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Danas je lep dan.

2008-08-22 彼らは何故戦ったのか

[][]占守島の戦いで,北海道が救われた訳ではない

 先日は終戦記念日だったが,8月15日以降も戦闘は行われていた。8日に突如対日参戦したソ連軍との戦闘である。

 ソ連軍は「満州国」侵攻後,千島・南樺太に侵攻した。11日,ソ連軍は樺太国境を越え,古屯で日本軍と交戦,19日に真岡,25日に大泊・豊原を攻略し,南樺太はソ連占領下に置かれる。

 いっぽう千島では,18日に最北端の占守島にソ連軍が現れ,21日まで日本軍と交戦,その後,31日に得撫島まで到達した。

 ところで,現在,一部で「占守島で日本軍の守備隊が勇戦したからこそ,北海道分割は免れたのだ」という論がある。例えば,

 語られることのない占守島の戦い 〜終戦後に日本を守った兵士達〜 − アジアの真実

[……]しかしこの占守島で苦戦したソ連は北海道まで到達できず、北海道北部がソ連に占領されることはなかったのです。

 占守島の戦い(北海道分断を阻止した日本軍最後の大勝利) − 徳島の保守

 もし、占守島守備隊の勇敢な防衛戦闘がなければ、ソ連軍は8月23日より前に侵攻、北海道の分断という悲劇を我々は味わっていたと思われます。

 のような感じで。

 一見正しいように思えるけれど,実はこれには根拠がない。占守島守備隊の勇戦はソ連軍から北海道を守らなかった。

 何故か? そもそも,得撫島以北の千島に侵攻した部隊と,北海道占領を予定していた部隊は別だからだ。

 それについて話す前に,まずは,ソ連側でどのように「北海道占領」が計画されたか,を,ボリス・N・スラヴィンスキーというロシア研究者の研究*1に依って見ていく事にする。

 北海道占領問題がソ連首脳部の間で討議されたのは,1945年6月26・27日だった。その席で,第1極東方面軍司令官K・A・メレツコフ元帥は北海道占領を提案する。フルシチョフもそれに賛成した。

 いっぽう,モロトフ外相,ヴォズネセンスキー元帥,ジューコフ元帥らは反対する。モロトフ外相は述べた。「ソ連軍の北海道上陸は,連合国によってによって乱暴なヤルタ協定違反と糾弾されるであろう」と。二人の軍人は,軍事的見地から反対した。「強力な防衛線を敷く日本軍の攻撃のもとにソ連軍を『曝す』べきではない」とヴォズネセンスキーは述べた*2

 結局スターリンは,作戦遂行の準備ができている事を確認するに留める。彼が北海道占領を決意するのは,対日戦開始後であった。彼はトルーマン大統領に手紙を送り,千島と北海道北部の日本軍をソ連軍に対し降伏させるよう要請した。

 「周知のとおり,日本は,1919年から21年にかけ,ソ連の極東全体を占領下に置いた。もしロシア軍が日本領を占領しないとすれば,ロシアの世論は大いに憤激するであろう」*3

 トルーマンは,スターリンを欧州での会議の経験から全く信用していなかった。ゆえに彼は,ソ連軍が千島を占領する事は認めたが*4,北海道はマッカーサーが占領すると譲らなかった。

 スターリンはこの圧力に屈した。トルーマンの強硬な反対を押し切るだけの力はまだ彼らにはなかった。極東方面の総司令官A・M・ヴァシレフスキー元帥は,既にメレツコフ元帥,ノヴィコフ空軍元帥らに北海道占領の準備をさせ,部隊を樺太に集結させていたが,ワシントンの頑なな姿勢を前に,作戦を中止せざるを得なくなる。8月22日,ヴァシレフスキーは次のような暗号電報を発した。

 「千島列島において降伏する用意があるという日本側の声明に関連して,北海道を避けて,第87狙撃兵団の先兵をサハリンから南千島諸島(国後島および択捉島)へ輸送することができるかどうかを検討するようお願いする。遅くとも8月23日の朝までにこの件についてどう考えるかを本官にお知らせ願いたい」*5

