2009-04-18
はてな市民じゃなくても良いけど
なあんだ、放置していても更新さえすりゃ、カラースターを貰えちゃうのだ(笑)…たぶん。
→はてなのサービス内で特定の活動を行ったユーザーの方に対するグリーンスターの無料配布を開始しました
で、私のプロフィールページを見ると「はてなダイアリー市民(銅)」となっているけど、放置しっぱなしなのになんで?と以前から疑問でした。ダイアリーのプロフィールページにも『はてなダイアリー市民です』の文言が消えてるし。だからカラースターが届かなくても当然と思いつつも、ひょっとしてとも思ったりして。
何気なく「はてな市民制度について」のページに飛んだら
ご注意
※最後にそのサービスを利用した日から30日以上更新がない場合、市民権は一時的に無効となります。再度記事を投稿することで、市民権を復帰することが可能です。
だそうで。ふ〜ん、知らなかった(笑)
「はてな市民制度」そのものについてはべつに異議はないし好きでも嫌いでもないのですが、あのメダルでレベル分けみたいにされるのはあんまり好きじゃないなあ。でも気になったユーザーのアクティブ度の目安にはなるか…。
あと、なぜ「はてなブックマーク」は「はてな市民制度」に対応していないのでしょうね?
ダイアリーは放置しているけど*1旅行中以外は*2毎日ログインして「はてブ」を使い続け、ROMのみだけど「はてなハイク」へも頻繁にアクセスしてるんだけどなあ。おまけに外部ブログでもはてなモジュールを使ってるし、「はてな、面白いよ」という記事を書いたことだってあるし〜。
私の年代じゃプロフィール検索をかけても、有料を含めはてなのサービスをこれだけ複数使っているユーザーは皆無。はてな名誉市民にしてくれたっていいじゃん…というのは冗談ですが、はてなを愛してもカラースター配布という見返りもないのねん。あ、カラースターはどうでもいいけど(支離滅裂)
気まぐれに更新したのは、べっ、べつにカラースターが欲しいわけじゃないですからっ(?)
2008-06-25
「上から目線」は便利だけれど誤解を生みやすい言葉 [blog/web]
以前「上から目線」という言葉について思うことを書いたことがあります。
言及されたり批判されたときに「見下された」「軽く見られた」と感じてしまう人に対して、「批判者の視点の高さ・正しさを認めることはあなたの敗北ではないし、相手はあなたの全人格を否定しているのではないことを理解しましょう」という記事です。今これに付け加えるなら、前提として批判する人があなたの人格をあからさまに見下し、あなたに向かって蔑みの表現をぶつけている場合を除いて…というところでしょうか。
で、この記事のもう一つのポイントが「感情」でした。結びの最終行で「この問題は、底に横たわる感情を無視できないので難しい…。 」と書きました。「上から目線」という言葉を使う場合、込める気持ちや意味が、その人・その背景によって様々なのではないか*1、安易に使うと語弊を招き真意が伝わらないのではないか…というところまでは考えたのですが、そのまま投げ出して終わりにしました。
ここで一応説明しておきますが、私は実生活において「上から目線」を使ったことがありません。使いたくないからというより使う場面がありません。そして身近な人たちとの会話でも聞いたことがありません。推測ですが「上から目線」は流行語に敏感な世代では、軽い気持ちで会話に取り入れたりしているのかもしれません。しかし各世代に広く広まって定着した言葉ではありません。「上から目線」?知らない…どういう意味?という人もいるのです。
話を戻します。私はweb上での活動で反論・批判を受けても上から目線で言われたと感じたことがなく、逆の立場でも上から目線で発言したことはありません。ですから「上から目線」という言葉を使うこともありませんでした。なぜなら「上から目線」の意味するところは、「相手を見下す・自分より軽く見る」だと思っていたからです*2。そして先に述べたように、「上から目線」という言葉は使う人によって微妙に違う思いを付与されて使われるため、意図が正確に伝わらない危険性があるので、私自身あらためて「禁句」扱いにしていました。
