脳髄にアイスピック このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-21

[]ゲーセンとかけそばと泣ける話とゲラゲラ笑う人達

ゲーセンで出会った不思議な子の話:哲学ニュースnwk

 何だか知らないけど、ここ最近のネット上で流行ってるそうであり、流行を見つければ呼ばれもしないのにノコノコと顔を出して、鼻で笑って帰っていき場の空気を悪くするスタイルの僕ちんですが、これはまあ何だろうね。

 こういう言い方をするのはアレですが、アレですよね。

 一言で言うならばクソですよね。

 いや、だってね貴方、考えて御覧なさいよ。これが仮に本当の話だとしよう。

 だとしたら、自分の彼女が死んだってのに、それをちゃんと伏線を張って感動的ストーリーに仕立て上げ「どや泣けるやろ?」みたいな感じで長々と2chに書き込むような奴なんて心底気持ち悪いし、友達がそんな真似してたら、即座に縁切るよ。薄っぺらいにもほどがあるだろ、そいつは。トルコキキョウじゃないよ、まったく。

 で、これがフィクションだったら、わざわざ実話風に見せかけて「彼女が死んだのでとても悲しいです」なんてチンパンジーでもわかるようなことを長々と2chに書き込んでお涙頂戴誘うような奴なんて心底気持ち悪いし、友達がそんな真似してたら、即座に縁切るよ。辻仁成かよ。センスが無いにもほどがあるだろ、そいつは。ハッケイ島シープリズンじゃないよ、まったく。

 というわけでね、どう考えてもあの話を書いた奴はキモチ悪くて僕には付き合えそうにもないんだけど、こういうことを書くと、あの話で泣いたって人はカチンと来ると思う。少なくとも俺だったら「こいつ死なねえかなあ」と思ってウィンドウを閉じると思うのだけど、まあちょっと待って欲しい。

 さかのぼること約四半世紀。バブル絶頂で日本にお金が一杯あったころ、「一杯のかけそば」という実話風の話が大ブームを起こした。詳しい内容はwikipedia先生にでも聞いてもらうとして、とにかくその話を見て多くの人間がダバダバと涙を流したらしい。

 そんな中で、漫画家とり・みきが「一杯のかけそば」を読んだ時の文章を引用しよう。

 泣かなかった。

 だが、泣く人の気持ちはわかるような気がした。別に泣いたっていいじゃないか、とも思った。問題はその先だ。多くの人が「ああ、自分は泣いてしまった。不覚ではあるが事実は事実だ。ここは厳粛にこの事実を受け入れ、この作品を評価せずばなるまい」と思い込んでいるようなのだ。これが私にはよくわからない。皆あまりに自分の生理現象を信頼しすぎているのではないか。人は梅干しの写真を見れば唾液が出てきてしまうのだ。

 私などそりゃもう恥ずかしいぐらいによく泣く。このあいだは、タイトルも知らない単発ドラマを、終了5分前から観始めて泣いた。登場人物の人間関係も、そこまでのストーリーすらまったくわからないのに、ある年配の役者が発したセリフのひと言に感じ入って涙が出てしまったのだ。これにはさすがの私もあきれ、そして理解した。

 人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。かくして私はモスクワ同様、涙を信じない。

 

 僕も最近では映画の予告を見ただけで、涙ぐんだりしてしまうので、この意見には同意せざるをえない。

 そういう意味ではあのゲーセンの話には涙を搾り取るような仕掛けがあちこちに見られる。ってか難病の彼女が病気で死ぬってだけで、よっぽどの人非人じゃない限り涙を流すだろう。それは別にいい。泣く人は泣いてしまうだろう。

 しかし、だからといって、あの話が出来が良いかというとそんな風には思えないし、あの話を褒める人のほとんどは「号泣してしまった」とか「毎日を真剣に生きていこうと思った」とか小学生の読書感想文みたいな内容ばかりで具体的な箇所を褒めている人はあまり見かけられない。

 一方、あの話を批判する側の人間はガチである。「てめえ、こんなお涙頂戴の安っぽい話で2000ブクマとか稼いで、調子乗ってんじゃねえぞ、カスが!」「スト4に関する描写が適当すぎんだろ! ハイスラでボコんぞコラ!」というギラギラした殺意が見え隠れしている。

 その中でも秀逸だったのが、こちらでまとめられているid:amamakoの感想。

 微に入り細を穿つそのツッコミに、『ここまで過剰反応する方が痛々しい』『「創作だから」という理由で下に見る人も、「オレは泣けなかったわー」とミサワる人も、「それはそれは ご愁傷様です」としか言えませんね。 リアルでも作りでもいいから、「自分の言葉」で人の心を動かしてみろ!』『ここまで言うと怨嗟の念すら感じるけどワロタ。』

