倫敦橋の番外地 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-02-25

茶番

辞書をひいてみた。

ちゃばん 0 【茶番】

(1)茶の接待をする人。

(2)〔江戸時代、芝居の楽屋で茶番の下回りなどが始めたからという〕手近な物などを用いて行う滑稽な寸劇や話芸。

→立茶番

→口上(こうじよう)茶番

→俄(にわか)

(3)底の割れたばかばかしい行為や物事。茶番劇。

「とんだ―だ」

三省堂 国語 辞典

つまりは本来出るべきではなかった人が、舞台に上がっている状態。


何故ことのは問題が、泉氏・松永氏だけの問題に限定して収拾しなかったのだろうか、素直に不思議だと感じている。

umeと名乗る人物が「事実無根の噂のため失職した、訴訟も辞さないので連絡先を教えて欲しい」という趣旨で登場したことが、これほどまでにこじれてきた原因だと、私は思っている。 たとえ、誰かがいろんな人脈を使い裏工作していたとしても、裏方に徹していたのならば芝居の幕は下ろせただろうに、と思う。

 ネットジャーナリズムの問題から、手慣れた(?)「現・元オウム信者と社会の関わり」問題の方にシフトしようとしたのだろうか?


ume氏のいうところの「黒崎氏が流した事実無根の噂」とは、具体的になんだったのだろうか? もう1年以上も「証拠保全のため」にログが残されているようなのだが、いまだに不明確だ。 「事実無根の噂」よりも、ことのは問題発覚以前からのGrip Blog批判のため、報道機関設立計画が不調になり、そのため黒崎氏へ八つ当たりしたようにも見える。


そもそもは泉氏の「稼げるジャーナリストになりたい」願望があり、それが不調になるとume氏の失職問題が出てくる。 そして最近の松永氏への「業務妨害」という流れ…


……やれやれ、と思う。

トリル氏の交渉手腕

このblogのコメント欄から抜粋

# LondonBridge 『

泉さん・umeさんが質問に答えず、松永さんが彼らを代弁しているのではないか? と思うことがしばしば。

その積み重ねが「黒幕説」疑惑の心証を形成していくのだがなぁ。

「おまえ等の不始末や沈黙の所為で、わいが疑われとるんや。 おまえら、とっととワシの黒幕説を否定してこい」と泉さん、umeさん達に言った方がいい。』 (2007/02/02 16:12)


# トリル 『泉さんは兎も角、umeさんへその様な要求ができる立場ではないと思うよ、松永さんは。

umeさんはウェブ上では語ってなかったけど、松永さんがその様な事情があるにもかかわらず泉さんに不用意に関わり「過ぎた」事を怒っていたし、もう巻き込まれたくない・生活を守りたいという一心だから。

倫敦橋さんの言う事も分かるけど。

大体全然「完成品」でもなかったし、報道機関構想。

黒さんが言うように「会っても無駄」という感じは良く分かる。

少なくともギャラリー的にはそうなるだろうと思う。

当人達は少し落ち着けると思うけど、そういう価値・意味なんだろうと思う。』 (2007/02/02 16:50)


# matsunaga 『だって私のことを絡めて言うんだもの。

関係ないところには答えてないはずだし。』 (2007/02/03 01:57)


# LondonBridge 『umeさんこそ「黒幕と噂」されているのだから、生活を守りたいなら、何か発言すべきなのだがなぁ。

黒崎さんへの訴訟を、正式に諦めたとか云々だけでもいいのに。』 (2007/02/03 02:22)


# トリル 『>何か発言すべきなのだがなぁ。

そいつは少々くどいほど伝えた。

同時に地雷にいつまでも怯える可能性が残るとも。

自衛手段は取っているようよ。

いつまでそうするのかは知らないけど。

まさか余生をずっと臨戦態勢で過ごすとも思えないのだけど。

>正式に諦めたとか

umeさんにしたら逆なんだろうね。

自分に火の粉が来ないなら、わざわざそういう事はしない、と伝えて来る事はあるかも知れないけど。

黒さん、仄めかしはしても自分から明確にそういう事はいわんでしょ。

ところで、倫敦橋さんは黒さんとリアル知り合い?って事はあるのでしょうか。

当初から気になっておりました。』 (2007/02/03 02:45)


# matsunaga 『>それだけじゃ泉さん・umeさんの件は解決しないでしょう

別にその二人の件を解決するためじゃないから。私は自分のことを何とかしたいだけです。

umeさんの件は本人が動かないとどうしようもないし。』 (2007/02/04 10:40)

# matsunaga 『umeさんに対するアプローチは、私はできることはやったと考えています。

それを問題にすることをやめたらいいんじゃないかと思いますが。』 (2007/02/05 10:26)

トリル氏は、ume氏が何かの行動を起こすことが問題解決のために必要だと考えておられるようだが、残念ながらume氏の説得には失敗した模様。

現在は松永氏の為に奔走しようとしておられるようだ。

http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20070217#c1172217847

ume氏と連絡を取りながら、湯川氏や他の関係者と接触して何をする予定なのかな。

「黒崎氏がネットに書いた事に問題がある。謝罪して訂正・削除しなければならない。私たちが代わって訂正・削除をするから謝罪・削除交渉依頼状を書け」と迫るのだろうかな。

藤原新也オウムに関して発言した日記を密かに削除

黄泉の犬

黄泉の犬

この本の中の記述についての読者からメールでの質問と、その返事が掲載されていた2006年11月19日の日記が、なんの説明もなく削除されていました。

詳細な反論が滝本太郎弁護士blogでなされており、直接メールも送られています。

それが削除の理由なのかな?

2006/11/29 「備忘録 黄泉の犬」  http://sky.ap.teacup.com/takitaro/333.html

2006/12/27 「再び「黄泉の犬」について。」 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/347.html

2006/12/27 「「黄泉の犬について−3」」 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/348.html

2007/1/2 「藤原新也さんに」 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/351.html


この件は後で、もうすこし詳細に書くつもりだが、いつになることやら…

倫敦橋の隠れ里:カテゴリー藤原新也」 http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Category/12/

2007-02-23

エゼキエル書 / 第16章 32節 〜44節

お前は、自分の夫の代わりに外国の男と通じる淫行の妻だ。

すべての娼婦に対して人は金を払う。ところが、お前はすべてお前を愛する者に、お前の方から贈り物をし、賄賂を贈り、姦淫をするために人々を四方からお前のもとに来させる。

お前の姦淫は他の女たちとは逆である。だれも、お前を誘って姦淫したのではない。お前が報酬を支払われるのではなく、お前の方から報酬を支払っているところが逆である。

それゆえ、姦淫の女よ、主の言葉を聞け。

主なる神はこう言われる。お前が、愛を求める者と姦淫するために、欲情を注ぎ、裸をさらしたために、また、すべての忌まわしい偶像と、それにささげたお前の息子たちの血のゆえに、

わたしは、お前がもてなしたすべての愛人たち、お前の好きだった者も嫌いだった者もすべて集める。わたしは彼らを至るところからお前のもとに集め、お前の裸を彼らにさらす。彼らはお前の裸をくまなく見る。

わたしは、お前を淫行と流血のゆえに裁く。また、怒りと熱情をもって、お前の流血に報いる。

更にわたしは、お前を彼らの手に渡す。彼らはお前の祭儀台を倒し、高い所を破壊し、お前の着物をはぎ取り、美しい飾りを取り去ってお前を裸にする。

彼らは群衆を駆り立ててお前に向かわせ、石を投げさせ、剣で切りつけさせる。

彼らは火でお前の家を焼き、多くの女たちの見ている前でお前を裁く。こうして、わたしはお前に姦淫をやめさせる。お前は二度と報酬を支払わない。

わたしがお前に対する怒りを静め、わたしの熱情がお前から離れるとき、わたしの心は休まり、もはや怒ることはない。

お前が、若い日々のことを思い起こさず、これらすべてのことでわたしを怒らせたので、わたしもまた、お前の行いを頭上に報いる、と主なる神は言われる。お前はすべての忌まわしいことに加えて、この悪事を行ったではないか。

お前についてことわざを語る者は、すべて、ことわざを用いてこう言う。『この母にしてこの娘あり』と。

オウムマスコミ対策(攻撃)など  裁判記録より

麻原公判 第25回 岡崎一明証人 検察官主尋問(97・2・13)


