はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1978-12-31

[]春の夜の夢について

こちらは、空想都市年始企画’07向けに書いたものです。

本来の締め切りを1ヶ月以上もオーバーして、何とかでっち上げた割になんか独りよがりで気持ちの空回りした作品になってしまいました。

もっと、普段と違うものを書こうと思ったのに、気がついたらやってることが異世界日記とほとんど変わらなくなっていたのが自分でもショックです。

あと、本来の趣旨は「共通のプロットを元にみんなで小説を書いたら違いが出て面白いんじゃね」だったのに、気がついたら「あらすじが似ているだけの別の話」になってしまっていました。元プロットのイベントを1/3くらい取りこぼしてるし。

自己評価的には、100点満点で35点くらい。「落第だよ、ミスターキートン」

なお、文中に登場する詩はベートーヴェン交響曲第九番"合唱付き"(いわゆる「第九」)で有名なシラーの詩「歓喜に寄せて」を引用しています。(より正確には"合唱付き"に使われている改変版の詩「歓喜の歌」を個人的に翻訳したものです)

1978-12-30

[]春の夜の夢(全)

文系大学生の朝は遅い。

いや、もちろん早くから起きて勉学に励むような見上げた学生だっていることはいるし、文系だからと言って学問が楽だとは限らない。

そうはいえども、突然剖検が入って呼び出されたり朝早くから牛の面倒をみたり、合宿と称する我慢大会に狩り出された上に朝から数キロも全力疾走させられたり、そういった理系体育会系の苦労に比べれば、文系大学生の苦労など何ほどでもないだろう。

そして、俺自身はそんな朝寝夜更かし自主休講三昧の文系大学生ライフを満喫している一人であったりする。

大幡光彰と書いてオオハタミツアキと読む。ちょっと仰々しい名前を持つ20歳男子大学生が俺である。

いささかまだ風に冷たさの残るプチ北国の4月。俺はそろそろ履修選択の申請を出さなきゃなぁ、などと脳内で単位を勘定しつつ車を運転していた。

日差しは明るく、昼前の国道には行く手を遮る車影など一つもない。これでゼミの顔合わせの予定が入っていなければ、そのままドライブって日和である。

この町は、過密した都心から逃げ出すように大学やら研究機関が一斉に田舎に逃げ出してできあがった街で、所謂学園都市などと呼ばれている街である。最近こそベッドタウン化しつつあるが、街の中心部を外せばほとんど人混みはない。

顔合わせまでまだ時間はある。

大学のだだっ広い駐車場に愛車を止める。100台近く止められるスペースに止まっている車は僅か数台。白線からはみ出して止めても誰にも文句は言われない。

車から降りて、胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。

今日は西洋史の大原ゼミの初顔合わせ。とは言っても、学科全体で60人もいないとなればこれまでの2年で先輩も同輩も大体は顔が分かっている。いまさら何か新しい出会いがあるわけで無し。

単位も、一年二年でそれなりに必修を押さえておいたので、三年四年はそこそこ手を抜いても大丈夫。困るのは卒論のテーマと就職先くらいの物だ。

サークルやゼミにちょろちょろ顔を出して、そこそこ単位を取って、卒業までにそこそこの卒論をでっち上げて、地元辺りの適当な企業に就職するか公務員試験でも受けるか。

なんともはや、これからの二年間、いやその先も全く先が見えている。

「かったるいな……。」

紫煙を深く吸い込んで、花煙りにかすむ青空に向かって吐き出す。

「人生に、変わった事なんて起こらねえもんさ。"世はすべて事も無し"ってな。」

自分の言ったセリフが予想外に重く響く。

そう、特別な事なんて自分の人生には起こらない。

そんな諦観に不意に涙が湧いてきそうになって、思わず頭を振る。

「…………。」

視界の端に何か映った。

空の上、大学を囲む雑木林と言う名の密林の上空に、空から降りてくるナニカ。

ゆったりと、落下でも滑空でもなく何か別の力に支えられて静かに降りてくるそれは、宙に横たわった人間。

風にたなびく蜂蜜色の恐ろしく長い髪と、白い裾広の衣服。

「……えーと。ラピュタは本当にあったんだ……とか?」

我知らず漏れる言葉とともに、俺の口からタバコがぽろりと転げ落ちた。

その日、退屈なはずの俺の人生に、予想外の"変わった"ことが起こってしまったのだ。




ふう、と息をつく。

なんとかアパートの自室へ逃げ込むことに成功したが、果たしてこれでよかったのか全く自信がない。

散らかった室内を見ると、狭い部屋の1/3を占領しているベッドの上に問題の人物が横たわっていた。

女性としては小柄だろうか。身長は150cm少々と言ったところ。体重は40kg前後だろうか。もっとも、抱えて運んでいる間は意識がなかったせいかもっと重く感じたけど。

服装は、なにやらヒラヒラしたものがたくさん付いた純白のドレスを身に纏い、その上から恐ろしく細いウェストに革製のコルセットのような物をつけている。

目立つのは装身具だろうか。ほっそりとした白い腕に身につけたシンプルだが品のいい指輪や腕輪。やはり透き通るように白いのど元の肌に下がる、革と金属で構成された素朴な作りのネックレスなど。派手ではないが手の込んだアクセサリを身につけている。

そして、驚くほどの美貌。

端正で小作りの目鼻立ちにふっくらとした頬。赤みを帯びたつややかな唇と、つぶった瞼から伸びる優美なほど長い睫毛。丸く柔らかい輪郭を囲む淡い色の金髪。長く尖った耳。

「……長耳さんですよ、あーた。」

目を閉じて眠っているお嬢さんの、耳にかかった髪を恐る恐るどけてみる。

間違いない。人間とは全く異なる長い耳。

「おいおい。森でエルフを拾いました、ってか?」

混乱しつつ、先ほどまでの経緯を思い出してみる。

大学構内で見つけた空から降ってきた人間を追って雑木林に踏み込むと、そこにはまるでマジックショーのように少女が空中に横たわっていた。

少女の髪がふわふわと漂っているところを見ると、辺りの空気の流れが下から上に静かに吹き寄せ、何か得体の知れない力で少女が支えられているように見えた。

胸の高さほどに浮かぶ人影に怖々と手を触れてみると、静かにその空気の流れが収まり、少女もゆっくりと地面に落ち始める。

慌ててその体を両腕で抱えると、その不可思議な力は完全に失われ、しっかりとした重みが伝わってきた。

どうしたものかと途方に暮れて、ひとまず少女を抱えて駐車場に戻ろうとすると、いつの間にか数人の学生とおぼしき連中が遠巻きにこちらを見ていた。

「な、なにいまの。」

「人が飛んでなかったか?」

ざわざわと当惑を口にする有象無象が次第に近づいてくる。

やばい。こんなところを警察にでも通報されたら、良くて誘拐犯、悪くて頭のかわいそうな人にされてしまう。

「これ撮影です!終わりましたんで撤収します!」

とっさに叫んで少女を抱えて逃げ出す。

この学園都市は大規模な計画都市として建てられたせいか、生活感の薄い近未来都市のような風景が多い。そのせいか、特撮やらドラマやらの撮影がやけに多い土地柄であり、ロケハンが来ることも珍しくはない。俺も以前、バスターミナル前でバカでかい犬に出会って面食らったが、撮影用の着ぐるみだと説明されて納得した覚えがある。

ともあれ、あの言い訳で上手く欺されてくれることを祈りつつ、車に少女を乗せ一目散に自宅へと逃げ帰った。途中、赤い信号を二三個スルーしたような気がするが、気づかなかったことにする。

自室に逃げ込んでベッドに少女を担ぎ込み、鍵をかけてへたり込んだところで、ようやく我に返ったのだ。


「それにしても、唐突すぎるだろ。この事態は。」

ベランダから取り込んだまま畳みもせずに放置してある洗濯物の山から、新聞屋のロゴが入ったタオルを取り出して額の冷や汗を拭う。

今仮に誰かに部屋に踏み込まれたらなんと言い訳をすればいいだろうか。

『このエルフっ娘は林で拾ってきただけなんです。怪しくないですよ。』

とか?