ところが先日ブックマークコメント上で、つい「上から目線」と書きました。コメントが100文字に収まらないので何度も工夫したのですが、巧くまとめられずついつい…。補足すると、私への言及記事ではなく、批判者が批判の対象者を見下しているのではと感じたので、第三者として「上から目線」に見えるという趣旨でしたが。とにかく「上から目線」という言葉は便利です。しかし手間を惜しんだ結果、以前は深く追求せずにいた「上から目線」の問題点に再び直面してしまいました。
その前に確認しておきたいのは、たいがい「上から目線」問題といえば「言われた方」の気持ちの問題です。上から目線でものを言う人自身の心の葛藤問題など見受けられません。また一般常識的には人を見下すことは「良いこと」ではないので、一般ネット社会では「上から目線」でものを言う人は嫌われて当たり前という雰囲気でしょう。ところが「はてな」では「上から目線」という言葉に違和感を持たずに使う人・場面が多いようです。
批評家タイプのブロガーさんに突っ込まれて*3私がオタオタしてしてしまったのは、私自身がリアルの関係を持ち込まず対等に批判し合う「はてな」でものを言っているにも関わらず、一般ネット社会の“常識”にも囚われているという自己矛盾に陥ったからです。そこで考えてみると、批評し合うことがすなわちweb活動であるというブロガーさんたちは、「上から目線」という言葉に感情という含みを持たせていないのかもしれないということ。だからwebにおける振る舞いを判断して分析し評価し批判することは、「あなたの意見は間違っている、私の意見が正しい」という自信のうえですることだから、悪いことではないと言い切れるのだと思います。それを「上から目線」の言葉で置き換えて表現しているだけなのではないか…。おそらく「目線」は単純に「目線」の意味なのでしょう。だからこそ傍目では目も当てられないほどのプロレス状態でも、同じタイプの人同士では尊厳の傷つけ合いとは捉えていないのでしょう(あくまで推測)。たとえばテレビ討論会で罵りあっていた評論家同士が、収録が終わった後に酒場で和気藹々と飲んでいたって不思議ではないですし。
コメントへのレスの時点ではそこまで整理できていなかったのですが、直感的に自己矛盾を修正した結果、批判・批評は必然的に「上から目線」であり、そういう意味でなら「上から目線」という言葉を受け入れたわけです。またブックマークコメントがシステム的に「上から目線」であるという見方を当然としたのも、ブックマークを長く利用していて実感していたからですが、この場合は自分の中でも「目線」は単純な意味での「目線」と置き換えられていただめだと思います。しかしこういう考え方は、誰しも理解できたり受け入れられるものでもありません。批評家タイプではないブロガーは…私もそうですが、割り切れない思いや違和感をぬぐいきれないと思うし、それがダメとか、ぬぐいきれば上等だとも思いません。
「上から目線」という言葉は、直訳すれば「人を見下して」「人を軽く見て」「自分の方が上等の人間」という意味であることに変わりはなく、かつ使う人によって微妙なニュアンスの違いがあります。正しく伝わらないかもしれない言葉を使うより、自分の思ったこと考えたことを具体的に正確に伝えた方が良いに決まっています。上記で私が「上から目線」イコール「見下す」ではない使い方・使う人があるのではないかと書いたのも、あくまで「そう思う」であり、事実は違って「いや、違う」という反論が来るかもしれません。
こんな紛らわしい言葉に右往左往させられるのはゴメンです。ちょっとした気づきをメモした昨日のエントリに書きましたが、再度書きます。
「上から目線」でものを言われて嫌だったと言う人や、批評やブックマークコメントはそもそも「上から目線」だと言う人、今後は「上から目線」という言葉を一切使わないで説明してください。
2008-06-24
メモ
あ!もしかしたら…
「上から目線」という言葉を感情と結びつけるか否かで、捉え方が違うのかな。
しかし「上から目線」というへんてこな流行語がかえってわかりにくくしている気がする…(以上ひとりごと)
《ひとりごと追加》
「上から目線」という言葉って、まだリアルの巷ではよく使われるの?それとも定着?
