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2010年9月12日付でライブドアブログに引っ越しました。
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2010-02-24

日本経済新聞電子版の価格設定から透けて見える日経のホンネ

来る3月23日日本経済新聞 電子版が誕生するという。日本経済新聞の朝刊・夕刊の最終版が読めるのに加え、「電子版」の独自ニュースや解説記事を24時間配信するという。購読料金は宅配+電子版の日経Wプランが月極購読料+1,000円、電子版月極プランが4,000円という設定だ。

この価格設定、行動経済学の観点からすると大変興味深い。昨年のベストセラー『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』にまさにぴったりの事例が紹介されているので、未読の方の為に紹介したい。以下は本書の第1章「相対性の真相」のエッセンスを抽出し再構成したものである。この本は行動経済学の入門書として大変面白く書かれているので、未読の方には一読を強くお勧めする。

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おとりによる選択行動の変化

あなたは経済新聞「エコノミスト」に興味がある。そこでWebサイトをチェックしてみると次の3つの購読プランが紹介されていた。あなたはどれを選択するだろうか。

  1. ウェブ版だけの購読($59)
  2. 印刷版だけの購読($125)
  3. 印刷版とウェブ版のセット購読($125)

この3つの選択肢を提示されると、多くの人が3番目の選択肢を選択するだろう。実際MITの学生100人に選択させると、次のような結果になった。

  1. ウェブ版だけの購読($59)──16人
  2. 印刷版だけの購読($125)──0人
  3. 印刷版とウェブ版のセット購読($125)──84人

MITの学生達は優秀なので、印刷版とウェブ版のセットの方が印刷版だけより得だと全員気がついている。さて、印刷版だけの選択肢を選んだ学生はいなかった訳だが、もし、印刷版だけの選択肢(以下「おとり」と呼ぶ)が無かったとすると、学生達は前と同じ判断をするだろうか?論理的に考えれば勿論同じ選択を行うはずだ。おとりは誰も選ばなかったのだから。しかし、結果は次のようになった。

  1. ウェブ版だけの購読($59)──68人
  2. 印刷版とウェブ版のセット購読($125)──32人

何が学生達の選択を変えたのか? 結果的に誰も選択しないおとりがあるだけで、セット購読の選択を行う者が増えるというのは明らかに不合理だ。しかし、これは予想どおりの結果なのである(この行動を系統的に予測することを可能にするのが行動経済学である)。

相対性による選択

実は人間はものごとを絶対的な基準で選択する事はほとんど無い。今回のエコノミストの場合、$59のウェブ版と$125の印刷版のどちらが得なのかは、なかなか判断ができない。しかし、$125の印刷版と$125のウェブ+印刷版のセットであるならば、後者が得なのは明白だ。この相対性の判断が多くの人がセット購読を選択した理由である。

f:id:LM-7:20100224230229p:image

まず左の図を見てもらいたい。2つの選択肢A、Bがあり、それぞれ違う特性で優れている。選択肢Aは特性1で優れており、選択肢Bは特性2で優れている。この2つの選択肢の優劣は簡単には付けられない状況だ。

しかしここに仮に特性1においてAよりも少しだけ劣ったA'という第三の選択肢(おとり)が用意された場合を考える(右図)。この選択肢はAよりも劣っているが、Aとよく似ているため比較を簡単にする作用がある。さらに、AがA'より優れているだけではなく、Bより優れているような印象を持たせる効果がある。相対性の判断は簡単に行えるため、我々は簡単に行える相対的な比較ばかりに注目する傾向がある。そして、判断が行いにくい絶対的な比較は、相対性の前に忘れられるのだ。

つまり、おとりA'を加える事で、Aとの相対的な比較が簡単に行えるようになり、結果として全体としてもAが優れているような印象が生まれる。結果としておとりのA'を誰も選ばなくても、Aが選択される可能性が高くなるわけだ。

この相対性による選択傾向を知っているマーケティング担当者は、自分が本当に選択させたい選択肢よりも、ちょっとだけ劣っているがよく似ているおとりの選択肢を用意する。そして人々はまんまとおとりに惑わされ、本来なら選ばなかったであろう選択を行うことになるのだ*1

日本経済新聞 電子版の価格設定

さて、この相対性を念頭において、今回の日本経済新聞 電子版の価格設定を見てみよう。

  1. 日経Wプラン(宅配+電子版):月ぎめ購読料(3,568円/4,383円)+1,000円
  2. 電子版月ぎめプラン:月額4,000円
  3. 電子版登録会員(特ダネ+見出しのみ):無料

