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Less Than Zero?

2006-02-09

[]アンディ・ウィリアムス@東京国際フォーラムHall A 22:46 アンディ・ウィリアムス@東京国際フォーラムHall Aを含むブックマーク

ただひたすら、いい曲をずらーっと並べて歌う。

まぁ、バカラックのコンサートなんかもそういう感じだけど。自分で曲を書く人をのぞいては、こういうスタイルの“歌手”は実はもうあんまりいないのではないだろうか。ある意味、ベンチャーズ的な選曲というか。アンディ・ウィリアムスを継承する歌手……と考えてみたけど、パッと思いつかない。もう、いなくなるのかもね。

オープニング、エルヴィスばりに「ツァラトゥストラはかく語りき」の演奏と共に登場したアンディ御大。なんと、深紅のスーツに黒のタートル。うわー、インパクトありすぎ。まぁ、今でもセーター+オクスフォードシャツか何か着て出てくるわけもないわけだが。昔からけっこう赤、はテーマカラーだったけどね。お歳を思うと、かなりハデ好み? キュートです。そして、のっけから「ムーンリバー」「慕情のテーマ」「君の瞳に恋してる」の3連発をブチかます! いえーい!! 今年で79歳。が、歌い出すとスゴい。声、ばりばりに出ている。今でもミズーリ州の「アンディ・ウィリアムス・ムーン・リヴァー・シアター」でレギュラー・ショーを続けているというだけあって、もちろん若い頃と同じようにはいかないとはいえ、大編成コンボをバックに心地よく甘い響きの声で歌いまくり。序盤で「英語がわかる人は拍手して」「英語がわからない人は拍手して(←わからないから拍手できないっつーの)」と言った後、ひとことしゃべっては前方の客席にいたお客さん(←でも、サクラかも)にナマ声で通訳させるという画期的なMC(笑)をした後は、ほとんどMCなし。合間に20分の休憩をはさみつつ歌いっぱなし。「ゴッドファーザー愛のテーマ」で激しい転調をモノともせず歌い上げた時には、ものすごい拍手が沸き起こった。このまま倒れちゃうんじゃないかとちょっと心配になりましたが。

第1部の前半では「わたしの曲ではありませんが、他の人が歌ってヒットした曲をこれから歌いたいと思います」と言って、怒濤のヒット曲メドレー。ま、さしずめポール“みのもんた”アンカだったら「わたしの曲ではありませんが、わたしがヒットさせた曲を歌います。わーっはは」とか言うところだな(笑)。「ビーチ・ボーイズの曲です、彼らのようには歌えないかもしれませんが」と言って(謙虚すぎ!)歌い始めた「神のみぞ知る」はビックリ。まさか聴けるとは思わなかった。うれしかった。

でも、わざわざ「他の人の曲ですが」と言わずとも、そもそも「ムーンリバー」でも「慕情のテーマ」でも「ゴッドファーザー愛のテーマ」も元はアンディの曲ではなかったわけで。世の中に流れている「いい曲だなぁ」と思った曲をカバーして、しかもそれが結果的に自分のヒット曲にもなってしまうのがアンディ・ウィリアムスの魅力なわけで。しかし、かと言って「カバー曲ばかりの歌手」というイメージはなくて。なんか、正真正銘の「ザ・歌い手」って感じだ。オレのものだとか、誰が先に歌った曲だとか、そういうナワバリ感覚を超越した「いい曲を歌う」という無邪気な思いから生まれた歌唱というのは−−ま、そういうことが許される、おっとりした時代だったという背景があるにせよ−−なんだか心洗われるというか、ちょっと豊かな気持ちになれる。

第2部ではステキなダークスーツに着替えて登場。小さ〜く踊るステップが妙にキュートな「恋はリズムにのせて」から「想い出のサンフランシスコ」まで、これまた名曲の数々を歌いまくり。スペシャルとして「五木の子守唄」までサービスしてくれて、花束を渡したファンにサインをしながら「ダニー・オズモンド」と言ったりする元祖アメリカン・おやじ・ジョークまで大サービス。たぶん、アンディの中でのダニー・オズモンドは今でも「若くてピチピチのアイドル」なのでしょう。

わたしの中でのアンディ・ウィリアムスは、いちばん新しい映像でも80年代終盤くらいで終わっているし、あのミスター品行方正のアイビー・ルックのイメージがずーっと頭にあるので、当時の面影がまるでない現在の姿をいきなり見ると、ものすごいおじいちゃんになったよーに見えた。が、ここで大発見。

アンディ・ウィリアムスを見分ける特徴は、髪の「分け目」なのである。

昔からアンディ・ウィリアムスは床屋のウインドウに飾ってあるパネルのよーな人だと思っていたが。実際、床屋のパネルと同様に「分け目」が非常に重要なのである。パッと見、フツーにキレイな分け目なだけだとお思いでしょうが。あれはジミヘンだとかライオネル・リッチーとかの髪型のフクザツさと同じくらいに個性を主張しているのです。だから、左を向いてる時は、分け目が見えないのでフツウのおじーちゃんにしか見えないんですが。右を向いたとたん「あー、アンディ・ウィリアムスだー!」と思うんですよ。ホントに。マジでマジマジ。分け目でわかるの。ビックリ!すごいです。歳をとっても変わらないんですね。感動した。

