Hatena::ブログ(Diary)

都市計画・まちづくり・地域再生編集日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-07-15

新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』

 ちょっと評判になっているので読んでみた。

 昨年の関沼博『フクシマ』、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』に続き上野千鶴子さんの薫陶を受けた若手だとのこと。

 新さんのこの本も、新進気鋭らしく、すごく大きな視点から思い切った素描を試みていて面白い。

 また知らなかったこともある。たとえば、朝鮮戦争で日本が工業生産を急速に回復した時、雇用が増えなかったということ。そのうえ雇用不安を軽減するため女性・高齢者の非労働力化が意図的に進められたのだそうだ。また高度成長期においても第二次産業よりも第三次産業の雇用力のほうが大きく、商店街もまた完全雇用の実現に大きな役割を果たしていたという。

 なるほど、そういうことなら内外価格差の元凶のように言われた小売店の不効率も、一定の社会的な役割を果たしていたということになる。

 なかには単純化しすぎているように感じる議論もあるが、ここでは、最後の提案について触れてみたい。

 新さんは、福祉国家としての四つの類型として、I生活保護年金児童手当など個人への給付、II労働基準法など個人への規制、III公共事業補助金など地域への給付、IVゾーニングや距離制限など地域への規制をあげ、日本はとりわけII、IIIをそぎ落として来たとしている。このバランスを取り戻すために、特にIIIの地域に対する規制を強化せよと主張している。

 この地域への規制としてあげられているのがゾーニングと距離規制だ。

 ゾーニングについては高さや容積、用途、店舗面積など、規制の実績があり、既存不適格といった問題はあるけれども、必ずしも新規参入者に不利とならない組み立てができるだろう。また地元資本、小資本優遇といった方法も、あり得るかもしれない。

 しかし後者が、既存の酒屋から500m以内には新しい酒屋が作れないといった規制を意味するなら、既存店が有利となり、新規参入が阻まれるのは避けられないのではないか。

 この本の冒頭に1974年に当時早稲田大学にいた村上春樹が500万円の元手で国分寺市ジャズ喫茶を開店した話が出てくる。当時は学生でも夫婦で500万円を掻き集めることは不可能なことではなかったが、そういったチャレンジはその後、土地・建設費が猛烈な勢いで上昇し難しくなったという。

 確かに地価高騰が新規開業を困難にし、その後もなくならない地価再高騰への期待が、土地や店舗の塩漬けをもたらしているとは思う。

 しかし、たとえば京都町家レストランの草創期や、今日、各地の空き家を活用したビジネスでは、同様に小額の資金でのチャレンジが続いているのではないか。

 規制や福祉の再構築も必要だろうし、新さんのいう「地域社会が土地を管理する仕組み」は高松の事例など季刊まちづくりで紹介させていただいたが、商売はやっぱり個人の才覚でやるもんだよな、と思う。

(おわり)

アマゾンリンク

商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)

2012-03-06

季刊まちづくり34号』

 東京では違うのかもしれないが、関西では、復興が進んでいるのかどうかすら、さっぱり分からない。

 その点、自画自賛になるが、『季刊まちづくり34号』は、震災1年目の現地の状況を「都市計画まちづくり」という視点から多面的に紹介している。ああ、やっぱりという面と、それでも次の時代に向かって頑張っている人たちがいることが分かる。

 巻頭言は佐藤滋氏の「復興のビジョンと基盤復興計画から見えてきた課題」。控えめに書かれているが、当初、変わらなければいけないとされた従来型の計画や動向があらわになってきていることへの憤りが秘められているように感じた。

 それでも、くじけずに、しつこく、「地域主権」「分散型ネットワーク」「環境と共生する構築環境」「地域マネジメント」「連帯経済」をたかだかと掲げ、「国や県が決めたことだからと思考停止に陥るな!」と叱咤激励される。

 そして自らも先頭に立たれて、もっとも発言が困難な原発被災地の復興に具体的な提言をされる姿勢には、脱帽する。

 ところで、どうして従来型の計画=長期間をかけた大規模土木事業を基幹とする計画が前面に躍り出てきているのか。

 これを考える上で、平野勝也氏の「防災事業とまちづくりの相克」、加藤孝明氏の「これからの津波減災まちづくりの論点」、そして三船康道氏の「宮城県南部地域の復興計画 土地利用からの検証」が興味深かった。

