はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1984-12-31

[]烏たちの憂鬱について

「烏たちの憂鬱」は、ずいぶん昔にTRPGサークル内の会誌に載せるリレー小説用に書いたもの。当時まだ大学生だった私と高校生だった友人の二人で交代交替に話を書いていったのだが、そもそもSFという括りだったにもかかわらず、いきなり妖精宇宙とか魔術師だとか登場させた第一話を送りつけた私は、非常に大人気なかったと思います。

5〜6話掲載した覚えがあるのだけれど、偶数番号の回は私に著作権がないので、ひとまず第一話だけ掲載。

ファンタジーな要素をぶち込んだスペースオペラは個人的にもう一度チャレンジしてみたいと思っている。

1984-12-30

[]烏たちの憂鬱(1)

 空は青かった。限り無く青かった。

 『青い空なんか嫌いだ』

 月並みな台詞を呟いてみたが、あいも変わらぬ憂欝な授業は続いていた。『妖精界物理学』。二言目には「不確定性」、三言目には「カオスそのもの」・・・不可解なモノを前にして子供がだだをこねているのと同じだ。大体、大学の授業のほとんどは退屈で不毛な物なのだ。君は教育の意義を認めないのか、と聞かれそうだが、そうではない。ただ、この授業には意義を感じないだけなのだ。

 窓から外を見ると、女の子達が地球から来たスポーツをやっている。名前は、確か・・・ハディントンとか言っていた。ラケットとか言う、先の平たくなった棒切れで、羽根の付いた玉を宙に叩き揚げている。羽根玉は上に揚がるとゆるりと降りてくる。スポーツになっていない。何が楽しいのか。きっと重力が弱いここより、地球のような星でのほうが楽しめるのだろう。

 講義は佳境に差し掛かっていた。しょぼ目の教授が盛んにごにょごにょうめいている。この人はその道に知られた人だが、僕に言わせればただの老人だ。

 今日はサナに会いに行こう。

僕は、老人がうめき終わるのを待った。

 サナのコンパートメントはカジェッタ通りにある。僕はトロッタを駐機場から出して、キーを入れた。ドライヴが軽く振動して動き出すと、トロッタは地面と距離を置いた。トロッタは一番身近な反重力機器だ。地球で使われた、バイクという車輪機器が原型と言う事だ。博物館で見たが、なかなかごつい代物だ。今のトロッタの、跨るだけの乗り物というイメージとは程遠い。しかしフォルムは近いと言えない事もない。

 ともかくも、荷物をかついで、愛機ロッソ=ジェガーノに跨る。こいつはトロッタの中でも大柄で、うつ伏せになる形で腕をのばさないと、グリップに手が届かない。グリップを握り、ペダルを踏み込むと、ジェガーノは走りだした。

 街は、平日の昼下がりのせいか、閑散としていた。並木と街並が恒星スーサの日差しを浴びて美しい。街をジェガーノで流して行くのはなかなかの気分だ。この美しい大学の街・シンメトリーの道は知り尽くしている。ジェガーノはマニュアル操作でカジェッタ通りへ向かった。

 サナのコンパートメントは古風な一軒家で、平屋建ての木造モルタルに金属製のガレージが付いている。小さな庭があって、そこには地球のカエデという樹が植えてある。その下の地面では、金属の動物の親子がこっちを伺っている。サナが創った猫らしき物のオブジェだが、なかなか愛嬌があって、僕が通ると必ず挨拶をよこす。僕は、ジェガーノを止めると、ガレージに入った。

 「サナ、居るかい。」

 ガレージの中には、雑多な金属が転がっていた。アルミ、チタン、ニッケル。ボロニウムのがらくたはきっと船の外板だろう。その真ん中に2メートルくらいの金属塊が鎮座ましましている。その脇から頭がのぞいた。サナはマスクを取って額の汗を拭いた。

「やっ、シルカ。授業は?」

作業着の上半身を脱いで、サナが言った。にっこりと笑った頬に油が付いている。女の子に似合う格好ではないが、僕はそれはそれで悪くないと思う。無造作に束ねられた黒髪が、白いタンクトップのアンダーシャツに鮮やかだ。

