いとうみきおを良く知らない人のための『月曜日のライバル』の話。
前回までのあらすじ
知人の編集さんから、いとうみきお先生の最新単行本の見本誌が出たと聞いたのですが、私としては「なるほど〜犬紳士さんには献本しておいた?」程度しか伝えることはなかったといいます……。
— 四海鏡 a.k.a. ホンナタカヒロ (@shikaikilyou) 2018年6月14日
…………なぜ?
と思ったら本当に献本が来た。
…………なぜ?
理由はよくわからないけど、頂いた以上はさりげなくステマの一つや二つをするのが世の習いなのでしょう。
美しき国日本の伝統、忖度!
ところで、あてくし今度お寿司を食べたいのですけれど…………。
このマンガがすごい! comics 月曜日のライバル メガヒットマンガ激闘記 1 (このマンガがすごい!Comics)
- 作者: いとうみきお
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2018/06/22
- メディア: 単行本
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というわけでいとうみきお先生の久々の新作である。
いい歳したジャンプ読者には結構なじみ深いものの、特定の世代より下の読者は全く名前を見聞きしたことないかもしれないいとうみきお先生である。
そしていとうみきおという漫画家について、そして『月曜日のライバル』という作品について話すためには、まず当時のジャンプの話をしなければならない。別にそんなことはない気もするけど、せっかくこの作品に描かれている時代をリアルで目撃していた世代なのだから、当時の読者視点からいくらか書き残しておいた方がいいだろう。
時は1994年、まさに週刊少年ジャンプの黄金期、そんな時期にジャンプの歴史に名を遺す一つの連載が始まった。それが和月伸宏の『るろうに剣心』である。明治初頭という当時の少年漫画では珍しい時代設定や、やや少女漫画チックな絵柄など、当時のジャンプではある意味異色な作品とも言えたのだが、魅力的なキャラクターの数々や迫力ある戦闘シーンが好評を博して、人気漫画ひしめくジャンプ黄金期の中を生き残り、連載枠を勝ち取る結果となった。
しかし和月伸宏先生が台頭するのとは裏腹に、『幽遊白書』『ドラゴンボール』『スラムダンク』といった人気作品が立て続けに終わっていき、ジャンプの売り上げは急下降、一時は『GTO』『金田一少年の事件簿』を擁するマガジンに売上が抜かれることに。これが世間でいうジャンプ暗黒期というやつだ。
暗黒期とはいっても『るろうに剣心』や現在アニメ放送中の『封神演義』、5部のアニメ化も決定した『ジョジョの奇妙な冒険』はあったし、『幕張』は宇宙一面白かったし、当時の一少年としてはそこまで暗黒という気もしなかったのだが、上の世代からすると知っている漫画が次々に終わっていくのは雑誌から離れるちょうど良い機会だったのだろう。
しかし、人気作品が終わるということは、新人にチャンスが回ってくるということを意味する。そんな中である若手漫画家たちに注目が集まる。
『鬼が来たりて』のしんがぎん、『仏ゾーン』『シャーマンキング』の武井宏之、そして言わずと知れた『ONE PIECE』の尾田栄一郎、彼等に共通するのは皆和月伸宏先生の下でアシスタントを経験していたということだ。このことから読者に「『るろうに剣心』のアシスタント出身は凄い」という評判が立ち、一部の間で彼らは『和月組』と呼ばれるようになる。
そして、その 『和月組』から満を持して登場したのがいとうみきおだ。『ONE PIECE』のコミックのおまけコーナーなどでも言及されており、当時の読者は「いったい彼はどんな漫画を描くんだ、和月伸宏のアシスタント出身だからきっと凄い漫画を描くのだろう」と興味津々だった。そして始まったいとうみきお先生の連載デビュー作『ノルマンディーひみつ倶楽部』! 気になるその内容は…………まあ、普通。
決してつまらないわけではないが、凄く面白いわけでもない。そういった感じの内容で、雑誌の後ろの方で約一年間連載が続いたものの、打ち切り。ジャンプで連載枠をキープし続けるのは漫画業界の中でもっとも困難なことの一つなのだ。その後も『グラナダ -究極科学探検隊-』『謎の村雨くん』と連載が2本スタートするもどちらも一年持たず打ち切り。これ以降、いとうみきお先生の作品がジャンプで連載されることはなかった……。
それからあまり消息も知られておらず、一時は死亡説なんかも流れたりしたのだが、そんないとうみきお先生がなんと宝島社でWEB連載を始めるという! しかもその内容は尾田先生や武井先生ともにアシスタントをしていた当時の話を題材にしたもの。
つまりはいとうみきお版『まんが道』だ! ジャンプの売り上げが大きく上下する激動の時期の話でもあり、あの人気作家たちの知られざる若き日の姿が描かれるというのだ! こんなの絶対面白いに決まってる! 「この『まんが道』、手塚先生ポジションの人が現在進行形でまずいことになっているけど大丈夫?」という不安もあるけど、そこはあまり気にしないようにしよう!(2018年6月現在、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚・北海道編-』はジャンプSQ.で無事連載再開されました。よかったですね!)
