::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

 [ABOUT LJU]
 [music log INDEX] 
 

神林長平 “インサイト 戦闘妖精・雪風”


 雪風シリーズ第5巻。
 総攻撃後、フェアリィ星からはジャムが消え去ったように見えている。FAFの戦略はジャムを地球からフェアリィ星へ引き戻すことに向けられ、その究極の狙いは、ジャム戦を継続させることにある。人工知性体たちの存在意義は変わることなく「ジャムと戦うこと」にあるが、彼らが人間をジャムと見なして攻撃対象とするかもしれないという危険性をFAFは恐れ始めている。
 特殊戦は、これまでの戦いで成長してきた雪風を重要視し、その思考を探る。それとともに、味方にジャム人間が紛れている可能性も考慮しなければならない。
 前作の模擬戦で友軍機を撃墜したと地球側から糾弾される田村大尉は特殊戦によってファアリィ星に留め置かれていたが、雪風を探る試みの一環で、そのパイロットとして搭乗することとなる。


 全体の構成は以下の通り。

霧の中38ページ基地
内省と探心44ページ基地
対話と想像30ページ基地
索敵と強襲31ページ出撃・通路
因と果37ページ出撃
対抗と結託47ページ基地
懐疑と明白48ページ基地
衝突と貫通44ページ出撃
洞察と共感47ページ出撃
霧の先16ページ出撃・通路

 大きく2回の出撃があり、その前にそれぞれ基地での対話・議論がある、という構成。
 最初の出撃ではジャムの空間転移爆弾によるフェアリィ基地攻撃を阻止し、ロンバート大佐に一瞬だけ相まみえる。
 次の出撃では、初めてジャムの真体と遭遇してこれを破壊、また、ロンバート大佐を無力化させる。
 またどちらの出撃でも一度、〈通路〉を通過することになる。


  • 『アンブロークン・アロー』の非常に思弁的な展開と比べると、第4巻・第5巻はわりと実体に根ざしている。ジャムが友軍と入れ替わる事態はもはや日常的に起こるようになっているが……。

  • タイトルの「インサイト」は、情報を収集して分析しその結果から得られる洞察的知見であり、身体的な感覚を含んだ言葉と説明されている。雪風やジャムを探るためにこのインサイトが重要であるとされる。(田村伊歩の〈邪眼〉もインサイトの一種なのだろうか)

  • これまで雪風との「対話」という捉え方でずっと来てたのが、この巻では「雑談」というものにも焦点が当てられているのがおもしろい。といっても、この作品での「雑談」は、一般的な小説ではとても雑談と言えないような理知的な会話。

  • ここに来て第1巻の話が多く触れられている。シュガーロックとかTAISポッドとか叙勲コンピュータとか。
    さすがに40年も経っているので、「印刷出力」のテクノロジー的辻褄を合わせるのに苦労しているように見えるけど、それより、昨今の生成AIと比べると作中の自然言語インターフェイスが急激に時代遅れに見えてきたことの方が気になるかも。


 作品全体の最後は、これまでの各作品のようにはっきりと結末がある書き方ではなく、継続しているできごとの中で唐突に終わりを迎えるかたちとなっていて、このまま第6巻へつながっていくのだと意識させられる。

 全体を通しては、ジャム戦での重要なターニングポイントとなるようなことがふたつ起きている。
 ひとつは、「真のジャム」といえるような存在と邂逅してこれを消滅させたこと。
 もうひとつは、超空間通路がジャムの巣であり本体なのだ、という認識が得られたこと。
 これらが確定的な真実なのかどうかはまだなんとも言えないけれど、零がはっきりとこのような認識に至ったということは少なくともひとつの到達点と言ってもいいのだろう。
 ただ、『グッドラック』で「ジャムの総体」を代表するような声と会話したことだってターニングポイントではあったのに、その後、ジャム戦の様相だったり物語自体が大きく変わったりはしなかったので、今回のふたつのできごとがどの程度物語に影響していくのかはわからない。
『アグレッサーズ』だと、ジャムの正体は自分たちがジャムをどう理解するか次第、みたいなことも言われていたと思うので、〈クラゲの傘〉がジャムの真の姿だとか、超空間通路がジャムの本体だ、とされるとちょっと後退してる感じもあるし……。

 シリーズ全体がどう着地するのか、まだなかなか見えない。
 長期化するにつれてあたらしいキャラクターも出てきているし、今後もっと大きな変化(地球編みたいな……)も起こるかも、とも思ったりする。


 

“教皇選挙”






