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都市計画・まちづくり・地域再生編集日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2010-08-31

第4回季刊まちづくり26号読書会(2)〜環境・生態系の視点

提案08.環境・生態系の視点を都市計画制度に位置づける

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 田中貴宏さんは広島大学で、建築環境や都市環境を専攻されている。

 都市政策になにかを提案するというよりも、都市の物理的な環境を認識科学的に研究している。

 したがって学問的な立場から、科学的知見をきちんと示し、あとは市民や政治の政策選択にゆだねるというスタンスだと強調されていたのが印象的だった。

都市の環境資源の利用

 たとえば風の道が大気汚染の希釈やヒートアイランドに有効なことはよく知られているが、それぞれの都市でどんな風が吹いているのか等を記した都市気候図も一部の自治体にしかなく、それを利用しようという社会制度もない。


 これを都市計画に位置づけられないか。

 たとえば尾島先生は風の道に等級をつけて、道路のように等級に応じて管理主体を決めてはどうかと提案されている。


 また横浜では環境部局の依頼で風の吹く方向や強さ、緑化が効果的な場所はどこか、風通しが悪く工夫が必要なところはどこかを示した都市気候図をつくった。都市計画部局の人も検討委員会に入っていたが、あまり細かいものを作られても対応できないといった感じだった。


都市の生態系保全

 生物多様性の観点から見れば、都市はまわりの生態系に迷惑をかけなければ良いそうだ。

 だから、するべきことは、1)外来生物が入ってこないようにする、2)汚染物質を排出しない、3)都市内の絶滅危惧種を保全するといったことに限られる。


 だから都市の生態系を考えるとき、その目的は、都市に住む人びとに対するサービス(生態系サービス)の提供にある。

 たとえば都市のなかの生態ネットワークも、人びとが生物との共生を求めて初めて必要となる、いわば都市生活者への文化的サービスだ。


 逆に言えば「身近にどのような自然景観を望むのか?」、たとえば「ススキとトンボが飛び交う草地景観」を望むのかどうかについて合意があるなら、そのための術は生態学分野に蓄積されている。

 したがって、なんらかの制度、たとえば都市計画がそのような合意を形成する場となると良いのではないか。


提案をめぐる議論

 こういう話も難しい。

 会場からは風が抜けると火災旋風が起きやすいといった指摘もあった。

 ヒートアイランドを押さえるために風の道が必要だと言われれば、まったくその通りだと思ってしまうし、火災旋風が……と言われると、それはまずいと思ってしまう。


 そこまでいかなくても、夏は涼しくなるのはウエルカムだけど、冬、冷たい風が吹くのはごめんだ、ということもある。


 ヒートアイランドを押さえることにどれだけの価値をおくのか、さらには都市の気候全体を、どの程度自然なものに近づけるのか、そのあたりの合意ができてこないと実際の規制に持ち込むのは難しいだろう。


 ただ、ヒートアイランド等を押さえるために、何をしなければならず、どんな努力がいるのか分からなければ、その合意もできようがない。


 そのためにはきちんとした科学的な知見が必要だ。それを地道に提供してくれるのは有り難い。生かせるかどうかは、都市計画の問題というより、市民や政治の問題ではないだろうか。


 生物多様性の観点から見れば、都市はまわりの生態系に迷惑をかけなければ良いというのも、おそらくその通りだろう。


 だが、「都市はまわりの生態系に迷惑をかけない」ということは、そんなに簡単なのだろうか。

 一つには都市がやたら広がっていて、田んぼや里山、さらには森林とも混じり合ってしまっている。瀬田さんは都市が拡散したが故に、自治体の全域を都市計画の対象にすべきと言われたが、逆にいえば、都市は迷惑をかけてはいけない自然を、領域としては放逐してしまうほど広がっているということだ。


 また都市から出る汚染物質、廃棄物は都市内で完全に処理されているのだろうか。綺麗になったとは言え、都市河川は汚いし、どんな山奥にいっても空き缶が転がっていたりする。


 それとは別に、都市のなかの生態系に無頓着な社会が、都市の外の生態系に思いを馳せることができるだろうか、という問題がある。

 「ススキとトンボが飛び交う草地景観」を目ざすのかどうか、それを例えば都市計画の場で議論するのだとすれば、そこでは生物多様性の観点だけではなく、もっと幅広い観点から、その価値を論じる必要がありそうだ。


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・『季刊まちづくり 26

2010-08-30

第4回季刊まちづくり26号読書会(1)〜都市計画区域

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 連続4回の季刊まちづくり26号の特集「地域づくりの視点から都市計画制度に提案する」をめぐるワークショップが終わった。

 よくまあ、4回もやってくださったものだと感心する。


 大げさに言えば、東京での討論会や今回のワークショップは、本や雑誌づくりの一つのあり方を示していると思う。

 極論をすれば、本だけでは、書店においておくだけでは、情報発信の渦は作れないということだ。一方、新聞やテレビ、雑誌の広告は、コストばかりかかって、その影響力は低減している。とても1000部、2000部の出版では使えない。

 だから、こういった個々は小さくても顔の見える関係での情報発信を積み重ね、それを様々なメディアでフォローしていくこと、そのなかに本というメディアを浮かべる。そんなことが、これからますます必要になってくるのではないか。


 その先鞭をつけてくださった米野さん始め発表者の方々、参加してくださった方々に感謝したい。


 ところで今回は、広域や土地利用といった、やや、難しい話題だった。その内容は下記の三つだ。


  提案01.都市計画区域を見直す:姥浦道生+瀬田文彦

  提案08.環境・生態系の視点を都市計画制度に位置づける:田中貴宏+山崎義人

  提案13.都市内に散在する農地を環境整備に活かせ:柴田祐


提案01.都市計画区域を見直す

瀬田さんの提案

 瀬田さんの問題意識は、第一に、これから市町村への都市計画の分権が進んでいくのに、市町村と都市計画の単位である都市計画区域の領域が一致せず、複雑な関係にあることが問題ではないかということだ。


 第二には、仮に一自治体一都市計画区域となるように整理しても、都市計画区域外では都市的な開発も自由という訳の分からない現状は続く。


 そのうえ、都市マスに区域マス、国土利用の構想、土地利用基本計画など様々な計画はあるが、それぞれ曖昧であったり、個別法の規制を追認しているに過ぎず、実効性が乏しい(p24)。


 そこで、基礎自治体レベル、広域レベルにおいて、次のような改革が必要ではないか。

 ただし、ここでは都市計画法国土利用計画法の改正に限定して考える。だから、これらの改革が、現状の農振法や森林法などと併存できるかどうかが、問題になる。


基礎自治体レベルの大枠

 モータリゼーション等により、都市的・非都市的土地利用を一体的に計画する必要性が高まっている。現在も区域設定に自由度が高い都市マスでは、自治体の行政域全体を対象としている市町村も少なくない。

 また実態としての地域空間は、農地、水面なども含め、様々な土地利用から構成されている。

 よって市町村全体を、農地、森林等も含め、計画対象とするべきである。


 そして市町村の都市計画は、将来ビジョンを描く「空間利用構想図」と、より具体的に即地的に位置や範囲を示す「空間利用計画図」の二本だてにする。


 この際、農振計画や地域森林計画等との関係は、空間利用計画は保全すべき農地や森林を示すものであり、これらの計画はより積極的に整備をすすめる区域の計画を示すものであり、併存は可能である。


基礎自治体レベルの規制の実際

 市街地や集落はコンパクトに形成し、その外部では開発を抑制し農地や森林を保全する。このような方向は概ね共有されているとしても、その実際のあり方は様ざまである。

 そこで共通性と独自性をもった都市像を実現するために

 1)既成市街地は既成市街地区域に指定し、用途地域指定等によりコントロールする。ただし一定の規模以上の集団農地は除く。

 2)集落地域については穴埋め的な内発的開発を許容する。この集落の空間的な範囲は、たとえば50m20戸連担といった一定以上の密度で既に連担した地区とする。

 3)その他の地域は保全区域として原則として開発は認めない。


広域レベル

 広域の国土利用計画の機能を強化し、市町村空間利用計画の上位計画とする。

 「すなわち広域政府である都道府県が、広域的な土地利用の方針に加えて、市町村ごとの開発可能容量を人口・世帯や開発動向のトレンドなどを踏まえて合理的に規定し、それらが各市町村の空間利用計画やそれに基づく地区計画等の即地的な計画・規制を拘束する」(p27)という関係になる。


提案をめぐる議論

 活発な質疑があったが、提案も含め、専門的で難しい話なので、なかなかついていけなかった。


 68年法に代表される都市計画の目的は、市街化すべきところを市街化区域に指定し、その周辺を市街化調整区域とすることで、都市的な開発とそのためのインフラの整備を集約することにあったと聞く。


 ところが、市街化区域が過大に設定されたうえに、開発はモータリゼーションにより市街化調整区域を飛び越えて、都市計画区域外等にまで広がっている。そういう意味では都市計画は破綻したと言うべきだろう。


 今、再び、市街地や集落をコンパクトに形成するために、何が必要だろうか。

 確かに、全域に規制対象を広げること、複雑で分かりにくい体系を整理することは、必要だろう。


 だが、これから空き地がどんどん増えていったときに、領域を広げた都市計画で対応できるのかという次の問題が立ち上がってくる。


 市街地再開発事業のように都市計画自らがお金を投じ、事業をするということは、ごく限られたところでしか考えられない。あくまで、「開発をしたい」といった動きがあったときに、「ダメです」とか、「やるなら、こうしてください」という力しかない。


 だとすると、集落が消滅していくような時に何が出来るのか。農業が衰退していくときに、保全地域に指定してどれほどの意味があるのか。


 現在、ずぶずぶの森林法や農振法がしっかりすれば、それで良いのではという意見や、瀬田さん自身、国土利用計画を担っている企画部局からは、「都市計画区域を広げるのはへんじゃないか」という反応もあると言われていた。


 加えて、都市計画は今まで、住宅や2次産業のことしか考えてこなった。3次産業は考えてもあまりうまくいかなかった、一次産業のことを考えられるのか、という指摘もあった。


 やはり、農業をどうする、限界集落はどうするんだという大きな政策目標があって、その具体策があって、そのために土地利用をどうするのか、規制がいるのか、いらないのか、という大きな物語が必要ではないかと思う。

 そうでないと瀬田さん自身も言われるように、土地利用だけを取り出して何かをしようとしても、国民的な合意をつくり上げることは難しいのではないか。


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・『季刊まちづくり 26

2010-08-29

宇沢弘文『「成田」とは何か』(2)

住民が大切にしたもの

 第一回公開シンポジウムでの石毛博道さんの意見発表は心を打つ。

 「つねに指摘してきたように、運輸省と関係住民、関係市町村の公開討論の場は、空港位置決定のときに、当然、開かれるべきであったからです」。


 「もし1966年にこのような公開討論の場が設定されていれば、私たちは、かけがいのない友人を失うこともなかったし、この地域の村々が味わった、いわれもない苦悩を薄らげることが出来たかもしれないのです。また国家にとっても、警察官の生命を失うこともなく、貴い国民の税金を、これほどまでに無駄使いすることはなかったはずです。」(p190)


 「空港利用地内とされた農家の多くは、戦後の食糧難を救うために、国のすすめによってこの地に入植した開拓農民であり、国家のために艱難辛苦を乗り越えて食料増産に励んできた民であります。……中略……赤紙一枚で人生の決定権を奪われた人々ではありましたが、荒廃した国土を眺め、飢えに泣く子どもたちの姿を見て、ふたたび国の要請を受けて、御料牧場の開放地に開拓に入ったのでした。耕耘機もない時代、とんび鍬といわれる鍬一本で、陽が昇ってから月明かりの夜まで、松林や竹林を切り倒し、少しずつ畑を作っていったのです。

 そこへ、突然、空港が降ってきたのです」(p191)。


 まただまし討ち的な代執行で家屋を破壊された小泉よねさんについて「肝心なことは一人の人間が住み慣れた家や田圃を失っただけではなく、薪を拾った裏山や洗濯をした家の前の川など、自然や人間の関係をすべて断たれたということなのです……中略……一体、隣近所との関係をすべて断たれて、老婆一人、見知らぬ町で、どのように生きていけというつもりだったのでしょうか」(p193)。


 「この25年間、私たちが見てきたものは、常に人間の心を無視し、人間が他の人間や自然との関係によって成り立っているということを考えもしない、傲慢な行政の態度でした」。


 この意見発表には「私たちは成田の教訓を、日本の国家と民衆に分かち合って欲しい(p201)」「一歩遅れても、二歩遅れても、丁寧に合意を形成しながら進むべき時代が、もう来ている」と書かれている。だが、第1回シンポジウムから19年を経た我われは、この思いに応えられているのだろうか?


成田闘争が提起した様々な問題

 成田闘争が提起した問題は、広く、深い。

 それは、土地所有とは何か、というところから、農業消費者のあり方にいたるまで、今日的な課題を多数含んでいることが、本書だけからでも伺える。


関係者は誰か

 たとえば、成田闘争はまた、空港予定地内に直接土地を所有するか、土地所有者と直接何らかの経済利害関係をもつ人々に当事者を限定しようとする政府・公団と、予定地内に居住し農業を営む農民だけではなく、周辺に居住し、農業を中心として生活を営む人々を包含した反対同盟との対決でもあった。

 前者の、問題を狭く狭く押し込め、土地所収者だけに限定しようとする政府の姿勢は大きくは変わっていない。都市計画法も未だに借家人の参加すら認めていない。


ハーヴェイ・ロードの要件

 また宇沢さんはケインズ主義の考え方をもっとも端的に表したものとして「ハーヴェイ・ロードの要件」をとりあげ、「統治機構としての国家が、一般大衆よりすぐれた知識と大局的観点をもって、一般大衆にとって望ましい政策を選択して、実行に移してゆくという考え方であって、日本の土地収用法の前提条件とまさに合致するものである。成田問題は・・非民主主義的、専制主義的政治機構のなかで、その極限にまで推し進められた結果」(p173)だとされている。

 都市計画にしろ公共事業の場合、悪意をもって進めようとする専門家官僚はめったにいないだろう。だが、善意と知識が良い結果をもたらすとは限らない。


土地とは、農業とは

 石毛博道さんの意見発表には「私たちの農耕と生産活動は、自分の家族の生計の支えであるばかりではなく、たくさんの消費者から委ねられた業(なりわい)なのだ、ということです。さらに、この業の重要な構成要素である土地は、単に、私が所有権を有する土地であるばかりではなく、公の生命を育む共生の大地であり、生命を維持していくための、最低限必要な社会的共有の財産だったのだということを、改めて思い致しているところであります」(p189)と書かれている。


 また宇沢さんは反対同盟の中心的な動機は、農の営みを守ることであったという。

 僕は、学生の頃、「三里塚に援農に行こう」という立て看板を見たことを覚えている。今風に言えば、農業体験、都市農村交流の魁だ。

 宇沢さんによれば、青年行動隊の石井新二さんは有機農業に取り組まれたという(p142)。

 また三里塚微生物農法の会ワンパック・グループは産直も実践した(p143)。島村昭治さんは卵と野菜を消費者に届ける運動を続けた(p144)。

 支援に駆けつけた佐山忠さんは漬け物工場をつくった(p147)。今でいう農村加工所だ。


 宗田好史さんの「イタリア世界遺産物語〜人々が愛したスローなまちづくり」によれば、「イタリアの農業がどう生き残るか、イタリアの農村がどう生き残るかを、(60年代の)学生運動を担った人たちがまじめに考え」アグリツーリズモが広がったという。


 西山康雄さんの『イギリスのガバナンス型まちづくり―社会的企業による都市再生』によれば、イギリスの開発トラストを担ったのも、やはり闘争世代だという。


 ひるがえって日本の運動は?と思っていたが、三里塚の問いかけは大きく、奥が深い。


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・宇沢弘文著『「成田」とは何か―戦後日本の悲劇 (岩波新書)


・宇沢弘文著『自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)


・宇沢弘文『社会的共通資本 (岩波新書)


・宇沢弘文、前田正尚、薄井充裕編著『都市のルネッサンスを求めて―社会的共通資本としての都市1 (Economic Affairs)

2010-08-28

宇沢弘文『「成田」とは何か』(1)

宇沢弘文さんと成田闘争

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 宇沢弘文さんと言えば、近代経済学の泰斗であると同時に、『自動車の社会的費用』(岩波新書、1974年)で「外部不経済」という考え方を広く世に知らしめた人である。


 都市計画学会の50周年記念大会が早稲田で開かれたとき、記念講演に来られ、9.11をさしてアメリカの世紀の崩壊が始まったと喝破されたのには驚いた。

 またジェーン・ジェイコブスを高く評価されたことも印象に残っている。


 その後、ソーシャル・キャピタルが話題になることが増え、宇沢さんの『社会的共通資本』も、よく引用されるようになった。岡部明子さんも参加して書かれた『都市のルネッサンスを求めて』では、ストラスブールなども紹介されている。


 その宇沢さんが『「成田」とは何か』を書かれていることを偶然知り、読んでみた。


 91年から、反対派住民と政府の公開シンポジウムや円卓会議が始まっていたことは、かすかに記憶しているが、宇沢さんも関係していたそうだ。


 この本はシンポジウムへの協力依頼を反対派住民と運輸省の双方から受けた頃から、第一回シンポジウムが開かれるまでの91年4月から11月まで『世界』に連載された文章をほぼそのまま収録し、前後に文章を付けられたものだ。


 宇沢さんも「成田闘争が日本の政治、社会、経済、文化のあらゆる面における腐敗、堕落に対して突きつけたきびしい批判と抵抗について心から共感を覚えながら、傍観者的な態度をとりつづけてきたという負い目」(p159)について語っておられる。

 また91年の秋に、新任の奥田運輸大臣が、前大臣の「強制的な手段は用いない」という約束をひるがえし、「いつまでも待っているわけにはいかんでしょう」と言ったときの対応で、「国家権力に対する恐怖から、成田問題の本質を見失って、反対同盟の人々の信頼感に応えることができなかった」とまで言わしめたのが成田闘争だ。


