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2018-10-17 『コンセプトとしての人権』

『コンセプトとしての人権――その多角的考察』(Michael Freeman[著] 大内勇也ほか[訳] 現代人文社 2016//2011)

原題:Human Rights: An Interdisciplinary Approach (2nd Edition)
著者:Michael Freeman
監訳者:郄橋宗瑠
訳者:大内勇也[5章, 7章 担当]
   鈴木 悠[3章, 6章 担当]
   樋川和子[2章, 4章 担当]
   藤田早苗[8章, 謝辞 担当]
   松下千津[1章, 9章 担当]

【目次】
第2版はしがき(マイケル・フリーマン エセックス大学 2010年9月)  [ii-iv]
謝辞(マイケル・フリーマン エセックス大学 2002年2月) [v]
翻訳者はしがき(2016年10月 郄橋宗瑠) [vi-ix]
目次 [x-xii]

1 はじめに――人権を考える 002
現実 002
概念 007
社会科学 009
人権法を超えて 011
結論 014

2 起源――自然権の盛衰 016
なぜ歴史か 016
権利と専制君主 017
正義と権利 018
自然権 021
革命の時代 027
自然権の衰退 032

3 1945年以降――権利の新たな時代 037
国連及び人権の復活 037
世界人権宣言 039
理論から実践へ 046
  冷戦/冷戦後/9.11とその後
結論 057

4 人権理論 060
なぜ理論をみるのか 060
人権理論 065
  権利/正当化/具体化/民主制/その他の価値/義務と負担/権利間の対立/人権に対する異論
結論 083

5 社会科学の役割 087
イントロダクション――人権と社会科学 087
法学の優越とその批判 088
政治学 096
社会学 102
社会心理学 105
人類学 106
国際関係論 108
結論 114

6 普遍性、多様性及び差異性――文化と人権 116
文化帝国主義の問題 116
文化相対主義 123
少数者の権利 129
先住民族 136
民族自決権 139
女性の権利 142
児童の権利 146
性的少数者 149

7 人権をめぐる政治 152
人権をめぐるリアル・ポリティクス 152
ブーメラン理論 155
人権をめぐる国内政治 158
人権侵害を説明する――計量的アプローチ 159
世界政治におけるNGO 163
結論 169

8 グローバリゼーション、開発、貧困――経済と人権 171
グローバリゼーション 171
世界的な貧困と不平等 172
経済的及び社会的権利 173
発展 177
発展の権利 178
発展の原因 179
貿易と投資 182
企業 184
国際的な金融機関 187
気候変動 190
グローバル・ジャスティス――地球規模の社会正義 193
結論 195

9 21世紀の人権 196
歴史の教訓 196
人権への反論 201
人権法を超えて 201
終わりに 204

参考文献 [207-221]
索引 [222-226]



【抜き書き】
・1章の冒頭。

  現実
  スーダン西部のダルフール地方を取材中、NY Times 紙の記者ニコラス・クリストフは、〔……〕そこで見た状況を次のように記事にした。〔……〕(Kristof 2006: 14)

  このような凄まじい状況を勇気をもって読破した人々は恐れおののき、同情し、そして憤りを覚えるだろう。〔……〕
  このような凄まじい出来事は、歴史的、政治的、そして経済的な要因が複雑に絡み合った結果に起こったものであるといえる。ダルフールはたくさんの民族によって成り立つ地域だが、そのすべてがムスリムで、植民地時代から経済的、社会的におろそかにされてきた土地である。スーダン政府及びムスリムが主流である北部と、クリスチャンが多数を占める南部との間の残忍な内戦が長く続いてはいたが、ダルフールは近年まで比較的落ち着いた土地であったといえる。そのダルフールの平和が揺るがされたのにはいくつかの理由がある。土地の砂漠化が進む中、農民と遊牧民との土地資源をめぐる競争が激化したこと、アラブ人が優れていてアフリカ人が劣っているといった人種差別的なイデオロギーが台頭したこと、反政府派や難民が流出するなどによってスーダンとチャドの国境を不安定化させたリビアのカダフィー大佐の領土拡張をめざした政策、さらには、南スーダン反乱分子の潜入。ダルフールの自衛組織も、多数の反乱軍へと発展していった。スーダン政府側は、ジャンジャウィード(「邪悪な騎馬兵」)として知られるアラブ人民兵を雇い、野蛮な対ゲリラ活動によってこれらの謀反を抑圧しようとした。2006年5月5日には、スーダン政府と最大の反乱軍との間で和平合意が結ばれたが、ほかの反乱軍は合意に参加しなかった。2003年から2006年までの間に少なくとも20万人が殺され、200万人以上が移動を強いられ、ダルフールとチャド国境の両側において400万人以上が略奪と窮乏に苦しんだ(ダルフールの人口は約600万人である) (Reeves 2006)。