“Conclave”
 Director : Edward Berger
 UK,US, 2024


 限定された空間と登場人物に絞って展開する映画で、自分としても好きなタイプ。
 あらたなローマ教皇を選出するために枢機卿たちがシスティーナ礼拝堂の密室でおこなう教皇選挙(コンクラーベ)のプロセスを描く。
 相容れない思想を持つ有力候補者たちと支持者の思惑と陰謀、前教皇に招かれた闖入者とその謎、隔絶された建物の外で起こる事件、そして新教皇誕生後に明かされる意外な事実、といったあたりが構成要素。

 3分の2以上という必要得票数に達するまで投票が続き、投票のたびに優位の候補者が入れ替わっていく選挙のダイナミズム。入れ替わりがスキャンダルの暴露によって進行していくという点が、この映画がサスペンス/スリラーに区分される所以だが、最終的にスピーチによってこの流れが覆されて新教皇の選出に至るということで、枢機卿たちの良識が打ち克った構図にはなっている。
 ただしそのあとで新教皇に関するある事実が判明し、これを知ったローレンスがそれでもなお異義を唱えず容認したという展開は、新時代の創出が枢機卿団の総意ではなくローレンスの個人的決定で為される図式となって、話を惑わせる(そのベニテスはおそらく最後までローレンスの名を書いていたはずなのだが)。
 さらにこれらすべては「8手先を読む」と言われる前教皇が仕組んでいたことで、枢機卿たちに「自分たちの良識で新教皇を選ぶことができた」という意識を与えることも含めて計画通りの帰結だったとも示唆されている。そうするとこの映画はあたかも選挙や民主主義の重要性を描いているように見えて実はそうではなく、ひとりの人間の緻密な企図に知らぬうちに導かれる蒙昧の群像を描いているということになる。

  • マネージメントに徹する首席枢機卿ローレンス。
    「確信」のみを持つのではなく「疑念」を伴うことが重要だ、というのはわりといいこと言っていると思った。
  • 「自分の教皇名を考えたことのない枢機卿などいない」というのは実際そうだろう。
    ローレンスも自分が考えていた教皇名をベリーニに明かし、投票用紙に自分の名を力強く書くに至るというのは印象に残る個所。
  • そして「インノケンティウス」という教皇名を挙げたベニテス。
    「無垢」という意味を持つ名を選んだこともさることながら、ベニテスですら既に教皇名を考えていたというところがポイントだと思う。
  • 「無垢」が勝利するというのは『CUBE』などもそうだしひとつの定型的構造だけど、そこへ最後にツイストを加えたのは(少なからずコントロバーシャルだとはいえ)この映画のあたらしい部分ということになる。

 

IMDb : http://www.imdb.com/title/tt20215234/

グレッグ・ベア “天界の殺戮”

“Anvil of Stars”
 1992
 Greg Bear
 ISBN:4150110808, ISBN:4150110816




 グレッグ・ベアの天空シリーズ、後編の『天界の殺戮』をずっと読んでいなかったんだけど、電子書籍化されていたのを知って、初めて読むことができた。
 前編『天空の劫火』からテイストがぜんぜん変わっているけど、おもしろさが増している。


(以下シリーズのネタバレ含む)

続きを読む

FKA twigs “EUSEXUA” (2025)



EUSEXUA


 FKA twigs、才能あって得がたい資質もあるのはわかっていても、いつも盛り上がりそうなのに抑えてしまう曲が多いように思っていたところ、この “EUSEXUA” というアルバムはようやく自分にもフィットしたばかりか、これまでの物足りなさを大きく振り切った絶品になっていた。
 タイトルの “EUSEXUA” という語、接辞/語基で eu-sex-ua と分けるとだいたい意味が取れるけれど、本人がいろいろなところで語っている内容では、究極的で超越的な至福感、官能の境地といったものを意図しているらしい。実際、たしかにそうとしか言えないような音楽がこのアルバム全体で貫徹されている。思想の方向性で言えば Kate Bush “Sensual World” みたいなものなのかもしれないが、造語のアルバムタイトルとしてこれほどはまっている例はなかなかないのではと思う。
 楽曲としては過去以上にクラブミュージック/ダンスフロアへ傾倒している。先鋭的なドラム・インスト曲 M-4 “Drums of Death” や エキゾチック感のある M-8 “Childlike Things” などを混ぜつつも、フックが強くポップ寄りの聞きやすい曲が多い。過去の作品も基本的に複数のプロデューサーによる制作だったが、今回はそのうち Koreless が全曲に参加していて、そのあたりの影響もあってアルバム全体のクオリティ・コントロールに効果があったのかもしれない。