 僕は傍観者だったが、それでも成田闘争はあやふやな記憶で書けないことは知っている。

 だが、宇沢さんの本を読んだだけでも、その持つ意味の大きさに圧倒される。


住民を無視した公共事業

 三里塚立地が決まったときの政府の姿勢はどうであったのか。

 閣議決定の前夜、農林次官が運輸次官に地元の農民の了解を得たのかと問いただしたとき、「運輸省が飛行場をつくるときには上の方で一方的に決めて、農民はそれに従うのが一般原則である。これまでもこの方式で飛行場を建設してきたのであって、一度も問題になったことはない」と運輸次官が言ったという(p78)。


 新国際空港の建設は霞ヶ浦富里が候補地だったが、霞が浦がボーリング調査の結果、候補から外れ、富里に一度は仮決定したものの、地元の猛烈な反対にあって頓挫してしまう。

 そこで川島自民党総裁から友納千葉県知事に斡旋案として提示されたのが三里塚だった。

 三里塚はその主要部分が宮内庁下総御料牧場であったこと、第二次大戦後に入植した開拓農民が多く、貧しいから土地収用が容易ではないかという理由から選ばれたのではないかという(p76)。


 第一回公開シンポジウムでの石毛博道さんの意見発表では「当時の計画案作成者の一人は「ちょっとへんな形をしているでしょう。四角じゃなくて凹んだところがある。あれは5百年以上続いている旧家があって、土地を売るのをウンといわないだろう、と削ったんです」(『文藝春秋』S46年6月号)と語っています。開拓農民なら簡単に土地を売るだろうという行政サイドの農民蔑視の感覚は、この発言で証明されていますが、私たちは一貫してこのような姿勢に対する怒りを感じてきました」(p204)としている。


 なお富里は成田市に隣接し、少し東京よりにある。富里案は敷地2300ヘクタール、滑走路5本だったが、三里塚案では1060ヘクタール、滑走路3本になったという(p76)。国家プロジェクトの規模が、このようにコロコロ変わること自体、計画の正当性に疑念を抱かせる。


 もちろん成田にも一定の効用はあったろう。8月21日に紹介したが「法制度上、公共の利益を増進するであろうと微塵も見込めないような公共事業を実施することはおおよそ不可能」だと言う意見もあるが、上記のようないい加減な過程で決まった成田空港は、多大な社会的な損失を出した。


 成田闘争は、よくボタンの掛け違いと言われる。

 反対派の農民も自分たちの努力の結晶である農地をこよなく大切にしていたが、同時に、「明治大帝発祥の地」として御料を誇りにしていた老人もいれば(p47)、「自分が納得し、意気に感じたら、ただでも喜んで自分の土地財産を投げ出す」ような人たちもいた(佐山忠「白骨の怨念〜小川明治さん追悼文、本書、p95)。


 ある再開発の偉い先生が、成田のおかげでゴネ得がまかり通るようになったと嘆いていたが、それはあまりに偏った、酷い見方だ。理を尽くして説明することもせず、また本当にどんな空港が必要なのかの確信もなしに、札束で農民を追いつめたのは政府である。


(続く)

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・宇沢弘文著『「成田」とは何か―戦後日本の悲劇 (岩波新書)

2010-08-27

特報・『地域ブランドと魅力あるまちづくり』その3

地域資源が生み出すブランド

 重要なのは「その地域がもつ地域資源(自然、歴史・文化、地場産業等)から生み出されるもの」という考え方だと思う。


 もちろん亀山ブランドの液晶テレビのように、その地域が持っていた地域資源とはつながりが弱い物もある。いくら亀山ブランドの液晶テレビのファンになっても、だから亀山に旅行にいこうという人も少ないだろうし、亀山の他の産物に関心をもつ人も少ないだろう。

 「ももいちご」も同様だと思う。徳島佐那河内村の特産とのことだが、栽培農家が30戸しかないということが強調されているが、村のイメージは打ち出されていない。現地に行っても「ももいちご」が食べられるのか、食べられないのか、役場のHPでは判然とせず、農協に問い合わせよと書いてある。これでは行く気になりにくい。


 しかし多くの地域ブランド産品は、その地域のイメージに支えられているし、またその地域のイメージを支えている。だから「賀茂なす」のファンになった人は、他の京野菜にも関心を持ってくれるだろうし、ひょっとすると京料理を食べに行こうと思うかもしれない。


 ところが上賀茂にきてみたら、がっかりの風景だったらどう思うか。

 誰も京野菜なんて食べていなかったらどうか。

 僕ならがっかりする。


 京野菜は、京都の歴史や文化を大切にしている京都人が食べているという物語があるから、京都の文化の輝きを背負える。そこに、いかにも美味しそうな野菜をつくっている風景があって、始めて美味しく思える。


 コモディティ品というのだろうか、世界のどこでも作れて、どこでも売られている普通品では、美味しいところは市場にとられてしまう。ブランドづくりが「売れ続けるための仕組みづくり」であるなら、その背後にその地域ならではの地域資源(自然、歴史・文化、地場産業等)を持っていることは強みだ。


 とりわけ「特産物ブランド」と「文化・環境ブランド」の接点にある地場産業は重要だと思う。

 また、環境配慮が声高に言われる今、環境政策に裏打ちされた「文化・環境ブランド」を持つ都市は魅力だろう。

 本書では取り上げられていないが、京都はCOP3の開催地となったことで、とても得をしている。ヨーロッパではKyotoといえば京都議定書、環境対策に熱心な都市という連想が働くと、京都市は吹聴している。

 そして京都の経済界は、京都の企業であることに誇りを持っていると聞く。


 やや楽天的にすぎるかもしれないが、地域ブランドは、景観かメシの種かという従来の枠組み、思考を飛び越える視点となり、また切っ掛けともなりうるのではないか。

 原稿を読んで、そのように感じた。


 果たして本書の魅力をうまく説明できたかどうか心許ないが、この本が地域の底力を高めることに少しでも役立てばと思う。そのためには、まず出さなければ。

(おわり)

2010-08-26

特報・『地域ブランドと魅力あるまちづくり』その2

地域ブランドの捉え方

 未定稿なので、詳細に引用しての紹介はできないし、ひょっとすると大きく変わるかもしれないが、佐々木一成さんの『地域ブランドと魅力あるまちづくり』は次の5章からなる予定だ。そして各章各節を裏付ける約40の事例が適宜紹介されている。


 1章 地域ブランドとは何か

 2章 いま、なぜ地域ブランドなのか

 3章 「特産物(サービス)ブランド」への取り組み

 4章 「文化・環境ブランド」への取り組み

 5章 京都ブランドはなぜ強い(優れた統合ブランドとは)

 6章 地域ブランドの創造と強化


 本書ではまず「地域ブランドとは、特産物(またはサービス)や文化・環境などの個別ブランドと、これらを一体的に束ねる統合ブランドから成り立つ」とし、個別ブランドと統合ブランドが相互に影響し、強め合う(あるいは弱め合う)関係にあると主張している。


 たとえば京都の一番の観光土産である漬け物で言えば、京漬け物というブランドが、実は、京都の1200年の歴史に育まれた食文化といった京都の物語(統合ブランド)に支えられていること、逆に京漬け物の美味しさが、京漬け物をこよなく愛する奥ゆかしい京都人の京都という物語(統合ブランド)を強めているということだ。


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 さて、その個別ブランドは、「その地域がもつ地域資源(自然、歴史・文化、地場産業等)から生み出されるもの」で、具体的には「特産物(サービス)ブランド」「文化・環境ブランド」「観光ブランド」の三つの領域からなるとしている。

 そしてそれぞれが、「買いたい、使いたい消費者」「暮らしたい定住者」「訪れたい旅行者」に対応していると言う。


 ただ、本書の目次からも明らかなように、観光ブランドは本書ではあまり重要視していない。なぜなら、買いたい物があるから、そこの暮らしや文化が素敵に見えるから、旅行者は訪ねたいと思うからだ。


 もちろんディズニーランドやシーガイヤのような新しい観光資源をつくることも可能だろう。

 しかし、それはあまりにリスキーだ。

 また、今、増えている観光資源は、たとえば石見銀山秋葉原道頓堀のように、生活と生業の総体としての文化的景観であることが多い。

 とすれば、結局のところ、そこに住む住民が大切にしている文化・環境、そして育てている物やサービスこそが、観光資源の候補なのだ。


 その資源をどう磨いて魅力としていくか、どう売り出していくかは、敷田さんたちの本、それに6月30日に紹介した十代田朗さんや内田純一たちの『観光まちづくりとマーケティング』本に任せ、本書では、その基盤となる「特産物(サービス)ブランド」「文化・環境ブランド」に焦点を当てている。

続く


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・敷田麻実、内田純一、森重昌之編著『観光の地域ブランディング―交流によるまちづくりのしくみ


・佐々木一成『観光振興と魅力あるまちづくり―地域ツーリズムの展望

2010-08-25

特報・『地域ブランドと魅力あるまちづくり』その1

いよいよ脱稿

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 『観光振興と魅力あるまちづくり』の佐々木一成さんにお願いしていた『地域ブランドと魅力あるまちづくり』が、脱稿した。

 お願いしたのは2年半ほど前。当時、すでにブームだったとはいえ、地域ブランド本は、関満博さんの本や、本当の専門書しかなかった。

 ところがお願いした直後から、『地域ブランドマネジメント』『事例で学ぶ!地域ブランドの成功法則』『地ブランド』などなど、地域ブランド本が出てきてしまった。


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 そのうえ僕も『観光の地域ブランディング』(敷田麻実、内田純一、森重昌之編著)を、昨年出させていただいた。


 このように佐々木さんの止むを得ない事情で遅れているうちに本が増えたが、屋上屋を架すことにならないと思っている。


 もちろん『観光振興と魅力あるまちづくり』を読んでいただいた方は分かっていただけるだろうが、佐々木さんはテーマを幅広く捉え、全体像をさまざまな事例で示してくれると同時に、肝心なところは、自身で考え抜いてきっちりと書いてくださる。

 これは貴重だと思う。

 もちろん、今回の本も同様だ。


 そして、これが肝心なことなのだが、個々のブランド商品づくりについては、他の本で十分かもしれないが、まちづくり、地域づくりにおいてどう考えるべきかを、はっきりと描き出してくれている。

 敷田さんたちの本も地域づくり、まちづくりに焦点を当てた本だが、同時に観光に絞っている。本書はむしろ特産物ブランドと地域の文化・環境ブランド、そして地域資源の関係に焦点を当てている。


地域ブランドづくりとまちづくりの関係

 地域ブランドについて、僕の関心は、僕がいろいろと出させていただいた景観や歴史保全、住民主体といったさまざまな「まちづくり」が、産業振興としての「地域ブランド」と関係があるのかどうかだ。


 いくら景観が良くなっても、歴史を大切にしても、あるいは住民主体でまちづくりをやっても、メシの種になるのか、景観や文化ではメシは食えないという古くからの議論がある。


 時には景観づくりが観光振興に結びつくことはあるが、一部の観光関係者が潤うだけで地域にとっては迷惑だという話もある。

 一方、地域ブランドづくりに成功し、有名になっても、やはりその関係者だけが潤うだけだという話もある。


 僕がその地域の住民なら、そういう観光振興、地域ブランドづくりなら、勝手にやってくれ。多少の事は目をつぶるから、こっちまで来るな!というように思うだろう。


 ほんとうに、そんなあり方しかないのか?。

 明日、考えてみよう。

続く


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・佐々木一成『観光振興と魅力あるまちづくり―地域ツーリズムの展望


・敷田麻実、内田純一、森重 昌之編著観光の地域ブランディング―交流によるまちづくりのしくみ

2010-08-24

『季刊まちづくり28号』発行間近(2)

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景観法を生かした最近の取り組みから何を学ぶか

 芦屋をはじめ、自治体の積極的な取り組みがはじまっている。


 そのなかで一番残念なのは、事業者や設計者が明示的な基準を求め、「基準に合っていれば良いんでしょ」という姿勢に留まっていることだと小浦久子さんはいう。行政担当者すら、揉めごとを嫌って、明示的で裁量の範囲が少ない基準を欲しがることもある。


 また、小浦さんは書いていないが、僕は住民も似たようなところがあると思う。こちらは逆に、基準に合っていても一切ダメとなりがちで、基準のベースにいかに良いものをつくるか、という発想にはならないことが多い。


 これは冒頭の久隆浩さんの問題意識に通じるところだと思う。調整を法律に委ねるだけではダメだということだ。


 なお井上赫郎さんが寄稿した「景観市民ネットワークの活動」には、上記のような断固反対だけの住民運動ではなく、都市計画道路への対抗案の提示が行政との協働に結び付き、森への影響が押さえられた例も報告されている。


 また鎌倉では景観地区を定める時、高さ制限を強化せよとの意見が続出したそうだ。

 ようやく、いろいろな事が動き出している。


都市計画の課題

 とはいえ、景観法を巧く使えばそれで済むかというと、疑問がない訳ではない。

 芦屋の例でも、一番奇妙に感じるのは、問題の地区が第一種中高層住居専用地域、容積200%であることだ。

 確かに、都市計画法建築基準法には「第一種中高層住居専用地域では中高層集合住宅が望ましい」とは書かれていない。


 だが、普通に考えれば「中高層住居」と書いてあるのだから、3階から20階ぐらいまでのマンションが核になって街をつくろうという地域だと受け取れる。

 不動産屋さんに「ここは中高層住居専用地域だからマンションに最適ですよ。国も自治体もそう言っているのですから」と言われて、信じて大金を投じたら、いったいどうしてくれるのだろうか。

 中高層で15mの高さ規制というのも、変だ。いまどき、15mで中高層というだろうか?



 確かに、マンションは容積不算入があるため、他の建築物と比べて遥かに大きくなる。だから、敷地に余裕がないと、壁面がど〜んと隣地や道路に迫ってくることになる。

 それが、周辺と不調和をおこしやすい。

 ならば、容積はそのままでも「低層戸建住居優先地域」ぐらいに名称を変更し、マンションの容積不算入の適用ナシとすべきではないか。

 京都市が斜線制限の緩和規定を適用しないとしていたが、同様の工夫ができないのだろうか。名称ぐらい変更しても、怒られないだろう。(だめかなあ)。


 法学も行政現場も知らない机上の空論だとは思うが、「低層戸建住居優先地域」であれば、聞いただけでどんな地域を目指しているか分かる。そういった分かりやすさ、規制の整合性を実現して欲しい。

 それが出来ない、あるいはしなくても景観法で間に合うのだとしたら、都市計画は要らない。


乞うご期待

 事例の中で、ちょっとびっくりなのが、黒松町の取り組み。

 住宅の色彩は23色の指定色に限定!?するという。

 思い切ったというか、単純だなあというか・・・。よくまあ反対が出ないものだと思うが、以前からの取り組みに強制力を持たせただけだそうだ。べつにまあ、23色もあったら十分か・・。

 それに環境基本計画と両輪となっている点も好感が持てる。


 なお、季刊まちづくり28号の目次は次の通り。

 http://www.gakugei-pub.jp/zassi/


 このなかでは森まゆみさんへの西村幸夫さんのインタビューが、編集者という稼業の僕にとっては考えさせられる内容だった。

 売れない!、次は電子版が襲ってくる!と浮き足立っている出版界が忘れている原点が垣間見えた。


 また福井市田原町の取り組みも良い。コミュニティ・マネージメントの好例だと思う。


 五十嵐敬喜さんと野口和雄さんは、神野直彦さんを座談会にひっぱり出して「現代的総有」と『「分かち合い」の経済学』を論じている。

 これについては発売を待って考えてみたい。

(おわり)


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『季刊まちづくり 28』(2010.9)

2010-08-23

『季刊まちづくり28号』発行間近(1)

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 8月初旬ですが、八甫谷氏が制作・編集し、学芸が発売している『季刊まちづくり』9月1日号の校正を読みました。

 もう印刷は終わり、9月1日には発売です。

 ところで季刊まちづくり、来年の春で30号ですが、このままでは31号以降の継続が難しくなっています。

 というわけで、秋のキャンペーンを始めました。

 HELP!って感じです。また少しお得になっています。ご覧下さい。


景観法と地域づくり

 今回の特集は『景観法と地域づくり』。

 最新情況と課題を俯瞰する四つの寄稿と、八つの事例報告からなる力の入った特集だ。


 国土交通省景観・歴史文化環境整備室の原田佳道さんの原稿によれば、現在、年間50から60の自治体が景観行政団体になっており、2009年9月のアンケート調査によれば、691団体がすでになっているか、または今後、景観行政団体になりたいとしているという。

 また景観計画を定めたのは2010年6月時点で233団体だが、2012年度末までに500を越える自治体で策定されそうだという。

 そんなに流行っているのか。

 補助金が出る訳でもない計画や規制に、自治体がそんなに熱心なのは、良い景観、風景のなかで暮らしたいという市民意識が強くなっている証拠だろう。まずは、目出度い。


 原田さんの原稿でも、事前協議制度の活用と広域景観への取り組みが、課題として取り上げられている。

 ただ、法律に位置づけられたことにより、事業者が指導にしたがってくれるようになったという成果も聞かれるが、実際に成果が面レベルで見えてくるには時間がかかり、また法では規定していない部分での独自の取り組みが大切だとされている。


 関連して根本的な考え方を論じた久隆浩さんと北村喜宜さんの寄稿が、対照的で面白い。


 住民参加に取り組み、近畿大学理工学部から総合社会学部に移ったばかりの久さんは、法の効用を認めつつも、市場や権力といった自分以外のものに調整を委ねようとする近代精神の限界を自覚し、「自らも関わり、努力を積み重ねながらよりよい社会をつくり」だすことが重要だと言う。


 だから「地域の環境をよくする取り組みのなかで、景観にも目を向ける、また、景観を良くする事によってまちの環境そのものを良くする」といった景観まちづくりが大切だとし、法律の一部を委任条例が担うという従来の発想を逆転し、都市景観条例の一部を景観法が担うという箕面市での使い方を紹介している。


 一方、上智大学法学部の北村さんは、景観法が国法である以上、避けがたく持っている「全国画一性」を、いかに乗り越え、地域に適合させるかを、法学の立場から示されている。

 たとえば、こんな案件にたいして審査期間の30日はいかにも短いといった場合に、スムースにこれを60日にするにはどういう仕掛けが必要か。また二重行政のそしりを受けることなく、事前協議を行なうにはどういう考え方がありうるか。景観地区では景観計画の規制が抜けてしまうという法律のあり方が困るとき、どうするか。景観地区内の工作物の高さ規制を認定の対象にできるか等を説明されている。