……無茶苦茶怪しいだろそれ。

なにか現実離れした光景に頭の中がグルグルと空回りし始めたところで、少女の口からなにやら言葉が漏れた。

「……るさいのう、わらわは無事じゃ。」

なにやらモニュモニュと動くくちびるから漏れた言葉。

すごいぜ。なんと『わらわ』ですよ『わらわ』。

「エルフの上にお姫様かよ。マジか。カンベンしてくれ。」

などとぼやいていると、その音が気になったのか、少女はううーんなどとあどけない声を上げて目をしばたいた。

「お!起きた?」

俺が声を掛けると、少女は覚束ない視線をウロウロと彷徨わせる。

その瞳は幾分深みを湛えたエメラルドグリーン。

神秘的な双眸に吸い寄せられるように視線を向けると、次第にはっきりしてきた少女の視線と正面から見つめ合う。

「そなたは何者じゃ。」

「そういうお前こそ誰だ。」

互いに無言でにらみ合う。

少女は俺の顔をマジマジと眺めた後、頭の天辺からつま先まで無遠慮に観察し、一言漏らした。

「ふむ、冴えない男だの。」

「うるせぇほっとけっ!」


「わらわは、コーネリア・アウス・レンド・ユーリオ・カンネ・ネム・イリュリクム・シル・エルセ・アフィス・マクリリア三十二世。ハファ・カィドガ・フェカソフィアの妖精皇女にして第一王位継承者、メルソレンゾ大公女にして聖位戴拝の巫女じゃ。」

と、少女は名乗った。

「ごめん。長すぎて覚えられん。」

率直に告げたところ、少女は明らかにむっとした顔で口を開く。

「コーネリア・アウス・レンド・ユーリオ・カンネ・ネム・イリュリクム・シル・エルセ・アフィス・マクリリア三十二世じゃ。」

「えーと、コーネリアでいい?」

「……しかたあるまい。野蛮人の粗末な脳ではわらわの名をきちんと覚えることは難しいようじゃ。特別に略して呼ぶことをさし許す。」

……なんか、のっけから口が悪いなこのエルフっ娘。

「さて、わらわが先に名乗ったのじゃ。そなたも名を名乗るがよい。」

あー、そうですな。

「俺は大幡光彰。」

「……それだけか?」

なにやら怪訝な表情の皇女様。

「いや、他に何か?」

「称号や領地や勲功など、何かしら地位を示すものがあるであろう。」

「……いや?」

「無いことはないであろ。部族や職掌など何かしらあるものではないか。」

そう言われて考えてみる。

「大幡、っていうのは部族名と言えば部族名かな。職業は学生だ。」

「学生とな。それは徒弟のようなものか?」

「んー、ちょっと違うが。学者の弟子、みたいなもんかね。というか、話が全然噛み合ってないと思うんだが。」

顔をしかめつつ言うと、エルフっ娘皇女もまた不機嫌そうにこちらを見た。

「致し方あるまいな。異世界の野蛮人には満足な貴族制度もないのであろうし。」

あー、なんか予想通り克つなかなか認めがたいことをさらりと仰いましたな、この人。

「今、異世界って言った?」

「無論じゃ。そちの脳では理解できぬかもしれぬが、わらわはこの世界とは全く異なるより進んだ文明の世界からやって来たのだ。」

「は、はぁ。そうですか。」

より進んだ文明、ねぇ。ホンマカイナ。

疑念が顔に出たのか、それとも生返事が悪かったのか。

「そち、わらわの言うことを信じておらぬな!?」

なぜかお怒りを買ってしまった模様。

「よかろう。わらわがこの世界の野蛮人どもとは格が違うことを見せつけてやろうではないか。」

そう曰ってベッドの上に立ち上がったコーネリア嬢は、意識を集中するためか、目をつぶって俯くと、なにやら理解不能な言葉を呟きはじめた。

高く、低く。明瞭に、曖昧に。そして早く、遅く。

数十秒も続いた、まるで歌うようなその詠唱がクライマックスを迎える頃、少女の周囲にゆっくりと空気の流れが生まれ、自然と渦を作り出す。その風の流れが次第に収束してコーネリアの掲げた両手の間に収まってゆき、さらに密集していく。

その勢いに部屋のあちこちに散らばる雑誌や衣類や資料やDVDなどなどなど……。そのうち一つが俺の足の小指に直撃する。

「ぐおっ!やめんかぁー!!」

痛みに足を抱えてケンケンしながら叫ぶ俺の声がまるで耳に入らない様子のコーネリアは、小型竜巻の中心でゆっくりとその相貌を開くと、一言言葉を漏らした。

『水』

その差し出した両手の間から光が漏れる。眩しさに目を閉じ、数秒後に目を開くと、そこには球状の液体らしきものが浮かんでいた。まるでガラスのない金魚鉢のように、空中にチャプチャプと。

「ナニソレ?」

思わずカタカナで聞いてみるが、それに構わずエルフっ娘は更なる詠唱を始める。今度の言葉の奔流は、怒濤のような早口と鋭く叩きつけるな発音だったが、ものの数秒であっさり終わった。

既に嵐と言っていい風の中、閃光とともにもう一つの球体が姿を現した。今度のは、やはり球状に維持された赤く燃えさかる炎だった。

「……何をするだ。」

思わず変な訛りで尋ねる俺を放置しつつ、コーネリアはその二つの不可思議な球を無造作に手で寄せて合わせた。

ジュワーーーーー!!

