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2006年8月16日 靖国神社と囚人のジレンマ、主人と奴隷の戦略、自分の為に生きること このエントリーを含むブックマーク

囚人のジレンマ

囚人のジレンマ」というゲームでは、「しっぺ返し戦略」や「パブロフ戦略」など「協調的」な戦略が有利であることはよく知られています。ところが、2004年に行われた大会で優勝したのは、まったく異なる戦略でした。今日は、世界をもうちょいマシにする方法を考えます。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

俵万智サラダ記念日』より

理屈ぬきで共感できる歌ですね。個人的に、俵万智の歌の中でも最も好きな歌の一つです。

さて、今日は、まず次のような主張から始めたいと思います。すなわち、この歌で行われているような、相手のアクションをただ「オウム返し」するだけのコミュニケーションは、対人関係において非常に有効である。いや、そればかりか、「最強」の戦略である、と。

何を言ってるんだお前は、「最強」とかいう問題なのか? という感じですけど、まずは、この主張を「囚人のジレンマ」というモデルを使って考えてみたいと思います。この時点で、「あー、はいはい」という人もいらっしゃると思いますが、うん、まあ、ご想像通りの話なんですけど、一応最後まで読んでくれると嬉しいです。たぶん、あんまり知られていない話もしますんで。

さて、「囚人のジレンマ」については、Wikipediaに解説がありますが、一応簡単に紹介しておきます。

まず、「囚人のジレンマ」は2人で行うゲームです。あなたと対戦相手は、「協調」と書かれたカードと「裏切り」と書かれたカードを、それぞれ1枚ずつもっています。んで、「いっせーの!」でどちらかのカードを場に出します。カードの出方によって、あなたと相手にそれぞれ得点が入ります。

右上の画像が得点表です。細かい数字には、あまり意味がありません。大ざっぱに言うと、次のような感じになります。

  • 2人とも「協調」カードを出したときは、2人とも得をする。
  • 一方が「協調」したのに、もう一方が「裏切り」だと、裏切った方は大きく得をするが、裏切られた方は大損する。
  • 両方とも「裏切り」だと、2人とも損。

こういう設定は日常生活でも実によくあるかと思います。例えば、2国間関係で、「協調」を「軍縮」、「裏切り」を「軍拡」で考えてみれば分かるでしょう。軍事バランスが崩れれば、戦力の強いほうが圧倒的に有利ですが、だからといってお互いに軍拡競争やってたら、軍事費がかかって仕方がない、みたいな感じです。

で、このゲーム、いったい何が面白いのか? まず、このゲームを1回だけ行うとして、どういう戦略が有利か考えてみます。結論は簡単です。「裏切り」ですね。だって、相手がどっちのカードを出したとしても、自分は「裏切り」を選択したほうが得なんですから、考えるまでもありません。人を見たら泥棒と思え、渡る世界は鬼ばかり、ですよ。

では、このゲームをくり返し行って得点を競うことを考えます。そのときも、やっぱり裏切りまくったほうが有利なのでしょうか? そうではありません。「裏切り戦略」は、1対1の勝負では絶対に負けることはありませんが、総合得点が伸びないんですね。

アクセルロッドという研究者は、世界中のゲーム理論の研究者たちからさまざまな戦略を募集して、この囚人のジレンマを闘わせるイベントを行いました。ネタに困ったら天下一武道会の法則です(違います)。2度、大会が行われ、なんと2回とも同じ戦略が優勝しました。社会心理学者ラパポートの考えた「しっぺ返し戦略」です。

「しっぺ返し戦略」は驚くほどシンプルな戦略です。それは、次のようなルールに従います。

  • まず、1手目は「協調」を出せ。
  • 2手目以降は、相手が直前に出した手と同じものを出せ。

要するに、「寒いね」と話しかけられたら「寒いね」と答えろ、という戦略です。そんなんでいいのかよ! という感じですが、実際そんなんが優勝しちまったわけです。

この戦略の行動パターンは、現実の人間関係においても非常に示唆的です。まず、最初は協調せよ。相手が協調している限り、自分から裏切るな。相手が裏切ったら、即座に報復せよ。でも、相手が反省して協調してきたら、直ちに許せ。