 かくしてソ連軍は北海道を占領せず,南樺太・千島を占領して今に至る。

 さて――ここまで書けばおわかりかとは思うが,ソ連軍の意志決定において,重要視されたのは千島での惨憺たる光景ではなくアメリカの意志だった*6

 次に,占守島についても見てみよう。戦闘の経過はWikiの記事を見て貰えばいいが,確かに占守島守備隊は勇戦した。両軍の兵士の勇敢さは特筆に値する。だが,そもそも戦う必要性があったのか? となると,首を傾げざるを得ない。

 既にポツダム宣言受諾は全軍に伝えられていた。ソ連参戦も知らされていただろう。ソ連軍がいずれ武装解除に現れる事を想定できなかったのだろうか? それとも,千島が失陥したら次は北海道だ,との恐怖があったのだろうか? 後者だとしたらそれは悲劇だ。

 何故ならば,先述したように,得撫島以北の千島を占領する事になっていたのは,カムチャツカ半島から出立した部隊――カムチャツカ防衛区の諸部隊,ペトロパヴロフスク海軍基地の艦艇――であった。そして,択捉島以南の千島は,南樺太に侵攻した部隊――第1極東方面軍第87狙撃兵団,第2極東方面軍第113狙撃旅団北太平洋艦隊の艦艇――が攻略する事になっていたのである。

 極東ソ連軍は,まず要塞化された占守・幌筵両島を攻略し,その後北・中部千島を占領,そして南樺太からやってきた部隊で南千島(所謂北方領土)を攻略する事を目論んでいた。

 つまり,どの道,ソ連軍は得撫島で反転していたのである。占守島の勇戦とは関係なく,予め定められた作戦行動として*7


 上で書いた事を纏めると,

・ソ連軍はいずれ得撫島で反転するつもりだった

・ソ連が北海道占領を諦めたのはアメリカの強硬姿勢のためだった

 という事が言えると思う。

 一部の右派,例えば自由主義史観研究会などは,占守島の戦いを「意義があった」としている*8。確かに,彼らの死を「無駄死に」と思いたくない気持ちはわかる。けれど,やはり事実を見つめ直すべきなんじゃないだろうか。彼らの死が「無駄死に」となってしまった事実を直視し,二度とこのような事が起きないよう最善を尽くす。それが,国のためと信じて死んでいった彼らの死を無駄にしない方法なんだと,ぼくは思う。

 占守島と幌筵島の占領という千島上陸作戦の最初の段階はこうして終わった。この作戦は日ソ両軍の間の激戦を伴い,最も流血の多いものであった。日本とロシアの歴史学者は一度ならずこの戦闘経緯に立ち戻り,次のように問いかけるにちがいない。「戦争が既に事実上終了し,日本の無条件降伏文書が公式に署名される日を指折り数えて待つ状態にあるとき,双方が膨大な人的・物的損害を出す軍事的・戦略的必要性がどこにあったのだろうか」*9

*1:ボリス・スラヴィンスキー著,加藤幸廣訳,木村汎解説『千島占領――一九四五年 夏』共同通信社,1993。

*2:前掲書,pp.160-161。

*3:前掲書,pp.65-66からの孫引き。漢数字はアラビア数字に改めた。以下同じ。

*4:トルーマンは,ソ連軍が占領すべき場所のリストに千島を「うっかり」入れ忘れるというような事もやっていた。

*5:前掲書,p.78からの孫引き。

*6:ソ連軍が人命を軽視していた事は有名。

*7:ソ連軍の水先案内人を務めさせられた水津満少佐は,ソ連軍が得撫島で反転するのを見た。彼が問い質したところ,「あそこから先はアメリカの管轄だ」と言われたという。これはソ連が当時択捉島以南を本来の日本領と見なしていた証拠だ,とする解釈が大勢を占めている。

