2011.02.12.Sat.
■[note][ARCHI] 革命の空間
2011年2月11日、ムバラク大統領辞任により、エジプトの民衆蜂起が成功への大きなステップを踏み出した。
「革命」の主な舞台となったのがカイロのタハリール広場(Tahrir Square / Liberation Square “解放広場”)だが、カイロ中心に位置するこの広場が最終的にどのような空間になっていたのかが、BBCのサイトでまとめられている。
http://www.bbc.co.uk/news/world-12434787
(BBCの元画像だと、画面上クリックすると写真とキャプションが見れる。)
BBCの画像そのまま貼るのもどうかなと思ったので… Google map の航空写真をもとに、図面起こしてみた。(CCLにしておくので、何かに使いたい方はどうぞ。)
1. Food stalls 食べ物の屋台:さまざまな業者がストールを設置。
2. Toilets トイレ:博物館近くの工事現場のトイレを使用。
3. Flag sellers 国旗販売:路上業者が国旗や国旗色の帽子などを売る。
4. Water point 水:工事現場の水場でボトルに水を詰める。
5. Kindergarten 幼稚園:デモに参加する子連れの母親のために、即席的な幼稚園がつくられた。
6. Wall of martyrs 犠牲者の掲示板:蜂起運動のなかで死んだ犠牲者のメモリアル。写真などでグラフィカルに経緯がまとめられている。
7. Rubbish bins ゴミ捨て場:エジプトには公的なリサイクルの仕組みがなく、デモ組織者が独自のものを設けた。
8. Bloggers ブロガーたち:今回の蜂起で重要な役割を果たしたインターネット運動。多くのブロガーが広場中央に集まって活動していた。
9. Campsite キャンプ場:多くのデモ参加者は日帰りで参加していたが、気合い入った人々は泊まり込みでテントやシートで寝床をつくった。
10. Pharmacy 薬局:メインステージ近くの薬売場が、参加者の清潔や健康の維持のため役立った。そのうちいくつかは無料で提供。
11. Main stage メインステージ:演説台のようなもの。政府や軍のテレビ声明を映すための白いスクリーンも用意されている。
12. Street clinic 路上の診療所:ボランティアの医師たちによる即席の病院。
13. Tanks 戦車:博物館近くには戦車が停められていたが、広場への侵入を防ぐため戦車のキャタピラ部分で睡眠を取るデモ参加者もいた。
14. Newspaper wall 新聞の掲示板:商店のシャッターに、毎朝、新聞が貼られた。
15. KFC clinic ケンタッキー病院:ケンタッキーの店がデモ参加者たちによって診療所に変えられた。
16. Artwork アートワーク:デモ参加者たちによってつくられたアート。
[メモ]
デモの始まった当初は、ここはただ参加者が漠然と集まってくるだけの何もない広場だった。NDP本部が何者かに放火され燃えさかる様子をAJEが報道していた頃には、まだ治安部隊との不穏な空気が色濃くあり、下手したらより大きな惨事の舞台となっていた可能性もあったと思う。あの頃の路上の人々は、まだどこへ着地するかわからない曖昧な怒りに駆動されているようにも見えた。
しかし次第にタハリール広場が蜂起の中心地として日々無数の人々が集うのが日常化していくにつれて、上記のようなさまざまな機能がひとつずつ付加され、いつしかいわばひとつの都市のような場所となっていく。
それは人々が集まって抗議運動や議論をおこなう場所であると同時に、寝食のための空間でもある。そうした機能全体の集積としてこの広場は「革命のための空間」となったわけだ。