検 マスコミに、教団として何かしようと言うことはなかったのか。

― 平成元年10月上旬から中旬にかけて、上祐・杉浦実と私が麻原の命令で、サンデー毎日の編集部へ行って「連載の中止と謝罪文の掲載」を要求・交渉をしました。

検 連載とは。

― 10月2日発売のサンデー毎日に、オウムを誹謗する記事が載っており、第1弾としてあったので連載されると思った。

検 その記事を読んだのか。

― 発売当日、道場で読んだ。それ以降は自分で買って読んでいる。

検 新聞や雑誌を買うことが出来たの。

― 選挙運動で、党員獲得や選挙アピールの責任者だったので外出する機会が多く、買うことが出来た。

検 交渉の結果は。

― 編集部に行き編集長代理と交渉したが、結果は決裂でしたのでビラを作って撒きました。

検 ほかに指示はあったか。

― 毎日新聞社爆破の検討を指示された。サティアン4階の会議室に麻原・村井・早川と私の4人で集まり相談しました。麻原は「サンデー毎日毎日新聞社の4階にある。毎日新聞社に打撃を与えるのが効果的だ」と言った。村井は「トラックに爆弾を積んで、ビルの地下駐車場で爆発させれば効果がある」と言っていた。

  私と早川は麻原に「地下に車が入れるかどうか調べてこい」と下見を指示されました。その日か次の日に下見に行きましたが、チェックが厳しいので入れませんでした。麻原には早川が報告しました。村井は「爆弾が作れない」と言い、計画は消滅しました。麻原の指示かどうかはわかりません。

検 テレビ番組については。

― TBSの番組を潰すという話があり、麻原が上祐・早川に指示していた。後はよく知りません。

検 マスコミオウム批判と坂本弁護士のつながりは。

― マスコミ報道は、被害者の会からリークされていると思いました。

検 そのことが、坂本事件の原因のひとつと思うか。

― はい、そう思います。

検 7年以上前の事件を、はじめから終わりまで、かなりよく記憶しているが。

― 事件から3ヶ月たってオウムから脱走し、脱会しました。それから6年の間、忘れようにも忘れられない事件だったからです。

検 事件について、今どう思っているか。

― あってはならない大事件。重大事件だと思っています。



麻原公判 第43回 岡崎一明 反対尋問(97・7・3)

弁 89年10月初め、サンデー毎日の連載が始まったが?

― 表紙に『タブーに挑戦』とあったので、宗教に対する挑戦と受け止めた。わざと誹謗中傷していると。血のイニシェーションについても、深い宗教の意味合いを理解しないで掲載されると思った。

弁 他の幹部は?

― 私と同じく思っていたと思う。

  道場の会議室で、編集の者と他の幹部が麻原と話をした。自分の記憶では、サンデー毎日の編集長は誰か・これからどれくらい連載されるか・サンデー毎日は過去に宗教誹謗中傷したことがあったか。等話し合った。

  男性信者が「サンデー毎日は、イエスの箱舟を連載したことがある。連載は長くなるのでは?」と言っていた。イエスの箱舟の記事は、私が静岡市の県立図書館へ行って調べ、麻原に報告した。

弁 連載はどんな影響があると思った?

― たぶん、在家信徒が動揺する。オウム出版の書籍売上が激減するのではという懸念を持った。

弁 第1弾掲載後、幹部会で話題になった?

― 私と上祐らで、直接サンデー毎日に抗議し、謝罪文の掲載と連載の中止を申し入れるよう言われた。

弁 サンデー毎日の誰と会った?

― 編集長に会う目的だったが不在で、代わりの人が対応した。連載ストップと謝罪文の掲載を強く申し入れた。編集長がいるはずだから出せ。とも言った。

弁 サンデー毎日の対応は?

― 受け入れる姿勢は全くなく、決裂した。

弁 次に、教団としての行動は?

― 10月半ば頃と思うが、上祐と私ら多分4人と思うが、牧太郎編集長の自宅までいった。

弁 毎日新聞社の地下まで行った時との前後関係は?

― 爆弾の話は後のことと思う。

弁 牧さんの自宅訪問の経緯は?

― 麻原から「直接自宅へ行けば会えるだろう。そこで抗議と連載中止を申し入れろ」と言われた。しかし、牧太郎の自宅を訪問したものの、不在で諦めて帰った。

弁 グルの指示で行って、どうして夜まで待たなかった。

― ……………。

  (岡崎が返答に苦しむ機会を捕らえ、麻原がわけのわからないことを言い出す。岡崎は、それを抑えるように声を張り上げて)

― 記憶にありません。

弁 何故果たせなかったのか。

― 麻原に電話をした。『待て』と言われたから待った。しかし、不在の場合どうしろと言う指示は受けていなかった。

  (検察官の抗議「『思い出せないという証言ですので』と割って入る」)

裁判長 そう言うことですから。

弁 思い出せないのか。

― 早川から「今、牧太郎をつけている。『帰宅途中を襲ってキリか針で後ろから突いてやれ』と、グルが言っているんですけど、どう思いますか。『巧く眠らせる方法がないかとも言っているんですけどねえ』」などと聞かされた。

  (それに、かぶせるように麻原が大声で『俺は、アサハラショウコウだ。聞えるか』)

弁 尋問を終ります。



麻原公判 第32回 サンデー毎日広岩証言(97・3・28)

検 週刊誌の00日号という呼び方と発行日の関係は?

― 日付号の2週間前に発行する。第1弾の10月15日号の発行は10月2日であり、麻原が編集部に抗議に来たのは10月2日午後1時頃であった。突然5〜6名の信者を連れてドカドカと入ってきた。編集長の牧太郎と私が対応した。

検 それで?

― 『事実に反する』と言うことだった。取材の趣旨と内容を話し、出家者の話をしているときはおとなしく聞いていたが、未成年の出家の話になると突然怒り出した。自分に都合が悪い話になると怒り出すと言う2面性を感じた。かなり攻撃的な性格の持ち主と感じた。

検 抗議はそれだけだった?

― 宣伝車・チラシ等を使ってサンデー毎日を誹謗した。また、上祐が内容証明の郵便で文書を送りつけてきた。

検 宣伝車は1回だけ?

― 毎日新聞社ビル前に、連日押しかけて来た。近くの学校から苦情が出るほどだった。10月25日位まで続いたと思う。

検 その他の抗議は?

― 10月11日、上祐が大勢の信者を連れて押しかけてきた。

検 何故10月11日だったの?

― 特集の第2弾発行直後だった。傲慢な態度でビデオカメラを回している信者も居た。編集室内で混乱を起こされては不味いと思い部屋の入り口で押さえて、地下の会議室で会った。

検 そうした時期に行った抗議の内容は何であったか?

― お布施は妥当な額である・未成年の出家は親の承諾を受けている・親の話だけでなく子供の話も聞け・など等、勝手な言い分を並べていた。



麻原公判 第37回 サンデー毎日広岩反対尋問(97・5・22)

弁 連載の第1弾発売日に、麻原さんがサンデー毎日に行って抗議しているね。

― 教祖他3名くらいで抗議に来た。

弁 抗議の内容は。

― 麻原は、『子供や親の言うことだけでなく、俺の言うことも聞け』といろいろなことをとうとうと言っていた。

  お布施の問題では『お布施はいくらなら良いのか』と怒鳴り出した。

弁 麻原さんと始めて会って、第一印象は?

― 教祖といった感じはしなかった。親方・親分といった印象だった。自分の言いたいことを言っているときは温和な表情をしているが、不都合な質問には突如として激しい口調に変わる。このような態度から、攻撃的性格の持ち主、と判断した。

弁 始め会って、話し合い・取材のチャンスだったのでは?

― そう望んだ。だが、何をいっても話しにならなかった。

弁 どうして。

― ?問答無用?の態度であり、全く接点を見出せなかった。

弁 これまでの疑問点も質せなかったの?

― 新しい疑問端もあったが、それを質せる状態ではなかった。

弁 新しい疑問とは?

― 脱会する場合は1日1万円の罰金を取っていた。不足金は借金として脱会後払わせていることについて聞きたかった。

弁 第2弾を出した後、10月12日に上祐さんが抗議に来たとき、事前に連絡があったか。

― 突然来たと思う。

弁 麻原さんや早川さんもいたか。全部で何人だったか?

― 麻原教祖はいない。早川がいたかどうかわからない。人数は7〜8人くらいだと思う。

弁 その時の様子を、主尋問で『傍若無人だった』と言ったが?

― 7〜8人で押しかけてきて、9階の廊下でビデオカメラを回しながら『編集長に会わせろ』と怒鳴りまわした。

弁 ビデオで撮られると都合が悪いのか。

― 編集室は一般的に非公開です。

弁 抗議の形態は?