 きちんとした話は『季刊まちづくり34号』をお読み頂くとして、ここからは僕の感想を述べたい。


 震災後、中央防災会議は津波を二つに分類し、それぞれの対応方法を変えることに決めた。

 まず数十年から百数十年に起こるL1地震に対しては防潮堤で止め、生命財産を守る。

 そして五百年〜千年に一度起こりうるL2地震に対しては防潮堤での対応を諦め、避難路などの充実により生命を守る。防災ではなく減災というものだ。

 この通り避難を重視してやっていれば良かったのだと思う。

 しかし、現実には「次に同じような津波がきても死者がゼロ」という善意が減災という考え方を許さなかったのだろうか。

 L2が来ても大丈夫なようにL1用の防潮堤と二線堤の間は居住禁止にし、公園にするという話すら出てきている。

 それならいっそL1防潮堤をやめて、二線堤のラインにL2津波にも耐える物をつくったらどうかと思ってしまうが、どうだろうか。

 ただ、国交省や地元自治体が、本気で二線堤をやろうとしているかというと、そうではないらしい。国交省は500mを超える津波防護施設には補助しないと断言しているそうだし、三舩氏によると市町村の復興計画では隣接市町村のそれと繋がっていないそうだ。

 そんな中途半端な物、世の中の関心がさめたらお蔵入りになるのではないか、と思う。

 一方、防潮堤や高台移転・嵩上げの予算の一部を生活・産業復興にふりむけて、ともかく元気になってから大きな津波の事は考えようという街はないらしい。

 だいいち、防潮堤や高台移転は国が100%面倒をみてくれるが、それを節約したからといって、産業や生活復興にお金を回してくれるわけではない。

 また、平野氏によれば、みんながL1の堤防を作っている時に、ウチはちょっと低くしますとした結果、津波に襲われて被害が出ると裁判で「行政の怠慢」ということになりかねないという。そんなことを決断するのは自治体には荷が重い。何か起こると「なんでも行政の責任」とするこの国の風土が自律的な選択を妨げているように思えてならない。

 その結果、長期間をかけての大規模土木工事が花盛りとなる。

 お金もかかるし、費やされる時間が、被災者の逃散を促してしまうことになりかねない。果たしてまちづくりが希望をつなぎ止められるのか、正念場が続く。

(おわり)