 と大絶賛のコメントが多く寄せられていた。

 しかし、あの話を読んで泣いたという人で、彼ほど深くあのまとめを読み込んだ人はそうはいないだろうし、ここまで論評できる人もいないだろう。

 もし、本当にあの作品が素晴らしいと思えるのならば、「泣けた」とか「感動した」という個人的な感情だけでなく、あの話の優れている具体的な部分を指摘して欲しい。それができないなら、ゲーセンの中心でアイでも叫んでいれば良い。

 確かにあれに感動して涙を流した人物が多くいるのは事実だろう。だからといって、その感動は他人からすれば、台所の陰で干からびているナメクジぐらいに無価値であり、そんなもんを御旗に掲げられて、「泣けたからいいじゃん」「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」などといわれても困る。より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう。

 ちなみに私のtwitterタイムラインでもこの話が話題に挙がっていたが、あの話を読んで涙を流した人はほとんど見当たらず、ゲーセンのろくでもない思い出話に花を咲かせていたし、「トルコキキョウ」が一種の面白ワードとなって流通していた。

 みんなあの話を肴にゲラゲラ笑っていたし、俺も愉快な話がたくさん聞けて楽しかった。

 そういう意味であの作者には、素敵なお話をありがとうと言っておきたい。

とり・みきの大雑貨事典 (双葉文庫)

とり・みきの大雑貨事典 (双葉文庫)

 引用したかけそばの文章はこちらに載っています。

名無し名無し 2012/01/22 14:02 とりあえずこいつが気持ち悪くて安っぽい人間だという事は解った。

the_ordinary_ability137the_ordinary_ability137 2012/01/22 15:45 カスみたいな記事を読んでしまった。これで評論したつもりか。

LobotomyLobotomy 2012/01/22 16:30 >名無しさん
コメントありがとうございます!
感動しました!

>the_ordinary_ability137
コメントありがとうございます!
明日から毎日を精一杯頑張りたいと思います!

nanashinanashi 2012/01/22 17:41 泣ける(泣いてしまう)作品と、優れた作品は全く別物だという意見はずっと思っていたことで、とても共感できます。
その意味では「恋空」とかの所謂”泣ける邦画”も全く同じようなものだと思うのですが、インターネット上では「恋空」が叩かれて、「ゲーセンで出会った〜」が感動の大作とされてるのは、なんだかこれを喜んで読む人の「童貞性」が際立つようで、何だか気持ち悪い気もします。(「恋空」は”リア充”が”病気”になって”セックス”して”愛”確かめて死ぬ、「ゲーセン〜」は”非リア”が”病気”になって”セックスはしない”けど”愛”を確かめて死ぬ)

わんわんわんわん 2012/01/22 18:46 別にあの話を見て感動するピュアな人間はそれはそれでいいと思うんだけど
普段ケータイ小説バカにしている人間がオタク向けのフォーマットに変換されただけの話を盲目的に持ち上げてるのを見ると腹パンしたくなります☆

t 2012/01/22 19:42 結局、「すぐれた話」、「素晴らしい話」っていうものをどう定義するかによってくるのかなと感じました。話の組み立てや技巧、込められたメッセージの意義みたいなものを評価軸にすることももちろんアリだとは思いますが、表現行為というものの本質は、自分以外の人間に情報を伝達して、なんらかの影響を与えるというところにあるのだと考えれば、その理由がどうであれ、多くの人の感情を揺さぶったという結果を評価軸とすることもおかしくはないのではないかと。

apollo440apollo440 2012/01/22 22:54 まぁキミ、あれだ、歌の詞で泣くようなもの、とか考えてみれば?
2chでは作者のテンポに沿って進むのと、投下した話の前後には、TVのテロップよろしく、見てる人々の感想が挿入される。その影響によって人は文章の断片だけ取り出して自分に都合のよい物語を構築してしまう。前の文章なんて覚えちゃいない。で、一部の斜に構えたような人以外は、自分で自分の補完した物語に感動しちゃうって訳だ。(あ、自分は途中で飽きた人です)

掲示板は小説とは違うって事を認識しないと。
あ、逆に掲示板は便利って事かもね。

みどりみどり 2012/01/22 23:22 心の中の弱っている部分に触れられると泣いてしまうというのもありますね。
自分の中身を見透かされるようで、「あの作品で泣いた」なんておいそれと言えるもんじゃないです。

あ 2012/01/22 23:59 投資の世界だと余計な感情は
完全にマイナスに働く。感動する人はギャンブルするな。
絶対に失敗する。

名無し名無し 2012/01/23 00:56 まとめブログのコメント欄などを見ていて、感動されている人々が批判意見へ逆上する様子から
泣くという行為の聖域化というかこの妙な地位(?)について考えてしまいました。

