はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1977-12-31

[][]初恋の逝く道について

こちらは、ザ・グレート・展開予測ショーPlus(通称GTY+)さんに投稿したゴーストスイーパー美神極楽大作戦(GS美神)の二次創作作品です。

元々は、本家ブログ「三つ編み外様大名」の10万PV記念に、お題を貰って短編を一本書くぞ企画というのをやりまして、その結果できあがった一編です。

参照→http://d.hatena.ne.jp/chon/20060917 http://d.hatena.ne.jp/chon/20060914

友人の鳴神氏にいただいたお題が

「初恋」

「興信所」

「旧支配者」 

というアレなものだったのですが、プロットをこねくり回しているうちにクトゥルフ神話系でなくGS美神になってしまったという、実にアレな一作です。

GTY+の方ではなかなか好評をいただけまして嬉しい限りでした。

これの基本設定をふまえた補完的な作品も、まだ完成していませんが書きかけております。いずれまたGTY+に投稿したいと思います。

1977-12-30

[][]初恋の逝く道(全)

はて、と妙な気配に彼女は足を止めた

自宅であり仕事場でもある、『美神令子除霊事務所』の事務所ビルの前だ。

彼女は制服姿である。この4月に入学した六道女学院高等部のものだ。やや短めのスカートの裾からは健康的な素足が長く伸び、清楚なブラウスに包まれた胸元はとても高校生とは思えないボリューム感を伴っている。本当のところはまだ中学生にもなれないような年齢なのだが、その女性的な姿態を見れば彼女が女子高生であることに違和感を覚える者はいないだろう。

いささか顔立ちこそあどけないが、表情は凛々しく締まっている。顔の輪郭を縁取る白銀の髪は前髪だけが炎のような赤毛になっている。長く腰まで延びた髪は、首元で無造作に束ねられている。背中には竹刀袋を担ぎ、手には学生鞄と買い物袋を下げている。

学校からの帰り道に夕飯の買い物をしてきた彼女、犬塚シロは目の前の道路に怪訝そうな視線を向けた。なにやら右往左往している姿が目に入ったからだ。


その人影は一見、白衣を着た若い男のように見えた。まだ20代半ばくらいだろうか。ひょろりと高い身長に、くたっとくたびれた白衣。白衣の下はジーンズ。だが、ジーンズの下はぼやけてしまって、空気に溶け込むように消えている。

そして、男の左右には申し訳程度の頼りなさでほんの小さな人魂がチロチロと所在なげに舞っている。

考えるまでもなく、先ほど感じた妙な気配の主はこの男、つまり幽霊らしい。

その白衣の幽霊は、事務所ビルの前の往来を何度か行きつ戻りつしたかと思うと、立ち止まって赤煉瓦のビルを見上げる。何度も首をひねり、時おりか細いうなり声を上げる。そして、なにやら考え込む様子で再び左右にうろつき始める。

……怪しい。

幽霊であることを差し引いても、あまりに挙動不審であった。

その幽霊の奇行を少し離れた物陰からしばし伺ったシロであったが、さすがにいつまでもこうしているわけにはいかない。

手元を見下ろすと、買い物用マイバッグには白菜やネギと一緒に豚バラ肉や厚揚げ油揚げ蒟蒻白滝など食材がぎっしりと詰まっている。白地に赤い持ち手の付いたキャンバス地のトートバッグには、骨のマークのアップリケ。おキヌが縫いつけてくれたものだ。

今夜は鍋だ。こんなところでいつまでも待ってはおれん。それに、せっかく居残り練習を切り上げて、頼まれた買い物を済ましてきたのだ。早くおキヌ殿にお駄賃のほねっこをもらわねば。

意を決したシロは、相変わらずなにやら悩んだ様子の幽霊に近づくと、幾分迷惑そうに声を掛けた。

「おまえ、さっきからウロウロと、何をしておる?」

《ぎゃっ》

後ろから掛けられたシロの声に悲鳴を上げた幽霊男は、その場に踞って急に土下座を始めた。

《か、勘弁してくださいっ!まだボクは成仏できないんですっ!もうちょっとだけ待ってくださいっ!》

その様子はひどく情けなくもあり、それなりに必死でもあり。いずれにしろ、悪霊特有の恨めしいやら殺してやるといった物騒な気配とは無縁のものである。

「別にどこでウロウロしていてもかまわぬが、もう少し拙者のウチから離れてやってくれぬか。”えいぎょーぼーがい”だ。」

最近になって覚えた単語をうろ覚えで織り込みつつ、左手でシッシッと追い払う仕草をみせる。普段は愛想も気だてもいいシロであるが、今は部活帰りで夕飯前でお駄賃待ち。あまり寛大になれる腹具合ではない。

《……”ウチ”ということは、除霊事務所の所員さんですか?》

おそるおそる顔を上げたその顔は、背丈に似合わない幾分幼さの残る顔立ちだった。

「そうでござるが。……美神令子除霊事務所に何かご用か?」


「ただいま戻りました。」

「シロ〜。あんた遅いじゃないの。もう鍋の準備も済んでんのよ。いったいどんだけ待たせたと……。」

シロが事務所兼自宅のダイニングに戻ると、所長であるところの美神令子がしびれを切らして待ちかまえていた。苛立たしげに文句を垂れる口調が、シロの後ろに視線を向けていぶかしげに止まる。

