MePhe

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2005-10-12

[]ト書き 23:51

ト書きを久しぶりにしました。

しかし、ハルカのト書きっていうのもなかなか面白いものがありますね。

これはこれで面白い表現方法なのですが……まぁ、さすがに読書するものでない事も確かではありますけれども(汗

淡々としてあっさりしているのですが、これに絵を入れていく毎に物語に息が吹き込まれていくこの感覚は、単純に小説を書くという感覚を超越し、ひとつの世界を創造していくという感覚になります。



結構はまるかも?



あ、ちなみにト書きとは「脚本」のことです。

このブログでは「ト書き」と書くだけで、解説が出てくれるんですが……助かりますね(汗

具体的に見てみます?

というか、勝手に書いちゃいます。

そうでもしないとネタが無いというのは……あ、嘘ですよ?

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「ハルカ008:咲けない花 散りゆく花」

○朝・ハルカの部屋

   ハルカ、ベッドの上で溶けている

   永遠、にこやかな表情でハルカに上目で語りかける


久遠「春夏春夏っ!今日もあっついねぇー」

   ハルカ、薄く目を開けるが、また目を閉じて手で風を作る

   永遠、口を閉じて少し上に尖らせた状態で?マークを頭上に上げる


ハルカ「そう言いながら、すっずしい顔してるわねぇ……私、もうダウン」


   永遠、いじらしく怒った表情をハルカに向ける


久遠「春夏は暑がりなんだからぁー。こんなときは、海に限るよっ」

ハルカ「一人で行ってきてよ……はぁ、気楽でいいわね」

久遠「はーるかがオバサンなんだよー。少しは動かないと、体壊すぞー」


   久遠、ぱっと明るい表情を見せる

   ハルカは少し声高く、小さく逆卵形に口を開け反論する


久遠「永遠は、元気すぎるのよ。暑い日は、こうやって溶けているのが一番なの」

ハルカ「あははっ!春夏、溶けちゃってるねー。だーめだめっ!元気にお外で遊ぶのが一番なのっ」


   久遠、踵を返すようにハルカの部屋のドアに走る

   ハルカ、またうっすらと目を開けると、久遠の姿を視線だけで追う

   

   久遠、ドアのところで首だけをハルカに向ける

   ハルカ、投げやりな口調で返事をする


久遠「しょうがないから、あたし一人で遊んでるねーっ!春夏も暇になったら、ビーチおいでよっ」

ハルカ「あー、うん。分かった分かった、じゃあねー」

久遠「溶けちゃった春夏をおいて、あたしは一人遊んできますよーだ」

2005-07-27

[モノ書き]スランプ?

どうもー。半月放置をしてしまいました……申し訳ない。

いやぁ、こういうのって書かないでいるとトコトン放置しちゃいますね。今後は何かネタ集めて週1はやっていこうと思います。

というか、頑張ってモノ書き中心のブログを目指そうかと思います。



と、いきなりですが、最近スランプなんです。儚幻はなかなか順調なんですが、Byeの方がうまくいかないですね。。。

理由は、立ち絵とシナリオのギャップ、でしょうか。

普段もの下記をするときは地の文でキャラの状況や心理を伝えたりするんですが、立ち絵がある場合はなるべく立ち絵を用いてキャラの状況を伝える事が重要になってきます。

立ち絵があるのに地の文で細かく伝えたら、そりゃー元も子もないですからね。なるべく立ち絵は活用せねばなりません。

しかし、その立ち絵を考慮したシナリオというのが……難しい。いや、慣れれば簡単なんですよ。「地の文で表現するのメンドーだから、立ち絵に回しちゃうか」と考えればいいだけなんですが、一度嵌ったらナカナカ抜け出せないんです。

きっと、もっと肩の力を抜けっていう事なんでしょうね。

Byeも制作期間がいい加減長くなってきているので、焦るあまり肩に力が入り過ぎているのかも。もう少しリラックスしてがんばろーっと。



こんな時、ジブリ魔女の宅急便思い出しますねー。

そこで出てきたウルスラの台詞

「私もよく思うように絵が描けなくなる時があるよ。そんな時はね、じたばたするんだ。描いて描いて描きまくる。それでもダメな時は、散歩をしたり、昼寝をしたり、何もしない。描くのをやめる。そうしたらね、ある日突然無性に描きたくなる時が来るんだ」