 両者に共通するのは、自治体がいかに法律を使いこなすか、ということだ。

 それは大阪大学の小浦久子さんが書かれた芦屋の事例でより鮮明になっている。


芦屋のマンション、不認定

 芦屋では2010年2月、5階建のマンションが景観法による市長の認定が得られず、建設できなくなった。

 原田さんの先の寄稿では、2009年度までに景観計画に関わり届け出られた件数が2万4611件。そのうち基準に反しているという理由で勧告を受けたのは108件(6団体)のみで、変更命令にいたっては実績ナシという状況のなかで、「不認定」は衝撃だった。


 小浦さんによると、問題のマンションは、普通の戸建住宅地に幅41mの壁面を立ちあげる計画で、しかも南側隣地境界とは1m程度のアキしかないものであったので、景観地区の大規模建築物の形態意匠基準のうち位置と規模に関する項目基準の3「周辺の景観と調和した建築スケールとし、通りや周辺との連続性を維持し、形成するような配置、規模及び形態とすること」に適合しないと判断されたのだという。


 このような決定ができたのには、一つは議会や市民の共感が大きかったからだと言う。 いかに制度が精緻につくられていても、議会や市民の支持がなければ、続かない。


 そして北村さんが述べているような法律の技術、都市計画の技術を駆使して、場所の特性に応じた大規模建築物の工夫のあり方を、位置や規模、外構なども含めて判断し、認定できる仕組みが作られている点が大きい。

 さきほどの「景観地区の大規模建築物の形態意匠基準のうち位置と規模に関する項目基準」があったからこそ、ゆらぐ事がなかったのだろう。


 なにも不認定を出すのが目的ではないが、景観を理由に拒否されることもあるのだと知らしめたことは、大きい。

続く


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『季刊まちづくり 28』(2010.9)

2010-08-22

藤井聡『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ』(2)

失われた夢

 どうして大衆は道路をはじめとした公共事業に不信感を持つようになったのだろうか。

 政治との癒着、談合環境破壊などなど枚挙に暇がないが、藤井さんも指摘されているように、バブル時代に、アメリカの要請に応えてやたらと公共事業を膨張させたあと、景気対策のためにさらに膨張させたこともある。


 だが、より根本的には、日本列島改造論に代表される開発型の公共事業に夢をいだけなくなったからだろう。

 それは何故か。


 一つには藤井さんが言われるように、日本列島改造論が掲げた「先進国並みの豊かさ」は実現し、夢ではなくなったこともある(p68)。


 それよりも大きいのは、「道路を通じて、村や街、地域や国を、時間をかけてより善いものにしようとする「意志」の力の欠落や衰微」(p64)にほかならない。


 藤井さんはこの意志の力の衰微を大いに嘆いておられるのだが、僕はそうは思わない。「日本列島高速道路網で結び、地方の工業化を促進し、農村を残しながらも、過疎や過密や公害の問題を同時に解決する」という田中角栄の夢は、もう二度と国民全体の夢にはならないだろう。それに変わる土木の夢もまだ描かれていない。


 その点は藤井さんも認めておられる。

 ならば、夢がないところに意志だけ持てというのは無茶ではないか。


道路行政のビジョン

 では、これからの道路行政のビジョンはどうなのか。それは、国民に夢を与え、意志を取り戻させることができるのか。

 藤井さんは「都市レベルでは文化、国レベルでは生存」だと言われる。


 藤井さんの言う「都市レベルの文化」は、最初に紹介したコンパクトシティの議論と一緒だ。

 具体的な施策は、1)都市への自動車の流入を食い止める環状道路やバイパス、2)周辺のフリンジパーキング、3)そのパーキングと都心を結ぶ大量輸送機関、4)電柱の地中化、5)都心部の道路空間の歩道やLRTへの再配分、6)歩道の景観形成、7)都心に人を呼び込むためのモビリティマネージメントである。


 国レベルでは、1)大地震への備え、2)橋梁等の老朽化への備え、3)今後の世界不況の大波に備えた基礎体力向上のための基本的な道路網、空港・港湾整備、だという。


 そして、危機にこそ、失業の恐怖を払拭できる大規模な公共投資を緊急に行えるように、実施すべき道路政策メニューを常に吟味し、備えておくことが必要だ、と言われる。


 果たして、これで人びとが夢を持てるだろうか。

 都市レベルに限って言えば、コンパクトシティが人々の生活文化と現時点では整合していないことは、最初に述べた通りだ。マイカーの魅力は大きい。まして、その提供者は国家の基幹産業で、マスコミへの影響力も絶大だ。


 1)〜6)を実施して最高のコンパクトシティをつくっても、7)が並行して成果を上げなければ、無駄な公共事業に終わってしまう。これは一発勝負ではなく、徐々に、時間をかけて取り組むしかない。

 藤井さん自身、そう思われるからこそ、モビリティ・マネジメントに力を入れておられるのではないか。


 コンパクトシティを夢見ているのは、今のところ少数派だろう。

 未来へのビジョン、夢をどう蘇らせるか。おそらく、これは土木という分野だけからでは解けない課題だと思う。


公共事業をめぐる住民参加は不要か

 本書には、肝心の「公共事業の雇用創出効果」については、ほとんど書かれていない。

 雇用創出効果、あるいは公共の利益にとって、道路等のハード事業が、福祉産業や教育等々の別の施策と比べて、よりよい選択なのかどうかは本書では分からない。


 藤井さんは家族や家庭を大切に思うなら、その未来を信じるなら、家を持つことによる様々な可能性を信じ、家を持とうとするだろうと言われる(p62)。それを敷衍して道路計画への意志を「まちづくり」「くにづくり」にかける意志だと言われるのだが、本当だろうか。


 家族や家庭を大切にしようと思うから、その未来を信じるからこそ、家などに投資せず、子どもの教育にかける人もいるだろう。あるいは、自らの事業の成功に一切をかけるかもしれない。毎年の海外旅行や観劇に蕩尽する人もいるだろう。


 家族のように比較的安定した価値をもった場ですら、選択肢は一通りではない。


 まして、土地神話が崩壊した今、ガタのきた家と高いローンに困り果てている人も多い。「家」を持とうとすることが共通の夢と言えるだろうか。

 別のものにかける自由も我われは持っていたい。


 同様に、道に費やすか、教育や研究に費やすか、はたまた借金の返済を優先するか、法制度上の手続きを踏んでいたとしても、なるべく早期に、他の選択肢も含めた検討の機会に関わりたい。そこで、納得のいく説明を得たい。

 もちろん大事なことは投票で決めるべきだが、それで全て済むわけではない。

 藤井さんは「法制度上、公共の利益を増進するであろうと微塵も見込めないような公共事業を実施することはおおよそ不可能」だと言われるが、その事業の社会的費用と効用を勘案する戦略アセスメントは未だに組み込まれていないことは8月9日に紹介した原科さんの講演会で紹介されていた通りだ。

 そしてまた、事業の計画段階での住民参加は、失われたビジョンを再構築していく大切な機会になるのではないか。

 マスコミを介さずに、人びとと直接会話できる機会を厭う理由はないはずだ。


コンクリートからソフトへ

 僕は「コンクリートから人へ」に希望を感じた。

 上記の講演会で、原科幸彦さんが「コンクリートからソフトへ」と言って、環境アセスメントの普及による技術者、計画者の雇用拡大を訴えておられた。


 なるほど、「コンクリートから人へ」より「コンクリートからソフトへ」のほうが、僕もの感覚に近い言葉だと思った。


 これからはどの事業をやるか、やるとしたらどうしたら最小の費用で最大の効果が得られるか、とことん考えるべき時代だろう。それには考える人や時間、お金が要る。また参加のためのお金も技術もいる。

 そういうことにお金を使おうという時代は、来ないものだろうか。

(おわり)


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今日は京の地蔵盆

2010-08-21

藤井聡『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ』(1)

コンパクトシティ

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 著者の藤井聡さんは現在、京都大学工学部土木計画、とくに交通計画を教えておられる。


 交通図書賞を受賞された『モビリティ・マネジメント入門』は東京工業大学におられた頃に、僕が担当して書いて頂いた本だ。

 そのとき、最初にいただいた草稿に、歩いていける範囲で買い物や食事はもちろん、公演も堪能できる北欧の街での生活が書かれていた。それを読み、僕が求めているものは、こんな生活だと思った。


 結局、本には載らなかったのだが、似た話が『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ』にも載っていた。


 イエテボリに1年間滞在されたおり、都心を囲む運河のすぐ外側のアパートに住み、「買い物、仕事、散歩、公園やカフェでの休憩、映画、そして国内出張のための中央駅へのアクセス、海外出張に行くにあたっての空港バスへの停留所へのアクセス等、日常生活のほとんど全ての移動が、徒歩、あるいはトラムで、数十秒から数分程度(少なくとも10分以内」という生活こそ、コンパクトシティと呼ぶものであろうと思うと書かれている(p132)。


 そして「日本に、このような街のあり方を取り入れることができないか」という思いを抱かれるが、同時に、「莫大な投資をもってして、考えられうる最高のコンパクト・シティの整備を行った」(p137)としても、様々な新しい問題を生み出すだけだ、と言われる。


 なぜなら、上記のようなコンパクトシティは「近所で事足りる活動しか行わない」という生き方、文化に適した「均衡解」だからだ。たとえば郊外の広い庭、商店などが混在しない閑静な住宅地に住み、買い物や娯楽は郊外のショッピングセンターにクルマでゆくといった生活を好む人たちに、近所で事足りる生活を押しつけることは出来ない。


 ではコンパクトシティ文化と郊外生活文化とを分ける重要な要素は何か?

 それは「マイカー利用だ」と藤井さんは言う。


 僕なら、地球環境問題やエネルギー危機を引き合いに出し、マイカー利用に未来はないと論を運ぶところだが、藤井さんはそのような紋切り型の言い方はしない。


 経済学では選択肢が増えることが幸せに繋がると言われるが、果たしてそうか、と問うてくる。

 マイカーにより選択肢が増えることよりも、「数少ない選択肢から厳選した場所に、繰り返し訪れることで、ますますその場所を好意的に感じるようになる」(p140)。

 日本には「よく見れば 薺(ナズナ)花咲く 垣根かな」(p141)という松尾芭蕉の一句に見られるように、垣根に生えたぺんぺん草の花ですら、美を感じる伝統がある。

 しかしマイカーに依存したままだと、「よく見る」ということは出来ない。

 たとえマイカーがないことで選択の幅が狭まっても、生活になんら遜色はないと言われる。


 実際、藤井さん自身、帰国後、思い切ってマイカーを止めたそうだ。そうすると近所の商店で欲しいものはほとんど手に入ったし、お寺があり、神社があり、公園があることが分かり、地域に愛着がわいてきたという。


 だからコンパクトシティの実現を真に願うなら、人々のマイカー利用、ひいては文化が変わることを期待する他はない、と言われる。


モビリティ・マネジメント

 ただし、手をこまねいて、文化が変わることを祈っておられるわけではない。


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 藤井さんはモビリティ・マネジメントの研究と実践の第一線にたっておられる。モビリティ・マネジメントとは「大規模、かつ、個別的に呼びかけていく「コミュニケーション施策」を中心として、システムの運用改善や整備も組み合わせつつ、住民1人1人や一つ一つの職場組織等に働きかけ、自発的な(車から公共交通や徒歩や自転車への)行動の転換を促していくもの」である(『モビリティ・マネジメント入門』p15、( )内は前田補筆)。


 それは、松尾芭蕉や地域への愛着といった高尚な話からではなく、マイカーに頼らなくても、より快適に目的地が達せられる可能性を知ってもらうことから始まる。単純な話、近くにバス停があるなら、駐車の手間暇を考えれば、マイカーでいくより早く行けることだって少なくない。まして近距離なら自転車が早いことが多い。


 こうして人びとが車と賢くつき合う社会になってゆけば、道路空間の再配分やロードプライシングなど、車に厳しい政策も賛意を得られるようになるというシナリオである。


藤井さんの主張の核心


 藤井さんの主張は、民営化議論にせよ、反道路建設の議論にせよ、「論理を踏まえて議論されているものではなく、「気分」として語られているにしか過ぎない」「その気分は何かと問うてみれば」「大衆の大衆ならざるものへの「妬み」から立ちのぼるものとしか思えぬものなのである」(p90)に尽きる。


 「少なくとも現行の法制度上、公共の利益を増進するであろうと微塵も見込めないような公共事業を実施することはおおよそ不可能」なのに、「公共事業を推進する際にはできるだけ早い段階に住民参加を進める一方で、公共事業の効果を定期的に評価し国民に公開しよう、そして場合によっては住民投票による拒否権すら、一定程度は認めよう、という機運が行政の中においてすら高まっている」(p34)。


 それは「(国民世論が公共事業に不信感をもっている)このご時世だから、住民の声をきちんと取り入れなければならない」(p35)といった専門家の言説で一層広まっていく。


 しかし、この「このご時世だから」という言葉は、公共事業が公共の利益に資するか否かのみで判断すべきという基本を冒涜し、自分の意見には多数の同調者がいるという「脅し文句」にほかならない。「このご時世だから」ですませてしまう輩は、裸の王様を褒めそやすお調子者、すなわち大衆にお追従を言うお調子者に過ぎない。


 マスコミは大衆が聞きたがることを敏感に察知して、意に添うようなお調子者の言説を流す。大衆はその言説に接して、意を強くする。だから、物事はとかく極端に流れていく。


 藤井さんは、このマスコミと大衆の相互作用を「大衆人とお調子者が織りなす世論の螺旋運動」と呼ばれている。


 確かに、今の言論状況には絶望的な気分になることは多い。

 だから、「世論の螺旋運動」という指摘に共感するところも多いし、それは「インターネットでの書込ページが普及するにつれ、ますます加速している」(p40)という指摘にも頷かざるを得ない。


 しかし、この螺旋運動は、大衆の欲望の暗黒面を体現したものだと、言い切れるのか。

 それはそれで疑問が残る。

続く


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藤井聡著『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ―人のためにこそコンクリートを』(発売、相模書房)


藤井聡、谷口綾子著『モビリティ・マネジメント入門―「人と社会」を中心に据えた新しい交通戦略』(学芸出版社)


藤井聡著『土木計画学―公共選択の社会科学』(学芸出版社)


田中尚人、柴田久編著、藤井 聡、秀島 栄三、横松 宗太、著『土木と景観―風景のためのデザインとマネジメント』(学芸出版社)


北村隆一編著、藤井聡ほか著『ポスト・モータリゼーション―21世紀の都市と交通戦略』(学芸出版社)


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2010-08-20

高松平蔵さんのセミナー『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか』(2)

ドイツの政治と官僚事情

 ドイツは政治家と官僚の役割が日本と随分違う。

 小さな街でも、大臣に相当する政治家のポストがあり、たとえば文化大臣がいる。その役目は「まちの戦略として文化をどう扱うか」を示すことだ。

 たいして官僚は専門家だという。たとえば劇場を担当する人なら、劇場運営や関連分野の専門教育を受けた人だそうだ。


 日本でも官僚は戦術的なレベルで頑張るけれども、政治的な意志決定にいたる前に異動してしまう。その点は、ドイツのほうがうまくいっている感じだという。


 驚いたのは、ドイツの官僚は社会を発展させねばならないと思いこみを持っているという話。昨今、日本ではそういう使命感を語るのは恥ずかしいと思う人が多い。下手に言うと「上から目線」「暑苦しい」って揶揄されてしまう。


 藤井聡さんは、その著書『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ』(2010、相模書房)のなかで、国家は、その振る舞いに自らが影響を受けるものであると同時に、自身の振るまいが僅かながらも影響を及ぼしうるものとして国家を感じていた。それは「自らがお上に立つ」ことを想定した感覚である、と書かれていた(p49)。


 いまどき国家を持ち出すのは、僕には理解不可能だが、これを社会と置き換えるなら、「その振る舞いに自らが影響を受けるものであると同時に、自身の振るまいが僅かながらも影響を及ぼしうるもの」という感覚は持っていたい。


 たが環境制約や人口減少が大前提として語られる今、高度成長期のような「これが発展だ」という単純な未来はない。かつてのように「社会の発展」といった大きな物語瓩忙般心兇鮖つのはなかなか難しい。


日本へのアドバイス〜ワークライフ・バランス

 なぜ、エアランゲンに住むようになったのかという質問があった。

 答は極めて明快。奥さんが旦那をつれて故郷に戻ったということだそうだ。


 もともとは京都経済新聞という小さな新聞社におられたのだが、ドイツ人の女性と結婚され、人生に転機が訪れた。

 高松さんも単身赴任や個食など、家族を顧みない日本のライフスタイルに疑問をもっていたが、そこへ「1日のうちに家族の時間があるのは当然」と考える奥さんの考えとも共鳴。だいたい、日本式の働きかたをすると、家族の時間云々という以前に夫婦関係が破綻する。長い議論の上、エアランゲンへ移住することに決定。奥さんの立場からいえば「旦那をつれて故郷に戻った」というかたちになるというわけだ。


 ドイツ人は19世紀以来の家族幻想が強く、家庭は大事にするものだと思っている。それが労働スタイルにも影響している。ワーク・ライフ・バランスが無茶苦茶な日本にいては大変なことになると、ドイツに連れて行かれてしまったそうだ。


 そんなわけで、ドイツの人たちは可処分時間がたっぷりある。だからウィークデーの夕方から、家族連れでスポーツクラブに行ったり、NPOで一働きしたりするのは普通だ。


 エアランゲンだけでも550ものNPOがある。多いのはスポーツ系でドイツ全体ではNPOの約40%をしめるという。またそれにNPOの法律ができたのは1848年で、もう150年以上の歴史がある。


 とはいえ、ドイツでも、人と人の繋がりが希薄になってきているのでは、と問題になっている。若い人がスポーツ団体やNPOに入りたがらない。


 教会はNPOとともに市民活動の大きな柱だが、19世紀以来、古いと言われ続けている。だが、教会はそうは言われながらもアップダウンを繰り返しているという感じで、今、特に歴史的な危機にあるわけではない。