涙を流したという身体反応にとても重い価値が置かれているんですよね。
それは思い出してみると小学校、いや幼稚園の教室から続いていました。
人の涙をからかおうものなら先生にも激怒されましたし、女子を泣かす男子は重犯罪者そのものでした。
今回このゲーセン女のお話とその感想を読んで、日々の大切さよりも前にまずそれを思い出しました。
この涙ファシズムって他の国でもあったりするんでしょうか。

もう一つ気になったのが、創作だろうと感動できたからいい、という800個くらい見た文言でした。
創作指摘に対する防衛からの発言なのかと最初思っていましたが、
「感動した事実こそ正義」という風潮もやっぱりありますよね。小学校時代の国語教育かな??
これってカルト団体や怪しげな自己啓発セミナーが多数跋扈してる現状の遠因でもあるんじゃないかとも
思ってしまいます。

とりみきさんの引用といい、こちらの記事は大変参考になりました。

ななしななし 2012/01/23 08:54 そもそも創作物の優劣を単線軸(ないし幾つかの、少なくとも優劣を決せられる軸)で論評できるという前提の方がおこがましいのでは?
泣けたから評価できる、の筋は確かに認容し難いですが、かといって挙げられている論評もどうとも思わないなって感じです。
あとまぁ、みんなが持ち上げるものを蹴ってるものを持ち上げる時も何らかの感情的な作用が働きますよね。
自分自身は結局論評って難しいね、っていう程度のことしか言えませんが。個人的な感想としてはよくある泣けるコピペの一つかな、と。文章は嫌いじゃないけどちょっと長かったかな、というくらいの「感想」です。

ななしななし 2012/01/23 09:12 まぁ相手方の分かりやすいエゴが嵩張ってるとそれに対向する自分のエゴも隠匿されやすく、自覚されにくいので、携帯小説と同じく僕には論評できないなと思ってます。自制心がないものでw
まとめについてはよくある泣けるコピペの一つだな、という感想で、みんな騒ぎすぎじゃね?と思ってますが、引用されてる論評も自己陶酔バリバリで割りとみっともないと思いますよ。

は 2012/01/23 10:26 ゲーセン話、鬱陶しいから読んでないけど、何かこの信者とアンチって空気は既視感ありまくりで一言。
んー、何で「ゲーセン話で感動するとかクソ」派の人々は、「じゃあ自分たちは何でキレてるのか?」を言語化しないの?
理由は簡単。嫉妬なんだよね。
自分がクソと判断したものが、不当にも持ち上げられてるのが、非常に癪だと。
ムカムカすると。
ネトウヨが韓流叩くのと同じだし、
AKBや電通が嫌いのと同じだし。
それが電通ほど影響力が無くても、自分の周り、はてブとかTwitterとかTumblrあたりで話題になっていい気になってるのが許せないんだよな。
そしてあれこれ理屈つけて、「作品批判」から「作品の信者批判」にシフトする傾向。
信者同士、アンチ同士で群れ合い始め、互いに溜飲を下げるって構図。
目新しさゼロの現象じゃねーか! 「僕は貴方達よりももっと斜に構えてミサワイズムを貫徹します」って態度がたらねーぞクソども

見透かされすぎ見透かされすぎ 2012/01/23 15:42 「より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、
我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう」

これが「僕ちん」の怒りと恐怖なんだろうね、すき家の中盛食って、うめー!とか言ってる味障と、
食材を吟味してコストをかけてる俺との幸福享受が等価なんて許せない! 例えるとこんな感じか。
自身の感動の敷居の高さを誇り、他者を貶める貴方の下劣さとコンプレックスがビシビシ伝わってきて
そういう意味でまあ面白かった。

 2012/01/24 07:59 私がこの話で怒っているのは、(本当の話だと仮定して)現実の死を泣けるエンターテイメントにしたことです。これが作り話だったら、おそらくここまでイライラしなかった。あーありがちな陳腐な話だなーこういうの好きなひと多いよねとげんなりしつつ、何も言わず終わっていたと思います。これ読んで感動した人は、ケータイ小説を馬鹿にできないよとは確かに思いましたが。これポプラ社の真央ちゃんの本のポスターの件を思い出しました。あれもお母さんの死をおそらくは感動の装置の一部として、宣伝しようとしていたわけですよね。確かにそんなことをした出版社は批判されるべきですが、そういった人の死に感動する、泣ける消費者が決して少なくないということのあらわれだとも言うことができます。あと嫌なのは、こういった話を好きじゃないと言ったり、批判する人のおおげさにいえば人間性を疑うような空気が流れること。確かにあれは一種のファシズムですね。

yukky0018yukky0018 2012/01/24 21:15 いつもブログ楽しみにしてます。今回珍しくコメント多いですね。

enen 2012/01/25 23:09 谷川俊太郎の詩の一節に
「美談は泣きながら疑うことを誓う」というのがあって
まあ、うまいこと言えないんですが
『年頭の誓い』は口角が上がるくらい好きな詩ですイヒヒ

