構造計算書偽造事件について−Ⅱ

===================================
 構造計算書偽造事件の波紋はあらゆる方向に広がりを見せています。報道を見るにつけ、相変わらず実際の状況とかけ離れた印象を持つコメントも多いので、今回も事件についてコメントしたいと思います。
===================================
 くどい、と思われるかもしれませんがもう一度繰り返します。
 建設現場は自分の現場も他の人のどの現場も、常に強い緊張感の下にあります。工事の安全にかかわる緊張感もありますが、それだけではなく技術者や職人間で、お互いの技量を測りあう緊張感が支配しているのです。仲間から技術が足りないと言う判断を下されたら、全員から相手にしてもらえなくなります。そうなりたくないのでみんな懸命に勉強をするのです。それがいわゆる職人気質(かたぎ)で、今でもそれは脈々と受け継がれています。そう言う意味では日本の建設業界も捨てたものではありません。
 こういう緊張感の下に姉歯建築士の図面が届いたら、それっとばかり、いっせいに疑義の声が沸きあがります。と言うよりそうならない現場はありえません。もしそう言う現場があるとすれば全員が知った上で気付かぬふりをしていたと言わざるを得ないでしょう。しかし、それにしても一人も異論を述べなかったと言うことも信じられません。
 推測するに当初から嫌気が差して抜けていった業者や職人が多くいて、残ったメンバーが起こした事件なのではないでしょうか。
===================================
 イーホームズの社長が建設省の職員は実務を知らないので姉歯設計事務所が提出した構造計算書の間違いに気付かなかっただろう、と述べました。なんとなく言いたいことは分かります。つまり、建設省の役人には確認申請の現場での応対の経験がないことを言いたいのでしょう。
 しかし、私たち建築家に言わせればイーホームズの職員も確認申請の場での図面は見ていますが、苦労して設計した経験はありません。設計した者、施工をする者が見る現場と、検査だけを目的に見る現場では見え方が代わってくるのではないでしょうか。
 実際に現場で数多く鉄筋の配筋を見ていればそのイメージが残っていますから図面を見ても不自然さに気付きます。
===================================
 経済設計(工事費の削減を目的とした設計)は意匠設計で語られる話で構造設計にはそもそも経済設計など有り得ない、とサンデイプロジェクトで田原総一朗が専門家に聞いた話として言っていました。つまり、構造の設計には工事費を削減する方法はないと言うのです。
 いったいどこの素人がそんな話をしたのでしょう。構造計画にも構造設計にも優劣はあります。構造も単なる計算ではなく計画であり、設計であるからです。同じ平面計画で同じ鉄筋量、同じコンクリート量を使っても良い構造設計は悪い構造設計より高い耐震性能を導き出すことができるのです。逆に経済性を重視すれば同じ強度を少ない鉄筋、コンクリート量で実現することもできます。これを経済設計と言わずなんと言うのでしょうか。
 柱と梁による一般的なラーメン構造でも構造計算には様々なアプローチが可能です。どうアプローチしてどういう筋道で結果を導くかが構造設計の専門家の腕の見せ所です。
 そう言う理由から構造設計、構造計算を簡略化したモデル化、マニュアル化、も意味がありません。そんなに単純な話ではないのです。
 逆に構造設計をモデル化などすれば、新しい構造計画を生み出す可能性を疎外することにもなります。
===================================
 イーホームズの藤田社長は、偽装かもしれないと分かっていれば発見できたかもしれないが、新しい工法だと言われればそういうものかと思ってしまう。と言っていました。
 その話には説得力があります。
 鉄筋量が少ない、という指摘をした後に新しい工法だと言う回答をもらったら、なるほどと思ってしまうかもしれません。この世界ではこれまでにも画期的な発想や工法が多く登場したと言う背景もあるからです。
