はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1975-12-31

[][]タマモと桜と優しい奴らについて

ザ・グレート展開予測ショーPlus(以下GTY+)さんとNight Talker(以下NT)さんの合同企画、どっちのSSつけまShowへの応募作品。2007/4/30の締め切りギリギリに投稿しました。

ありがたいことに芳しい評価をいただきまして、最優秀賞(GTY+賞)を頂戴しました。

時間に追われて十分に構成を詰め切れなかったり、他の方の作品と展開が被ったりと、なかなか思うに任せなかった作品なのですが、イラストを付けていただいたり温かい感想をいただいたりで、個人的に思い入れの深い作品になりました。

ちなみに、前回GTY+に投稿した「初恋の逝く道」とは共通の設定になっています。お話の順番としてはこちらの方が先で、こちらの事件をきっかけにシロタマが学校に通うことになる、といった背景を考えていたりしますがどうでもいいですかそうですか。

1975-12-30

[][]タマモと桜と優しい奴ら(全)

「ねぇ、君。ボクと一緒にワビサビの深奥を極めてみないか。」

「いやいやっ!君のようなスレンダーな女の子は水泳だっ!水泳部しかないっ!」

「おおっ!麗しの姫君よ!私の演劇魂が、あなたの優雅な一挙手一投足に惹かれて止みませんっ!どうかこの哀れなしもべに、演劇部についてご説明差し上げる時間をお与え下さい!」

「結構。そういうのは間に合ってるわ。」

周囲に群がってきた上級生を、真新しい制服に身を包んだ少女は、まるで押し売りでも断るように素っ気なくあしらった。しかし、敵も然る者。部の命運を賭けて勧誘を担当している者達だ。そう簡単には引き下がりはしない。

「そんな連れないことを仰らず。この世は一期一会と申します……」

「水泳はいいぞっ!胸も大きくなるぞっ!いや、スレンダーな君も魅力的だが……」

「ああっ!そんなクールな態度も素敵だ!君のようなアトラクティブな女性は舞台の上でこそ輝く……」

素気ない態度も気にせずさらに言いつのる彼らを、少女は冷ややかな視線で見据えた。

「……しつこい男って、嫌われるわよ?」

氷点下の冷淡な声音で切って捨てる。一瞬、二の句が継げなくなった上級生を他所に、少女はその横をするりと通り抜けた。

鼻から短く呼気一つ。鼻で笑う仕草とともに、頭の後ろで9つに分けられた金髪が春の淡い日射しを反射し、微かな光が踊った。

一見新入生にしか見えないこの少女はもちろん、ご存じ美神所霊事務所に居候する九尾の妖狐・タマモである。




タマモと桜と優しい奴ら




「……ったくあいつ、どこ行っちゃったのよ。」

タマモは、眉根を寄せて周囲を見回した。周囲はかなりの人だかりだ。旧校舎から文化系・体育系二つの部活棟に向かうピロティは、新入生に声を掛ける部活動・サークルの勧誘員でごった返している。

吹き抜けの廊下の左右には長机を連ねたブースがずらりと並び、そのまま部活棟への渡り廊下にもはみ出している。その前では思い思いの勧誘活動を繰り広げる在校生達。

少子化のせいもあってか、国立大学付属の超名門校とはいえ今年の新入生の数は決して多くない。自らの部にどれだけの新入生を取り込めるかは、今後の活動がどれだけ強化できるかに大きく影響する。より具体的には主に予算獲得の面で。

また、どれだけ優れた人材を確保できるかで部の興亡が決まると言っても過言ではない。運動部では体格がよいものや運動神経の発達したもの。文化系では画才や文才や美声など。そういった才能に加えて、広告塔として活動する能力を考えれば容姿も重要なポイントだ。上手く可愛い娘(格好いい子)を捕まえれば、先輩後輩のあまーい関係も夢ではない。

そんな様々な思惑も絡んでおり、新人獲得競争は嫌が応にもヒートアップせざるを得ない。

大声を張り上げるもの。

派手な仮装で目を惹こうとするもの。

ナンパよろしく言葉巧みに自分のブースへ連れて行こうとするもの。

まさにあの手この手で客の手を引く彼らは、繁華街の客引きかはたまた三途の川の脱衣婆か、とでも言うべき鬼気迫る有様でその勢いを競っている。

その標的たる新入生達は、慣れない環境に戸惑っているのか、その勢いに圧倒されているのか。櫛の歯が欠けるように次から次へと様々なブースへ捕獲されていく。

活気ある、それも度を超した活況を呈する有様の中で、タマモははぐれた相棒を捜していた。いつもは目立つはずの紅白のおめでたい髪の色も、仮装した上級生達の緑やら黄色やらの弩派手な髪色の海の中では見つけることもままならない。普段押しは強いが、意外に押される側に回ると断り切れないシロのことだ。恐らくはどこかの部活に早々に捕まってしまったに違いない。