@@ 2012/01/25 23:16 >は
作り話にコロリと騙される人って、要するに扇動しやすい人で、そんなんでも一応一人の人なので投票とかではきっちり重みを持つわけですよ。そういう流されやすい・騙されやすい連中がドドーッと流された結果に巻き込まれたくない・巻き添えくらいたくないから、お前らもっと冷静になれよ、頭冷やせよ、って言ってるんですよ。

今流行りのステマなんかもそうでしょ。ソースにあたらないくせに、恣意的に編集された記事を盲信して拡散しまくる連中のおかげで、言いたい事も言えないような事態になったわけで。迂闊なこと言うと、扇動された連中がウンカのごとく押し寄せて、数の暴力で叩き潰しに来るから。

これにもの申してる人ってのは、アホとはいえ無視するわけにもいかない程度の影響力はあるから、もっと賢くなれって言ってるんだと思いますよ。

なんとなくなんとなく 2012/01/27 13:43 感動したひとって、感動したことに自信がないのかな とは思う
冷やかしを言われると猛然とキレてきっつい口調で訂正を求める、みたいなことが結構ある
悠然と構えてればいいんじゃないすかねー。評価が一色しかない状況の方が、自分は怖いけど

マハザンマハザン 2012/01/28 00:24 こちらのコメント欄も大絶賛の嵐ですね!!!

作品に対して評価をつけるなら、せめてどこが良いのか・悪いのかぐらい把握してから書けやハゲ
ってことですよね。
さらに人様の評価にケチをつけるというなら、
欠点を示した上で改善策を示す
ぐらいは当たり前だと思っております。

オウム真理教のくだりはニヤッときました。

名無し名無し 2012/01/29 07:50 僕も「ゲーセン〜」のお話に一抹の「気持ち悪さ」を感じるものです。
愛する女性が死ぬというストーリーの普遍的な悲しさに関してどうこう言うつもりはありません。とても共感できるものでした。

問題は話の内容の水準ではなく「ふるまいの水準」や「パッケージングの水準」です。それはamamakoさんが声高に否定するような、「オタクの実存肯定ツールの匂い」とでも言いましょうか。
「ゲーセンでオタク・ジャーゴンを語れる不思議ちゃんとともに過ごす甘い時間と、死による強制終了」は、それ以降の「リア充実とともにあるシビアな大学生活や就職現実」へ向かうのではなく、甘ーいオタク・マトリクスを延命させてくれるように機能しているかのようなのです。
そりゃ「この話を聞いて明日から精一杯生き」たくもなるんだろうなー。マトリクスの中で。

感想感想 2012/01/29 17:25 大多数の人は「2ちゃんのお話」という前提があるので、テレビドラマや小説を消化するのとは違い、フィクションとノンフィクションを曖昧にしたまま読む。そして読み終えた後も結局本当の話かどうか分からない、これがポイント。そこで読者は自分に都合の良い解釈をする。うまく言えないけど「実話性」という要素残したままに「物語性」として機能する感覚?ありきたりな病気の彼女が死ぬという設定でも「本当かもしれない実話性」と「フィクションであってほしい物語性」が共存する。だから非凡なお話であれ文章に付加価値が表れる。脊髄反射的に感想を書き込めばやっぱり「感動した」みたいな意見が多数をしめるのは分かるかな。でもまともにフィクションなら?ノンフィクションなら?と区分けしてあの作品を批評すればクソと評価する点もわかる。まぁ作者がその曖昧な部分を狙ってやっているのであれば結構成功しているからありなのではないでしょうか?あまり深く考えないでサラッと読んだ人の楽しめる的な感じですね。一般大衆向け

のりおのりお 2012/02/15 11:40 検索からモゲマスの記事に来て、なかなか面白く書く人だと思ってこの記事も読みましたが、ちょっとがっかりでした。ゲーセンの書き込みですが、お話は楽しめたし泣いてしまったという意見はある一方、誰も作品として評価できるとは言っていないのに勝手に噛みついている形になってしまっているのが。。。
あのストーリーが実話だとして、たかだか大学生くらいの年齢の方なら非常につらい思いをしたときそれを周囲に言いたくなってしまう気持ちは解らなくもないです。それを気持ち悪いというのなら、私は何でも斜に構えて否定的に見るような人間の方が気持ち悪いと思うしお付き合いしたくないと思います。
私も昔、携帯小説が流行っていたころ"携帯小説(笑)"といって鼻で笑っていました。でも今は面白ければそれでいいと思っています。文学的に優れていると言ったらそれは批判を受けるでしょうけど。

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証