「……なによその幽霊。」

「事務所の前をウロウロしておったのでつれて参った。依頼人のようでござる。」

「ふぅ〜ん。」

令子は、白衣の幽霊をじろじろと遠慮のない視線で値踏みする。

まだ若い幽霊で、それほど霊力も強くない。悪霊化しているわけでもないし、ぼんやりとして気の弱そうな顔立ちには、さしてこの世に心残りがあるようにも見えない。

「べつに幽霊でもいいけど。あんたちゃんと依頼料払えるんでしょうね?」

不機嫌そうにねめつける令子。

《だ、大丈夫です。ボクの両親は病院の理事をやっていますので、お金は払ってくれると思います。》

幽霊が元から良くない顔色をさらに青くして答えると、『病院』『理事』の辺りでどうやら金はふんだくれそうだと踏んだのか、機嫌の斜度を幾分直して令子はニヤリと笑った。

「あらそう。じゃ、とりあえず話ぐらいは聞いてあげましょうか。仕事の話なら事務所へ行きましょ。」

そう言って一同に指示する。

「え〜!そんなのほっといて鍋にしましょうよ〜美神さん!鍋!肉!タンパク質!」

「うるさいっ!大体あんたは材料代も払ってないでしょうがっ!」

横島の抗議の声も顔面を直撃したスリッパのジャストミートで沈黙させられ、それを見たタマモも抗議の声を飲み込んだ。

「じゃ、夕食はあとですね。材料しまっておきます。」

あはは、と笑ってごまかしながらおキヌはシロから買い物バッグを受け取った。

儲け話の前の美神に逆らうのは得策ではない。涙目で空きっ腹を押さえると、シロは後ろ髪を引かれる思いでダイニングを後にした。


白衣の幽霊男は、谷貝彰と名乗った。

つい3日前に死んだ新米幽霊で、生前は都内で開業していた歯科クリニックの開業医だったらしい。

それも、開業してわずか2ヶ月で死んでしまったという。死因は心筋梗塞。自宅で就寝中に突然胸が苦しくなって、助けを呼ぶまもなくあっという間に心停止に陥った。医師の診断では、開業後働きづめでストレスがたまっていたのが原因だとされた。実にあっけない26年の生涯であった。

「ふーん。そりゃまぁ、この世に未練があってもしょうがないわね。人生これからってところで鬼籍入りですもの。」

醒めた声色で感想を述べたのはタマモだ。先ほどまで幽霊が語るのを横目に、我関せずとばかりに携帯ゲーム機で遊んでいたのだが、一応話は聞いていたらしい。

《いえ、死んでしまったのはしょうがないですし。残念ですけど、どうやっても生き返れる方法があるわけではないですしね。》

だが、青年歯科医師の幽霊・谷貝は、幽霊らしくもなくやけにサバサバとした声で答えた。

「とりあえず、あんたが死にたてホヤホヤってのはわかったわ。」

一人がけのソファにふんぞり返りつつ、令子が口を開いた。

「で?未練がないなら何でとっととあの世へ行かないのよ。」

素っ気ない口ぶりながら、それでいてちゃんと話しを進める辺りに、美神令子という女性のある種の優しさがあるのかも知れない。シロはふと、そんなことを考えた。

本人が割り切っている以上、外野がむやみに同情しても意味がない。さりげなく話を変えてあげるのも思いやりだろう。

……もちろん、たださっさと儲け話に入りたいだけなのかも知れないが。

「どうも、人捜しをしてほしいという話のようでござる。」

谷貝の話をさわりだけ聞いていたシロは、会話の接ぎ穂を差し出した。

《ええ、実は成仏する前に一度会いたい人がいるんです。》

ひょろりとした歯科医師の幽霊は、恥ずかしげにはにかみながら事情を説明し始めた。

谷貝の語るところによれば、依頼内容は実にシンプルであった。

『初恋の人にもう一度会いたい。』

それだけである。

「ベタな未練の残し方だなぁ。」

「でも横島さん。最後に好きな人に会いたいなんて、ちょっと素敵じゃないですか。」

などとかわされる外野の会話をよそに、幽霊は思いの丈を照れながら伝える。

《笑顔がすごく可愛い子だったんですよ。転校してきたとき、最初は緊張してたんですが、だんだん慣れてきたら色々話をするようになって。実は読書が好きな子で、ボクも釣られて本が好きになったんですよ。おかげで中学受験の時には成績が……》

要領を得ないので簡潔にまとめる。

谷貝の語る初恋の人というは、小学生の時の同級生で『大久保千鶴』というらしい。小学校5年生の時に谷貝のクラスに転校してきて、1年ほどでまた転校していったという。その後、父親の転勤で日本各地を転々としたようで、今の居所は分からない。谷貝と同じ年齢だから、現在26歳と思われる。写真などの手がかりは、小学生時代の物しかないという。

「人捜しねぇ。あたし、そういう地道なのイヤなのよね。時間かかるし。あんた、GSじゃなくて人捜しの専門家でも雇いなさいよ。」

つまらなさそうに幽霊の思い出話を聞いていた令子が、興の乗らない声で突き放す。

《そんなぁ〜。ボク幽霊なんですよ。普通の人には見えないんですよ〜。》

よよよと泣きつく谷貝を鬱陶しげに仕草で追い払う。

「しょーがないわねぇ、わかったわよ。報酬は1000万よ。ビタ一文まからないからね。」

《わかりました。それくらいならなんとかなります。よろしくお願いします。》

その返事に、令子が微かに舌打ちをしたのを、シロは聞き逃さなかった。きっと、『こんなにすんなり納得するんなら、もっとふっかければ良かった。』などと考えているに違いない。

シロが雇い主の思考を類推している間にも、話はトントンと先へ進んでいく。

「じゃ、担当は横島君ね。おキヌちゃんは明後日の廃ビル除霊があるからダメだし、あたしも忙しいしね。

横島が一言も発しないうちに担当が決まっていた。

「んな!大体明後日の除霊はオレもシフトに入ってるじゃないスか!それに明日は合コンが……」

横島は一応抗議の声を上げるも、

「それはそれ、これはこれ。文句言わずに働きなさい!あんたの取り分だって1割あげてるでしょ。たかだか女性一人見つけるだけで100万よ100万!こんなにぼろい儲け話無いわよ!もちろんやってくれるわよね?」