あと、かつて「ウィリアムス・ブラザーズ」として一緒に活動していた(今もしてるのかな)お兄さんがPA席のところに座っていた。たぶん、昔からいちばんよく似ていたお兄さんだと思うんですけど。今もまるっきり同じで、最初、開演前なのに客席に本人が出てきちゃったのかと思ったくらい。みんなに握手を求められてた。あれだけ似ていると『フルハウス』の頃のオルセン姉妹みたいに、毎日、機嫌のいい方がアンディ・ウィリアムスとしてステージに立つ……とかやってもバレないような気がする。つか、第2部でアンディが出てきた時、マジでちょっと「どっちだ?」と疑ってしまいました。が、ちなみにお兄さんは分け目が逆。でした。たぶん、まわりの人は分け目の左右で兄と弟を見分けているに違いない(笑)。

客席の年齢層はものすごく高くて。で、なんか、リッチ・ピープル率がすごい高いように見えた。なぜかイブニング・ドレスを着たセレブっぽいオバハンとか、開演前の喫煙コーナーにて連れの女性に自慢のノドを聴かせてるオッサンとか、ふだんは見ることのない珍しい人をいろいろ見かけました。なんとなく、いつもはオペラとか見に行ってそうな感じの人が多い気がした。そういう人たちにとっては「いい曲を、自分の持ち歌として歌う」というのはあたりまえのスタイルだから、だとするといい曲がいっぱい聴けるアンディ・ウィリアムスのコンサートにそういう人たちが集まるのは当然のことなのかも。

リアル・タイムではあんまりよく覚えていないのだが、1962年から約11年間続いた「アンディ・ウィリアムス・ショウ」は世界中で放映されて、もちろん日本でもやっていた。ここで毎週、いろんな名曲をいっぱいカバーしていたことも、「いい曲を歌う」ことをアンディ・ウィリアムスの個性というか表現形態として定着させる土壌になっている。で、たぶん、日本でも、このコンサートに来ていた人たちを含めて、この番組によって海外のいろんな名曲を初めて知った人は多かったんじゃないかと思う。わたしの父親も、当時オープンリールのテープレコーダーで(家庭用ビデオがない時代!)番組を録音していたことがあるという。あと、わたしが印象的なのは、昔、70〜80年代に活躍した日本の編曲家たちからこの番組の話をよく聞いた。というのは、この番組の音楽監督を務めていたのはフュージョンの父(笑)デイブ・グルーシン。毎週、アメリカ音楽シーンの最新フルオーケストラ・アレンジをテレビ番組で聞くことができるわけで、それはものすごく勉強になったらしい。

当時をあんまり知らないので、この番組の影響力みたいなものは想像がつかないのだけれど。いろんなアーティストのドキュメンタリー・フィルムにアンディ・ウィリアムス・ショウ出演時の映像や、当時のことを語る証言者としてのアンディが出てくるし。当時のアメリカのゴールデン・タイムの人気司会者ということは、歌うエド・サリバンというか、当時のアメリカを象徴するミスター・ショウビズ的な存在だったわけで。今よりも情報量が圧倒的に少なかったあの時代に、その存在がどれだけゴールデンだったかというのは想像を絶するものがある。床屋のパネルみたいと書いたけど、もともと床屋のパネルのデフォルトがアンディ・ウィリアムスと言ったほうが正しいのかもしれない可能性だっておおいにあり得るのだ。。

ほんの2、3日前にボビー・ダーリンのラスベガス公演のプレミア・パーティの映像を見ていて、その時にもアンディが妻のクロディーヌ・ロンジェを伴って登場した時のオーラたるやものすごいものがあったことを思い出したり。あと、アンディ・ウィリアムス・ショウのゲストにダーリンが出演した時の映像でも、若造のダーリンを鷹揚な笑顔で迎えるアンディの大物司会者ぶりがすごく印象的だったり。と、なんか、そのスゴさを思い出しながら、あのアンディ・ウィリアムスが今、こうして日本で歌ってるんだなぁと考えてちょっとクラクラした。あと、全然関係ないけど、今、ボビー・ダーリンが生きていたら、こうしてときどき日本に来て国際フォーラムで「マック・ザ・ナイフ」を歌ってくれたりしたのかなぁ……なんて想像したら、なんだかせつなくなった。ダーリンはアンディと違ってソングライターとしても自他ともに多くのヒット曲を生んでいるが、その一方では「マック・ザ・ナイフ」や「ビヨンド・ザ・シー」など既存の曲を自分の持ち歌としてヒットさせた人でもあり、晩年にはディランやビートルズやラヴィン・スプーンフルの曲まで歌うという、ジャンルや時代にこだわらず「いい曲を歌いたい」を生涯貫いた人であった。そのため、いい意味ではボーダレスなチャレンジャーだが、時には「無節操」と批判された人でもあった。なので、ずーっと長生きして歌い続けていたら、たぶんアンディ・ウィリアムスに近いスタンスの人になったんじゃないかな、なんてことを前から思っていたのだが。ナマのアンディを見たら、よけいにその思いは強くなった。

あまりに楽しかったので、その余韻にひたりたくなってロビー即売のDVDを買ってきた。ドキュメンタリー+アンディ・ウィリアムス・ショウの名場面集+クリスマス特番からの名曲集を収録した『ムーン・リヴァーと私〜アンディ・ウィリアムスの世界』。原題が「ムーン・リバー」の歌詞から引用した『Moon river and me』なので、まぁ、直訳としては間違いではないんですが。「ムーン・リヴァーと私」って、講演会のタイトルみたいだ。なんとかならんかったのかの。というか、訳さなくてもよかったのでは。

まだ見てないんですが、この中には件のデイヴ・グルーシンのインタビューなども入っているようなので楽しみ。