさめた。

最後だから、北口のキネマ88にも行って見た。劇場の入り口には『71年間有り難うございました』という立て看板が立ててあった。既に上映は終わった劇場内部では誰かが後片づけをしていた。キネマ88の向いにある飲食店の若い夫婦が「最後だから挨拶にいこう」といって、劇場の中に入っていった・・・・・・。

●そして、藤沢オデオンは閉館した。1997年3月31日土曜日 まだ冬の気配は残っていて灰色の空と肌寒い一日だった。

●藤沢オデオン最後の上映となった作品は『ドリーム・ガールズ』だった。藤沢オデオンは支配人が女性の方で、スタッフも女性が多く、上映作品も女性、OLに好まれるような作品を多く選んでいたし、そういう傾向で劇場を作っていた。そうして考えてみれば最終回に上映された『ドリーム・ガールズ』の題名の通り、女性のスタッフがこの街で映画館を運営して頑張って夢を描いていた、ドリーム・ガールズが最後までがんばって映画に夢を見続けていたそういう劇場なのかもしれない・・・・・。最後の上映作品はその気持ちの現れなのだろう・・・・と勝手に思っておくこととする。

●劇場閉館の時に既に売却先は不動産会社に決定していて映画館は継続する予定はありませんと告知されていたが、閉館から3ヶ月半経過した7月下旬になってもキネマ88の壁面には映画のアートワークがまだ残っていて、劇場も閉まってはいるが3月末となんら変わりない状態である。よもや復活することはないとは思うのだけれど・・・・・今でも残る劇場の姿を見ると、ひっとしたら?なんて期待をしてしまう・・・・そんな気持ちである。

2006-05-16 撮影 長田勇市

[] 撮影 長田勇市

●夏の海のあのギラギラした水の輝き、透明な空気の中にまでムッとした暑さを感じる太陽の光、あの暑さをフィルムや写真に写しとることは極めて難しい。

●海辺に暮らし、事あるごとに海に出て夏の光と水と太陽の作りだす特別な調合のフィーリングを感じていると、なんとなく分かることがある。その光が本当に夏のものなのか、そうでないかということが・・・・。

映画「ビッグウェンズデー」で主人公であるウイリアム・カットが一人ボードに乗って海に漕ぎ出ていくシーンがある。カメラはほぼ水面に位置して沖へと水を掻き進んでいくウイリアム・カットを追いかけながら撮影をしている。

サーフボードにまたがったウイリアム・カットはその手を海面に差し入れ、スローモーションのように海面を前から後ろへ掻く。その瞬間、バシャッと音をたてて水面に飛沫を躍り、光が水の粒の一つ一つのをキラキラと輝かせる。

このシーンを見ていると「ああ、これはホントの夏の光だな。夏の光のなかで、夏の空気と日差しのなかで撮影し、夏を見事にフィルムに焼き付けているなぁ」って思う。

●映画「波の数だけ抱きしめて」は夏の湘南を舞台にしたちょっとお気に入りの作品だ。でもこの映画に最大の不満がある。映画の中のどのシーンにも、夏の光が感じられないのだ。

●カメラマンはよく日本で撮影するとやはり空気の湿っぽさで日本的な絵が必然的に撮れてしまうという。カリフォルニアで撮影すると、空気が乾いていてやはり写真にはアメリカのカサっとした感じが良く出るという。

●きっとそれは本当の事だと思う。

●そして「波の数だけ抱きしめて」にはあの夏の蒸し暑さや、日差しの眩しさや、刺すような太陽の強さがまるで絵に出ていないのだ。

たぶんだけれど、この映画は夏が始まる前のさほど暑くない、天気だけが良い日を使い、千葉や房総の海岸で多くを撮影しているのではないかと思う。この夏の映画は見ていて夏をリアルに感じさせてくれない大きな欠点がある。それほど夏の光は違うのだ!

  • 「稲村ジェーン」では夏の空気を感じることが出来た。桑田佳祐が湘南の地で生まれ育ち、夏の空気を知っているからじゃないだろうか?

●そんなふうに、私は夏の映画をみて、これは夏じゃないなって思うととっても残念な気持ちになる。設定は夏であってもあの夏の空気と光をとらえていなければ絵から夏は感じられないのだ。

●「ウォーター・ボーイズ」の予告編を映画館で初めて見たとき、プールで飛び上がって演技をする学生たちとその周りで沢山飛散する水しぶきと一つ一つの水の粒が本当にキラキラと輝いて光っていた。このシーンを見たとき「あ、これは本当の夏だ!本当の夏の撮影の仕方を知っている人、本当の夏の光を知っている人が撮影しなければこの輝きをフィルムに切り取る事は出来ない」って思った。

●本編を見てもこの作品は本当にあの夏の暑さとギラギラした空気を余すことなく捉えていた。凄いと思った。これは矢口監督のなす技かとも最初は思った。

  • そしてあるとき磯村監督のメジャーデビュー作である「がんばっていきましょい」を見た。これも女の子たちのボート部生活を描いた夏の映画だ。この映画でオールが水を掻き分け、田中麗奈たちが川の水のなかで動き飛沫が飛び散るシーンに素晴らしい夏の光を感じた。湖の夕焼けのシーンも美しく、あの暑かった一日が終わろうとして空気の中にまだ熱気を溜めながら赤く染まってゆく空が夏そのものを見事に写しだしていた。
  • どういった人がこんな美しいシーンを撮影し、この夏の光を見事に捉えているのだろう。この映画を撮影した人は、きっと本当の夏をあの夏の暑さと光と空気を本当に知っている人だろうと思った。この時はじめて、カメラマンが誰なんだろうと興味を持ち、スタッフの名前からカメラマンが誰なのかを調べた。・・・・・・・そしてこの二つの作品が長田勇市というカメラマンによって撮影されていることを知った。
  • 長田勇市、沢山の映画を見ているけれど、たぶんこの人ほど水の輝きを美しく撮影するカメラマンは居ないのではないだろうか? この人ほど本当の夏の光を知っているカメラマンはいないのではないだろうか? 私はそう思った。そしてあるとき長田勇市というカメラマンが石垣島の出身だということを知った。やはりそうか、子供の頃からあの美しい石垣島で暮らし、本当の夏の暑さ、本当の夏の光、本当の夏の海を知っているんだ、それを知っているからこそこの人はフィルムにあの本当の夏の光を、水の輝きを閉じこめることができるんだろうと思った。

●テレンス・マリックは日の出と日没の前後一時間が最も太陽の光が美しく全てを輝かせるマジック・アワーだとして、この2時間だけで撮影を行うという。かれの作品は本当にワンシーンワンシーンが美しい。

●光と水の輝きを最も美しく撮影できる人物、長田勇市という人はテレンス・マリックに通じるものがあるのかもしれない。

★映画批評 by lacroix