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2016.08.13.Sat. 

[] 得能正太郎NEW GAME!



NEW GAME! (1) (まんがタイムKRコミックス)

NEW GAME! (2) (まんがタイムKRコミックス)

NEW GAME!  (3) (まんがタイムKRコミックス)

NEW GAME!  (4) (まんがタイムKRコミックス)

NEW GAME!  (5) -THE SPINOFF! - (まんがタイムKRコミックス)




7月に始まったアニメの原作。現在5巻まで出てる。

巻末に組織表が記載されるようなタイプの漫画。
1巻の表と3巻の表とではキャラクターたちの位置も異なり、仕事における互いの関係や役割が少しずつ変化していく様子が見てとれる。

成長物語。
主人公である涼風青葉の。
そして他の登場人物たちの。滝本ひふみ、桜ねね。なかでも特に、八神コウの。

青葉と八神の間柄は非常に良く描けている。――いや、他のキャラクターたち、ひふみ と八神、ゆん と はじめ、りん と八神、うみこ と ねね ……などのそれぞれの間でもだんだん奥深さが現れてくるのだが、やはり青葉と八神という対照はこの漫画のひとつの軸を成している。


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 NEW GAME! 1巻p119, 3巻p119
 (C) 2015, 2016 Shotaro Tokuno


4コマギャグ漫画という形式ではあるものの、大枠としては時系列に沿ってストーリーが進展。巻を重ねるにつれ次第にシリアス成分も増えていく面もある。
「シリアス」というのは、仕事あるいはクリエイティビティというものに対して真摯に接している、という意味で。
2巻における青葉と ねね のちょっとしたすれ違いはまだ片鱗。
3巻にはそれまでのほのぼのした雰囲気に陰りを落とす瞬間が訪れて、青葉を、そして読み手を少なからずうろたえさせてしまう。
4巻はさらに急変とも言えるほどの転換を遂げ、青葉の境遇とストーリーは一気に真剣なモードへ移行する。
それらは決して危機や破滅といった種類のものではなく、こういったキャリアで当然直面するような試練・克服されるべき壁といった事柄で、つまりは成長の過程に他ならない。



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2016.07.31.Sun. 

[] “シン・ゴジラ


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“シン・ゴジラ GODZILLA Resurgence
 総監督・脚本:庵野秀明
 2016



 もうちょっと時間をおいて、いろいろレビューみたり自分の思考を固めてから書こうと思ったけど、やっぱり新鮮なうちに書いておくことにする。


 特撮怪獣映画として必見。
 わたしはパトレイバー2でもワイバーンのところだけ何度も見返して楽しんでるようなタイプなので、会議室とか司令所とかで緊急事態への対応してるシーンだけで大満足。この映画、ほぼ全編そうした要素だけでできてるぐらいなので、至福の極み。怪獣映画と言いつつ、ほとんどは人間側、それもドラマや心情変化ではなく単なる「対処」のみを追っていくような。いやほんとにそれだけで、実は他に何もない映画って気もするんだけど、それで充分成り立ってる。(制作開始から撮影完了までかなり短期間という気がするんだけど、こういうあまり内面に踏み込むタイプの映画でなければ庵野もすぐ完成させられるんだなぁ…と思わざるを得ない。)


 情報量が莫大で高密度。作中での状況、用語説明もそうだし、関連して必要となる現実の知識についても。
 間延びした台詞はなく誰もが早口に発話し、場面展開もきわめてスピーディ、邦画としては比類なく効率的なテンポで進行。
 邦画を洋画に比して卑下する必要はもうなくなったと言い切ってもよいかもしれない。これはハリウッドが自身の文法を維持するかぎり到達しないだろうタイプの映画だし、邦画のフォーマットでしか実現できなかった映画なのではないか。いや、誰でもつくれるわけではなくやはり庵野だから、ではあるかもしれないが……。
 自分がこのような映画を求めていた、ということははっきり言える。そして、たぶん幅広く受けるだろう映画。




[以下はネタバレ含む]

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2016.07.24.Sun. 

[] 山本貴光, 吉川浩満 “脳がわかれば心がわかるか”





 脳がわかれば心がわかるか。このような題名であるからには、要するに「脳がわかっても心はわからない」と言わんとしていることになるが、だからといって必ずしも反-唯物論的主張に終始する本であるというわけではない。ギルバート・ライルが第1章冒頭で言及され、その後も随所で触れられていることに表れているとおり、自然科学の記述が持つ特徴およびその射程はどのようなものかという点を意識して書かれている。標題が何か批判を含んだものであるとすればその対象は心身問題における唯物論的立場自体ではなく、むしろ、科学的概念が常に日常的概念に優越するのだと考えてしまうあり方に対してであろう。

 概要は本文中で次のように記されている。

「心と脳の関係を考えるためには脳科学だけでは足りず、なんらかの哲学が必要とならざるをえないが、さりとて哲学によって問題が解決されるわけでもなく、なにが問題となっているかを現実の社会的条件において考える必要がある」


 全体の構成は以下のとおり。

  • 第1章 脳情報のトリック──カテゴリー・ミステイクとパラドックス
    • 脳心因果説と脳還元主義の問題
  • 第2章 心脳問題の見取図──ジレンマと四つの立場
    • 心脳問題のハード・プロブレムに対する四つの立場:「唯物論」「唯心論」「二元論」「同一説」
  • 第3章 心脳問題の核心──アンチノミーと回帰する疑似問題
    • カントの第3アンチノミー(世界は自然法則に還元できず自由が存在する/還元できるので自由は存在しない)
  • 第4章 心脳問題と社会──社会と科学、そして生
    • 規律型権力社会からコントロール型権力社会へ移行したときに脳科学が果たす寄与
  • 終章 持続と生──生成する世界へ
  • 補章 心脳問題のその後

 なお、この書は2004年に刊行された『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』の増補改訂版。




  • メモ
    •  心身問題の議論では、「[A] は幻想/錯覚にすぎず、実は [B] なのだ」「[A] はそんなたいしたものではなく/絶対的なものではなく、実は [B] にすぎない」という言い方がよく出てくる。[A] には意識/自我/精神/心/クオリアといった語が入り、[B] には脳科学の成果がいろいろ入り得るわけだが、いずれにしてもこの「実は……にすぎない」という文法構造がひとつの共通作法のように頻出する。
    •  この本は必ずしも脳科学の個別の成果、つまり [B] という科学的事実やその重要性を否定しているわけではない。疑義を呈しているのはこの「実は……にすぎない」という部分、すなわち [A] と [B] を結びつけるその仕方、に対してである。唯物論的主張でおこなわれる [A] と [B] の結びつけ方についてこの書はライルを援用し、「カテゴリー・ミステイク」であると見ている。
    •  [A] を [B] で置き換えるこのような文法を突き詰めると、「心などというものは [B] にすぎず、実は存在しない」という主張に行き着く。それではいったい「問い」は何を端緒として始められているのか?
       通常、科学は日常語が持つ曖昧さを排するために厳密な定義を用いていると思われているが、しかし専門的やり取りで用いられる概念は、日常で既におこなわれている言語実践をベースとしなければそもそも意味ある概念として成り立たない。にもかかわらず、「[A] は実は [B] なのだ」という言明形式によって専門用語が日常での概念使用より優越するものとされ、[A] が格下げされてしまう構図がある*1。ライルはこのような「実は」という形式では [A] は網羅できず、[A] と [B] の概念がどのような関連を持っているのかを追求すべきであると考えた。本書の立場も基本的にこれに倣っている。
    •  「実は……にすぎない」という言い方は、問いを解決したと見せる形式として有効性があり、カテゴリー・ミステイクであろうとなかろうと実際に機能している(現に脳科学の唯物論的記述がそのように膾炙しているのだから)。こうした視点は第4章で、科学的知見が社会でどういった作用を為すかについての考察として述べられている。


    • 第1章で脳還元主義のパラドックスとして示される「脳は世界の一部であると同時に、世界のいっさいを生みだす源泉でもあるという矛盾(p42)」「この問題は心や脳にかんする知識の増大によって解決されるような種類のものではない(p44)」という論点に関し、パラドックスへ対処している例を挙げるとするなら、やはりカントの超越論的観念論で追求される〈物自体〉と〈認識〉の関係、および経験を可能にする〈形式〉についての思考だと思う。


    • ところで第2章では、心脳問題は「唯物論」「唯心論」「二元論」「同一説」のどれかに回収されるはずとされているけれども、おそらくこのどれにも入らないものとして「唯言論」というものがあり得る。(cf. 永井均入不二基義上野修・青山拓央『〈私〉の哲学を哲学する』 第IV部)


  • 関連個所

まさに「心」という言葉にどのような意味を与えるかということ自体がほかならぬ心脳問題の難問であり、あいまいなままにとどめざるをえない対象、探求しつつある当の対象でもあるからです。(p67)

しかし、考えてみれば、もともとこの問題が提起されたのは、「痛み」という疑うことのできない経験と「C繊維興奮」という疑うことのできない事実とがともに存在し、その関係が謎とされたからでした。それを「じつはC繊維興奮しかないのだ」と言うことは、第1章の脳還元主義の検討で見たように、問題そのものをなかったことにしてしまっているだけだということになります。(p73)

ガルが頭蓋の各部に割り当てた心のさまざまな機能は、言葉によって名前を与えられ、たがいにほかの機能と区別されています。つまり、骨相学は心が言葉によって分類・区別されることを前提としています。もし心の諸機能が、言葉によって過不足なく適切に表現を与えられているならばこの前提に問題はありません。しかし、心の諸機能――とりわけ感情や性格を含む諸機能――をどのように言葉で分類したらよいかということ自体がとても大きくて困難な問題です。そしてこの問題は、脳の可視化がどこまで進んでもなくなることはありません。いいかえると、心と脳の関係を探究する研究においては、それぞれの研究者が心をどのようなものと考えているかを抜きに考えることはできません。(p104)

科学のつとめは反対命題の支えのもとで世界の現象を記述することですが、それは世の中に反対命題しか存在しないということを意味しません。そもそも、なぜ「本当は反対命題しか存在しない(心なんて本当は存在しない)」と言いたくなるのかを考えると、むしろこの主張は、存在しないはずの心的現象の圧倒的な自明性を前提にしていると考えたほうが自然です。そういうわけでこの立場は決してそれだけで完結することはできません。もともと心脳問題自体が、心と脳の関係という難問を前にして「心なんて本当は……」と言いたくなってしまうような困惑から出発しているのだから、それでもなお「心なんて本当は……」と主張することは、単にアンチノミーをなかったことにしたいという願望をあらわしているにすぎません。(p138)

科学が説明する世界こそが本当の世界で、人が日常的に経験している世界はなにかニセモノであるかのような感覚(p141)

人が感じまた考える日常的世界と、科学によって記述されるような物理的世界とは無関係どころか、抜きがたく関係しあっている(p144)

ギルバート・ライルは、二つのどちらかの記述が他方より本質的ということはない、ただ両者はどのような観点から世界を見ているかが異なっているだけだ、と考えました。(p144)



*1:本書では触れられていないがライルはこれを「中傷効果 poison-pen effect」と称する。

2016.07.23.Sat. 

[][][][] Tyondai Braxton “Oranged Out E.P” (2016)


Oranged Out E.P. [世界限定1000枚プレス / 国内盤CD] (BRE53)




 5曲入りのEP。10分を超えるような長い曲はなく、ダイナミズムは曲の展開というよりも音/ビートの実験的な構成に秘められている。
 決して流麗には進まず、逆鉤のごとく引っかかるように絡みつくリズム。それでいてそこには身を委ねられる前進的な向性がある。
 M-5 はもっとも長い楽曲で、パーカッションの重層と空間を埋め尽くすドローンによって、惑いのない奔流が9分に渡って持続する。

 

曲リスト
 M-1 “Oranged Out” 5:34
 M-2 “Hooper Delay” 6:45
 M-3 “Fifesine” 2:01
 M-4 “Phono Pastoral” 4:26
 M-5 “Greencrop” 9:05



 この EP は Bandcamp で name your price 方式にて販売されており、その額はアメリカの銃規制運動NPO “Everytown for Gun Safety” への寄付金となる。これは 2016.6.12.にオーランドで起こった銃乱射事件を受けてのもの。(→ https://tyondai.bandcamp.com
 きわめてはっきりしたメッセージを伴うリリースであると思うのだが、日本で本作品を紹介しているテキストでは必ずしもこの事実へ言及していないものが見られる*1。アメリカの発売元レーベル Nonesuch ではリリース背景が明記されている一方、日本の発売元レーベル Beatinc では看過されているところが特に対照的*2
 販売ルートを意識したのだとしてもリリースの意図まで滅却する必要はなく、むしろここには、最近よく日本で議論となっていた「音楽に政治を持ち込むべきではない」といった主張と同一の土壌を見て取るのが妥当だろう。銃規制の是非は日本においてコントロバーシャルなトピックであるとは言えず、にもかかわらず/であるからこそ、「政治性の忌避」それ自体がここに表れていると確認できる。




Tyondai Braxton

Information
Origin: New York City, US
Born: 1978

Links
Officialhttp://www.tyondaibraxton.com
  Twitterhttps://twitter.com/Tyondai
Label: Nonesuch Records  http://www.nonesuch.com/artists/tyondai-braxton

ASIN:B01H6VG0JA


*1:言及している事例としては、amass(http://amass.jp/74571/)、iLoud(http://www.iloud.jp/video/tyondai_braxtonoranged_out.php)、deadfunnyrecords(http://store.deadfunnyrecords.com/2016/06/24/tyondai-braxton-announces-new-ep/)など。

*2:Bandcamp では両レーベルへの謝辞も記されており、日本側レーベルもこのスタンスを了解しているとは言えるのだろうけれども。

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―Angela Mitchell