首都圏に展開したパトリオットは、国民を守るためのものではない

政府は27日午前、北朝鮮が発射した長距離弾道ミサイルが日本の領土・領海に落下する事態に備え、ミサイル防衛システム(MD)で迎撃する方針を決め、浜田靖一防衛相が自衛隊法82条2の第3項に基づき「破壊措置命令」を発令した。


これをうけ、首都圏および秋田・岩手両県に地対空誘導弾パトリオット*1を装備する高射部隊が展開された。首都圏では、朝霞駐屯地、市ヶ谷駐屯地、習志野駐屯地の3カ所に展開されている。

図はパトリオットミサイル PAC-3の展開地点を示したものだ。半透明の円はPAC-3弾の射程20kmの到達範囲である*2。この図を見れば明らかなように、首都圏に展開された高射部隊の射程は東京都の東半分と千葉県の北西部のごく一部の地域に限られる。展開地点以外の地域にお住まいの皆様は誠に遺憾ながら無防備である*3

そもそもPAC-3は拠点防衛用の兵器であり、重要な軍事拠点や原子力発電所などをミサイル攻撃から守るためにその周辺に展開される性格のものである。市ヶ谷駐屯地の地下には自衛隊の最高司令部である中央指揮所朝霞駐屯地には有事に真っ先に対応する中央即応集団司令部、習志野駐屯地には対テロ及び対ゲリラ作戦を主要任務とする特殊作戦群陸上自衛隊唯一の空挺部隊である第1空挺団等の実動部隊が設置されており、何れも最も重要な軍事拠点のひとつだ。首都圏のPAC-3はこれらの軍事拠点を守るために配備されたのであって、そこに住む国民やその財産を守るために配備されたのでは断じてない

今回のようにどこに落ちて来るやら分からないと言う状況下において、本気で国民の生命・財産を守るのにPAC-3を利用するには絶対的に数が足りないし、射程が短すぎる。高射群の展開は北朝鮮のミサイルが日本の領土・領海内に落下し、日本人の生命・財産が危険にさらされる万万が一の事態に備えてのものという説明だが、たまたま展開されたパトリオットの展開地点にミサイルが落ちてくるなんてことは、さらにその万万が一といいったところだろう。

それでは政府がわざわざ実際には役に立ちそうもないパトリオット部隊を展開させるのは何のためか。一つは言わずもがな北朝鮮に対する示威行為、そしてもう一つは訓練目的だろう。PAC-3の展開は民間フェリーと公道を用いて展開地点まで輸送されるわけだが、その間のロジスティクス、国民への説明・誘導等をある程度の緊迫感を持って行えるチャンスはなかなかない。今回の展開地点は自衛隊駐屯地や演習場に限られたため、展開地点の選定、首長との折衝、地元警察・消防との連携、裁判所命令に基づく展開地点徴用、一般人の避難誘導、デモ隊の排除等々ややこしそうな部分がかなり回避されているが、それでもPAC-3の発射台を乗せた航空自衛隊の大型車両が接触事故を起こし立ち往生するトラブルが発生するなど、訓練としては有効に機能しているようだ。

何より、国民を「破壊措置命令」発令下の状況に慣らすことができるのは極めて大きい。そしてその状況下における特定の思想を持つ集団の行動を予想する上でも都合が良い。政府筋が「ミサイル迎撃不可能」とMDの実効性を否定してみたり某政党が迎撃批判を繰り広げて失笑を買ったり市民団体による反対運動が起こったりといったことに対して、予め準備をしておけば対処も余裕を持って行える。マスコミがどのような姿勢で報道を行うかという要素も重要なファクタだ。発生しうるリスク要素を丁寧に抽出し、リスクを最小化すべく作戦行動に修正を加える──こうした積み重ねが有事に威力を発揮するはずだ。

それにしてもまさか金正男が「日本政府のミサイル迎撃は、自衛のため当然だと思います」 なんて発言をするなんて、想像の外の外だったと思うが。

*1:自衛隊ではペイトリオットと呼称する

*2:航空機や空対地ミサイルへの対処を目的とするPAC-2の対航空機射程が70kmであるのに対し、弾道ミサイルへの対応能力を高めたPAC-3は対弾道弾射程が20kmとなっている。

*3:あくまで射程が20kmであって、その射程内でミサイルを迎撃する必要がある。そのため、実際に防衛できる領域は著しく狭くなり、ほぼ展開地点に限られると言ってもよい。