 質問された方の娘さんがハンブルグにいて「寄付が正しいかどうか」といった議論をしているそうだが、一般的な感覚とは違うのではないか。企業にとって地元への寄付は所場代、地元へのお返しという感じのものだと高松さんは言われた。


 日本の小さな街が真似をできるかという質問に対しては、日本は政治と行政の役割を考え直すべきだが、これは難しいと言われる。

 それならばまず、職住接近で可処分時間を増やすべきではないか。昔、大阪の街で大阪をどうすべきかを、高松さんと、コンサルの人、金融の人が集まって議論したが、誰一人、大阪に住んでいなかった。京都でも滋賀からという人もいる。


 これからは企業が通勤時間30分以内の人を優先するといった決断をして、職住近接の人を増やすべきではないか。そうなると地域が活力が戻ってくる。奈良から大阪に通って、帰ると12時になるというようなライフスタイルを、まず変えるべきだと言われた。

 などほど、ワークライフバランスを変えなければ地域も変わらないと言うことか。

 仕事か趣味か分からないような世界に染まっている僕には耳が痛い話だった。


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高松平蔵著『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか―小さな街の輝くクオリティ

2010-08-19

高松平蔵さんのセミナー『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか』(1)


 8月2日の高松さんの講演会も盛況でした。

 おいでいただいた皆さん、有り難う。

 正式な記録は下記にあるので見てください。ここでは興味深かったことをいくつか取り上げて紹介します。


 ○担当編集者による正式記録

 http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1008takamatsu/report.htm


元気の仕掛け

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 高松さんは街を元気にする地域力として、宮西悠司氏の説をベースに

 ・資源の蓄積力

 ・住民の連帯力

 ・地域への関心力

を挙げられた。その地域力を支えるのが、

 ・ヒト:政治家行政マン、積極的な市民

 ・モノ:景観などの町のハード

 ・カネ:税収、スポンサリング・寄付

 ・情報・観念:歴史、誇り、立地条件

だと言われる。


 このうち立地条件が分かりにくい。日本だと「交通至便」とか、「東京に近い」といった理解だが、これはそういう狭い意味ではない。


 もちろん買い物が便利だとか、交通至便も関係するが、治安が良いとか、良い病院があるとか、文化ホールがあるとか、もっと広い意味で、その都市が生活するうえで魅力的か、事業をするうえで魅力的かを示す言葉だという。


 ドイツでは特にホワイトカラーは職住近接の街を好む。あとでも紹介するがアフターファイブの生活を楽しめないと人生、真っ暗という感じらしい。だから、上記のような総合的な魅力がある街に優秀な人材が集まりやすい。


 したがって魅力のある街では、既存の企業も繁栄するし、新規の起業や進出も増える。彼らは営業税を払うだけではなく、地元へのお返しとして寄付もする。それがインフラに再投資され、あるいは市民活動や文化活動を盛んにすることで、ますます人を惹きつける魅力がアップする。


 この正の循環が、昔からの城壁に囲まれた都市のなかでぐるぐる回っている。これがドイツの10万ぐらいの都市の元気の秘訣らしい(図は高松平蔵氏セミナー記録「ドイツの元気なドイツの地方都市はなぜ元気なのか」2010.8.3より)。


(C)高松平蔵


都市の魅力としての文化

 日本では、言われていても実感がないのが「文化」だろう。


 大阪府橋下知事は、オペラがやりたいなら、見に行く人がお金を全部負担すべきだと言い放ったが、ドイツでは文化を支えるのは自治体の義務と思われているという。

 ドイツでは、後述のように街に「文化大臣」に相当するポストがあるぐらいだ。


 その文化政策への市民参加の一つ、エアランゲンで行われている文化の対話(カルチャー・ダイアローグ)というものが面白い。


 これは市が主催し100〜150名の市民が参加し、テーマによっては市会議員、学者、商工会議所、教会の関係者たちも参加する。「明日の文化のお客さんはだれ?」「アーティストは街をどう特徴づけるか」「街にどれぐらい文化が必要か」といったテーマについて一日中やっているという。


 その一つに高松さんが参加されたとき、立地条件としてのアート、アーティスト、すなわち企業誘致のための立地条件と同じだと言ってみたら、ぴたっとはまったという感じだったそうだ。


 もちろんドイツの自治体も財政はよくないし、エアランゲンにはすでに劇場もあればギャラリーもあるので、こういった議論から生まれるのは「フェスティバルをやるときに、地元のアーティストを呼ぼう」といった小さな改革だが、街の立地条件はこういう小さな積み重ねからもつくられているのだという。


街のアイデンティティをつくる

 住民の連帯力や地域への関心力を高めるのは、エアランゲンはどんな街かという共通認識であり、誇りだという。それは言い換えれば街のアイデンティティだ。これがあるから、あらゆる活動が地域に収斂していく。


 では、そのアイデンティティを強めているのは何か。

 それは郷土愛と地域らしさの可視化、そして文書主義だ。


文書主義

 なんだか良く分からない言葉だが、聞いてみると、記録を文書で残すこと、そうした文書を偏執狂的に保管しておくことだという。

 たとえば、高松さんのドイツ人の奥さんは、小学校の頃の通知簿から何から何まで、きちんと整理して持っているという。それがないと不安になってしまうらしい。


 街レベルでも同じ事をやっている。

 都市は中世のときから壁に囲まれ、そのなかで膨大な記録を文書にして残している。

 たとえば1000年祭のときの街の事典は、5000円もするのに、半年で7500部も売れたという。

 10万人で7500部ということは、京都なら10万部、大東京圏なら200万部、……100億円!。

 大ヒット映画並みの売上げが郷土史で上がってしまうというのだから、羨ましいかぎりだ。


 また10万人の街でも、ちゃんと地元紙がある。18世紀末頃からあり、現在も電子化の波で苦しんではいるが、まだ街の主流紙として健在だ。その新聞がいわば街の日記のような役割を果たしている。毎日、記者が街のことを言葉にしている。それが100年、200年とたまっている。


地域の可視化

 ミュンヘンのオクトーバーフェスとよりも古い歴史があるビール祭りも、250周年のときには、その歴史を本にしてしまう。また祭の時には昔の意匠を若い人も好んで着る。

 市立の博物館にゆけば街の歴史が展示してあり、そこには移動遊園地の回転木馬の馬のお尻も展示してある。


 街のなかの歴史的に由緒のあるところに数メートルものピンをさして可視化するアートも試みられているし、街の歴史を地元の脚本家や劇団で劇にしてしまったりもする。それをまた街の人が喜んでみるという。


 いわば1000年前からずーと繋がった時間意識をもち、かつそれをことあるごとに強め、そのうえ文書化しアーカイブしていく。

 エアランゲンはこういう街だったというシティ・アイデンティティが執拗な文書化と造景で作られていく。いわばCIが「機構化」されていると、高松さんは言う。「機構化」とは、アイデンティティを強化する仕組みが街のなりわいに組み込まれているということだろう。


郷土愛

 ある場所に「エアランゲン、愛している」という落書きがあったそうだ。

 まさにこのようにして、この小さなナショナリズムが生まれているということだった。

 これは、ただ者ではない。なかなか真似ができないと思う。

続く


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高松平蔵著『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか―小さな街の輝くクオリティ

2010-08-18

PPS著『オープンスペースを魅力的にする』

W.H.ホワイト

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8月14日に紹介したパブリックスタイルで思い出したのだが、公共空間の利用についての研究と実践では、W.H.ホワイトが有名だ。


 ホワイトとの出会いは学生の頃だった。

 僕はバイト先で『LDK研究』を手伝った。リビングに何秒かに一こまを撮影するタイム・ラップス・ビデオを据え付けさせていただいて、2週間ぶんだったかの記録から、人々の居間での過ごし方を明らかにするというものだった。

 良く覚えているのは、ソファーに座っている人はまずおらず、コタツに入ってソファを背もたれ代わりにしている人が多かったこと。


 それはともかく、この手法の原型を開発したのはW.H.ホワイトだ。

 彼は街路や公園にタイム・ラップス・ビデオを置き、人びとを観察した。そういう文明の利器がないときは目と手で記録した。そしてどういう空間が使われ、使われないのか、それはどうしてかを究めていった。


 『オープンスペースを魅力的にする』という本には公共空間の「観察テクニック」という節があるが、そこにはビデオを設置しているホワイトの写真が載っている。

 ここには、「行動マッピング」「交通量調査」「経路調査(トラッキング)」「形跡観察」「インタビューとアンケート」が手際よくまとめられているので、公共空間の使われ方を考えたい人の参考になるだろう。


 この本の著者はプロジェクト・フォー・パブリックスペース(PPS)という、ホワイトの流れを汲むNPOで、その使命はコミュニティの核となる公共空間をつくり、活発な利用を促すことである。

 武田さんたちのパブリックスタイル研究所の目的、「自由と責任のあいだに存在し、獲得されるパブリックから生まれる、これからの日本のオープンスペースのあり方を提示するとともに、そこに関わる人々の、生活の質を向上させる」(同NPO、HP)よりもシンプルでエンジニア的といえようか。


 ホワイトとPPSはブライアント・パークの改修設計の成功でも知られている。その成果は同書の解題で加藤源さんが紹介している。


 簡単にいえばニューヨーク公立図書館のそばという好立地にも拘わらず、周囲を鉄製の柵や灌木で囲むといったデザインのまずさで、犯罪や麻薬取引の巣窟となっていた公園を、犯罪者を取り締まることではなく、人びとに利用してもらうことで蘇らせたというものだ。


 「建築家ランドスケープ・アーキテクトによるオープンスペースのデザインは、ほとんどの場合(必ずではないが)、その設計者が信ずることを美しく、魅力的に表現したものになる。それは多くの場合、その空間が持つべき、あるいは支援すべき活動や用途に基づいてはいない。……中略……設計者はコミュニティに生まれたニーズに即し、それを取り込むことによって、その空間をより魅力的にし、見るのも居るのもおもしろいものにできるだろう。なぜなら、そえはコミュニティの人びとに使われるからだ」(p66)。


 このような発想が結実したのが、持ち運びできる椅子だ。それによって公園の利用者は時分が座る場所を自分で決めることができる。当然、盗まれる!という大反対にあったが断固として導入された。少しは盗まれているかもしれないが、使い古されて取り替えることになる椅子のほうが圧倒的に多いという(p121)。


 この取り組みの結果、「コーヒーを飲み、音楽に耳を傾けながらランチを楽しむ近辺の就業者が増え、……中略……今や野外映画会やジャズ演奏、ファッションショーの場であり、複合的な魅力に富んだ都心の公園であり、ミッド・タウンの代表的な屋外飲食空間として親しまれ、利用されている」という(p120)。


 また公園の管理にはNPO法人ブライアント・パーク修復法人があたっているが、BIDを公園周囲の地区に指定し、商業施設1平方フィートあたり16ドルの拠出を義務づけるとともに、キオスクと2つのレストランからの収入、特別なイベントへの公園の貸し出し、市の補助金などで運営基盤を安定させているという。その点、「都市計画に地域マネジメントの主体を位置づける」の参考にもなる事例だ。


 ホワイトは『都市という劇場』(柿本輝夫訳 (1994) 日本経済新聞社)も良いらしい。アマゾンにある解説では「ほどよい雑踏を好む歩行者の習性、座る場所が多いほど心地よい広場、賑わう街に不可欠な大道芸人など愉快な人達-ヒトが集まる街の秘密を探る、16年間の路上観察の集大成」とある。

 読んでみたいが中古で4000円以上もするので手が出せないでいる。


 『オープンスペースを魅力的にする』の最初のほうに出てくる2つの象徴的な写真に添えられているのは、一つはホワイトの「この窓のない大きな壁は組織の力の大きさと人間の小ささを表しており、人間を圧迫している」という言葉だが、もう一つはジェイコブスの「ここに見られるような平凡で、目的もなく、三々五々集まっている人たちも、道ばたで会って会話するなら、街の中での人の生活を豊かにしていく小さな変化を生み出すことになる」という言葉だ。

 そう、使いこなしと言えばジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』も忘れられない文献だ。


 そして最近では鳴海さんの『都市の自由空間』も示唆に富んでいると思う。


 「お金が問題になるということは、一般的に、その仕事が誤ったコンセプトによってなされたことを示している。計画に費用がかかりすぎることではなく、そこを使う人びとが、その場所は自分たちが帰属していると感じ取れないことが問題である。(『オープンスペースを魅力的にする』より)


○LDK研究の関連情報

・『生活財生態学−現代家庭のモノとひと』商品科学研究所、CDIに収録、リブロポート、1980

・疋田正博「生活財生態学 −−「生活文化研究の視点と手法から文化ニーズを考える」」

 http://www.cdij.org/pf/seikatu.html


○公共空間の使いこなしに関する参考資料

・プロジェクトフォーパブリックスペース 著、加藤源、服部圭郎、鈴木俊治、加藤潤『オープンスペースを魅力的にする―親しまれる公共空間のためのハンドブック


・W.H.ホワイト著、柿本照夫訳『都市という劇場―アメリカン・シティ・ライフの再発見


・ジェイン・ジェイコブズ著、山形浩生訳『アメリカ大都市の死と生


・鳴海邦碩編『都市の自由空間―街路から広がるまちづくり

2010-08-17

お盆休みの過ごし方、一押しは「怪談・幽女執念」

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 今年は金曜日から休もうと思っていたが、仕事がはからずに出社。

 結局、土曜日から月曜までの3連休にしかできなかった。そのうえ、今年は日帰り旅行すら予定が立っていない。

 そのかわり、この3連休は毎日、公演を見に行った。やっぱり、生だよ、生。


クレイジー・フォー・ユー

 一日目は京都劇場劇団四季の「クレイジー・フォー・ユー」。

 全編ガーシュウィン・メロディーが散りばめられていると宣伝されているし、実際そうなのだろうが、聞いたことがある曲はテーマ曲だけだった。

 主役のボビーの婚約者にして、ヒロインたるポリーの恋敵の女性、アイリーン・ロスが、オペラグラスで見ても「美人!」という感じで、歌もよかった。主役の2人は、顔も歌もあまり印象に残らない感じ。

 だがタップダンスはこの2人を含めて良かった。特に群舞はとっても良かった。迫力もあるし、ぴたっと決まっているし、若さがはちきれそうで、元気が貰えるような感じ。

 いつものように最上段から見たけど、奮発して1階でみたらもっとのめり込めただろう。


劇団みのむし「怪談・幽女執念(おそろしや おんなのしゅうねん)」

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 糸操り人形劇団みのむしが京都に移ってきて、人形劇をやるという。

 といっても、そんな劇団があるなんて知らなかったし、人形劇も実は見たことがなかったのだが、ワイフが新聞でめざとく見つけてくれた。「今出川寺町上がる」なら近くだし、1000円なら安いじゃないかと衆議一決、予約の電話をワイフが入れた。

 ところが、聞いてみると「今出川寺町上がる」なんて大嘘だった。信じて歩いて行っていたら、つくころにはへとへとだっただろう。


 ついてみると、なんだか山小屋ふうの建物がある。

 なんでも主宰の飯室康一さんの実家にアトリエをつくったということだ。写真はそのアトリエ。

 入ると20畳ぐらいのスペースがあり、後ろ三分の一ぐらいを使って人形劇の舞台が設えてある。20人ほどのお客さんで、ほぼ埋まっているという感じだった。


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 で、どんな話かというと、とある街の町営のお化け屋敷で、四谷怪談のお岩さん、皿屋敷のお菊さん、そして牡丹灯籠のお露さんが派遣社員として働いている。ところが支配人は指定管理者の更新に勝ち抜けるかがとても心配。なにしろお客さんがニ、三人という不景気、不人気が続いているからだ。


 そこで、お岩さんやお菊さんをリストラし、西洋式のホラーハウスにしようと考えている。・・・・伝統の継承を訴え、ホラーハウスに断固反対を呼びかけるお岩さん、なんとか生き残りたいお菊さん、先輩たちの追い出しをはかるお露さん。そしてお露さんを愛人にという支配人・・・・。


 ストーリーはおもしろ馬鹿馬鹿しいが、人形の表現力は馬鹿にできない。

 飯室康一さんは糸操り人形も、西洋式のマリオネットも操れるようだ。アトリエにも怪しげな人形がいくつも飾ってあった。なかには、ちょっとぞくっとするような美少女も。

 これは儲けもの、また行ってみたい公演だった。


大文字能

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 「五山の送り火」の日には、金剛能楽堂が主催する「大文字送り火能〜蝋燭能〜」を見に行った。といっても本当の蝋燭だけではやってくれない。暗すぎるので、蝋燭の雰囲気を壊しにくい青白い照明が工夫されている。


 今年の演目は「清経」。

 「幽玄」を表す代表的な作品の一つだそうだが、それに囚われて見ないようにとプログラムには書いてあった。

 写真はチラシだが、実際はもっと明るい。でもこのぐらい暗い方が恨みがましさがにじみ出てあっているように思う。


 この清経は、平家の負け戦を悟って、早速と入水自殺をしてしまった人だ。

 家臣が遺髪を京にいる妻のところに届けるが、妻は「戦死や病死ならともかく自殺するとは何事か」となじり、受け取った髪を返納してしまう。やがて夢で会えたらと願う妻の夢枕に、清経の霊が現れる。再会を喜ぶものの、妻は再会の約束を果たさなかった夫を責め、夫は遺髪を返納してしまった妻の薄情を恨み、互いを恨んでは涙する。

 ここで丁々発止のやりとりになるのかと思ったら、あとは清経が、死を選ぶまでの経過や心境をかたり、一人で舞い、やがて勝手に成仏してしまう。


 自由席だがワイフが開場前から並んでくれたので良い席だった。だが、ちょうど清経の妻が柱の陰になって見えなかった。

 それもあって、まるで一人芝居を見ているようだった。


 単調なうごきと単調な音楽が睡魔を呼びこむが、さすが最後の10分間には、空間全体が緊張感に包まれ、引き込まれてしまう一瞬がある。


 ただ、やっぱり字幕が出ると良いなあ、といつも思う。

 雰囲気を壊さないで字幕を出す方法はないものだろうか。


大文字

 最後は大文字を眺めてお盆休みは終わり。

 今年は火勢が弱かったように思えたが、気のせいだろうか。


追:新聞によると今年は周辺の樹木が乾燥しているので2割ほど薪を減らしたそうです。

2010-08-16

好井裕明『「あたりまえ」を疑う社会学』(2)

