はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1985-12-31

[]春夢譚について

和風異世界召還ファンタジー最強主人公小説を書こうとして挫折したもの。

現実世界から召還された主人公が、制御の難しい最強呪文「力の言葉」と現代の知識を駆使して戦乱の異世界を征服していく話……を予定していました。しかも18禁ハーレムもの。

いろいろ路線を見直して、「龍狩人」や「異世界日記」に発展的解消。

とはいえ、和風異世界もの、というか忍者ものはいつか書いてみたいと思っています。

1985-12-30

[]春夢譚(1)

一体全体、何でまたこんな事になったんだろかい。

胸の中でつぶやいて、ため息をついてみる。

すすに汚れた木の天井。宿屋の一室。

視線を落とすと胸元に黒い毛の固まりが乗っかっている。しかも二つ。

すーすーとかすかな寝息。これまた二つ。

脇腹にふにふにと柔らかい感触。そこから下は腕やら足やら絡みついて、身動きもとれない有様。

簡単に言うと、俺は双子のくのいちに拘束されている。…っていうか、抱き枕にされている。

「うぉーい。起きろー。起きてくれー。」

「にゃりちゆれじか〜?」

「ひょうられれしゅ〜!」

がっちりと抱え込まれた腕を揺すってみるが、寝息の合間に意味不明な寝言が聞こえるだけだ。

はぁぁ。

ちょっとボリューム大きめのため息を一個追加して、俺は諦めて枕に頭を落とした。





話は2日ほど前に遡る。

その日、俺は《東の大街道》を南へと歩いていた。麒の国の首都、麟都まで二日というところだ。

春先の、ちょっと風は冷たいがなかなかの日和で、広々とした平野には田畑や農園、ちょっとした森や丘がうねうねと続いている、何とものどかな風景。

麒の国は豊で平和な国だ。

交通の要衝であり、世界有数の穀倉地帯にあるこの国は、大国小国入り交じった大陸東部の勢力分布の中で、三十年以上も大きな戦争もなく過ごしている。

これは、偏にこの国の為政者が、版図を広げられるほど優秀でも、他国に手折られるほど無能でもないせいである。そこそこの為政者とそこそこの民が暮らすそこそこの国。そんなのんびりとした土地柄だ。

また、他の場所は知らず、大陸五街道には道の駅と街道騎士団がいる。彼らは石頭でお世辞にも愉快な隣人とは言えないが、少なくとも安全な交通路と、安心して寝られる宿を提供してくれる。

そんなわけで、俺もちょっとばかり気を抜いていた。

道がちょっとした林にさしかかって、木々に囲まれるあたりで、いきなり襲撃を受けた。木陰から打ち込まれたクナイをとっさに刀の鞘で払うと、身構えるまもなく、頭上から人影が飛び込んでくる。

鋭い短刀の一撃。

かろうじてかわしたが、上着の脇腹を切り裂かれていた。

初撃を外されて、人影は間合いを取ってこちらの隙をうかがう。

それは、驚くほど美しい女だった。

女としてはかなり長身で、よく鍛えられたしなやかな体を、黒い編み帷子と皮の服で覆っている。しかし、均整のとれたプロポーションは隠しようもない。

布で鼻から下を隠しているが、涼やかな眉宇や顔の輪郭から途方もない美人であることは間違いない。腰まである黒髪は、二つに分けられて艶やかに揺れている。

年は二十歳前後か。

観察しながらも、刀の鞘を払うだけの隙も見せられない。それほど濃密な殺気を感じるのは実に久しぶりだ。

女は、こちらを小揺るぎもしない視線で見据えながら、手元で印を切り始めた。

『不味い、仙術師(しのび)か!』

とっさに俺は胸元の投げナイフを打ち込むが、牽制は間に合わず、術が完成する。

突然のつむじ風。

目をかばいながら飛び下がる。

目をこらす俺に、土煙の向こうから女が斬りかかってくる。だが、その数は五人に増えていた。

『分身かよ!』

凄まじいスピードの斬撃が無数に襲いかかってくる。

抜くこともままならずに、刀の鞘で払い、かわし、右手のナイフで受ける。

かなり必死で防御に専念しながらも、女の気配を伺う。

仙術師(しのび)の分身の術には、実体のない幻術である影分身と、練気した気や符を用いた実体のある朧分身とがある。そのどちらも、本体に一撃入れて集中を乱しさえすれば、術を破ることが可能だ。

