水色は水の色ではない、藍こそはすべて、海のあをにも染まずただよふ

みなさんは、「水色」という色の名前には納得していらっしゃいますか? 私は納得してません。というわけで、戦闘開始です。今日は、水色って、水の色じゃないんじゃね? ということについて考えます。

白鳥しらとりは哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
若山牧水若山牧水歌集』より

えーと、まずは、Googleのイメージ検索で「海」「川」「池」「沼」を検索した結果を見てみます。ここに、いわゆる「水色」という色はあるでしょうか。私は、ない、と思います。若山牧水のいう「青(あを)」は確かにありますけどね。

実際、「透明な澄んだ水でなければ、なかなか美しい水色には見えない」(福田邦夫『色の名前事典』の引用のようです)という声もあります。これがまっとうな色彩感覚というものでしょう。

ですが、「透明な澄んだ水」だって、やっぱり水色でないことは言うまでもありません。だって、水の色は透明ですから! お前は小学生かよ、という読者の冷ややかな目線をひしひしと感じますが、負けないのです。

さて、ここでお約束として、水とか空気とかは青い波長以外の光を吸収するのじゃよ――という解説が入るわけですが、ンなこと聞きあきました! だから水が青に見えるのは認めますってば。こちとら水が「水色」ってのが納得いかねーんだよ!てなもんです。みなさん、ついてきてますかー。

そもそも、色の名前というのは、染め物の色からとったものが多いはずです。例えば、「茶色」はまったく日本茶(緑茶)の色をしていませんが、それは茶色というのが茶葉を染料として使ったときの色だからです。

実際、古文における「水色」の使い方を見ますと、『夜の寝覚ねざめ』の「桜襲さくらがさねを、例のさまのおなじいろにはあらで、樺桜かばざくらの、裏ひとへいと濃きよろしき、いと薄き青きが、又こくうすく水色なるを下にかさねて」(引用元)とか、『紫式部日記』の「大海の摺裳すりもの、水のいろはなやかに、鮮鮮あざあざとして」(引用元)とか、『平家物語』や『源平盛衰記』の「水色の狩衣」とかとか、着衣の色としての用例がほとんどです。

脱線ですが、Googleのイメージ検索で「水色」を検索してみた結果を見ると、割合的には「衣服」が一番多く、次が「花」になるのかなーという感じです。あ、間違っても「みずいろ」で検索しちゃダメですよー。

というわけで、水色が染料の色だったことは確実です。ですから、「水色は水の色」などいう妄言を吐くやつの家にはナマハゲおくります! ただの水で布を染めたら水色になるとでもいうつもりでしょうか。断じて否!

そもそも昔は「水色」を、「みずはなだ」と呼んでいたそうです(ソース1ソース2)。確かに『万葉集』16巻に「水縹みなはだの絹の帯」(引用元)とありました。ここでもやはり水色は着物の色ですね。

この「水縹」なんですが、「水」ヌキの「縹色」という色があります。この「縹」というのは元々はツユクサのことでしたが、平安時代以降は藍で染めた色を指すようになったそうです(ソース)。この「縹色」を透明感のある青に染めたのが「水縹」なのだとか(ソース)。

すなわち、「水縹」の「水」というのは、「縹色」に水を加えた、という意味なのです。山崎青樹『草木染 日本色名事典』には、「『水色』は藍染のもっとも薄い色」(引用元)だとあります。

頭はすっかり水色時代ですが、整理するとこういうことです。まず、そもそも、「はなだ色」という藍色に近い色があった。んで、それを「水で薄めた」色を「水縹色」と呼んでいた。それが時代を経て「水色」と呼ばれるようになった。

ってことは、「水色」の青色というのは「藍染め」による青色であって、「水」の色ではないのです! 「水」という言葉は、染料に「水を加えた」=「薄めた」という意味だったんですな。なるほどー。やっぱり、水の色に水色が許されるのは小学生までだよねー。

ところで、「青」というのが本来、染料の色だったということを知ると、冒頭に引用した若山牧水の短歌は俄然、鮮烈さを増してきます。染料の海で、なお「染まずただよふ」白鳥の姿には、それと同化した牧水の青春の純粋と一途が、痛切に感じられるのではないでしょうか。

いやー、ネットの情報つみ上げていくだけでも、けっこう面白いことが分かるもんですねー。個人的には今回のは、なかなか感動ものの発見でした。

(2006年8月5日追記)

この記事については、id:hakurikuさんより、「藍染の濃淡は,染料の濃度を調整するのではなく,染め重ねる回数を調整することによって作り出すもの」であり、「藍染で薄い色を作るにあたり,『水で薄める。』という発想はない」という声を頂いております。あらま。かなり根本のところを撃墜された感じです。

つきまして、現在、当記事の書き手は、「水色は水の色ではない」という主張について、「非常にうさんくさい」という立場を取っておりますことをご承知おきください。かつてこのページを読み、二度とこのページに戻ってくることのないであろう数千人の読者のみなさまに、謝罪電波を発射したいと思います。びびびびび。

それにしても、面白いネタだと思っただけに残念です。「信じたいと思って信じたことの90%はウソ」の法則の、格好の例になってしまいました。

id:hakurikuさんには、この場を借りて、いやここは自分のブログか、この場にて御礼申し上げます。