 今日はいよいよ、「あたりまえ」を疑うの真骨頂、普通であることとは何かについての議論だ。


語り出す

 大阪の同和地区の識字学校の方々の文集に、好井さんは「一つ一つが、書かれた人の生活に根ざし、生きてきた力が感じられる」という。文字を書くという力をはじめて手にしたとき、書かれた手書きの文字。「一つ一つに倏瓩あり、確実に書き手の〈息づかい〉が伝わってくる」(p161)という。


 働くゲイレズビアンの会が、東京都立「府中青年の家」での利用団体の交流会のさい、入浴中を覗かれたり、食堂でホモ、オカマという言葉を投げつけられたりした。・・・世の中に流布している同性愛者はこんな奴らだという決め付け。それは彼ら同性愛者として生きている彼らの現実からかけ離れたものであるにもかかわらず、同性愛者のことを(人びとは)饒舌に語ってゆく。・・・同性愛者であることを受け入れながらも、世の中にある決めつけや否定的な評価に影響され、自らの存在とは何なのかを悩みながら生きている自分たちの姿があった。決めつけやからかい、蔑みに対して、自分はそのような存在ではないことを積極的に語りだし、同性愛者であることを肯定的に語りだす困難に、彼らは直面したのである(p166)。


 そして彼等は施設に問題提起をし、その対応も不誠実であったので、裁判を起こす。


 「私たちは、彼らが「語りだす」多様な実践にきちんと向き合い、猗爐蕕剖韻─彼らを排除する現実瓩鮠しでもいいから崩していく必要がある。そこにこそ、彼らの「語りだし」を調べる意味がある」(p171)と好井さんは言う。


 今、僕たちはブログだのなんだので、豊穣に書く機会を持っている。何億ページという文章が、インターネットには蓄積されているという。しかし、かけがいのない何かを書き得ているのだろうか。「それを読みたいと思う人びとによって、その意味が確かにものに(p176)」なっていっているのだろうか?。


「あたりまえ」を疑う

 「現代の社会学には私たちの暮らしの大半を被っている「あたりまえ」の世界を解きほぐして、そのなかにどのような問題があるのかを明らかにしようとする営みがある」(p180)。それがエスノメソドロジーと呼ばれるものだ。


 それは「人々の狎犬られた秩序甅狎犬られた規範瓩里△蠅茲Δ魏鯑鼻廚靴茲Δ箸垢襦p191)。


 たとえば好井さんの息子は保育園でのままごとが嫌いだったという。お父さん役をやらされるのだが、テーブルの前にあぐらをかいて座り、タバコを吸い、新聞を広げて、ご飯ができるのを待つ。そんなことをさせられるという。だが、彼の父親、好井さんはこういうことをまったくしない。だから保育園で要請されたお父さんのあり方に、強烈な違和感を覚えたのだという。


 この話、いまどきこんな絵に描いたような父親がいるのかと僕は思う。相変わらず働き中毒で、お父さんは子どもが起きている時間には家にいないんじゃないかとも思うが、それではままごとにならない。だから好井さんのように台所にたつ父親も、不在の父親も否定され、これってサザエさん?、というような世界が規範として染みこんでいく。


 こういったカテゴリー化は、日々再生産されていく。

 たとばワイドショーやニュースショウーのなかのドキュメンタリーなどは、その典型だろ

う。

 好井さんはある福祉施設の職員の素晴らしい努力・アイデアを取り上げた番組を批判し、地域福祉実践の意義を伝えようとするあまり、障害者を一人ではなにもできない存在として描いているという。

 このようなカテゴリー化によって、「「すばらしさ」が見る側によく伝わる構成になっている」(p207)。「そして個々のカットやナレーション、BGMが見ている私に行使しようとしている力を感じ取ったのだ」(p208)。


 このような例は枚挙に暇がない。

 良くできたものほど、その裏で多くの物を捨てている。そして、このような行使されようとしている力が、人びとが見たいとおもう物語に近ければ近いほど、受けいれられやすい。


 僕だって、著者が書きたいというゴチャゴチャした目次案、何が言いたいのか分からない草稿をみたら、「もっとすっきりしろ」と言う。そうしなければ伝えたいことが伝わらないし「だいち読まれませんよ(売れませんよ)」と言う。

 そして「そんな話は受けませんね」「こういう風に筋書きをつくると、こういう人たちが読みたがるんじゃないですか」とか。


 そんな工夫、単純化は世の中に溢れている。それが物事を単純化しすぎだと感じても、伝えるためには、読んでもらうためには、売れるためには、切り捨てなければならないこともある。実際、頭のなかを全部ぶちまけたような番組、本を、見てくれる人、読んでくれる人などめったにいないし、僕も見たい、読みたいとは思わない。

 だが「そこには恣意的な決め付け瓩鰺彑舛垢襦峪拉枦な文化」で生きている、圧倒的な稜のカテゴリーが満ちているのである」(p205)。

 だから、単純化の裏にある切り捨てられたものを感じる想像力もまた必要なのだし、「あたりまえ」を疑う学問の価値があるのだと思う。


「普通であること」に居直らない

 池田小学校の事件が起こったとき、事件当日、テレビ各局は事件を体験した子どもの様ざまな声をこぞって報道した。

 そのなかで各局とも使ったのが「犯人は金髪やった」というコメントだったという(p217)。ほれみい。やっぱりこんな事件を起こす奴は普通やないんや。やっぱへんな奴や、と思いたい人びとに、テレビは安心のきっかけを与えたのだ。

 普通とは、僕たちが理解不可能な出来事に出会ったときなどに、自分たちの日常世界から、それをくくり出す装置だという(p218)。とても便利な精神的社会的安全弁なのだが、好井さんは、その普通には中味がない、空洞だという(p219)。金髪の人が犯罪を起こすということが論証されるとは誰も期待していない。「ただあの男は普通ではないという大きな声が、普通であることの空洞に響き渡るだけなのだ」(p219)。


 好井さんは触れていないが、犯人が精神科通院歴があったことが分かると、報道も世間も飛びついた。一時期は、精神病患者は普通じゃない、みんな危険みたいな報道と気分が蔓延していた。


 世の中には普通でない出来事、普通でない人びとが満ちている。

 しかし僕たちはそれに正面から向き合うことをせずに、時々に、都合のよい普通をつくりあげ、普通でない人びとを適当に区切り、世界から切り離そうとする。そして理屈に困ると、あんたは普通じゃないからと切り捨て、自分は何者であるかを明らかにせずに、空洞の普通に逃げ込む。


 その典型例が、好井さんが紹介している部落解放運動の当事者と評論家との対談での評論家の言説だ。

 「僕はひどい差別を受けたことも、したこともない普通の人間ですから、その立場からお尋ねしたい」(p222)。

 この評論家には、差別はまったくの人ごとだ。万が一にも、自身の関わりを問われることがないよう、普通の人間だから差別されたり、したりするはずがないという防壁をめぐらせている。


 好井さんは触れていないが、僕が何よりも残念なのは、この評論家をはじめ多くの人が、自分がある日突然、普通でない側に区分されるかもしれないという、恐れを忘れている、忘れたふりをしていることだ。

 そうであるかぎり、普通は永遠に獲物を追い続けることが出来る。普通は化け物だ。


 そして、普通は、単に哀れな犠牲者を血祭りに上げるだけではない。

 好井さんは、顔に赤い大きなアザがある石井さんと、彼のユニークフェイスという運動の本を取り上げ、逆説的に、普通であることの陥穽を指摘している。

 大きなアザがある、確かに普通じゃないね。肥満度125、そりゃ普通じゃないね。まだタバコすっている。それって普通じゃないね。・・・・

 「普通であることに呪縛され、普通になろうと駆り立てられる姿は(p232)」、いま日本中を被っていないだろうか。


 「普通は願望に囚われた人が、勝手に犇洞瓩里覆で自分の身体や容貌はこれでよいのかと叫んでいる。しかし普通の犇洞瓩任蓮¬笋いける声が反響」するだけだ。そして「犇洞瓩房われ叫んでいるかぎり、そこから逃れ出ることはできない」(p233)。


 「いま若い社会学者が、こうした現実に入り込み、そこで生きている「人々の社会学」を精力的に明らかにしている。彼らの仕事は、まさに「普通」という犇洞瓩悗亮われ、「普通」」への信奉が、いかに「普通でないか」を例証する営みであり、「普通」から私たちが解放される方途を模索する、興味深い作業」(p236)だという。


 大いに期待したいし、また社会学者のような緻密な調査、思考はできないとしても、普通であることに距離をおくことを日々忘れずにいたい。


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「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス (光文社新書)

2010-08-15

好井裕明『「あたりまえ」を疑う社会学』(1)

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 連れ合いが買ってきた好井裕明さんの『「あたりまえ」を疑う社会学』を読んだ。

 出だしのとっつきやすさと、大衆演劇の世界に入り込んでしまった鵜飼正樹さんの話に引かれたようだが、数十ページも読まないうちに放り出してある。

 光文社新書なので軽いのかと思ったら、とんでもない。読みやすくはあるが、とても重たい内容の本だった。

 感想を書きたいが手に余る。内容を紹介しよう。


数字で語れるか

 最初に、通り一遍の調査が、いかにしょうもないものかが明らかにされる。

 たとえば、ある研究者による同和地区の実態調査の報告では、さまざまなクロス表を駆使したあげく、出てきた結論が「この地区では『各戸で部屋の数と畳の数が相関している』」。そんなことなら一目見れば分かるじゃないか。「私(好井)は一瞬目が点になり、頭が真っ白になった」(p26)という。(注1)


 また自治体の市民意識調査。「みなさんの生活環境をよくするために、とくに必要と考えられるのはどのような事業ですか。お考えに近いものを三つだけ選んで」くださいという類のものだ。選択肢は「女性政策の推進」「公害対策」「道路の整備」「消費者保護の推進」「公園、緑化の整備」「下水道の整備」など23個が並んでいる(p27)。

 好井さんはここで、なぜこの23個なのか?といい加減さを指摘する。


 その印象は、最後に「その他(具体的に)」というスペースがあることで決定的になる。

 23個を適当に並べたうえに、何でも良いから書いてくれっと言って集まったデータをどのように評価し、政策に生かすというのか、見えてこない。意図がありすぎるアンケートも問題だが、意図がないアンケートは往々にしてゴミになるだけだ。


 「あなたは、自分のまわりで起こっていることがどうでもいい、という気持ちになることがありますか? (まったくない 1-2-3-4-5-6-7 とてもよくある)」(p32)、どれかに○を付けろという質問も困ったものだ。

 僕の場合、あるといえばあるし、ないといえばない。だいたい何を基準に良くあるかどうか測れば良いのだろうか。


 好井さんはこういう回答者の人生をめぐる感じ方や、価値、生活実感、情緒などを一次元の尺度にむりやり落とし込まそうという力に問題があるという(p34)。


 好井さんは何もこういった統計調査が無意味だと言いたいわけではない。

 ただ、なんでもアンケートをとり、統計をとれば分かるものではなく、とりわけ価値、生活実感、情緒など質的な調査では、アンケートには限界があると言われる。

 では、どうするか。


 たとえばヒアリングが考えられる。建築都市計画の分野でも、ヒアリングが多用されるし、なかにはライフヒストリーを聞き取るといった調査もある。

 しかし、それはそんなに安易な事ではないぞ、と実感させてくれるのが本書だ。


入り込む

 たとえば暴走族の人たちに語ってもらおうと思ったら、まず、その集団に入り込み、一定の信頼を得なければならない。『暴走族のエスノグラフィー』を書かれた佐藤郁哉さんの場合は、カメラがきっかけだった。自分がなぜ暴走族の回りをうろついているのかをアピールするため、いつもカメラをぶら下げていたのだが、調査に入って3ヶ月がたったある日、族を卒業するある女性から記念写真を撮ってもらいたいという電話があったという。


 こうして佐藤さんは「得たいのしれないおっさん」から、「写真を撮って」と「使える」おっさんに変わっていく(p46)。

 ただ、この場合、暴走族に良いように使われてしまうだけでは、話にならない。


 たとえば認知症のケア施設にはいるとき、施設にとって邪魔な、迷惑な存在になってはダメだが、同時に施設側の立場にたってしまっては真実を知ることはできない。


 出口泰靖さんは、研修者、ボランティアとして施設に入り、施設から与えられた役割を演じながら認知症のお年寄りと向き合おうとするが、「朝までオムツははずせないんだから」「(オムツ)にしちゃいなさい」と当たり前のように対応する職員の感覚や施設の日常。

 そういう日常の場面に違和感を覚えながらも、ボランティアの役割を演じてしまう自分への苛立ち。

 こうした裂け目に目をふさがず、反省的に読み解くところから、出口さんは施設の福祉的現実の問題性を明らかにしていくという。

 すなわち役割を演じ、かつ役割に囚われないことが求められる(p53)。


 こういった調査は、入り込み、語ってもらわなければ始まらないが、語ってもらえないこと、語れないことにより大きな意味がある場合もあるという。入り込んでも自分が聞きたいこと、相手が語りたいことだけを見てきても、ダメだということだ。


聞き取る

 調査としてライフストリーを聞き取るといった場面でのことだ。

 好井さんは若い頃に大失敗をしたことがあるという。被差別部落に年輩の先生方と一緒に聞き取りにいったときのこと、開口一番「○○さんは、これまでどのような差別を受けてきましたか」と聞いてしまったのだ。

 「いかにも客観的な装いの問いかけをしながら、勝手に作り挙げていた「決め付け」を相手に押しつけようとしていた私の営みがあった」(p124)。


 ここまで露骨でなくても、ヒアリングのおりに、「ついそれはいつの事ですか」と聞いててしまう。「〈物語世界〉を生きている語り手にとって、それが何年であろうと関係がない」。しかし標準時間に繋げたいという聞き手の欲求が、語り手の語りを微細に静止してしまう。


 一方、人々の語りはすべてオリジナルではなく、共通に記憶し語るモデル・ストリーもあれば、影響を与えているドミナント・ストリーもあるという。それらが固有の経験と織り合わされ語られる。


 ライフストーリーの聞き取りは、このように容易なことではない。好井さんは最低限の心得として「相手とまっすぐに向き合おうとすること」「まっすぐにとは相手の語りの背後に奥深く、はてなく広がっているであろう、?語りを生み出す力??生きてきた〈ひと〉の力?にたいして「まっすぐ」なのである」(p155)としている。


 明日は、「あたりまえ」を疑うの真骨頂、普通であることとは何かについての好井さんの議論を紹介したい。

続く

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「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス (光文社新書、2006)


注1;

 好井さんの説明だけ読むと、「各戸で部屋の数と畳の数が相関している」という結論の調査は、ばかばかしく思えてくるが、たとえば僕のマンションでは「部屋の数と畳の数」は相関していない。

 コーポラティブという自由設計を取り入れたマンションなので、設計時の生活設計、単純には家族数と部屋数が相関関係が高そうだ。

 だから、「やらずもがなの調査」と片づけるのは、ちょっと早計かもしれないが、複雑な統計分析なんてしなくても、結果をちょっと眺めれば分かることではある。

注2;

 鵜飼正樹さんの『大衆演劇の旅』等が取り上げられている第3章、「あるものになる」は面白いけれどもパスした。

2010-08-14

第3回季刊まちづくり26号読書会(3)

提案16.新しい都市のパブリックスタイルを育む


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問題提起

 武田重昭さんからは提案16について説明があった。

 まず最初に

 (1)建設・管理から、使いこなし魅力を共有する施策

 (2)私的な生活の充実から、社会的な生活の充実へ

 (3)都市の基盤整備から、その上で展開される生活像へ

という問題意識が示され、それに沿って論を展開された。


(1)建設・管理から、使いこなし魅力を共有する施策へ

 まず都市に関わる各主体間の都市に関するコミュニケーションの大切さを強調されたうえで、「いいまちだなあ by SMAP」といった不動産のイメージ広告を示し、そんな風にしか都市イメージが伝えられていない事への異和感を訴えられた。

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 それにたいしてアムステルダムの「Iamsterdamキャンペーン(私がアムステルダムだ)」等を示し、これは「I Love NY」を超え、私が都市の一部だと訴えている。だから市民主体の、あるいは市民と都市が共鳴するシビック・プライドの醸成ではないかとされた。そしてこうしたイメージ戦略をトータルに計画するための都市情報センターの必要性を言われたような気がする。

 なお、この内容は武田さんも参加された『シビックプライド』に詳しく書かれているそうだ。


(2)私的な生活の充実から、社会的な生活の充実へ

 ここでは屋外空間で他者と直接的・間接的に関係をもちながら過ごす「パブリックライフ」は、都市生活の根元的な魅力であり、例えばオープンガーデンは、自らの生活環境を彩る暮らしのあり方をすこしだけ開放的にすることで、街の魅力に繋がるとされた。

 そこでは本人にとっても、街にとっても良いという好循環が生まれており、また、一軒が緑化すると隣にも波及して繋がっていくという現象も見られるという。


(3)都市の基盤整備から、その上で展開される生活像へ

 ここでは安全でクリーンでも「○○をしてはいけない」という形で管理されている公園はつまらないとされ、雑誌論文でも紹介された「e-よこ水辺ピクニック」を紹介された。

 これは昨年の水都大阪の際に、東横堀川水辺再生協議会の依頼でNPO法人パブリックスタイル研究所が企画・運営に携わったもので、普段は使われない水辺や芝生のうえで地域の子どもたちや会社員がピクニックを楽しんだというものだ。

 イベントの最後にはピクニック宣言を採択し、みんなで署名をして終わったという。


 武田さんはこのイベントの効果として

 1)建設・管理型から利用・PR型の都市マネジメントのあり方を示した

 2)人びとにパブリックライフの豊かさを伝えた

 3)ソーシャルキャピタルの形成に寄与する施策のあり方を示した

の三つを雑誌論文ではあげている。


 そして最後に、このような公共空間の使いこなしの積み重ねが、地域の新しいパブリックスタイルを育むのではないかとされた。

 そして、そうした都市生活像を地域で共有することができるか、それを支えるためのコミュニケーションが巧く図られるかを課題として示された。


議論

 以上、三つのお話があったのだが、相互の関係が僕には今ひとつ分からなかった。


 議論でも大きなこととゲリラ的なことが一緒に提示されているが?とか、Iamsterdamは行政のキャンペーンで、地元が連動して動いているのか、といった疑問が出ていた。