ここで、「しっぺ返し戦略」はその名に反して、非常に「協調的」な戦略であるということに注意してください。

さてさて、この囚人のジレンマを、より現実に近づけてみます。「協調」カードを出しても、一定の確率で「裏切り」カードに変わってしまう、というルールをつけてみましょう。要するに、メッセージが「誤解」されちゃう場合です。自分では「君のその服、とてもにあうよ」と言ったつもりなのに、いつのまにか「君のその服、とてもにおうよ」とかに変わってるわけです。恐ろしい世界です。

この世界では、しっぺ返し戦略は最強ではありません。なぜかというと、しっぺ返し戦略同士の戦いで、いったん「誤解」が発生して「裏切り」カードが場に出てしまったとたん、相手が報復→それに対して自分が報復→それに対して相手が……という報復の連鎖が起こり、得点が落ちるからです。

ここで登場するのが「パブロフ戦略」です。パブロフ戦略は、直前の戦略がうまくいっているならそれをくり返し、うまくいっていないなら反対の戦略に変える、というものです。具体的には、お互いに「協調」、あるいはお互いに「裏切り」だったときは、次の手は「協調」になり、そうでないときは「裏切り」を出します。たぶん、ほとんどの人が今の説明を読みとばしたと思います。確かになんだかよく分かりません。具体的に考えてみます。

パブロフ戦略同士の戦いで、「誤解」が発生したとします。場には「協調」カードと「裏切り」カードが出ている状態です。その次の手がどうなるか考えてみましょう。「協調」カードを出したほうは、相手に出し抜かれたかたちですから、作戦を変えます。ですから次は「裏切り」。一方、「裏切り」カードを出した(正しくは、出てしまった)ほうは、とりあえずうまくいったので、この作戦を続けます。次も「裏切り」です。

というわけで、次の手は「裏切り」対「裏切り」です。ダメじゃん、という感じですが、さらに次を考えてみます。

パブロフ戦略では、「裏切り」対「裏切り」になった場合、「うまくいっていない」と判断して、手を変えるのです。すなわち、次の手はお互いに「協調」です。要するに、速攻で仲直りできる戦略なんですね。

というわけで、誤解が発生する状況では、「パブロフ戦略」は「しっぺ返し戦略」より強くなります。しかし、考えてみると、これは驚異的です。例えば、「パブロフ戦略」対「常に裏切り戦略」の戦いを考えてみてください。少し考えれば分かりますが、パブロフのほうが「協調」と「裏切り」を交互に出す戦いになりますよね。ボロ負けです。

パブロフ戦略は、どんなに状況が悪化しても「仲直りしましょ?」と呼びかける戦略なのですが、それが通じない相手(例えば「常に裏切り戦略」)には、まったく勝てません。ところが、そんなお人好しの戦略が最強なのです。

実は、しっぺ返し戦略も似たようなものなのです。彼らは、1対1の戦いではほとんど勝てません。ところが、どちらも非常に協調的な戦略なので、相手に花をもたせつつ、自分もしっかり得点を稼ぎます。よって、トータルの得点では、最強になってしまうのです。

これは現実世界に応用したとき非常に教訓的な話です。例えば、国際関係においては、1国対1国の利害では多少損をしたとしても、協調的な戦略をとったほうが、多国間関係においては有利であるかもしれない、ということです。

私が、この話題を書くきっかけになったのは、数日前に、小泉首相が「終戦記念日に靖国参拝」というカードを切ったことです。調べてみると、「靖国問題」に「囚人のジレンマ」を応用して考える、というのは、既に去年の参拝のときに「木走日記」さんが「世にも不思議な「靖国のジレンマ」〜ゲーム理論からの一考察」というエントリを書いて行っていました、さすがという他ありません。このエントリはコメント欄も含めて読みごたえがあります。*1

ただし、現実世界にゲームの理論を応用するのは簡単ではありません。例えば、靖国問題において「協調」カードは何なのでしょうか? 日本の場合は、「靖国参拝をやめること」なのでしょうか? では、中国の「協調」カードは? 「靖国参拝に文句を言わないこと」なのだとしたら、この設定では、協調カードを同時に場に出すことができなくなってしまいます。