大統領支持派との衝突を避けるために軍部隊が広場を取り囲んだことに加え、運動の組織委員会が自発的に検問の仕組みをつくり、広場へ入る者の身元と武器の有無を厳しく確認したらしいが、そのような入退管理がこの広場をひとつの空間として定義したとも言える。つまり非常に秩序立っているのだ。
国外メディアには当初「エジプト暴動」などと呼んでいたりしたところもあったけど、実際のところは暴動とは程遠く、非常に自制的・平和的なものだったことが窺える。
何であれ、このようなかたちでの「空間」、このようなかたちでの「都市」というのは、歴史的にもとても稀少で重要な事例として銘記しておく必要があるだろう。
簡易的な都市であり、人々の明確なアクティビティと密接に関係した空間。(フィジカルなアクティビティ、そしてネット上でのアクティビティ。)
建築や空間の問題を考える上でも、何か示唆してくれるものがあるように思う。
実際にタハリール広場に集まった人数がどの程度のものだったかについて。
NYTによるこの面積算出画像などが参考になる:
http://graphics8.nytimes.com/images/2011/02/01/world/middleeast/tahrir-square-map/tahrir-square-map-jumbo.jpg
人々の密度については、群衆学についてまとめている Foreign Policy のこの記事:
http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/02/01/how_do_we_know_how_many_protesters_came_out_in_cairo
これがいちばんわかりやすいか。WIRED VISION -「エジプトの広場に20万人」はどう数えたのか-
http://wiredvision.jp/news/201102/2011020220.html
上記の図面では実は人も書き入れているんだけど、CAD上でピックするとだいたい2万5000人ぐらいとカウントされた。
拡大するとこのぐらいの密度。
けっこうゆるい。この5倍ぐらいの密度でもたぶんぜんぜんだいじょうぶだと思う。
そうすると辞任発表時の混雑度ぐらいでやはり10万〜15万ぐらいはいたのかな、という気はする。
いずれにせよ、WIREDで書かれているように仮にピーク時にあの広場に20万人もの人々がいたとすると……テンポラリではあるが人口20万の超過密都市ができていたようなものだ。日本でいえば、つくば市、松本市、沼津市あたりの規模に相当する。(cf. Wikipedia 日本の市の人口順位) この人数が革命というアクティビティを継続させていくにあたってどういう空間機能が必要だったかが、上記BBCサイトから見て取ることができる。(もちろん、広場の外からの支援も忘れてはならないが)
食事、水、トイレ、象徴、メディア、メモリアル、医療、廃棄物処理、託児所、寝床、アート。
そうそう、そう言えば結婚式なんてものすらあったな。http://www.huffingtonpost.com/2011/02/07/tahrir-square-wedding_n_819603.html
before/after の写真
http://twitpic.com/3xtulg
タハリール広場がどういうところなのかについては、この記事が参考になる。
ニューズ・マグ TUP速報888号「エジプト、タハリール広場と三代の独裁者」 http://www.newsmag-jp.com/archives/7325
あと、これとかも。
「medtoolz氏がエジプトデモを支えた「物資の補給」と「群衆の仕切り」について考える。」 http://togetter.com/li/100038
2010.08.14.Sat.