ウルトラマンの断末魔みたいな音を立てて周囲に蒸気が立ちこめる。突然発生した人工の霧で部屋中が白く煙る。

「だぁっ!」

慌てて窓を開け、台所に走って換気扇を回す。

「前が見えぬではないかっ!早くどうにか致せ!」

咳き込みながら理不尽な要求を述べる小娘の前に立ち、グイと顔を睨み付ける。

「……で?」

「……で、とはなんじゃ。」

少し怯んだ様子のエルフっ娘を見下ろしながら、ぶち切れる寸前の堪忍袋を開いたり閉じたりするように二三度ゆっくりと呼吸する。

「人の部屋を風でこんだけかき回して、さらにサウナよろしく湿気満タンにしてくれやがった人は、一体何がしたかったんですかね?え?」

そういって部屋の有様を大仰に示してみせる。

床には本棚からこぼれ落ちた本やDVDが散乱し、机の上の書類は台所まで吹き飛ばされている。ソフトエアガンのBB弾は袋からぶちまけられ、ガンプラに至っては陳列ケースごと投身自殺を図っていた。

鼻がくっつくほど顔を寄せて凝視すると、エルフっ娘は気まずげに視線を逸らした。

「わ、わらわの力を示してやったまでじゃ!光栄に思うがよいわ!」

そういって小娘は手元を見せた。

先ほどよりも随分と小さくなった水球が、ジュワジュワと音を上げて湯気を立てている。

「わらわの魔力を持ってすれば、お湯でさえもあっという間に沸くのじゃ。魔術も使えぬ野蛮人には能わぬ事であろう。どうじゃ、恐れ入ったか!」

ふんぞり返って得意満面な小娘に、はぁ、とため息を漏らす。

「……お湯ぐらいすぐに沸くわい。」

台所に移動して、ガス給湯器のスイッチを押す。すぐさまシャワー状の蛇口からお湯が出始めてステンレスの流しに湯気が立ち上る。

「なっ!まさかっ!」

手を伸ばしたコーネリアは、ほどほどの適温のお湯に触れて呆然とした表情だ。

「わ、わらわの湯は、も、もっと熱いぞっ!」

「熱湯だって出るよ。つーか、熱湯だったら火傷するだろうが。」

言ってからため息をもう一つ追加。

「とにかく、その熱湯球は危ないからここに入れろ。そっとな。」

ミルクパンにボコボコと音を立てて煮える熱湯を入れさせる。

「……コーヒーでも飲むか。」

足らないのでお湯を足してガスコンロにかけ、火をつける。

「う、うぐぅ……。」

レバーをひねっただけで点火した青い炎に、エルフっ娘は舌足らずなうめき声を上げた。


「それで?」

ちょこんと座るコーネリアの前にマグカップを置き、自分も座布団に座る。

ちなみに、コーヒーを入れながらいくらか片付けたが、部屋は相変わらずのカオスっぷりである。少し頭が痛い。

「なんでわざわざこっちの世界に来たのさ。」

あまり興味なさそうに、というか、出来ればあんまり関わり合いになりたくないな、とか思いながら聞いてみる。話の流れ上仕方なく。

インスタントコーヒーをすすりながら返事を待つ。別に返事がなくたっていいけど。

「ふむ。良い質問じゃな。さまで言うのであれば答えぬワケにはいかぬな。」

なぜか嬉しそうに、自慢げに胸を反らす。

「わらわは子供を作りに来たのだ!」

ぶっ!!!

「な、何をするかっ!汚いであろう慮外者め!」

俺の口から吹き出した黒い液体の飛沫を浴びて、自称妖精のお姫様は怒りの声を上げて立ち上がるが、それどころじゃない。

「お姫様が子作りとか言うなっ!お前に恥じらいはないのかっ!」

喉元にダラダラ零れるコーヒーもそのままに、こちらも立ち上がって言い返す。

「何をいうかっ!子作りは王家に科せられた聖なる使命ぞっ!誇ることはあろうとも恥じることなど毫もないわっ!」

一応手渡したハンカチで顔を拭いつつ、いきり立ったコーネリアはさらに俺に反駁する。

「だからぱっと見だけは可愛い自称妖精の王女様が子作り子作りと連呼するんじゃねぇっ!夢が壊れるわいっ!」

「そちの戯けた夢など知ったことか!我ら妖精族は伊達や酔狂で斯様な真似をしているわけではないわっ!」

互いにいきり立ってにらみ合う。白いドレスにコーヒー色の花を散らした可憐なエルフっ娘が、握った拳を振り回しながら真剣に怒鳴っている。

「ソフィアの一族の命運がかかっておるのじゃっ!なんとしてもわらわは!」

どうやら興奮しすぎたせいか、その目尻が潤んでいる。

「わらわが!わらわがなんとかせねば……ううぅ、ぐすっ」

その淡い緑色の瞳から、はらはらと滴がこぼれ落ちる。一瞬、その光景に目を奪われるが、はっと我に返る。

「だぁっ!泣くな!分かったから泣くな!」

「だって……ひぐぅ。」

コーネリアはずびっと鼻をすすり上げた。とたんに、"絶世の佳人の嘆き"といった情景が"がきんちょの悔し泣き"に格下げされたような、何とも言えない脱力感。

「わかったわかった。とりあえず最後まで話を聞いてやるから。ほれ、鼻をかめよ。」

そういってティッシュを渡してやると、小娘はとまどったようにこちらを見た。

「紙で鼻を拭いて良いのか?」

「……あ、ああ。どーぞ。」

なにやら釈然としない表情で涙を拭くエルフ嬢。ときどき、『ぜいたくだ。けしからん。』などと呟いているが、なにか異世界の風習と食い違うことでもあるんだろう。


コーネリアの語った話は、まさに摩訶不思議もいいところだ。

彼女曰く、成人に達した皇位継承者は、皇位にふさわしい資質があることを示すため、一週間異世界に滞在し子供を身籠もってこなければならないのだという。

うーん、それなんてエロゲ

「なんか、サッパリ納得のいかない話だが、異世界の妖精の皇女ってだけでも十分想定外の事態だから、まぁそれはいいとしてだ。」

頭痛のしてきたこめかみを揉みながら、聞き取りを続ける。

「現実問題、こ、子作りつっても、その、相手が必要だろ。そのへんどうなのよ。」

デリケートな問題に思わず上ずった声のまま問いかけてみる。

「女王陛下の仰るには、星の告げるとおりの天によって定められた相手が必ず見つかるということだ。そして、その相手に会えば自ずと分かると。」

「……えーと、つまりは運任せ?」

「否!この世の全ては天と大樹がお決めになったとおりに動いておるのじゃ。そして、大神女にして我らが母たる女王陛下がその天運を読み間違えることなど無いのじゃ!」

「運命論かよ。うさんくせぇ。」

「だまれ、オオハタミツアキ。そなたはわらわの手となり馬となりて、わらわの宿星を宿す父なる相手を探し出す手助けをいたすのじゃ。これもまた天の定めるところじゃ。」

「…………はぁ」

なんかもう、かなりどうでも良くなってきた。

ここでいやだと言っても、絶対にこいつは折れそうもない。正直、ほっぽり出して逃げたいところではあるが、そうするとこの泣き虫の自称皇女様はなんかとんでもない面倒ごとに自分から突っ込んでいきそうである。べつにそうなっても俺の知ったことではないのだが、きっと今後、新聞に『身元不明の少女が交通事故死』とかいった記事を見るたびになんだか後ろめたい気分になるに違いない。

それに、別に何か急ぐ予定があるわけでなし。

「わかった。一週間だけだからな。それ以上はごめんだぞ。」

「よろしい。」

満足そうに微笑むコーネリア。その笑顔が妙にあどけなくて、少しだけ心臓がどきりとした。


『人の大勢集まる場所へ連れて行け。』というのが最初の命令であった。

コーネリア曰く、運命の相手とやらは目で見れば分かるそうだが、逆に言えば目で見なければ分からないと言うことになる。ならば、とにかく手近で人の多い場所に出かけてみよう、というのが出立前からの計画だったそうである。

