林直樹、齋藤晋編著『撤退の農村計画』(2)

撤退の農村計画


 集落に撤退の検討を薦める、この言いにくい問題に正面から立ち向かったのが林直樹さんほかによる『撤退の農村計画』だ。


 もちろん一つでも集落の消滅を減らすように努力することに反対する本ではない。
 だが人口減少と高齢化という圧倒的な現実の前に、すべての集落の維持を唱え続けることが現実的だろうか。かつて日本軍が客観的に見れば敗北は必須であったにもかかわらず、敗北を認めず徹底抗戦したが故に、多くの人名が失われた。
 時には撤退もまた勇気である・
 死守が叶わないなら、むしろ早めに手を打った方が良い、そして集落消滅後の自然管理のあり方も準備していったほうが良いというのが本書の主張である。


 だが、今時、効率性ばかりを主張し、住んでいる人たちの気持ちを無視することなど許されない。イヤだという人を強制することも許されないし、住んでいたければ勝手にせいと言って放り出すことも許されない。
 だから思い切って撤退を言ってみても、実際に撤退する集落がいっぱい出てくるわけではないだろうが、一つの選択肢としてきちんと考えていこうということだ。


 以下、林さんたちの主張を見ていこう。

積極的な撤退の方法〜集団移転

 追いつめられての消滅の最大の問題点は、最後に残った人たちの生活困難と孤独だ。
 また親族を頼って都市に移り住む人は良いとしても、やむを得ず都市に一人で移住したり、老人ホームや特養などに一人で移る人たちも、コミュニティの絆は断ち切られてしまう。
 それならいっそ、集団で移転してはどうか、と林さんたちは言う。
 阪神・淡路大震災では、被災者がバラバラに仮設住宅に移り、孤独が問題になった。その教訓を踏まえ、中越地震ではコミュニティ入居が実現され、一定の成果を納めた。また阿久根市の本之牟礼地区では、1989年に集落の集団移転がおこわなわれ、これも住民の評価は悪くないと言う。

いつ、どこに移転するか

 人口予想をすることは出生や転入が少ない過疎集落の場合、それほど難しいことではない。
 あと数年で無人化という状態なら、無理に移転するより、なんとか生活が続けられるように外部から支援する方が良いだろう。
 だから5〜10年後に大半が後期高齢者になるといった状況が、検討するべきポイントだ。


 集落内や、幹線道路沿いの集落への移転といった漸進的方法もある。また冬期のみ移転といった方法もある。比較的土地勘のあるところへの移転だから楽な面もあるが、5年、10年で再移転の必要が出てくるかもしれない。
 お薦めは鉄道駅のある地方小都市が良い。のどかな景色がある一方で、ある程度の利便施設もあり、医療もまあまあ充実しており、またバスよりもはるかに高齢者に優しい鉄道で中心都市へゆくこともできるからだ。

移転後の生活

 当然、福祉サービスは充実し、過疎集落のときと比べれば都会的な楽しみも増える。
 なにより集落全体が移転するので、人の繋がりは失われない。生活習慣もある程度維持できるだろう。
 また地方小都市の移転なので、それなりの規模の家庭菜園も確保でき、土地との絆も残せる。移転先の近隣はまだ元気がある集落だろうから、ひょっとすると雪かきなどの支援をあてにできるかもしれない。
 一方、息子や娘は訪ねて来やすくなるし、通勤が可能なら一緒に住もうということになるかもしれない。

全員合意が前提

 なんだか良いことずくめのように聞こえるが、仮に財源が確保できても、難問は合意形成だろう。
 移転したい人にバラバラに補助を出すと、結果的に、残りたい人の生活をより困難にする可能性が高い。
 だから、全員合意、全員撤退が原則になるだろうが、とても高いハードルだと僕は思う。
 この点については後でもう一度触れる。

続く

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林 直樹、齋藤晋 編著『撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編