この選択肢を見て1番目と2番目では明らかに1番目の方がお得に見える*2。実際、3番目の無料の電子版登録会員でも良いのかも知れないが、月に4,000円以上払う価値が日本経済新聞にあるかどうかは難しい問題ですぐには答えが出ない。しかし、1番目と2番目なら断然1番目だ。こんな具合に、少し日経も読んでおいた方がよいだろうかなんて思っている人は、1番目の選択肢に誘導されることなるわけだ。

つまり、日本経済新聞社としては電子版はあくまでおとりであり、本命は1番目の選択肢を選択させて宅配の日経新聞の購読者数を増やすあるいは維持する事にあるのである。実際、日本経済新聞社の喜多恒雄社長は「紙の新聞の部数に影響を与えないことを前提にした価格設定」と説明している。

単純に日本経済新聞社の利益だけ考えると、1番目の選択肢と2番目の選択肢では、2番目の方が多いのかも知れない。それでも日本経済新聞社はあえて電子版ではなく、紙媒体の部数が伸びるような価格設定を行っている。少なくとも現時点においては電子版は本命の紙媒体の販促のためのおとりに過ぎない。Webに本腰を入れるとかかけ声は勇ましいが、ホンネは紙媒体なのである。すくなくとも現時点で紙媒体を購読している顧客が、紙媒体の購読を止めて電子版に移行する事は望んでいないはずだ。

このスタンスが過渡期の一時的なものなのか、それとも日本経済新聞がもつ簡単には変えようの無い特性なのか、答えが出るまでそう長い時間はかからないだろう。そう、彼らがいうように、時代の変化は彼らを待ってはくれないのだから。

参考文献

予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

関連エントリ

*1予想どおりに不合理においては、合コンの秘訣として、あなたに身体的な特徴が似ていて、あなたよりもすこしだけ魅力的でない友人(あなた')を一緒に誘って連れて行く戦略を薦めている。あなたはおとりよりも魅力的にみえるだけでなく、そのほかの比較が難しい人々に比べても魅力的に見えるはずだ。

*2:紙の新聞はゴミになるので不要と言う人はこの評価は逆転するだろうから、本エントリの想定とは外れてしまうが、ご容赦願いたい。

testtest 2010/02/26 05:16 話の流れから、選択肢は「電子版登録会員(特ダネ+見出しのみ):無料」ではなく、
以下の3つになるのでは?

1.電子版月ぎめプラン:月額4,000円
2.宅配:月ぎめ購読料(3,568円/4,383円)
3.日経Wプラン(宅配+電子版):月ぎめ購読料(3,568円/4,383円)+1,000円

また、購読料は3518円ではなく3568円です。

LM-7LM-7 2010/02/26 06:51 コメントありがとうございます。
今回のエントリの対象は本で挙げられた「エコノミストの購読」と同様の「日経の購読」ではなく、「日経電子版の購読」なので、購読ページから抜粋したこの3つの選択肢となります。「日経の購読」を対象とすると仰る選択肢になりますね(ただそれだと3が1と2どちらの上位版か分からないので説明に苦慮しそう)。
また、購読料の誤記の指摘ありがとうございました。修正いたしました。

hennaojisanhennaojisan 2010/02/26 07:07 新聞販売店従業員です。
日経の価格設定には尤もだと思います。と言うのは「電子プラン」を安く設定すると日経自体の経営が危うくなるからです。
日経(だけではないが)は多くの読者は朝からPCやPDAで電子新聞を見る事が出来ないか面倒に思う世代、または階層です。一部のアーリーアダプターには利益がもたらせるでしょうが、多くのマジョリティーとラガードには不利益をもたらします。というのは新聞販売店の経営が困難になると多くの読者に紙メディア新聞が届かなくなる。それは日経の本体の経営まで危うくしてしまうからです。
新聞販売の業界は多くの矛盾や問題をかかえていますが、自分はインフラの一部と考えていますので効率や利益だけでは割り切れない部分があるのではと思います。多くの年齢や階層のお客さん接しますがキャズムの溝は深いと感じてます。