そんなわけで、車の助手席に妖精のお姫様を乗せて片道60kmほどのドライブへ。行く先はこの国の首都である巨大都市だ。

あり合わせに俺の服を着たコーネリアは、最初見慣れぬ乗り物におっかなびっくりであったが、俺の運転に随って車が動くのを確認すると次第になれて饒舌になってきた。

「野蛮な世界であろうから、さほど発展しているとは思えぬが。そのトーキョという町はどの程度の人がおるのじゃ。1000か2000か。」

「1200だったかな。」

「なんじゃ。やはり大したことはないのぅ。わらわの森は40万もおるのじゃぞ。恐れ入ったか。」

「ああ、東京の人口は1200万人な。」

「……な、なっ!」

などと愉快な会話を交わしつつ高速道路をひた走る。


「ほわー………。」

車を駐車場に止めて、少し歩いた先の大通りでコーネリアは呆然と足を止めた。王女様に似つかわしくもなく口をあんぐりと開けて、周囲の光景に見入っている。

外神田の中央通り。片側三車線の道路が解放され、辺りは有象無象雑多極まりない種類と数の人間が思い思いに歩き回っている。日曜日は蔵前橋通りから靖国通りまでが歩行者天国になっているので、交通ルールになれない王女様でも車に轢かれる心配がない。

実を言うとそこまで計算して連れてきたのではないが、習慣とは恐ろしいもので、気がつくといつもの道を辿ってここまで来てしまっていた。

まぁ、結果オーライだろう。

妖精皇女の運命のお相手が秋葉原くんだりに居るかどうかは知らないが、とりあえず人の数と種類で行けば新宿や渋谷と比べても遜色はないだろう。

「どうよ。とりあえずこんだけ人が蠢いていれば一人くらいはお相手がいそうだろ……」

と、横を向くと、さっきまでそこでアホの子のように口を開けていたコーネリアが忽然と姿を消していた。

「……あんにゃろう。どこいきやがったっ!」

慌てて周囲を見回すが姿が見えない。あるのは人の波ばかり。

焦ってうろうろと歩き回ると、道の真ん中に人だかりが出来ているのが見える。

「萌え〜!!」

「エルフ〜!エルフ〜!」

などと人垣の中から奇声が上がり、時折携帯のカメラらしきシャッター音も聞こえる。

その中から微かに聞こえるひときわ高い声。

「オオハタミツアキー!!」

泡を食って人をかき分け無理矢理押し入ると、人だかりの中心に半泣きのコーネリアが立ちすくんでいた。周囲には携帯カメラの砲列と鼻息の荒い男ども。耳を隠すのに被せてやった大きめの野球帽が無くなっていて、柔らかく輝く金髪から長く伸びた耳があらわになっている。

「ミツアキ!どこにおるのじゃ!」

「ここだっ!」

声を張り上げて最後の一人を押しのける。すると、べそをかいた皇女が飛び込んでくる。細いからだがひしとしがみつく感触に、ほっと、胸をなで下ろす。

「何してたんだっ!勝手にうろうろするなよっ!」

「なっ!そんなに怒らずともよかろうっ!わらわはただ歩いておっただけじゃ!それが突然こやつらに囲まれて……」

無分別なエルフっ娘にこちらもキレそうになるが、今はそんな場合じゃないと声を飲み込む。とにかくここを離れないと。

「話は後だ!」

ひょいと、コーネリアの軽い体を抱きかかえて、人混みに向き直る。

「なっ!そちは何を……」

「はーい、見せ物じゃないですよ!どいたどいた!」

皇女の抗議を無視して人だかりをにらみつけると、隙間が出来る。そこに無理矢理入り込んで輪の外に出る。

「おお、王子だ王子だ!」

「ちきしょ〜!俺にもお姫様だっこさせろ!」

「萌え〜」

などと、なんとも無遠慮な声が飛んでくる中、コーネリアを抱えて脱兎のごとく逃げ出す。

結局追っ手を撒くのになけなしの体力を振り絞らなければならなかった。


「……その。……大丈夫か。」

ビル陰に隠れた公園のベンチでへばっていると、横にコーネリアが立って何か言いたげな顔で見下ろしてきた。

「す、すまなんだ。わらわの不注意であった。皇女と言っただけであんなに人が集まるとは思わなんだのじゃ。」

青菜に塩、とばかりにうち沈んだ表情のコーネリア。

「……まぁ、ここで『エルフの皇女』なんて言えば、過剰反応するやつばっかりだろうな。」

そういう街だし。

「……どういう事じゃ。」

合点がいかない様子で首をかしげる。赤みが差してきた西日に照らされて、コーネリアの髪が黄金色に染まる。眉根を寄せて唇を尖らせる子供っぽい表情が、かわいいを通り越してコケティッシュでさえある。

「それより、『運命の相手』は居たか?結構あちこち走り回っただろ。」

「……おらぬ。」

コーネリアは、俯いて両手の指先を胸元で合わせた。お仏壇に祈る格好にちょっと似ている。そのボディランゲージが何を意味するのかは良く分からないが、声音から元気がないことは分かる。

「ま、そう簡単に見つからないだろうな。……もう少し回ってみようぜ。」

よっ、と声を出して起きあがる。

「にしても、やっぱりその耳と髪が目立つなぁ。」

などと言いつつ、俯いた皇女様の髪をくしゃくしゃとなでてやる。

「とりあえず、これつけとけよ。」

「えっ?」

ポケットからバンダナを取り出して、耳を髪の間に隠れるようにして頭巾状に巻いてやる。ついでに、長い髪も手早くゆるい三つ編みにまとめてやる。

「ちょ、ちょっと」

「あんまり上手じゃなくてごめんな。ま、とりあえずこれで我慢してくれ。あとで帽子買ってやるから。うん、元がいいからなかなか可愛いじゃないか。」

白い肌を薔薇色に染めて視線をきょろきょろと左右に動かしている。ちょっと褒めてやったせいで照れているらしい。

「……そ、そうじゃの!オオハタミツアキにしては、き、気が回るではないか!」

うわずった声でそっぽを向いている。どうやら、高慢ちきな態度はともかく根は純情なようだ。


結局、その日の日が落ちるまで、コーネリアと俺は秋葉原の雑踏の中をウロウロし続けた。

その間、帽子をかってやったり、お嬢がメイドの呼び子に対抗意識を燃やしたり、お嬢がやたらと買い食いしたがったり、お嬢がゲーム機の轟音に驚いて魔術をぶち込もうとしたり、お嬢が………

とにかく、疲労困憊。労多くして益少なしですごすごと帰ることにした。

まぁ、お嬢は概ね一日ご機嫌だったがね。


「にしても、その運命の男ってのはなかなか見つからないもんなんだな。」

愛車のステアリングをだるーく握り、高速を法定速度+60キロくらいで飛ばしながら何気なく口にしてみる。

眠たげな表情で後方へ飛びさっていく窓の外を眺めていたコーネリアの耳が、ぴくりと跳ね上がった。

「……そうじゃの。」

なにやら、少し沈んだ声。

「まぁ、諦めずに捜そうや、な。俺も一週間、目一杯手伝ってやるから。」

「うむ。そうじゃな。気を入れて手伝うがよいぞ、オオハタミツアキ。」

そして、少し嬉しげな声。

今日一日、時折目的の男とやらが見つかったのか聞いてみたが、そのたびに少しずつ花が萎れるように声から力が失せているようだ。どうやら、思った以上に難航しているようだ。