季刊まちづくり34号予約ページ

http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1305-4.htm

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

◆目次

★★特集/復興まちづくりへのフレームワーク

浪江町東日本大震災被災後、福島第一原子力発電所事故の影響を受けて、仮役

場が同県内の二本松市に設置され、多くの住民が移動・避難し、復旧・復興は深刻な

状況に直面している。それだけに復興に至るプロセスは予め十分に検討されなければ

ならない。

また、五年間で19兆円の復興予算成立によって、長大な防潮堤の建設や高台移転が

現実味を帯びているが、まちづくりからの検討が欠かせない。

さらに、重要な社会資本である地域公共交通についての試論、前回『復興計画は何

をどのように実現するのか』の補論など、現地状況の変化に即した提案を行う。

★巻頭論文 復興のビジョンと基盤復興計画から見えてきた課題(仮) 佐藤滋

□パート1 原発

・原子力発電所事故災害からの地域再生試論

  早稲田大学都市・地域研究所+佐藤滋研究室

□パート2 インフラ

・防災事業とまちづくりの相克 平野勝也

・海岸堤防のデザインが問うもの 佐々木葉

・復興まちづくりにおける地域公共交通 中村文彦

□パート3 復興アーキタイプの提案

    阿部俊彦+佐藤研究室

□パート4 復興計画の主な論点と課題

陸前高田市震災復興計画に関する個人的覚書 中井検裕

・復興計画を読む 饗庭伸+澤田雅浩

□パート5 復興支援

石巻復興プロセスのデザイン 真野洋介

漁港漁村復興計画の課題 富田宏

・対立を対話に変えつつ「ふるさと再生計画」を創造する 延藤安弘

★東日本大震災の復興まちづくり施策の枠組みとポイント 佐々木晶二

★次の広域・巨大災害に備えて

・これからの津波減災まちづくりの論点は 加藤孝明

・被災地外(静岡県)での津波対策の動向 池田浩敬

・地域と学校の連携による津波避難訓練 岡本清峰

・防災人材育成プロジェクトの実践と展開 浅野聡

★<東北地方太平洋沖地震の被災地を訪ねて4>

宮城県南部地域の復興計画 土地利用からの検証 三舩康道

★<各地からの報告>

共楽館修復への運動 市毛環

★<地域レポート>

茅ヶ崎市・環境まちづくりを主導する市民達 八甫谷邦明

2011-09-05

季刊まちづくり32号「復興まちづくり特集号」

 9月1日発売の『季刊まちづくり32号』を読んだ。

 今回は全ページ「東日本大震災対応特集号」となっている。


 その大部分を占めるのは佐藤滋さんのグループを中心とした特集「復興まちづくりシナリオの提案─市民事業の展開に向けて」だ。

なぜ、市民事業か

 なぜ、市民事業が出てくるのか?

 そんなチマチマした話で、これほどの大規模災害からの復興ができるのだろうか、と疑問に思う人も多いだろう。


 佐藤さん自身も、3.11の直後は「『まちづくり市民事業』なんて的はずれな本を出してしまった」「これは国家の権力を背景に動かすしかない」と思われたそうだ(『[東日本大震災・原発事故]復興まちづくりに向けて』佐藤滋さんのインタビューなど)。


 しかし日が経つにつれて、今回の復旧・復興は「地域主体のまちづくりの積み上げのうえにこそ、達成されるのだ」と思われたという。


 それは、どういうことか。


 佐藤さんは「公共事業型の復興事業が過大となることを抑え、地区まちづくりに重点を置きながら、生活と生業・産業の復興を図るシナリオを、市民に開示し共有しながら進める」ことが基本だという。


 高度成長の頃までであれば、インフラさえ整備すれば、あとは有り余る成長力がその器を満たしていった。

 だが、今回はそうはいかない。様々な主体の再生の力が一筋の流れに集まるような復興のあり方が求められている。

 その具体的な方法論が様ざまに検討されているのが本特集だと思う。


アマゾンリンク

季刊 まちづくり 32

2011-04-01

山崎亮『コミュニティ・デザイン』(4)


山崎さんとの今までの仕事(続き)

『季刊まちづくり29号』「民間企業が地域のためにできること」

 これは最近の注目の仕事、マルヤガーデンズを書かれたものだ。


 鹿児島の中心市街地・天文館地区にあったデパート、鹿児島三越は、元は地元の呉服屋からデパートになった丸屋だった。その鹿児島三越が閉店を決めたとき、建物を所有していた丸屋の社長、玉川恵さんはなんとか丸屋デパートを再開したいと考えた。


 改装チームに加わることになった山崎さんは、コミュニティが自由に活動できる複数のガーデンを持つ商業施設を提案する。


 今は量販店やネットショップが隆盛で、デパートに来る人は減っている。そのうえデパートに来たとしても、ファッションに興味のない人が、ファッションのフロアを訪れることは少ない。


 ならば、余裕のあるスペースを様々なコミュニティ活動に貸し、そこに集まる人々が、同じフロアでたまたま出会った商品に関心を持って貰えると良いのではないか。


 そもそも、巨大な売場に見合う売上げがなかったから、三越が撤退したのだろう。ならば売場を目一杯使うことには無理がある。だからと言って、建物の一部を閉めたままでは、回遊が生まれにくい。だったら一種の公共広場をもうけ、コミュニティに活用してもらって、そこに来る人たちは来街者と考えるのはどうか。


 スペース効率を最優先する従来の考え方を180度変え、売上げ減少の時代に適応した一歩下がってのスペース活用術は、玉川さんの理解を得て、進められることになった。


 その場所を使う人々をどうするのか?