 また、武田さんは制度改正への示唆はなにもないと言われたが、都市施設の定義を変えるのであれば大きな話ではないかとか、使い方が下手なのではなくて、使いたくなる公共空間がないのではないかという厳しい指摘もあった。


 その点、大丸有の仲通りは良い感じだとか、ストリートアーティストもいいじゃないか、ただあれをヘブンアーティストのようにルールを決めて縛るのが良いのか悪いのかとか、やっぱり地域が公共空間を管理すべきだとか、はてはこういうことが地区計画的なまちづくりに繋がるんだろうか?まで、百家争鳴だったが、議論の焦点は定まらなかったという印象だ。


(1)建設・管理から、使いこなし魅力を共有する施策へ

 都市レベルのブランディングについて言えば、Iamsterdamはほんとにうまいキャンペーンだと思うし、バルセロナの「Barcelona Batega!(あなたがドキドキすると、バルセロナもドキドキする)」なんてのは、もうしびれるほど凄いと思う。

 が、こういうのが成功するには、それなりの素地がないといけない。

 そうした素地をつくる地道な作業が、むしろ都市計画や、それに近いまちづくりに求められるのではないか。

 「あなたがドキドキすると、京都もドキドキする」と言われても、なにかが違うが、「そうだ 京都に行こう」は旅行キャンペーンとしても成功したし、京都に住む僕の誇りもくすぐった。

 しかし「日本に京都があって良かった」は行き過ぎだな。僕的には。

 「あなたがドキドキすると、大阪もドキドキする」はどうだろう。ぴったり来るだろうか?。


 それはともかく、なぜ都市キャンペーンが、「使いこなし、魅力を共有する施策」の代表なのだろうか。


(2)私的な生活の充実から、社会的な生活の充実へ

 オープンガーデン自体は大変結構だし、趣味には合わないがクリスマス時期のイルミネーションもまちづくりだ。

 これらは、行政がまとめている場合もあるだろうが、ともかく個人がやりたくなければ、始まりようがない。


 ただ、ここでは「公共空間における社会的な生活の充実」、あるいは「公共空間での社会への働きかけ」といった形で話を限定したほうが良かったと思う。

 これを社会的な生活の代表と言ってしまうと、「だからハード屋さんは目に見えるものしか見ていない」と言われてしまうのではないか。


(3)都市の基盤整備から、その上で展開される生活像へ

 確かに、安全でクリーンでも「○○をしてはいけない」という形で管理されている公園はつまらない。それは大いに共感できる。

 だから、「こんな楽しい使い方ができるぜ」とやってみせる、巻き込んでみることは、まちづくりの手法としては面白そうだ。

 まちづくりは、やっぱり面白くなくてはという面からも、普段、見ている風景が、まったく違って見えることを体験出来そうという意味でも、意味があると思う。


 ただ、こういう活動に持続性があるのか、武田さんたちが引いたあとも、誰かが勝手にピクニックを楽しむようになったのか、あるいはピクニッククラブができたのかという点はどうなのだろうか。

 例に出ていた鍵のかかった空き地について言えば、従来から鍵は地元が管理しているが、実質的には使われていなかったそうだ。その鍵は、たびたび開かれるようになったのだろうか。そのためのルールなりはできたのだろうか。


 中谷ノボルさんたちが、水辺ランチとかを定期的に開いていた。これは、禁止されているものに挑戦するというより、自分たちの楽しそうな様子を行き交う人びとに見せて、水辺の魅力を知ってもらうという趣旨だった。


 泉英明さんたち都市大阪創生研究会がやったリバーカフェでは、正々堂々とリバーカフェを開くことで、後に続く人たちに道をつけることを意識したという(森山秀二、泉英明)。

 だから河川や港湾管理者など行政との七面倒くさい交渉もきちんとやった。だから、これは行けるぞ!という感じで営利非営利の活動が、その後生まれてきているという。


 同様にピクニックの積み重ねが、地域の新しいパブリックスタイルを育む可能性は大いにあると思う。

 でも単純な話、あそこで花見ができたら良いなあ、でも禁止されているのか、誰もやっていないしなあ〜という場所で、楽しそうにやっていたら、「明日は僕もお弁当をもってこよう」となるが、そうでもない場所だと、広がらないのではないか。


 そういう意味で、専門家ならではの目、場所の再発見があるのかどうか、そのあたりも聞きたかった。


○関連ブログ:8月18日

 PPS著『オープンスペースを魅力的にする』


○ミニ社会実験・リバーカフェ参考資料

・2004年第1回都市環境デザインセミナーミニ社会実験:リバーカフェ」(泉英明/森山秀二)

・鳴海邦碩編著、森山秀二、梶木盛也、岸田文夫、篠原祥、泉英明 著『都市の魅力アップ

2010-08-13

第3回季刊まちづくり26号読書会(2)

 嘉名さんの報告のあと、意見交換が行われた。


誰がルールを決めるのか

 論点は3つあった。

 一つは、そもそも合意がないところに、どのようなルールを、誰が作りうるのか、という点だ。


 そもそも補完性の原理から言えば、地元でルールをつくれるようにすべきだろう。

 しかし性急に規制をかけて解決するわけではない。

 遠回りには見えるが、地元の関係者が、ギリギリの合意点を探っているということも、とても大事だと思う。


 宗右衛門町は、決して風俗を追い出そうとしているわけではない。先に紹介した横山さんの報告を読むと、まちが風俗店との共存を実現すべく苦労してこられたことが分かる。風俗店にも商店会への参加を常に呼びかけているし、実際、無料案内所の人やホストの人なども会議に参加する人も出てきたという。また置き看板撤去の際も、「まずは40センチまでのはみ出しまでにしてください」とお願いしたという。

 警察が取り締まったら、こういう少しの違法でも、容認は出来ないだろう。

 ローカルルールとして公認することも、違法である以上、難しい面があるかもしれない。


 また、125番街でも、地権者は高いビルを建てたがるが、それじゃ俺たちの居場所がなくなるという人たちもBIDに参加しており、クラブ、ライブハウスの価値を説いて、それを後押しする都市計画もあって、なんとか調和を保っていると嘉名さんが言われていた。


 ここでルールを誰が決めるのかという最初の議論にもどると、将来的には地元の選挙等を通して代表制が担保された主体が決められるのが本来で、市や区は、上位計画との整合性や公正・公平性の観点からチェックするのが望ましい。


 だが、現行法では、それはできないとしたら、季刊まちづくり26号の特集で饗庭さんが提案しているように地元の意志を確認できるツールをビルトインして、それを元に市が判断するというのでも良い。

 それも現行法ではできないというなら、法では2/3の同意で提案出来るとなっているのだから、それが望ましい計画であれば、あとの1/3の説得は行政が責任を負うべきではないだろうか。


 安易に行政が出ていって規制をかければ良いとは言えないが、それにしても、ほぼ100%を住民に求めるのはひどいと思う。

 小泉秀樹さんによれば、現在の制度は結局のところ提案は一つにせよということであり、行政が調整にわって入ることは想定していないという。それで良いのだろうか。

 市が都市計画の権限を持っているというなら、提起された問題に答えないのは責任放棄ではないのか。逆に100%同意があれば、自動的に認めるとしたら、それも責任放棄だ。


 嘉名さんも、地元の対立により意見のまとまりがつかないときは、まちづくりの方向性を行政か、別の中立的な主体が検討する仕組みが必要と、季刊まち26号では書かれている(p34)。


 行政の主導で都市計画を決めるときは、結構、強引にやっていて、全員同意なんてとっていない。前にも書いたが、規制の緩和も強化も個人の財産にプラスマイナスの影響があるのに、政府は果敢に規制緩和を進めてきた。その結果、損をした人だっていっぱいいる。だが、補償も合意もなにもなしだ。


 このあたり、アンバランスだと思う。


どんなルールを決めるのか

 ここで、仮に都市計画は財産権におよぶ強制的なもの、ローカルルールはお願い的なものと考えてみることにすると、次の論点はどんなルールを都市計画で決めるのか、だ。


 なかには「商業は変化が激しいので、フットワークの悪い都市計画にはなじまない。マネージメントの主体をおいて、都市計画と連動させる。その際、大枠はともかく細かいところはコロコロ変わっても良いのでは」という意見もあった。


 またそれ以前に、「地権者だけでは、少しでも高いビルを建てたい、少しでもテナント料を多く欲しいという意向ばかり表に出てしまう。商業界や産業界が動いて、20年、30年をかけて街をどう再生していくのかを示し、説得していくことが必要」との指摘もあった。


 これはもっともな話だけれども、仮にそういう方向性が出てきたとしても、今のような都市計画で地元の役にたつことが出来るのだろうか。

 ここはやはり5番街のアートボーナス制度のような都市計画ならではの手助けができるようにしてほしい。


 だいたい、総合設計制度とか、なんだかんだとボーナスを出すことが当たり前になっているのだから、地元の賛成多数で決まった将来像に貢献する建物ならボーナスを出すことぐらい、できないのだろうか。


 公開空地を設けたら、どこであっても、なんであってもボーナスを出すというほうが、公平なのか。財産権に踏み込む以上、一律ってのは、かえって不公平、非効率に思える。


地元組織の持続可能性

 宗右衛門町の取り組みには頭がさがるが、それをバックアップした横山あおいさんの献身には本当に感心する。それなのに経済的には本当に恵まれないと聞いた。


 紹介された125番街では警察のOBとエンパワメントを専門とする女性が専任スタッフとして頑張っていたという。DUMBO BIDでもやはり2人頑張っていたそうだ。

 アメリカでは、まちづくりNPOがそれなりの給料でスタッフを雇うし、またそれがキャリアになるという話も出ていた。


 これら2つのBIDは不動産への上乗せ課税はしていないそうで、会費や助成金でなんとかやっているという。

 コンクリートから人へというなら、こういうところにこそお金を投じて欲しい。

 また地元も、ここは覚悟してそれなりのお金を負担しないと、いつまでもプロがただ働きでは持続しないのではないか。

続く

2010-08-12

第3回季刊まちづくり26号読書会(1)

f:id:MaedaYu:20100713215321j:image:left

 26号の読書会が開かれた。今回は下記の方々から報告があり、議論された。

 うち提案04と16について報告し、07については別の機会に紹介したい。

・提案04.都市計画に地域マネジメントの主体を位置づける:嘉名光市

・提案16.新しい都市のパブリックスタイルを育む:武田重昭

・提案07.都市の空洞化にどう向き合うか:嘉名光市+山崎義人


提案04.都市計画に地域マネジメントの主体を位置づける

問題提起

 嘉名さんの問題意識は、土地利用が大きく変貌している地区では、従来の都市計画が想定していなかった新たな土地利用が生まれ、周辺と軋轢を起こす。これを都市計画で規制しようにも、地区の人たちの意見集約が難しいという点にある。


 なぜなら、地区には「そのままであって欲しい」という人と、「土地が高く売れて欲しい」という人がいて、それぞれに正義があるからだ。


 その例として宗右衛門町を取り上げて少し詳しく論じられた。

 ここは、昔は大和屋に代表される高級料亭があり、芸者さんもいる遊びの場所だったが、流行らなくなって、アキが増え、無料風俗紹介所が急激に増えた。そのうえ強引な客引きが増え、わずか1キロ程度の道を通り抜けるのに、1時間以上かかるようになり、男でも一人では恐い通りになってしまった(地元の活動が実って、今はそうじゃないと聞いている。念の為)。


 その結果、老舗のお店は出ていってしまった。

 土地の所有者からすれば、「法律は守っている。何が悪い」となるし、「街あってのお店だろ!」と怒る人もいる。これでは、ほぼ全員合意を求める地区計画等の都市計画的な手段は機能しない。


 これに対して宗右衛門町では商店会を中心にさまざまな活動を展開し、強引な客引きや違法駐輪、路上看板などに取り組んでいく。

 現在は宗右衛門町商店街振興組合が中心となり、地区計画を策定するとともに、まちの美化だけではなく、テナントリーシングなども含めたエリアマネージメントを目ざしている。


 だが、この経過を都市計画からみると、幾つかの問題点が浮かび上がってくる。


 第一は、全員同意という壁だ。

 利害が一致しない人たちがいるところで、地区計画にほぼ全員合意を求めることは、ようするに何もするなということに等しいのではないか。

 第二は、違法駐輪にせよ、路上看板にせよ、地区計画等と一体的に議論されている。しかし、これを受け止める都市計画の仕組みがない。


 この点について、アメリカには都市計画とまぢづくりを一体化できるBIDという仕組みがあるという。

 たとえばDUMBO BIDは、テナントリーシング等に頑張っているし、それに合わせた都市計画が提案されている。

 ハーレムの125番街BIDでは、クラブやライブハウスに都市計画上のボーナスをつけるアートボーナス制度が地元の提案から生まれている。

 日本の都市計画では、このような地元のニーズにあった対応ができない。


 日本の地区計画で扱えるのはごく一部に過ぎない。現在の2層制の都市計画に加え、マネジメントを含んだ幅広い領域のローカル・ルールという3層制の仕組みへと都市計画を発展させるべきではないか、というのが嘉名さんの提案だった。

 続いて行われた議論は明日、紹介しよう。


 なお、宗右衛門町については、都市環境デザインセミナーで、まちづくり始動期の2004年と、地区計画に取り組んでいた2007年に、また2009年には『住民主体の都市計画』でいずれも横山あおいさんが報告しているので、是非、それらを読んで頂きたい。

続く


○関連資料

  • 2004年第4回都市環境デザインセミナー記録「宗右衛門町 まちづくりのはじめにあたって」横山あおい(エイライン)ほか

    • 遊歩道完成で予想されるこの界隈の問題について 横山あおい(エイライン) 昔日の栄光、変わりゆく宗右衛門町 宗右衛門町商店会会長 岡本敏嗣(株式会社福壽堂秀信)
    • 宗右衛門町は風俗店と共存する町 宗右衛門町商店会元会長 江崎政雄(株式会社食道園)
    • もう一度、老若男女が楽しめる街へ おかみさんの会 西村冨子(株式会社大黒屋本店ビル)
    • 遊歩道が新たな繁栄のタネになるように 宗右衛門町商店会副会長 池田博紀(田舎そば)
    • 宗右衛門町のコンセプト作りの難しさ 宗右衛門町商店会事務局 高見幸寿(株式会社ソウルダム)


  • 2007年度第6回都市環境デザインセミナー記録「ミナミはよみがえるのか〜宗右衛門町まちづくり活動の1000日とこれから〜」横山あおい


  • 横山あおい「5−3節 低俗化からの脱出〜歓楽街のまちづくり“大阪ミナミ 宗右衛門町”」『住民主体の都市計画』(2009、学芸出版社)


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    ・『季刊まちづくり 26

  • 2010-08-11

    イタリア世界遺産物語〜人びとが愛したスローなまちづくり

    f:id:MaedaYu:19800101002133j:image:right

    セミナー無事終了

     8月5日、宗田好史さんのセミナーが無事に終わった。

     最初は申し込みが少なく、どうなるのかと心配したが、ボチボチ、ボチボチと申し込みが増え、最後は50人を超えたうえ、キャンセルが少なく、参加者数も50人を超えた。

     来てくださった方、有り難う。


     驚いたのは新聞の効果がまったくなかったことだ。高松さんと宗田さんのセミナーは、京都新聞日経新聞関西版のイベント案内に載せてもらったのだが、それぞれ1人か2人しか反応がなかった。

     「イタリア世界遺産物語」と、一般受けしそうなタイトルをつけたつもりなのだが、これだ。

     せっかく載せてくれた新聞には申し訳ないが、少々タイトルを工夫してもイタリア好きの人を捕まえることは出来なかった。

     これが普通なのか、僕たちの思いが空回りしているだけなのか、とくと考えてみなければ。


    世界遺産の考え方の変遷

     宗田さんのお話は大きく言えば、「農村を景観・観光・農業で再生する動きが本格化し、スローフード、アグリツーリズム、文化的景観の3側面が一つの大きな流れにまとまってきた」ということだった。


     詳細は社のホームページに記録を掲載するので、そちらを見て欲しい。


     セミナーでは前半を使って世界遺産の考え方、世界遺産をどう語るかを話された。


     あまり知られていないが、世界遺産の考えかは大きく変わっている。当初はピラミッドや最後の晩餐のような著名な文化遺産ばかりが登録されていた。

     一級の文化遺産を登録するのが世界遺産だとすれば、当然と言えば当然なのだが、これに対して、たとえば世界遺産が「教会建築や王侯貴族の宮殿ばかりを評価するのは怪しからん」とか「ヨーロッパばかりに文化遺産が集中している」「南北問題の解決に何の役にもたっていない」といった批判があった。

     心のなかに平和の砦をつくろうというユネスコとしては、これを見逃せなかったという。


     だからヨーロッパ中心主義から脱し、異文化を世界遺産として評価しようとする試行錯誤のなかで、文化的景観や産業遺産という考え方、さらには無形遺産が生まれてきた。


     後半の話の中心となるオルチャ渓谷も、この文化的景観として世界遺産に登録されている。


     だが、オルチャ渓谷が、世界遺産になることで地域振興を果したかというと、それは違うそうだ。

     だいたいイタリアでは、世界遺産に観光振興等の効果が期待されておらず、したがって自治体は熱心ではなく、あまり話題にならないという。

     またお話からはオルチャ渓谷の場合も、地元的には州法に位置づけられた時点で目的を達したように聞こえた。世界遺産登録はおまけのような印象だった。


     では何がオルチャ渓谷を蘇らせたかというと、アグリツーリズムとスローフード、そして文化的景観の三位一体だという。


    アグリツーリズムとスローフード、文化的景観の三位一体

     簡単に言えば、農村を愉しむのがアグリツーリズムだ。

     そこでは美味しいものを食べたい。それもその土地ならではのものを食べたい。

     もちろん、農薬や化学肥料たっぷりのものではなく、土地の人々も安心して食べているものが良い。

     だからアグリツーリズムとスローフードの結び付きは想像しやすい。


     そして食べ物は、やっぱり美しい景観のなかで育っていなければ、どうも美味しそうではない。

     だから美しい農村の風景と農産物の品質を結びつけるブランド化が進められ、成功したという。


     アグリツーリズムにしても、ブランド化にしても、その美しさには物語が必要だ。


     たとえばアッシジでは、駅の周辺や高速道路があるところなどを除いて全域を保全している。なぜなら聖フランチェスコが歩いた道であり、彼が生きた時代の景観が残されているからこそ、価値があるからだ。