それはともかく、しっぺ返し戦略や、パブロフ戦略といった「協調的」な戦略が「囚人のジレンマ」というゲームにおけるある意味「最強」の戦略(きちんと言うと、ナッシュ均衡解)である、ということは、数学的にきちんと証明されています(フォーク定理)。

さて、ここで話が終われば、ラブ&ピース、人類みな兄弟!という感じで、非常にめでたいのですが、しかし、実は本題はここからです。

2004年の10月に「囚人のジレンマ」誕生20周年を記念して大会が行われました。そこで、優勝したのは、なんと「しっぺ返し戦略」でも「パブロフ戦略」でもありませんでした。ニック・ジェニングズ教授の考えたまったく新しい戦略が優勝したのです。ネタに困ったら転校生の法則です(違います)。

その戦略を、とりあえず「主人と奴隷」戦略と名づけましょう(正式な名前ではありません)。この戦略はグループをつくることで初めて威力を発揮します。この「主人と奴隷」戦略に従って行動するグループは、「主人」を担当するプレイヤーと「奴隷」を担当するプレイヤーに役割を分担します。

彼らは、まずゲームの序盤に「協調」カードと「裏切り」カードを、モールス信号のようにある決まった順番で出すことで、対戦相手が自分と同じグループかどうかを識別します。そして、相手が自分の仲間ではない、敵であると判断した瞬間、「常に裏切り戦略」をとります。つまり、ヨソ者には徹底して敵対的な行動をとって、他人の足を引っぱるわけです。

では、対戦相手が同じグループだったらどうするのでしょうか。この作戦のポイントは、自分が「奴隷」で、相手が「主人」だった場合にあります。このとき、「奴隷」は「常に協調戦略」を、「主人」は「常に裏切り戦略」をとるのです。要するに主人は奴隷から搾取しまくるわけです。こうすると「奴隷」の得点はガタ落ちになりますが、それでかまわないのです。これは「主人」を優勝させるための戦略なのですから。

これは、自転車競技でいう「エース」と「アシスト」の関係によく似ています。自転車は空気抵抗が大きいため、集団の先頭を走るのは不利です。そこで、チーム内に「エース」と「アシスト」という役割分担を決め、「アシスト」たちが交代で先頭を走って「エース」をひっぱり、ゴール直前で体力を温存していた「エース」が飛び出すのです。

しかし、なんだかズルイ話です。「囚人のジレンマ」は出すカードによって得点が決まっていたわけですが、「奴隷」たちの行動はその得点を無視しています。彼らは、「主人を大会で優勝させる」という、まったく別の目標に向かってプレイをしているわけです。いわば、彼らがプレイしているのは「囚人のジレンマ」ではなく、別のゲームであるわけです。

実際、ネットで検索しても、この2004年大会の話題が出てくることは、ほとんどありません。一つには、上記のような「ズルイ」という感覚があるものと思われますが、私は、もう一つの理由もあると思います。それは、この作戦が「教育的」でない、ということです。

「しっぺ返し」戦略や「パブロフ戦略」の行動パターンは、非常に「教育的」です。まず協調せよ。相手をすぐ許せ。裏切りあう状況は打開せよ。うんうん、いいですねー。

ところが、この「主人と奴隷」戦略は、なんなんですかこれ、話になりません。こんなもの学校で教えられませんよ。「いいかい君たち、ガイジンを見たらすぐ殺しなさい。一人一殺!」とか「御主人様には絶対服従。これテスト出すよー」とか言ってるんですよ。まあ、強引に解釈すれば「チームワークの勝利」なのですが、あまりにも排他的な戦略です。

しかし、私は思うのですが、これもまた現実なのです。つまり、世の中には、「主人」のために自分を殺す連中もいるってことです。他人が見ると何を考えてるのかさっぱり分からないわけですが、ある特定のプレイヤーのために、自分の得点を無視して行動するやつがいる。まあ、各自の思想信条に従って適当に具体例を考えてください(中国と朝日新聞とか、ブッシュとコイズミとか)。