ああ、なるほど……しかし、手始めにじたばたしないで、イキナリ昼寝したり何もしない私はダメ人間(汗)

ちなみに、キキとウルスラ声優さんは同じなんですよね。最近コナンの作者と結婚しちゃった高山みなみさん、コナン声優でもあります。ウィングガンダムのテーマソング歌ったTWO-MIXのヴォーカルでもあるわけですが。

でもってちなみに、魔女の宅急便の原作者は角野栄子さんです。ハヤオさんではないので……原作読んでみるのも面白いですよ、魔女の宅急便



話が逸れたところで、今日はこの辺で。

2005-07-11

[]切ないですな 20:24

今日のニュースで、橋本真也さんが急逝したというニュースがありました。




……ま、まぢ?!




ほんと切ないですな。最近、自分の知っている有名人などが次々と亡くなり、その度に世の無常さを感じます。いかりや長介さん然り、ポール牧さん然り、パンチョ伊藤さん然り……って、さすがに古いか(汗

しかし、こうしてまだバリバリ現役でなくなるのは本当につらいですね。私は格闘技が好きなのでアンディ・フグさんや、アニメで活躍していた塩沢兼人さんが亡くなったときも同じ感情に襲われました。

世の中は無常なものです。だからこそ何かせねばという(勝手な)使命を感じ、結果はどうはともあれ、こうした活動を続けているのかもしれないですね。

不屈の精神を持って、苦しくてもやり抜けば、必ず報われる時は来る……そう信じて。

2005-07-05

[]不思議の国のアリス 23:14

偏頭痛がひどいんです。自分の知る限り、ずっと偏頭痛持ちなんです。イヤですねー、偏頭痛頭痛を知らない人にとっては、次の日には何事もなかったかのように治っている事もあり、仮病と言われることすらあります。困ったものです。

バファリンとかナロンエースではなかなか効きが悪く、イミグランレルパックスといった頭痛薬、または精神不安定による頭痛に関してはメイラックスデスマ時にはハルシオンなんかを使う場合が多いです。

……とまぁ、薬漬けの毎日を送っているわけですが「たけしの本当は怖い家庭の医学」を見て、恐怖さえ覚える毎日です。

ところで頭痛の方に戻りますが、頭痛のよく起こるときに、寝る直前に不思議な体験をすることがあります。子供の頃から頭痛持ちの方なら次のような症状に「あー、あるある!」という人も多いはずではないかと思います。

  • 手足が伸びる感覚になる
  • 天井が近くなる(遠近感がなくなる)
  • 物凄い細いものも、物凄い太いものも、同じ太さに感じる
  • 壁を掴んで歩けるような感覚になる
  • 何か見えない歪んだ物体に押しつぶされる感覚になる
  • 世界が白黒になる
  • モノの硬さが分からなくなる

などなど。とにかく、奇妙な感覚です。夢ではありません。間違いなく、目を開けているこの自分に対して起こっている症状です。最近まで私、この感覚は誰にでもあるものだと思っていたのですが、どうもそうではないらしいですね。眠いのに寝れないので、脳の一部が麻痺して、感覚が狂うものだと勝手に解釈していました。

でも、どーも違うらしい。調べてみるとこれは「不思議の国のアリス症候群」と呼ばれるもので、頭痛持ちの人が睡眠直前に陥る感覚だそうです。話によると、不思議の国のアリスの作者ルイス・キャロル頭痛持ちでこの症状を持っており、自分の体験に基づいて不思議の国のアリスという作品を書いたそうな。アーなるほどという感心もしばしばです。

この症状、実害はないらしく、一度寝ておきたら元通りになっています。なので心配しないでくださいね。なかなか面白い体験なので、知らない人たちにも体験させたいものなのですが……さすがに無理ですね(汗

もしかしたら、時代が経ってこの症状が解明されたら、科学的にこの症状を起こす事が出来るかも。遊園地とかにあったら面白そうですね。

しかし私が小学生の頃に行った浅草花やしきにあった「ビックリハウス」に似た感じかな?まだあるのかなぁ?ビックリハウス

2005-07-04

MePhe2005-07-04

[]松本竣介の世界 22:37

最近、絵というのをよく見るようになった。絵といっても、どちらかというと“絵画”と呼ばれるものに近いものだと思う。しかし、絵画といっても、近代絵画とも違う気がする。絵画のためにお金を豪快に使い、模倣的な絵を量産するような絵に、私は興味はない。どちかかというと、心の、魂の訴えの抽象が欲しいのだ。

