アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

BEING AND NOTHING

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「親はなぜ学校に行け、というかと言うと、行かないと子供の将来にかかわると思うからです。しかしそういう親には、子供は学校でいじめられて死ぬほどつらい気持ちを正直に言えない。子供には、かわいそうなくらいプライドがあるから、土壇場になるまで言わない。子供が恥ずかしさを忍んで訴えたときは、ほんとうに追い詰められたときです。場合によっては、休学、転校してもいいんですよ」

By 里中満智子


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*義務教育って何ですか?

 いじめは無くならない。ワタクシもいじめられっ子だった経験があるが、残念だが事実である。ワタクシは【以前にも書いた】が、いじめっ子ってのは「コミュニティーの人間関係において力を持ち、順応した勝者」なのである。勝者が反省などするはずがなく、敗者は去るしかないって話である。法律?罰則?確かに決まり事で物理的な被害を抑える事は可能であろう。が、法や強制力を行使し被害を抑えたからといって、いじめられっ子がコミュニティーに順応できるだろうか。いじめっ子やその他のコミュニティーメンバーが受け入れてくれるであろうか。答えは「双方ともノー」である。何も起こらなくなるのは「罰則による不利益を恐れているから」であり、決していじめられっ子を認めたからではないのである。確かに物理的な被害は抑えられるかも知れない。が、ソレが根本的な解決だとはワタクシは思わんのである。


 でもやっぱり抑えないよりかは、何かやった方が遥かにマシなのは事実である。じゃあ例えば【こんな事例】が起きたらどうするのか?ワタクシの提案は「学校なんぞ行かなくていい。勉強は自習かフリースクールか家庭教師でおk」である。義務教育?憲法第26条第2項に書いてあるのは「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」という事しか書いてない→親とかの保護者が「受けさせる義務」は存在するが、子供自身に「受ける義務」は無いのである。ンでもって、その場合親に処罰が何かあるのか?答えは「無い」である。だから「転校を認めない限り学校へは一切行かない。この件に関して一切妥協はしない。義務教育なんかクソ喰らえだ」と学校側や市教委側に一方的に突き付けてやれば良いのである。勉強については上記にある通り自習かフリースクールか家庭教師で何とかするのである。


 問題?全然問題ない。てゆーか、学校や市教委連中が問題なくさせる。大津市の時もそうだったが、この手の連中ってのはテメェの保身しか考えていない。転校させないのも「転校を認める=学校に問題があった事を認め、市教委の指導に問題があったことを認める」というテメェの都合でやってるだけの話である。でもって、ニッポンの義務教育は年齢主義→15歳時の3月31日に勝手に卒業したことになるのである。実際には卒業させるかさせないかは関係者や親などと話し合って決めるらしいのであるが、テメェの保身しか考えない学校や市教委連中は間違いなく卒業させるであろう。万が一卒業できなかったとしても、中学校卒業程度認定試験をパスすればおkである。高校に入ったらまたいじめられる?高等学校卒業程度認定試験(旧大学入学資格検定)さえパスすればおk・・・何でワタクシ、ガキの頃小中高とマジメに学校なんぞ行ってたんだろうなぁ(笑)


*シルビアと遅延反応と拡張現実

 まぁソレはさて置き、面倒くさいから話題を変えよう(笑)

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今更過ぎて逆に珍しいというか何と言うか、シルビアの特集である。安くするため&280馬力規制に阻まれたため、ポテンシャルは非常に高いトコにあるんだけど敢えて未完成のまま発売し、後はオーナーにチューニングという形で託す。コレは第二世代GT-Rの発売戦略として取られた手法だけど、ソレがそのまんまシルビアにも当てはまっていたんじゃないかなと思うのである。だからカネ持ってない若者でも「車体だけは取り敢えず容易&あとはローンで騙し騙し」って購入戦略が立てられたし、伸び代が大きいから弄り甲斐があった&弄れば弄るほどパワーアップしたから楽しかったんじゃないかなと思うのである。今は280馬力規制も既にない&安くしても円高と不況で相対的に高くなってるので、今後チューニングはどうなるのであろうか。


Delayed Reaction

Delayed Reaction

ソウル・アサイラムの6年ぶりの新作&新作よりシングルカットされた"Gravity"である。何ちゅーか、ワタクシは”陰”のある音楽が大好きなのであり、ソウル・アサイラムの「典型的な”陽”の象徴であるアメリカンロックの中に潜む”陰”との対峙」っていうコンセプトが堪らなく気に入ってるのである。だから何ちゅーか、ワタクシはただ明るいだけのポップスやロックが好きではないし、ただ暗いだけのグランジデスメタルも同じく好きではないのである。何ちゅーか「お前ら、自分に正直じゃないだろ」って勘ぐってしまうのである(笑)


『ROBOTICS;NOTES』OPテーマ 「拡張プレイス」

『ROBOTICS;NOTES』OPテーマ 「拡張プレイス」

その点、アニソンやゲーム音楽は”人生の喜怒哀楽”とかいうクソややこしい事を考えず、純粋にエンタメとしてアタマ空っぽにして聴けばいいから楽である(笑)ぶっちゃけた話、邦楽はアニソンとゲーム音楽だけで十分だとワタクシは考えている(爆)今のニッポンの音楽で創造性を感じるのはアニソンとゲーム音楽、あとインディーズとボカロぐらいしかワタクシは見当たらないのである。J-POP?犬にでも食われろである。マジメな音楽、ちゃんとした音楽は昔も今も洋楽が一番である。


*戦わなくちゃ現実と

 話は戻るが、上記にあるようにいじめ問題ってのは「学校に行かない」の一言だけで解決しちゃうのである。でも現実はそうじゃない。何故なら「人間関係の敗者」ってレッテルがこの上なく受け入れ難いモンだからである。いじめられっ子はソレが受け入れられないから誰にも言えないし、親もソレを認められないから子供を学校に行かせようとするし、教育者側もそのレッテルは厳し過ぎるから頑張るように子供と親に言う。そしてコレこそが問題の本質だとワタクシは思うのである。酷なのを承知で言うが、いじめ問題ってのは(最終的には)いじめられっ子本人が何とかしなきゃならないのである。上記にもあるように、いじめってのは椅子取りゲームの勝者が敗者を嬲る行為→椅子取りゲームがある限り、再び椅子を取られて敗者に逆戻りする可能性があるからである。だから根本的解決法とは「いじめられっ子が自力で椅子を勝ち取る」だとワタクシは考えている。


 緊急避難として一時的に逃げるのは良い。が、何時までも逃げるワケにはいかない。いじめられっ子は強くならなきゃいけないし、敗戦から学ばなきゃならないのである。椅子取りゲームを無くす?自発的に行おうとするならば今の人類には早すぎる課題であり、各種強制力を以って行うのならば必ず綻びが生じる。だから理不尽なのは百も承知だが、いじめられた側が譲歩して努力するしか(現段階では)方法が無いのである。理想なら幾等でも何とでも語る事が出来る。が、何とかしなきゃいけないのは今すぐである。で、今すぐできる選択肢は限られている。ならば不本意であってもその選択肢を選ぶしかないって話である。世の中を変えるのは並大抵の事ではない&すぐには達成できないが、自分を変えるのは思い立ったらすぐできるモンである。さて、積みゲー片付けなきゃならないんで(笑)お暇するに限る今日この頃であった。