     オルチャ渓谷では、シエナ市役所議会場)ある「善き政府」というヨーロッパでは知らない人はいないという有名な壁画の風景が、そのまま残っていることに文化的な価値があるという。


     こうした考え方は、実は世界遺産が92年に取り入れた「文化的景観」の考え方に他ならない。


     では、これらを貫く通奏低音はなにかというと、宗田さんは、69年のイタリアの暑い秋に象徴される学生運動労働運動の盛り上がりと、その後の価値観の転換をあげられる。

     運動のなかで、権威を問い直し、資本主義を問い、高度経済成長ではない、もう一つの道をもとめた若者たちがいるという。運動が沈静化していくなかで、彼らが地域にはいり、農業団体がにも入り、環境保護運動や歴史保全運動と合流し、アグリツーリズムというビジネスや、スローフードという思想を生み出した。


     それが今や、世界の大きな潮流となりつつある。


    イタリアのスローな村づくり

     以上のように世界遺産の考え方の変容と、イタリアの小さな村のスローなまちづくりは、決して無関係ではないのだが、「世界遺産をめざして地道に頑張りました」といったすっきりした成功物語にはしがたい。


     世界遺産で人寄せができるかも、といった不純な動機で企画した僕が悪かったといえばそれまでだが、この2つの話題を一緒に語るのは若干無理はあるかもしれない。


     ただ、世界遺産をめぐる議論の変容は、地域の宝とは何かを考える際の評価軸として、僕は是非、伝えたいと思う。


     またイコモスのブタペスト宣言にある「そこに住んでいる住民の生活の質は文化遺産の質そのものである」という言葉は、歴史や文化を生かしたまちづくりを考える時には大切な視座だと思う。


     オルチャ渓谷の人々の生活の質をもう少し掘り下げていただくことで、この言葉の意味を実感していただけるようにできないだろうか。


     これからじっくり宗田さんと相談し、企画を練り直します。

     企画を通して来年には本にして世に問いたい。応援、宜しくお願いします。

    (写真は京の七夕、竹と光のオブジェ、堀川会場)


    ○セミナーの記録

    http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1008mune/index.htm


    ○関連書

    ・『中心市街地の創造力〜暮らしの変化をとらえた再生への道

    ・『町家再生の論地〜創造的まちづくりへの方途

    ・『創造都市のための観光振興〜小さなビジネスを育てるまちづくり

    ・『賑わいを呼ぶイタリアのまちづくり』(品切れ)

    2010-08-10

    原科幸彦『環境アセス法案の動向』(2)

    f:id:MaedaYu:19800101000208j:image:right

    ミニ・アセスの試行

     東京工業大学すずかけ台キャンパスに高層建築棟を建設する際に、横浜市からの環境配慮への要望に応えるためと、地元住民への説明のために、自主的にミニアセスメントを行った。

     詳細は下記にあるが、3ヶ月間、500万円でできたという。40億の事業なので、0.1%だ。

    http://www.sisetu.titech.ac.jp/pfi/ea/ea_top.html

     費用削減のポイントは何をどう検討すべきかを決めるスコーピングを丁寧にやって評価項目を減らすことだという。

     市街化調整区域だが、隣にはビルが既に建っており、そんなに影響がないことはすぐに分かった。追加調査が必要になったのは騒音ぐらいだった。

     あと、日影と電波障害、それに風害に絞った。大きかったのは風害の予測を風洞実験をせずにできたことだ。

     どうしても分からないことは、将来問題がおきたら対応しますと約束することで、安心してもらえた、そうだ。


     なお忙しすぎて対応できなかったが、個人の3階建て程度の住宅だが、心配なのでミニアセスをしたいという申し込みもあったという。


     僕のマンションは住民が建設組合をつくって建てるコーポラティブ方式だが、建設の際に周辺の方々から随分反対された。なかには、環境アセスメントをやったのかという問いもあった。「いや、していません。そんなことこんな小さな建物でやるもんじゃありません」と答えてしまったが、ミニアセスをすることが話し合いの進展に繋がるなら、予めやっておけば良かった。


     しかし、動植物や水脈への影響が、周辺の方々の関心事であったかどうかは疑問だ。

     日影はしっかり計算し、また分かりやすく説明していたが、物理的圧迫感、心理的異和感とともに、イヤだと思えばイヤなものだ。


    国際協力機構(JICA)の環境アセスメント

     意外なことに日本のODAが改革され、世界に誇れる仕組みを備えたという点を紹介しておこう。


     JICAは今、かつてのODAのほとんどを統合し、いまや102億ドル(2008年)もの援助資金を扱っているそうだ。あの世界銀行でも196億ドルで、特に円高の昨今はJICAの存在感はとてつもなく大きくなっているという。


     そこで世界の模範になることをめざし、環境社会配慮をしっかりやることになり、2年間の議論をへて、新ガイドラインがこの7月から動き出した。

     そこでは、一貫した環境配慮、情報公開の推進、住民協議の徹底がうたわれ、また環境と社会の多様な側面を評価するアセスメントがきちんと実施されるという。さらに社会影響対策が強化され、積極的な戦略アセスも行われる。


     新ガイドラインでは早期からの異議申し立ても可能となり、それらを含めて判断の透明性を確保するために、審査諮問機関として「環境配慮助言委員会」が設けられている。


     事業や計画の影響評価システムとしては、現時点では100点満点にちかいものが出来たそうだ。

     原科先生自身も繰り返して強調されているが、それだけのことができる日本が、なぜ、国内ではやらないのだろうか。


    国際影響評価学会倫理綱領

     原科さんが前会長を務められた国際影響評価学会(IAIA)には倫理綱領がある。

     それには、「あらかじめ決まった結論のために、事実をゆがめることを求められたら拒否する」と書かれている。

     当たり前の話だが、実は結構難しい。圧力があるのだそうだ。

     実際、日本では原子力発電所のデータ改ざんが1万件もあったという。

     これを例えば建築学会の倫理綱領・行動規範と比べると、その具体性が際だっている。

     「深い知識と高い判断力をもって、社会生活の安全と人々の生活価値を高めるための努力を惜しまない」など、美しい言葉が並べた建築学会と、目の前にある問題を具体的に書き込んだIAIAと、どちらを信用するか、自明だろう。

    (おわり)

    (写真は京の七夕・友禅のオブジェ)


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    f:id:MaedaYu:20100731101125j:image f:id:MaedaYu:20100731101124j:image

     いずれも版を重ねている羨ましい本。ただ、なぜ版を重ねられているかというと、世の中が進歩しないから古くならないからだ、と言われていた。


    ・原科幸彦『環境アセスメント (放送大学教材)


    ・原科幸彦『環境計画・政策研究の展開―持続可能な社会づくりへの合意形成

    2010-08-09

    原科幸彦『環境アセス法案の動向』(1)

     7月23日にCEIS環境サロンで行われた原科さんの講演を聞いた。

     主題は継続審議になっている環境アセスの改正法の内容と行方だ。

     原科さんの結論を言えば、問題が多い改正案だが、衆議院で継続審議になっており、選挙前の衆議院の担当委員会の様子からは、残念ながらまともな議論にはなりそうにないとのことだった。


     その他、気になった幾つかのエピソードを紹介しよう。

    改正案の問題点

     原科さんは、「法案の最大の問題は理念だ」と言われる。

     対象事業について、現行法も改正案も「規模が大きく、環境に影響を及ぼすおそれがあるもの」としている。これが間違っている。「環境に影響を及ぼすもの」とすべきだ。

     たとえば今回の改正案でほんの少し導入される戦略的環境アセスメントは、本来、事業よりも上位の計画や政策段階で行うもので、環境配慮だけではなく、社会経済的影響をも評価し比較するものだ。事業よりも前の段階、早期に評価するという意味で大変意義深い。

     しかし、「事業の実施に当たりという」目的が修正されていないし、「規模が大きく影響が大きいものが対象」という目的も現行のままなので、戦略アセスにそぐわない。なぜなら、「事業の実施に当たり」のままでは、事業実施よりも早い戦略的段階にならないし、影響があるかどうかを評価するのがアセスなのに、最初から規模で切ってしまうこと自体が矛盾だからだ。


     それに対してアメリカの国家レベルの環境アセス法である国家環境政策法(NEPA)は「人間と環境の間の生産的で快適な調和」が目的となっている。

     だからアメリカで年間6〜8万件もアセスが行われている


     今さら、根本に戻っての法案の修正は出来ないというなら、せめて短期間での見直しが必要だと強調された。

     改正案では次の見直しは公布後12年後だという。

     参院の委員会では十分な議論がなされ、その点を修正した案が通過したが、本会議では原案に戻ってしまったそうだ。

     次の衆議院で継続審議されるが、期待できるかどうか。

     よほど世論が盛り上がらないと難しいようだ。


    アセスメントとは何か

     僕はアセスメントというと、科学的な調査を徹底的に行って、環境への影響を正確に把握することだと思っていた。

     そういうものもあるが、本質はそうではないと言われる。

     早い時期に、お金をかけないでやる。これが極意だ。そして


     1)アセスはコミュニケーションの手段である

     2)アセスは自主的な環境配慮であって、公開はするが、規制ではない


    という点が大切だと言われた。


     アメリカで年間6〜8万件もアセスが行われているといったが、それはそういう簡易アセスだ。本格的なアセスは200〜250件にすぎない(それでも日本の10倍はあるが)。


     規制の範囲内であることは当然なのであって、さらにどれだけ環境へ自主的に配慮したか、それを社会に示し、応答しあうことに本来の意義があるということだった。


     アセスで大事なことは合理的で公正な意思決定だと言われた。

     科学的な分析と、住民参加による民主制の担保。これが重要だ。


    市民参加と合意形成

    f:id:MaedaYu:20100731100351j:image:left

     今回の講演でも説明されたが、市民参加については『市民参加と合意形成』という本でとことん議論いただいた。

     参加には1)情報提供、2)意見聴取、3)形だけの応答、4)意味ある応答、5)パートナーシップがあるが、問題は「意味ある応答がなされたかだ」という点に原科さんの参加論の特徴がある。


     きちんと情報を提供し、意見を聞き、応答する。

     それを公共空間で議論することに意義があると言われる。(ハーバマスの公共圏でも良いのだが、やや抽象的な感じがするので、原科さんは公共空間と呼んでいるそうだ。)


     僕はこの議論は景観をめぐる議論とも重なり合うと思う。

     建築が法規を守っているのは当然だ。しかし周辺にどれだけ配慮をしているか?

     景観計画等の明示的な基準を守っているのは当然だ。しかし、計画の精神をどう読みとり、敷地の周辺の環境をどう読みとって、どのように配慮したのか。


     ともすれば、とんでもないものをいかに止めるか、規制するかに関心が集中しがちだが、本来は自主的な景観配慮を公共空間の議論のなかでいかに深化し得たのかが大切だと思う。

     これは後日紹介する景観をめぐる小浦さんの議論と心は一緒だと思う。


    アセスの意義

     「簡単に」とはいえ、それなりの手間暇がかかるとすると、もれなくアセスを実施するメリットは何か。


     社会的には環境への配慮の学習機会。ろアメリカのように数万件のアセスがあれば、誰でも一生に一度や二度はアセスを体験する機会がある。まして事業者、計画者ならアセスが日常化し、日々、環境への配慮を考えることになる。これが大きい。


     また世の中にはアセスをやらないから、後ろ暗いところがあるのだろう、法規には叶っていても相当ひどいことになるのだろうと疑われて揉めることが案外多い。実は、きちんとアセスをやれば問題がないと納得してもらえるケースが大部分なので、アセスをすることで、むしろ早く事業を進めることが出来るかもしれない。


     それに機会が増えれば、技術も進歩する。


    f:id:MaedaYu:19800101001925j:image:right

     このあたりの議論も景観の議論に敷衍できるように思う。

     特に機会が多くあってこそ、関係者も技術も育つという点は、全くその通りだと思う。

     今は、まっとうな議論の機会が少なすぎる。

    (続く)

    (写真は京の七夕イベントのオブジェ)


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    原科幸彦編著『市民参加と合意形成―都市と環境の計画づくり

    2010-08-08

    京の七夕

    斎藤純『ペダリスト宣言!』

     ペダリストとは斎藤さんの造語だ。サイクリストがサイクリングと一対で、レジャーとしての自転車愛好家を意味するのに対して、日常的な場面での愛好も含めた言葉だという。

     またチャリダーという言葉もあるが、自転車を盗んでオートバイの集会に駆けつけることを「チャリンコしてきた」と言ったのが語源なので、嫌いだから使わないそうだ。


     それはともかく、これは小説家、斎藤純さんが40歳を過ぎて自転車に目覚め、自転車選びから、まちづくりまでを楽しく書かれた本だ。スラスラ読めてしまうのは、さすが工学者の書く本とは違うと思う。

    自転車は世界一美しい乗り物だ

     彼の自転車愛好を決定づけたのはツールド・フランスの中継を見ていて「自転車は世界一美しく、かっこいい乗り物だ」と思われたときから。だから自転車選びもウエアの選択も結構、こだわっておられて、僕のようなママチャリシティサイクルで大満足人間にはついていけないところがある。


     自慢の一品は1985年製のトレック300。ビンテージものらしい。

     古い自転車を手に入れ、こつこつと手入れをして乗ってみたいという趣味を、古い建物を単に保存するだけではダメ、いろいろと使われるようにしてこそ建物が輝くという、保存と活用をめぐる論争に関係づけてしまうのだから本格的だ(p48)。


     面白かったエピソードをいくつか紹介しよう。

     たとえば19世紀末ロンドン中流階級で自転車が大流行したが、これを牽引したのは女性たちだったという。自転車にのるためにキュロットスカートやブルマーなど活動的な服装が登場したのもこの時。女性は家で家事に専念しておれば良いといった当時の社会において、自転車は旧弊な偏見や価値観に対する抵抗のシンボルだったそうだ(p101)。


     また風景計画の先駆けである自然景観保護法がフランスで1906年に可決された際、それを準備したのは、1899年から美しい景観の一覧表を作成していた「フランス・ツーリング協会」の活動と、1901年の「フランス風景保護協会」の設立だったとアラン・コルバンが『風景と人間』(藤原書店)で紹介しているという。


     自転車好きとしては、誇りをくすぐられる良いお話だ。

     これは何かの機会に使えそうだ。


    まちの自転車化

     まちづくりへの提言は、5月28日7月1日に紹介した古倉さんの新しい本と共通するところが多い。というか、古倉さんの本は自転車派にとっての常識を、世界の政策や科学的な知見で裏付けるものだから、かぶるのは当然だろう。


     ちなみに本のなかでも紹介されているが、著者が参加している盛岡自転車会議は「安心して住めるまち」「子供と老人に優しいまち」「人間主体の活気あるまち」を目ざして活動しているという(p156)。


     盛岡市の自転車条例の策定に際し、ワークショップを開いて意見を出したり、自転車マップをつくったり、さんさ踊り駐輪場作戦や、トランジットモールなどの社会実験にも参加している。


     歩行者と自転車が利用しやすいまちに転換する「まちの自転車化」には、斎藤さんが言うように、「自転車はマイカーよりも楽しい」ということを一人でも多くの人に知ってもらうことが大切だ。


     斎藤さんはシューマッハーを引きながら、通勤にガソリンをいっぱい使うことや、お金をいっぱい使うことが豊かということなのか、と指摘する。

     かつて、高級車にのって通勤することがステータスであり、幸せの指標だった時代もあった。今は、さすがにそんな事を思っている人は少ないだろう。


     「理想は最小限の消費で最大限の幸福を得ることである」(シューマッハー)は、冷静に考えればあたりまえだ。暑い夏にエアコンなしはしんどいという人でも、窓を開ければ涼しい風がはいってくる季節には、エアコンをとめて窓を開けるだろう。

     それでもエアコンを使うのは、思いこみか、窓を開けるとうるさいとか、排気ガスが直接入ってくるといった環境の問題があるからではないか。


     だから自転車の良さを伝えることと、自転車走行の環境をよくしていく努力は車の両輪だと思う。


    自転車はロハスを象徴する

     斎藤さんによると自転車は「地球環境保護と健康な生活を最優先し、人類と地球共存共栄できる持続可能なライフスタイル」という意味でのロハスを象徴する乗り物だという。


     エコロジーは禁欲的だし、スローライフは田舎に住まないと実践できないと誤解しているッ人びとには、「ロハスって、いいんじゃないか」と受け入れてもらいやすいそうだ(p186)。


     なによりびっくりしたのだが、「ロハスの大きな特徴として、「テレビをみない」と「報道に対して懐疑的で、不満を持っている」ことが挙げられている。ロハスは、読書をしたり、コンサートに行ったり、美術館に行くという時間の使い方をするから、ワイドショーを見る時間などはない」のだそうだ。



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     これって、19世紀的な町なかの豊かな暮らし方じゃない!?。

     僕はロハスについては不勉強で、アメリカの金持ちの道楽という印象だけが残っているが、そういうことなら、もう少し調べてみたい。


     最後に気に入った一文を引用させていたく。


     「自分だけの力で自転車はどこまでも行ける。それは、自分の力以上のことはできないのを意味する。自転車で遠くまで行くとき、頼れるのは自分の力だけだ」(p11)

    写真は京の七夕


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    斎藤純『ペダリスト宣言!―40歳からの自転車快楽主義 (生活人新書)


