名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

サキ翻訳読み比べ

サキの短篇「トバモリー」の翻訳読み比べを理論社、ハルキ文庫、サンリオ文庫創土社白水社の5つで行いました。
サキは人気の高い作家ですから、複数の翻訳が出版されています。でも元は同じ作品だからどれを読んでも一緒じゃん、と言うことはありません。それらと原文とを併せて読めば、それぞれの言葉の紡ぎ方から、それぞれ異なった印象を受けます。印象、場の空気感というものは、サキが得意とするようなブラックユーモアにおいて大きな役割を果たすと考えられるので、翻訳の読み比べをするにはとても楽しい作家、といえるかもしれません。
名大SF研は、この11月末に行われる京都SFフェスティバルの合宿企画として「サキの部屋」を開きます。この翻訳会について詳しくはそこで述べるとして、ここでは簡単に話題に挙がったことを書きたいと思います。
トバモリー」は、猫が喋って人間関係をぶち壊していく話です。とまぁ、これだけで8割くらい言えてます。とにかく人間たちが色々とやらかしており、その翻弄されっぷりが話を動かしていきます。
(作品について)
 人々はウィルフリッド卿とブレムリー夫人の屋敷で催されたパーティに集まった。その中のコーネリアス・アピンという男は「天才」と噂だったが、どうも素性がハッキリしなかった。だが彼は長年の研究の成果をついにそこで発表する。それは、動物に人間の言葉を話させる方法だった。
その第一号として、ブレムリー家の愛猫トバモリーが人間の言葉を喋りはじめるのだが、彼はそこで、人が他人には知られたくないあれやこれやを話していくのだった。相手が猫なので人間はまったく警戒しなかったのだろう、彼のありのままの発言は、快刀乱麻を断つがごとく人間の華やかな社交(?)の裏を暴くが、一方でさらなる乱麻を生んでいく。知らなければいいことってあるよね。猫が積極的に発言をするのではなく、人間が墓穴を掘っていくという構図なのも、猫が人間に対して超越した存在であることを感じさせる。
トバモリーの供述は一匹の雄猫が厩舎へと向かうのを機に幸いにも中断する。厩舎にはトバモリーと仲の良い雌猫がいたので雄猫を阻止しに行ったのだろう、屋敷から去って行った。だが、彼の生んだわだかまりは去らない。人々は疑心暗鬼になっていた
最終的には、トバモリーの死により幕を下ろすこの事件だが、最後の最後まで味わい深いものになっている。詳細は是非「サキの部屋」で語り合いたいが、それにしても人々の見事なまでの転がされっぷりがおもしろい。


◎話題に挙がったことの一部。

場所や季節について:ちょっとした話題になった。なにはともあれ舞台はイギリスのようだ。
ウィルフリッド卿の口調:ある一文の訳を例にとると(By Gad it's true)、「なんということだ、あれはほんとうだったぞ!」というウィルフレッド卿から、「うわぁ、本当だ」というウィルフレッド卿までいらっしゃった。後のトバモリーの話し方にしても、こういうところに雰囲気の違いが現れる。
シジフォスの岩の話:ポンコツな車につけられた渾名「The Envy of Sisyphus」の背景にある神話だが、前提知識を共有しにくいので工夫が必要だ。理論社は、わかりやすいように、固有名詞を排す傾向がみられるが、ここでは逆に分かりにくくなっているように思われる。
バーフィールド少佐or大佐?:Major Barfieldを理論社は少佐、他は大佐となっているが、果たして。
ミセスコーネットの容貌について:長くなるので載せないが、この部分の翻訳は5つともそれぞればらばらに意味をとっている。自分たちも考えたがよく分からなかった。謎である。
Regular Hunger Marcher;いろいろ訳していた。続く文章に現れる「四回食べる」という行為は、イギリスにおいては、我々が三食食べるのと同じ感覚であって、過剰に欲しがるという意味ではなさそうだ。一部のSF研部員の中で熱狂的な人気を誇る、ハグキ先生の某漫画はあまり関係なかった。
クローヴィス氏の発言:Lady what’s her name’s book won’t be in it の解釈が保留された。また、クローヴィスの立ち位置は他の人とは一線を画していると思われ、話の他の部分でも彼の発言は光っている。

もっと個別的には、例えば、
Hypnotic forceの、「えもいえぬ滋味」という訳に、えもいえぬ滋味を感じたり、fancy miceの訳のうち、トバモリー君に捧げるべきファンシーマウスはどの訳か考えてみたり、原文のbeyond catと、beyond rat の響きを面白がってみたり、babel-likeの裏に隠れた言語ショックの影を眺めたりと、日本語にしても、英語にしても色々な楽しみ方がありました。
色んな重なり、響きがあるような作品ですので、翻訳家の方も大変なのだと思います。
ちなみに、部員の中で好評だったのは白水社のものでした。
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