- 作者: 円城塔
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2015/08/27
- メディア: 単行本
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短編集。10作品収載。
『内在天文学』
『イグノラムス・イグノラビムス』
『シャッフル航法』
『Φ』
『つじつま』
『犀が通る』
『Beaver Weaver』
『(Atlas)3』
『リスを実装する』
『Printable』
文体と思弁性が高度に融合しているところが円城塔の特長。
文体:コミカル、ユーモア。
思弁性:物理学・数学・言語学・哲学。
また、この本の作品では特に記述の実験性も目立つ。文章生成プログラムを使用して書かれた作品など、書き方の時点で挑戦的な試みが為されているものがある。
以下、いくつか個別にメモ。
イグノラムス・イグノラビムス
情報処理のパターンとして浮かぶ自己
超光速・超遠距離での精神同期
自己の媒体があらかじめ広範に遍在し、どのパターンが自己を自己と認識するのかが決定論的に定められている
→「予定表」
→自由意志の問題
Φ
どういうことが起こっているのかはすぐわかるけれど、細部を見るとよくわからない個所もある。文字数の縮小量がところどころ揺らいでいて。
Beaver Weaver
このなかでは最も好きな作品。
↓こういう単語とかフレーズがとても好きなので。
[…] オセアニア宇宙軍所属論理戦闘艦、超イプシロンノート級二番艦ウォースパイトは、000スペース、ニューカナダ宙域にて激戦の只中にある。僚艦にして姉妹艦ヴァリアントとの論理干渉がその機動に微かなもつれを生じさせ、横腹にユーラシア側所属と見られる未確認艦のマルティン-レーフ型回避不能弾頭の論駁掃射を受ける事態へと陥っている。
(p187)
……とはいえ、単独で抜き出したこの雰囲気は別に作品全体に貫徹されてはいなかったりする。全体としてはもっとユーモア志向。上記のようないかにもSFな言葉づかいは、こう言ってよければ、半ば皮肉に扱われている。円城作品ってこういうベタなSF語用がわりとよく出てくるんだけど、いつも必ず冗談的な文脈に回収されてしまう。円城塔の一貫した特徴だ。作者自身はたぶんこういうタームをまったく嘲笑してるってわけではなくて、それなりに好んでいるからこそ書いてるとは覗えるのだが、ユーモア・諧謔というものの方が本人の中でずっと強い位置を占めているので、どうしても皮肉っぽい扱われ方に見えてしまう。
円城塔の他ならぬそういう面が広く評価されているのだと知りつつも、自分としては、常々もったいないと思ってしまう。冗談として下位に置かれるには語用がうますぎるので。雰囲気だけで語が連ねられてるのではなく科学的背景のある設定につながっているし。ハードな設定と語感の取り合わせに、本来であればSFとしての魅力が凝縮される。でも円城塔の作風はハードな科学・哲学思考をユーモアでまとめあげることにあって、そのユーモアネスの魅力でベタなSF語用の魅力が上書きされてしまう。これこそが円城塔の特長だというのはわかる。わかるのだけど、ひとりの読者としていつもわだかまりを感じるところ。円城塔に諧謔からの離脱は求めるべくもないので、誰かこのテイストで完全にシリアスな作品を書いてくれれば、熱心な読者が少なくとも最低ひとりは得られるのに。
……そうは言っても、円城塔が単にユーモアの一語だけで括られる作家ではないことは理解している。円城作品には、諧謔がある一方で微かなラブロマンス的構図が備わっていることがあって、それが、シリアスとまでは言い得ないにしてもどこかウェットな、切なさともいえるテイストにつながっている。これもまた円城作品の無視できない特徴ではある。完全にコミカルでスラップスティックな作家ではないのだ。このあたり、北野勇作にも同じようなものを感じたりする。
ユーモアとウェットのバランス。人によっても度合いは違うだろうけど、自分の場合、前者に振り切れすぎるものはあまり好んでいない。絶妙なバランスを取りつつ、読後に後者が強く残るようなものを彼らには求めていて、いつも期待しながら一喜一憂して読んでいるようなところがある。
設定内容のメモとしては、
- 超光速移動の実現:物理的に不可能なら、情報的に実行してしまえばいいという発想。物理的宇宙の特異点を超えるため情報論的宇宙の密度限界(ベッケンシュタイン・バウンド)を突破。
→「強制機関」:全ての事象を記述のレベルに平坦化して、公理系に適した観測者を発生させる技術。 - 論理階層を破る敵との戦い。
- 観測者/超光速公理系/完全性定理/不完全性定理/語り得ないものの存在証明
→公理論的観測階層の超越(チューリング・ジャンプ)→無限反復→ε0(イプシロンノート)→超イプシロンノート
(Atlas)3