 ここでも山崎さん流のコミュニティ・デザインが見事な成果をあげる。


 まず、市内の団体やグループにヒアリングにいって、相手を知り、また自分たちを知ってもらう。そして使ってくれそうな人たちをワークショップに誘い、どんな設備が必要か、どんなルールが必要かを話し合っていく。


 そうしたなかで、丸屋からは独立し、丸屋に頼りきることがない運営主体が立ち上がってくる。マルヤガーデンズ(丸屋)とガーデンを使うコミュニティの間にコミッティが設けられ、ガーデンのマネージメントが中立的な立場から行われるようになる。

 また個人でもガーデンに参加できるよう、カルティベーターという役割も設けられ、マルヤガーデンズや天文館地区の情報発信を行うようになった。


 このようにして、デパートは単なる商業施設、箱から、広場を持つ街となった。

 コミュニティ・プログラムはオープン後も増え続け月200回となり、ガーデンを使うコミュニティとマルヤガーデンズのテナントの協働も増えてきたという。

 まさに商業施設の再生が、地域に散らばっていたコミュニティの力を呼び覚まし、多くの人の目に見えるようにし、繋がりを多様にすることで、地域の創造力を高めたということが出来るのではないか。


『コミュニティ・デザイン』と震災復興

 この本では、ランドスケープ・エクスプロラーやマルヤガーデンズのほか、あそびの王国や家島、海士町でのプロジェクトなどを含め、山崎さんが空間の設計者からコミュニティ・デザイナーへと深化してきた経緯が書かれている。


 日曜日(3.27)のNHKの番組は震災からの復興をとりあげ、塩崎賢明さんや増田寛也元総務大臣、それに松本防災担当大臣などが口を揃えてコミュニティの絆の大切さを強調していた。

 それが口先だけに終わらないことを願う。

 司会者は「国が責任をもって」やり抜くことが必要と繰り返していたが、丸抱えはできないだろうし、望ましくもないと思う。

 インフラの復旧はもちろん、生活再建の様々な場面で、国の力が必要だが、究極的には地域の力が鍵になる。

 そこで、コミュニティ・デザインの役割は大きい。


 被災地だけではない。人口減少、地方都市の衰退、財政危機など、価値観が大きくゆらぐなかでの今回の巨大災害原発事故、ささやかれている石油のピークアウト、食糧危機・・・あまりに不安な時代だからこそ、人間への信頼を基礎を置き、繋がりを取り戻すコミュニティ・デザインに普遍的な可能性を感じる。

(おわり)

2011-02-18

季刊まちづくり30号』(3)

f:id:MaedaYu:20110216133909j:image:left

 昨日に引き続いて、各地の事例を紹介しよう。

 他とはだいぶ様子が違う西宮の事例にも考えさせられる点があります。

練馬区福祉のまちづくり推進条例〜下郡山啄さん

 福祉のまちづくり条例は「季刊まちづくり」に初登場ではないかと思う。

 そういえば環境関係の条例も取り上げたことがない。

 特集で隣接分野を取り上げると売れ行きが目に見えて落ちてしまうので難しいのだが、「これからのまちづくりはソフト」だとか「総合化」だと言っていながら、せめて個々に取り上げる努力をしなかったのは、僕たちの怠慢だ。


 ところで、ここでも都条例との兼ね合いが問題になっているという。

 バリアフリー法では、規制強化は委任されているが、規制緩和は認められていない。ところが都の基準はごく比較的規模が大きい施設を念頭においているため、練馬区に多いごく小規模の施設には過酷な部分があるという。したがって上書きの是非が課題になってくると指摘しておられる。


(西宮)個別対応の規制誘導から総合的まちづくりの推進に向けて〜坂井信行さん

 西宮の報告の特徴は高度地区などの都市計画、景観計画、自主条例、要綱を総合的に紹介していることだ。ワンルームマンションや住宅開発抑制、商業立地ガイドライン、高容積地区での土地利用適正化など、重要な問題を要綱でやっているという。

 たとえば高容積地区(300%以上)では、延べ床面積が1000平米以上の場合、店舗スペースなどを入れないと、上限容積の8割しか使えないという。


 坂井さんは、今後の課題として、都市計画マスタープランや地区まちづくり計画等のツールとして各種の制度が体系化されること、そして、事前明示型の誘導ではなく、都市計画マスタープランに基づく協議調整型の柔軟な誘導方策に進化することを上げておられる。期待したい。


 以上、駆け足で掲載事例を紹介した。

 正確には本誌をお読みください。発売は3月1日。予約も受け付けています。

(おわり)


○予約ページ(2月末日まで)

http://www.gakugei-pub.jp/zassi/zigou/30yokoku.htm