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イゴールムカチャチン

2009-06-23

[][]人文・社会科学書流通センター (JRC) 16:27

ウィキペディアJRC_(出版取次)といふ記事を書いた。いつか上京する時は、店賣所によつてみたいものだ。まだまだ取次は「星雲社」や「鍬谷書店」や「地方・小出版流通センター」や「太洋社」や「日教販」や「八木書店」や「第二出版販売」や……赤リンクが一杯だなあ。出版社も。

ところで、「JRC」つて、何の略なんだらうか。

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(追記)あ、Jimbun Shakaikagakusho Ryutsu Centre かな。NHK みたいな。

(追記)その後、地方・小出版流通センターといふ立派な記事ができた。

2009-05-24

[]本屋にてどうでもいいがひどいものを見た 19:28

ユビキタス」なる擁護

平成二十一年五月二十四日 - 闇黒日記

「用語」

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名古屋市北区上小田井の巨大ショッピングセンター、mozo にフタバ図書といふ本屋が入つてゐるのだけれど、そこは、新刊はもちろん賣るし古書も買取つて賣る、といふちよつと特殊な店であつた。「本は文化。だから捨てない。」とコピーもあつて、さういふのを、「賣り」にしてゐるやうだつた。もちろん、古書で賣るものは大體新刊でも賣つてゐるのであつて、この店の新刊の賣上げがおちる原因のひとつであるには違ひない。例へば、ちよつと前にアニメ化などでかなり出回つたライトノベルなどは、新品では買はれることが減ると思ふ。とかなんとか思つたりして古書の方の文庫の棚を見てゐると、米澤穂信の本が賣られてゐた。高価買取してゐますよ、とのことで、米澤のことを紹介するちよつとした文もPOP であつたのだけれど、それを見てげんなりした。

殺人事件などではなく、北村薫に潮流が始まる「日常の謎」を扱った、青春ミステリと呼ばれるジャンルの作品を主に発表している。

といふ文。これが、紹介文になつてゐたのだけれどこれは、ウィキペディアの記事からのコピペである。なぜその場で分つたかといふと、ぼくが書いた文章だからなのだが、かういふところで手抜きするのは、すごく勿體ないと思ふ。なんといふか、あんまりにも愛のない行爲だし、それを引用元書かずに使つて(ウィキペディアなのだから、ライセンスさへ守ればいいのだけれど)商賣するのだから、企業倫理的にもどうかなあ、と思つたのだけれど、最初見たとき憤つたにしてはどうでもいい、つまらない話題だな……。以上。

2009-04-30

[]ウィキペディア (Wikipedia)の記事を參照して物を書くといふこと 00:22

とか云ふのを指定して渡來してみたら、

平成二十一年四月三十日 - 闇黒日記

「トライ」?

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米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件』創元推理文庫、面白かつた。このシリーズで、主人公が二人ともひねくれもので、戀愛物が成立つのか。で、まあ、やはり、戀愛物? と、はてながつくものになつてゐる。とつても米澤先生らしい、このシリーズらしい處理のしかただつたと思ふ。なんか、かう、癇に障るやうな風の。

推理物としては、上下巻としては、ちよつと弱いかもしれない。作中でも、主要事件の規模の小ささを指摘されてゐたけれど、メタ的な発言だつたやうにも思へる。まとまりは、あつた。事件の解決が、主ではなく、登場人物の駆引きにどきどきするサスペンスものとも見える。

辻真先先生の解説を讀んだときが、一番どきどきした。

もともと米澤さんがミステリを書こうと考えたのは、北村薫さん創案の”日常の謎”の魅力に傾倒したかららしい。

残念ながら、この解説を書いている時点で、ぼくは米澤さんに面識がない。だから今わかったようなことを書いたのは、ウィキペディアによる知識にすぎないけれど、そういわれれば随所で納得がゆく。

まあなんと、むちゃくちゃなことを書く人なんだ、辻先生は。かういふことをさも當たり前のやうに言はれても、困る。このウィキペディアの部分を書いたのは、ぼくだ。この、ただの一般人で、米澤先生の作品が好きなだけの、ただの一フアンのぼくだ。ただの、ぼくだ。ぼくは、「米澤さんに面識がない」。だけれど、この、解説のこの部分の記述の元になつた部分を、實際に書いたのだ。なにが、「米澤さんに面識がない」だらう。米澤先生に面識がなければ、この記述が書けないとでも思つたのだらうか。ぼくが、「米澤さんに面識がある」とでも、辻先生は思つたのだらうか。

