吹風日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006年5月18日 ディズニーランド、視覚の魔法、目を閉じて見るもの このエントリーを含むブックマーク

「夢と魔法の王国」ディズニーランドは、さまざまなトリックを使って、私たちの視覚に魔法をかけています。今日は、その視覚トリックにはどんな意味があるのか、そしてディズニーランドが見せる夢とは何かについて考えます。

 ディズニーランドという場所そのものの本質を理解するうえで忘れてならないのは、その発案者ウォルト・ディズニーの本職が映画のプロデューサーであったという事実である。ディズニーランドは、彼が三〇年間の映画作りで学んだ手法のすべてを土台とし、さらにそれを発展させた「作品」であった。ディズニーランドをひとつの立体スクリーンに見立てたディズニーは、自分が語る物語の世界に人々を誘い込み、ひとつのシーンから次のシーンへと移動させていくことを考えていた。

能登路雅子『ディズニーランドという聖地』より

東京ディズニーランド及びディズニーシーの去年の入場者数はおよそ2500万人に達しました。ウォルト・ディズニーという映像の天才がつくりあげたこの王国は、いったいなぜこれほどまでに人々を惹きつけるのでしょうか。

まずは、ディズニーランド(この文章では、日本の千葉県にある「東京ディズニーランド」を指します)の設計上の工夫について、能登路雅子の文章と、公式サイトの記述(例えば、ワールドバザールの解説など)をもとに、視界のトリックを中心に整理しておきます。ディズニーランドファンには旧知の内容かもしれませんが。

ディズニーランドの大きな特徴として、出入り口が1つしかないということがあります。これは本家ディズニーランドも同じです。ディズニーランドの構想したとき、ウォルト・ディズニーはさまざまな遊園地を視察し、その経営者たちに自分の構想を聞かせました。ところが、経営者たちは口をそろえて「そんな遊園地が成功するはずがない」と語ったそうです。

最も厳しく指摘されたのは、入口が1つしかないということでした。駐車スペースの確保や、入園者のスムーズな誘導という点で、入口が1つというのは明らかに不利なことです。

しかし、ディズニーは断固として譲りませんでした。彼の考えは「映画を途中から見たのでは、ストーリーの流れがわからない」(冒頭の能登路雅子の本より)というものだったそうです。映画には始まりと終わりがあります。出入り口を1つにすることで、観客に「ひとつのまとまったストーリーを演出」することを狙ったのです。

また、映画館が外の世界と切り離された密室であるように、ディズニーランドも、外界から遮断された非日常の空間を目指しています。ディズニーランド内部からは、外の景色が見えないように、例えば、木を植えて視線を遮るなどの工夫がされています。

また、ディズニーランドには、ゴミがありません。カストーディアルと呼ばれる、掃除担当のキャスト(従業員)が、大変な苦労をしながら掃除をしています。また、ディズニーランドの地下には巨大なトンネルが設置され、バックステージの行動(荷物の運搬など)を完全に隠しています。弁当は持ち込みも販売も禁止されるなど、日常生活を連想させるものが徹底して現れないようにしています。

ディズニーランドに入った客は、おみやげ屋さんがならぶワールドバザールを通って、中央のシンデレラ城へ向かいます。ワールドバザールは、入り口からシンデレラ城にむかって、だんだん道がせまくなる極端な遠近法になっており、目標が遠くにあるように錯覚させます。また、ディズニーランドの入口付近は少し上り板になっており、先が見えないようにして、入場者の期待感を高めています。

さらに、ワールドバザールの建物は、2階より上がふつうの建物より低く作られています。これはシンデレラ城も同様で、建物の上にいくほど小さくなるよう作られています。これらの工夫は、遠近を強調し、建物が実際より大きく見えることを狙ったものです。

こういった視覚の魔法により、ディズニーランドの中で、私たちの視点の位置は子供の視点の位置と同じになるのです。

では、「子供の視点」になることは、いったいどういう意味をもつのでしょうか? それは、視点の位置が低いところにある、単にそういうことでしょうか?

私は、「子供の視点」の本質とは「遮られていること」にあるのではないかと思います。出入り口を1つにし、外部を視界から排除し、生活の苦労を気にさせず、先を見せない。これはすべて視野を制限し、不要なものを遮って隠すということです。考えてみれば、映画というのは、スクリーン以外をまっくらにして見るものでした!

子供というものは、周りが見えていません。過去をふりかえることもなく、自分の将来ですら見えていません。彼らにあるのは、ただ、今この時この場所だけです。もちろん、それは不便なことです。大人は、広い視野をもち、さまざまな立場からものごとを考えることができます。学校では、子供を大人にするために、つまり視野を広げるために、さまざまな知識や思考法を教えていきます。

ですが、我々大人は、心の底ではそれに疲れているのではないでしょうか。ときには、視野を思いっきり狭くして、今この瞬間だけを楽しみたいときがある。そんなとき、この、王様のいない「夢と魔法の王国」は、 不思議な魔法で我々の視野をやさしくふさいでくれるのかもしれません。

そういえば、夢って、目を閉じて見るものですしね。