*8平成19年度自由主義史観研究会全国大会レポート/授業案 占守島の戦い − 自由主義史観研究会

*9:前掲書,pp.122-123。

北海道人北海道人 2009/07/19 07:15 もしも、不法に上陸進攻して来たソ連に、ただ投降していたら、日本の女性約500名は凌辱、惨殺されていたと思われます。
帝国軍人が再び武器を取り、戦ったからこそ、女性達を帰すことが出来ました。目の前で日本女性が凌辱されて、黙って見て居られる筈は有りません。命をかけて戦った彼らこそ、誇るべき日本人、帝国軍人です。

MukkeMukke 2009/07/19 20:42 北海道人さん>
そうですね,占守島にいた女性たちを逃がしたことは賞賛に値します。

けれど,彼らは北海道を守ったわけでも何でもなかった。これが,当エントリの趣旨です。

KEIKEI 2009/08/17 17:38 ソ連は初めから北海道を占領するつもりだった。
途中で計画変更するなんて軍事的にはありえない。戦闘には兵站というものがある。

ソ連の策略の第1段階はサハリン、千島を制圧し北海道へ挟撃できるようにすること。
第2段階は戦争による米の損耗が大きいことを考慮し、第1段階による千島、サハリンからの侵攻の圧力をかけ
優位な立場で米と北海道の交渉をすること。

しかし第1段階で千島侵攻部隊は大打撃を受け、北海道への挟撃は不可能となる。
第2段階に移行するも、挟撃ができない状態では武力による圧力が弱まり失敗、ソ連は撤退に至る。
米も疲弊しており可能な限り戦闘はしたくないため、すでに占領されている千島、サハリン、及び無断の侵攻は不問にした。

ソ連が初めから米の意向を気にするなら違反を犯してまで侵攻するはずがない。事前に通告するはずである。
そうすれば何千人ものソ連兵が死ぬこともないのだから。しかし通告しても米が許可するはずがない。
だからソ連はアメリカを出し抜き、北海道侵攻の圧力をかけられる状態にして千島、サハリン、北海道の分割を狙う策略に出た。
その初期段階の占守で予想を超える被害を出させ、その後の計画を潰した士魂部隊を始めとする防衛部隊は
ソ連の実際の策略を知らなくとも、北海道を守ったと言うに事足りる成果を挙げたと言える。

交渉の際、プロが本音を出すことはない。特に軍事の場合は常にダブルスタンダードであることを念頭に判断しなければならない。

MukkeMukke 2009/08/17 21:53 KEIさん>
>途中で計画変更するなんて軍事的にはありえない
軍事的にはそうでも,政治がそれを要請する場合だってあります。現代戦では明らかに不合理な徴兵制を,ドイツが未だに採用しているように。

>ソ連の策略
失礼ですが,この「ソ連の策略」というのは,どのような研究に基づいて実証されているのでしょうか? 文献などを提示願えたら幸いです。

むとれむとれ 2009/08/17 23:15 スターリンは、日本の正式降伏調印までに北海道北部の軍事占領を既成事実化したかった。
8月18日にトルーマンからスターリンに、北海道北部はソ連には渡さない旨の書簡が届いていますが、スターリンはそれに対する返事を22日までしていません。
それまで北海道侵攻作戦を捨てていませんでしたが、22日の時点で北海道侵攻の作戦基地となる樺太南部の占領は完了しておらず、千島にしても幌筵島以南は手付かずでした。
それでスターリンは北海道侵攻を断念し、満州と千島で穴埋めしようとした。
満州での資産没収とシベリアへ60万人強制連行は北海道北部占領断念の代償であるとロシアの研究者の多くがそう言っているそうです。
実際、北海道を断念したのはトルーマンの拒絶と米軍と戦いたくないというのが大きい理由だと思います。
でも、樺太の88師団、占守島の91師団の奮闘により正式降伏調印までの既成事実化が困難になったというのも理由のひとつだと考えます。

MukkeMukke 2009/08/20 21:57 むとれさん>
>満州での資産没収とシベリアへ60万人強制連行は北海道北部占領断念の代償であるとロシアの研究者の多くがそう言っているそうです
それは浅学にして初耳です。よろしければソースをお教え下さい。