『タマモ、様子はどう?おかしな生徒はいない?』

右耳に付けた極小サイズの無線インカムから、美神の問いかけが聞こえた。

「いないと思うわ。それ以前に、人が多すぎて何がなにやら。」

右腕のカフスに仕込んだマイクに囁いて返答する。

『気をつけんのよ。入学式にもホームルームにもそれらしい姿はなかったけど、きっとこっちには出てくるはずよ。シロッ!あんたどこにいるのっ!』

『はいっ!拙者、今剣道部に入部したところでござる!いやぁ、さすがは同じく剣を志すものでござるな。皆良い方ばかりで……』

『部活に入ってどうすんだシロ!』

『ああっ!そうでござったっ!拙者、潜入捜査の最中でござったっ!すまんでござる先生!』

耳元から、事務所の仲間の掛け合いが聞こえる。予想通りといえばあまりに予想通りだが、やはり彼女の相棒たる犬塚シロはまるであてにならないようだ。土台、力押し一辺倒の犬娘に、潜入調査など向いているわけがないのだ。

「美神さん。シロは放っておいて、私は奥の方を当たってみるわ。たしか、弱小クラブに多いんでしょ、例の怪異は。」

『そうね、わかったわ。横島クン、あんたシロを見張っててね。私はタマモに付いていくから。』

『へーい。』

横島の気が抜けたような声を聴きながら、群がってくる勧誘者達をかわしてタマモは通廊の奥へと足を進めた。


「はぁ?幽霊生徒?」

その、電話口で応えた美神のやる気のなさそうな声が、今回の仕事の発端であった。話を持ち込んだのは、所長である美神令子の母親、美神美智恵。

「学校の幽霊なんて、ママのところで何とかすればいいじゃないの。……人がいない?こないだ、随分人員増やしたって言ってたじゃない。……研修ねぇ。それで現場のパワーが減ってるんじゃ世話無いわねぇ。」

その会話の断片を聴きながらも、タマモは手元の携帯ゲーム機で一次産業に勤しんでいた。今彼女が入れ込んでいるゲームは、巨大生物狩りをテーマにしたアクションRPGだ。ネットで対戦したりトレードもできる優れものだが、人付き合いを好まない彼女は、ひたすらオフラインで狩猟活動に勤しんでいる。

「学校かぁ。あたし、学校の幽霊とか妖怪ってろくな目に遭ってないのよね。机だとか井戸だとか、結構強力な付喪神がいたりね。……んー、やらないとは言ってないわよ。でも、すこーし予算を高めで見て欲しいかなぁ、なんて。……いーじゃないの!どうせオカルトGメンの委託なんだから、税金でしょ!ママの懐が痛むわけでなし!元々あたしが収めた血税なんだから、こんな時くらいちゃんと還元すべきよ。」

金銭の話に入ったということは、つまるところやる気になったのだろう。程なくして、

「……しょうがないわね。その値段でいいわ、ママ。じゃ、資料をメールで送って。」

という締めで美神は電話を切った。

「今度の仕事はどんなの?美神さん。」

「高校に生徒の幽霊が出るんだって。別に悪霊ってわけじゃないらしいから、ま、楽勝ね。」

タマモの問いに、美神は明るい声音で返事を返した。どうやら、母親相手に交渉して、そこそこの好条件を引き出せたようだ。4年の付き合いでタマモは、声音から美神の機嫌をかなり正確に推測できるようになっている。一緒に住んでいるのだからこの程度の判断は身に付いて当然だと、タマモ自身は思っているが、5年も丁稚をしている某青年や、タマモとほぼ同時期から住み込みしている犬娘などは、未だに所長の雲行きを予測できずにいたりする。

「横島クンとおキヌちゃんが戻ってきたら、ミーティングしましょう。夕飯を食べながらでいいわね。」

その声を聞く限り、どうやら今度の仕事はさほど揉めずに済みそうだ。


美神が、オカルトGメンから回されてきた資料を元に説明するところによると、件の学校幽霊というのは『一人多い新入生』だという。

「なんか、ホントに『学校の怪談』みたいっすね。ほらあの、『夜中に踊り狂う人体模型』とかそんな感じの。」

「確かにね。でも、噂だけじゃないらしいのよ。」

横島の相槌に乗りながらも、本題をきちんと説明していく美神。この辺の掛け合いのテンポは、まさに阿吽の呼吸である。

オカルトGメンの資料には、大まかな特徴や実際の事件について事細かに記載されている。

・問題の『一人多い新入生』は、入学者名簿に名前が載っているが、その姿を見たものがいない。

・担任教師などは、長期欠席の生徒だと思いこんで気にしていないケースが多い。

・書類に不備はないが、よくよく調べると実在しない人物である。

・その人物が授業に出た事はないが、いつの間にか部活や委員会に登録されている。

ここまでであればただ気味が悪いだけで済むのだが、問題はその先である。

一度、気味悪がった学校側が依頼して民間GSの調査員が来たのだが、そのときに判明した事実があった。

・問題の『一人多い新入生』と面識のある生徒が何人かいた。

・霊力の検査を学校中で行ったが、全く異常が見つからなかった。

(正確には、霊力の若干高い場所は数カ所あったが、そのどの箇所にも原因らしきものや異常現象は見られなかった。)

Gメンのリポートは結論として、この現象を起こしている存在(幽霊?妖怪?)は

・何らかの方法で生徒か否かを見分けている。

・何らかの方法で自分の存在を隠蔽している。

・新入学の時期でないとその存在を明確に捕らえることが難しいのではないか。

としていた。

「ま、『何らかの方法』ってのは、結局推測に過ぎないって言ってるようなもんだけど。でもこのレポート、そんなに大はずしはしてないと思うわ。」

美神の言葉に全員が耳を傾ける。

「これは私のカンだけど。この幽霊だか妖怪だかは、生徒にだけしか姿を現さないで、生徒を利用して自分を隠蔽してるんだと思うわ。」

だから、新入生として高校に潜入するしか、その正体を探り出す方法はない。

「もうすぐ4月だしね。」

だからこの仕事がうちに回ってきたのよ、と美神令子は笑った。


当初、美神令子は自分と横島が新入生に扮すると主張したが、学校側から届いた制服を試着して、涙とともに断念した。横島が「コスプレパブみたいで萌えます美神さんぼかーもう(ry」などと曰ったせいである。

一方、おキヌと横島の組み合わせはそれほど違和感がなかったが、逆にそれが美神のプライドを傷つけたのか、「おキヌちゃんも横島クンも、新入生って言うのはちょっと無理がないかしら。」などと引きつった笑顔で曰ったため、こちらの案も敢えなく没に。

結局、潜入するお役目はタマモとシロの犬神コンビにお鉢が回ってきた。

シロは最初「勉強はいやでござる(クゥーン)」などと抵抗していたが、いざ制服を着てみたら横島の反応が芳しかったため大いに乗り気になった。

もう一方のタマモも、学校には取りたてて興味がなかったが、制服自体はそこそこ気に入った。

シロと二人で

「ぐおっ!まぶしい!ミニスカっ!ああああっ!俺はロリコンじゃ(ry」

などと叫ぶ横島を散々からかったのが楽しかっただけかもしれないが。

いずれにしろ、二人は国立大の附属である名門高校に"入学"することとなった。


「今日、皆さんは晴れて我がT大付属高校の一員となりました。我が校は設立以来……」

こういうセレモニーでお約束の校長以下来賓の長々とした祝辞を聞き流して、タマモは周囲の様子を慎重に窺った。幸いなことに、周りの新入生達は大概が祝辞の長さに堪えかねて没我の境地に解脱するか涅槃へと旅立っている。

不自然にならないように軽く周囲を見回しながら、臭覚を研ぎ澄ましていく。人が多いせいか、実に様々な臭いが講堂の中に漂っている。鋭い嗅覚を持つ犬神たる彼女にとっては、この状況で臭覚に神経を集中するのはなかなかの苦行である。しかし、開け放たれた窓から吹き込む風に乗って花の匂いが流れると、その人いきれ特有の臭いも薄らいでホッとする。