しかし、この女の本体がどうにも見破れない。

俺は、言っては何だがこの手の術を破る目には自信がある。

俺自身が仙術を使えるわけではないが、訳あって命を狙われる身なので、イヤと言うほど暗殺者や刺客の相手をしてきている。目や気を探る術は自然と鍛えられた。

いかに優れた術師と言えども、攻撃を捌き続ければ気息も乱れるし、焦りも出てくる。それを読みとれば、自ずと本体が分かるはずだ。逆に、こちらには分身を一つ一つ潰していくだけの余裕がない。本体を見分けて一撃で決めなければ、隙をつかれることになる。

しかし、この女には感情の揺らぎや気息の乱れがあまりにも感じられない。時折相手の目を探るが、冷静そのものだ。

まるで、機械のように。

熾烈な連撃を繰り出し続ける女。捌き続ける俺。

膠着状態に焦れたのは、俺の方だった。

斜め後ろからの突きをナイフで強引に受け流し、相手の体勢を崩す。そのまま、気を乗せた左肘を背面打ちに女の腹へとたたき込む。

気が霧散するかすかな手応え。分身だ。

俺の体制が崩れた隙を突いて、他の四体が殺到する。

一体にカウンター気味にナイフを叩き込む。こちらも分身。

あとの三体の攻撃は、気合いとともに左腕の刀を突き出し、風撃を起こして弾き飛ばす。初歩の魔術なので、俺は詠唱なしに使えるが、その分威力も頼りない。密接した距離でなければ無視されてしまうので、カウンターで使うしかない。苦し紛れの手だ。

幸い、二体の分身が消え、本体は俺と距離を取った。

わずかに気を抜いた瞬間。

後ろから別の殺気が飛び込んできた。

「なにぃ!」

それに呼応して前からも女が無数のクナイを放って、突っ込んでくる。

殺られる。

その瞬間、意識が空白になり、俺の無意識の中に埋め込まれた『力』の引き金が引かれる。

《縛》

力が爆発的に溢れ出して周囲の空間を貫き、人を、木々を、風を、精神を、空間を、時間を、あらゆるものを縛り付ける。

俺の意識が主導権を取り戻したとき、周囲のすべては時を止め、一歳が静寂の中に留まっていた。

俺は、ため息をついた。

俺の無意識の中には、自己防衛本能と結びつけられた『力』が存在する。より正確には、『力の言葉』と呼ばれる、魔術の秘儀だ。妖魔古語と呼ばれる封じられた原初の言葉でつづられる禁じられた魔術を、発動寸前の状態でストックしてあるのだ。これを、生命の危機を感じたときにしか発動するようにしてある。いや、あまりに危なすぎて普段使えないと言うべきか。

今回は、一番穏当な術が選ばれたようだ。

そう。どの術が使われるかは自分で選びようがない。自分の無意識の選択に頼っている。普通の理性の範囲で扱いきれる術ではないので、やむ終えないとは言え、一歩間違うと見渡す限り空白の世界が生まれていたかもしれないと思うと、我ながらゾッとする。