そしてついに公開された『月曜日のライバル メガヒットマンガ激闘記』! 無料のWEB連載ということで物のためしに読んでみるかと、かなりの注目が集まった! 僕のtwitterのTLでも多くの人が読んでいた! そして気になる世間の人々の感想は……!
「最初の3ページのノリがキツい」
うん、そうだね、確かに必要な前振りかもしれないけどちょっとキツかったね。
ってかわざわざそんな言い訳がましくしなくても……。
月曜日のライバルに求められていたの、このぐらいの思い切った潔さだと思う。 pic.twitter.com/pXVFOhVMX9
— 犬紳士 (@gentledog) 2018年3月9日
(当時の僕の感想)
けど、一番キツイのは最初の3ページだけだから……その後はそこまでキツくないから……。ってか、あれだな、このステマもう失敗してんな!
そんなわけで始まったいとうみきお先生の新作ですが、今のところわりとオーソドックスなマンガ家アシスタント物語といった具合である。漫画家デビューを目指す青年が、プロの漫画家のアシスタントとなり、そこで後のライバルとなる仲間たちと出会っていくというのを、実際の経験に基づいたアシスタントあるある的な小ネタや、作中に登場する漫画家のパロディなんかを挟みつつ描いていく。一巻の時点ではようやく登場人物が出そろったところだ。
普通に展開するのなら、きっと彼らはこの後才能を開花させて、和月先生の職場から巣立っていき、プロの漫画家として活躍するのだろう……と思うのだが、しかしここである問題が浮上してくる。
「けど、この主人公、みきおじゃん……」
他の漫画家の自伝的漫画、たとえば『まんが道』で満賀と才野が〆切りに間に合わず大手編集部のほとんどから仕事を切られても、『アオイホノオ』で焔がどれだけ調子に乗って上から目線になろうとも、我々は安心して読むことができる。なぜなら読者である我々は彼らが最終的に成功を収めるのを知っているから。一方この作品は…………。
だって、いとうみきお先生って『まんが道』で言ったら、藤子や赤塚や石森じゃなくてどちらかと言えばテラさんのポジションじゃないですか。
いや、もちろん週刊少年ジャンプで連載を持つだけでも物凄いことだってのは今更僕なんかが言うまでもないことですが、タイトルに『メガヒットマンガ激闘記』と入れるほどメガヒットはしてないんじゃないかなって……。
そんなわけで、今は凄く正統派熱血漫画家物語になっている『月曜日のライバル』。けど正統派な分だけに「このノリでデビュー後の展開やるのはキツくない……?」という不穏さはつきまとう。不穏と言えば、ギャグっぽく描かれてるけど和月先生の仕事場ブラックすぎない……?
しかしその不穏さが面白いのである。
主人公であるいとうみきお成年がアシスタントの先輩として、後のライバルとなる後輩アシスタントたちに漫画に対する熱い思いを見せたり、プロ意識の高い言葉を放ったりして、正統派の主人公らしい姿を見せても、その後に起きることを知っている我々は「けど、この人、この後……」となってしまう。
何と言うか、アメリカン・ニューシネマの序盤を見ているような感じというか、『ひぐらしのなく頃に』の部活のシーンを見ているような感じというか……。
少年漫画風のタッチで描かれる漫画家の自伝風漫画でありながら、読んでいる読者が自然と不安や心配な気持ちになってしまうという不思議な作品。これはまさに今のいとうみきお先生のポジションでしか描けない代物であろう。つまりは唯一無二の一作なのである。
ただ冒頭で「このマンガはドキュメンタリーではない!!」と作者が直々に宣言しているので、実際この先どうなるのかわからない。
もしかすると『ノルマンディーひみつクラブ』が超メガヒットして、『ONE PIECE』、『仏ゾーン』、『ノルマンディーひみつクラブ』がジャンプの新三本柱に君臨する世界が描かれるのかもしれない……これはこれで。
そういったわけで、いとうみきお先生の新作『月曜日のライバル』である。巻末の次巻予告を見ると、どうやら今後は尾田先生や武井先生のエピソードがもっと描かれたり、鳥島編集長らしき人が登場したりするようなので、「あっ、みきお先生の話は別にいいんで、もっと尾田先生や当時のジャンプの裏話をしてくれませんかね……」という人も安心してほしい。
あとコミックの体裁をジャンプコミックスに寄せているので、書店の人はさりげなく平積みしている『ONE PIECE』の隣に置いたりすると良いと思う。
というわけで、ある意味一番先が読めない漫画家漫画である『月曜日のライバル』。もし、この紹介で興味を持った人がいたらとりあえずWEBの連載を追ってみるといいのではないでしょうか。なんてったって無料ですからね。
あと、あれですね、今後宝島社から僕の方に献本や連絡が来ることはなさそうですね。