>樺太の88師団、占守島の91師団の奮闘により正式降伏調印までの既成事実化が困難になったというのも理由のひとつ
なるほど,そういう見方もできるかもしれないですね。

kouichikouichi 2009/11/03 06:29 >そもそも戦う必要性があったのか? となると,首を傾げざるを得ない。
>占守島にいた女性たちを逃がしたことは賞賛に値します。

矛盾してますよね。
意味がある戦いだったとご自身で仰ってるじゃないですか。
北海道がそれで守られたかどうかが問題だ、という逃げは卑怯ですよ。
「無駄死に」だとはっきりエントリに書かれているじゃないですか。

また、結果的にそうなっただけで、彼らがその状況下でどのような情報を得られたのか、それも分かりません。緊急時、現場での判断が大きく働いたのも事実でしょう。
安全な立場、戦後を漫然と生きる私たちは、後からなんとでも言えます。歴史的事実を数多くの文献から参照し「この行為は正しかった、間違っていた」と判断できます。
彼らにそれができましたか?

MukkeMukke 2009/11/03 21:14 kouichiさん>
>北海道がそれで守られたかどうかが問題だ、という逃げは卑怯
そもそも最初から僕はそこを問題にしているわけで。

>彼らがその状況下でどのような情報を得られたのか
戦争は既に終わっていました。無論,当時の彼らがソ連の部隊編成の情報を知り得たはずはありません。彼らの死を貶める意図もない。ただ結果として,彼らの死は「北海道を防衛する観点からいえば」無駄死にに終わってしまった,というのがこのエントリの主旨です。

「彼らは北海道を守った」などという主張をするひとがいなければ,僕は上のような主張をしていません。彼らの死が無駄死にであって欲しくないという気持ちはよくわかるのですが,そして彼らが勇敢に戦ったことも何ら否定しませんが,結果として上述の観点からみるのならそれは無駄死にであった,と言っているのです。「民間人保護」という観点からみれば,また別の結論が導かれるのかもしれません(僕は,占守島にいた民間人について詳しいことは知らないので,その論は別のひとに任せます)。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/23 21:26 >Mukke さん
>結果として上述の観点からみるのならそれは無駄死にであった

占守島での日本軍の反撃でソ連軍に大打撃を与えて、それがスターリンをして北海道占領に相当のプレッシャーを与えたと聞いております。
また生き残った日本人兵士にしても、その後シベリアへ抑留されその殆どは戦後祖国の土を踏めなかった。
そうであれば占守島での戦闘で亡くなったことが果たして無駄死にと言えるのでしょうか?

私なら陵辱される日本の婦女子を見て見ぬふりするより闘って死ぬ方を選びますが、貴男はどうですか。

MukkeMukke 2009/11/24 20:20 マサオちゃんさん>
>占守島での日本軍の反撃でソ連軍に大打撃を与えて
本文をお読み下さい。

>その後シベリアへ抑留されその殆どは戦後祖国の土を踏めなかった
それがこのエントリの主旨と何の関係が?

>婦女子を
どうして自分が引用してるコメント読まないんですか。あなたが引用した箇所の直後にちゃんと書いてあるでしょ。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/25 00:17 >それがこのエントリの主旨と何の関係が?

大いに関係があるではないですか。
あなたは結果的に占守島で反撃して戦死したのは無駄死にと仰ってるのですが、闘わずとも抑留され亡くなった。
戦って軍人の責務である日本の民間人を無事安全圏へ逃がすことができたわけで無駄死にではない。

であるから
>彼らの死が「無駄死に」となってしまった事実を直視し,二度とこのような事が起きないよう最善を尽くす。

ではなくて又再びこのような事態となれば再度軍人として本分を全う(反撃)すべきなのです。

>どうして自分が引用してるコメント読まないんですか。あなたが引用した箇所の直後にちゃんと書いてあるでしょ。
”ちゃんと”どの様に書いてあるのですか?