ともあれ。

落ち着いて辺りを見ると、俺の背から指一本分のところに、短刀の刃が迫っていた。

そこにいるのは、正面から襲いかかってきている女とうり二つの女がいた。まるで鏡写しだ。違いと言えば、俺の放った衝撃波で正面の女に細かい傷や汚れがあるくらいだ。

つまり、この二人は双子の仙術師なのだろう。

奇襲、朧分身、それでもダメなら分身に紛れたもう一人の奇襲。

どんな手練れでも、まず確実にしとめられるだろう。なかなか巧妙な手だ。

そこで、空中に停止する女の姿をしげしげと眺めた。

黒ずくめの装束に、怜悧な美貌。

俺の頭に閃くものがあった。

たしか、那の国に雪影という正体不明の暗殺者がいたはずだ。聞いた話では、麗の国や北莱の国で重要人物が暗殺され、その犯人は雪影だと言われている。また雪影は女で、恐ろしいほどの美人だという噂もあった。

優秀な暗殺者が正体を知られるものかと、その噂を嗤っていたのだが、案外この二人が噂の正体かもしれない。

いずれにしろ、俺を襲わせた依頼人、あるいはこいつらの動機を探っておいた方が良いだろう。

身動きできない二人の額に手を触れ、眠りの術をかける。

仙術師は魔術幻術への抵抗力が強いので、かけるのは初歩の《誘眠》の術ではなく、高級魔術の《瞑き眠り》だ。

俺が術を解くか、俺より強力な魔術師に破られない限り、決して目が覚めることはない。そうしておいて、二人の体を動かして道端に横たえ、《縛》の効果を解除する。

風が動きはじめ、辺りに音が戻ってくる。

こんな怪しげな(しかも眠っている)女を二人もつれて、宿には入れない。

まだ野宿に適した季節とは言えないんだがな。

諦めて薪を集め始めた。

人目に付かない木立の中に、たき火を作って今宵のねぐらを作る。

五大街道沿いで野宿をする場合、道のすぐ側で寝床を作るのは考え物だ。警備の騎士隊に見つかった場合、一番近くの駅まで『招待』されてしまうからだ。有無をいわさぬ『招待』なので、連行されるのと何ら変わりない。彼らは旅人の安全に多大な関心を寄せているが、同じくらい駅宿の売り上げにも関心を振り向けている。

かといって、あまり道から外れすぎると、山賊だのなんだのに襲われるおそれもある。昼間一騒ぎあっただけに、これ以上の面倒はごめんだ。

だから、街道騎士団の任地である道から20メートルの範囲をわずかに外れて腰を下ろした。

双子の仙術師(しのび)は、相変わらず昏々と眠り続けている。


# 双子を使い魔に運ばせる

# アジトで洗脳され具合の調査


「あ、若!お帰りなさいまし!」

石段を上がって分厚い樫の扉を開けると、店番をしていた支配人が目敏く声をかけてきた。

「なかなかの入りじゃないか。」

「もちろんです。麟都を通る名の知れた商人なら、うちの店を素通りするはずありませんよ。」

 支配人のモーンは、愛想よくしながらも自信の表情をのぞかせる。癖のない平凡な顔立ちにごく自然な笑みを浮かべているが、見かけによらず頭の回転はずば抜けていい。まだ30前だろうに、卒のない人あしらいは堂に入っていると言っていい。支配人を任せてまだ半年だが、これは拾いものだった。

 店の中はちょっとした酒場か喫茶のようなくつろいだ作りをしている。

 日の光に弱い品も扱うので店内はほの暗いが、20席以上用意してある丸テーブルはほとんど客で埋まっている。

 この居酒屋か何かのような場所は、もともと店にやってくる商人たちとの商談の場として用意したのだが、いつの頃からか商人同士の情報交換や取引の場所となってしまっていた。そこそこ程度のいい酒や茶、気の利いた小鉢料理などをごく安値で出すようにしたので、自然と人が集まる。

 俺のねらいは、居心地のいい場所で取引相手の気を緩めて、交渉を有利に運ぶことではなく(もちろんそういう面もあるが)、有用な情報を持った人間が自然と集まるようにし向けることだ。

 街道を行き交う商人は、口が堅いがそれ以上に利に聡い。彼らの口から語られる以上に、彼らの売り買いする商品が雄弁に状況を物語ることも多い。