どちらにしろ、霊的な臭いは特別感じられない。

ちらりと、斜め後ろの席に座る犬神の片割れに視線を向けると、赤い前髪がこっくりこっくりと船を漕いでいた。

「……まぁ、予想通りだけどね。」

貴賓席に目を転じると。

赤いド派手なブランドもののスーツにブランドもののバッグ、同じく有名ブランドのハイヒールとサングラスで武装した赤毛の女。

真っ黒なスーツに黒いネクタイに黒いサングラスのバンダナ男と。

矢絣と袴の海老茶式部姿なのになぜかサングラスをした女学生と。

完全に場違いな三人が目に入ったので、タマモは速攻で視線を戻した。

「……なんで、うちの人間は変装しても目立つのよ。」

とりあえず、関係者と思われないように注意しなくては。


入学式の後は、クラス分けにしたがって教室へ移動する。なお、今年の入学者は146人一クラス36〜37人編成であり、学年は4クラスに分けられることになる。タマモは1組、シロは3組である。

「ちゃんと、様子を窺っておきなさいよ。」

「任せておくでござるよ。」

移動途中にすれ違いながら注意すると、シロは屈託のない笑顔で胸を張った。

さっき寝ていたのはどこのどなた様でしたか、と突っ込みたくなるのを堪え、タマモは人の流れに合わせて教室に入った。

「今日から、ここにいる全員が1年1組です。君たち37名、今日は一人休んでいるけどね。それと担任のボク。38名のぼく達で、一緒にクラスを作り上げていくんだ。」

私、実は部外者なの。ごめんね。

なにやら緩い笑顔の担任の挨拶に、タマモは心の中で舌を出した。

挨拶の後、出欠確認が進む。

「高田タマモ」

「……はい」

なれない苗字に一瞬戸惑ったが、ゆっくりと返事を返すと、津本と名乗った担任教師は相変わらぬ笑顔でこちらに頷いた。

『高田』という苗字は、今回必要になってタマモ自身が選んで付けたものだ。一味の年長者三人は、皆せっかくだから自分と同じ苗字を使う様に、そしてせっかくだからきちんとした戸籍を作るように薦めた。

美神タマモ。

横島タマモ。

氷室タマモ。

どれも、気持ちが揺り動かされる響きだったけれど、タマモは敢えて別の苗字を決めた。もし、自分が仮にとは言え誰かと特別な関係を結んでしまえば、この"疑似家族"のバランスが崩れてしまうのではないか。そんな危惧が唐突に胸に浮かんでしまったのだった。

だから態と別の苗字を名乗ることにした。高田という名は、殺生石伝説から選んだ。

もしかしたら自分は、名前など別々でも自分たちは一つの群れ、一つの家族だと信じたいのかもしれない。

そんな考えに耽るタマモの耳に、担任の声が響いた。

「よし、お休みの阿伏を除いて全員いるな。」

ゆったりとした口調で、担任は続ける。

「今日は病欠しているが、このクラスにはもう一人仲間がいる。"阿伏優子"という女の子だ。近いうちに出てくるそうだから、みんなも仲よくしてやってくれ。」

あぶせゆうこ。

その名にタマモは、わけもなく直感した。これが、問題の幽霊、あるいは妖怪の名前だ。

タマモの頭脳は、その直感に何某かの理由付けをしようとする。

入学式から休んでいるから?

確かにそれは大きい。普通ならば入学式に休むことなどあり得ない。でも、もし重大な病気で入院でもしていれば。

担任の扱いが軽いから?

この担任なら、重病の生徒がいればもっと色々と口にしそうだ。みんなで励まそうとかなんとか。

名前がそれっぽいから?

それっぽいって何。"幽霊だからゆうこ"?そんなわけない。

タマモは、自分の直感に確信しながらも、人に説明するだけの理由を欠いたまま、その名前を頭のノートに大きくメモした。


ホームルームが終わると、それぞれ下校となった。

「別館、あっちの……あの建物だけど。あそこで教科書の販売をしてるから、各自購入しておいてください。それと、別館の横に建物が二つあるでしょう。あの二つは部活棟になっています。あっちの方では部活の新入部員を勧誘していて賑やかだから、是非行ってみるといいと思うよ。」