何となく、ため息一つ。

「なぁ。」

「なんじゃ。」

「子供作るのってそんなに大事なのか? たしか、言ってたよな。一族の命運がどうとか。」

俺の質問に、コーネリアはきっと鋭い視線を向けた。

「決まっておろう。子を成さねば種が栄えぬではないか。血統が絶えてしまうではないか。それが一族の命運にかかわらずして何が関わるというのじゃ!」

妙にムキになって声を張り上げる。どうやら、良く分からないが何かカンに触ってしまったらしい。

「んーとさ。怒らせるつもりはないんだ。その、お前さんの一族っていうのがどういうものなのか、異世界のことだから俺にはよくわからんのだけど、さ。」

ハンドルに時折修正舵をあてながら、ゆっくりと口にする。

「いくらしきたりって言っても、若い女の子をよその世界に放り込んで、好きでも何でもない男と子供を作ってこい、ってのはちょっとなぁ。」

「……好きか嫌いかなど、凡俗の者が申す事じゃ。王家には、運命の命ずるとおり血統を繋いでゆく聖なる使命がある。」

なにか、苦い者でも噛むように吐き捨てる皇女。

力強いはずの言葉とは裏腹に、まるで躊躇するような響き。

その言葉に、余計なお世話とわかっていても、つい言わずにはいられなかった。

「べつに、いいけどさ。でも、王家が続かなくても国が無くなるわけでもないだろ。」

「だが、王家がなければ国は乱れ民が迷惑する。」

こちらには迷いはない。まっすぐと前を見て口にする様子に、揺るぎない信念を感じる。

個人的な苦悩はともかく、公人としての義務は果たす、ということか。

「はぁ〜。お前、意外ときちんと考えてるのな。」

「当たり前であろう。わらわは第一皇女じゃからな。」

高速の出口ランプへと車を走らせながら、ため息とともに言うと、横目に胸を張って笑みを見せるその姿が映った。

「だけど。」

「なんじゃ。」

「みんなの幸せのために、お前の幸せは放り出すのか?」

「……民の幸福が王族の幸福じゃ。」

コーネリアのそのつぶやきに、強さと弱さがない交ぜになった、どこかちぐはぐな響きを感じた。


「ん……、んん。」

翌朝。

朝日がまだ昇らない夜明け前、俺は微かな声に目を覚ました。

ベッドはコーネリアに明け渡して床で毛布にくるまって寝たせいか、背中がこわばってぎしぎし言う。

首を起こして音の発生源を探すと、ベッドの上の皇女が微かなうめき声を漏らしていた。

寝ぼけ眼で起きあがり、女の子の寝顔を覗くのもちょっと失礼かなぁ、などと考えつつ寝台の様子をうかがう。

薄暗がりに端正な、いや、芸術品とでも言うべき美貌が浮かび上がる。上気したバラ色の頬。少し汗ばんだ首筋にはらりと垂れかかる寝乱れた金糸の髪。

ぞくり。

なぜか、背筋を寒気のようなものが走り抜けた。

鼓動が次第に早くなって、俺はなぜか少女に触れようと手を伸ばしていた。

「……ん……かあさま」

赤い唇から漏れるうわごとに、ふと手が止まる。

苦しげに眉間を寄せた表情にはっとなり、額に手を載せると、驚くぐらいに熱い。

「……って、熱があるのかよ。おい!大丈夫か!」

軽く揺さぶると、コーネリアはうっすらと目を開いた。

「なんじゃ、そうぞう、しい。」

物憂げ、というよりは力なく呟く。

「おまえ、体調は?熱があるんじゃないのか?」

「ばかな。わらわは、聖位戴拝の、巫女じゃ。病、などとは、無縁じゃ……。」

そういいつつも、明らかに弱った声を出している。

「体熱くないか?それとも寒気がするか?頭やのどや体の節々は痛くないか?」

「……確かに、言われる、通りじゃが。」

応える声もとぎれがちで呼吸が荒い。

「どうみても風邪です。本当にありがとうございました。」

怪訝そうな顔で起きあがろうとするエルフっ娘を止めて、布団をかけ直してやる。

「良いから寝てろ。とりあえず熱計るか。」

慌てて机のから体温計を取り出す。耳式だから脇の下に入れる必要はない。

……ちょっと残念だな。

などと浮かんできた戯言を押しのけて、コーネリアの長い耳をつまんで耳の穴に体温計を押し込む。

「な、なにをする〜」

弱々しく抗議するのを押さえ込んで、待つこと数秒。ピッと電子音がして体温が表示される。

「38度4分……普通の人間なら高熱もいいとこだが……」

平熱を聞いてみようと思ったが、きっと温度の扱いとか違いそうだからやめておく。

なにより、火照った顔と汗のにじんだ額、苦しげな荒い呼吸が、人間と同じくこの妖精族の少女も熱に苦しんでいることを明確に教えていた。

冷蔵庫からアイスノンを引っ張り出し、タオルを巻く。たしか、使い差しの冷えピタもいくらか残っていたはずだ。

ばたばたと必要なものをあさってベッドに戻ると、コーネリアは瞼を閉じてふうふうと苦しげに吐息をついていた。心なしか、一段と辛さが増したように見える。

「とにかく、熱を冷まさないと……」

華奢な頭持ち上げてアイスノンを敷き、額に冷えピタを貼り付ける。

「つめたくて、きもちぃ……」

「……水飲むか。」

「うん」

急須で口元に少しずつ水を注いでやると、コーネリアはゆっくりとそれを口に含んだ。

「すまぬ、てまをかけて……わらわともあろう」

「黙って寝てろ。熱が下がればまた動けるようになるから。」

頷いたのか、力尽きたのか。熱に浮かされたように首を軽く動かすと、小さな皇女は眠りに落ちた。

昼を過ぎて、夕方近くなってもコーネリアの熱は下がらなかった。体温を測ってみたら、38度7分。僅かばかりとは言え、むしろ上がっていた。

昼食に、お粥を作ろうとして気付いたらおじやになってしまったもの、を出してみたが、どうやら食欲もないらしい。

……俺の料理が不味いって訳ではないと思うが。一応自分でも食えたし。

とにかく、アイスノンや冷えピタを何度も交換したが、一向に楽になる様子がない。

不安になって、熱に魘されている顔を覗き込む。さっきから聞こえていたうわごとが、次第に小さくなっていくのが恐ろしくて仕方がない。

もしかして、このまま死んでしまうんじゃないのか。

異邦を訪れたせいで。

たかだか風邪で。

この、小生意気で可憐な生き物がその未来を奪われてしまう。

静まりかえった穏やかな春の日差しの中で、俺はただただ怖かった。

「オオハタミツアキ……」

ふと、うわごとなのか、コーネリアが弱々しい声で俺を呼ぶ。

「どうしたっ。」

差し出された手を思わず両手でしっかりと握る。酷く熱いその手が小刻みに震えていた。

「母上……寒い」

そして、寒い寒いと繰り返す。

これ以上、熱が上がったら本当に死んでしまうかもしれない。

「……くそ、やっぱり医者に連れて行くしかないか。」


俺は、不安に追い立てられるように、震えるコーネリアを毛布で包んで抱きかかえて、市民病院へ駆け込んだ。

幸い病院は俺の家から車で10分と掛からない場所だし、事前に救急外来に電話しておいたから、そんなに待たされることはないだろう。

待合室で少女を抱えながら、別の不安にも苛まれる。

果たして、妖精を人間の医者に見せても大丈夫だろうか。

人間の治療法がちゃんと効くだろうか。

妖精だとばれて大騒ぎにならないだろうか。

……エトセトラ、エトセトラ。

だが、妖精に詳しい医者や、妖精を助ける他の方法なんて、俺が知るわけもない。

人間の、現代医学の力に縋るしかないのだ。

「大幡さん〜3番の診察室へどうぞ〜」

頼んだぞ、現代医学。