「主人と奴隷」戦略が優勝してしまった。私は、このことは事実として、ちゃんと考えなきゃいけないと思います。

オリジナルの「囚人のジレンマ」は、ある意味ものすごく利己的なゲームでした。それぞれのプレイヤーは自分の得点しか考えていませんでした。ところが、その条件のもとでは「協調的」な戦略が最強になったのです。

一方で、チームをつくって優勝を競う2004年大会では、「自分を捨てて他人のために尽くす」ことが優勝するための秘訣でした。ただし、この場合の「他人のため」の「他人」というのは、「自分と同じグループに所属する他人」ですけどね。で、結果として、「排他的」な戦略が最強になってしまいました。

なんとも逆説的な結果ですね!

私は、この結果には、世界がどうすれば今よりマシになるか、という問題の一つのヒントがあるように思います。幸福の総量(得点の合計値)は、明らかに「協調的」な戦略を取ったほうが大きくなります。「寒いね」と答える人のいるあたたかさ、です。では、その「あたたかさ」を手に入れるためには、いったんどんなルールが必要なのか……。

とはいえ、それについて具体的に考えるには、ちょっと力が尽きました。今日はここまでとして、いったんキーボードから離れたいと思います。

*1:ただし、木走日記さんのエントリは「パレート最適」という言葉の使い方が少し不適切です。「囚人のジレンマ」における「パレート最適」は「協調-協調」だけではありません。「協調-裏切り」「裏切り-協調」も「パレート最適」です。誤解を招く書き方だと思います。

輪王ひろみ輪王ひろみ 2006/08/17 19:49 2004年の大会でも(3,3)(0,5)(5,0)(1,1)だったのでしょうか? であれば 3+3>5+0なので、排他戦略は兎も角、奴隷と主人戦略は成り立たないのではないでしょうか? また、奴隷が死に絶えると主人も不利益を被るので、どのようにして奴隷を生かすのかも興味引かれます。主人からの還元が有ったのでしょうか?
同胞なのか主人なのか奴隷なのかの識別がこの戦略の肝だと思います。しかし識別時間が短ければ識別に失敗する可能性が増え、長ければ本来の得点を得る時間が短くなることが予想されます。この識別部分が単純明快ではなく得点比率や時間設定によっては最強とは言えないことも、話題にならない理由の1つではないでしょうか?

77437743 2006/08/17 21:36 >>ひろみ
>3+3>5+0なので、排他戦略は兎も角、
>奴隷と主人戦略は成り立たないのではないでしょうか?
>どのようにして奴隷を生かすのかも興味引かれます
チーム全体の平均点を競うものであったならそれが正しいのだと思いますが、
アシストは低得点でも死なない(退場しない)というルール(ですよね?)だと、
エースが優勝すればアシストの犠牲はなんの問題にもならないと思います。


>>MrJohnny
すいません。思いついたことを上手くまとめられないので並べておくだけにします


小泉首相も朝日新聞も、ある評価基準において奴隷になることで
別種の利益を得ているのでは?

日本は自分達で同等の軍事力を整備するよりは
桁違いに安く米軍の力を利用できるわけで、
その意味で奴隷はアメリカの方であるとも言えないこともないかな?

奴隷になることで別の利益が生まれるならば
主人と奴隷戦略は上手くいくような・・・
互いに欲しいものと提供できるものが上手く合えば最高かも?

囚人のジレンマゲームでも得点基準を2種類以上用意して
基準別にランキングを取ればアシストもエースになれる

互いに主人と奴隷になりあう関係は
従来の囚人のジレンマゲームにおいて
互いが協調を選んでる関係と同じといえるかも?

