SURFACE解散

昨晩23時過ぎぐらいに「今日のライブでsurface解散を発表した」って話を、Twitterで見た。半信半疑でいたものの、0時ジャストに公式サイトが更新され、本当にSURFACE解散することが分かってしまった。知りたくなかった。解散してほしくなかった。信じたくはないし、今も「解散」という言葉にどう現実味をつけて受け入れればいいのか分からないでいる。
自分がショックを受けているのかどうかもよく分からないでいた。TwitterのタイムラインでSURFACEの話をしている人がとても多くて、でも昨日までの、今朝までのタイムラインでSURFACEの話をしている人なんか1日に1人でもいればいいほうで、解散が決まってから急に騒ぎ出す僕も含めた全ての人達が悔しくて、衝動的にUstを開始した。
Ustではとりとめもない話ばかりしていた気がする。中学で初めてSURFACEを知って以来ずっとSURFACEを聴き続けてきたこと。つらいときも悲しいときも椎名くんの声と永谷くんのギターに励まされてきたこと。好きな曲。思い出の曲。ライブ。この10年間、自分の中のSURFACEがどういう存在だったのか、脈絡もなくぼつぼつと話していた。
去年、音霊surfaceライブに行った。海の日だった。自分と、そしてやっぱりずっとSURFACEが大好きな弟と。最高だった。帰り道の電車で弟といろんな話をした。「あの曲の音霊アレンジも聴いてみたいね」「来年の音霊も、今度は妹も連れて3人で来よう」「兄ちゃん、社会人1年目なのに、付き合ってくれてありがとう」
SURFACE解散ライブは6月13日に行なわれる。今年の音霊には、この夏にはもう、SURFACEとしての椎名慶治永谷喬夫はいない。
そこに思い至ったときになんか衝動的に強い感情が昂ってきて、もう二度と逗子のあの狭いライブハウスで歌う「SURFACE」は見られないのだと思うと、Ust中にも関わらずひたすらに泣いてしまった。初めて「解散」という言葉がどういう現象なのか、少しだけ理解した。
永谷くんはこれからも音楽の世界に居続ける。たぶん、椎名くんも音楽の世界に居続けてくれると信じている。だから二人の楽曲を聴く機会はこれからもあるし、ひょっとしたらSURFACEとしての活動に縛られている今現在よりもその機会は増えるかもしれない。でも僕が青春を共に過ごし喜怒哀楽のイベントごとに聴いてきて新しいシングルやアルバムが発売されるたびに一喜一憂して数少ないファンを見つけるたびに興奮して語り合って25歳のオッサンになってもずっと好きで好きで大好きであり続けているSURFACEというユニットはこの6月を最後に消滅してしまう。それが今はどうしようもなく悲しいし悔しい。
どうしようもなく悲しい。悔しい。でもこれは「引退」じゃない。「解散」でしかない。2人とも音楽の世界から去るなんてことは言っていないし、実際、永谷くんはこれから先に自分がどうやって生き残っていこうかという展望を語っている。2人ともまだ生きているし死んでいない。解散後の2人がどうするのか、ということはまだ何も全く分からないけど、、それを受け入れることは、SURFACEファンとしての最後の仕事だと思っている。
2010年6月13日。かなりの倍率になるとは思うけれど、是が非でも解散ライブには行きたい。その場で初めて、SURFACE解散する、という事実に対して自分の心に決着を付けられるのだろう。
まだ気持の整理が完了していないためまとまりのない悪文になってしまったけど、これが、SURFACE解散を知ってから14時間程度しか経っていない25歳のオッサンの素直な気持ちです。