イヤに軽いエルフっ娘を抱えて、意を決して診察室に踏み込む。下手に騒がれたらそのときは人質を取ってでも治療させてやる。


「あ、妖精族の方ですね。なかなか珍しい。」

カルテからちらりと視線を上げてコーネリアを見やった医者は、何気ない口調でさらりとそう言い放つと、何事もなかったようにカルテに視線を戻した。

「……へっ?」

呆気にとられて見ている間に、医者は看護婦を呼びつけて、何事か書き加えたカルテを手渡す。

「妖精の娘が風邪だそうだから、坂井先生に見て貰うようにいって。」

そして、ちらりとこちらを見たっきり、手元のPCの画面に視線戻してしまった。

「妖精族の方は、診察室が奥の8番に変わりますね。こちらへどうぞ。」

そして看護婦がにこやかに笑って奥へ誘う。

頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべつつ、言われたように移動する。

移動した先は先ほどとほぼ全く同じ形の診察室で、ベッドの上に患者を下ろして待つように言われる。

やがて登場した医師は、30代くらいの女性医師だった。

「妖精族なんて久しぶりだねぇ。風邪だって?」

挨拶も無しに診察室に入り、すぐさまコーネリアの額に手をやる。化粧気の無い顔に試案の表情を浮かべ、手慣れた様子でテーブルの上から銀色のさじのようなものを取り、口をこじ開けて舌を押さえる。

「ん、まぁ風邪だろうな。一応聴診もするから脱がせるの手伝え。」

「え?うぇ!?」

「はやくしろ。」

言われるままに、パジャマ代わりのワイシャツの前ボタンを外す。自分の服なのに、何でこんなにドキドキするんだか。

「さっさとどけ。」

ちらりと覗いた白い胸元に動悸を高鳴らせていると、無情にも横に押しのけられてしまった。

飾りっ気のないまるで男のような態度の女医は、無造作にコーネリアの診察を進める。

「うむ。インフルエンザではなくただの風邪だな。」

そして、素早く尻をめくって消毒し、15cmはあろうかという注射器をぶすりと突き刺す。一瞬、コーネリアはぎゃっと悲鳴を上げたが、意識がもうろうとしているのか言いなりになったままだ。

「妖精は風邪に恐ろしく弱いから、安静にしてないと命にも関わる。とりあえず、注射を打っておいたから連れて帰って温かくして寝かせておけ。水分をちゃんと取らせて、食事はゼリーか何かカロリーのあるものを食わせろ。飲み薬は食後にカプセルと錠剤を一錠ずつだ。熱さえ下がれば、あとは大丈夫だろう。お大事に。」

呆然とする俺に、女医は一気にまくし立てて席を立とうとする。

「ちょ!ちょっとまって!」

「なんだ。」

「なんで妖精をあっさり診察してんですか!」


坂井医師は、面倒くさそうにではあるが事情を説明してくれた。

曰く、「この辺りは妖精だの妖怪だのが結構いる。」という非常にふざけた内容であった。

「私は理屈は良く分からんが、とにかくこの周りは昔から物の怪の類が多かったらしい。」

続いての説明は、信憑性があるのか無いのかわからないがこんな内容であった。

この学園都市が開発され始めたのは1970年代からの事で、それまでは見渡す限りの原生林だった。なぜそれまで開発されずに放っておかれたか。それは、この一帯が所謂『出る』場所だったからだ。実際、国策で学園都市としての開発が始まってからも、土地の造成に通常の倍近い時間が掛けられている。これは、原因不明の事故や作業員の失踪が多発したからだという。

「そんなわけで、人型の『そういったもの』や、人に化けてるのなんかが時々病院に来るんだ。うちに限らず、中央病院や救急センターにも専門医師がいるぞ。」

「……そ、そうなんですか。」

なんともはや。俺の知る常識は現在進行形でどんどん突き崩されております。

「事情がわかったら帰った帰った。明日の朝になっても熱が下がらなかったら電話よこせ。」

女医さんは、めんどくさそうに名刺を押しつけると、あわただしく次の診察室へ移動していった。何とも忙しない人物である。

「でも、医者に大騒ぎされなくてホッとしたな。」

ウンウン唸るコーネリアを抱え上げながら、さっきまでの不安な気持ちが随分楽になっているのを感じた。


部屋に帰ってコーネリアをふとんに戻して寝かせる。相変わらず苦しげな様子だったが、しばらくすると、いくらか呼吸が静まってきた。熱は相変わらず高いが、それでも日が落ちる頃には38度台前半に下がってきた。

夕飯に食べさせようと、プリンやら果実ゼリーやらを山ほど買い込んできたのだが、幾分寝息の静まったコーネリアは昏々と眠り続ける。

「熱が抜ければ大丈夫だって、先生も言ってた。大丈夫、良くなるから。」

額の冷えピタを取り替えながら独りごちた言葉は、果たして彼女に言ったのか、それとも自分自身に言い聞かせたのか。

その声に反応してか、ほとんど明瞭な意識がないハズの彼女が、震える白く細い手を空を掴むように差し出した。

俺は、祈るような気持ちでその手をそっと握った。


「母上……」

いつの間に眠っていたのか。気がつくと、照明の落ちた暗がりの部屋に、コーネリアのうわごとが微かに響いていた。

「母上……」

熱は大分退いたはずなのだが、か細く漏れる言葉は熱に魘されたうわごとのままだ。何度も繰り返される、母への呼びかけ。

「母上……ごめんなさい。わらわは……わらわは……巫女の務めを……」

閉じた目尻から、一条の涙が流れ落ちる。

このか弱い生き物は、こんな窮状にあっても自分の責務ばかりを気にしているらしい。

「まずは体調を直すのが先だろ。……それに、お前は頑張ってるよ。心配するな。きっと、上手く行くから。」

熱に苦しむ彼女が不憫で、ついつい気休めを口にしてしまう。

だが、その言葉が届いたのか。コーネリアは微かに微笑みを浮かべて、呼吸が幾分静かになった。


翌朝。窓から差し込む日差しに目を覚ますと、柔らかな朝日の中で輝く緑の瞳と視線があった。

「看病してくれたのか。」

微笑むコーネリア。

やつれてはいたが、それでもなお失われない美しさ。それは、容姿だけではなく、普段は心の中から漏らさぬ、"ひたむきさ"のようなものが支えているような気がする。

心が美しい、というのは違うかもしれないが、寝乱れた金糸の髪の間から覗く視線に、心のどこか端っこがきゅっと締め付けられる。

「そ!その、まぁ。なんだ!こっちで死なれたら寝覚めが悪いじゃないか」

高鳴る鼓動に慌てて視線を逸らし、とっさに言いつくろう。

「不吉なことを申すなっ。」

まだ声に力はないが、口調だけは勢いよくコーネリアが抗議する。

「ははは。そんだけ声が出れば大丈夫だな。何か食べるか?」


結局、コーネリアが動き回れるほどに快復するまでそれから3日掛かった。

その間、自分でも驚くほど、俺は甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いた。

焦る皇女を宥めつつも、栄養のあるデザート類で少しずつ体力を付けさせる。

そして、空いてしまった時間を埋めるように、互いの事を話し合う。

俺の家族や故郷の話。大学の話。現代技術の話。色々な思い出話。

コーネリアの住む世界の話。母と姉妹。広大な森林。自然の調停者たる妖精族の話。

自分の話を聞いて貰うことが楽しかったし、自分の知らない世界の話がとても興味深かった。いや、例えどんなつまらない話題だったとしても、俺はきっと楽しく過ごせたに違いない。