― 上祐が記事の内容が間違っていると言った抗議を細々と言っていた。また、社屋内や周辺にビラを撒き、外宣車を使っていた。

弁 そうした抗議に対し、オウムに抗議をしたか。

― 抗議した記憶は無い。

(略)

弁 10月12日の上祐さんたちが抗議に来たときのことに戻るが、このとき岡崎一明さんは居たか。

― 居たと記憶している。

弁 岡崎さんが、何か言ったか

― 9階の廊下でカメラを回しながら「編集長に会わせろ」と言っていた。

弁 あなたは撮影を止めさせようとしたか。

― 「撮影は止めろ」と言った記憶は無い。

弁 誰が応対に当ったのか。

― 主に私が応対した。

弁 オウム側はどのような抗議をしたか。

― 「親たちは一方的なことを言っている」「元信者は出来の悪い信者だ」出家制度についても言っていたが、内容については記憶が無い。いろいろ言ていたが、主に「血のイニシェーションの記事は一方的だ」との抗議だったと思う。



麻原公判 第32回 紺谷(元信者)証言(97・3・28)


検 脱会の動機は?

― 効果の無い修行に金ばかりかかるのに嫌気がさして脱会することを決めた。

検 雑誌記者に連絡をとったことがあるか。

― サンデー毎日オウム告発の記事が載ったのを見て、オウムを批判したくなって連絡をした。

検 それで取材があったの?

― 広岩記者が取材に来て、10月中旬発売の(第4弾11月5日号)で記事になった。

検 記事の内容に間違いはなかったか。

― 記事には私の話と違うところがあった。話し方が悪かったか、聞き方が悪かったかは判らないが、違うところがある。

検 どんなところが違うのか。

― オウムをやめた理由が違っている。

検 どう違うの?

― 遺言状のことは、出家を止めた理由の一つだった。それがオウムを止めたた理由となっていた。

検 その他のマスコミの取材はあったか?

― フジテレビテレビ朝日などの録画取材もあったが、オウムの仕返しが怖くて後ろ姿で録画に応じることにした。

検 マスコミ報道があったことで、何か問題は起こらなかったか。

― 10月20日、テレビ朝日の放送があった直後、上祐・大内早苗他信徒5〜6名がアパートを襲って来た。

検 どういう状況だったのか。

― その場で言い争いをしたら、アパートの人に迷惑がかかると思い外に出た。

検 上祐たちはなんと言っていた。

― 「雑誌やテレビに話した事に間違いがある。謝罪して訂正しなければならない。教団が代わって謝罪訂正をするから謝罪交渉依頼状を書け」と迫られた。

検 その時、上祐たちの態度は?

― 恐ろしかった。停めてあった車の中に押し込まれ、両側から抑えられて、恐ろしくなって謝罪交渉依頼状を書いた。

検 文面の内容は?

― 私の受けたイニシェーションは、血のイニシェーションで無く、シャクティバットだった・信者暦の3年は嘘で、脱会していた期間を除くと1年弱であった・ビラ10万枚は教団の意思ではない。教団の意思と言ったが、一部の幹部の意思であった。と上祐の言うままに書かされた。

検 その依頼状に署名をしたか。

― 署名をした。



麻原公判 第38回 元信者紺谷反対尋問〔2〕(97・5・23)

弁 金沢へ帰ったのは何時か

― 平成4年11月頃に帰った。

弁 テレビ朝日に出演した晩、サンデ―毎日の広岩記者と会っているね?

― 一寸、記憶に無い。

弁 広岩記者から「血のイニシェーションで払った100万円取り戻せるかもしれない。坂本弁護士に会ってみないか」と言われたね。

― はい。

弁 それで、平成元年11月1日に坂本弁護士を訪ねたの?

― はい。

弁 最初に坂本弁護士に会うとき、あなたのほうから連絡したのか。

― 私のほうから電話をした。

弁 広岩記者の照会があって電話をしたの?

― 広岩さんに坂本弁護士の連絡先を聞いていたので電話をした。

弁 坂本弁護士はあなたのことを知っていたか。

― 知っていたと思う。

弁 広岩さんから紹介があったと言っていたか。

― それは?言っていたかどうか、判らなからない?

弁 広岩さんを知ったのは何時か?

― サンデー毎日の取材を受けた時に会って知った。

弁 広岩さんから取材の趣旨を説明されたか。

― 説明されてと思うが、覚えていない。

弁 その取材されたことが記事になったか。

― 第2弾で記事になったが、言った事と記事に違いがあるのは心外だ。

弁 違いがある点は何か。

― 大内早苗に「オウムをやめると地獄に落ちる」と脅かされたことが記事になっていない。遺言状出家を見合わせた理由なのに、脱会の理由としている。購入したビラの枚数4万5千枚を10万枚としている。

弁 フジテレビにも出演しているね。

― 広岩さんから話があったから出演した。サンデー毎日の第1弾で揉めているときなので、マスコミに出演したのは不味かったと思った。危険が増すと感じた。

弁 危険と感じるようなことがあったの?

― 脱会後、平成元年10月20日(テレビ放映後)上祐ら5人がアパートへ押しかけてきた。

弁 上祐さんたちは、何のために押しかけてきたのか?

― 記事の訂正交渉依頼状を書かされた。

弁 アパートの中で?

― 部屋の中では危ないと思い、人目につく外へ出た。二人の男に両腕を抑えられ、上祐らが乗ってきた乗用車の後部座席に座らせられた。運転手も乗っていた。

弁 そこで訂正交渉依頼状を書かされたの?

― はい。書かないと拉致されると思い、怖くなって書いた。

弁 どんな内容で書かされたの?

― 訂正内容は「サンデー毎日の記事は間違っている。シャクティパット以外のイニシェーションは受けていない。信者暦が違う。ビラ10万枚の決まりは無い。献金と幹部昇進は無関係」等だった。

弁 広岩記者から「血のイニシェーションで払った100万円が取り戻せるかも知らない。坂本弁護士に会ってみないか」と言われたね?

― はい。

弁 それで、11月1日に坂本弁護士を訪ねた?

― はい。




坂本事件とオウム裁判 より

http://www005.upp.so-net.ne.jp/satoko-kikin/saiban.html

2007-02-21

様式になっているような

ネットの一部で今起きていることは、退屈な茶番である。

二度と使えない手を使い、上目遣いに廻りの反応を眺めている。

黒崎夜話 http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/34320943.html

これまで何度もやってきたことの繰り返しじゃないかな。

  • 最初は「出家」だろうか。
  • 河上イチロー」を、いったんは捨てた。
  • 「半跏思惟」も閉鎖
  • 2006年12月28日 手記のコーナーも閉鎖。(正確には「グループの停止」)
  • 2007年02月17日 Wikipedia編集合戦をへて項目の削除

出版社時代の様々なこと、雑誌の廃刊なども含まれるのかな。



「自分でまいた種だから仕方ないんじゃないでしょうか」

「法則通りだと思います」

というのは、裁判の証言の中に出てくる松本知子の言葉だ。


Der Angriff公安調査庁の流出(?)資料を公開したり、「サイバースペースからの挑戦状」で実名公表の危険性を書いていた人が、自分自身の言葉・行動に逆襲されている、というところなのだろう。


ことのは問題の最初の頃は「人生いろいろ」だと思っていたが、昨年末あたりからは「退屈な茶番」と感じてきたなぁ。

2007-02-20

wikipediaの編集問題はジェフ・ギャノン・スキャンダルを参考にするべきではないか

以前ホワイトハウスの記者証がついにブロガーにも認められるまでの経緯を調べてた。


ホワイトハウスの記者証

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/177/


ジェフ・ギャノン・スキャンダルは米wikipediaに項目があったりする。 質問内容とかリンクもいろいろ

http://en.wikipedia.org/wiki/Jeff_Gannon


現在松永氏、河上イチローの項目周辺で議論があるけれど、Jeff Gannonの項目を参考にして、編集・掲載するべきだと考えてる。


ちょっと編集して再掲


ホワイトハウス、初めてブロガーに記者パスを付与 [ライブドア・ニュース]

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1021085/detail

2005年03月08日配信のニュースです。

このとき記者証を与えられたブロガー記者は、23歳のギャレット・グラフ氏といい、自分のブログで記者証請求キャンペーン(?)をして、1週間ほどの審査でホワイトハウスに入る込むことに成功したそうです。 (ちなみに民主党支持者らしい)

ただ、この快挙(?)にはホワイトハウス側にもいろいろ事情があったらしい。

  ホワイトハウスのスコット・マクレラン報道官は、「ホワイトハウス記者会見には、あらゆるタイプの記者を認めるべきだ」と述べ、これまでも「既存のメディア、新しいメディアを問わず、右から左までさまざまな意見の持ち主を受け入れてきた」とホワイトハウスの懐の深さを強調した。だが、最近、ジェフ・ギャノンという偽名を使い、2年間にわたって、ウエブ上の右翼系新聞社、タロン・ニュースの記者として、ホワイトハウスから記者証を与えられていた本名ジェームズ・ガカート記者が、実はゲイポルノ・サイトを運営し、違法取引に関与していたことが暴露されるという事件が起き、ホワイトハウスの記者証の審査手続きが全国的に注目されていたところだった。