畳みかける令子。

「ところで横島さん。今、『ゴウコン』って聞こえたような気がしましたけど。せっかくだから詳しく聞かせてもらえないかしら。」

笑顔で尋ねるおキヌ。

二人に挟まれて小さく悲鳴を上げて首をガクガク上下に振る。

「あんた一人じゃ不安だから、シロかタマモに一緒に行って貰うわ。」

「美神さん、わたしパスね。今度の日曜はクラスの友達とデジャブーランド行くの。」

「そう。ならシロ、あんたお願いね。横島君がアホな事しないようにちゃんと見張っておくのよ。」

タマモは、わざとらしくこちらに向けてニンマリと笑って見せる。こちらも、要領の良い女狐に余計な仕事を押しつけられたようだ。

「……承知仕った。拙者にお任せ下され。」

地道な仕事は自分もあまり得意ではないのだが。不満はありつつも、先生と二人きりというのもそれはそれで悪くないかなと、シロはポジティブに考え直した。


「しっかし、意外と見つからないもんだな〜。」

「左様ですな。こんなに何度も学校を変わっているとは思いませなんだ。」

谷貝の尋ねてきた翌日から横島とシロの、大久保千鶴の足取りを追いかける調査が始まった。

谷貝が知る大久保千鶴の足取りは、中学入学までの物である。谷貝のクラスメートで大久保と親交が深かった女生徒がいて、大久保の転校後もしばらくは文通をしていたらしい。

大久保千鶴の父親は国内有数の規模を誇る電機メーカーの社員で、工場や支社などの拠点を頻繁に転勤していたようだ。そのせいで娘の千鶴も何度となく転校を繰り返していた。

それでも、学校は問い合わせて事情を話せば対応してくれた。昨今は個人情報保護などといろいろうるさくなってきたせいか、学校側でも最初は渋ることが多かったが、

『実は、うちの兄が、大久保さんの小学生時代の同級生だったんっですが、先日亡くなりまして。遺品を整理していたら大久保さんからお借りしていたものが見つかりましたのでお返ししたいと思いまして……。』

などと横島がもっともらしく声音を作ると、すぐに同情して転校先を教えてくれた。

シロはそれを横目で見ながら、感心するやらあきれるやら、微妙な温度の視線を向けていた。

「……横島先生は実に多芸ですな。」

「はっはっは!こんなもんお手のもんだぜ。教授に泣きついて単位もらうよりよっぽど簡単だわい!」

それは一応現役の大学生としてあまり自慢にならないのでは。そう思いつつも、シロは横島の機転のきかせ方にやはり感心してしまう。こういう折衝事については横島は本当に頼りになる。自分ではこうはいかないだろう。

「こういう調査をしていると、なにやら興信所のようですな。」

横島の聞き出した番号を横でメモしながらシロが言うと、

「興信所は財産とか信用を調査すんの。人捜しは探偵のお仕事だよワトソン君。」

と、軽口が返ってくる。

「拙者がワトソンと言うことは、先生はホームズでござるか?」

「俺はホームズよりはルパンの方がいいな。出来れば3世の方な。んで、不二子ちゃんと……」

「はいはい。次の学校に電話を掛けますよ。」

二人は順調に何本も電話を掛けた。なお、使っている電話はもちろん事務所のものである。美神から携帯電話も支給されているのだが、使いすぎると超過分を給料から天引きされるのだ。だから横島は、自分からは電話はほとんど掛けない。この辺の締まりっぷりは、それなりの給料を出してもらえるようになり、貧乏でなくなった今でも変わらない。

大久保千鶴は、中学時代は千葉、札幌、大阪で過ごし、高校は福岡で入学し、神奈川で卒業していた。その後、都内の短大を出たところまでは分かったのだが、残念ながら就職先までは教えてもらえなかった。しかし、在学当時の住所と電話番号だけはなんとか教えてもらえた。

「とりあえず掛けてみるか、と。」

電話に出たのは若い男の声だった。

『大久保千鶴さんのお宅ですか?』

『……そうだけど、あんた誰?』

『千鶴さんの旦那様ですか?』

『違うけどナニ?なんか用?あんた誰だよ?』

『……本日は大久保様に非常に手軽に学べる英語教材セットのご紹……』

ブツッ

「切られましたか?」

「ああ、その方が都合いいんだけどな。とりあえず居場所は分かった。」

そして、しばし思案顔をした横島は、谷貝を呼んだ。

「大久保千鶴さん、居場所分かったけどさ。男がいるみたいだぜ。」

《えっ?》

「それでも会いに行くのか?」

言葉に詰まる幽霊。谷貝は俯いて悩む様子をみせたが、しばらくして顔を上げた。

《彼女が幸せならいいです。一目会いたいだけなんです。》

「じゃ、行ってみるか。」

「……左様でござるな。」


「さて行くか。」

横島が通勤通学に使っている自前のバイクを引っ張り出す。最初はバイクよりデートカーが欲しいと言っていた横島だったが、都内で移動するにはバイクの方が小回りが効くとかなんとかいろいろと吹き込まれているうちにすっかり二輪信者になっていた。最初こそ手頃な125ccに乗っていたが、次第にのめり込んで今では1000ccの逆輸入車に乗っている。この辺、車趣味のうるさい令子の影響が出ているのかも知れない。

シロは、車体に「Ninja」と書かれたバイクが引き出されてくるのを、ヘルメットを小脇に抱えて待っていた。このヘルメットは、横島に(強請って無理矢理)譲り受けたお古だ。心なしかジーンズからはみ出た尻尾が楽しげに揺れている。

横島が車体にまたがると、シロも後席に身軽に乗った。意外にがっしりとした横島の背中にしっかりしがみつく。

「あー、なぁ、シロ。……お前、走った方が早いんじゃないか?」

最近とみにボリュームを増した二つの盛り上がりが背中にみっしりした感触を伝えると、横島は狼狽えるように口走った。

「そんなこと言わないでくだされ。この間もクラスの子に、『首都高に出没する音速ババアって、実はシロちゃんだったりして。』などといわれまして。最近自重しているんでござるよ。」