ただ、コーネリアと言葉を交わせるだけで嬉しかった。


コーネリアの滞在期限があと2日となった。

床を払って動き回るのに支障が無くなった彼女の様子に、俺は渋々切り出した。

「今日は、……町へ行くのか。」

「そうよな。勤めを果たさねば。」

そう答えるコーネリアは、毅然としてはいたが、どこか物憂げであった。


俺達は再び都内へ繰り出した。

行きの車中では、目的地に近づくに連れて彼女は次第に口数が減り、雑踏の中を歩き始めると完全に無口になった。

その気があるのか無いのかわからない様子で、漫然と町を眺める皇女は、どうやら先日の騒動に懲りたのか、帽子を目深に被り、俺の左腕をしっかりと抱え込んで話さない。

そんなんじゃナンパ(逆ナン?)にならんだろうと思うが、引っ張られる左腕の重みがなぜか心地よくて、結局言い出せなかった。

昼まで回ったところで、コーネリアがなにやら疲れ様子を見せ始めたので、水を買って公園のベンチに座る。

「どうしたんだ? やっぱ、まだ無理だったんじゃないか? 五日も寝込んでたんだぞ。」

俺が心配して覗き込むと、コーネリアは力なく首を振った。

「そうではない。」

俺と視線が合うと、慌ててその目を手元に転じる。

「……やはりわらわには運命は見えぬのであろうか。」

ボソリとつぶやいたその言葉は、深く思い悩むと言うより、どこかホッとしたように聞こえた。

「なぁ。」

「なんじゃ。」

コーネリアの横に座って、ペットボトルの水を煽る。

「その、俺には運命がどういう風に見えるのか良く分からないけどさ。」

そういってから、これから言おうとすることの意味を確認する。

コーネリアの気持ちにも、もしかしたら俺の気持ちにも沿うかもしれない提案だ。

ただそれがもしかすると、コーネリアの道を歪めてしまうことになるかもしれない。

……それでも。

自らの責務になんとか向き合おうとしている彼女には、俺も真摯にでありたい。

自分を偽ることはしたくない。

決心して口を開く。

「こっちの世界ではこう言うんだ。『運命は自分の手で切り開け』ってな。」

こちらを見たコーネリアの瞳と、また視線が重なる。俺は視線を逸らさずにずっと見つめる。いや、視線を逸らすことが出来ないというべきだろうか。

「本当に運命があるかどうかはわからない。そういうのは、その、お前みたいな妖精族とは考え方が違うとは思う。だけど、俺達人間は運命を信じたり信じなかったり、信じたがったり、あるいは疑ったりしながら生きてる。でも結局最後には、自分の望みのまま、信じるがままに行動する人間が、大事を為す事が出来るんだ。少なくとも、俺の勉強している歴史は、そう教えている。」

一度息を整える。これまでは前置き。ここから先が本題だ。

「だから、コーネリア。その、運命なんて見えなくてもいいじゃないか。自分が良いと信じたことをすればいい。その……子供がいても居なくても、お前はお前だ。例え女王になれなくても、コーネリアはコーネリアの出来ることをすればいいだろ。」

明るい色を讃えた緑色の瞳が呆然と俺を見る。その表情は驚愕から、次第に理解へと変わっていく。

その表情の変化の終着に、妖精族の皇女はにこやかに微笑んだ。

「……そうじゃな。そういたそう。」

「え。」

その変化の早さに、俺は思わず疑問の声を上げる。

「帰るぞ。オオハタミツアキ。」

「えーと、その、もういいのか。」

本当に、女王になるのを諦めるというのだろうか。それでいいのか。

「ああ、わらわの心は決まった。」

朗らかに、まるですべてが解決したとばかりに言い切る皇女の様子に、俺は更なる疑問符を浮かべた。


帰りの車中。打って変わって上機嫌のコーネリアに疑問符の数が増える。

「なぁ、おい。」

俺は、言い出しっぺでありながら念を押さずにいられなかった。

「……その、どうするんだ。」

言いよどんで、つい曖昧な問いかけになってしまう。

「わらわは決めたのじゃ。自分自身で運命を切り開くことにする。」

歯切れの悪い問いかけに、スパンと明快な答えが返ってくる。

それの応えに、何だかホッとしてしまった。

俺は、正直なところイヤだったのだ。この、ピントはずれだが真っ直ぐな皇女が、どこの誰とも知らない男とただ子作りのためだけに性行為をするなどと想像することが。

「そうか。ま、それがいいだろうな。慌てて子供なんざ作ることもないさ。」

ホッとして声を漏らす。答えがないのでちらりと助手席を見ると、微かに西に傾いた日射しに照らされた皇女の口元には、なぜか不敵な笑みが浮かんでいた。


帰宅して二人で差し向かいの夕食を食べ、談笑し、風呂を交互に使って床に就く。

ベッドにコーネリアを寝かしつけてから、部屋の電気を消す。

明かりが落ちて、光の残像が僅かな間網膜に残った。

明日、コーネリアは自分の世界に帰る。そして、俺達はもう二度と出会うことはないだろう。

ふと、何かを言いたい衝動に駆られるが、それが決して口に出せはしない言葉であると思い至ると、口を噤んだ。

「お休み。」

その言葉に答えはない。もう寝入ったのだろうか。

ため息を漏らしながら自分のふとんに潜り込む。

正直なところ、俺はこの数日の出会いで、この異世界の皇女にかなり心惹かれていた。この一連の体験がかなり異常なシチュエーションであることをさっ引いても、彼女と交わした言葉の一つ一つが心に響くこの心情は、全くもって恋に落ちたと言わざるを得ないだろう。

だからといって、この気持ちを押しつけることは出来ない。明日には決定的な別れが待っているのだ。例え、俺とコーネリアの気持ちが通い合うことがあったとしても、それは終わりが定められた関係なのだ。それ以前に、俺はコーネリアの結ばれるべき相手でさえない。