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/25 00:28 >ソ連軍の意志決定において,重要視されたのは千島での惨憺たる光景ではなくアメリカの意志だった*6。

どうしてこのような結論が導かれるのか?
占守島での日本軍の反撃が凄まじいものでなければ、米国の意思がどの様なものであれ速やかに北海道占領に向かったでありましょう。これなんぞ早いもの勝ち、占領という既成事実をつくれば米国といえどもそれをひっくり返すこと能わずです。

MikaguraMikagura 2009/11/25 02:35  とりあえず少し気になった事を。

>二度とこのような事が起きないよう最善を尽くす。
>ではなくて又再びこのような事態となれば再度軍人として本分を全う〜
 別にこの二つは対立しませんよね。
 政治家と国民(もちろん軍人も)は二度とこのような事態がおこらないよう最善を尽くす。
 軍人は、それでもこのような事態になれば戦わざるを得ない、という話であって。

>ソ連軍の意志決定において,重要視されたのは千島での惨憺たる光景ではなくアメリカの意志だった*6。
>どうしてこのような結論が導かれるのか?
>占守島での日本軍の反撃が凄まじいものでなければ〜
 何を根拠にそう主張されているのでしょうか?
 基本的に当時のスターリンはアメリカに強力な軍隊と、特に核兵器が存在する事を非常に恐れていました。
 スターリンが、北朝鮮(金日成)に対して自重を促したのも、アメリカによる介入を強く警戒した為なのは有名な話です。対する日本軍の勇戦が〜という主張には『根拠』がありません。

 北海道侵攻を諦めさせたのはアメリカからの圧力ではない、占守島守備隊の勇戦だ、との主張が成立するには、そもそもソ連が、日本軍守備隊の反撃(による損害)が、アメリカとの決定的対立よりも大きな損害を自国にもたらすと考えた筈だ、という事になります。

 アメリカとの決定的対立を一顧だにしない政府が、日本軍によってもたらされる損害によって侵攻作戦を中止するのですか?
 当時日本に残されていた戦力を考えてみて下さい。どう考えてもそれは無いでしょう。

MukkeMukke 2009/11/25 21:05 マサオちゃんさん>
>民間人
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20080822/1219404745#c1257250483
で,
>結果として上述の観点からみるのならそれは無駄死にであった,と言っているのです。「民間人保護」という観点からみれば,また別の結論が導かれるのかもしれません
と書いています。ちゃんと読んでください。

>ではなくて又再びこのような事態となれば再度軍人として本分を全う(反撃)すべきなのです
? 意味がわかりません。われわれは再び軍人にそのような無駄な戦いをさせぬよう必死の努力をすべきだということを言っています。誰も「軍人は無駄な戦いをすべきではない」なんて言ってない。だいたい僕は軍人じゃなく,軍人を死なせる側(=主権者たる国民)のポジションに立って話しをしています。

>米国の意思がどの様なものであれ速やかに北海道占領に向かったでありましょう
あ,ひょっとして本文読んでないんですか? 占守島に向かった部隊と北海道占領が予定されていた部隊は別だったんですけど。というか,そう言い切るからにゃあ根拠があるんですよね? ロシア史の分野でも国際政治史の分野でもいいので研究書,研究論文,或いは研究動向報告に基づいた立論をどうぞ。

Mikaguraさん>
フォローありがとうございます。遺族の感情として,「あれは無駄死にではなかった」と思いたい気持ちはよくわかるのですが,一方で,そうやって結局は無駄に終わってしまった死(そもそも「大東亜戦争」じたいが壮大な無駄死にの生産工場だったわけで)を美化して実態から目を背けることは誰のためにもならないと強く信じます。無駄死にになってしまったことを直視して,二度とこのような死が出ないよう,しっかりと情勢を見極めて外交・国防をしていくことこそが,死者への何よりの鎮魂ではないかと。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/25 21:57 Mikaguraさまへ

>別にこの二つは対立しませんよね。
>政治家と国民(もちろん軍人も)は二度とこのような事態がおこらないよう最善を尽くす。
>軍人は、それでもこのような事態になれば戦わざるを得ない、という話であって。