口をとがらせつつ反論すると、

「しょーがねぇなぁ。」

などとつぶやいてエンジンをスタートする。

《あのー、嬉し恥ずかしお取り込みのところ申し訳ありませんが、ボクはどうしたら〜》

「嬉し恥ずかしとか言うなっ!こいつは弟子!最近だんだん色っぽくなってきて理性がやばいけど!こいつはまだお子様なのっ!それともなにかっ!お前は俺に淫行条例に引っかかれとでも言うのかっ!乳が密着して喜んだりしてねぇっ!断じてないぞどちくしょ〜〜〜!!!」

幽霊の言葉に、押さえていた何かが限界ギリギリになった横島がいきなり吠える。

「ああ、気にせんでよろしい。いつものことでござるからな。おぬしは空を飛んで適当に付いてきてくだされ。」

《そう言えば、幽霊は飛べるんでしたね。分かりました。まだなりたてなんで慣れなくてすみません。》

苦笑する幽霊に、あんまり慣れるのもどうかと思うが、と苦笑を返す。

吠え声が次第にブツブツという独り言に変わるのも見澄まして、先生細かいことは気にしちゃ駄目です、などと適当になだめる。だが、口ではなだめつつも、心なしかシロは密着度を高めた。

「だぁっ!あんまりひっつくなっ!喜んでないっ!俺は喜んでないぞっ!」

なにやら苦悩の詰まった声をまき散らしながら、単車は西に向かって走り出した。


都内ではあるが区内ではないとある街の一角。駅から歩いて10分程度の住宅街にある古びたアパートの一室が、目当ての大久保千鶴嬢の住居であった。

《ここに大久保さんが……》

「二階の205号室だな。一番奥だ。」

《は、早く行きましょう!》

気もそぞろな様子でフラフラ飛んでいく幽霊に苦笑して、横島とシロはその後を追いかけた。

錆びた鉄製の階段を上り、洗濯機の並ぶ生活感に溢れた廊下を一番奥まで進むと、くたびれた感じのドアの表札プレートに『大久保』と控えめな文字が書かれていた。

ドアの横には古くさい型の二槽式洗濯機。郵便受けにはチラシが何枚も突っ込まれたままになっている。アパートの古くささもあって、なにやら寂れた感じのする住まいである。

《大久保さん、ここに住んでるのか〜》

なにやら舞い上がった様子の谷貝であるが、それを横目で見つつシロは顔をしかめた。ここは、あまり幸せの臭いがする場所ではない。

「ま、何はともあれ会ってみるか。」

横島は無造作にチャイムを押す。だが、何度かボタンを押しても反応がない。

「中で音がしておりませんな。電池切れでござろうか。」

人より遙かに優れた聴覚で中の様子を窺うシロ。

「なにやら音はしておりますゆえ、住人はいるようですが。」

「んじゃノックか。」

コンコンと、指で扉を鳴らす。二度、三度。しかし、応えはない。

さらに何度か執拗にノックすると、漸く扉が開いた。

「なんだよ、うるせえな。」

出てきたのは金髪薄眉の軽薄そうな若い男だった。素肌に着た高そうなシャツの胸元を大きくくつろげ、そこから派手な金色のネックレスが覗いている。

「何の用?」

苛立たしげに横島をすがめ見る。態度は場末のヤンキーだが、顔は今風のすっきり小顔でかなりの美形だ。こんなアパートよりホストクラブの方がよく似合うだろう。

「大久保千鶴さん、いる?」

にっこりと笑った横島は、愛想良く尋ねた。

「あん?千鶴なら仕事に出てるよ。用がないんなら帰れよ……」

「お前、千鶴さんのナニ?」

「はぁ?お前に何か関係あるのかよ。」

どうやらいつもの悪い癖が出たらしい。どういうわけか美形コンプレックスのあるらしい横島は、少しでも見た目のいい男にはすぐに絡む。いつもの事ながら、なぜそんなことをするのかシロには分からない。先生の背中はどんな男の顔よりもずっと魅力的なのに。

心で嘆息しながらシロは、割って入った。

「ああ、気にせんで下され。ちょっと人捜しをしていただけでござる。ご不在であればまた出直して参ります。」

場を誤魔化すための愛想笑いを浮かべつつ、体で横島を横に押しのける。

シロが顔を覗かせると、急に戸口にいた若い男は身を乗り出した。

「お?君可愛いじゃん。何か用?良かったらオレと遊びに行かない?いい場所知ってるんだ、オレ。」

急に活発になった男は、シロの手をいきなり取って猫なで声で喋り始めた。

「……は?」

「あ、てめぇっ!勝手に俺のシロに触ってんじゃねぇ!」

『俺のシロ』その響きが耳から脳に届き、頭の中でこだまする。シロは、どこか甘美なその響きに我知らずほほを染めていた。

「こらシロ!お前も赤くなってるんじゃないっ!」

「あ……うぇ?」

視線を落として赤面するシロを見て、『イケメンにナンパされてその気になってる弟子の図』と理解したらしい横島は、なにやら「どちくしょー!」などと叫びながらとシロの手から男の手を振り払った。

