2009年06月28日(Sun)
論理と刀
ちょっと前に書かれた文章のようですが。
http://d.hatena.ne.jp/tanuking0/20090614/p1論理って刀のようなものなのだろうと思う。
中途半端に使える人ほど他人を傷付けるために使い、ある程度修めた人は殆ど鞘から抜くことすらない。達人同士の鍔迫り合いは凄まじいものだが、達人が人を傷付けることは殆どない。その辺似てるなと思う。刀振ったことないけど。
加えて、「よく切れる刀を持った人は、刀にばかり意識が向かいやすい」という話もありますね。刀を持ちなれていない人が闘いの際に刀を持ってしまうと、「刀で」攻撃する、という意識にばかり囚われてしまって却って良くないのだそうで。
といっても私自身は真剣を手にしたことがないのでただの伝聞ですが、確かどこかの武術関係の本にもそういうことが書いてあった気がしますし、しばらく前の板垣版「餓狼伝」でも鞍馬彦一が丹波文七との闘いの際に短刀を手渡されたせいで攻撃が単調になって結果敗北、というエピソードがありました。
何かの議論の際に、何でも数学の流儀で話をしちゃう人とか、何でも法律の流儀で話をしちゃう人っていますよね。
「論理」は刀とは違い、普段持っていない人が他人から渡されて急に使えるようになるものではないので、論理を使える人というのは大体何らかの訓練なり努力なりをした経験豊富な人なわけです。つまり、上の話で言うところの「持ちなれていない人」ではないはずなんですが、にもかかわらず刀の素人よろしく自分の持っている「論理」ばかりを前面に押し出して相手と対峙してしまう・・・というのは自分にも身に覚えがあるので気をつけたいものです。
自分の流儀の「論理」だけでなく、相手の流儀や、「論理」以外の感覚や感情といった要素もバランス良く考慮した話をできるようにしたいですね。
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