社会学A(中京大学2016年度)質問回答補遺8

◇「「マクドナルド化」という言葉から「ビッグマック指数」など枝分かれした言葉があるが、このままマクドナルド関係の言葉で固めてしまうと マクドナルド自体が象徴になってしまうのではないか? それはマクドナルド側の損失になる可能性がある。」原文ママ〕:■質問の主旨・趣旨がわかりかねます。

■おそらく、「マクドナルド」という固有名詞が社会学や経済学などのモデルに援用されたとき、ネガティブな概念をさす術語がふえると、企業としてのマクドナルド社にダメージをあたえるので、営業妨害的ではないか、という懸念かとおもいます。■結論からいえば、これは「有名税」のたぐいの構図であり、それこそ、マクドナルド社がその圧倒的知名度によって えてきた「益」に付随する「害」として甘受するほかない性格の現実だとおもいます。端的にいえば、利潤を追求する民間企業にかぎらず、著名になり「だれでもしっている状況」にいたることは、ハイリスク状況に突入するのであり、現実問題として、関係者は自衛するほかありません。一部 公人は、テロ等の標的となるリスクがきえないので、公的な護衛対象として徹底的な警護をうけたりします(アメリカ大統領/天皇三権の長につくSPなど)。王族とか独裁者などは、そのプライバシーについての報道管制なども徹底されるでしょう。しかし、たとえば皇室でさえも、巨大匿名掲示板などで「不敬」な表現が放置されてきたように、「ひとのくちに、とは たてられない」のは普遍的現実なのです。■マクドナルド社についても、多国籍ファストフードチェーンのトップランナーとしての地位をたもつことで獲得した圧倒的なブランド価値を享受してきた経緯(それまでのブランディングの努力と成功)は、正負両面での副産物をさけられない宿命があるのです。知名度によってもたらされる「利益」と、それにともなう「損害」は、よくもわるくも併存します。「益」の方以外、すべてを封印することは物理的/社会的(経済的/文化的etc.)に不可能です。■もちろん、マクドナルド社にかぎらず、企業はほとんどすべて、自社にとって有益なブランディングの努力をできるかぎりつづけます。そのなかには、匿名掲示板でかわされるネガティブなかきこみ、同業他社などによるネガティブキャンペーン工作員などの策動などへの対抗策もふくまれます。「クレーマー対策」はもちろん、「被害者」が訴訟などにはしらないよう、「和解」をもとめた水面下での工作など、たくさんの「努力」がなされてきました。「総会屋」とよばれる、ユスリ/タカリ集団が暗躍した経緯とか、「会社ゴロ」がなくならない現実も、企業(特に有名な大企業)が、すべて清廉潔白であることはすくなく、暴露されるとスキャンダル化する要素を少々はかかえてきた現実の産物でした。著名な大企業のある体質が「脚光」をあびてしまい、たとえば「ブラック企業大賞」が企画されたなどは、苦笑するほかない日本列島の実態といえそうです。

■それはともかく、「「マクドナルド化」という言葉から「ビッグマック指数」など枝分かれした言葉がある」との認識は、事実誤認です。「ビッグマック指数」が、「ビッグマック1個の価格を比較することで得られる〔……〕イギリスの経済専門誌エコノミスト』によって1986年9月に考案されて以来、同誌で毎年報告されている。〔……〕」(ウィキペディア)などと記述されているとおり、「マクドナルド化」とは、基本的には関係がありません。■せいぜい かかわりがあるとすれば、つぎのようなかたちで「ビッグマック指数」の妥当性がマクドナルド化という合理化によってささえられているという現実ですね。

「・効率性
効率性はある地点から別の地点に移動するための最適な方法である。 消費者にとって、マクドナルドは空腹から満腹へ移動するために利用できる裁量の方法を提供している。〔……〕
・計算可能性
計算可能性は、販売商品の量的側面(分量と費用)、およびていきょうされるサービス(商品を手にするまでにかかる時間)をもっとも重視する。量は質に等しいものとなった。〔……〕たとえば「ビック何とか」「ダブル何とか」という名称から、人々は量を決めることができるし、価格総額に比べて多くの食べ物を自分たちは手に入れていると感じることができるのだ。〔……〕
・予測可能性
マクドナルドは商品とサービスがいつでも、どこでも同一であり均一であるという保証を与えている。マクドナルドが意外な驚きを与えないことを知っていることに人々は心地よさを感じる。マクドナルド・モデルの成功が暗示しているのは、人々の多くが意外な驚きのほとんど存在しない世界を好むようになったということである。従業員も予測可能な仕方で振舞う。〔……〕」
マクドナルド化 - Jinkawiki」】

■しかし、「マクドナルド化」という社会学モデルから「ビッグマック指数」という経済学モデルが派生したのではないことだけは確実です。

■「マクドナルド化」という社会学モデルから派生したのではないけれども、並行している、ないし、この社会学モデルの下位単位とみて問題ない呼称はあります。その典型例は「マックジョブ」でしょう。
マックジョブ(McJob)とは、低賃金・低スキル・重労働(長時間労働・過度の疲労を伴う労働)、マニュアルに沿うだけの単調で将来性のない仕事の総称。一般に、ファーストフード店などの創意工夫を必要としない機械的な動作を繰り返す業務を指す。「マック」はハンバーガーショップマクドナルドにちなむ。〔……〕」【マックジョブ - Wikipedia

