「炎上」する甲府

甲府は月に一回くらい、いいものを見せてくれる

まだ安定してこういうテンションの高い試合をする地力はないのだろうが、それでもホームの小瀬にビッグクラブを迎えた時の頑張りは出色だ。J1昇格したばかりのクラブが、既にFマリ、フロンターレアントラーズ、そして今日のガンバと並み居るビッグクラブを悉く下し、レッズ、ジュビロには引き分けているのだ。こういう試合はメディアでの取り上げも大きくなるわけで、「躍進するプロビンツァ」のイメージを効果的に全国発信することに成功している。そして小瀬の試合はどれもスリリング。上記の勝ち試合も全て一点差。一番劇的だったのは4月のマリノス戦だったが、今日の試合もなかなかシビれるものだった。

とにかくアグレッシブ。そしてリスキー。前半からガンガンプレスに行って、ボールを奪えば手数をかけずにウワーッと敵陣に殺到。それを切り返されて逆カウンターなど食らった日には、一堂「ごめんなさい!」と頭を下げるしかないという、実に潔いサッカーだ。ハマれば脅威だし、外されればボロボロ。
僕が見に行ったFC東京戦も前半はもう完全な甲府パターン。しかし後半突然足が止まり、ルーカスの技巧に逆転を食らった。今日だって前半ガンバは何もできず、ハーフタイムの西野氏も「甲府のプレッシングが厳しくて・・・」と苦笑するしかなかった。


こんな感じで、甲府は格上と対戦するときは、前半から力を出し惜しみせず一か八かのプレッシングを仕掛ける。これによって相手もペースを上げざるを得なくなる。いきおい後半は両チームとも消耗し、ノーガードの打ち合いの様相を呈する。こうなると精神力や選手交代の妙という微妙な部分で試合を左右する展開となり、もはや両者の戦力差は問題とならなくなる。逆に言えば、こうした展開に持ち込むのが相対的劣勢にある甲府のゲーム戦略であるとも言える。

そして、この戦いぶりは甲府というクラブのマーケティングの面でも大きな効果がある。今日もそうだが、こういうケレン味のない試合が楽しくないわけがない。甲府はいつも自分たちから相手に仕掛け、そしてゲームに「火をつける」。当然のようにゲームは熱を帯び、相手の目の色を変えさせ、ゲームはたちまち炎上する。そして、誰しも予想のつかないエキサイティングな展開へ。


企業としてのサッカークラブの一番の商品は選手でも監督でもない。ゲームそのものである。選手がショボくても、ゲームの質が良ければ収益を上げることができるのが、サッカークラブという業態だ。この「ゲームの質」というのは統一された評価基準がない厄介な概念だが、とりあえず「攻撃的でリスクを厭わないゲーム姿勢」「個々のプレイヤーが持てる力を発揮」「チームとしての連動性、一体感」という要素があれば、たとえビッグネームがピッチ上にいなくても、大抵のサッカーファンはそのゲームに満足するであろう。それは今年の甲府観客動員に反映している。甲府という外部からのアクセスの悪い小都市で、しかも貧弱なホームスタジアムしか持たないクラブが平均1万3千に迫る観客動員を記録している。同じくFC東京の1万5千、名古屋の1万4千という数字を見れば、甲府の大健闘ぶりは明らかだろう。

ここまでくれば、全国区のクラブまであと一歩。そんなものを甲府は求めていないとは思うが、しかし実際に彼らがJに与えているインパクトは既に甲府ローカルの範囲を超えている。頼まれてもいないが、甲府の「メジャー化」について考えてしまいたい気分なのだ。

実際には、甲府が下部組織や施設を含めたクラブのインフラ整備をして、J1に本当に根を張るにはまだ時間がかかる。当面はJ2降格をなんとか回避することを大前提に、「エキサイティングなゲーム」というキラーコンテンツによって一点突破的にJでの存在感をアピールする選択が現実的だ。
その戦略を推し進めていくと、次に視野に入れるべきは「代表選手の輩出」である。カテゴリーはフル代表がベストだが、五輪でもユースでも良い。Jで素晴らしい戦いをしている今だからこそ、とにかく早く青い代表ユニを着る選手をクラブから出すことだ。千葉はこの3年ずっとああいう素敵なサッカーをしていた。それでもオシムが中央メディアに「発見」されるまで、それはサカオタの占有物でしかなかった。甲府も自分たちのチームカラーをより広い舞台で代理表象できる選手を育てる必要がある。
残念ながら甲府には若い選手が少なく、様々な場で辛酸を舐めてきたベテランたちがチームを引っ張っている。今から林健太郎や、怪我で戦線離脱中の倉貫毅がオシム代表を狙うというわけにも行くまい。率直に言って、個のレベルで強烈なインパクトのある選手となると、バレーくらいしか思い浮かばない。ちなみに彼はまだ24歳。となれば。。。

いや、あまり勝手なことを言うものでもないか。