いや、別に、辻先生に怒ることでもないのだけれど。でも、誤解を越えて、嘘があるのは、確かだらう。なぜなら、ぼくは、資料を見てこの記述を書いたのだから。その資料(『野性時代』2008年6月号、角川書店)は近刊であつて、別に珍しいものでもないし、ぼくが手に入れられて辻先生が手に入れられないわけがない。それを、米澤さんについてウィキペディアに書いてあることだけしか知りません、みたいなことを書くのはどういふことだらうか。また、臆面もなく、ウィキペディアを元に書きました、みたいなことを書いてしまふのは、どういふことだらうか。言ふまでもなく、ウィキペディアの記事は、調べ物のとつかかりとして、ある、ものだ。そこには、理想的な記事なら、出典元と脚註によつて、どこの記述がどこの資料を元にして書かれたのか、大体分るやうになつてゐる、はず。だから、ウィキペディアの記事をもとにして何らかの文章を書くのは、あつてはいけないことだらう。常識的範疇で脚註がない記述ならウィキペディアが出典であることを書く必要がないし、脚註があるなら、それを遡ればいい。脚註がなくて出典元を知りたいなら、參考文献の一覧から探すべきだ。ウィキペディアでしか見當たらない記述は、まづ信用してはならないし、利用してはならない。

書いてゐる立場としては、ウィキペディアの記事は、便利で、役に立つものでありたい、といふのは、當然にある。ただそれは、かういふかたちの利用法ではない。原文にあたつてもらひたくて脚註を書いたのだし、活用したいのなら、著者の義務として果たすべきことだらう、どこの馬の骨が書いてゐるのか、分らないのだから。まして解説者なら。米澤先生にも失禮なのでは。

とにかく、これには驚いた。辻先生のみならず、ウィキペディア利用者には、ウィキペディアの利用法を、その信頼性を基にして考へてもらふ必要があると思ふ。

2007-04-18

[]要約欄 22:03

記事を新規作成するとき、さまざまなことが要約欄に、そこにはかかれるわけであるが、そのことで、ひとつ、どうにも許せないことがある。

ある利用者は、記事を新規作成するとき要約欄に、「無い為」とか「無いので」とかまた別の利用者は「new!!」とかかく。「新規作成」とかくひともゐる。んで、それが新しいページの一覽にずらずらとのつてゐるさまは、いただたせる。一體、このひとたちは要約欄をなんとかんがへてつかつてゐるのであらうか。まつたく無意味なことをかいて、まつたくなんともおもつてゐないのだらうか。

「新しいページ」をいつもながめてゐるものにとつては、迷惑このうへないので、かういつたことをかくのは、やめてもらひたい。

ここには、記事の内容がかかれるべきである。その記事が人についてのものであるなら、要約欄には、どういつたひと、つまりなんの職業、どこ出身であるか、がかかれるべきだ。事物であるなら、それがなんであるか、がひとことで「要約」されるべきだ。さうすれば、それ/″\のPortalの「新着記事より」を更新するのは、格段に樂になるだらう。「新しいページ」を確認してゐるひとの負擔も減るだらう、つまりぼくだ。

記事の名をみて、それがなんであるか、が大體推測できるのならいいが、記事のかずがふえるにつれ、さういふことはこれからすくなくなつてくるだらう。マイナーなものの名をみても、それがマイナーであるがゆえに、その内容は見當がつかない、それではこまるのだ。

すこしの手間だけなのだ、最後まで氣をくばつて、投稿してほしい。

2007-04-07

[]典拠つて 14:43

Wikipedia:Attributionのノートで、長々と議論がなされてゐるが、

「Wikipedia:Attribution」といふ名をどう日本語におきかへるか、といふことは、特にむづかしい問題のやうだ。

「典拠に基づく」といふのがかなり候補として優勢なのだが、ぼくはこの語に疑問をもつた。

典拠といふのは、それをよりどころにする意思があつて、なりたつものなのではないか、つまり、すでによりどころとなつたものではないか。

その典拠に「基づく」とは、どういふことなのか。

すでに「典拠」となつてゐるものに「基」づくのは、どういふことなのか。

「典拠に基づく」には、意味の重複(後述)がありさうだ、といふ風に感じるのだが、どうなのだらう。

「典拠」といふ語の見慣れなさがさう感じさせる。いや、見慣れないものなら、その意味はとらへづらいはずだし、意味の重複を感じることもないだらう、だで、見慣れなさがさうさせたのではない。

「歌を歌ふ」みたいなもんで、とりたてていふことではない。いや、「歌」は歌はなくても、そこにあるが、「典拠」は典拠としないかぎり、そこにはない、とかんがへると、「典拠に基づく」といふのは、意味の重複といふより、行動の重複(←造語?)があるのではないか。

「よりどころ」と「基づく」は等価ではないか。これはむづかしい。たしかに、ことばがちがへば、類義語も意味がすこしでもかはつてくるのは、たしかなやうである。だがこの場合、「よりどころ」と「基」は、指すものがおなじではなからうか。

