2010-12-18 「世界で最も大きな音の出る目覚まし時計を作った科学者の物語」

2010-08-26 もじのうらにいるひと

本を読む
黙読する
楽しい
何で?
どんな時に読むのが楽しい?
書いてるひとの声を知ってる
とか
声が想像できる
とき
書いてるひとを知らない
とか
文章から書いてるひとの声を想像できない
ときは
読んでても
全く頭に入らない
本の文字とか
webの文字とかって
その奥にいる書き人が表れてこないと
やっぱり
全然感動しないよ
文字に書き人の強い思いがのって
読むひとが
その強い思いを受け取る
書き人と読み人が
本をとおして
会話する
その思いは
時空をもこえることができる
表現のうしろに
ひとがあらわれる
世界中が
そんなものであふれればいいな
なんてことを思った
うえの絵はiPadで描いてみた
2010-07-13 where are you from?

「where are you from?」
「どこ出身ですか?」
「Você é um brasileiro?」
「Are you a Brazilian?」
「あれ、日本語うまいですね。出身はどこですか?」
「Você fala Português? 」
「Do you speak English?」
「あの、もしかして、ハーフですか?」
上の類の質問、今まで何回聞かれたか。
聞かれるたびに、毎回考える。
そんで、取り敢えず何か答える。
demo、こういう質問をされると、何だかイライラしてしまって、聞き返したくなる。
全く同じ質問を。
そして、そこにもう一つ加える。
「なんで?」
「Why?」
「por quê?」
そもそも、どこの国で生まれたかっていうのは、自分の人格を形成するために必要なものなの?
「〜人」=「〜」っていう考え方ってすごく危険だと思うんだ。だって、考えて見れば分かるじゃん。一緒に遊ぶ友達とでさえ性格とか考えたかが違うのに、それをひとまとまりに見るなんて、ちょっと、それはなくない?
自分がどんな人間かって、それは、家庭とか学校、自分が住んでる町みたいに自分が見たり聞いたり触ったり出来るものによって決まるものだし、ましては全く見たことも聞いたこともないものから影響をうけるなんてありえんでしょ。
子供のときって、ドラゴンボールとかスッゲー流行ってたし、友達のほとんどが見てた。スラムダンクなんて、バスケのルール本みたいなもんでしょ?僕、スラムダンクでバスケを知ったし。こういうモノは日本語で書かれてるもんだから、少なくとも日本に住んでいる人だったら、多かれ少なかれ影響を受けていると思う。それでも、これだけで人間が決まるなんてのはありえないことは想像に難くないと思う。
また後で
2010-07-02 流れ星、傘、雨、衛星

流れ星ってみたことありますか?
僕は見たことあるけど、見たことあるってことしか覚えていない。自分のみた流れ星を思い出そうとしても全く思い出せない。
それはそうだろう。だって、流れ星なんて一瞬で消えてしまうし、全く音もしない。あんなものたとえ見たとしても、全く見た実感がない。
でも、流れ星は空に存在している。
では、どうすれば流れ星を僕たちの記憶に刻みこむことが出来るか?
・・・・
雨が降っていたらどうするか?
どうするもなにも、まずは傘を開くでしょう。
雨が降ったら傘を開く。
雨=傘を開く
つまり、傘を開くことは雨が降っていることを意味する。
例えば、窓から外を見たとき雨が降っているかどうか分からなかったら、歩行者が傘をさしているかどうかを見るでしょう。(水たまりを見る方法もあるけど)
傘というメタファーを通して流れ星の存在をもっと強く実感できるのかもしれない。
流れ星が流れる ー> 傘が開く
流れ星を雨に変換し、傘を通して実感する。
また、雨には何だか悲しい感情を抱くことで、流れん星にもある種の悲しさが表現される。
一瞬で消えてしまう流れ星、光り輝く閃光が如く。
ここに、悲しさをブレンドさせることで記憶に強く刻み込まれる。
今日のバイトで、
「傘と衛星をつなげるためにはどうしたらよいか?」
というよくわからない質問からこんなことを妄想していた僕です。
では




