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都市計画・まちづくり・地域再生編集日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-10-21

林まゆみ「生物多様性とまちづくり」セミナー

生物多様性条約第10回締約国会議開幕

 先日、生物多様性条約第10回締約国会議が名古屋で開幕した。地球益国益をめぐりシビアな交渉が始まった。


 国内で開かれる大型の国際会議と言うこともあり、これまで各界で盛んな啓発活動が行われた。

 僕たちも今年の7月に『生物多様性をめざすまちづくり』を出版し、また10月15日には都市環境デザイン会議関西ブロック主催で著者の林さんのセミナーを開催した。


 その記録はいずれフルバージョンが公開されるので、今日は簡単に感想を書いておこう。


自生種にこだわるニュージーランド

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 『生物多様性をめざすまちづくり』の副題は「ニュージーランドの環境緑化」だ。内容は副題の通り、ニュージーランドでの様々な取り組みが紹介されている。

 セミナーで最初に紹介された40年をかけた河川の再生が凄い。現在、クライストチャーチでは360キロメートル以上のオープンな水路と40箇所以上もの湿地があるそうだが、再生にあたっては、なんと「生態系景観、レクリエーション、歴史遺産、文化などの価値が優先、最後に排水が位置付けられている」のだという。


 もうひとつ、強調されたのは自生種による緑化だ。

 それも自然環境を保全するなかで自生種を守ろう、再生しようという話にとどまらず、ジェレミー・ヘッドの庭などは、いかにも「デザインしています」と言う感じなのに自生種にこだわっている。またメーガン・ライトの庭は、イギリスの風景式庭園のように、いかにも自然風を装いながら、とても手が込んでいる。


 ここまでして自生種にこだわる意味があるのだろうか、所詮、人工のものづくりではないか、と思ってしまうが、林さんは意外なメリットを強調された。生物多様性への寄与はもちろんだが、日本で自生種にこだわれば、地場の産業を育成できるというのだ。


 たとえば公共事業では自生種以外は認めないとすれば、地場のものしか使えなくなる。今は自生種の苗など、ほとんど流通していないが、地場のものしか使えないとなれば、産業が育ってくる。だから地域活性化にとても役立つという。


都市デザインは生物多様性に貢献できるのか?

 2次会に参加したのは林さんと鳴海先生、そして朝来市役所の足立さんの四名。普段なら会員を中心に十数名になるのだが、今回はセミナーへの会員の参加も極端に少なかった。

 だから、都市環境デザイン会議の会員は緑を扱っている人も多いのに、生物多様性には関心がないんだろうか?と話題になった。


 生物多様性は熱帯雨林などが焦点になることが多い。

 先日の第4回季刊まちづくり26号読書会でも、広島大学で、建築環境や都市環境を専攻されている田中貴宏さんは、「生物多様性の観点から見れば、都市はまわりの生態系に迷惑をかけなければ良い」と断言されていた。


 そして都市の役割は「1)外来生物が入ってこないようにする、2)汚染物質を排出しない、3)都市内の絶滅危惧種を保全する」といったことに限られるとされていた。


 この三つの条件をクリアすることは簡単ではないと思うが、地球規模で考えると、人工化されてしまった都市で、緑化をしたところで大きな効果は得られそうにない。


 まして、都市環境デザインや建築は、コンクリートや芝生を使って多様性をぶっ壊している方である。今さら小さな罪滅ぼしをしたってポーズにしかならないとデザイナーの人たちは達観しているのかもしれない。


 これについて林さんは、ビジネスチャンスであることを理解していないからだ、と言われていた。

 自生種にこだわれば、新たな方法と経験が必要になる。それは面倒臭いことかもしれないが、専門家としての力量が発揮できる仕事になるはずだ。そこのところが分かっていないということだろうか。


 鳴海先生は、自生種の日本的なありようをもっと考えるべきだと言われていた。

 ヨーロッパのような地続きの国では、固有種は残りにくい。同じ島国でもイギリスは極めて固有種が少ないので有名だ。

 多様性に価値があるとすれば、日本はかなり有利だといえる。


 だが、固有種は有史以来のものだと限定してしまうと、日本の文化や生活と切れたものになってしまう。たとえば彼岸花遣唐使が趣旨を持ち込んでしまったと言われているが、いまはもう、文化に溶け込んでいる花だ。

 これらを固有種ではないから価値がないと言えるだろうか。


 これに対して、林さんは、もっとおおらかに自生種を捉えようと提唱されているそうだ。

 侵略的で他の種を圧倒してしまうような外来種は論外だが、ある程度の期間、平和共存しているような外来種は、認めようじゃないかという訳だ。


 ともあれ気候変動や生物多様性に都市環境デザイナーがどう向き合うのかは、大切な問題だと思う。公園でも、美しさや機能性だけではなく、これらに対する寄与が意識されるようになるだろう。生物学も学び、また自生種の経験も豊富なデザイナーこそ、次世代のデザイナーのあり方かもしれない。