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/17 23:37 輪王ひろみさん、主人と奴隷の関係については、7743さんが書かれた通りです。この大会は総当たりだったため、奴隷が「死に絶える」ということはありませんでした。

識別にかかる時間については、完全に盲点でした。ざくっと計算してみました。

この大会ではゲームがいつ終了するかは確率的に決められています。これは、最後の1ゲームで「裏切り逃げ」をするのを防ぐためです。ゲームの終了確率は0.00346と決められており、ここから単純に試合回数の期待値を取ると約289回です。

例えば、10回連続で「協調」「裏切り」をある決められたパターンで言える(=合い言葉が言える)確率は1024分の1です。仮に10回中に1回ノイズが入るとして、少し甘く味方判定したとしても、約100分の1です。すなわち、最初の10回を敵味方の判定にあてたとしても、判定に失敗する確率(敵が偶然「合い言葉」を言う確率)は1%程度であるということになります。

したがって、識別精度は十分なものであったと考えられます。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/17 23:38 7743さん。なかなか考えさせられるコメント、ありがとうございます。

ただ、まず言い訳せねばならないのは、私は「中国と朝日新聞」「ブッシュとコイズミ」の関係が「主人と奴隷」だとは思っていないということです。本エントリでこの二つを具体例としたのは、いわゆる右翼・左翼の思考を戯画的にからかっただけで、私自身の考えではありません。ですから、具体的な事例については、言及を避けさせていただきます。

「別の利益」「得点基準を2種類」という指摘は、この「主人と奴隷」問題の本質であろうと思います。しかし、もし、その「得点基準」が1対1の関係に閉じたものであれば、それは従来のゲームの理論の枠組みで解決できるはずです。問題の本質は、「奴隷」たちが目指したのが、主人の「優勝」という「他人との関係で決まる利益」であったということなのでしょうね。物理では「3体問題」(互いに影響しあう3つの物体の運動に関する問題)ですら、もう厳密に解くことはできません。ですので、この「主人と奴隷」問題はかなりやっかいな問題であろうと想像しています。

FummyFummy 2006/08/17 23:50 「あたたかさ」を手に入れる戦略、がとっても気になりますが、とりあえず主人-奴隷戦略がリアルな世界事象でひとり勝ちにならない理由は想像できます。

この戦略はゲームパートナーの選択余地が無く、初期条件では双方が相手方の属するグループを知らないことが前提でないと搾取システムがうまく機能しません。

実際には主人-奴隷システムグループかどうかは比較的簡単に判別でき、認定されたら協調戦略グループにとって相手をするだけ損なので最終的にはゲームをしてもらえなくなります。
奴隷から搾取する利得だけでしばらくの間主人は裕福になれるかもしれませんが、トータルではじり貧でしょう。

……と、ここまで書いて、理想的なモデルがリアルにも存在することに気づいてしまいました。
もろカルト教団の運営モデルじゃないですか(溜息)

砕天砕天 2006/08/18 15:11 かなりの人が「囚人のジレンマ」にいつも胡散臭さを感じるのではないでしょうか?
 「囚人のジレンマ」は進化論で利他的行動が淘汰されない理由としての説明としてよく使われるのを見ます。ただし、ほとんどの説明は舌足らずです。「裏切り」の利潤がもっとも高くなるような環境には適用できないと言わない。利他的行動が淘汰されないわけではありません。
 生物や社会の実際には協調すると生存のための最低コスト(ターン毎に支払う寺銭)がわずかに下がるので「協調」の場合の両者の合計得点が高くなりやすいのかもしれません。でも種種の条件は環境の変化によって重さが変わるのでものすごく長期のモデルにはなりません。くらいまでは説明して欲しいですね。
 「囚人のジレンマ」は得点配分、ターン回数、ターンコスト、ゲームからの除外などのルールによっていかようにも結果が変わる。素人にルールによって結果が変わることを説明しないのは騙す意志があるか騙されているに違いない。騙す意志があるか騙されているバカなら、その主張は「夏炉冬扇の如し」そういった情報もありましたねとして処理せざるを得ない。
 こちらでは[死亡除外がない][一対一でのそこそこ長いターン回数][プレイヤーが多い][複数のプレイヤーと一対一対戦][点数の持ち越し][終了後の合計得点で最多得点者が主人と奴隷チームの主人]までは読めます。だから、そういう条件でのゲームの結果だったのだと読めますから騙しはなしと。
 社会科学のモデルとしての「囚人のジレンマ」はある種のグループの活動が繁栄した理由の説明には使いやすそうです。とりあえずコミュニケーションは重要で有効。質にも、どう使うかにもよりますが。