その瞬間、シロは何か普通とは違う臭いをかいだ気がした。はて、この臭いは……

だが、その思考がまとまる暇もなく二人が言葉の応酬を始める。

「なにすんだオッサン。あんたに用はないからさっさと帰れ。この子だって困ってるじゃないか。なシロチャン?」

などと横島を牽制しながらシロに笑顔を向ける男。その優男の笑顔にも何か異様な印象を受ける。この男、何か……

「人のモンに色目使ってんじゃねぇ、このくそガキ!」

「くそガキだと?やるのかオッサン!」

「上等だ!ちっとばかしマシな顔してやがるからって調子にのってんじゃねぇぞ!俺がボコボコにして二目と見られない顔にしてやるわ!」

突然始まった罵り合いに一瞬あっけにとられたシロだが、いきなり霊力を集め始めた横島をあわてて羽交い締めにした。

「よ、横島先生!殿中でござる!」

「ええい!放せ!放さなんかシロ!武士の情けせめて一太刀!」

許せんちくしょーイケメンなんぞ滅びてしまえ、などと喚き立てる横島を人狼の腕力にものを言わせて抱え込み、シロは慌ただしくアパートから離れた。


何とか落ち着いた横島とシロは、少し離れた路地裏でアパートを見張ることにした。

「しかし、いけ好かんやっちゃなー、あのパチモンホスト野郎。」

「いけ好かないというか、なにやら面妖なヤツでしたな。」

「面妖?ただのスカしたガキじゃねぇか。」

ぶちぶちと不満を垂れる横島を横目に、シロはさっき受けた印象を思い出してみる。

ふとかすかに臭ったあの臭いは、妖力の残り香ではないか。

こちらに向けた笑顔がどこか不自然だったが、何か異様な力を感じたあの眼光。

もしや……

「先生、あの男……」

「駄目だシロ!あんな男に誘われてついて行ったら、あんな事やこんな事されてしまいにゃ貢がされたり海外に売り飛ばされたりするんだぞ!先生許しません!」

取り乱して叫び出す横島に、シロは微笑みつつ答える。

「心配してくださるのは嬉しいのですが、拙者そんな気は微塵もありませぬ。それに、拙者にはその、心に決めた御仁が……」

俯きつつ、小声でごにょごにょと。上目遣いにその問題の御仁の様子を見てみれば、

「畜生許せんイケメンめっ!死ねっ!死ねっ!」

どこから取り出したのやら、血の涙を流しつつ藁人形に五寸釘を打ち付けるのに忙しかった。

「はぁ……」

毎度毎度の事ながら、我が師の奇行ぶりにため息が漏れる。

《あのー。》

そこに、全く置いてきぼりを食った感のある幽霊・谷貝が控えめに声を掛けた。

「如何いたした?」

横島がまだ錯乱しているので、必然的にシロが応対せざるを得ない。

幽霊は、なにやら不安げな表情でシロを見ていた。

《あの若い人、やっぱり大久保さんの……恋人とかなのでしょうか。》

「拙者も分からぬが、大久保殿を呼び捨てにしていたところを見れば、おそらくは情夫か内縁の夫といったところであろうか。」

《その、『あんな事やこんな事されてしまいにゃ貢がされたり海外に売り飛ばされたり』しちゃったりなんてこと、ないですよね。》

「ま、斯様なことはあるまい。いずれにしろ、肝心の大久保殿が戻られるまでは様子を見るほかあるまい。」

《……そうですね。》


どちらかといえば堪え性のない横島とシロではあるが、職業柄待つことも仕事のうちである。

横島は目立たないように『隠』の文珠を置いたあと、用意良く持ってきた折りたたみ椅子に座って真面目な様子で本を読んでいた。シロは数日前に横島が「今年はもう留年できない」と言っていたのを思い出した。この本は恐らく大学の試験かレポートに使うのだろう。

その横でシロは、横島に出してもらったビニールシートを敷いて座禅を組んでいた。以前妙神山で修行したときに精神修養の方法として勧められて以来、効能の程は不明だがひたすら愚直に取り組んでいる。

まるで見張りをしていないように見える二人に、谷貝は最初不安を感じていたが、シロが全くの死角にいる猫の色を当てたり、横島が目も向けずに通りを歩く女性のスリーサイズを言い当てたりしたので、いくらか信頼感を取り戻していた。とりあえず、サボっているわけではないようだ。

待つこと6時間。

「ひまやな〜」

「暇ではありませんが、些か帰りが遅いのは確かですな。」

日は既に落ち、街のあちこちに水銀灯の明かりが点っている。シロが首から提げた携帯電話の液晶を見ると、既に時刻は20:00を回っていた。

「ん。この足音は結構な美人と見た。」

「……先生は相変わらず規格外なお方ですな。こっちに参ります。」

二人の会話に、ボーッとしてた谷貝は路地へと視線を向けた。

《……!大久保さんだ!》

十数年も経っているにもかかわらず、谷貝はその女性をすぐに見分けた。

路地をアパートに向かって足早に歩く女性は、確かに美人であった。高めの身長、ひっつめ髪、リムレスのメガネ。事務職なのだろうか、身につけているグレーの制服はすっきりとしたシルエットだ。足元はローヒール履き。地味な装いだが、顔立ちがくっきりとしているせいかそれほど平凡な印象はない。ただ、目に力がなく少しやつれ気味にも見える。

《大久保さん!》

飛び出そうとする谷貝を、横島が止める。

「お前は幽霊だから相手には見えないんだって。だから、ここは俺に任せておけっ!」

勇んで飛び出すというか飛びかかろうとする横島の肩を、シロががっちりとつかんだ。

「女性のことを先生に任せるとかえって話が混乱いたします。ここはひとまず様子を見るといたしましょう。」

聞き分けのない一人と一体を抑えながら、その女性の様子を観察する。

アパートへとたどり着いた女性は、一番奥のあの部屋に入っていった。

《やっぱり大久保さんだった。》

なにやら感慨深げにつぶやく谷貝。

「くっそー、あんな『普段は地味なOLだけど、私脱ぐと凄いんです』ってな感じのお姉様が、あんなクソヤローと一緒に暮らしてるのか!この世に神はおらんのかっ!」

なにやら錯乱する横島。

だが、三人が見守る前で先ほど開いた扉がまた開いた。

現れたのは、肌もあらわな派手な服装に着替え、濃い化粧をした大久保千鶴である。

「どういうことだ?」

とまどう彼らの前を通って、彼女はまた駅の方へと歩いていく。

「なにやら怪しいですな。……先生、跡を附けてみましょう。」

「ああ。」


大久保千鶴の跡を追って、三人が見たのは、けばけばしく飾り立てられた怪しげな店に入っていく彼女であった。

「キャ、キャバクラ!」

「きゃばくら、でござるか?」

風俗でこそないが、立派な水商売である。中に入った大久保千鶴は、すぐ出てくる様子はない。

「じゃ、俺が様子見てくるわ。」

「じゃ、ではござらん。中に入ったら先生は仕事にならんでしょう。」

フラフラと店の入り口に誘われる横島の首根っこを、シロはむんずと押さえつける。

「仕事にならんとは心外な!大体お前はここがどんな店か知ってるのか?」

「知りませんが、先生の様子を見れば概ね見当は付き申す。」

「ちっ」

軽く応酬する二人の横で、谷貝は浮かない顔で呆然と店を見つめていた。

「とりあえず、出てくるまで待ってみるか。」

「左様。」

結局、酔って足取りの怪しくなった大久保千鶴が店から出てきたのは日付も変わった2時過ぎであった。

《大久保さん、なんでこんな……》

アパートに帰り着くまで見送った三人の間に、何とも言えない空気が漂った。

「とりあえず、初恋の人に会わせるって目的は達したわけだが……」

「未練が晴れたとは言えませんな。」

「ああ。」

「……先生、ちょっとお話しが。」

「なんだ、シロ。」

「ちょっとこちらへ。」

悄然とたたずむ白衣の幽霊から離れる。シロは横島にあのとき感じた疑念を話すことにした。

「妖力か。あのヤロー、妖怪だったのか。」

「いや、何かに操られてるのかも知れませぬ。いつぞやの妖刀のような例もございますれば。」

「とりあえずぶん殴って吐かせたいところだけど、ま、一遍事務所に帰って美神さんに相談した方が良さそうだな。」

「思わぬ後れを取ることになってはいけませんので。」

そう言葉を交わす二人の表情は、漸くプロの顔に変わりつつあった。


「ヒモ妖怪、ねぇ。そんなのいたかしら。」

怪訝な表情で二人を見る令子。

「いや、ヒモが本職の妖怪って事じゃないとは思うんスけどね。」

「妖気を感じたのは間違いないのですが。おそらくは眼力の類を使う物の怪ではあるまいかと。」

二人の意見を話半分に聞きつつ、令子は手元の書類をめくる。オカルトGメンとGS協会から回されてくる手配書の綴りだ。あまり気のないそぶりでパラパラと流し読みしていた手が、ぴたりと止まった。

「あ。これかも。」

「え?もう見つかったんスか?」

「はて。」

シロが覗き込むと、オカルトGメンから配布されたその手配書には『ギャン・カナッハ』と書かれていた。

「妖精、でござるか?」

「そうね。アイルランドの妖精で、『ギャン・カナッハ』別名『ガンコナー』とも言うわ。」

手配書の詳細には、こう書いてある。

『美男子に化けて若い女性を惑わす妖精。眼光に強力な魅了の力があり、適齢期の女性は偽りの容姿とも相まって虜にされてしまう。ギャン・カナッハに魅了された女性は、いずれ置き去りにされ恋い焦がれて憔悴し死んでしまう。近年は、人間社会での生活を維持するために金品などを貢がせたり住居に寄生するケースもある。』

「こいつ、この半年ぐらい前に日本に入り込んだらしいけど、今まで結婚詐欺で4回訴えられてるわね。相手の女性は死人こそ出てないけど、原因不明の衰弱にかかって重体になった人が7人。普通の療法では回復しなくて、白井総合病院に担ぎ込まれて霊的な原因だって分かったみたいね。オカルトGメンが一回追い詰めたけど取り逃がしてるわ。それで賞金付きの手配書が回ることになったのね。」

賞金はあんまり高くないけど、と付け足す。

「絶対ってわけじゃないけど、たぶんコイツで間違いないと思うわ。」

《じゃ、じゃあ。このままだと大久保さんは……》

「全財産巻き上げられてポイッ、ね。そして病院送りのおまけ付き。下手な貧乏神よりたちが悪いわよ、コイツ。」

《そ、そんなっ!何とかして下さいよ〜》

「んー、しょうがないわねぇ。依頼料にプラス3000万でやったげるわ。一応オカルトGメンから賞金も出るし、出血大サービスよ。」

シロがちらりと覗き込むと、賞金額は3000万になっている。どうやら、令子はこの物件で7000万も稼ぐ心算のようだ。

《わ、わかりました。なんとかします。》

「OK!じゃ横島君、あんた一人でヨロシクね。」

「げっ!俺一人ッスか!?シロは!?」

「シロは魅了されたら危ないでしょーが。」

「ああ、それであれば心配いりませぬ。」

そういって、シロは手配書の端を指して見せた。

そこには、

『特記事項:ギャン・カナッハの魅了眼は初対面の相手にしか効果がないと思われる。また、既に恋に落ちている者には効きにくい。』

と書かれていた。


「よし。とりあえず、妖怪だか妖精だかしらんが、あんにゃろーが人間じゃなさそうなのは間違いない。」

手元のハイパー見鬼君の液晶画面には、対象がいる方向・距離の他に、おおよその霊力換算値が表示されている。その数値は、二人から見ればさして強力と言うほどでもないが、一般人の霊力とは隔絶している。

アパートの部屋からほんの15mほどまで近寄って、二人と幽霊はターゲットの様子を確認していた。時刻は夜11時。大久保千鶴は夜の勤めに出かけていて不在だ。彼女がいない間に、このヒモ妖精に引導を渡してしまうのが良いとの判断である。それほど強い妖精ではないが、人質を取られてもやっかいだ。

「念のため、俺が一人で踏み込む。シロは階段の下で待ってくれ。ギャン・カナッハは飛べないそうだから、取り押さえ損なっても階段に向かって来るはずだ。逃がすなよ。」

「任せて下され。文珠もお預かりしておりますゆえ、心配ござらん。」

「できれば生かして捕らえたいが、もし無理だったら躊躇すんなよ。何があるか分からんからな。」

「分かっております。なるたけ半殺しでやめるようにいたします。」

横島は、シロと視線を交わすと階段を上がっていく。一度振り向いて、ニヤリと男臭く笑った。

一瞬その笑顔に見惚れたシロは、不意に高鳴った鼓動の音に胸を押さえて、二度、三度と深呼吸をした。

「……まったく、不意打ちみたいに突然格好良くなるのは反則でござるよ、先生。」


ものの数分で、扉をこじ開ける音や叫び声が聞こえる。

「ちっ!シロ!そっちへ行った!!」

その声と同時に、頭上にスウェット姿の優男が現れた。

「そこをどいてくれないかな、お嬢さん。」

その声に反応して、シロと男の視線があった瞬間、シロの脳裏に一気に映像が流れ込んだ。

浮気する横島。

そこに現れる優しい男。

その男は運命の男。

悲嘆に沈む彼女を、優しく包み込んでいやしてくれる……。

「……ふっ。そんなもの効かぬ!」

シロは、眼光鋭く睨み返す。うなり声とともに、鋭く尖った犬歯が露わになる。

「お前人狼かっ!だが女である以上俺の魅了眼は効くはず!」

男、いや、ギャン・カナッハはさらに眼力の威力を上げるが、シロはそれを真っ向から見据えて睨み返す。

「拙者にはそのようなまやかしは効かぬと言っている!拙者の思い人は人の弱みにつけ込むような方ではない。拙者が欲しいのはただ助けてくれるだけの都合のいい男ではござらん、拙者の力をちゃんと必要としてくれる仲間だ!」

「くそっ!」

ギャン・カナッハの目が一瞬強烈な光を放つ。

「くっ」

まぶしさに視覚が奪われるが、気配と音頼りに繰り出された攻撃をかわす。

「シロ!大丈夫か!」

「拙者は平気ですっ!ヤツを!」

シロの横をすり抜けたギャン・カナッハは、慌てて敷地から逃げ出そうとしていた。

「くそっ!待てコラ!」

「逃がしはせんっ!」

二人が手慣れた動きで追撃態勢にはいる。だが、小路に出たところで二人は固まってしまった。

「助けてくれっ!いきなりこいつ等が襲ってきたんだっ!」

「あなた達、浩二君に何をしてるんですっ!警察呼びますよ!」

ギャン・カナッハを背に立ちふさがったのは、肌も露わな夜の仕事着を着た大久保千鶴だった。

「ちぃ」

舌打ちする横島。

「まだ帰宅する時間ではないはずなのに、どうなってるんだ!それに、こんな色っぽいカッコされたら飛びかかってあんな事やこんな事をしてしまいそうだっ!ああっもう我慢の限界やっ!」

「先生っ!また口から漏れておりますっ!」

「はっ!トリップしてる場合じゃねぇっ!」

子弟のハイテンションなやりとりに、呆然とする大久保嬢。

「大久保殿、そやつは人間ではござらん。女性に取り憑いて金を貢がせ、やがては衰弱させて取り殺す性悪な妖精、『ギャン・カナッハ』という輩。女性の敵にござるっ!!」

「な、何を言ってる!俺は人間だっ!信じてくれ千鶴!」

戸惑ってシロとギャン・カナッハを交互に見る大久保嬢。その膠着した隙を横島は逃さなかった。

「論より証拠!正体を『顕』せ!」

文字を刻まれて蒼く輝く文珠が悪妖精の足下に飛ぶ。その瞬間、優男の顔に苦悶の表情が浮かぶ。その身に纏っていた偽りの姿が失せ、本来の姿が露わになる。

「お、おのれっ」

そこにいたのは若い美男子ではなく、皺くちゃで瘤をぶら下げた醜い老人だった。

「えっ!?いやぁっ!!」

大きく裂け尖った歯の生えた口に邪悪な笑みを浮かべた醜い妖精は、悲鳴を上げる大久保千鶴を小脇に抱え、鋭く尖った爪をその喉に当てる。

「ワシに手出しをすればこの女の命はないぞ。フェフェフェッ!」

「卑怯なっ」

「おいっ!その人はお前の恋人だったんじゃないのかっ!」

「吠えるな小僧。女などワシにとってはただの餌にすぎん。」

「そんな……ひどいっ」

身もだえする大久保千鶴の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。同時に、ギャン・カナッハの爪がその白い喉をうっすらと切り裂いた。肌にぷつりと赤いしずくが浮かび上がる。

まずい。人質を取られていては手が出せない。だが、先生ならきっといつものように何か奇手を使って隙を作ってくれるハズだ。それに合わせて人質から引き離せば……

人質を押さえたままジリジリと下がるギャン・カナッハに、二人は距離を保ったままにらみ合うしかない。悪妖精に押さえ込まれた大久保嬢のすすり泣きが痛々しいが、爪の先が喉元に微かに食い込んでいては危険な真似は出来ない。

「ば、バカな真似はやめろ。お前の母親は悲しんでいるぞっ」

焦った声で呼びかける横島。手詰まりに焦れて意味不明なことを口走っているように見えるが、左手が革ジャンのポケットに入っているから、文珠で何か企んでいるのだろう。

シロは、視線を妖精に戻し、意識を集中する。必ずこやつが動揺する瞬間が来る。そのときを逃してはならない。

そのとき、ふっと妖精の横に人が姿を現した。よれた白衣にジーパン。

「大久保さんっ!」

「なっ」

妖精の視線が一瞬逸れる。

「シロっ!」

「承知っ!」

人にはあり得ざる速度で飛び出したシロの右手から延びた白銀に輝く霊波刀が、神速とも言える太刀筋で跳ね上がる。人質の首を押さえていた右腕が、小手先からごろりと落ちた。

「ギァァァァァッ!」

シロは、そのまま人質を左手に抱えて、惑乱する邪妖精を蹴り飛ばす。その先には、蒼く輝く小さな玉を指先に持つ姿。

「本当なら『滅』と行きたいところだが、賞金がかかってる以上そうもいかん。美神さんが怖いからな!」

全く締まらない台詞とともに、横島は指先の文珠に念を送る。輝きを増した小さな奇跡の玉には、『封』の文字が浮かび上がった。

「よせっ!やめ……」

遙かヨーロッパの島国から東の島国へと流れてきた不埒な妖精は、悲鳴を上げることさえままならずに小さな宝珠へと吸い込まれた。横島はその色彩の変わった文珠を、なにやら札の貼られた銀色のパッケージに放り込み、口をっかりと密封した。霊気封じの効果があるこの袋に入れれば文珠の持続時間はかなり延びる。迂闊なことをしない限り、オカルトGメンに引き渡すまで効果は保つだろう。

「よし。ナイスタイミングだった、シロ。」

「先生が絶対何とかしてくれると信じておりましたので。」

「いや、今回は仕掛ける前にアイツが割り込んでくれたからな。」


「……あなた。谷貝君?」

「あ、あれ?ボクが見えるの、大久保さん。」

「ええ。なんかちょっと透けてるけど。」

「実はボク、幽霊なんだ。ビックリさせてご免ね。」

「ううん。おかげで助かったみたい。」


会話する二人の足下には、『顕』の文字が記された文珠が転がっていた。

「どうやら、アイツが慌てて飛び出したら、文珠のせいで姿が『顕』れたみたいだな。」

「偶然とはいえ、助かりましたな。」

シロの答えに、横島は苦笑した。

「確かに偶然だけど、アイツの勇気のおかげだな。」

そう、何か自嘲気味に笑うと、横島は互いに語り合う男女に近づいた。

「谷貝さん。あんたはその足下の玉の力で一時的に見えるようになってるんだ。あと30分くらいしかその人に見えないから。話したいことは今のうちに、な。」

「わかりました!」

「話が終わったら言ってくれよ。そこで待ってるから。」

「はい、ありがとうございます。」

「……未練が残らないようにな。あんたの未練が残ると、この世に残される方も辛いから。」


泣いたり、笑ったり、時々怒ったり。

二人の会話は十数年の時を遡って、子供のように交わされ、あっという間の半時間が過ぎた。

「じゃ、ボクもう行くよ。どうか、めげないで頑張ってね。」

「谷貝君。ありがと……私頑張るから。谷貝君も、あの世で頑張ってね?」

「何を頑張らないといけないのか良く分からないけど、頑張ってみるよ。」

「変なの。……私、もう少し早く谷貝君に再会できてたらな。」

「あはは。……嬉しいけど、未練が増えちゃいそうだ。ありがとう。」

そこに、気まずそうな声がかかる。

「なんか雰囲気良いところ悪いんですがね。そろそろ時間ですよお二人さん。」

「そっか。またいつか、ね。」

「うん。縁があったらまたね。」

二人の視線が絡む中、片方の姿がゆっくりと薄れていき完全に姿を消した。

「……バイバイ。」

涙ぐむ女性。

「いや、成仏したわけじゃなくて、見えなくなっただけなんですがね。」

「そ、そうですか。じゃあ、谷貝君をよろしくお願いします。」

「任しといてください。不肖GS横島忠夫、美しい女性のためなら……」

シロは、口説きモードに入ろうとしている横島を押しのけて、大久保千鶴の前に出た。

「貴女も、これから大変だと思われますが、何か困ったことがあったら言ってくだされ。警察や支援団体の手も借りられますゆえ。」

「ご丁寧にありがとうございます。がんばらなくっちゃね。」

「そうですお姉さま!何かお困りのことがありましたら、このGS横島!横島忠夫にご連絡を!電話番号は……」

「はいはい、先生はオカルトGメンに寄って後始末でござる。所轄に連絡しただけで終わりではありませんぞ。」

「離せシロっ!傷心のお姉様の心を癒せるのは、この愛の伝道師スーパー忠ちゃんをおいてほかに……」

騒ぎ立てる横島を、シロは無造作にバイクの方へ引っ立てた。


オカルトGメンへの報告が終わり、報酬の支払いに必要な書類も総て用意し終わると、谷貝は心残りが無くなったのか成仏することにした。

《本当に、ありがとうございました。色々無理をお願いしてしまって済みませんでした。》

「いや、こっちこそ助かったわ。」

「谷貝殿。短い間でござったが。未練が無くなって何より。」

《全く無いわけじゃないんですけど、諦めは尽きました。それに、『初恋は実らない』って言いますが、ボクの場合想いぐらいは通じたからま良いかなって。》

少しはにかみながら、幽霊は自分に言い聞かせるように言った。

《じゃ、これで。》

「途中で迷うなよ。」

「良い黄泉路を。」

肩の荷が下りたようなサバサバした表情で、急死した歯医師の幽霊は静かに姿を消した。

「さて。帰るか。」

横島がきびすを返すと、シロは何か思案顔でそのまま谷貝の消えた空を眺めていた。

「……どうした、シロ。」

「谷貝殿、『初恋は実らない』と仰いましたな。それは本当でござろうか。」

からかってやろうとにやけ顔で弟子の顔を覗き込んだ横島だったが、返ってきた意外に真剣な眼差しに、咳払いして笑みを引っ込めた。

「どうだろうな。ま、度胸次第なんじゃないか?」

「度胸次第、ですか。どういう意味でござるか。」

「俺は、初めて好きになった女の子には告白もできんかったなぁ。」

バイクに跨り、タンクに置いたヘルメットを見つめながら言う横島の横顔は、珍しく愁いを帯びていたようで。シロの心臓が微かに締め付けられる。

「でも、俺の初めて出来たカノジョは、アイツにとってきっと初恋だったけど、一応お互いに気持ちは通じてたと思う。」

そして、問いかけの声を上げようとするシロを笑いながら牽制し、すぐに言葉を接いだ。

「谷貝さんだって、死んだあとだけど想いは伝わったろ。だからさ、ちゃんと相手に伝える度胸さえあれば、実ったり咲いたりすることもあるんじゃねーかな。」

そう言って笑った横島は、シロにヘルメットを投げてよこした。

「乗れよ。帰ろうぜ。」

「そうでござるな。」

答えたシロ自身、自分の答えが前か後か、どちらの言葉に答えた物なのか良く分からなかった。

バイクの後席に跨り、横島に抱きつく。大きくて頼りがいのある背中。先生で仲間で相棒で……。

腕から伝わってくるこの確かな温もりが、犬塚シロにとっての初恋の形なのかもしれない。


終わり