「午後からは自主休講。」

僕が言うと、彼女は金属塊を睨みつけ、腕を組んだ。

「あんまりさぼってるとまた留年するわよ。・・・なんかいまいちだなぁ。」

「その話はやめてほしいな。」

金属塊を眺めながら感想を言う。

「どこが『OK』でどこが『いまいち』なのかいまいちわからないんだけど。」

ふう、と大きくため息をついてさなは母屋の扉の取っ手をつかんだ。

「お茶でも入れるわ。」

 ダイニングは相変わらずゴタゴタしていた。テーブルの上はアルミの蛙もどきどもがわめきながら占領しているし、ソファにはシーサーとかいうどこぞの怪物が笑っている。僕は荷物を下ろして、床にあぐらをかいた。

「コナ?それともシミズ?」

「シミズ」

しばらく待つと、湯呑みを持ってキッチンからやってきた。

「どーぞ」

「グラッシャス、サナ」

湯呑みを受け取ると、御茶をすすった。サナの入れる御茶は心が安らぐ。

「良い所に来てくれたわ。仕事の話があるの。」

湯呑みをふーふー吹きながら、彼女が言った。猫舌の彼女は熱いのが苦手だ。いつもの事だ。御茶を吹くのも、唐突な切り出しも。

「さっき、クリスティアンから連絡があったの。今度のはちょっと厄介かも知れないわ。」

「話せよ。どうせ引き受けちゃったんだろ。」

サナは、クスリとして、お茶を一口吸った。

「スーサ大の研究生で、カンナ・ニトシュカって娘がいるの。地球連邦の御偉いさんの独り娘でね、今年十九に成るんだけど、大学に古代文学の研究で来てるの。」

「へーえ。お前さんと同じじゃないか。」

「あたしの親父は金持ちなだけ。あなたの家の方がすごいじゃない。」

「ただの変人さ。」

ここだけの話だが、サナは星間コーポレーション・ブラギット=トレーディングの会長令嬢だ。もっとも十四人兄弟の十一番目だけれど。うちの家族については、たいして言う事はない。魔女の家系で魔法がちょいと使えるだけの事だ。

「で、その娘がどうしたって。」

「誰かに付け狙われてるらしいの。それも、ふつうの方法じゃないわ。一度家に花が送られて来たのよ。」

「結構な事じゃないか。」

「彼女に噛みついたのに?」

「そりゃ非道い」

僕は、ゆっくりとお茶を吸った。動揺。この話には『同族』のにおいがする。

「手に負えないから、僕等に何とかしろと。」

「ご明察。」

ウィンクして見せると、お茶を飲み干した。しばし湯呑みを眺めたかと思うと、サナは立ち上がった。

「シャワー浴びてくる。一時間もしたらクリスティアンの事務所に行くから、その辺で待ってて。」

そう言うと、つなぎを脱ぎ散らかして、サナはバスルームに消えた。

正直言って、僕は今回の仕事はあまり乗り気でない。サナと僕は、クリスティアン=ハーマックの事務所で、デバッグの仕事をしている。デバッグとはつまり、社会の虫を取り除く事だ。別に正義ぶるつもりはないが、多くの場合、僕たちの仕事は、依頼者のトラブルを解決する事だ。もちろん可能な限り平和的方法で。だが、今度の仕事はただ事では済みそうにない。噛みつく花なんて、科学の仕業では有り得ない。ふつう科学はそんな悪趣味な事はしない。科学的現象で無いならば、とどのつまり、得体の知れない敵、おそらくは『同族』を向こうに回さなくてはならないと言う事だ。だが、それだけに、放って置く事のできない事件でもあると言える。このスーサ〓には三家十二人の同族がいるが、星系全体では七家二百二十一人、広義の『同族』を含めると知りうる範囲でも三百は越える。辺境とはいえ星団首星系ともなると人の出入りも激しい。相手の特定は困難だろう。ひとつ、心して掛からねばならないようだ。