    ○盛岡自転車会議HP

    http://sports.geocities.jp/jitensha_kaigi/index.htm

    2010-08-07

    知的書評合戦ビブリオバトル

     1ヶ月ほど前、7月13日の読売新聞夕刊に「本屋ネット対抗作戦」という記事が載っていた。

     本をアマゾン等のネットで購入する人が2割を超え、電子書籍の本格化を前に、リアル書店の危機が囁かれる今、実在の店舗の魅力を発揮しようとの試みだという。


     面白いのは、知的書評合戦ビブリオバトル。

     約70人の観客を前に、学生が演台で1人5分、自分だけが知る良書を語るのだという。

     3年前、京大生が仲間内ではじめ、ブログ等で評判になって、今回、大阪紀伊国屋が店内で開いたそうだ。


     本が売れなくなった理由の一つに、本が話題にならなくなったことがある。

     今時の若い人たちは本を話題にしない。ほんとに困ったものだ。僕たちが大学生の頃は、喫茶店で友達と本の話に熱中した・・・という記憶は実はあまりない。

     かっこをつけて輪読会とかはやった。そういうときは、少なくとも、サルトルぐらいは読んでないとみっともない。おっ、今度は吉本隆明で来たか、といった事はあった。思いかえせば、単に無理していただけかも。本当に楽しめたのかどうか、知的興奮を味わったのかどうか、疑問だが、まあ、そんな文化が少しはあった。


     映画もそうだった。

     数カ月前に学友の一周忌があったが、そのとき、シネフロントという同人誌を見せられた。なくなった学友をはじめ、熱く映画を語っている。とんと記憶はないのだが、僕も協力者に名前が載っていた。

     そういえば仏文の山田稔先生にインタビューに行った。確か梁山泊だった。風の又三郎のポスターがかっこよかったっけ。


     まあ、そういう文化のなかに本も確かにあったのだ。

     知的書評合戦が面白いのかどうか、実際に行ったわけではないので分からないし、少し大げさな感じもする。

     だが、そういう生の体験を書店が仕掛けているのは、生の体験の復権という意味で、とても良いと思う。


     僕たちがいま力を入れている著者の講演会「学芸セミナー」も、著者と読者と出版社との関係性を実感できることに最大の意味が求めている。


     アマゾンも電子書籍も本には違いないし、実は結構アマゾン依存症になっているので悪口は言いがたいのだが、結構どんな本でもすぐに手に入る時代だからこそ、逆説的に拘りが薄くなっているように思える。誰もが世界にすぐにアクセスできる時代だから、かえって似たり寄ったりのものに均質化し、多様な関心が失われていっているような気がする。それが「本を読む」というしちめんどうくさい行為を遠ざけているように思う。

     だからこそ、生身のコミュニケーションが生み出す、多様な豊穣な世界が大事だと思う。

     

     じゃあ、それで本が盛り返せるのかと言われると、先は見えない。

     好きだからやっていくんだとしか言いようがないが、若い人はそれじゃまずいよなあ〜。

    2010-08-06

    コミュニティ・ビジネスとは(特報(3))

     さて、昨日、イギリスの例をあげての定義では日本に馴染まないと言ったが、なぜか。


     それは、もっとも肝心な「コミュニティ設立・所有し、運営を行う経済組織」に相当する考えが日本にはないからだ。

     石井和平氏はスコットランドでこの考え方が成り立つのは、1ポンドを出せば地域サービスを行う社会的企業の出資者になれる、あるいは公的部門の弱体化で、そういった社会的企業がなくては生活が成り立たないという違いがあるからだと指摘している(石井和平「地域ベースの社会的企業論」『商学討究』2010.3)。

     だからこそ、日本型と石井氏が呼ぶ細内さんのコミュニティ・ビジネスのとらえ方に現実味があるわけだ。

     では、それはどういうものか。


     細内さんは「コミュニティ・ビジネスとは、地域コミュニティを基点にして、住民が主体となり、顔の見える関係のなかで営まれる事業をいう。またコミュニティ・ビジネスは、地域コミュニティで眠っていた労働力、ノウハウ、原材料、技術などの資源を生かし、地域住民が主体となって自発的に地域の問題に取り組み、やがてビジネスとして成立させていく、コミュニティの元気づくりを目的とした事業活動のこと」だという。


     なるほどと思える定義だが、これは新しいビジネスなのだろうか。


     たとえば今、人気のゲゲゲの女房、最近、貧乏神が消え去りパワーダウンだが、それはともかく、ゲゲの女房、布美枝が東京にでてきたとき、心の支えになった貸本屋・こみち書房はコミュニティ・ビジネスではないのだろうか。

     こみち書房の女主人・田中美智子は、捕まえたひったくり犯に仕事を与えたり、田舎から1人働きに出てきた工員・太一を暖かく包み込んでもいた。

     これは物語であり、幻想なのかもしれないが、タバコ屋のおばちゃんも、商店街のお店も、「住民が主体となり、顔の見える関係のなかで営まれる事業」であることには違いない。


     細内さんは、その点、「コミュニティ・ビジネスの領域」で柔軟に説明している。

     コミュニティ・ビジネスはNPOや市民事業といった新しい形ばかりではなく、従来の言葉で言えば零細企業であり、ときには協同組合自治会であるとしている。

     まったく新しい形態もありうるし、やり方もありうるが、昔からのものでも良い物は否定しない。むしろ大切にする。そういう姿勢でありたい。


     むしろ、こみち書房のような昔ながらのお店や商売、工場が少なくなり、ビジネスを通した人の繋がりが地域から消えていこうとしている時代だからこそ、あえてコミュニティ・ビジネスと呼んで意義づけ、旗を振らなければならないということなのだと僕は思う。

    (了)

    2010-08-05

    コミュニティ・ビジネスを知ったのは(特報(2))

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     僕がコミュニティ・ビジネスという言葉に出会ったのは『都市のリ・デザイン』という本だ。その第2章で加藤恵正さんが「エコノミー&コミュニティ/ブランチ経済から地域に根ざした参加の経済へ」というタイトルで書かれていた。

     当時、支店経済の再編成が話題になっており、神戸大阪リストラ対象になっていた。これに対して内発的自律的な発展をめざし、第三の経済主体としての非営利セクターとコミュニティ経済に着目した章だった。


     そしてコミュニティ経済として、シリコンバレーなどに代表されるビジネス・コミュニティと、コミュニティ・ビジネスを取り上げていた。


     後者についてはイギリスを例に「コミュニティが設立・所有し、運営を行う経済組織であり、コミュニティのメンバーに仕事を提供することにより、コミュニティの維持・発展を促すことを目的としている」と紹介していた。


     具体的には補助金に頼る緊急失業対策型、中古家電販売など独立を目ざす商業型、家庭内での仕事を市場化しようとする家庭事業型、施設の貸与、管理・運営のレンタルにより多様な地域活動を支援する「開発エージェント型」があるという。


     本書には説明がないが、「開発エージェント型」というのは開発トラストのことだろう。政府等から不動産を借りたり買ったりして、修復・運用することで活動資金を稼ぎだすタイプだ(西山康雄、西山八重子編著『イギリスのガバナンス型まちづくり―社会的企業による都市再生』参照)。


     このコミュニティ・ビジネスの定義は日本で考えるにはあまりに狭すぎる。

     また、今になってみると、グローバル経済での勝者を狙うビジネス・コミュニティの話と、地域にこだわるコミュニティ・ビジネスが並列に論じられている点に、異和感がある。「両者は対立するものではなく、相互補完的な関係にある」(p76)というのは果たしてどうだろうか。


     興味深いのは続いて文化ビジネスの例としてシャンソニエを紹介されている点だ。モンマルトルに集積する、かつて芸術家達がたむろした安酒場が、観光客に人気のシャンソン酒場となっているという。それは「個人で活躍する歌手の緩やかなネットワークが形成する文化経済」であり、「次世代の都市の経済を予見するキーワードが、広義の「集客性」にある」(p79)という指摘は秀逸だと思う。


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    2010-08-04

    『〈新版〉コミュニティ・ビジネス』(特報(1))

    脱稿間近!

    f:id:MaedaYu:20100718102740j:image:left

     細内信孝さんの『〈新版〉コミュニティ・ビジネス』の草稿を読んだ。

     かなり良くまとまっているので、もうすぐ脱稿だ。秋には皆さんのお手元にお届けすることができる。期待してください。


     ところで旧著『コミュニティ・ビジネス』は1999年に中央大学出版部から出ている。その後、版を重ねていたのだが、中央大学出版部が同大学の先生方の学術書に特化することに決めたようで、改訂ができなくなったという。

     ちょうどその頃、執筆の検討をお願いしていた僕のほうに「改訂版が出せないか」というお話があり、引き受けさせていただいた。

     出てから10年以上たつが、品切れ状態のままになるまで、コミュニティ・ビジネス関係書のなかでは1位、2位を争うロングセラーだった。

     そこであらためて「その後の『10年間のフィールドワーク』を踏まえて最新版として大幅に書き直したもの」を中央大出版部の了解のもと出版させていただくことになった。

     だから、内容も構成も大幅に変わっている。基本的な考え方が変わった訳ではないが、やはり10年たっているので、課題は変わっている。また事例については新しい事例と差し替えたり、旧版と同じ事例でも、現在までの動きを再確認していただいた。


     ともあれコミュニティ・ビジネスを日本に定着させた細内さんの本だ。

     旧版から10年をへて、さらに深化したかどうか、是非、読んで確かめて頂きたい。


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    2010-08-03

    『まちづくりコーディネーター』セミナー開催(2)

    まちづくりコーディネーターとは何か

     昨今、住民主体のまちづくりへの期待が高い。地域のことは地域の人々が主体的に決めていくべきという美しい話と、お金も人も足りないのでドブ板行政をいつまでも続けられないという行政側の現実があるのだろう。


     しかし、住民がまちづくりに取り組むと概ねうまくいくかというと、そうはいかないという。


     リムボンさん曰く「戦略的な仕掛けがないかぎり必ずと言っていいほど失敗する。たとえば、地域の自治連合会などが組織している「まちづくり委員会」などでの会合では、生活に根ざしたさまざまな課題について住民のみなさんが真剣に議論をし、熱心に取り組んでおられるのだが、時として、議論が堂々巡りを繰り返したり、焦点がぼやけたりして、「まちづくり」が何年もの間まったく進展しないことがある。そしていつのまにか活動そのものが自然消滅してしまう」。


     「そこで登場するのが「まちづくり」コーディネーターという職能だ」。「「まちづくり」とは、抽象的な議論だけでは済まされない。具体的な問題解決策を必要とする、極めて実践的な取り組みである。したがって、「まちづくり」を成功に導くためには、地域が直面している問題を冷静に分析し、時には実態調査なども実施し、問題を解決するための道筋を描きだす作業が必要となる。これをリードするのがコーディネータの役割である」(p12)。


     そうだとすると、各地でまちづくりにかかわる専門家派遣が行われているが、どう違うのか。

     そえは「生活に根ざしたさまざまな課題について」いちから一緒に考えるということだと思う。

     その点が、たとえば地区計画を作るために専門家が派遣されるという制度とは、本質的に異なる点だ。


     本書にも地区計画を目的に地域に入った例が報告されているし、その境は机上で考えるほど大きくはないのだろうと思うが、それでもこの点は重要だと思う。


    f:id:MaedaYu:20100604133308j:image:left

     僕のブログをずっと読んで頂いている方なら、ドイツコミュニティ・マネージメントの話を思い出して欲しい。ドイツではコミュニティ再生のために真っ先に取り組むのがコミュニティ・エンパワメント。そのためにコミュニティ・ビューローを開設し、コミュニティ・マネージャーを雇うことだった。

    http://d.hatena.ne.jp/MaedaYu/20100604/


     これって、考え方が似ていないだろうか。

     本書にも城巽学区に入って、自身の趣味のバンド「ナベガンチ」のパフォーマンスをどう効果的に使うかに知恵を絞っていたコーディネーターの報告が載っている。「どうやら城巽五彩の会はコーディネート力をみがき、私は一芸をみがき、お互いに成長してきた」(p98)とあるが、エンパワメントに見事に成功している。(ただし、コミュニティの成長がまちづくりコーディネーターの功績と言い切れるかどうかは分からない。)


    乞うご期待

     喧嘩売ります!なんて言っても、人寄せの文句にすぎず、結局ポーズだけということも多い。

     悪気はなくても、実際言葉で喧嘩をするとなると、難しい。罵り合いはできても、知的な喧嘩なんて、滅多に見られないのが日本だ。


     だから、ちゃんとした喧嘩になるのか、それとも馴れ合いに終わるのか、あるいはまた、執筆者が怪獣リムボンから逃げまどうだけに終わるのか・・・・。


     きっと、喧嘩なんておおぼらに終わってしまうかもと恐れつつ、それでも、楽しみだ。

    (おわり)


    ○セミナーの案内(2010.09.08、京都

    http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1009limu/index.htm


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    リムボン、寺本健三、大島祥子、北川洋一、朝倉眞一、高木勝英、木下良枝、田中志敬、醍醐孝典、佐藤友一、相良昌世、森川宏剛著『まちづくりコーディネーター


    室田昌子『ドイツの地域再生戦略 コミュニティマネージメント

    2010-08-02

    『まちづくりコーディネーター』セミナー開催(1)

    セミナー開催

    f:id:MaedaYu:20100802131246j:image:left

    本の出版1周年記念と、販売梃子入れを兼ねてセミナーを開催することにした。

    編者のリムボンさんは快く引き受けてくれたのだが、出てきた趣旨文を見ると、「……喧嘩、売ります!……」とある。

    なんだ、喧嘩だって!?、見に行かなきゃ!!


    詳しくはセミナー案内のページを見てください。


    そこに載せている最初の趣旨文は、本に書かれていることを元に僕が準備したものだ。だから、いたって平穏、平板。

    講演いただく方それぞれに、お話の趣旨を書いて頂いたら、出てきたのが、これ。


    デザイナー」。まちづくりコーディネーターの資質を一言であらわすなら、こう呼ぶほかはない。デザインは、人類のみが持ち得る本能であり、無から有を創造する。しかも無限の可能性を秘めている。他方で、悲劇を招くこともある。まさに、両刃の剣なのだ。


    『まちづくりコーディネーター』の執筆者たちは、何をどのようにデザインしたのか?それは地域社会の役に立ったのか?成功の秘訣は何か?失敗の教訓は何か?徹底的に総括してみたい。……喧嘩、売ります!……。


    これは面白いぞ!

    ただ、当初予定のように最初にリムボンさんに基調講演のような感じでお話いただいても喧嘩にならない。

    だから、最初は5分か10分で枠組みをお話し頂き、後半に会場の方々を交えた「徹底討論」を設け、そこで喧嘩を売ってもらうことにした。


    なぜ「まちづくりコーディネーター」の本を出したか


    『まちづくりコーディネーター』は、実は文社系の学生さん向けの「まちづくり教科書」をリムボンさんにお願いしたところから始まった本だ。


    リムボンさんはれっきとした工学博士が、以前から立命館大学産業社会学部におれらる。なんといっても文社系は学生数が多い。文社系で広く使われる教科書になれば救世主になる。

    積極的に応じていただけ、京都市景観・まちづくりセンター(まちセン)の方々と「まちづくり実践入門」というテキストをお書き頂くことになった。


    だが、「まちづくりのテキスト」は考えれば考えるほど難しい。

    建築都市計画をベースとした「まちづくりのテキスト」なら考えられるが、それでまちづくりを語ったことになるのか、大いに疑問だ。また、まちセンの面々が書かれると、現場密着になる。教科書としては、ちょっと難しそうだ。


    一方、どんなことを書かれたいのかをお聞きしていくうちに見えてきたのが、執筆参加者が、ほとんど、「まちづくりコーディネーター」だという単純な事実だった。

    これって面白いんじゃないか、大切なんじゃないかと盛り上がり、方向転換して『まちづくりコーディネーター』の本を作ることになった。

    ○セミナーの案内(2010.09.08、京都

    http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1009limu/index.htm

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    2010-08-01

    京都市の昨年度観光客数4700万人

    5000万人を割り込み、1人当たり消費額も増えず

     京都市が7月20日に発表したところによると、このところ増え続けていた観光客は、2008年の5021万人から、2009年は4690万人程度に落ち込んだそうだ。


     10年前にぶちあげた5000万人構想を早期に達成したので、これからは「量より質だ」と言い出したところで、世界不況と新型インフルエンザに見舞われて、大台割れをしてしまった。

     月別グラフを見ると、確かに新型インフルエンザが大騒ぎだった5月、6月に大幅に減っているが、全体的に微減傾向にある。それが不況のせいだけと言い切れるのかどうか。


     また観光消費も7.2%減少の6088億円。1人当たりも0.7%減って12982円。

     彼らの言う「量から質へ」は、消費額のことのようなので、厳しい門出と言える。

     外国人観光客も15万人減って78万人。話題の中国からの観光客は相変わらず伸びず、全体の5.9%。北アメリカが35%、ヨーロッパが32%と、欧米に偏っている。


     ただし、今年に入ってから、宿泊稼働率など2008年並みに戻りつつあり、力強い回復基調にあるのだそうだ。


    京都市の産業戦略と景観政策

     ところで、ある飲み会で京都の代表的なコンサルの所長のMさんが、京都市のとある審議会で、景観政策を評して「ようするに京都は、ビルを建ててもらって固定資産税で稼ぐという産業政策を捨てて、文化・観光で日銭を稼ぐという産業政策に転換した、ということだ」と言ったと話題になっていた。

     Iさんは、「それは正しい、そんなのはヨーロッパの都市では当たり前だ」と叫んでいた。


     欧米の自治体の税収構造は知らないが、日本の自治体の独自財源(市税)に占める固定資産税の割合は大きい。

     たとえば2008年の京都市の市税2600億のうち固定資産税は約1000億円。対して市民税法人市民税は合わせて1250億円だ。


     これから、人口が減っていく以上、ほとんどのところで地価の相対的下落は避けられない。また堅牢な建物を建てたら、それが儲かろうが損をしようが固定資産税が上がるというのも、それで良いのだろうか。

     いつまでも固定資産税だよりの税収構造だと、都市政策をゆがめてしまいかねないと思う。


    参考)

    ☆平成21年の京都市観光調査の結果について

    http://raku.city.kyoto.jp/kanko_top/image/shiryo20100720.pdf

    ☆普通会計決算にみる京都市の財政の特徴

    http://www.city.kyoto.lg.jp/gyozai/cmsfiles/contents/0000071/71611/20kesanfutukaikei.pdf