ビートたけしとフライデー事件(4)


■波紋


※一部、補足修正しました。補足箇所は一時的に赤字表記にしておきます。


ビート君の気持ちもよくわかる」
時の官房長官後藤田正晴までも口を開いた事件直後の喧騒はたけしが後に語るように「鉄砲でシラサギを撃ったと思ったら特別記念物のトキに当たっちゃったようなもの」だった。
「年配の人から若者まであらゆる層が発言」(朝日新聞)する1億総ホームルーム化していったのだ。
そして、世論は刻一刻と変化していった。

86年12月9日(事件当日)
・午前9時 磯野太田プロ社長が「申し訳ありません。どうか穏便にすませてほしい」と
     宮原講談社編集総務局長に謝罪の電話。
・午前10時 宮原編集総務局長が記者会見。第一回声明文を発表。
言論・出版の自由を脅かす暴挙に対して、断固たる態度で臨む
・午後0時 磯野太田プロ社長、講談社に宮原局長を訪ね、直接謝罪。
・午後1時半 宮原局長、第二回声明文
「今回のたけしの暴挙は、本誌がたけしの事務所側と話し合っている最中の出来事であり、たけし側から取材のルールを暴力で侵したもの」と読み上げる。(事務所側は「話し合ってる最中」と言う事実を否定)
・午後5時 たけしら12人、犯罪の事実を認め反省、逃亡の恐れもないため釈放
・午後6時 宮原局長、風呂中次長を伴い会見。怪我の様子を公開する。
・午後8時 「たけしのスポーツ大将」がテレビ朝日で放送。「おことわり。この番組は11月4日に収録したものです」のテロップが流れる。
・夕方頃 後藤田正晴官房長官「写真週刊誌の取材の行き過ぎもあり、ビート君の気持ちはよくわかる。かといって直接行動に及ぶのは許されることではない」と発言。
翌日には塩川正十郎文相も「最近の週刊誌は刺激もかなり露骨だ。表現の自由が保障されているからといって、それが特権的なものと思ってはいけない。暴力を振るうなどということは、民主主義社会では許されるべきではない。しかし出版社は社会的に容認される限度内の取材をすべき」と発言。

事件直後の世論は「たけしも悪いが、フライデーも悪い」と意見が大勢を占めた。(「フライデーも悪いがたけしも悪い」とする、たけしのほうが悪いとする意見は少数にとどまった。)
解決手段に暴力を使ったことや、それに軍団を引き連れたことは悪い*1が、「フライデー」の取材の仕方や対象こそ問題があり、同情すべきはたけしである、というものだ。
さらに、「言論・出版の自由を脅かす暴挙に対して、断固たる態度で臨む」との講談社側の声明や、自分達の怪我の様子を臆面も無く披露する会見の様子もあって、こんな事件に「言論の自由」云々を持ち出すことに対する批判が大きくなっていく。また、たけし乱入の際、すぐさま警察という公権力に助けを求めたことに対してジャーナリストとして情けないという意見も多かった。


10日以降、各局ワイドショーが事件を取り上げる。概ね写真週刊誌批判が強いたけし擁護の論調。
これまでさんざん芸能人のプライバシーを追い回していたワイドショーが、いずれも"良識派"に転じて写真週刊誌批判を繰りひろげた。(なお、事件以前、ワイドショーなどのテレビ番組は写真週刊誌を「買い取る」形で"素材"として使っていたが、事件後それを取り止めることになる。この措置はつい最近まで続いていた。ただしこの扱う"素材"が写真誌からスポーツ新聞になっただけで本質的には何も変わってはいない。)
その背景にはたけし出演の年末年始特番がズラリ控えており、それらをたけし抜きにするのは営業的損失がかなりのものになる、との計算が働いたものと思われる。世論もそれを支持し「たけしも悪いがフライデーはもっと悪い」とより「フライデー」が悪いと言ういう論調に傾いていった。
が、新聞系マスコミは「テレビも当事者ではないか」と次第にテレビ局批判を始め、それを強めていった。
これを受け、磯野太田プロ社長がたけしを謹慎、発言を自粛させる旨、記者会見。
12日、「フォーカス」*2発売。「フライデー」の言論・報道の自由云々との声明に対し「仰天した」と笑い、「今回の騒動は、取材過程での大失敗といった程度」と総括。そんな騒動に言論の自由など持ち出したら「これこそ、やがて言論・出版の自由がおびやかされ、人権が踏みつけられる事態が招来される」と批判。


14日「天才・たけしの元気が出るテレビ」がテロップ付きで放送。
それまで、ワイドショー等を見た視聴者からの意見は「たけし支持」が圧倒的であったが、この日の放送中から変化し始める。番組が始まると局には電話が殺到。支持と抗議が半々になった。
翌15日、たけし事件後初めて、日本テレビ天才・たけしの元気が出るテレビ」28日放送分の収録に参加
番組では「アレ(暴行事件)はいったいなんだったのでしょう? 悪い夢だったんでしょうか?」「私もしぶといほう。マムシのたけしといわれています」「私がどういうふうに逃げたかは、あとでお知らせします。忍者たけしといわれています」などと笑わすが、支持と抗議の比率が初めて逆転する。
この日本テレビの復帰強行に対して「謹慎を解くのが早すぎる」などと報道陣が押しかけ総出で袋叩きにしている。
さらに16日、たけしと軍団、テレビ朝日「たけしのスポーツ大将スペシャル」の収録に出演。
「人気者なら何しても許されるのか」「警察の処分も決まってないのに、逮捕された人間を使うテレビ局はおかしい」と抗議優位の傾向が強まる。(しかし、この抗議電話=世論というのは完全には当てはまらない。実際、過労でダウンしたけし抜きになった19日の「風雲!たけし城」の放送時には支持派が盛り返し半々程度になっている。)
17日、「ひょうきん族」の収録が予定されていたが、たけしは過労を理由に取りやめる*3
これを契機に、テレビ各局はたけしを番組からはずしていくことになる。


これが事件直後の反応の変化である。
たけし同情からたけし批判にはほとんど行かず、批判がテレビ局に向けられたのが面白い。
一方で、「フライデー」、写真週刊誌に対しては世論、マスコミも含め一貫して批判的である。
                                     (つづく)

*1:また、事件の直接の原因が、娘の取材などでなく、愛人へのものだったことも批判のひとつにあげられた。

*2:事件後には「フライデー」と勘違いされた抗議が殺到したという

*3:代役に「留守番組」のラッシャー板前が起用されたが、その放送であまりにたけしに似ていたことで、「なんでたけしを出すんだ?」という勘違いの抗議電話が寄せられた