煩悶とした気持ちを頭の中で弄びながら、ため息にして吐き出す。

大体、コーネリアは恋愛対象として俺のことを見ていないしな。そもそも、恋愛自体良く理解していないようだ。

だから、俺のこの気持ちは明日の晩にでも酒と一緒に飲み込んで忘れてしまうべきものだ。

いや、きっと墓場まで持って行く思いなんだろうな。

眠れぬ思いに輾転反側していると、闇の中に人の動く気配がした。

俺以外の気配となれば、もちろんコーネリアだろう。

闇を見通そうと目を凝らしてベッドの方を向く。すると、ベッドから這い出した皇女は、俺の枕元にしゃがみ込んだ。

「どうし……」

「静かに致せ。」

俺の声を遮るように、コーネリアは手早く俺のふとんをめくり上げると、抗議の声を上げる間もなくふとんに潜り込んできた。背中に、小柄な体から体温が伝わってくる。

「ななっ、何のつもりだっ」

裏返った上にかすんだ声で俺が問いかけると、背中から細い腕がしがみついてきた。

「今日になってようやっとわかったのじゃ。そちがわらわの運命の男じゃ。」

ヤケに冷静な口調で、皇女は言った。

「ばっ、馬鹿にするなっ!だいたいお前、運命を切り開くんじゃなかったのかよ!向こうに戻って変な慣習と戦うんじゃないのかよ!」

その声に、訳もなく苛ついて反駁する。

「だから、言ったであろう。自分で運命を決めると。」

冷静に言い返すコーネリアに、何か自分だけが熱くなっていたのではないかと腹が立つ。まるで、俺はバカみたいじゃないか。

「おまえの幸せはどうなんるんだ? 好きでもない男と子供なんか作って、お前自身の運命がそれでいいのかよ。」

声を高めて立ち上がろうと体に力を入れると、コーネリアはさっきよりも力を込めてオレにしがみついてきた。

そこで、ふと気付いた。彼女の細いからだが、酷く小刻みに震えていた。

彼女も、決して冷静などではなかったのだ。

「これがきっと、皆が幸せになる方法だと信じられる。いや、こうしなければわらわは幸せになれぬ。」

声の震えを押しとどめながら、コーネリアは囁いた。

「オオハタミツアキ。わらわの運命の男に、なってくれ。」

俺は、ただその体を抱きしめて、狂おしく唇を奪った。




喜びよ、麗しき神々の輝きよ

楽園より来たりし乙女よ

我らは燃える情熱に煽られ

空の彼方、貴女の下へと踏み入る

神秘の力によりて、貴女は再び紡ぎ直す

絶えざる時の流れに分かたれたものを

全ての者は同胞(はらから)となる

貴女の柔らかな翼に抱かれて




白々明けの曙光がカーテン越しにコーネリアの横顔を照らした。

静かに寝息を立てる口元は、まだまだ少女を感じさせるあどけなさだが、喉から下には俺が付けた口づけの痕が残っていた。白い肌と赤い鬱血のコントラストが艶めかしい。

取り返しの付かないことをしてしまったような興奮と罪悪感に、息が詰まる。

ふと視線を上げると、丁度彼女も目を覚ましたところだった。

最初は気怠げに。それから気恥ずかしげに表情を変えたコーネリアは、何かに気付いた様子で切なげに眉根を歪め俺の首元に抱きついてきた。

「オレ達、なんか蝉みたいだな。」

彼女の腕のに籠もった思いの強さに胸を締め付けられ、俺は細く華奢な姿態を両腕で包み込みながら呟いた。

「なにゆえじゃ?」

腕の中で、鈴の音のような声で問いかけるコーネリアに、詮のないことと知りながらも答えを返す。

「一週間だけの命だ。恋の季節が。」

「……そうじゃな。」

沈んだ表情から、コーネリアは俯いた顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめた。

「例え一週間であっても、一緒にいられて楽しかった。一生に値する"恋の季節"であった。」

最後の口づけは、少しだけ涙の味がした




最初にコーネリアが空から降りてきた場所に、二人でゆっくりと歩いた。お互い無言だったが、繋いだ手の温もりが互いの気持ちを伝えてくれているような気がした。

さして距離があるわけではない。30分ほどの行程は、あっけなく終わりを告げた。

向こうの世界に帰るには、決められた場所で決められた時刻に、ただ帰還を念じればいいらしい。そして、その時刻は目前に迫りつつある。

「なぁ、……もう一生あえないのか。」

未練がましいことは決して言うまいと思っていたのに、ぽろりと言葉が出てしまう。

「そうじゃな。……だが」

未練と諦めとがない交ぜになった視線が帰ってくる。その思いを共に抱いていることに喜びとやりきれなさが募る。

「だが?」

「きっといつの日か、わらわの娘ががまたこの世界にくるかも知れぬ。」

そういって、ぎこちなく彼女は笑った。

「なら、その子がこっちでいい出会いをできるように、何かできることを探してみるか。」

俺も、無理矢理笑顔で応える。

「そろそろ刻限じゃ。」

手を胸元で組み、目を閉じてゆっくりと祝詞のような言葉を囁く。その音楽的な調べが、オレの心の琴線をゆっくりとかき鳴らした。

「……オオハタミツアキ、我が運命の人よ。礼を言う。さらばだ。」

最後にそう言い残して、コーネリアはかき消すように姿を消した。最後の最後なのに、その姿は視界を塞いだ涙のせいでよく見えなかった。




大いなる勝利の証

一人の友の信を得た者よ、

一人の優しい妻を勝ち得た者よ、

共に喜びの歌を詠え

ただ地上に一人なりとも

心を分かち合う者を持ち得たのならば!

さにあらざる者は

密かに涙を流しここより去るがよい。




シラーも良く言ったものである。確かに、さにあらざるならば泣きながら帰るしかないだろう。

「ったく。出会って心が通じて分かれるまで、1週間かよ。早すぎるだろ。」

鼻をすすりながら、踵を返す。

一歩、二歩。

そうだ。俺はちゃんと歩き出さなくてはいけない。あの医者が言ってたように、この町にアイツみたいな異種族が隠れ住んでいるなら、アイツ本人の為じゃなくても、何かきっと出来ることがあるはずだ。

……まぁ、今さら医者とか言われても無理だけど。

もう一度、彼女が消えた場所を振り返る欲求に負けて、これが最後だと視線を転じた。

………一つ、二つ。三つ四つ五つ。6、7、8、9、10、11、12、13………。

そこには、空からふわりと降り立つ小さなこども達と、成熟した姿態を備えた妙齢の美女がいた。

「オオハタミツアキ。久しぶりじゃの。5年ぶりか。」

誇らしげに笑みを浮かべた美女は、長く垂らした金糸の髪をなびかせて俺の胸めがけて飛び込んできた。僅かにふくよかさと威厳を増したその人物は、それでもさっき別れたばかりにコーネリアに間違いなかった。

腕の中で満面の笑みを浮かべた彼女は、得意げに足下を示した。

「みよ。そなたとわらわの娘達じゃ。」

「お父様会いに来ました!」

「ちちうえ!」

「わーい!」

足下には10人を超える女の子達が押し合いへし合いオレ達を取り囲んでいた。

「五年!?こっちは5分も経ってないぞ!それに何で子供がこんなに!はやっ!そして多っ!え!?えええーーーー!?」

混乱した声を上げる俺の口を、コーネリアの白い指がぴたりと押さえた。

「なんじゃ。不満でもあるのか。」

緑色の瞳が悪戯っぽく俺を見つめていた。

……うん。そうだな。不満なんてないさ。不思議なことが続いてついに頭がおかしくなったのかもしれないが、不満はない。彼女がそばにいてくれれば、不満なんてあるものか。

俺は彼女を二度と逃がさないように抱きしめると、その唇を改めて奪った。


終わり