「上から目線」でものを言われて嫌だったと言う人や、ブックマークコメントが「上から目線」だと言う人に、「上から目線」という言葉を一切使わないで説明してください…と言ってみたい気がする。
2008-06-23
はてなブックマークコメントへの返事
id:ohnosakiko さんの記事のブックマークページにおける私のブックマークコメントに対し、id:takisawa さんから説明を求められたので。
→はてなブックマーク - id:aozora21さんへの反論 - Ohnoblog 2
2008年06月22日 takisawa id:aozora21さんと大野さんに、天上界からの助言をした。/↓上から目線だと何だと言うのでしょう? 教えて。ただもし「気に入らない」という第二反抗期のようなくだらない話なら説明は不要です。
2008年06月22日 Marumameko communication 議論を追いかけてみたがaozora21さんが大野さんの名誉を傷つけているようには感じなかった。『ずうずうしい人ですね。そういうのを「バカの甘え」と言います』←絶句。識者の余裕すらない本来の意味での「上から目線」
はてなブックマークコメントの字数制限により、不本意ながら短絡的な書き方であったことは認めます。
記事を読んで感じたこと、言いたかったことは…
『ずうずうしい人ですね。そういうのを「バカの甘え」と言います』という棘のある言葉を投げつけることは、大野さんがaozora21さんにされたと感じて不快だった人格攻撃ではないのでしょうか。そういう人格攻撃を「私は論理的に議論ができる技量がある人間」、「論理構築ができない人間aozora21さん」と対比させた視点で行えば、私を含めた第三者の立場の読者(大野さんは次のようにお書きになっています→記事から引用:『別にaozora21さんに理解してほしいとも納得してほしいとも思いません。あの記事を読んだ第三者に向けて書いています』)は大野さんを理解するどころか、逆効果ではないかと思いました。
大野さんのブログの全ての記事を拝読しているわけではありませんが、フェミニズムに関しての豊富な知識と小気味よい切り口に溜飲を下げたり、勉強させてもらったりしていました*1。私の中ではフェミニズムに関しては識者でいらっしゃるという認識です。「識者」は豊富な知識を持ち論理的に思考し、社会における事象などに言及または議論できる技量がある人だと考えます。「識者」はまた自身の主張に対する反応をすくい上げてフィードバックし、自身の主張の更なる論理構築を行える人だと思います。大野さんにもそれを期待しておりましたので、あのような個人攻撃は一読者として残念であった…いえ、もっと正直に言えば失望しました。
学問とは別に、人生(実体験)の中で真理に迫るかも知れない信念を掴むこともあります。また私が見るところaozora21さんは、子育てを含むご自身の体験を踏まえて社会との関わりを真摯に考察している人です。自らの体験を通した例の流行歌についてのaozora21さんの考えは、私には説得力がありました。反応が届きやすいブログ(インターネット)の場で意見をアウトプットしているのですから、大野さんは論理的ではないが体験を通した着眼点や意見を切り捨てたり未熟さを論って拒絶せずにご自身に取り込んで、第三者の読者にいたずらに拒否感を与えない表現と納得できる主張を展開していただきたかったと思います。これは私の勝手な期待であって、大野さんに変れという要求ではありません。
なお、大野さんご本人は私のブックマークコメントを(おそらく取るに足りないとお思いになって)スルーされているのに、takisawaさんからご質問を受けたので答えたわけですが、内容は大野さんへ向けての思いになっています。takisawaさんが「反論するなら理論武装してこい」という姿勢でいらっしゃるのは一向に構いません。大野さんのブログの、一応以前からの読者の一人としての私が、識者と思っている大野さんだからこそ、以上のように「がっかりした」と感じたまでです。
*1:全ての記事と主張に共感していたということではありません。
2008-02-03
はてなブックマークのタイトル
恐るべし、id:hatayasan さんのホットエントリー効果!
→気づきを得よう、刺激を得よう - お気に入りのブックマーカーを紹介します
お気に入りユーザーに追加してくださったユーザー数が、一挙に倍増してしまいました。はてブを使い始めてだいぶ経った頃まで、自分のはてブページの上に表示されているあの数字の意味を知りませんでした。知ってからも長い間「2」とか「3」でしたので、なかには酔狂な人もいらっしゃるのだなあと思いましたが、特に気にするようなこともありませんでした。ところが昨年、ふと気づくと数字がいつの間にか「11」になっていました。このときはさすがにたじろぎました。
私はお気に入りブックマーカーさんの後を追っていることが多く、自分が優れていたりエネルギッシュなブックマーカーとは思っていないからです。その上ほかの事に熱中したりすると長期にわたってブックマークしないこともあります。そもそも自分のためにブックマークしているだけです。なんか、“お気にいられても”プレッシャーだなあ…。しかし考えてみれば私がそうであるように、お気に入りブックマーカーを入れ替えたりするのは、ユーザーの自由だしよくあること。まああまり気にせず「末席に加えていただき光栄です」ってな程度に考えておくことにしました。う〜ん、でも22人って(汗)
お気に入りユーザーに追加してもらい、知らないユーザーが私のぶくマを見ているというのは、表現できない不思議な感覚を覚えます。
ところでhatayasan さんの記事をきっかけにあらためて気がついたことがあります。それはブックマークページのタイトル。込めた思い入れやユーザーの人柄を表していて面白いですね。今まで「Marumamekoのブックマーク」と味も素っ気もないタイトルでしたが、これを機会に改めることにいたしました。題して「web を トレッキング」です。
登山愛好者の間では、登山のスキルも高く登山にのめり込んでいる人を“山ヤ”と呼びます。hatayasan さんは山ヤさんっぽいですが、同じく登山を趣味にしていても私は万年ハイカー、万年トレッカーです(笑)
そしてネットをしているのも、webをtrekking(徒歩旅行)している感じがします。時に困難な旅路でも、ゆっくり歩いて行くつもりです。