「『オックスフォード英語辞典』によれば、1986年8月のワシントン・ポストの見出しが初出である。これが一般化したのは、ダグラス・クープランドの小説『ジェネレーションX 加速された文化のための物語たち』である。
 この言葉はアメリカなどにおいて中産階級がかつて就いていた職が削減されていることを強調するために使われている。オートメーションの導入やリストラによる生産性の向上の結果、あるいは工場など生産拠点・コールセンター・会計・総務・コンピュータプログラミングなどを第三世界の国々へ移転させた結果、かつてブルーカラーやホワイトカラーとして働いていた人々が職を失った。こうした人々は長年特別な教育や訓練を受け、経験を積んできただけに、新しい分野で一からやり直したがらない。また企業は新卒の若者を新しく採用する傾向があるため、年配の失業者にはスーパーのレジ打ちやマクドナルドの店員、パート労働といった非熟練労働以外の選択肢がないのである。また地域・国全体に求職がない場合、高い教育を受けた若者も教育を満足に受けられなかった若者も「マックジョブ」をするしかない場合もある。
 マクドナルド自身はこの用語の使用に反発しており、2003年6月の改訂でこの語句を掲載し、なおかつ「安い給料で、将来性のない仕事」「犬に食わせるような仕事」と定義づけた『Merriam-Webster's Collegiate Dictionary』に対し「レストラン産業で働く1200万人の従業員を侮辱するもの」として削除を要請した。しかし「マックジョブを生んでいる会社こそが、むしろ従業員を侮辱している」と考える編集部によって却下されている[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%96#cite_note-1:title=[1]]。2007年にはイギリスのオックスフォード英語辞典に対し同じく要請した。一方、すでにマクドナルド内部のジョブ・トレーニングの名称としてMcJOBSという単語が1984年5月に商標登録されている。」【同上】

■この日本語版ウィキペディアの記述は、日本マクドナルド社幹部のホンネとして、修正要求をだしたい内容でしょう。しかし、外食産業屈指のブランドは、それを「有名税」として甘受し、工作員をはなつなどして「編集合戦」におちいったりすることは、さけたのでしょう。賢明だとおもいます。■それはさておき、自分たちが商標登録した固有名詞のはずが、実際には、労働社会学的なモデルとして、それなりに有名になってしまい、世界的しにせの英語辞典に正式登録されてしまっているのは、皮肉な現実です。特に、本社幹部が、この命名に「名誉棄損」的な反発をあらわしながら、自社の「ブラック企業」体質を、「マックジョブを生んでいる会社こそが、むしろ従業員を侮辱している」などとあげつらわれてしまったのは、なんたる皮肉か……。

■また、「このままマクドナルド関係の言葉で固めてしまうと マクドナルド自体が象徴になってしまう」という懸念も無用です。なぜなら、「マクドナルド」という民間企業の社名=固有名詞が多方面で援用されるというのは、正負ともに著名だからです。いいかえれば、かりに最近の復調傾向が失敗してトップ企業としての位置をうしなえば、急速に注目度もうしなうはずです。人気タレントほどスキャンダルが巨大であるという、「ヒカリとカゲのコントラストのつよさ」の法則と同形で、著名企業ほど、その功罪は、おおきくあつかわれる(たとえば、巨大企業トヨタのリコール問題や無税問題が注目された)のであって、マクナルドが巨大企業として存在感があるかぎり、よくもわるくも めだち、話題にのぼるのです(Twitterでのランキングをおもいだしてください)。めだつことで、正負さまざまな局面で登場することこそ、企業などブランドの著名度、影響力のバロメーターといえるのですから。
■もちろん、負のイメージが、ネガティブ・ブランドとして確立してしまったあと、汚名返上/名誉挽回しきないケースもありえます。たとえばドイツ/日本という第二次世界大戦での枢軸国=敗戦国のばあいは、ホロコーストなど戦争犯罪/占領地での暴力という「負の遺産」をひきずっています。それらは、経済・文化などでの汚名返上/名誉挽回のたゆまぬ運動によって、だいぶ印象はよくなりましたが、歴史認識などで日本が東アジアや米国とのあいだで、戦後70年をへてなお、きしみをかかえていることは、運動の現実的むずかしさの典型例です。■おなじく、アメリカ人の大半は、世界最高の国家だとうたがわないでしょうが、イスラム圏をふくめて、世界中でうらまれていますね。まあ、西部開拓時代からイラク戦争以降まで、たゆまぬ蛮行の歴史ですから、当然です。いくら、ハリウッド映画など「ソフトパワー」や留学制度などを弄しようと、親米派だけがふえていくわけでなく、過去の罪業を被害者・遺族がわすれることはないのですから。アメリカのように世界の頂点となる要素をたくさんかかえる大国こそ、「ヒカリとカゲのコントラストのつよさ」は強烈になるわけです。反米感情を矮小化して、単なる嫉妬心だなどと かたづけることは、大変危険です。
負の世界遺産(オキナワ/ヒロシマナガサキアウシュビッツetc.)をはじめダークツーリズムの対象地など、人類が過去に謙虚にまなぶためには、「負の遺産」(地名・人名・事件名)は、なくてはならないブランドです。「修学旅行」を、単なるアリバイ工作にしないためには、教員や保護者の相当な勉強が必要とされるでしょう。■公教育のツメコミ学習とそれを誘発する暗記重視の入試の弊害は、いくら強調してもしすぎることはないのですが、キーワードとして、固有名詞をたくさんしいれておくことは、つねに有益です。不完全ではあれ想起できる固有名詞のリストが貧弱であればあるほど、法則やモデルにもちかづきづらくなるし、なにより、ネット検索の効率が激減するからです。固有名詞に無知な層は、ウィキペディア自体駆使できないことはもちろん、その記述の問題性に気づく機会・能力もわずかしかないことを意味するのです。現状のマクドナルド化した公教育に、科学的精神涵養をもとめることは無意味なので、その意味では、「キーワード検索できる素養/手法の指導」こそ急務な気がします。

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