 そのような議論をセミナーでもっとしたかった。


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林まゆみ『生物多様性をめざすまちづくり―ニュージーランドの環境緑化

2010-07-03

ブライトンホテル、リレー音楽祭inアトリウム

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 写真は7月1日から始まったブライトンホテルのリレー音楽祭2日目(564回目)の様子。

 京都市立芸術大学の寺島千紘さんと泉麻衣子さんがピアノ・ソロで、ショパンシューマンを披露。最後のブラームスハンガリー舞曲の連弾が楽しかった。

 3日はソプラノ歌手、田村麻子さん、伴奏がベルギン麻紀さんによる歌曲。2人ともプロだし、田村さんはさすがに声量がある。アトリウムに響き渡っていた。アンコールの宵待草やバッハ&グノーのアベマリアが良かった。

 このリレー音楽祭について都市環境デザイン会議関西ブロックフォーラム冊子に2007年に書いた文章を下記に再掲する。


1001回の連続開催を目指す

 15年前、恒例だった京都市交響楽団の大文字コンサートが予算不足で中止になったとき、61日間のリレー音楽祭が始まった。3年目からは約1カ月の開催となり、2007年7月31日、500回目を迎えた。

 出演料はナシ。会場は約25.3m×34m×高さ20mという巨大なブライトホテルのアトリウム。運営は当ホテルが担っている。


 実行委員会は、井上道義、工藤千博氏※ら5名、京都音楽家クラブ、京都府合唱連盟、京都市立芸術大学音楽学部、京都フランス音楽アカデミー、京都市交響楽団有志が協力してる。またロビーや回廊などから、無料で鑑賞できる。


 営業中のホテルのアトリウムであるため、音楽祭に関係のないお客さんも多い。また子ども連れで鑑賞に来る人も多く、ロビーバーも設置され、気軽な雰囲気だ。そのためコンサートホールのような静寂は期待できない。演奏がつまらないと、途中で帰ってしまう人もいるし、良いと立ち止まって聞く人が増えていく点が面白い。


 鑑賞ディナーや宿泊セットなども売られているが、果たしてどれだけ売り上げに貢献しているのか。ホテルの顔となるイベントとして取り組んでいるとのことだが、よく続くと感心する。


 最終日の中丸三千繪さんには1300人が集まったとのことだが、100人程度のときもあり、広い空間だけに少し寂しい感じがするときもある。


 たとえば2006年に3万人を集めた仙台クラシックフェスティバルは、地元交響楽団のメンバーと、中堅どころの音楽家を集め、安価に良質な音楽を提供し、ファンを増やそうとしている。対して本音楽祭は、現代音楽など不人気なジャンルや、若手音楽家の参加(それも若手好みの難曲)にも取り組んでいるのが特徴である※※。現代音楽の新作は正直楽しめないこともあるが、学生にとっては得がたい経験ではないだろうか。


 2007年も小学6年生の登坂理利子さんが素晴らしい演奏を披露した。8年前にはチャイコフスキーコンクールで優勝した神尾真由子さんも演奏してる※※※。登坂さんもひょっとすると将来、ビッグタイトルをとるかも、と考えると楽しい。


※  ;工藤千博は京都市交響楽団コンサートマスター。2009年10月9日逝去。

    小学生の音楽教育に取り組み自らを「バイオリン小児科」と称したという(Wikipedia)。神尾真由子さんも門下。

※※ ;最近は難解な曲は避けているようだ。

※※※;神尾真由子さんは、チャイコフスキーコンクール優勝後、一昨年に再登壇した。

2010-05-24

『「和」の都市デザインはありうるか』

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 田端修さんの新著。いろいろあったが、ようやく出来上がった。

 「和の都市デザイン」って何だ?と思われるだろう。

 伝統的なデザインのこと? あるいは屋根と庇を付けること?

 そうではない。

 端的に言えば、日本の都市に相応しい都市建築、都市住宅のあり方をさぐることだ。


 前提も考察も抜かして言えば、結論は、前面は街路に沿って壁面を揃える。そして両隣となるべくすき間をあけずに建てる。そして、2階ぐらいの軒下空間を街路と応答する空間としてデザインする。道は拡幅しない。

 こうすれば、仮にコンクリートの5階建ての建物でも、また京都のように庇を義務づけなくても、従来からの町並みとなんとなくつなげることができる、と田端さんは言う。


 なぜ、それが「和」なのか?