 しかし、万に一つもそのままその設計を認めることはありえません。当然どこがどう新しいのか質問するでしょう。納得できる答がない限り認めることはありえません。また、でまかせでいい加減な説明を見抜けないようならプロとは言えません。
===================================
 構造の経済設計は単純に鉄筋、鉄骨、コンクリートの量に関わる話ではありません。そこには手間も影響してくるからです。
 話を単純にすれば、細い柱と小さな梁をたくさん用いれば鉄筋量もコンクリート量も少なくてすみます。しかし、手間は多くかかるのでむしろ割高になるのです。
 前々号で私は、構造で工事費削減を図るのはあまり賢い方法ではないし、リスクまで背負って鉄筋やコンクリートの量を減らしてもそんなに大きな工事費削減効果はない、と書きましたが、姉歯事務所が作成した構造図で施工すれば材料費だけではなく手間も大幅に削減でき、全体工事費と比較しても大幅な工事費の削減が可能です。
 しかし、あそこまで減らすなどという無茶苦茶な発想は想定外です。
===================================
 経済設計(工事費の削減)を目指すとき、意匠に関わる部分は依頼者の目に触れるので材料などの質を落すことはできない、おのずと矛先は構造に向く、というコメントを聞きました。
 私も特別な事情がない限り常に経済設計を目指していますが、構造に関わる経済設計はそのごく一部です。高価な材料を使わずに美しく心地よい空間を作るところにこそ建築家の技が生かされるのではないでしょうか。大理石など高価な材料をふんだんに使う設計は逆に建築家の敗北ともいえます。ましてや構造設計で合理的な設計を目指すのではなく、単純に鉄筋量を減らす手口で「経済設計のどこが悪い、不経済設計を正しいと言うのか」などと居直るのは論外です。
===================================
 設計事務所はゼネコンやディベロッパーに使われる立場にあるので、生活を考えると言うべきことも言えなくなる、というコメントをテレビで聞きました。
 それはある意味では事実です。ゼネコン、ディベロッパーは圧倒的な資金を背景に活発な営業活動を展開して設計施工による工事の受注を増やしてきたからです。
 本来健全な社会では仕事はまず設計事務所に持ち込まれ、設計を終えた段階で建設会社を入札によって選定します。そうすることによって建設会社と利害で対立する立場にいる施主を、設計事務所が守ることもできるのです。
 建設会社は多くの営業部員を動員し、設計料はサービスすると言ううたい文句で(当然の話ですが設計料は工事費から捻出します。サービスのわけがありません)工事だけではなく設計をも受注し、そのために設計事務所への仕事が激減しました。このメールマガジンでもずっと以前に書きましたが、建築家は宣伝行為をしないと言う不文律も影響しています。
 単純化すれば以上のような経緯で、逆に建設会社やディベロッパーの下について仕事を得る設計事務所が増えてきました。増えてきたと言うより、絶対数で言えば現在、ほとんどがそう言う設計事務所であると言っても過言ではない状況です。
 本来設計事務所は工事の手抜きやミスを正し、建設会社が不当な利益を上げること(施主が法外な建設費を払うこと)を阻止する役割を担ってきたはずですが、設計料の請求先が施主ではなく建設会社である限り、その業務が正当に機能することはありえません。仕事をもらい、金をもらう立場のものが、施主の立場でその業者を指導することなどできないからです。
 極論すれば、私の建築家人生はこういう社会情勢との戦いでした。ある意味で恵まれていたので、私が手がけた仕事は、そのほとんどが施主から直接受注した仕事でした。
建設業者からは、仕事を頼まれたことはあっても仕事をもらったことはありません。(同じことだと思われる方もいるかもしれませんが、建築家と建設業者の正常な力関係が維持されているかいないかで結果は全く違うのです)
 しかし、そう言う立場を維持するために経済的にはかなり無理を重ねてきました。一種の意地のようなものです。性格上絶対に無理なのですが、建築家人生のどこかの時点で建設業者の軍門に下っていれば(そうなれば建築家ではなくなります。建築屋になってしまいます)今よりはかなり豊かな生活をしていたと思います。
 今回の事件の背景に、設計事務所がその機能を発揮できなくなったと言う上記の事情があることを否定することはできません。