 先行シングル M-1 “Eusexua” もよかったが、輪をかけて極上なのが M-3 “Perfect Stranger”。この曲は FKA twigs のあらたな代表曲になったと思う。

Eusexua

Eusexua

  • FKA twigs
  • エレクトロニック
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes


 なお、2019年の “Magdalene” および 2022年のミックステープ “Caprisongs” と本作の間にある音源として、2023年の Vogue のイベントで Opus III の名曲 “It's a Fine Day” をカバーしたものがあり、これも非常によい出来映えだったので、経過的なできごととしてメモしておく。


FKA Twigs Performs “It’s a Fine Day” at Vogue World: London




FKA twigs
Information
  Birth name  Tahliah Debrett Barnett
  OriginCheltenham, UK
  Born1988
  Years active  2004 -
 
Links
  Officialhttps://eusexua.fkatwi.gs/
  LabelYoung  https://shop.y-o-u-n-g.com/release/472754-fka-twigs-eusexua

ASIN:B0DHB62CKS


2024年のアルバム10枚


2024年に記憶しておくアルバム10枚。順不同。


 Lost Souls of Saturn “Reality” 〈Electronic / Techno / House〉

Realization
音響のクオリティと異郷感の表現がとても良いダブ/テクノ/ハウス。
M-5 “Click”、M-6 “Metro Cafe”、M-7 “Mirage”
→see. https://lju.hatenablog.com/entry/2024/02/25/173110
 

 Kelly Lee Owens “Dreamstate” 〈Electronic〉

DREAMSTATE
清涼で透明な歌声のエレクトロニック・ドリーム・ポップ。
M-5 “Rise” が秀逸。
 

 DIIV “Frog In Boiling Water” 〈Rock / Shoegazer〉

Frog In Boiling Water
ブルックリンで活動するバンド。メロディアスなシューゲイザー。
ニューヨークの良質なインディー・ロックといった感じ。
M-4 “Frog In Boiling Water”
→see. https://lju.hatenablog.com/entry/2024/05/26/204701
 

 Pa Salieu “Afrikan Alien” 〈Hip Hop〉

Afrikan Alien [Explicit]
だいぶ待たされたアルバム。ルーツ志向のアフロ-グライム。
M-7 “Dece (Heavy)”、M-8 “Allergy”、M-9 “Big Smile”
→see. https://lju.hatenablog.com/entry/2024/11/24/193403
 

 Fimiguerrero, Len & Lancey Foux “CONGLOMERATE” 〈Hip Hop〉

Wet Mouth [Explicit]
UKアンダーグラウンド・ラッパー3人によるコラボレーション・アルバム。
M-3 “After Life”、M-11 “Ankle Lock”
 

 Rema “HEIS” 〈Afrobeats〉

EGUNGUN
ナイジェリアのアフロビーツ。前のアルバムのメロウなトーンから一転してハードな路線へ。
M-7 “OZEBA”、M-9 “EGUNGUN”
→see. https://lju.hatenablog.com/entry/2024/08/31/221156
 

 Nídia & Valentina “Estradas” 〈Electronic / Experimental〉

Estradas
リスボンのPríncipeから作品をリリースしてきた Nídia と作曲家でマルチ・インストルメンタリストでもあるドラマー Valentina Magaletti のコラボレーション・アルバム。生楽器とエレクトロニック・サウンドで表現される深度のある音響空間。
M-1 “Andiamo”、M-2 “
Rapido”、M-6 “Estradas”
 

 JLIN “Akoma” 〈Dance / Electronic〉

Akoma
複雑・多様に変化するリズムだけど、身体的に心地良く、隙がない。こういう水準のものは新世代のビート・ミュージックと言っていいと思う。
ビートだけでどれだけの展開を描くのかという M-5 “Open Camvas”、M-8 “Auset”。
弦楽器で表される眩惑的なサウンドの M-3 “Summon”。
M-2 “Speed of Darkness” は曲名含めて世界観が完成している。
→see. https://lju.hatenablog.com/entry/2024/04/07/193302
 

 Kendrick Lamar “reincarnated” 〈Hip Hop〉

luther
M-6 “reincarnated”、M-7 “tv off”、M-11 “GNX” など。
記録しておくべきなのは Drake とのビーフとディストラック “Not Like Us” の方なのかもしれないが、このアルバムでも全体的にディスが続いている模様。
 

 Killer Mike
 “Michael & The Mighty Midnight Revival, Songs For Sinners And Saints”
〈Hip Hop〉