 では、なぜ2004年の結果が話題になりにくい? ルールと戦術の説明が長くなりすぎてたいがいのひとは読んでくれないからだ。
 実は、「米軍は米国の国益(米国資本)を守るのであって、日本を守りません。投下した金の価値はありません」を含めてあと一万字くらい書けますが…

輪王ひろみ輪王ひろみ 2006/08/18 20:28 ライフゲームではなく総当たり戦ですか、とすると参加グループの数と各グループの大きさが大きく関わってきますね。
やはりルールをちょっと変えれば結果が大きく変わりそうな点がネックです。普遍性があるとすれば「敵か味方か判別するのが重要」ぐらいでしょう。総当たり中、記憶を持ち越せるなら、次は敵の識別信号を盗む戦略が現れそうです。複雑過ぎて面白みに欠けますが。

「資本主義」かと思ったのですが、Fummyさんの「カルト」の方が的確ですね。信者かどうか一見判らないところとか。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/19 03:46 Fummyさん、「ゲームパートナーを選択する」という可能性は考えてませんでした。なるほど。確かに言われてみれば、現実においては「だれとつきあうか」をコントロールできるというのは重要な能力なのでした。

しかし、これをゲーム理論にもち込むのは難しそうです。完全に自由化してしまうと、簡単に必勝戦略がつくれます。特定のパートナーだけとゲームをして、「常に協調戦略」を取ればよろしい。要するに、他人を完全に排除して、二人だけでいちゃいちゃいちゃいちゃ……。

今、なぜか心の奥底からドス黒い気持ちが湧いてきましたが、そんなことはどうでもよくて、こういう排他的なラブラブカップルは殺すべきです。いやだから、そうではなくて、こういう「恋人戦略」が現実においても有効に機能しているように見える以上、やはり「パートナーを選択する」という要素は重要なんでしょうねえ。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/19 03:47
砕天さん、「囚人のジレンマ」のうさんくささについてですが、なるほど、私も自分の立ち位置を明確にしておきたくなりました。

まずそもそも、「囚人のジレンマ」というのは、単なる数学的構造物であって、現実の縮図ではありません。「協調」「裏切り」という呼称は、単なる選択肢の名前に過ぎず、CとかDとか記号で呼んでもかまわぬものです。それが人間社会において、既に意味が与えられている「協調」とか「裏切り」に相当するかは、まったく数学のあずかり知らぬことです。

すなわち、「囚人のジレンマ」を現実に適用するにあたっては、「協調」「裏切り」「得点」などの数学的な構造が現実の何かにあたるか、というところがそもそも本質的問題であるにもかかわらず、それがほとんど吟味されていない。砕天さんのおっしゃる「胡散臭さ」は、そんなところに通ずるように、私の中ではとらえました。

というか、もっとはっきり言ってしまえば、「協調-裏切り」という概念を、1ビットの変数のオン・オフで表現する、ということ自体が無理です。ですから、「囚人のジレンマ」が現実の縮図でないのは、むしろ自然なことです。生物学者の長谷川真理子さんは、野生では互恵的利他行動は観察されていないと言っているそうです。

おいおい、じゃあ、なんでオメーはこんなエントリ書いてんだよ、ということですが、私は、数学の機能は「寓話」である、と思っているからです。

「ウサギとカメ」の話の価値は、「そうか、ゆっくりでもたゆまず進めば最後には勝てるんだ!」という「新しいものの見方」を発見することにあります。ですから、この話を現実の縮図とみなし、「今年のニューモデルカーは、速度を時速1kmに制限し、ブレーキを外しました」などいう会社が現れたら、それはアホです。まさしく「夏炉冬扇」です。その点は、もしかすると、砕天さんの意見に近いのかもしれません。

しかし私は、寓話としての数学を愛してやまぬのです。「相手の選択が何でもあっても、裏切りを選んだほうが得点が増えるゲーム」なのに「長期的には協調を選ぶことが最善である」。そんなことが数学的に証明できるということが、驚異です。私にとって、これは「物語の力」とまったく同質の力です。ここにおいては、「それは現実とは違うよ」というツッコミは、意味をもたないのです。