松本竣介の作品には、それがある。特に、人物を描かせたら飛びぬけた躍動感と悲壮感がある。戦争時ということもあるだろうが、視線が異常に強い。

よく、お話の中で、私は「視線」という言葉をよく使う。言葉自体は使わなかったとしても、その描写はよく行う。人間にとって、目とは最も心を映し、言葉を発し、感情を訴えかける。人が何を考えているのか、何を言おうとしているのか、何を感じているのか、目を見る事で理解する事が出来る。

松本竣介はこの目で、一体何を見ていたのだろうか。そして、何を考えているのか、何を言おうとしているのか、何を感じているのか……



戦争という世界が終わり、黄泉の下で、何を感じているのだろうか。



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松本竣介

松本 竣介(まつもと しゅんすけ、1912年4月19日 - 1948年6月8日)は、昭和期の洋画家。戦時色濃い1941年(昭和16年)、軍部による美術への干渉に抗議して、雑誌「みづゑ」に「生きてゐる画家」という文章を発表したことはよく知られている。都会の風景やそこに生きる人々を、理知的な画風で描いた。

松本竣介は、1912年明治45年)、東京渋谷に生まれた。本名は佐藤俊介。1936年(昭和11年)、松本禎子と結婚してから松本姓を名乗るようになった。名前の「俊介」を「竣介」に改めるのは1944年(昭和19年)制作の作品からである。以下の文中では煩雑を避けるためすべて「竣介」と記述する。

竣介は、父親の仕事の関係で満2歳の時には岩手県花巻へ移住。少年時代を花巻及び盛岡で過ごした。後年、東京在住の岩手出身者を中心とした「北斗会」の展覧会に出品しているところを見ると、竣介は厳密には東京生まれであるが「岩手の出身者」という意識をもっていたようだ。

1925年(大正14年)、中学入学の年、竣介は病気(脳脊髄膜炎)のため聴力を失う。聴覚障害者となった彼は、3つ違いの兄・彬から油絵道具一式を贈られたことをきっかけに絵に打ち込みはじめ、画家を目指すようになった。1929年(昭和4年)、中学を3年次で退学して兄・彬とともに上京、太平洋画会研究所(のち「太平洋美術学校」に改称)で絵を学ぶ。(彬の上京は東京外国語大学進学のためであった。)

竣介は都会風景を好んで描いた画家として知られる。作品は、青系統の透明な色調の中に無国籍的な都会風景や人物をモンタージュ風に描いた系列と、茶系統のくすんだ色調で東京横浜の風景を描いたものの2つの系列があるが、戦時色が濃くなるにつれ、後者のくすんだ色調の風景が多くなる。

竣介は『無産階級の画家 ゲオルゲ・グロッス』(柳瀬正夢編著、1929年刊)という本を愛読し、社会派のドイツ人画家グロッスの影響を受けたことが知られている。竣介の作品にはグロッスの作品のようなあからさまな社会風刺や思想的なものはほとんど見られないが、グロッスの線描のタッチからは影響を受けているようだ。

兄の彬は「生長の家」の谷口雅春に傾倒していた。竣介は、彬が1933年(昭和8年)に 創刊した雑誌『生命の藝術』の仕事を手伝い、小説などを寄稿してもいた。また、妻の松本禎子とは「生長の家」の仕事を通じて知り合ったという。竣介自身も1936年(昭和11年)にデッサンと随筆の月刊誌『雑記帳』を創刊しており、この雑誌は24号まで刊行された。このように竣介は画業の傍ら、多くの文章を書いている。中でも著名なものは、美術雑誌「みづゑ」1941年(昭和16年)4月号に書いた論文「生きてゐる画家」である。竣介のこの文章は、画家にも国威発揚、戦意高揚のための芸術制作が求められていた時代のなかで、「芸術の自立」を主張したものとして知られている。

第二次大戦後まもない1948年(昭和23年)、持病の気管支喘息が元で、36歳の若さで没した。