Michael & The Mighty Midnight Revival, Songs For Sinners And Saints [Explicit]
ゴスペル合唱団 The Mighty Midnight Revival と自分の本名との名義でのリリースで、アルバムタイトルが “Songs For Sinners And Saints”。同じように自分の名前を冠した2023年のアルバム “MICHAEL” の続編といえる内容。
M-2 “NOBODY KNOWS”、M-9 “’97 3-6 FREESTYLE”、M-11 “HIGH & HOLY”

 


以上の他に曲単位で10曲記録しておくとすると、

 Arab Strap “Bliss” 〈Indie Rock〉
Bliss

Bliss

  • アラブ・ストラップ
  • オルタナティブ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 Ariel Kalma, Jeremiah Chiu & Marta Sofia Honer “Dizzy Ditty” 〈Electronic〉
Dizzy Ditty

Dizzy Ditty

  • Ariel Kalma, Jeremiah Chiu & Marta Sofia Honer
  • アンビエント
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 DJ Lycox “To Bem Loko” 〈Electronic〉
To Bem Loko

To Bem Loko

  • DJ Lycox
  • エレクトロニカ
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes
 Priori “Wake” 〈Electronic / Techno〉
Wake (feat. James K)

Wake (feat. James K)

  • Priori
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 Monolake “The Elders Disagree” 〈Electronic / Techno〉
The Elders Disagree

The Elders Disagree

  • Monolake
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 Nectax “Prisoners of Psilocybe” 〈Electronic / Drum and Bass〉
Prisoners Of Psilocybe

Prisoners Of Psilocybe

  • Nectax & Champa B
  • ジャングル / ドラムンベース
  • provided courtesy of iTunes
 Shellac “Chick New Wave” 〈Alternative〉
Chick New Wave

Chick New Wave

  • Shellac
  • インディー・ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 Julia Holter “Spinning” 〈Electronic〉
Spinning

Spinning

  • Julia Holter
  • オルタナティブ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 Little Simz “Far Away” 〈Hip Hop / Electronic / House〉
Far Away

Far Away

  • Little Simz
  • ヒップホップ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 downt “underdrive” 〈Rock〉
underdrive

underdrive

  • downt
  • オルタナティブ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

Pa Salieu “Afrikan Alien” (2024)



Afrikan Alien [Explicit]



 4年振り、2作品目となるミックステープ。
 同じくガンビアにルーツがある J Hus とラップスタイルもギャングスタ度合いも近いけれど、Pa Salieu のラップの方がパトワやMLE*1が濃いのが特徴。楽曲全体としても不穏で尖っている。リズムもラップも西アフリカを意識したものでありつつ、トライバルというより、もっと冷たく都会の荒廃を表象した雰囲気がある。
 前作 “Send Them to Coventry” もクオリティが高く次回作が期待されていたが、その後、友人が死亡する結果となった乱闘に関与したひとりとして服役し、今年になって釈放された*2

 アフリカを意識した曲(M-2 “Afrikan Di Alien”、M-10 “Regular”)、ダンサブルで疾走感のある曲(M-5 “Soda”)、メロウなラブソング(M-6 “Round & Round”)、コンシャスな歌詞(M-11 “YGF”)などのバリエーション。
 M-8 “Allergy” わかりやすいメッセージ。
 M-9 “Big Smile” これも疾走感あるトラック。
 一曲特に選ぶなら M-7 “Dece (Heavy)”。ウォロフ語を混ぜたラップがトラックとよく融合していて、Pa Salieu らしさが出ている。



Pa Salieu
Information
  Birth name  Pa Salieu Gaye
  OriginCoventry, West Midlands, England
  Born1997
  Years active  2018 -
 
Links
  Officialhttps://www.pasalieu.com/
    YouTube  https://www.youtube.com/channel/UCf2su0Eljvo9Uya9Ha1bhsA
    Instagramhttps://www.instagram.com/pa_salieu/

Afrikan Alien [Explicit]


アレックス・ガーランド “シビル・ウォー アメリカ最後の日”