担任が間延びした声で案内するのを聞いて、タマモは次の行動に移った。

教室を出ると、ミニスカートから健康的な足をキョッキリと生やした女生徒が待ちかまえていた。

「遅いでござるよ、タマモ。」

「そっちは随分早かったのね。こっちは今終わったところよ。」

「この後はどうするでござるか。」

手持ち無沙汰な様子で待っていたシロに、タマモは近づきながら行く先を合図する。

「予定通りよ。部活の方も覗いてみましょ。あっちよ。」

先導すると、後ろからシロもついてくる。

「それにしても、幽霊らしき気配など全然ないでござるな。」

「当たり前でしょう。三流とは言ってもプロのGSが調べて尻尾を掴めなかったのよ。そう簡単に見つかるもんですか。」

そう言い返しながらも、タマモはシロの眼を掠めるように一瞬覗き込んだ。

流石につきあいが長いだけに、こういった細かな仕草だけでも思惑を伝えることができる程度には、互いに慣れ親しんでいる。

「何か掴んだようでござるな。」

「私の行ったクラスに欠席者がいたの。入学式から休んでるだけで怪しいっていうのもどうかとは思うけど。とにかくその娘の名前、"あぶせゆうこ"っていうの。覚えておいて。」

「あぶせゆうこ、でござるか。どういう字を書くんでござるか。」

立ち止まってシロの手のひらに字を書いてやると、承知したでござる、と返事が返ってきた。

「さて、部活勧誘は、っと!」

階段を下りて一階のピロティに出ると、そこは凄まじい活気に満ちた大勧誘合戦の舞台だった。




渡り廊下の奥側は、ピロティの入り口に比べると随分と閑散としていた。

タマモが歩みを進めても、声を掛けてくるものがほとんどいない。精々、期待を込めた秋波を送ってくるのが関の山だ。

そんな中でタマモは、一際変わった一団に目を留めた。

曲がりなりにも部員勧誘の場であるにもかかわらず、全く誰も席に着いていない長机があった。行列の一番奥で、辛うじてはじっこの場所を割り当てられた部活動らしい。申し訳程度に置かれた長机には順に、

【郷土資料研究会】

【古典SF同好会】

ユトリロ鑑賞同好会】

と名前だけが掲げられている。その奥、庭の芝生の上に大きな楡の木が作り出した木陰に、車座になって座る4人の男女。

大きな声を上げるでもなく、物静かに話しているその一団が目を惹いたのは、2人の女性のうち一人が真新しい制服を着ていたからだ。新入生にしては親しげだし、初対面の会話にしては落ち着きすぎている。

そして微かに感じる霊力。

タマモは、こちらに注意を向ける様子もない4人から、主のいない長机に目を転じた。その上には、課外活動団体構成員届出名簿と、入部届が置いてある。めざとく視線を走らせると、3つの部活のメンバーは全く同一だ。

【3−4 赤石和久】

【2−3 山辺達夫】

【2−1 谷口斗季子】

そして

【1−1 阿伏優子】

タマモは、ニヤリと微笑むと右手のカフスに囁きかけた。

「見つけたわ。」




「そこまででござる!」

「動くなっ!」

切り込み役の横島とシロが、和やかな談笑に割って入ると、三人の男女は咄嗟に新入生、阿伏優子と思しき姿を背中に庇った。

「あ、あんたたちゴーストスイーパーだな!」

「優子ちゃんを除霊させたりしないぞ!」

「お願いです!見逃してください!」

思い思いに震える声を上げるが、特別操られている様子もない。

「美神さん、後ろの女の子は悪霊じゃなくてただの幽霊みたいですけど。」

サングラスを掛けた女学生姿のおキヌが声を掛けると、ブランドスーツにほっかむりという冴えない格好の美神令子は、溜め息をついて物影から近づいてきた。

「話を聞きましょうか。事と次第によっては悪いようにはしないわ。」

腰に手を当てて見下ろす彼女の姿は、マフィアの女親分以外の何者にも見えない。顔面蒼白になった4人の生徒は、ガクガクと何度も頷いた。


「実は私。その、妖怪"幽霊部員"なんです。」

観念した阿伏優子こと幽霊の優子がそう口にすると、美神達一行(とその後ろのギャラリー)の脳裏に、大きな疑問符が浮かび上がった。

「えーと。もう一度落ち着いて言ってくれないかしら?」

「妖怪"幽霊部員"です。」

周囲に何とも言えない沈黙がたれ込めた。

「……妖怪なの?幽霊なの?」

「"幽霊部員"が名前で、正体は妖怪なんです。私は、部員が足らずに無くなってしまった部やサークルの皆さんの、悔しさから産まれた妖怪なんです。」

幽霊の優子、改め妖怪"幽霊部員"は、がっくりと肩を落としてうなだれた。

「ついに見つかってしまった以上、覚悟はできています。人様にご迷惑をおかけした妖怪は滅ぼされるのが定め。こんな私に良くしてくださった、郷土研、古S会、ユト鑑の皆様には申し訳ありませんが私もここまでです。」

「「「優子ちゃん!!」」」

薄幸の美少女、というか影の薄い少女そのままである妖怪"幽霊部員"は、はらはらと涙をこぼしながら、祈りを捧げるようにタマモの前に跪いた。

「ですが、ですがどうかお願いがっ!この高校では、4人の部員を集められない課外活動は存続できないという鉄の掟がございます。私は影となり塵となる運命ですが、何卒、何卒このお三方の為に入部していただけないでしょうか!一人掛け持ちは3つまでとなりますので、誠に心苦しいのですが、何卒お助け下さると思し召し下さいませ……!」

「ああっ!優子ちゃん!ぼく達のためにそんな事しなくていいんだ!」

「そうだ!ぼく達は同好会なんか無くなったっていい!君と一緒にいたいんだ!」

「そうよ!優子ちゃんのいない同好会なんて意味がないわ!」

グスングスンとすすり上げて泣き伏す妖怪"幽霊部員"に、取りすがって泣く三人の生徒達。




「えーと、その。……なんなのこれ?」

呆然とするタマモ。視線の先で、おキヌと横島とシロが、『こっちに聞くな』とばかりに手と首を振った。

「あー、つまり。あんたは妖怪として具現化した幽霊部員で、潰れそうな弱小同好会に籍を置くことで手伝いをしてたってわけね。」

美神の問いかけに、涙ながらに謝りながら頷く幽霊部員。

「あんたが毎年新入生の一人として水増し入学してたのね?それは、他にも弱小同好会がいっぱいあるから。」

「そうんなんです!」

「僕らの同好会も、優子さんに助けて貰ってたんです!」

「そうだ!優子さんは悪くないんだ!」

「お願い!助けてあげてっ!」

周囲のギャラリーから次から次へと生徒が飛び出てきて、"幽霊部員"を庇うように立ちはだかった。それは、次第に厚い人の壁になる。

「みなさん、どうか私のためにそんなことなさらないでください!悪い妖怪は退治される運命なのです!」

「そんなことない!」

「そうだ!優子さんだけ悪者にはしないぞ!」

次第にヒートアップする生徒達に、美神一味も互いの顔を見合わせた。

「シャーラップ!あんた達、少しお黙り!」

こめかみを揉みながら、美神が一同を黙らせる。

「えーと、確認した限りじゃ、優子ちゃん、だっけ。あんたそんなに悪いことしてないわ。少なくとも、問答無用で封印したり除霊するほどじゃないわね。」

「え、じゃぁっ!優子ちゃんを助けてくれるんですか!」

女生徒が歓声を上げると、美神はそれを押しとどめた。

「その判断をするのは私じゃなくて学校側だけどね。」

でも悪いようにはしないわよ、美神がそう告げると、生徒達の歓声が上がった。




学校との交渉も終わって、普段着に着替えた一同は事務所でゆったりと過ごしていた。予定では夜まで張り込むつもりでいただけに、時間には随分と余裕ができていた。

「結局、上手いこと丸め込みましたね。美神さん。」

横島の台詞に、まあねぇ、と美神が応じた。

「学校側だって、得体の知れない幽霊の噂が嫌だったから除霊しようとしたんだし。特に危なくもない妖怪"幽霊部員"だったら、むしろ話題造りになって良かったでしょ。考えてご覧なさい。本物の"幽霊部員"のいる学校なんて、他にないわよ?」

「部活動に熱心な"幽霊部員"っていうのも素敵ですよね。」

美神の言葉におキヌも賛同の声を上げた。

「それにしても、あの学校の生徒は驚いたでござる。まさか妖怪を庇うとは。」

「あの子達が、ちゃんと声を上げてくれたから学校側にも話が通しやすかったしね。」

シロと美神の会話に、一人携帯ゲームに興じていたタマモがボソッと一言加える。

「それに、保護観察の方が定期的にお金が入ってくるから営業的にも美味しい、って言うんでしょ?美神さん。」

「そーよー。後味良くてお金も儲かるんだから言うこと無いでしょ?」

悪びれた様子もなく笑う美神に、皆微苦笑を浮かべた。

「仲間、ね。」

タマモの小さなつぶやきは口の中ですぐに消えてしまったが、その言葉はどこか胸の奥の方で柔らかな響きを立てた。


(終)