かうまとまるだらうか。Wikipediaは、色々な資料をまとめて構成されるものだ。つまり、「典拠」とは、示されることは義務付けられてゐないが、すでに参照されたものであるはずで、新たにそれに「基づく」のは、をかしい。

無理か、これでも説得できんかなあ。

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(追記)

典拠は情報源である、といふはなしについて。これで、「典拠に基づく」のをかしさが、わかるか。

ある記述に對して{{要出典}}がはられたあとで、その記述の情報源としてゐないものをもちだして、さがしだして、

これが「典拠」です、

とするのは、どうだらうか。それでその記述の歸屬性があきらかになつたわけだが、そこに釋然とせんものを感じるのは、「典拠」といふものが、すでに參照されたはずのものなのに、といふ風にかんがへられてゐるからなのではなからうか。

(……、駄目だな)

2007-03-24

[]メインページ 00:31

Wikipediaのメインページが一新されました。

おお、おお……。慣れん(←あたりまへだ)

前より、断然よくなりました。シンプルで凝つたデザインが好きです。

もつと好きな案もあつたんですが……、ううむ。まあ、過ぎたことです。

テンプレートがいくつかつかはれんやうになりまして、特に「Template:訃報」はどうなるのでせうか。

「最近の出来事」におしこまれるのかな、それがいいか。ううむ。

まだまだ残務はあるやうです。今度は、「コミュニティ・ポータル」の改定かしらん。

關係ないけど、「会所 (中世)」が「新着記事より」にのつてうれしい。

2007-03-22

[]執筆コンテスト 22:46

ようやつと、「会所 (中世)」を投稿する。

當分、新規投稿はせんつもり。力をつかひはたした感じ。

活動を低調にしてみる。

もうひとつ話題。

まへから、Operaをつかつてゐると、

Wikipediaでだけキリル文字とギリシア文字が等角フォントになつて、大變氣になつてゐたが、

利用者ページに、外装がMonobookなら「/monobook.css」とサブページをつくり、

そこに

body, #globalWrapper { font: inherit !important; }

コピペするといい、なんてことを知る。試行錯誤して、解決したのがうれしい。ああオチがない。

2007-02-26

[][]執筆こんてすと 00:25

Wikipedia:執筆コンテスト/第参回執筆コンテスト - Wikipedia

また愚ををかさうとしてゐるぼく。かけたらいいな、まにあつたらいいな。

  1. 中村昌生 [ほか] 編『茶道聚錦〈2〉茶の湯の成立 茶の湯の成立』小学館, 1984.6 ISBN 4093840024
  2. 中村昌生 [ほか] 編『茶道聚錦〈7〉座敷と露地1 茶座敷の歴史 茶座敷の歴史』小学館, 1984.11 ISBN 4093840075
  3. 川上貢『日本中世住宅の研究』新版 中央公論美術出版, 2002.5 ISBN 4805504188
  4. 松岡心平『宴の身体―バサラから世阿弥へ (岩波現代文庫)』岩波現代文庫, 2004.9 ISBN 4006001290

うう……。

2007-02-13

[]益 13:15

かう、毎日Wikipediaを眺めてゐるこの時、この過ぎ去つていく時はもしかして無駄になつてはゐないだらうか、などとかんがへてしまひます。

ぼくは何が欲しいつて、知識が欲しいのですが、その點、Wikipediaは役に立つ面もある。優良執筆者と勝手にぼくがおもつてゐるひとが書いた記事の内容を、かなり信じてしまひます。毎日たくさんの良い記事が生まれますから、たくさんの記事をよむことに一日のおおくを費やしてしまふこともしばしばです。

さて、讀書、書物を讀むのと、Wikipediaに關るの、どちらがいいんだらうか、と。書物には、當然ですが、Wikipediaの記事より詳しく、正確な内容が書かれてゐる、はずです。Wikipediaには、一冊の書物と比べれば、どんなに良くても、その概論くらゐのものにしかならんのでせうか。また、その正確性は、書物に比べてだが、保証されるものではなく、その内容をどうとるかは、信じるかどうか、Wikipediaの記事に限らないが、個々人にまかせられる性格のものなんだらうか、とかかんがへてゐます。

Wikipediaに關つて、さまざまな記事を讀んで、ぼくの世界はおほきくなつた、視野がひろがつた、と實感してゐます。具體的にいへないけれど、興味のなかつた分野ともともと詳しくしりたかつた分野に對するぼくの姿勢は、闇雲に記事を讀むことによつてかはりました。

まあ、つまりは、なにごともほどほどにしようね、といふことなんだらうかなあ。ああ、よう分からん。