論文には「彼らの死が「無駄死に」となってしまった事実を直視し」というのがありますね。
これが問題であるから私の意見を述べているのです。


>スターリンが、北朝鮮(金日成)に対して自重を促したのも、アメリカによる介入を強く警戒した為なのは有名な話です。対する日本軍の勇戦が〜という主張には『根拠』がありません。

米国の民主党政権内の中枢には日本と同じくソ連のスパイが潜り込んでいましたから、ソ連にはそれこそ当時米国が所有する原爆の情報など筒抜けであったことでしょう。
広島と長崎に投下した後はもう原爆はなかったのではありませんか。
金日成に対して自重を促したとはいっても、それは後年のことであり、日本の敗戦直後ではなかった。


>北海道侵攻を諦めさせたのはアメリカからの圧力ではない、占守島守備隊の勇戦だ、との主張が成立するには、そもそもソ連が、日本軍守備隊の反撃(による損害)が、アメリカとの決定的対立よりも大きな損害を自国にもたらすと考えた筈だ、という事になります。

??意味がわかりません。
占守島にソ連が侵攻し、スムースに占領したのであれば余勢を駆ってすぐさま北海道本土へ向けて進軍、侵攻していったことでしょう。
スターリンとしては日本軍は武装解除して、さして抵抗があるとは思ってなかったはずです。
あなたが「当時日本に残されていた戦力を考えてみて下さい。どう考えてもそれは無いでしょう」と述べられているように。
米国だって日本本土進駐の際にも同様に日本の軍人、軍属、民間人による抵抗を極度に恐れていたんですよ。

それに対して日本軍による思わぬ反攻です。
初戦の占守島で戦力、時間を浪費させられ、更に広い北海道本土での日本軍の反撃を考えるとどうなるか。
スターリンとしてはノモンハンの悪夢が頭をよぎったことでしょう。

兎に角北海道制圧、占領に時間が掛かっては米軍との小競り合いが始まり、成功しない。
北海道制圧が成功するかどうかは時間との闘いです。
8月末になってやっと米軍の先遣隊が札幌に到着しました。
本隊は10月4日函館、10月5日に小樽から上陸しました。
スターリンは時間との闘いのプレッシャーに負けたのです。

他国特にアメリカからの圧力があっても、それに逆らったがために直ぐに全面戦争になることはない。
それでは、世界の各地に全面戦争がのべつ幕無しに勃発しまくるはずですよ。
もし米軍に多少の原爆があったとして、それを使用すれば全面戦争に突入する可能性はあります。
しかし対日戦を終えた直後です。
ソ連にしろ、米国にしろその後の戦争継続のプランが作成されていたとは到底思われません。


>アメリカとの決定的対立を一顧だにしない政府が、日本軍によってもたらされる損害によって侵攻作戦を中止するのですか?

私の能力では上記文章理解できません。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/25 22:11 Mukkeさま

>われわれは再び軍人にそのような無駄な戦いをさせぬよう必死の努力をすべきだということを言っています。

わたしは占守島の軍人はその本分を全うしたのであるから無駄な戦いではありませんと言っておるのです。


>占守島に向かった部隊と北海道占領が予定されていた部隊は別だったんですけど。

部隊が別であったから、どうだって言うのでしょうか。
この二つの部隊が全く独立して動くわけがないではありませんか。
占守島で日本軍との戦闘があったこと、しかもその反攻が凄まじかったこと、この情報が入れば当然の事ながら北海道占領軍にも影響が及ぶのではないですか。