・以下、黒字強調はMandarineによるもの。

  昨今、国家のもたらした暴力の被害者となる国民はあまりにも多い。インドネシア国軍は1960年代半ば、共産主義の抑圧を目的に50万人以上の市民を虐殺したポル・ポトのカンボジアでクメール・ルージュ政権によって殺された人民の数は220万人にも上るといわれているが、これは全国民の4分の1から3分の1に相当する数だった1970年代後半のアルゼンチンでは、9,000人以上の人々が軍事政権の下で「失踪」した。1972年から1978年のウガンダのイディ・アミン政権下では、25万人以上が殺害された。1980年代のイラクでは、何百、何千人という人々が国家警備組織によって殺戮された。エルサルバドルでは、1980年から1992年の間に、国民の2%もの人々が内戦下の失踪と政治的殺戮によって殺された(International 1993: 2)。1994年にルワンダでは、政府主導のジェノサイドにより、50万から100万人の人々が殺された(Glover 1999: 120)。リストがすべてを網羅しているとは到底いえず、ほかにもボスニア、チェエン、コソヴォ、東ティモール、2003年の侵攻以降のイラク、そのほかたくさんの場所を加えることができる。
  人権の概念は、こうした出来事についてどう考えるべきか、そのひとつの道筋を与えてくれる。今この本を読む間にも、他の地域で起きている、似たような残虐行為と不正についての報道が、新聞やラジオ、テレビ、インターネットやその他の「新しいメディア」によってなされていることだろう。これらは人権侵害についての話である。残虐な出来事はあまりにも厳然たる現実だけれども、「人権」というのはひとつの概念である。人権は、現実について考えるための、そしてその考えを表現するための手段となってくれる。私たちが人権について語られることを理解したいと思うならば、その概念を分析してみることが必要である。しかし、ダルフールの人々のような話を聞いたときに、自分の概念を分析してはっきりと明確で筋を通ったものにするよりも、同情心をもって反応するほうがよっぽど簡単ではないか。我々が概念を理解するということは、もともと哲学の分野における概念解析が目的とするところである。「人権」の概念は、しかし、この学問分野に挑戦することになる。というのは、概念というものは抽象的であり、概念解析とは抽象的な学問分野であるから、実際の人間の経験とはかけ離れたものと感じられてしまうからだ。人権という概念の分析は、実際の人間の経験に対して同情をもって理解をすることなくしてはなしえない。そういう人間的な経験をこそ、人権の概念は指し示しているのである。