以下、この「ジェフ・ギャノン・スキャンダル」について言及してるサイトとか


報道について (ブログアーカイブ):■2005年4月8日:News23「米メディアの衰退」

http://yorifuji.thyme.jp/kojin/houdoufil/houdou1.html

News23TBS)で放送された金平茂樹記者のレポートについてのメモ

論座』2005年4月号に金平茂樹「政府との緊張関係はどこに行ったのか──米CBS誤報事件の教訓」という記事でもラザーゲートからジェフ・ギャノン事件までに触れているようです。


JOEX-blog | tv asami : ブログがテレビニュースを駆逐する?

http://joex.exblog.jp/360431/


中岡望の目からウロコのアメリカホワイトハウスで初めて記者証を得たブロガーの物語

http://www.redcruise.com/nakaoka/index.php?p=98


sankenbunritsu:架空のジャーナリスト、ジェフ・ギャノン氏

http://www.sankenbunritsu.blog-city.com/1234219.htm


暗いニュースリンク: ジェフ・ギャノン事件:共和党活動とゲイ専門売春を兼務するスキンヘッド男はいかにしてホワイトハウスに自由に出入りできたのか?

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2005/02/post_5.html

暗いニュースリンク:史上空前のプロパガンダ:ニセのニュースで国民を欺くブッシュ政権

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2005/03/post_4.html

先だって暴露された政府プロパガンダ工作の一部、ジェフ・ギャノン事件はどうなったか? 同事件を重大視する議員達から調査要求が出され、慌てたホワイトハウスは、これまでの態度を一変させ、定例会見への参加資格を大幅に緩和して(これまでは、例えばNYタイムズ紙寄稿ジャーナリストすら参加拒否される厳しさだった)、あたかもホワイトハウス記者会見が“広く国民に開かれている”かのように演出し、当該事件を追求する事は“ジェフ・ギャノンという同性愛者への個人攻撃である”という形に議論をスピンさせ、大量の保守派要員(ブロガーを含む)を動員して真相の隠蔽に邁進している。(CNN放送のウォルフ・ブリッツアが行った報道などもこうした“印象操作”の典型例である)

言うまでもなく、ジェフ・ギャノン事件の焦点は、記者としてのバックグラウンドの全くない人物が、偽名を使って取材許可証を入手し(前ホワイトハウス報道官アリ・フライシャーも驚いている!")、米情報部の極秘情報を簡単に入手した経緯(CIA工作員漏洩の件以外にも、ギャノン氏はイラク侵攻時期について公表前に知っていた)と、そうした偽装活動の資金提供者が大統領に極めて近いポジションに居るという点なのであり(ジェフ・ギャノンの雇い主は大統領次席補佐官カール・ローブの知人)、その人物の性癖が焦点ではないのである。(とはいえ、ギャノン氏が行っている大規模なゲイ売春サービスは、州法次第では違法スレスレであり、“倫理価値”を重視すると喧伝するホワイトハウスにあっては、問題とされてしかるべきであるが・・・)


事件の概要はこんな感じだけれど、「暗いニュースリンク」の記述に強い異議を唱えている人もいます。 

id:HODGE さんの HODGE’S PARROTから

2007-02-18

ゆびとま」の社長は元暴力団組長

山口組系の元暴力団組長 下村元組長が去年4月、インターネットコミュニティーサイト運営会社「ゆびとま」の社長になっていた。

http://www3.nhk.or.jp/news/2007/02/18/d20070217000025.html

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070218it01.htm

 ゆびとまの役員の一人は、下村容疑者について「下村社長がかつて暴力団組長だったとは全く知らなかった。当社の会員の個人情報が漏えいしたり、悪用されたりしたことは全くない」と話している。

(2007年2月18日3時1分 読売新聞

役員はこういっているけれど、あんまり信用できない気分。

360万人の会員名簿は、ものすごい価値があるだろうし。


で、ことのは問題とかGrip Blogについても感じるのことなど。

泉さん、umeさんはかつて会員制サイトを運営しており、その経験をベースにネットジャーナリズムサイトの構築を目指していた。 匿名で参加できる部分と、会員制をミックスさせるような形態になりそうだった。

これはオーマイニュース日本版にも感じるのだけれど、個人情報の取り扱いは大丈夫なのだろうか。 個人情報を渡して大丈夫な運営をしているのかどうかに、ものすごく不安がある(あった)。


デスノート持ってる人に個人情報が渡ったら、ちょっとイヤかも。

ロビー活動になりそこねた懇談会

第2回自民党メルマガブログ作者と党幹部との懇談会での世耕氏の発言。

「こんな問題があることは、今日初めて知りました。そういった問題があることを政治家に相談するのは正当なロビー活動ですから、どんどん陳情なりして下さい。」(世耕氏)2005.11.01

小林ゆきBIKE.blog

http://yukky.txt-nifty.com/bikeblog/2005/11/post_d13b.html


私は自民党民主党の懇談会は「アルファブロガー」による公選法改正、インターネット解禁にむけたロビー活動のようなモノになればいいなと思っていた。

だから懇談会に出席した「アルファブロガー」が、ことのは問題は早々に決着を付け、この手の懇談会が続くことを期待していた。


懇談会に出席した安曇信太郎さんは、泉さん、松永さんの当初の説明で納得されたようだ。

今年の流行語『ガセネタ』

http://www.janjanblog.jp/user/vjt/azumi/981.html

つまり、いかにも「民主党が代表同席の懇談会で元オウム信者にIT戦略の指南を受けた」なんて記事は、松永氏が信者だったとしても事実からは遠い“ガセ”だということだ。

ひとつ気になっていたのは、泉あいさんの最初の説明が、BigBangさんが指摘したように、奥歯に物が挟まったような書き方だったこと。しかし、昨日泉あいさんと松永さんの新たなコメントも出たわけだし、これ以上は怪しい事実は出てこないんじゃないの?。

#太字は引用者による

しかし私は「怪しい事実」が続出したと捉えています。 報道機関設立計画です。


民主党が代表同席の懇談会で元オウム信者にIT戦略の指南を受けた」とは思わないけれど、「Grip Blogが元オウム信者にIT戦略の指南を受けた」というのは事実。

どれくらいの関与だったかについて、泉さん,umeさんは歯切れの悪いまま沈黙してしまった。 一時、umeさんは訴訟を考えたらしいが、具体的にはどの発言のどの部分が問題だったのかの詳しい説明も不明確。(戦術なのか??)

泉さんumeさんが沈黙し続け、松永さんのみが発言を続ける現在の不自然な状況が続くかぎり、問題の解決はあり得ないと思っています。


「怪しい」市民ジャーナリスト団体のネットでの活動を見過ごしていると、ネット言論は所詮怪しいままに推移して、閉塞感が続いちゃうな、と思う今日この頃。

ヘッセのこととか

やっと読んだ。

私にとってオウムとは何だったのか

私にとってオウムとは何だったのか

元建設相大臣の証言というよりは、総務部長による組織の業務報告と回想といった印象。

淡々と簡素に活動を振り返った、という手記だった。

内容については今は詳しく触れないけれども、「ああ〜 やっぱり」と感じたこと。

大学時代に唯一読んだ仏教に関係した本として

シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

があげられていたこと。


ここあたりは、私も似たようなモノだからなぁ。 

あとは岩波文庫のこんなのとか。

仏教〈上〉第一部仏陀 (岩波文庫) 仏教 下 (岩波文庫 青 324-2)


その後に日本の古典を読んでいくうちに、平安・鎌倉仏教の動きを勉強していき、一向宗あたりは「歴史の知識」というような感じ。

宮沢賢治石原莞爾が国柱会で繋がるというのも、面白いなと思うが…あくまでも知識としての宗教だったな。


空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

これは合理主義的解釈すぎて、「宗教」「密教」が見えないと思った。

官費留学した官僚vs在野のベンチャー起業家の対立のように見えたな。


日本の仏教について、現役の宗教者・作家が書いたモノをちゃんと読んだ記憶がないな。

民話についても、どこか小泉八雲みたいな視点でいるような気がする。



ちなみに、ヘッセ翻訳者 高橋健二岸田國士の後を継いで大政翼賛会文化部長になった件も、なかなか興味深かったりする。

文学部をめぐる病い―教養主義・ナチス・旧制高校 (ちくま文庫)

文学部をめぐる病い―教養主義・ナチス・旧制高校 (ちくま文庫)

