倫敦橋の番外地 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-12-19

[][]佐々木俊尚+西村幸祐の対談だけ読みたい

こんな雑誌が出るわけだが


あんまり読む気がしない本だ

最近のネットvsマスコミ戦争という感じの本になっているようだが…

国籍法の広告も、なんとか間に合って載っかってるらしい。



唯一興味があるのは

西村幸祐blogで冒頭部分が読める。

西村幸祐は、いつ頃からネットに興味を持ち、どんな活動をしてきたんだろうか?

ちょっと気になるぞ。



2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書)」から、佐々木氏とひろゆき氏との対談抜粋

佐々木 西村さんは「インターネットには市場原理しかない」と言っていますよね。実際に市場原理はあるんですけど、そうすると公共性はどうするんだ、という話がついてまわる。マスメディアというものは100のうち嘘は5くらいしか書いていない。一応何か失敗するとお詫びの言葉が出るなど、公共性がある。けれども、2ちゃんねるブログには公共性がないわけですよ。インターネットが普及し、マスメディアよりも2ちゃんねるの方が大きくなり、みんなが情報の発信や需要をする時代になると、どこに公共性を持てばいいのかわからなくなるという微妙な問題が次々出てくるんじゃないでしょうか?


西村 公共性がなくても法律さえあれば充分だと思いますけどね。 (中略)


佐々木 究極的な世界はそうなんだけど、たとえば凄いアジテーターみたいな人が出現してきて、2ちゃんねるとかブログの世界で人気が出てくると誰が止めるのかという話になる。戦前の日本では新聞がみんなで戦争をやろうと大騒ぎして、そこには公共性がなかったんです。それと同じように、今のインターネット上は、戦前の新聞と同じで、ある種の集合知でありつつ、集合愚でもあるわけです。インターネット上のアジテーターの発言にみんなが突っ走っていってしまうと、サイバーカスケードインターネット上における集団分極化現象)のような状態が起きてしまう。そういったファシズムにも似たものが出現した状況の中で、それを止める能力があるのかどうかということになる。


西村 それは新聞があったときでも止められなかったことを考えると、たとえ公共性があったとしても無駄なんじゃないですか?


佐々木 これまた、身も蓋もない(笑)。西村さんのおっしゃる事は、確かに間違っていないんですけれど、せっかく戦後60年間もがんばってきたんだから、そこですべてを無にして、公共性がなくてもいいと言い切ってしまうのは、寂しい感じがしませんか?

(p122)

2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書)

2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書)



佐々木氏の、この問題意識は一部「フラット革命」にも引き継がれて論じられている。

フラット革命

フラット革命


こっちは読んでいないな

ブログ論壇の誕生 (文春新書)

ブログ論壇の誕生 (文春新書)



二人は、どんな話をしていたのかな?


佐々木氏は、国籍法改正騒動についてもそのうちどこかで書くのだろう。 

佐々木氏を仲介にして、西村幸祐氏と小倉弁護士との対決、なんてのも見てみたい気がするがなぁ



関連


関係有るかどうか分からんが、あわせて読みたい(これも自分のblog記事だが)

2008-12-14

[]【書評創価学会の研究/玉野和志著/講談社現代新書 

このところネットを見過ぎて、いろんな意味でクラクラしている。 

そんなとき、ちょっとクールダウンするために最適な一冊。

創価学会の研究 (講談社現代新書)

創価学会の研究 (講談社現代新書)


著者も指摘しているけれど、創価学会について「落ち着いた」研究本というのは少ない。

最新の手軽な研究本を読んでおきたいな、とは感じていた。

だけど「この本を読まなきゃと」と思った大きなきっかけは、西村(新人類)さんのblogで紹介されてたからだな。

http://sinzinrui.blog.so-net.ne.jp/2008-12-06



この本は、創価学会の歴史を「日本における労働者階級の運動」のなかに、どういう位置付けらるのか、という視点から書かれている。


ちょっと引用が多くなってしまうが…

「はじめに」より

創価学会の歴史の中には人々の誤解や中傷を招くことがなかったわけではない。しかしその程度のことはある程度の組織であれば、どこにでもあることである。むしろ私はそれをことさらに問題視する日本の社会のほうに、あるおもしろさを感じたのである。人々はなぜ創価学会を嫌うのか。そこにわれわれ日本人と日本の社会を理解する鍵が隠されているように思えたのである。


というわけで、本書はいっぷう変わった書物となる。論じられるのはあくまで創価学会という宗教団体であるが、それを通して見えてくるのは、支配的な意味での日本社会や言論や学問のあり方である。言い換えれば、本書は創価学会とそれを取りまく世の中を社会学的に理解しようとするものである。


 したがって、本書は創価学会告発するつもりも、美化するつもりもない。ちまたにはこの二種類の言説が溢れているので、結果として創価学会を論じたものとしては異色のものになるのかもしれない。

腰巻きが異常にでかいのも、異色だw



日本の労働運動について

「あとがき」より

日本では、ヨーロッパのように労働者が自ら労働者階級に留まり、世代的に再生産していくことを望み、それゆえ労働者階級全体としての生活の保障と向上を求め、国家の法制度の中でそれを権利として獲得しようとする意味での労働運動が力を持つことはついぞなかった。そのような、アジアアフリカの経験からすると、むしろヨーロッパに特異な現象が起きるためには不可欠な、中産階級=ミドルクラスの一部が労働者たちの生活と社会にある種のリスペクトを抱いて接近し、これと連帯するということが、日本ではついぞ確立することがなかったのである。


日本の労働者は、知識層からの援軍も仲間との連帯もあてにせず、つねに激しい競争の中に身を捧げ、労働者としての生活から個人の努力だけで抜け出そうと努めてきた。それゆえ結果として貧しい生活から抜け出せなかったのはすべて自分が悪いのだと自らを責め、世間や国家に対して最低限の生活の保障すらも要求することをはばかってきたのである。その裏側には、確かにある程度の労働者が首尾よく中間層へと上昇することができたというある時期までの歴史的偶然が作用していた。創価学会に結集した人々は、そのような社会的地位の上昇を達成することのできた最後の労働者であると同時に、もはや上昇の道を望めなくなる最初の組織された労働者になるのかもしれない。

私はこの部分を、社会党共産党のインテリさん達の失敗の歴史、というように読んじゃったな。


創価学会の実利の一例。 インテリさん達とのお付き合い。

能力はあっても経済的な事情から上の学校に進めなかった多くの人々にとって創価学会における「御書」を中心とした言語の修得を伴う教学のもった意味は大きく、学校PTAなどで、大学卒の先生や、上の女学校を出た他のお母さんたちとも気後れせず、平気で話せるようになった。これも創価学会が重視する「実利」の一つだ。(P33)


戦後日本の労働運動と政治の歴史の一側面を、創価学会研究を通じて読み返すことが出来る良書だと思う。

まぁ、入門用の新書という限界はあるけれど。


当然のことだけど、島田裕巳への言及が多い。 

島田氏がどこかで反論みたいなのを書くらしいので、公明党の行方を考える上でも、ちょっとチェックしておきたいな。

2008-01-05

一条ゆかり『彼…』りぼんコミック1971

[][]ケータイ小説の起源(2)

前のエントリーは、タイトルと中身がズレすぎたので、改めて起源のこととかメモ。


ケータイ小説と、昔から有る読者体験手記とかヤンキー小説・ジュニア小説(コバルト文庫など)の繋がりも指摘されてる。

他に付け加えるなら「本当にあった***話」ブームと、明治安田生命のCM「あなたに会えて」シリーズかな。

特に、2001年放映の「たったひとつのたからもの」篇は、90秒で泣ける実話感動作だ。

http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/event/dear/

http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/event/dear/2001/


直接の「起源」は「感動系チェーンメール」だろう。

1999年2月、NTTドコモが「iモード」サービスを始めて、すぐに流行したのじゃなかったかな。


最近のトレンドを先取りしてるようなのを、ひとつ紹介。「実話」だということが強調されてる。

おそらく2000年頃のもの。

こんなに人に囲まれてるのに何故孤独なのだろう

あの人が死んだ あの人は一人しかいない、私も一人しかいない

あの人がいたって私は孤独だった

あの人がいたって何も私は変わらなかった

生きかたのヒントをくれただけだった

だけど・・・あの人が必要だった

何故必要だった?寂しさを埋めるため?

その答えはわからない・・・けど、

一緒に笑いたかった

一緒に泣いて欲しかった

一緒に悩んでほしかった


私をわかってほしかった

あの人が死んでから私は本当の孤独を知る 

あの人も私も一人しかいない

だから一人しかいない私を大事にしよう 

一人しかいない人達を大事にしよう

人はただ生きかたのヒントをくれるだけ、それだけだ


この詩は沖縄の人が戦争の悲しみから作られた詩です。

このメールを最低でも●人の人に送ってほしいのです。

お願いします。


2001年には「世界がもし100人の村だったら」が流行。 書籍化もされて、大ブーム。

ネット発の文章が書籍化されベストセラーになった例は、これ以前にあったっけ?

電車男は2004年。 ホリエモンブームが始まり、彼の本が売れてきたのも2004年ころから。


さてと、2006年のベストセラー惹句

インターネットで爆発的に広まっている愛と感動の真実のストーリー。この短い物語には、あなたの悩みを解消し、運を開くヒントがあります。

これは、2006年 9月いきなり週間ベストセラー<総合>(トーハン)の2位に初登場した「鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール」。


週間ベストセラー<総合> 2006年 9月12日調べ http://www.tohan.jp/bestseller/060912.html

 1美しい国安倍晋三
★2鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール野口嘉則

さて、その1ヶ月後に「恋空」が初登場


週間ベストセラー<総合> 2006年10月11日調べ http://www.tohan.jp/bestseller/061011.html

 1邪魅の雫京極夏彦
 2鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール野口嘉則
☆3池田大作の軌跡 I 評伝 平和と文化の大城
 4美しい国安倍晋三
★5 恋空 切ナイ恋物語 (上)(下)美嘉
★6DRAGON BALL Z Sparking! NEO PS2版 新武闘書

* ★印は初登場 ☆印は再登場*1


2007年の文芸部門のベストセラー上位が「ケータイ小説」で占められたことが、『「文芸」という分野で売れた』という論調になってるのには、ちょっと微妙な気分が有ったりする。


ブログ本やコミックも一応「文芸」のジャンルにはいるらしい。 というか「文芸」と自己申告すれば「なんでもあり」じゃなかったかな。

手塚治虫の「陽だまりの樹 (1) (小学館叢書)」「アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫漫画全集)」は「文芸」の部門で出版され、ベストセラー上位に登場していたはず。 そのとき「さすがはマンガの神様」みたいに賞賛されていたことを思い出す。

文芸部門では売れたのだろうけれど、他のコミックと比べると「ベストセラー」と評するには、いささか問題があった。


ケータイ小説」が、古くさい「小説」というジャンルを席巻している、という評にも違和感があるなぁ。

ケータイ小説の売れ方は、コミックとタレント本と比べなきゃいけないのじゃないか?

*1:ところで、2006年10月11日調べの週間ベストセラー<総合>ベストテンを、全部読んでる人っているのだろうか?

2008-01-02

『新版引札見本帖.第1』〔明治36(190

[]「ネット炎上」を読んだ

2007年現在の日本のネット事情について、人文学系のスタンスから醒めた目で解説分析している。

何冊か2007年に出版されたネット論を読んでいるけれれど、その中ではそこそこ良書。

本のタイトルは「炎上」だけれども、実際に論じられているのは2ちゃんねる風にいえば「祭り」という現象についてがメイン。 「祭り」の中に「炎上」という現象がある、という認識のようだ。

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

「蓄積」についての言及が、ちょっと弱い

http://www.sbbit.jp/article/6930/

ソフトバンク ビジネス+IT」【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造を考える  より


 そういうことを知るためにはインターネット上のコミュニケーション文化というのがどういうふうに成り立っていて、そもそもインターネットとは何だったのかということをある程度把握しておく必要があるわけです。そして、そのような議論というのは実は蓄積がいっぱいあるわけです。バイラル・マーケティング系の議論だけでなく、新しい人文系、社会情報学の議論などもあります。数々の古典的なメディア研究も、まだまだ有効です。


 ただ、それぞれ蓄積があるにも関わらず、それをつなぐ本がなかった。ですから、僕はこの本をいわゆる「まとめサイト」的な本だと思って書きました。そのため、独自の概念は提案したけれど、「作者の意見」はほとんど禁欲しています。この本自体がハブになった上で、読者の方にはそれぞれ、バイラル・マーケティングとか「炎上」対策とか、あるいはこれからの法規制の問題とか、青少年の教育の問題であるとか、さまざまな方向に議論を進めていっていただきたいなと思います。

さて、それではどんな本が参考文献と記されているかというと、ほとんどが21世紀になって出版された本だった。 古典というのは「デマの心理学 (岩波現代叢書)」(1952年)あたり。

まぁ、いわゆる学術書ではないから、入手しやすい最近の本ばかりになるのはしょうがないのかもしれないが、昭和に書かれたネット論やパソコン通信時代、ITバブルの頃に書かれた本などは、紹介されてはいない。


「実は蓄積がいっぱいあるわけです」といいつつ、日本のネット黎明期の事情に言及している本はぼるぼら氏の「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」くらいしかないのじゃないかな。

また、本書の中で取り上げられている事件も、ほとんどが2000年以降のもの。 つまり2ちゃんねるが有って、blogが有るのが前提になった時代のものだ。


  • 「これまで起こってきた現象が、これからも形を変えて起こり続ける。」
  • 「これまで起こってきた現象が、これからは形を変えて起こり続ける。」

という結論には同意する所が多いけれど、「これまで起こってきた現象」の取り上げ方と、いっぱいあるはずの数々の「蓄積」については、ちょっと不満が有るなぁ。


ネットワーク社会の深層構造―「薄口」の人間関係へ (中公新書)

まだパソコン通信がかろうじて現役だった二〇〇〇年に出版された新書。

「投稿雑誌→ラジオ深夜放送ポケベル・Q2→パソコン通信」という流れがまとめられている。

パソコン通信でのバトルについての考察も興味深いかも。 この時代のバトルというがネット言論の理論は「沈黙のらせん」くらいしかなかった。

関連 http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070822/1187778127


ちょっと微妙なところはあるが

意識通信―ドリーム・ナヴィゲイターの誕生 (ちくま学芸文庫)

1993年当時の雰囲気を、有る程度感じることが出来るかも。

関連 http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070905/1188964521


まだまだ埋もれている本が有ると思うのだがなぁ。


ともあれ、2007年のネット事情の「まとめ」としては、そこそそこ良書だと思う。

この時代の記録として、後の世代にも参照される本になるかもしれない。

日本のネットの現状について、blog2ちゃんねるで身体を張って(変な言い方だが)情報収集したりする度胸は買いたい。


2006年暮れやから去年に、ネットに詳しいはずの評論家が「炎上」についてネットや新書であれこれ書いたりしているが、それに比べると遙かにまともだ。

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/234/

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/241/

http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070829/1188348002


取り上げられなかった事件

経済産業省消費経済部長のブログがPSE法問題で「炎上」し、約3週間で閉鎖に追い込まれたのは2006年2月。

組織と個人、役所の情報発信のあり方など、いろいろ考えなきゃいけない事件だったと思う。

追記:この時の「炎上」は、2ちゃんねる発ではなかったのも興味深いところ。


去年の夏、古い扇風機から出火して老夫婦が焼死する事件があった。 同様な事件は実は過去にも発生しており、メーカーや監督官庁の広報のありかたが問われたわけだが……

もしも、この種の事件が2005年夏に起きていたら、そしてメディアで話題になっていたら、議論の方向性はどうなっていただろうか? などと、ふと考えたりする。


あとネットジャーナリズム関係も、それなりに「炎上」していたと思うのだがなぁ。


三章は「流言飛語の研究」だけど、ちょっとバランスが悪い

イラク人質事件」「ジェンダーフリー」「福島瑞穂の迷言」がメインになっている。

福島瑞穂の迷言」に関する考察や、筆者のネットの行動は確かに面白い。 この検証が始まった初期のころは、いちおう追いかけていたが、現在はここまで進んでいたのだなぁ。

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070714/p1


しかし「イラク人質事件」に関しては、ちょっと違和感。 それと事実誤認があるのではないか?

ネット上でところ構わず鳴り響いた「自己責任」「自業自得」の声は、間もなく「自作自演」という疑惑を生み出しました。それは要するに、人質事件などは本当は存在せず、「非国民」三人が日本政府に自らの政治的主張を実行させるため、イラク人と結託して芝居を打ったのだという主張です。ボードリヤールの著作「湾岸戦争は起こらなかった」(紀伊國屋書店2001)をもじって言えば、それは「人質事件は起こらなかった」というハイパーリアリティを創り出したと言えるでしょう。

(p118)

時系列や因果関係が違うのではないか。

人質バッシングはネットだけではなく、いわゆる「右派メディアも率先しておこなっていたのではないのか。

自作自演説も「くちコミレベル」で生まれたのではなく、メディア発の説だったような?



「実行犯の声明が変ではないか?」と、日本人関与説は最初期からネットにあったけれど、「識者」がメディアでそういった疑念を表明してから自作自演説の声が大きくなったのではないか?

自己責任」「自業自得」の声が大きくなったのは、ネット発というより、マスコ発ではなかったか?  家族が記者会見で「実行犯の要求を呑んで自衛隊を撤退させて」と言ってからではなかったか?


込み入った問題なんで、二つのurlを置いておこう。

かけはし 2004.04.26号

人質バッシング  「国策に逆らう非国民」?  「自己責任」論と「戦時下」で始まったマスコミの異端排除報道

http://www.jrcl.net/web/frame04426b.html

えーっと、日本革命的共産主義者同盟(JRCL)の新聞を紹介するのは極端すぎるだろうか?  マスコミの動向については、資料性が高いと思う。



亀井秀雄の【同時代への発言】

マスメディアの「テロリズム」 ―日本人拘束事件について―

http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/dojidai-toc.html#ma2

こっちは、1937年生まれの国文学者で北海道大学の名誉教授が2ちゃんねるを「発見」する手記、というようにも読めます。

2チャンネル論としても読み応え有り。

荻上チキ氏の『「分かりやすさ」へのカスケード』(P129)での分析・モデルなんかぶっ飛ばされそうな迫力かも。

チキ氏が謝辞を捧げている北田暁大なんか、ぼろくそに批判されてるしなぁ。


ともあれ、「イラク人質事件」に関した考察は、あまりにもマスコミを無視しすぎている。


あと三章で気になったのは、「チェーンメール」について、あっさりとしか触れていないこと。

『「不幸の手紙」はネット時代・ケータイ時代になって「チェーンメール」となった』というのは敢えて書く必要のない「常識」ということで、はぶいちゃったのだろうか?

「善意」でチェーンメールが広がることもある、ということくらい、もっと書いてもいいだろうに。

豊川信用金庫事件と佐賀銀行取り付け騒ぎは、一応取り上げられてはいるけれど…これもあっさりとしすぎてる。 二つの事件の共通点と違いの分析が無い。



他の章では、ほぼニュートラルな立場での事件の紹介と分析がなされているのだが、この三章だけは、どうもバランスが悪い。

【追記 2008/1/3】

参考文献にあげられている本のレビューを、一昨年書いてたことを思い出した

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/86/

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/88/

内容紹介に有るとおり『足がかりを提供する』本として、これまであったネット事件、ネット論を網羅的にまとめ、紹介することの方に力が入っているとしか思えない。

もう最初から最後まで遠山氏は引用を繰り返してます。 非常に読みにくいし、遠山氏の主張も何処にあるかは、結局はわからない。


まぁ北田暁大、鈴木謙介両氏のような力みまくりの主張をしているわけではなく、研究中といった感じなのかなぁ。

(略)

別に私は玄人でもないけれど、この本は素人にはお勧め出来ない。

2007-12-26

[]蒲生泰軒の名乗り

敵に対しては「名のない男」と名乗り

「いったい貴公は何者でござるかな?」

「おれか? おれは天下を家とする隠者だ」

「なに、隠者? して、御尊名は?」

「名なぞあるものか。しいて言えば、名のない男というのが名かな」

味方に対しては、実名(?)を名乗ったりする

「さだめし世に聞こえし隠者(いんじゃ)、御尊名は?」

「隠とは隠れた者、ところがこのとおりどこにでも現われる。名か。そいつは……」

 と口ごもったから、また名のない男と答えるかと思うと、

「蒲生泰軒(がもうたいけん)と申す」

林不忘 作『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』より

http://www.aozora.gr.jp/cards/000290/card24376.html


パソコンのモニタで読むには、ちょっとつらかった。

最初はブラウザで読み始めるが、白背景がまぶしくなってくる。

エディタの背景を紺色にして、白い文字・縦書きにして読んだ。


ケータイ小説のほうが、目に優しいのかもなぁ(苦笑


登場人物が多すぎたような気がしたなぁ


林不忘の別のペンネーム「谷譲次」名義のものは、海外旅行に行くときに読みたいな。

  • 谷 譲次:作家別作品リスト青空文庫
  • 林 不忘:作家別作品リスト青空文庫
  • 牧 逸馬:作家別作品リスト青空文庫