 腹を据えると、意外に落ちついた。サナの入浴が長い事は分かっているから、一寝入りする事にした。アルミの蛙の一匹が笑ったような気がしたが、気にするものか、睡眠は人間の資本だ。僕は目を閉じた。

「シルカ!起きて、シルカ!」

目を覚ますと、そこには、サナの不安げな顔があった。そこで初めて、自分の呼吸が荒い事に気付いた。目に涙が溢れていた。

「良かった。また、発作かと思った。」

サナが、僕に抱きついて安堵の溜息をついた。

「大丈夫だよ、夢だよ、きっと。」

サナの肩を抱こうとして、自分の手が何か握っているのに気付いた。僕の手は傷だらけで、血が滲んでいた。そして、その手に、黒い鳥の羽根を握っていた。僕は、彼女に気付かれぬよう、それをポケットにしまい込んだ。

「ひどくうなされていたわ。何かひどい夢を見たのね。」

彼女は、僕の涙を拭いてくれた。

「何も憶えていない。だけど大した夢じゃ無いよ。」

僕は無理に笑った。彼女を安心させるため、そして、自分の恐怖を隠すために。僕は何の夢を見たか、いや、夢を見たのかさえも判然としなかった。まぁ、いい。こういうことはふかかいでも、必要ならばいずれわかるモノだ。生きてさえいれば、だが。

下着姿の彼女は、僕の笑顔を見て安心したようだ。僕は笑って言った。

「心配ご無用。さ、お嬢さん、服を来て出かけましょうか。」

 クリスティアン=ハーマックは、四十がらみの気の良いおっさんだ。デバッグ、つまり探偵業を生業としているだけの事はあって、未だに中年の寄る年波を辛うじて退けている。しかし、男所帯の悲しさか、彼の事務所の有り様は改善されている様子はなかった。とにかく、僕とサナが行ったときの彼は、肉まんをかじりながら、書類に目を通していた。

「よお。来たか、色男。まあ座れや。」

知り合った当時の彼は、渋く、強く、厳しい、という、三拍子揃った男に見えたものだが、最近はこの調子。

「クリス、依頼について詳しい所を聞かせてくれないか。」

クリスティアンは、(余談だが、本来の名前にも関わらず、彼は仏教徒だ。あまり敬虔ではないが)口に肉まんを頬張りながら、答えた。

「それなら、サナの所に送ったので全部だ。それじゃ、不十分か?」

「まあ十分とは言い難いと思うわ。」

サナが答えると、クリスティアンは、お茶を一口飲んだ。

「そう言われてもなぁ。詳しいところは自分達で調べてくれよ。」

いつもの事ながら、これには参る。まあ、こう言われたら、あきらめるより仕方無い。もう何も出ては来ない。

「判った。詳しい事は向こうで聞く事にする。」

ふつうここで報酬の話になるのだろうが、僕ら二人には関係ない。サナは大財閥の令嬢だけあってお金に困ったことはないし、一風変わったオブジェの芸術家として十分すぎる収入がある。デバッグは、純然たる趣味だ。僕は、クリスから直接報酬はもらえない。修行中の身なので、僕の稼ぎは一族の管財人に送られる。

「それで物は相談なんだけれど、僕らはどこまでやっていいんだ?」

「どこまでと言われてもなぁ‥‥」

クリスティアンは頭を掻いて、椅子に座り直した。

「ともかく、依頼内容では、依頼主を守り、可能ならば相手の行動を中止させる事、となっている。」

「じゃあ、その為に最善の行動を取ればいい訳だね。」

「そうだな。」

クリスティアンの目が、いたずらっぽくこっちを見つめた。デバッガには司法権も逮捕権も捜査権も認められていない。だが、そのほとんどは拡大自衛権を申請すれば合法的に可能だ。

「じゃあ、納得いったようだから、お二人さんともお仕事に行ってくれ。」

「クリス、あなたは何にもしないの?」

サナが言うと、クリスティアンは書類をひらひらさせた。

「別にもいっぱいお仕事があるの。」

「じゃ、お仕事と仲良くどうぞ。」

僕たちはカンナ=ニトシュカの家に向かった。