藤原新也は「荒野の狼」なのかな

も、若干関係してくる話かも。

2007-02-16

2ちゃんねると反2ちゃんねる

教科書には載らない1chの歴史 - ちゆ18歳

http://tiyu.to/1ch.html

オーマイニュース日本版を評して、1chの二番煎じというのが多いけれど、その1chについての回想録が、はてBでちょっと人気みたい。


この騒動は傍目で観ていたな。 哭きの竜さんのBWP経由でしか、事情を知らないけれど。

なにしろ、祭り状態でスレの回転が速すぎたし、また1chが重すぎた…

「あの西和彦氏が…」ということで、プレス発表の最初だけちょっと期待したものだったが…



歌田明弘の『地球村の事件簿』 2ちゃんねるは管理人ひろゆきの性格の反映?

http://blog.a-utada.com/chikyu/2007/02/post_5b6b.html

に反2ちゃんねるサイトの紹介があるけれど、どこか1ch関係者臭さを感じてしまう。

善悪の彼岸

善悪の彼岸へ

善悪の彼岸へ

著者の公式サイト「海亀通信」 http://pws.prserv.net/umigame/

先日やっと読了。

人間の未来を問いつづける作家が、その誕生の背景や、病理、思想、教義を徹底検証して、論破する。いま、先進国の明るい闇がひろがっている。もっと、光りを!

「論破」したと言ってるのは、麻原の説教の一部分のみだった。

意外に思ったのは、HPの記述を読んで渾身の書き下ろしかと思ってたら、雑誌連載とホームページに掲載されたモノを編集した本だったこと。


主にアメリカ西海岸カルトオウムとの比較に重点があてられていた。

いわゆる自滅型の普通(?)のカルトと、テロを計画したオウムとの違いが主なテーマのようだった。

宮内氏のタントラ・ヴァジラヤーナについての考察は、ちゃんと検証されたモノなのだろうか?  「直感」のみで書いているような気がしたけれど。


宮内勝典の解釈は、中沢新一が元ネタのような気がする。 そしてそれは藤原新也も共有している解釈のような気もするが…

ここあたりについて島田裕巳が書いていたと思うが…

まぁ、あれこれ疑問ばかりが脹らむ結果になった。

2007-02-15

東芝事件の思い出(3)

それ以前のネット事情

昨今の法律議論のプチ盛り上がりで思い出した。


西村新人類さんのオウマー日記より

(2005.1.29---8:00[同日修正]) 前回の続き

http://www015.upp.so-net.ne.jp/sinzinrui/nikki503.html

ロリコンオウムとがインターネットの看板だった』

(2005.3.27---07:30/28修正) 「3/22〜3/27」あるいは「中途半端な10th特別企画その1」

http://www015.upp.so-net.ne.jp/sinzinrui/nikki507.html

 この時代って、前に引用したけど、このサイトの表現を剽窃すれば、「オウム全盛期ってのは、インターネットパソコン通信が世代交代をする丁度端境期で、ニフティや草の根ネットが成熟しきって「アングラ社会」なるものがネット上で砂上の楼閣のように屹立していた。革命でありコミューンであり、生きてる生きてる生きている」って背景なしには語れないんですよね。

(略)

 あえて別名をつければ、95.3.20〜98.3.20のインターネット時代は、「非オウム反共産・親不謹慎」時代だったと思います

当時私は、この方面にはほとんど感心がなくて、議論もフォローしていないけれど。

この当時の因縁の再現という構図になっちゃうとしたら、ちょっと違和感があるかも。

2007-02-14

東芝事件の思い出(2)

情報経路とか2ちゃんねるとか


あの音声ファイルは、告発者がさまざまな掲示板で宣伝してたりとか、いろいろ活動していたが、くちコミだけで広がったのではない。 マスコミ報道Yahoo!に取り上げられたことで、一気に広がっていった。

事件がどう広がっていたのか、いろいろ詳しく研究されていたが… ほとんど忘れたな (^_^;

まだポータルサイト検索サイトが各社覇権を競っていた頃だった。 gooは国産エンジン、fresheyeは更新が早いのが売りだったとか、用途によって各種使い分けしていた時代。


Yahoo!に「悪マニ」が紹介されたが、2ちゃんねるは載らなかった。 一瞬だけ「手違い」で載ったが、すぐに消された。 (2ちゃんねるが正式にYahoo!の登録されたのは、もう少し後のこと)


一個人がwebサイトや掲示板を立ち上げ、維持・管理することの困難さが露わになった事件でもあったわけだが、まずはサイトそのものが読まれなければ始まらない。 

アクセスアップの方法は、当時からいろいろ研究されていたけれど、なかなか難しい。 ゲストブック・掲示板に書いてくれるのは、極々一部の人のみだ。


苦労してサイトを立ち上げ、いろいろ宣伝し、せっせと更新を重ねても、反響があるかどうかは…まぁ難しい。 ゲストブックにカキコしてくれて、さらに掲示板に書き込んでくれる人は、それほど多くない。 ある程度、人が集まっても常連だけでかたまってしまい、新しく書き込みするには空気を読まなきゃいけなかったりもするし、いつしかマンネリ化する。


事件で存在感を発揮したのが2ちゃんねる。 しばらくは「2ちゃんねるで晒す」と一定のアクセスがあったものだったが、そういうのは、ごく希なケース。


2ちゃんねるには何でもあるし、人が多い。 挨拶無用だし罵倒も騙りでもありだか、書き込めば、それなりの反応がすぐに得られる。 そのため、HP+掲示板スタイルでやってきた人をも、数多く引きつけてしまった。 それまでマメに自分のサイトの更新していた人も、2ちゃんねるにはまると自サイトが放置状態に陥りやすいようだ。


自前の掲示板で、常連とヌルイ交流を細々とやるのに飽きた人もいたのだろう。 2ちゃんねるで一言「ツマンネ」と書かれて、心が折れた人もいたのだろう。 

HP+掲示板」のサイトとかテキストサイトは、一時期2ちゃんねるの影に隠れてしまったような印象がある。

痛いサイトが晒されて炎上して閉鎖に追い込まれることは、ごく稀なこと。 

それよりも、自分でサイト運営するよりも、2ちゃんねるのカキコで満足してしまう人が増えたことが、後世にかなりの影響があったように思う。

[NET]

2007-02-12

民主党ブロガー懇談会とはなんだったのか


当時、gooが「衆議院選挙2005 ブログ選挙ポータル」というのを作り煽っていた。

http://blog.goo.ne.jp/election2005/

毎日新聞もシリーズ「ネットと政治 2005 」というのを連載

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/net/index.html


泉さんの「選挙取材→党首インタビュー→自民党主催メルマガブロガー懇談会出席→民主党ブロガー懇談会」という流れは以下で検証しています。

幻の報道機関設立計画(11)〜(17)

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Category/4/


泉さんの活動は「ブログ選挙」キャンペーンの象徴だったと思う。



大塚耕平参議院議員の発言

大塚 では口火を切らせていただきます。本日は党本部に来ていただきありがとうございます。もともとは泉さんのほうから代表などにインタビューの要請があったのですが、就任後ようやく時間が取れましたのでここで皆さんにお誘いをしまして、こういう席になったと。ここで話したことはブログに掲載していただいて構いませんが、どなたかのブログを見たら「記者会見」と書いてありまして、これは別に記者会見じゃありませんので、あくまで懇談会ですから。

民主党ブロガー懇談会速記録 byR30さん

http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2005/10/dpj_bloggers_ec1b.html

大塚さんが「懇談会」と強調していたとはいえ、実態はブロガー記者による「記者会見」という印象が強いな。

ヤメ蚊さんは「テーマは憲法改正国民投票法案。」と認識していたようだ。 「陳情」に近いのかも。

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/98bab655d4046d7677528458f594e3b5

泉さんも前原党首に突撃インタビューしちゃうし。


自民党に対抗して「ブロガー懇談会」としたのはいいが、お互いに手探り状態の会合だった。 民主党全体としてのネット政策・対策というのが、みえてこない。 ただ流行に乗り遅れまいという姿勢に見える。

ネットについて個々に考えてる人はいるようだが、きっこと共闘・偽メールとか失態ばかりが目立つ。 だから法案を提出しても、説得力が無い。 


民主党インターネット選挙運動解禁法案を衆議院に提出 2006/06/13

http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=891



最近ちょっと偉くなってしまい、ネット問題から離れているような世耕さんの分析。

 世耕 なぜ、日本ではネットによって政治がパッと盛り上がらないのか。ネット利用が禁止されているというが、それは選挙の12日間だけ。それ以外はいくらやってもかまわない。公選法が禁止しているからという理屈は成り立たない。じゃあ国民性かとかいろいろな見方があった。最近、答えだなと思い始めてきたのは日本はマスメディアが信用されているということ。アメリカは中立性原則もなくて、新聞や放送局によって、民主党系、共和党系とはっきりした論調を構えている。韓国は逆に独裁政権が長くて、その中でマスメディアのあり方に対してうがった見方があった。