 日本の都市は、根底から変わってしまったように見えるが、実は狭い間口の小規模敷地という特性は結構残っている。

 表面的には大きく変わったように見えても、その変わらない基盤。それが和の都市だ。


 このように簡単には変わらない和の敷地の上に、洋の思想と技術で建物が建ってゆく。

 建築・都市計画の法制度は大規模な敷地に有利なようになっているし、建築技術もまた同様だ。

 だから狭い敷地で大規模に有利な制度を無理矢理使い、建て替え当然と思いつつも、つぶしにくい建物を造ってしまう。

 今日の都市のなんともいえない雑然とした感じは、和と洋のデザインの混在もあるが、なによりもまず、この本質的な矛盾から目をそらしている点にある。

 これは小さな身体なのに、大柄の人にこそ似合うコンセプトの服を、無理矢理、着ているようなもの。


 そんななかで、今まで建築や都市計画の良心は、小規模敷地を解消する共同化の実現のために費やされてきた。

 これは間違っていたのではないか、というのが本書の出発点だ。


 田端さんは京都の町なかで生まれ育った。京都市の90年代の景観施策の改定や、町家型集合住宅の開発にも加わっている。だから、空間感覚が人間的だというか、どうも東京の高層ビルの空間にはなじめないのかもしれない。

 だから時代遅れとも言えるが、人口減少の今、一週遅れのトップランナーだと思う。

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2010-04-24 JUDI講演会

都市プランナー、コンサルタントの育ち方

 今日のセミナーは堀口さんの「[都市プランナー]、コンサルタントの育ち方」でした。来てくれた人、ありがとう。これでセミナーの赤字も完全解消でした。以下は簡易メモです。

 

その歴史と仕事

 都市計画のコンサルタントやプランナーは、1960年代に開発計画の立案などのニーズに応えて生まれたそうです。一方では公害反対闘争や都市開発、地域開発反対闘争のなかでアドボカシーの必要性もあったとのこと。

 その後、地域に長期密着して取り組むタイプも生まれ、バブルの頃には自ら企画するプロデュース型も言われたけれども、これは今は都市計画コンサル分野からは消えたそうです。

 このような歴史のなかで、仕事としては都市マスの策定、地区まちづくりでのまちづくり協議会の支援と地区計画等の策定、伝建や景観の調査とガイドライン等の策定、温泉を掘って宿泊や物産施設をつくるといった地域活性化支援などの仕事をしてきたけれど、最近増えているのは地域活動の支援。ただし、押しかけて支援をする、仕事というより自己実現みたいな分野も増えているそうです。

 やや詳しく紹介のあった、都市マスの仕事では、従来は都市の将来像を描くというタイプでしたが、関西では都市が成熟しているため今さら将来像を描く必要はなく、都市空間のあり方について市民の合意を確かめるというタイプになっているそうです。ただし関東ではまだ従来型が多いとか。

 密集でも公共のお金をガンガン投入してということはなくなり、内発的整備を目指した建て替え時のルールづくりを行っているそうです。

 一方、市民活動の支援での最近の流れは、地元の人たちが自らワークショップをできるように、そのやり方を教えるといった仕事、コミュニケーションのサポート、プロモーションのお手伝いだそうです。

その専門と地域分布

 コンサル、プランナーの仕事と専門分野は下記の通り。

  • 都市計画・マスタープラン;都市計画コンサル等;(特徴)合意形成
  • 景観デザイン;都市計画コンサルや建築設計事務所;(特徴)ルールづくり、手段としての参加
  • 事業(再開発、区画整理等);設計事務所、ゼネコン、デベロッパー;(特徴)できてなんぼ
  • ランドスケープデザイン;造園設計事務所;(特徴)計画・設計・ユーザー参加
  • マネージャ型;商業コンサル、都市計画コンサル、イベント会社等;(特徴)必ずしも空間に結びつかないこともある、ビジネスにまだなっていない 

 また、仕事もクライアントも事務所も東京一極集中。関西は離島型というか、自給自足圏をなんとか作れている。それ以外は地域に一社。四国の場合、4県あるけど、3社しかないという状態。

 

 問題はどうやって稼ぐかだが、公共事業絡みの仕事は減っており、まちづくり活動の支援はコミュニティビジネスというか、地域価格でご奉仕で、楽しいけど食えないのが実情。これを食えるようにするのがこれからの課題だとのこと。

プロになるためのアドバイス

 まず身につけるべきことは、社会人としてきちんと振る舞えること、統計の分析法、現地調査や空間情報の把握力など。そのほかワード、エクセル、パワポ、フォトレタッチ、CAD、GIS、アクセスなどのパソコンツール。

 大事なのは会議の議事録をとれるようになること。というのも内容を理解していないと議事録はとれないから。

 ある程度、仕事ができるようになってきて、そろそろプロかなとなったら、専門家として自分はスターなのか、脇役なのかを見極めることが必要。

 スターになりたいなら、仕事を作れなければダメ。

 また、一度技術を身につけても、時代の要請に応じて時々に技術開発をしていかないといけない。

 また資格などは仕事について10年ぐらいたって「持ってないと恥ずかしいかな」というぐらいになってから取れば良い。

これからのまちづくり

 公共事業が減り、公共サービスが民間化されていくなかで、今は勝手連のように押しかけ支援をしているという状態。専門家のボランティアには二通りある。一つは、弁護士のように本業で充分生きていける人が社会のためにその専門的な力を提供するのがプロボノ。一方、将来はビジネスになるのではと期待しつつボランティアしているのは先行投資型。都市計画コンサルのまちづくり支援はオンザジョブトレーニングを兼ねた先行投資型と言えるのではないか。