アスペルガー医師ロンの日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


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2013年03月12日(火) BLOOD, PUS AND GASTRIC JUICE このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


人間の究極の幸せは4つですよ。1つ目は愛されること。2つ目が褒められること。3つ目が人の役に立つこと。そして4つ目が人に必要とされることですよ。幸せの中の(愛以外の)3つは働いてこそ得られることですよ」

By 大山泰弘(日本理化学工業社長


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*滅ばないのが美学

 ワタクシは常々思うのであるニッポン的な”滅びの美学”ってヤツは今一度見直した方が良いんじゃないか、と。ワタクシは滅びの美学自体は否定しない。滅んだその先に命を賭すに値する大義があるんだったら、ソレはソレでアリだとワタクシは思うからである。問題は何かというと、そうでない場合が実に多いからである。昔のワタクシの上司に「自分は頑固者だから」と盛んに言う人がいたのである。でもって、よくよく話を聞いてみたら、ソイツは頑固でも何でもなく、ただ単に人の話を聞かないだけ&物事を柔軟に考える事の出来ないヤツだっただけなのである( ̄〜 ̄)でも本人はその事に全く自覚が無く、他人の意見を「俺には俺のやり方がある(キリッ)」と言って一蹴し、ソイツ除いて周りが別意見で一致しても「ソレでも俺は自分が正しいと確信してる(キリッ)」であり、その結果居場所が無くなってしまっても「俺は頑固者だから、たとえ損すると分かっていても自分を変えられない(キリッ)」である┐(´д`)┌


 当然だが、ソコには滅びの美学もへったくれもない。あるのは変化を受け入れられない自分に対する言い訳と、自分の至らなさから目を背けようとする現実逃避だけであり、ソレを”滅びの美学”という大義名分で外部からの批判を封じ、自分自身の負い目を麻痺させて逆に自己陶酔する。ワタクシが批判するのは、滅びの美学がこういった独り善がりな使い方をされる事に対してである。ニッポンじゃ死体を”仏さん”というように、死はソレ自体が神聖で犯すべからぬモンとされている。だから変化を受け入れる度胸の無いヤツ、自分の至らなさを受け入れられない弱いヤツが、現実逃避の最終目的地として”滅び/死”を安易に選ぶのである。滅ぶ事は悪い事ではないし、死は罪ではないとワタクシも思う。が、思考停止は悪い事だし、現実逃避は罪である。いじめ問題がそうであるが、自殺で終わる物事の顛末が何時だって不毛なのは、肝心な事が議論されないまま終わるからなのである。


*手遅れな人々

 話は変わって、ちょっと興味深いモンを見つけたのである。コレは不登校引きこもりの支援をしてる企業HPからのソレであるが、曰く【40歳まで引きこもっていたら詰み】なんだそうである。でもって【引きこもり男性の26%は、発達障害の可能性が高い】という統計もあったりする。ワタクシもアスペルガー症候群当事者の一人として、今まで色んなタイプの当事者と話をしてきたりしてるのであるが、冗談抜きでこーゆー引きこもりタイプの人が少なくなかったりする(^_^;)こう言っちゃアレだが「ニート引きこもりなのに何故プライドが高いのか」ではなくて、正しくは「ニート引きこもりだからプライドが高くなる」のである。社会や人々に拒絶され続ける自分を受け入れられないから、自我を保つためにプライドという幻想を抱き、人々や社会を見下す事で安心を得るのである。そうすると益々以って外に出られなくなり、自我を保つために更に強いプライドの幻想を抱き、時間が経てば経つほど悪循環が酷くなるって話である。


 ワタクシも時々この問題について意見を求められるのであるが、ワタクシの答えは「働け(未成年の場合は「学校行け」)」の一言である。というのも、いくらレシピ本を何冊も丸暗記してても優れた料理人には決してなれないのと同様に、一人前の社会人になりたいんだったら働く(学校行く)以外の方法は無いからである。何を差し置いても先ずは働く/学校へ行くことが最優先であり、サポートは必要に応じて適時行う。確かに当事者が社会に交わる事は難しいのであるが、引きこもって社会から隔離されたら尚更難しくなるからである。社会的インフラの整備?ンなモン待ってたら10年20年は余裕でかかるし、10年どころか5年あれば十分手遅れになる。だから働く/学校行って、苦労しながら少しずつで良いから、社会経験を通じて人間性を学ぶしかない。コレがベストの選択なんじゃなくて、即効性のある方法論の中で一番マシなのがコレだって言う話である。


 ワタクシは長年社会に出てて、何ちゅーか「社会の本音」ってヤツを実体験してるから、どーしても現実主義的でドライな考え方になってしまうのである。ワタクシ以外にも社会に出て生活してるアスペ属性のあるロンマニアの方々にも話を聞いたが、やっぱ皆似たり寄ったりの考え方だったのである。では「社会の本音」とは何か?コレは人によって色々考え方があるが、ワタクシの答えは「カネ」である(笑)企業が社員に求める一番重要な事は「コイツを雇う事でどれだけの利益会社還元してくれるか」であり、ソレ以外の価値はオマケなのである。身も蓋もない話であるが、残念ながらホントの事である。1諭吉も稼げないキリストと10000諭吉稼げるバラバ。人々の多くは後者を歓迎するであろう。キリストの愛を広めるにはどうすれば良いかって?10000諭吉以上稼げるキリストになるしかないのであり、そのためには犠牲にする”何か”もあるであろう。ワタクシは妥協せずに滅ぶよりも、少しぐらいなら妥協したって生きたい。ただソレだけの話である。


自己肯定感って何ですか?

 世の中の理不尽矛盾を受け入れるけど、交わらない。ワタクシはそう考えている。が、社会に余り出てない人々の意見はまた違うようで、どうやら「世の中の理不尽や矛盾に対し立ち向かうぞ〜(* ̄0 ̄)/ 」ってな感じっぽいのである(^_^;)今話題になってる当事者会の中に「参加者がお互いの良いトコを褒め合う事によりコミュニケーション能力を磨き、自己肯定感を高めていく」ってのがある。そのコンセプト自身は良いモンだとワタクシも思う。問題が何処にあるのかと言えば「批判やアドバイスNG」だという点である。この会は「コミュニケーション不足は社会全体の課題」とは言うが、当事者は”社会全体”に含まれてるはずなのに課題を出すのはNGになってしまってるのである( ̄〜 ̄;)実はワタクシ、この会の集まりには何回か誘いを受けているのであるが、現在に至るまで全部断っているのは言うまでもあるまい。当事者を聖域扱いする事に、同じ当事者として納得できないからである。


 こう書くと「じゃあお前だったらどうするんだ?」と問われるが、コレもまた答えは「働け(未成年の場合は「学校行け」)」の一言である(笑)テメェの至らなさを素直に認めて、直せるトコは最大限直して、出来る事を最大限やり抜いて、そんで目に見える結果を出す。そうすれば自己肯定感なんてシロモノは勝手に出てくる。こう言っちゃアレだが、カネ払って意図的に良いトコを褒めてもらって得られる自己肯定感なんて所詮はニセモノ、砂上の楼閣ってヤツである。褒め言葉ってのは、お世辞抜き損得ナシの状況から自然に出てくるモンこそが真実でありモノホンなのである。そのモノホンの褒め言葉を得る一番確実な方法が「働いて結果や給料を出す/学校行って単位学位を修める」なのである・・・・・とまぁ、こういう事を書くと色んな方面から文句が来そうなので(笑)さっさと撤収するに限る今日この頃であった。


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