 −−それで日本は。


 世耕 戦後60年間、大マスコミが中立的に報道しているんだという信用を築き上げてきた。選挙の情報はマスメディアから取るのが一番信頼できると。ネットに流れる情報はどちらかというと候補者政党大本営発表、あるいはちょっと辛らつな誹謗中傷であったり、あんまり信用できないような空気が長く続いてきたんだと思う。このためネットと政治のつながりが花開くのに時間がかかった。でも、だんだん使い方が分かってきて、静かな形で花が開いてきている。


政治は変わる?3者座談会 世耕弘成氏/鈴木寛氏/西村博之氏  毎日新聞 2006年1月1日

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/net/news/20060101ddm010010053000c.html

いまのところ「あるある捏造」は政治問題には直接は関係ないけれど、政治問題についての「信用」も、かなり危ないものがあるだろう。 「椿発言」類似の事件が、いつ発覚してもおかしくないと感じてる。 信用されないマスメディアと信用されないネットしか残らないんじゃ、さすがにまずいだろうな、とは思う。


言い方はアレだが、ちゃんとした「ネット世論」というのが構築される仕組みが出来ればいいなとは思っているので、ネットジャーナリズムとかWikipediaについては一定の期待は有るのだけれど…



「あの記事」で、私は傷つきはしなかった。もちろん、傷ついた人がいたであろうことは想像できるし、公党に不用意に近づくことは政治に混乱を惹き起す「可能性」はあったことは理解できる。それは確かにやるべきでない行動「だった」とは言えるだろう。


ただ。「実際」に政治的混乱は起こらなかった。そこにそれが起きなければ、それは私が関わる「公」の部分ではない。その点においては、私はそれ以上関わるべきではない

「世間」と範囲

http://d.hatena.ne.jp/eshek/20070210#p1

政治的混乱は起こらなかったけれど、政治的停滞のひとつの要因にはなったのではないかなぁ。 (いいがかりか?)

DJ研や「アルファブロガー」の振る舞いには失望したな。

最近の知事選がらみで、メールやmixi公選法ではグレーな事件が発覚してる。 ネットを想定していない公選法の改正は必要なのだが、いったいいつ改正されるのやら…

2007-02-11

東芝事件の思い出(1)


かなり昔のことではあるが、日本のネット事情の分水嶺となった事件について、マスコミのことと、掲示板のことについてなど、ちょっと(で済めばいいが)書いてみる。

以前のエントリーの続きでもある。


まず基本的な情報

リンク先はほとんど無くなっているけれど、当時の掲示板の盛り上がりと荒らしが時系列で忍ばれる。

  • 音声ファイルが見つからない人は「東芝暴言REMIX」とググると見つかるかもしれない。

マスコミ弁護士・掲示板のこととか


マスコミ報道は、この事件以前でもネットに関しては、不正確で批判的な論調が主流だった。 「変な人が何かわからないが変なことをやっている」程度ならばまだいい方で、犯罪の温床という論調の方が多かった。

しかし、この事件に関してはマスコミ東芝に批判的、告発者に好意的だった。 紀藤正樹弁護士のところや、wikipediaにも記録れてる通り。

一方、解決の見えない要求を続ける同ユーザーに対する非難も多く寄せられたが、最初はユーザーに好意的な報道を行ったマスメディアがほとんどで、ユーザーに批判的な報道を行ったのは週刊文春のみであった。

(wikipedia)


ネット内では、市民運動系の注目が高かったのではないかな。 東芝側が告発ウェブページの一部差止を求める仮処分を申し立てたこと対しての反発は、表現規制反対運動の立場からのものが強かったという印象がある。


そういった空気のなかで牧野二郎弁護士スタンドプレーがあった。

東芝に対し、節度ある行動をとることを求める。 1999年 7月16日 インターネット弁護士協議会 代表 牧野二郎

http://www.ilc.gr.jp/toshibavtr/video1.htm

インターネット利用者は、既に何が真実かを明確に見抜いているのである。」

今読むと、なんとお気楽で素朴なネット信仰というか…

これに対して、かなり批判が寄せられて、すぐに弁解するハメになった。


ご質問 ご意見に対する見解 http://www.ilc.gr.jp/toshibavtr/1.htm

インターネット弁護士協議会」というのが、アテにならない組織だということが露呈しちゃった…



当時、紀藤正樹弁護士がこんな事を書いたりもする。

「検証 もはや!第5の権力 [ネット世論]の 可能性と 危険性」

東芝VSクレームHP」騒動で明らかになったネットの"威力"。ウェブが「司法・立法・行政・マスコミ」に次ぐ権力に?

http://www.fusosha.co.jp/spapage/1999/spa2653.html

事件後にネット世論が第5の権力に成長したかというと…、かなり奇妙なねじれが生じちゃったなぁ、という感慨がある。



個人が、批判殺到するウェッブサイト・掲示板・コメント欄を維持するのは難しい、ということが明らかになった事件でもあった。

特に、掲示板荒らし・潰しが表に浮上してしまった感がある。 


当時、事件の一方の極だった「悪マニ」は、爆発しつつある議論を擁護派・批判派・中立派という掲示板を建てることで、なんとか対応していた。 しかし、東芝仮処分申し立て・謝罪という微妙な時期に、掲示板が荒らしによって混乱することになったのは、かなり問題だったと思う。

後に専用ブラウザと認証制の掲示板に移行したが、東芝の謝罪後ということもあり、参加者は減り、議論もやや低調になってしまった。


teacupを始め、いろんなレンタル掲示板サービスで議論も続けられていたが、参加者が少ないなら少ないなりの、議論爆発や炎上荒らしが有ればそれなりにと、とにかく掲示板は大変だということが露わになった。


私は、東芝事件以前、または事件がマスコミで好意的に取り上げられている間は、これからのネットはホームページ+掲示板という形で推移するのじゃないかと思っていた。 「悪マニ」は、その中のひとつのロールモデルとなるのかな、と。


現在、それに近いようなイメージのサイトといえば…

「元検弁護士のつぶやき」 http://www.yabelab.net/blog/

の中の医療崩壊問題のエントリーかなぁ。


この手のサイトがあちこちに出来て、ネット世論を主導するのかと思ったら… 2ちゃんねるの時代になってしまった。

2007-02-08

ブロガー同盟というのも有ったなぁ

「StopTheKoizumi 改革ファシズムを止めに行こう」というのも懐かしい。

http://nokoizumi.exblog.jp/

ブロガー同盟賛同者一覧のどれひとつ、まともに読んだことがない (^_^;)

盟主(?)「世に倦む日日」を玄倉川さん経由で読んだ程度。

ポケット解説 丸山真男の思想がわかる本

ポケット解説 丸山真男の思想がわかる本

 当書を著したのは、政治や映画などの批評で有名なブログ世に倦む日日』の著者“thessalonike”氏こと田中宏和氏である。同氏の丸山思想と司馬文学に関する造詣の深さにはかねがね敬服していたが(それぞれHPを作成)、「ついに」というべきか、「あえて」というべきか、丸山真男の思想に係る解説書を世に送り出したことに対して、心から祝福したいと思う。


「StopTheKoizumi」は、当時のblog界では大きな運動と言えるのだろう。

学研『最新人気ブログランキング200』を確認すると、「世に倦む日日」は「ジャーナリズム・評論・専門分野」の中で第3位に位置づけられて紹介されていた。

2005-09-22

http://critic.exblog.jp/3482302#3482302_1

けれどリアルにはほとんど影響が無かった。 後は、週刊金曜日で取り上げられた程度じゃないのかな。


ネットでは、それぞれが読む場所ってのはなかなか交わらないものだと、改めて思う。

それに比べるとGripBlogは、趣旨に賛同するかはともかく一定の広がりがあった。

アルファブロガーというのが、まだ一定の説得力を持って語られていた頃だなぁ。

2007-02-06

あなたの問題意識の展開の仕方がわからない

倫敦橋氏との対話6――当事者として

私が言っているのは、そのログがいいかげんでトンデモで、そこに載せておくことは情報の送り手として問題があるのではないですか、という一点です。

http://d.hatena.ne.jp/eshek/20070125

に再掲されている、最初のコメント欄のやり取りで答えているとおりです。

問題があるならば、コメント欄やTBを開けてあるから、そこで批判され、淘汰されるのだろうと思っています。


はてなに引っ越して早々に、松永さんと少々TBのやり取りがありました。

倫敦橋の人への反論

http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20070128#1169986312

率直に言うと、「これはひどい」の一言で済ませたくなる内容。なぜなら、不用意に憶測に基づいた疑惑を述べ立て、何らかの策謀のごときものがあるかのような印象を植え付けるための心証操作プロパガンダになっているため。