  概念
  人権の概念がさらなる難しい問題を提示しているのは、ひどい残虐行為や不正義といったこと以外の問題にも関わっているからである。たとえば世界人権宣言の第1条は、すべての人間が権利について平等だと謳っている。第18条では、すべて人が信教の自由に対する権利を有するとしている。それでは、教義の中ですべての人間が平等であるということを否定しているような宗教を信奉する人々の、信教の自由に対する権利ということを、どう定義するべきであろうか。あるいは、人権を推進実行しようとしたときに、そうすることが他の誰かの人権を侵害することになってしまうというようなことを、どう考えたらよいであろうか。このように、人権の理想を推進実行することができないのは、政治的な意思の欠如や政治利害の対立といったことが原因ではなく、人権というものがお互いに「共存しえない」ことがあるからである。つまり、ある人権の推進実行が、また別の人権の侵害につながってしまったり、ある人の人権を守ることが、他の誰かの同じ人権を侵害することになったりしてしまうということである。たとえば、ある宗教団体が、その教義によって他の宗教へと改宗することを禁じているとしよう。すると、その団体の信教の自由と、その団体に属しながらも改宗したいと望む個人の信教の自由とが、対立することになる。私たちが支持している人権というものが、このように、お互いに共存しえないことがあるとしたら、私たちの思考はそれこそ混乱してしまう。
〔……〕
  「権利」とはどういうもので、「人権」はそのほかの権利とどう違うのだろうか。「権利(rights)」の概念は、「正しい(right)」という概念と密接な結びつきがある。何かが「正しい」というとき、それは、その「何か」が正しさの基準に沿っているからである。どんな社会にもそういった基準があるが、文化によっては、人々が「権利を有する」などという概念が存在しないこともある。それどころか、すべての人が「人権」を有するなどという考えは、実はほとんどの文化にとって相容れないものであるとさえいわれる。マッキンタイアは、人権など存在しないと論じた。人権の存在を信じることは、魔女や一角獣(ユニコーン)の存在を信じるようなもので、迷信であると(MacIntyre 1981: 67)。
  しかし「人権」が、私たちが「持つ」腕や足のような「物体」であると認識した点が、マッキンタイアの間違いである。実はこの間違いは、権利について語るときに私たちが使う、権利を「有する、持っている」という表現にも明らかに組み込まれてしまっている。しかし、権利というのは、物理的に存在しないがゆえに質量がない物体ではなく、倫理的、法的な規則に由来する、正当な主張や資格のことなのである。権利についてこういった着想をすることで、マッキンタイアの異論をはねのけることができよう。人間というものがある種の敬意に値する存在だ、と信じることは、「迷信的な」ことではない。人権を正当化するには、人権の理論が必要だ。人権の概念の価値を証明する難しさは、私たちの持つ信条が正しいことを証明しようとするときに感じる難しさに通ずるものがある。そしてその難しさは、人権の概念が抱えているのかもしれない欠陥によってのみ生じるものではない。




  結論
  人権の研究だけでなく、実践も、かなりの部分において法律家によって占められてきた。人権運動とその主張の発展は彼らに負うところが極めて大きい。ただし、人権の法律にばかり目を向けると、人権の本当の理解ができない。本書は、学際的なアプローチを採ることにより、法律をあるベきところに収めようとするものだ。人権という概念には哲学的議論が多い。そういった歴史を知り、哲学的議論を理解することによって、現代における人権の立ち位置を明らかにすることができる。この半世紀、人権の概念は非常にたくさんの国際法、国内法体系の中に採り込まれてきた一方で、政治紛争の真っ只中に置かれてもきた。もちろん法律は大事であるが、人権について理解するには、それにまつわる政治についても理解することが必要である。さらに、法律と政治だけが人権の分野をすべて占めているわけではない。社会学、人類学、経済学といった他の社会科学もまた、人権の問題を真に理解し、その解決法を探るうえで不可欠なものである。つまり、人権というのは極めて学際的な概念なのだ
  まず、第2章で歴史上の人権の発祥について考えることから始めたい。第3章では、人権がいかにして徐々に国際社会で受け入れられるようになったかを吟味する。第4章では、人権概念がどのようにして理論的に正当化されてきたのか、その主な理論を吟味すると同時に、人権概念がどう議論されてきたのかも吟味する。この分野における社会科学の特出した貢献については第5章で論じる。第6章では、今まで非常に多くの論議が交わされてきた人権の普遍性と、実際の社会の違いについて考察する。中でもとくに、文化的なマイノリティの人々、先住民族、そして女性の権利、子どもの権利、性的マイノリティの権利について焦点を当てる。第7章では、国内政治と国際政治上で人権が占める位置について分析し、国際機関、政府機関、NGOのそれぞれの役割を考察する。人権の政治経済的な意味合いについては第8章で取り上げるが、とくに開発、グローバリゼーション、そして国際金融機関に焦点を当てる。第9章では人権の歴史を振り返り、人権の現在、そしてその未来像について考えることで結びとする。確信を持っていえる数少ないことのうちのひとつは、私たちが住むこの世界の今後について考えるうえで人権を理解することは不可欠ということである。

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