===================================
 構造計算書の偽造を最初に発見し内部告発をしたのは設計事務所でした。胸のすくような話で、しかもそれがディベロッパーでも建設業者でも販売会社でもなく設計事務所であったことに同業者として誇りを感じます。もっとも文字通り、その設計事務所は当たり前のことをしただけなのですが。
 内部告発した設計事務所が今後業界で吊るし上げを食うのではないか、仕事の発注をストップされるなどの嫌がらせを受けるのではないかという声も聞かれます。
 しかし、上記の建設業者の下請けをする設計事務所でない限り、業界から締め出される恐れは全くありません。逆に仕事が増えるのではないでしょうか。誰でもこういう建築家に仕事を依頼したいと考えるだろうからです。
 私はかつて建設省(現国交省)のキャリアと仕事上意見が対立し、その仕事から下ろされたことがあります。私に首を言い渡す時、そのキャリア官僚は勝ち誇ったような表情を浮かべ、私がその後業界内で決していい思いが出来ないだろうということを確信していました。たてつけばこうなると言わんばかりでした。しかし、現実にはそれが私のその後に与えた影響は皆無でした。
 本来建築家は伏魔殿のような業界組織ではなく、一人一人のお施主さんと直接関係して仕事をし、業界ではなくそのお施主さんの利益の代弁者であるからです。お施主さんに業界の事情は無関係です。信頼される仕事さえしていれば業界を批判しても仕事がなくなることはありません。
===================================
 この問題に関して国の支援策が発表されました。
 本当にそれで良いのかという疑問が残ります。前号でも書いたとおり、役所の指導不足だと言うのなら世間にある欠陥住宅はすべてその対象になるからです。
 支援はするが、責任の追及は引き続きする、と言う話ですが、責任を抱えている人たちはこの支援策でかなり気が楽になるのではないでしょうか。彼らは一生、強い憎しみや怒りに曝されながら生きてゆく責任もあるように思えるのです。
 また、江戸川区の担当者に、「江戸川区で対象になる戸数はたったの36戸だ、そのたった36戸くらい助けることができるはずだ。私達の人生がかかってる」と叫んでいた女性、今日の建設省の支援策を聞いて「スタート時点の話としては70点をつけられる。これでおしまいなら話にならないが」と言っていた男性にも違和感を感じます。
 国民の税金で支援を受けると言う自覚がありません。
 何も悪いことをせずに理不尽な仕打ちに会うことは誰にでもあります。理屈どおりには行かない、それも人生なのです。とてつもなく理不尽な目に合ったとき、多くの人はそれに負けて自分自身が理不尽な仕打ちをする側に回ります。ですから理不尽な事態は社会にない方がいいのです。
 でも、それを乗り越えてそう言う仕打ちにもかかわらず自己の正気を保つことができた人はこういうとき、前述のような感想は述べません。
 前述の人たちは今までいろいろなものに守られてそう言う仕打ちを受けたことが一度もなかったのだろうな、というのが私の感想です。
===================================
 専門分野での事件ですので書いても書いても書き足りません。
 この事件が風化し、忘れ去られたころになる可能性もありますが、すべてを整理し、分かりやすく書き直していずれホームページに掲載するつもりです。
===================================
 今回の事件で質問がある方はどしどし質問のメールを下さい。
 ご自宅の構造が大丈夫かどうか、検査の方法などについての質問にもお答えします。
 アドレスはここです。
 hykw4a@mail5.alpha-net.ne.jp
===================================
 ホームページ 『住空間』Lloyd
   http://lloyd.zero-yen.com/
 メールマガジン 『建築家が眺望したニッポン』−文化から見る日本人の底力−
   バックナンバー置場とメールマガジンの登録 
   http://blog.mag2.com/m/log/0000150178