こういうやり取りの積み重ねで充分じゃないのですか?



urlの表記と、TBもコメントもせずにいることに関しては、ご理解いただけたということと解釈します。

これは意味がわかりませんでした。原典に直接当たることはしない、ということでしょうか。

引用元のurlを非公開にして、先方へ迷惑がかからない様にした方がいいのじゃないか、という議論になると思っていました。

urlを非公開にすると、「一部分だけ切り取っての恣意的な引用」と受け取られかねないな、と思っていましたので。



「論点ずらし」「論理の飛躍」と感じておられるようで、申し訳ないです。

私がずっと言っているのは、いいかげんな情報を送り手として、出していいんですか、出しておいていいんですか、ということです。

この問題意識は、あなたと共有しているつもりです。

ただ、その先の認識や行動についての考え方がかなり違うようなので、いろいろ質問させていただきました。


というわけですが、このまま続けると、どうも私の方が同じことを言い続け、あなたは他の論にずらし続けるというもう一つの不毛な構造を作り上げそうなので(笑)、ちょっと一息入れて、この問題についての興味、動機などを話していきませんか。BigBang氏も自らの動機を明らかになさったことですし。

という事なので、少々過去ログなども読み返しながら書いてみます。

ことのは問題についての興味、動機

7月始めに、いちおう、あれこれと書いてます。

〜私が(ネットで)見た事実〜

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/65/

訴訟騒動(1)〜(4)

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/68/

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/69/

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/70/

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/71/

時代背景(一昨年のことだがw)についても考慮しなけりゃいけないな。

きっこ民主党についてのことについて。

幻の報道機関設立計画(20)

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/62/


最初はblogバブルの一つがはじけただけで、このまま泉さんは消えていくのだろうな、と思ってた。 消えると思っていたら、DJ研メンバーが妙に泉さん達をかばい続けていることを知り、かなり不思議さを感じたなぁ。  そこあたりが、私が関わり始めたそもそもの発端。


また、当時「きっこ」が大旋風を巻き起こしていた。 

blogジャーナリズム・政治とのコラボレートなどがネット界にとどまらず、リアルで妙な持ち上げられかたがされた頃だった。 そして民主党の妙な動きが目立ってもいた。


きっこに踊らされる世論や民主党だったら、ある程度の体裁を整えた「ネット報道機関」を作って世論操作・政治工作ってのも可能じゃないのか?  そういう疑いがもたれないためにも、報道機関関係者には透明性が求められるのではないか?


こういう問題意識かな。


ume氏に関する問題はいろいろあるが…

いきなり最初から名誉毀損訴訟、そのために個人情報を求めるという手法について。

そもそも筋違いではないかというのから始まって、事実関係に不明の点が多い、訴訟をちらつかせての恫喝ではないか、この手法はオウムの常套手段ではないかという疑問。


湯川鶴章氏の泉氏へのインタビューは、当事者であるume氏から何度も事情を聞き、それを真に受け、その上で泉氏を呼んでなされたものであった可能性が極めて高いこと。

その他のアルファブロガー(?)にも、裏でいろいろ工作していたのではないかという疑問。


ume氏は、ネットでの根拠のない噂で被害を受けたと訴えていた。それを法的にどう対処し、救済するかを考える機関であると思っていた情報ネットワーク法学会に設けられたDJ研の不可解な動き。

これでは「デジタル・ジャーナリズム研究会」ではなく「ネットビジネス研究会」ではないか。


こんなかんじか。

2007-02-05

生身なのだろうか?

急がないでいるうちに、松永さん、黒崎さんに先に言及されてしまった。

倫敦橋氏との対話5――あなたは対象をどう見るか



こちらもそう急ぐ理由はありませんが、情報を掲載しておくことで不利益を被る他者が存在することについて、私たちはお互い少し意識してもいいのではないかな、と思ってはいます。

これは一般論としては同意できることです。 

しかし、あなたのエントリーを読み進めるうちに、ちょっと不思議さを感じました。 転載した2ちゃんねるログの、最初に引用されているURLの方についての「不利益」については、あんまり関心がないように感じられましたので。


あのURL先の人への評価というのも、それなりに先方の不利益になりそうなものだと思うのですが…。

だから、私が先方へTBもコメントもせずにいる事に関しての議論になるかと思っていました。

「本人にまず確認」を主張されるならば、もう一方の元信者にも対話を求めるべきだと主張されるのかと予想していたので、ちょっと意外でした。

urlの表記と、TBもコメントもせずにいることに関しては、ご理解いただけたということと解釈します。



ネットで検証をするなとは言わない。

でも今のネットの検証のやり方は、問題が多い。

それを考えてみませんか、ということです。

この問題意識はわかります。しかし、それに関しての「受け手」「送り手」に関しての展開がちょっとわからない。

特に、引用した人工知能のフレーム問題の話が、このように読まれたことには、ちょっと驚いた。(非難してるわけではありません)

これは読者にメディアリテラシーが必要かどうか、ということとはまったく別の話です。前にもいったとおり、送り手としての良心の問題です。アンドロイドのお話は、受け手のメディアリテラシーの問題で、これと混同なさるべきではないです。



あなたは「適正な答え」を求めておられるようだ。

きちんと対象のプロパティを解析しないで、どうして適正な答えが得られるんですか。

人工知能のフレーム問題の話は、「適正な答」を求めるためのものではなく、「適切な行動」をするための仕組みについての話です。

「適切な行動」をするために、「適当」に情報を処理しなければならない。 リスクを冒さななければ、適切な行動ができないということです。

「誰かの不利益」というリスクは当然配慮しなければならないだろうが、さまざまな仮説を出しながら議論・検証していかなければならないのではないですか。

ときには誤った仮説が提示されることもあるだろうが、それを排除して、というか最初から提示しないように議論するのは不可能なのではないでしょうか。

そんなものが出されたことはついぞなかった。今読むと、ほとんどが見込みだけの仮説です。

(略)

まして、生身の人間です。私たちは、「松永英明氏」をきちんと見てきましたか。見る努力をしてきましたか。そういうことです。

以下の仮説というか分析・主観のやり取りを、私は興味深く読みました。 あなたには、これも「見込みだけの仮説」という評価なのでしょうか。

崎山さんの述べる「主観」に、私はかなり示唆されるものがありました。

私の述べた「主観」は、(前史としての「ムッタ・デーヴァ」)、「河上イチロー」、(再び)「ムッタ・デーヴァ」、そして「松永英明」まで、全て表層的なモード、ということだ。


とんだ曲解」より

オウムひとまとめ

http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/27711706.html

河上イチローオウムを偽装脱会していた」というのはありえない

http://d.hatena.ne.jp/sakichan/20061118/p1

「松永」という物語

http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/27803501.html

とんだ曲解

http://d.hatena.ne.jp/sakichan/20061125/p1



情報の送り手の責任については…最近こんなのもあるしなぁ


結局は、「何を言ったか」では無く「誰が言ったか」が重要なのか?

http://beyond.cocolog-nifty.com/akutoku/2007/02/post_20ba.html



私はid:requiem7氏の公人論や実名を書くことの論理展開が理解できない。 彼がBBさんに、松永さんの見舞いに行くべきだと提案していたけれど、その理由もよくわからない。

けれどもeshekさんの書き方だと、私もrequiem7氏の手法で松永さんたちを取材し、その結果をネットで書くべきだということのように思えてきました。


松永英明」と言うのはハンドルネームです。 仮名で公党の懇談会に出席し、報道機関設立の黒幕とも噂される人物は、requiem7氏の論理だと「公人」ということになるのではないだろうか?

私に(他の人でもいいのだろうけれど)、突撃取材をして「生身」の人間を追求し、公開ネットで実名を出し、住んでいるところの住所・写真も公開してもいいという、勧めようにも感じられました。 (私の誤読なのだろうか?)