というわけで、本エントリはいわば一つのおとぎ話です。ですが、優れた創作がそうであるように、このエントリが多くの人にとって「新しいものの見方」を生む土壌となればよいと思っています。

あ、あと、当ブログは長文コメントを歓迎します。私は昔、自分が1日に文章を何文字ぐらい読んでいるか調べたことがあるのですが、だいたい1日あたり20万字でした。ですから、それが1万字ぐらい増えても別に問題ないです。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/19 03:47 輪王ひろみさん、確かに「味方グループの大きさ」は結果にダイレクトに効いてきそうですね。このへんは現実と変わらないかもしれません。

あと、よく考えてみると、「ライフゲーム」のような栄枯盛衰のあるルールでも、「主人と奴隷」戦略は最強だと思います。主人は奴隷以外に対しては、単なる最強戦略をとることにすればよいのです。で、奴隷は誰に対しても自分が奴隷であるというメッセージを送る。主人は相手が奴隷だと認識したら、自分が主人だというメッセージを送る。その後は2人で「搾取」戦略、です。この戦略による主人のロスは、奴隷に「自分は主人だ」というメッセージを送るところだけですが、これがそれほど大きくないことは既に見ました。主人は、奴隷以外のプレイヤーには対しては単なる最強戦略をとるわけなので、奴隷が存在する分だけ有利なはずです。この議論は奴隷が途中で死ぬというルールのもとでも通用すると思います。

輪王ひろみ輪王ひろみ 2006/08/19 08:53 ライフゲーム型だとグループ全体が繁栄しなければならないので、トップを出せばいいという戦略では駄目です。奴隷が滅びれば主人も滅びます。また、裏切りの報酬が協調の合計より小さい以上ロスが生じます。
トップに何らかの付加価値を付けたライフゲーム型であればグループ内に複数の階級があるチームが有利かもしれません。また、ライフゲーム型の場合、総当りではなく空間の概念が入りますので、中央は主人、外周は外交官または兵士という位置関係による役割分担が適当かもしれません。

tubatuba 2006/08/19 10:41 「主人と奴隷」作戦は、奴隷が死亡もしくは暴動を起こさないルールである限り、数字のマイナスが奴隷にとってデメリットにならないわけなので、搾取ではなくチーム内での協調作戦と考えるべきです。多分、名前の付け方が微妙なんだと思いますが、数字のマイナスに無理矢理意味をもたせるほど、「寓話」にならなくなると思います。

tubatuba 2006/08/19 11:09 すみません。「数字のマイナス→数字が小さいこと」に修正してください。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/19 16:56 輪王ひろみさん。なるほど、了解しました。「ライフゲーム」という言葉で、勝手に、コンウェイのライフゲームで各セルが戦略をもつようなものを想定してしまいました。それなら「主人」戦略が一人で勝手に増殖すればすむんじゃないの?と勘違いしたわけです。「グループ全体が繁栄しなければならない」ものだとすれば、「主人と奴隷」戦略が壊滅するのは、火を見るより明らかですね。

tubaさん、グループリーダーがトップを取るという利得のみに注目すれば、奴隷はデメリットを被っているわけではない、要するにマゾヒストも彼の価値観に即して見れば幸せだ、ということでしょうか。それは分かりますが、「数字が小さいことに無理矢理意味をもたせる」という表現はちょっとあんまりです。「囚人のジレンマ」は、もともとあの「数字」のほうに意味があったわけで、「主人と奴隷」戦略の価値観が異端なのです。それと、後続コメントがない状態でしたら、ちょっとした誤記のたぐいは「コメント削除」で処理されてかまいませんよ。

tubatuba 2006/08/19 18:04 そうですね。コメント削除お願いします。

MrJohnnyMrJohnny 2006/08/19 19:23 あ、いや、書き間違いがあったら、「元コメントをコピー」→「元コメントを削除」→「コメント修正」→「修正コメントを新規投稿」という手順で修正していただいてかまわない、という意味です。管理者権限による他人コメントの削除は、最後の手段にしたいのです。