blackcoffee11blackcoffee11 2010/02/26 11:14 引用しました。分析おもしろかったです。

LM-7LM-7 2010/02/26 19:51 hennaojisan様、今回の価格設定はよく考えられていると思います。
少なくとも過渡期において、紙の流通体系を崩壊させるような真似はできず、
かといって電子化の流れを止める事はできない。
この状況下で如何に生き残る道を見つけるかということを考え抜いた結果の価格設定でしょう。
もちろん、それがうまく行くかどうかは別の問題ではありますが。
個人的にはあまりに成功してみんな有料となると困りますが、大失敗して新聞が軒並み潰れても困るので、それなりに落としどころが見つかれば良いなと思っています。

blackcofee11様
お楽しみ頂いたようで何よりです。

lily_waterlily_water 2010/02/27 20:06 確か今日の読売新聞にあったと思うのですが、他の新聞社は国内も海外もWeb版だけで500円ぐらいだったのに比べると、えらい高額ですね。買う気が無くなります。

arawayaraway 2010/03/02 22:19 面白く読ませて頂きました。

kindleでFinancial Times(アメリカ版)を読んでいるのですが
あれもアメリカ国内の人からすれば、電子媒体が紙媒体より高いという今回と同じ状況ですね。

電子と紙なら(個人的には)まよわず電子なので、少し高めの値段設定は確かにしょうがないですよね。

High quality paperHigh quality paper 2010/04/06 22:10 経済時事情報を4000円/月近く出して買うかどうか。インターネットで検索しあらゆる情報が把握できるご時勢と相対する金額と考えます。情報を金で買う時代から、少なからず変化しており、その辺を現場の方々が理解せずに価格設定をしているような感があります。 この数年内にマスコミといわれる業界、新聞、テレビ、ラジオは必ず淘汰されると思います。これだけアウトソースが進んだ業界が赤字になるということは、一般の業界とは違い、間違いなく赤字体質だからです。ゆえに日経新聞は今年か昨年に140円から150円値上げし、広告料不足から赤字に、さらには従業員のリストラ、電子版の発行となっております。確実に電子版は当初の目論見の半分以下の加入と思います。

やすやす 2010/04/13 14:12 今の時代、別に日経でなくとも情報は得られるので、日経とはおさらばですね。
ネットはフリーが基本です。工夫が足りないですね。
根本的問題は、日経の質が下がっていることですね、記者の質が下がっているのでしょう。

通りすがりの厨房通りすがりの厨房 2010/12/04 10:52 やはりコンテンツ供給元は圧倒的に強いと思います。
アウトプットが紙から電子になろうが、出版社や新聞社は全く今まで通り生き残っていくと思います。

正確で有用な情報に対価を払うのは当然のことです。80%正確な情報なら誰でも作れる。しかし、97%正確な情報を作れるノウハウ・人材・組織は限られる。これはWebの時代になっても何も変わらない。高い価値を持つコンテンツはそれを欲しがる人々に配給される。その流通ルートを統制・管理する過程で利益があがる。それはまるで水力発電所。今までは、その手段が紙と印刷所と書店という道具だったというだけ。

WebといえばGoogle。Googleはインターネット上の情報を整理整頓することで広告費を受け取っている。しかし、その影響力が及ぶのは、あくまで著作権フリーな情報。今までネットがフリーだったのは、そもそもネットにフリーなモノしか流れていなかったから。それを「Webは無料だ!」と勘違いした(勘違いしている)(勘違いしたがっている)(意図的に勘違いしているふりを続けている)人がとても多い。有料のコンテンツは、いくらWebに流したって有料のまま。

Googleは著作権の無さそうなモノをかたっぱしから吸収して自分のところのサーバーに保存する。他人の書いたメールから、ドキュメント、ホームビデオ、はては神様の作った地球の造形まで。これは、Googleがコンテンツ・情報は本当はダダなんかじゃなくて、大変な価値があることをよく知ってるから。けれどもGoogleが整理整頓できるのはフリーもしくは作り手がWebに流しててもよいと思った情報だけ。

 これからしばらくはiTunesStoreに代表されるような、IT企業による有料コンテンツの流通システムの整備が進行するんじゃないかと思います。そこでは利用者の匿名性が薄く、情報の複製・再配布は阻止されている。だから製作者が今よりは少しだけ安心してコンテンツを流し込める。

いずれにしろ情報を金で買う時代は続くと思います。情報に価値があるかぎり当然の話です。ぶっちゃけネットはフリーとかほざいている奴はもっと現実見た方がいいです。それは人間とか資本主義のもつ強欲な性質に反します。Googleだって検索エンジンのソース絶対に公開しないでしょうが。

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