私のblogはコメント欄もTBも開けてあります。 そこで対話が可能だし、現にしている状態で何故直接会うことに、それほどこだわられているのか、ちょっと不思議に思います。 (BBさん、黒崎さんに対してなら、まだ解かるが)



umeさんへの接触は、トリルさんの折衝を見守っていました。 トリルさんは連邦軍ではないですよね。

彼の説得でもumeさんが動かないのだから、なかなか難しそうだなぁ…


umeさんに訴訟を進めた松永さんが、彼に「公式」に対応するよう説得するほうが、問題解決に近づくのではないかと考えています。

2007-02-03

ある種のリスクを無視すること

eshekさん

掲示板のようなリアルタイムでの応答を求めてるわけでもないので、それなりのペースでいいんじゃないですか。


中国音楽のインタビューはいかがですか

ただこれは、それこそアップローダとかでURLとって貼っつければ一発な話なので、転載をする必要はないかと。

ネット上の記録は、はかないからなぁ。

自己責任で、自分でコントロール可能な場所に置いておきたいです。


あのログは他人様に迷惑だし、みっともないです。

とりあえず、あのログの引用先の人はともかく、あなたが書いたという部分は匿名なんだから、そんなに恥ずかしがることもないのでは?

しらばっくれて、他人が書いた振りをして批判すればいいだけだったと思う。

2ちゃんねる匿名という場は、そういう行為を前提にしている。

あそこは、みっともないことも、実名・コテハンでは言えないことを書く場所であって、こっそり前言撤回して、以前自分で書いたことをぼろくそに批判しても誰も気がつかない。

(私もやったことがあるかも…w)



あの引用したurl先の人に、書いたことを知らせるとか、直接コメント書いて質問するということも考えないでもないけれど…

私は、かなり不躾できついことも書いちゃいそうなので、かえって相手に負担をかけちゃいそうだ。

(あなたも3件のTBをだいぶ気にして、負担になっているように思えます。)


インターネットで世界に発信したからには(大げさ?)、世界の何処かで誰かが勝手なことを書いていてもスルーする気持ちがないといけないのではないかなぁ。

それがいやなら、SNSに書くしかないのでは?


それに、私は某自称隊長のように百冊も関係書籍を読んでいるわけでもない。

質問するにも、有る程度の知識や配慮、経験が必要だと思うが、私にはまだちゃんと質問する準備が足りないと思う。


最近の興味は、やや別の方に向いていると言うこともあるし…



BBさん、松永さんが会うことは外野がどうこう言ってもしょうがない部分はあるけれども、それだけじゃ泉さん・umeさんの件は解決しないでしょう。

直接会うということも、場合によっては必要だし有効だろうけれど、この問題に関しては、ネット上でうまく解決の方向が見つかればいいと思っています。


華流アイドル情報は、読んでみたい気がするw


「適当」ということに関して、面白いテキストがあったので紹介。

kagamiさん:「マシン」と寛容 −他者を単なる手段として扱ってはならない−

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20070203#p1

山本弘「アイの物語」の中から、人工知能のフレーム問題に関しての引用が有ります。

孫引きになっちゃうけれど、転載しておきます。

「(自らが起こす過ちの)可能性を全て考慮にしようとしたら、

ロボットは何もできなくなります。自分の周囲のあらゆるものを認識し、

それに関連するあらゆる情報を検索し、処理しようとして、コンピュータ

ハングしてしまい、結果的に、『安全を守れ』という命令も

実行できなくなります。これがフレーム問題と呼ばれるものです」

………

「つまりですね、(フレーム問題でハングしない)人間というのは、実に

いいかげんにリスクを判断しているんです。論理じゃなく気分で、確率や

データじゃなく主観で、このリスクは無視する、こっちを重視すると線引き

をしている。フレーム問題を避けるためには、そうするしかないんです」

………

私はちょっと面食らった。「ええと、それじゃあ、あなた方のロボットは……」

「詩音です」

「詩音は、適当に危険を無視するってことですか?」

「そういうことになりますね」

一瞬、部屋がざわめいた。

「みなさんに理解して頂きたいのは」

鷹見さんはたじろいだ様子もなく、むしろ胸を張って堂々と訴えた。

「100%安全なものなど、この世にない、ということです。………

失礼ですが、みなさんだってそうじゃありませんか?………

これは昔から知られていた問題です。人工知能の父であるアラン・チューリングは、

1946年にこう言っています。『あるマシンが絶対にミスを犯さないとしたら、

そのマシンは知的存在ではない』――知的存在だからこそ、ただのマシンには

できないことができて、結果的にミスも犯すということなんです。

詩音の有用性――人間の曖昧な指示を理解し、緊急事態にも対処する能力と

いうのは、フレーム問題を回避することであり、それはある種のリスク

無視することと表裏一体なんです。決してリスクを冒さないアンドロイドは、

動けないアンドロイドです。それは安全ではありますが、役に立ちません」

アイの物語

2007-02-02

はてなはてな

本題と関係ない素朴な疑問。 はてなのシステムがどうも分からない。

私がエントリーを投稿したのは2007/01/31 03:04。 なぜ1月30日の日付になってしまったのかが、不可解だった。

それに対してのエントリーが 2007-01-28 というので、さらに混乱する。

話しかけられたようだ。

東芝クレーマー事件をネットでしか見なかった人物

http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20070128


当時、よく参照してた論文


東芝クレーマー事件の問題の核心

1999年8月5日  亜細亜大学法学部助教授 町村泰貴

http://www.ilc.gr.jp/journal/990805_1.htm

事件の概要を知りたい人は、いまでもコレは必読だと思う。


全証言 東芝クレーマー事件―「謝罪させた男」「企業側」 (小学館文庫)

これは読んでる。 著者が、もう「事実の検証」を放棄して、お互いの主張をそのまま載せた(載せざるを得なかった)という本。


はてなキーワードとか、目立つところに、牧野二郎弁護士の声明が見あたらないのが、ちょっと不思議。 これも「歴史的文書」だと思う。(後述)


東芝に対し、節度ある行動をとることを求める。

1999年 7月16日 インターネット弁護士協議会 代表 牧野二郎

http://www.ilc.gr.jp/toshibavtr/video1.htm


2ちゃんねるが落ちたり、サーバー移転は東芝事件以外でも数回(?)有った。

2ちゃんねる型掲示板」はサーバーに異様な負担をかけるので、なかなか移転先には苦労していたみたい。

それをなんとか持ちこたえて、維持し続けたひろゆき氏は凄い。


2ちゃんねるで隔離板が作られ、それが糞重くなったのは秋頃だったか、もう冬になっていたかなぁ? いつ頃廃止されたかは、もう記憶にない…


当時はteacup東芝問題掲示板が乱立(?)した。 

これからはHP+掲示板の時代になるかと思っていたなぁ。 (遠い目

HPにゲストブックと掲示板というスタイルが、いつしかblogの時代になってしまった。



東芝事件については、「裏で解決」という方法への不信感が強く残ったな。

東芝側がAkky氏のウェブページの一部差止を求める仮処分を申し立て、これに対してインターネット弁護士協議会代表の牧野二郎弁護士をはじめ多数の批判*8が寄せられたため、申立書がAkky氏に送達される前にあわてて取り下げるという一幕があった。


東芝クレーマー事件の問題の核心(町村泰貴)

私は、法廷で決着を付けるべきだと考えてた。

牧野氏の声明が大きなきっかけとなり、「真相」はうやむやのまま東芝副社長の謝罪ということになった。 

これで「公的」には、ひとまず一段落のはずだったが、実際にはAkky氏への批判は続き、東芝のクレーム処理も改善されたのか、よくわからないまま。


(Akky氏も、引き際を間違えた感があるけれどもなぁ。 彼は、支援者から煽られすぎたのだろうか?)


当事者双方に不満の残る決着だったろうし、ギャラリーの私にとっても不満の残る決着だった。

裁判ではなく「なあなあ」での決着の仲介(?)することになった、牧野二郎弁護士の声明は有害だったと思う。

もし、この事件で判例が作られていたら、その後のネットの歴史は、ちょっとは変わっていたのじゃないだろうか?


ちなみに、東芝事件に詳しいid:requiem7さんが、なぜ次のように書かれるのか、分からない。

ネットラジオYouTube、電話、または対面など、情報量の多い方策でさっさと言葉の定義や行き違いやわだかまりを水に流すべきでしょうと言ってるだけで、今はそれ以上の感情も持ち得ようも有りません。

id:eshekさんid:LondonBridgeさんへ

http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20070128/1170302775

東芝とAkky氏は、情報量の多い電話で話し合おうとして、あんな事件に発展しました。

なぜ情報量の多寡で、問題が解決されるだろうと考えておられるのか、謎です。


私は、ことのは問題での二人の関係は「言葉の定義や行き違いやわだかまり」では無いと考えています。

何を水に流すのでしょうか?

二人だけで水に流したとしても、なにが解決されるのでしょうか?

相撲板が落ちた日

小泉総理「感動した」の一番。 貴乃花が勝った瞬間、相撲板が落ちた。

「痛みに耐えて…」のときには復旧してたと思うが、あの鯖落ちは忘れられない w

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