■[note][ART][DESIGN] “Graffiti Technica reel”
グラフィティに新しい命を吹き込む"デジタル・グラフィティ"
http://white-screen.jp/2010/08/tempt_eyewriter.php
これはおもしろいな。
3つの作品が紹介されているけれど、とくに Graffiti Technica reel が興味をそそる。
「Graffiti Technica reel」 dir: Graffiti Technica
1つ目の作品は、オーストラリアのモーショングラフィック・デザイナーBrad Schwede(ブラッド・シュウェード)によるプロジェクトGraffiti Technica(グラフィティ・テクニカ)だ。ストリートに描かれているグラフィティは2Dであるが擬似的な3D表現が多いことに着目し、グラフィティ を3ds Maxで3Dオブジェクトとしてモデリングし、ストリートに配置した作品なのだ。まるでロボットのようにモデリングされたグラフィティは圧倒的な存在感を放ち、従来のグラフィティとは別次元のものと思えるほどになっている。
[メモ]
・機能的要求に左右されない恣意的デザイン
とはいえまったく外部に接続しない自閉したデザインだというわけではなく、特定の文化的背景(具体的にはヒップホップ文化)と絡みそれに基づく価値判断によって形状が決定される。
・「かっこよさ」を指向するデザイン
グラフィティを3D化することで、はからずも日本のロボットアニメ文脈におけるメカニック・デザインとの親和性が生まれている。そもそもロボットアニメのデザイン的系譜というものも興味深い対象だ。アニメにおける「ロボット」は、作品内世界の科学的・軍事的・文化的…etc の合理性に拠るというより、作品外の判断基準──つまりただそれが「かっこいいのかどうか」という判断を優先させて決定されている。そしてそれは時代によって大きく変遷し、美一般がそうであるように、絶対的基準というものはない。しかし、であれば「かっこよさ」がある程度合意されているという現実は、どのように説明されるのか。また、3Dグラフィティがこうしたロボット的な「かっこよさ」と共通しているかのように思えることにも、何か説明可能性があるものだろうか。
cf. ザハ・ハディドの建築にさらにリンクさせることもできそうだ。
2010.08.03.Tue.
■[note][ARCHI] メモ
鈴木謙介による、「父として考える」の簡単なレビューに関してメモ。
http://blog.szk.cc/2010/08/02/books-1008/
内容そのものは、子育て論というよりは、子育てをするための社会環境、都市環境、コミュニケーション環境の本であり、それらを有機的に結びつける「豊かな社会」は、どのようにイメージ可能か、という点に重きが置かれている。特に宮台さんは意識的に、『14歳からの社会学』以降くり返してきた、日本にもある時期まで存在していた社会の豊かさを取り戻すべく、この点を強調している。
その内容に反対するわけではないけれど、僕にとってはその社会はあまり居心地のいいものではない部分を含んでいるし、それにもかかわらず、本書のような本が、勘違いした都市設計家や建築家に妙な影響を与え、かえって(ある種の人々にとって)生きづらい社会を作ることになりそうだなあ、というあたりを、どうしても危惧してしまう。だからこそ必要なのは、この議論を共有した上で、そうした設計家との直接的な対話を通じて、彼らが何を分かっていないかを僕らが理解し、指摘していくことが大事なんじゃないかって思うのだけどね。
「本書のような本が、勘違いした都市設計家や建築家に妙な影響を与え、かえって(ある種の人々にとって)生きづらい社会を作ることになりそう」
→非常に同感。建築家には、本来複雑に入り組んでいるはずの社会問題を、ひとつかふたつのシンプルな図式で切って理解した気になってしまってるような主張があまりにも多い。建築家に限った話ではないが…。
「ある種の人々にとって」というところがポイント。建築家がそういった「図式から外れる人々」に目を向けることはほとんどない。唯一の例外ともいえるのが、石山修武→森川嘉一郎のラインだけだ。
「だからこそ必要なのは、この議論を共有した上で、そうした設計家との直接的な対話を通じて、彼らが何を分かっていないかを僕らが理解し、指摘していくことが大事なんじゃないかって思う」
→うん。ただ、まぁ、東浩紀も「東京から考える」では建築家の〈敵〉側にいたわけだが、いつのまにかすっかり取り込まれてしまってる感じだからなぁ……。取り込まれてる、っていうのは、建築家の主張への懐疑が薄くなってしまってるという意味だが。本当のところ、「東京から考える」での建築家批判とも言える主張は、未だに有効な反論を受けていないと思う。
建築家の「オプティミスティックな」社会認識をしっかり批判する役割の人は絶対必要だと思うし、その役を鈴木謙介が担っていってくれれば…と常々期待してはいるのだが。
このところの社会学・社会評論界と建築アカデミズムの接近という風潮のなかで、建築家批判がおこなわれている稀少な例としてメモしておく。
- 作者: 東浩紀,宮台真司
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