“Civil War”
 Director, Writer : Alex Garland
 US, UK, 2024


 かなりおもしろかった。
 いま見るべき映画。
 正確に言うなら、今年11月のアメリカ大統領選挙までの間に見ておいた方がいい映画。

 タイトルの通り、内戦が巻き起こっている近未来のアメリカ合衆国が舞台。連邦正規軍を圧倒する西部連合軍がワシントン・D.C.を陥落する寸前、4人のジャーナリストが大統領へのインタビューを行うためニューヨークから1,400kmをかけて首都への旅に出る……という筋立てのロードムービー。
 このタイトルと設定を聞いたとき、誰もが現実の大統領選、現実のアメリカの状況を考えずにはいられないだろう。
 ただし映画内での内戦の構図は現実の政治状況に重ならないよう慎重に計算されている。「テキサスとカリフォルニアが主導する西部軍」という設定は決してアメリカの政治状況・党派対立を反映していない。南北戦争でも別陣営で現在の政治的立ち位置も対極にあるテキサスとカリフォルニアが同じ陣営にされている時点で、意図的に現実の状況を回避したがっていることがよくわかる。
 けれども「アメリカの内戦」という事態そのものは、もはやまったく唐突な絵空事ではなく、そうしたことも起こるかもしれないと誰もが薄々思い始めている事柄であって*1、そうした現実の緊迫を背景にしてこの映画は成立している。実際、2020年大統領選結果が不正だと信じるアメリカ人がいまなお無視できない比率でいることは、分断がもうどうあっても架橋できないレベルで刻まれてしまっていることを示しているし、2021年1月6日には暴徒による議会乱入というありえないはずだったことが起きてしまっているのが現実である。
 また、映画製作者は意識して無党派的であろうとしているのかもしれないが、「FBIを解散させジャーナリストを拒否し現行憲法の規定を超える3期目の大統領」という設定は、2024年大統領選候補者である元大統領が実際に「3期目」「憲法停止」「もう投票は不要になる」と発言している事実を踏まえると、必ずしも現実の政治と無縁とも言い切れない*2

 何にせよ「実際にアメリカが内戦状態になったらどうなるか」ということをこの映画は非常によく描き切っている。要するに「もしアメリカが内戦になったらどうなるだろう」とわたしたちが考えるときに思い浮かべるような情景がひととおり出てくる、と言ってもいいのだけど、それはつまり、アメリカ以外で実際に内戦が起こった国々のニュース映像などでわたしたちが知った情景が、アメリカを舞台に描写されている、ということでもある。劇中で主人公が、「世界各地の戦争・紛争を取材してきたのは故国に警告をするつもりだったのに、いまこの国はそうなってしまった」といったことを言うシーンがあるが、まさしくその通りで、これまでどこかの途上国で起きる出来事だと見なしていたことがアメリカで起こっていて、観客にとってもそれが完全なフィクションではなく今後の行く末次第では現実に起こり得るものとして映っている。冒頭、星条旗を掲げて突入してくる自爆テロのシーンがそうした諸々を詰め込んだ掴みとしてよくできていた。

 そしてロードムービーという形式がこの題材にとても適している。
 アメリカ各地での惨状を切り取り少しずつ見せつつ、そのなかにはまるで内戦など起こっていないかのようにやり過ごしている場所もあったりしながら、仲間のジャーナリストとのふざけ合いからその直後に一気に地獄へ転落する起伏、そして首都を陥落すべく進撃する反政府連合軍──。
 そういったすべてをこの映画は実に巧みに描いている。一枚の絵としても成立するような強い印象を残すショットが次々と映し出される。
 さらにそこへ加わる音楽とその選曲、そして音響のみごとなこと。特に映画の最中ずっと鳴り止まないごとくに思える銃声。
 絵と音の高いクオリティがもたらす臨場感によって、首都の大統領府という終着地へ向けて自分もほんとうに旅をしているかのように引き込まれていく。

 旅するのは戦場フォトジャーナリストのリー、ロイターのジャーナリストであるジョエル、NYTのベテランジャーナリストのサミー、フォトジャーナリスト志望のジェシー。
 彼らの帰趨はこのキャラクター構成から必然的に定まっているといってもいい。
 特に師弟的関係にある3人。主人公のかつての師であり、体が思うように動かない老練なジャーナリスト。あぶなっかしい若手を見つめる経験豊富な著名ジャーナリスト。まだ何も果たしていないけれど旅の中で成長し未来をもったジャーナリスト。それから「わたしが死んだらその写真を撮る?」という問いかけ。
 これらすべてが絡み合い、それぞれのポジションと意義付けからそうあって然るべき展開によって進行し、だからこそ最後にジェシーが取る行動は、残酷なほどわかりきった結果でもある。

 物語上の目標であるホワイトハウスに近付くにつれて銃声が増し画面を埋め尽くしていき、それとともにジェシーのシャッター音も止まらなくなる。銃撃も撮影もどちらも「ショット」であって、それが極点へ向けて乱れ撃ちとなる。
 そして銃とカメラ両方の最後のショットが生み出したのがラストの1枚であり、これこそが後の世で歴史の教科書に載る写真なのだろう。この映画はそうした究極のワンショットへ登り詰めるプロセスを描いている。










music log INDEX ::

A - B - C - D - E - F - G - H - I - J - K - L - M - N - O - P - Q - R - S - T - U - V - W - X - Y - Z - # - V.A.
“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell