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2011-01-01

[]『キック・アス』、あるいはbloggerの話

 お正月はやっぱりヒーロー映画だよねっ。というわけで、仮面ライダーを観るか、ウルトラマンを観るか数分迷った末に『キック・アス』を観てきました。

 女にもモテず、友達は冴えない奴らばかりで、唯一の癒しはコミックカフェとマス掻きというどこにでもいる冴えない少年、デイブ。

 そんな彼はある日友人達にこう問いかける。

「みんなヒーローが好きなのに、なぜ人はヒーローにならないのか」

 彼の問いは友人達からは一笑に付されてしまうが、デイブを馬鹿にしちゃいけない。そう、幼き頃の僕らだってキカイダーコンボイタートルズといったスーパーヒーローに憧れたはずである。誰もが本当はヒーローになりたいんだ!

そして、不良からカツあげにあったときに周囲の人間から見て見ぬ振りをされたデイブはとうとう自分がヒーローになってやろうと決意する。

 そういうわけで、通販でだっさいウェットスーツとマスクを購入し、鏡の前でポーズを決めるなどして一通り満足した後、意気揚々と正義を実行しに街に出るデイブ。そこで車両荒らしをしようとしていたチンピラ二人を発見したデイブは、彼が考えたヒーロー「キック・アス」に変身し、警棒で立ち向かう。

 が、直後ナイフで腹を刺される。

 チンピラ相手にナイフでこんなにぐっさり腹を刺されたヒーローを見るのは、鳥人戦隊ジェットマンの最終回以来だよ、俺!!

 しかし、そのような困難にあいながらもデイブはヒーローであることを諦めなかった。スーパーパワーも持っていなければ、特別なトレーニングも積んでいないデイブは、体の神経がちょっと鈍いし、全身に金属が埋め込まれているので痛みに強いという、たけし軍団向きの体質だけを武器に自警活動に励むこととなる。

 その結果として、たびたび暴力に見舞われることとなるし、時には命も脅かされそうになるのだが、それでも彼はヒーローで居続けようとした。

 キック・アスは正義のヒーローなんだ!

 ところが、そんな不屈の精神を持つ彼もある日、ヒーロー活動をやめようと決意する。

彼女ができたのである。

 デイブはヒーローをやめようと決意したことに関してこのように語る(うろ覚え)。

「なぜみんなヒーローにならないのかわかった。人は愛する人ができた時に大切なものを守っていかなくてはならないんだ」

 なかなかいい感じの台詞じゃないか。こうしたモノローグが、デイブがガールフレンドと街で青姦を一発キメてる時に流れるのである。

 ファック・アス!! ふざけんなてめえ! コスプレして街をさまよってるより、女とオマンコしてる方が楽しくなっただけだろ! 死ね! 死んでしまえ!! そんなことを思ってたらデイブがその後、かなり酷い目にあってしまうので「あうあう、さっきのはジョークだよ、デイブ。死なないでおくれよ。けど、君が死んだら俺の隣に座ってるカップルが嫌な気分になってしまう劇場を去ることになるのでそれはそれで……」とか思った。

 さて、話は変わるが我々ブロガーも、ヒーローに似ているのではないだろうか。

 ヒーローとブロガー? 何を言ってるんだ? 正月だからっておとそとヘロインをキメすぎちまったのか?  HAHAHAHAHA!

などという声も聞こえてきそうだが、以下、共通点をあげていく。

その1 正体を秘密にしている。


貴方は職場や学校の友人知人、あるいは親兄弟のblogをどれほど知っているだろうか? これほど世間にはblogが溢れているのに、書いている人達の素性がほぼわからないのはどうして? オフでリアルにあって電話番号まで交換してるのに、本名を教えあわないのはなんでなの?

 このようにbloggerの正体は闇から闇である。

 もしかすると貴方に「ホットチョコレートとか冬にピッタリだよね(≧▽≦)ウマソウ」*1みたいなメールを送ってパンピーを装っている相手がキ印みたいなblogを年イチで更新しているかもしれないのだ。ピーター・パーカーことスパイダーマンが「貴方の親愛なる隣人」であったように、bloggerも貴方の隣にいるかもしれないのだ。

 もちろん、世の中には人に見せて恥ずかしくないblogを書いている人もいるけど、それは違うよね。それはblogを書いている一般の人であってbloggerではないよね。僕は認めないよ。


その2 何一つ実益を伴わない。

書いていて百害あって一利なしとは言わないまでも、blogをやっていて得るものは非常に少ない。そりゃアフィリエイトでウハウハだったり、面白い文章で人気者にでも慣れれば話は別ってものでしょうが、基本的に得るものはほぼ皆無と考えてよいだろう。おそらく自己満足の域を出ない*2。就職や仕事に利用することも出来なけりゃ、それを使って女にモテることもないし、糞の役にも立ちやしねえ。運が良ければ承認欲求がわずかに満たされるぐらいか。

 bloggerが書いた文章が、誰かを楽しませたり救ったりしている可能性は無きにしも無いが、基本書いている当人にとっては徒労であり、無駄である。緩い連帯が欲しけりゃ、mixitwitterskypeで事足りる世の中。

 blogを書いてる時間を一生懸命TOEICの勉強に当ててりゃ、今頃700点ぐらいは取れていたはずである。数字が生々しくて憂鬱だな、おい。

 古今東西のヒーロー物には、主人公達がヒーローなんて辞めて一般人として生きようとするエピソードがたいてい挟まれている(たいてい思い直してヒーローを続けることになる)。

 こうして時に己の行いが空しくなるという点にて、ヒーローとbloggerは似通っているのだ。

その3 みんなの憧れである!

bloggerに憧れ? ところでbloggerカメムシの違いって何だっけ?」などと言わないで欲しい。あくまでも一握りの存在だが憧れとなるようなblogは存在する。

 正直に言えよ、お前らだって、自分の書いてるblogがたくさんブクマされて、ベストセラー作家になって、紅白に出場したり、AKB関連に関してドヤ顔でコメントしたいとか思ってるんだろ?

 「あんな糞みたいなblogがチヤホヤされて、俺のblogが全くブクマされないなんて、ブックマーカーは目と脳が腐ってる!」などと叫びつつも、本当は奥歯が砕けるぐらいに嫉妬してしまい、自分の記事に一つブクマがつくと、小躍りしたりするのがbloggerの悲しきSAGAであり、業である。

 それにブックマークを気にしないという人だって、アルファブロガーとなって業界人と懇意になったり、アフィリエイトで甘い蜜をすすったり、コミケのサークル入場券を融通してもらいたいとは一度ぐらい思ったりもしたはずだ。

 このようにbloggerとヒーローはみんなの憧れなんだ!

 上に挙げた以外にも、「人知れず悪と闘っている」、「子供たちの味方」などヒーローとブロガーの共通点は多数存在するが、それはともかくヒーローとブロガーがクリソツだということは私の意見には同意をいただけたことであろう。

 そういったわけで、『キック・アス』でデイブ少年がヒーローを辞めようとする姿が、怒りに打ち震える私の目には、私が好きだったブロガー達が辞めていく姿とダブっていったのだ。

 別にブロガーの人々が辞めたのは彼女が出来たという理由に限らない。だが仕事や学業、育児、あるいは日々の雑事といったブログよりも優先するべきことを見つけた結果、彼らは去っていく。基本的には暇を持て余した大学生がスタートさせ、就職して忙しくなった結果、フェイドアウトしていくというパターンが多かった気がする。

 去っていった彼らのブログは、はてなアンテナの下へ下へと海底のサンゴの欠片のように降り積もっていく。

 『キック・アス』で描かれるヒーローは、暇を持て余しているロクデナシか、小学生の娘に銃弾を打ち込むサイコパスか、あるいはその両方だ。

 bloggerもそうした連中と大差あるまい。

 誰もが不毛な更新を続け、そして、まともになった奴、あるいは野垂れ死んだ奴から順番に更新を止めていく。そういうものだ。

 ブログを書くのは、徒労で、無益で、不毛だ。

 しかし、だからこそ僕はあえて『キック・アス』のデイブの台詞を使ってこう言いたい。

「みんなブログが好きなはずなのに、なぜ人はブロガーにならないのか」

 そう、俺はブログが好きだし、多くのブロガーに敬意を抱いている。それは彼らがブクマを集めているとか、アフィリエイトで銭を稼いでいるとかそういった理由ではなく、彼らの書く文章が純粋に優れており、俺を惹きつけたからこそだ。

 そして、俺も彼らのような文章を書きたいと思っていたはずなのだ。時事ネタを拾って、小細工を散りばめてブクマを稼ぐようなブログをやりたかったはずではないのだ。

 『キック・アス』はそうした思いを俺に甦らせてくれた良い映画でした。暴力描写が多少キツい面はありますが、そうしたものに抵抗が無ければ是非お勧めです。

 そんなわけで、今年もよろしくどうぞ。


 あと今年の抱負は、さっさと彼女作ってこんな糞みたいなブログを二度と更新しないで、畳んぢまうことです。

*1:(C)死体性病

*2:人生における自己満足の重要性というものはとりあえず置いておく

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