ハンニバルハンニバル 2009/11/25 23:45 横レス失礼します。
>マサオちゃん氏
アメリカにソ連のスパイが入っていたから、ソ連はアメリカにはもう原爆が無いことを知っていたはずだというのは、あくまでも推測ではないでしょうか。実際にトルーマンのがソ連の北海道占領を強く拒絶したのは有名な話です。それにMikagura氏およびMukke氏が言うとおりで、占守島の反撃だけで、ソ連が北海道を占領することを断念したとは思いません。そもそも、当時の日本は戦争末期、かなり弱っていたわけであって、だからこそソ連は日ソ中立条約を破って、日本に侵攻したわけです。そんなソ連が占守島の反撃だけで、北海道占領をあきらめるのか。占守島と北海道では領土的な重要度がまったく異なります。それに当時の日本相手なら、やすやすと北海道占領までこぎつけると考えてもおかしくありません。そのような条件があったにもかかわらず、北海道占領をあきらめたのは、戦争でかなりの犠牲が出たために余力のない状態で、経済的にも軍事的にも他をぬきんでているアメリカと対立をするのをさけようとしたのが最大の理由と考えるのが妥当でしょう。たしかにアメリカは対ソ連の戦争プランは立てていなかったでしょうが、第二次世界大戦後も、アメリカは国力を十分に保っていたのです。全面戦争がすぐに起こるとは考えなくても、国土が荒廃しているソ連がアメリカと対立するようなことをして何の意味があるのでしょう。Mikagura氏が言いたいのはそういうことではないでしょうか。(あくまでも私の推測ですが)私は占守島での日本軍が勇戦したことは事実だと思います。そして、それは認められるべきです。しかし、だからといって占守島での日本軍の活躍を持って、ソ連が北海道占領を断念したことになるのかといえば、私はこれだけでは不十分だと思います。実証性を裏付ける事実や文書がもっと必要だと思います。

MukkeMukke 2009/11/26 00:04 マサオちゃんさん>
>それに対して日本軍による思わぬ反攻です
>初戦の占守島で戦力、時間を浪費させられ、更に広い北海道本土での日本軍の反撃を考えるとどうなるか
>スターリンとしてはノモンハンの悪夢が頭をよぎったことでしょう
失礼ですが,これはあなたの「想像」ではないのでしょうか? よろしければあなたの依拠した資料を教えてください。基本的に,研究書か研究論文あるいはせいぜい研究者の著した概説書ぐらいまでがこういう議論においては資料的価値を持ちます。

これは,
>この情報が入れば当然の事ながら北海道占領軍にも影響が及ぶのではないですか
という発言についても同様です。よろしくお願いします。

ハンニバルさん>
その辺は言い出すと水掛け論になっちゃうので,最終的には史料や研究に基づくほかないでしょう。それにのっとって,僕は,占守島の戦いは北海道を防衛したわけではなかった,と書きました。ロシアのアルヒーフから,実はソ連が北海道占領を諦めたのは占守島での莫大な損害があったからだ,という史料が発見されでもしない限り,おそらくこの結論は覆りません。当然のことながら,この議論は,個々の兵士が勇敢に戦ったことをまったく否定しません。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/26 01:07 ハンニバルさま>

ご意見有り難うございます。

Mukkeさま>

私は専門家でもなんでもありません。
従って一次資料を読みそれで事実!?を知り、歴史を解明してゆく力はありません。

ノモンハンに関しては結果的には日本が大負しましたが、それは最終的に大本営が増援部隊を送らなかったからでしょう。
スターリンの工作によって日本軍部、政府内のスパイを動かし北方のソ連侵攻を止めさせ南方に勢力を向けさせられたのではありませんか。(日本政府、軍部内のスパイの動向については三田村武夫著「大東亜戦争とスターリンの謀略」を参考にしています)
航空戦では日本が完全に制空権を取っていて、最後には日本の航空機が見えると敵戦は戦わずして逃げ帰ったと聞いております。
もう亡くなった方から聞いた話です。この類はそれこそあなたの嫌いな自由史観のサイトにもありませんでしょうか?
最近ソ連から出た資料から、当時のソ連軍の損害がきわめて大きかった。スターリンがこれに対して憤激したことはもう知られている事ではありませんか。

>この情報が入れば当然の事ながら北海道占領軍にも影響が及ぶのではないですか
>という発言についても同様です。よろしくお願いします。

特にこれと言った資料というものはありません。ネットで検索したものを読み自ら考えを述べているわけです。
当時のソ連軍はスターリンの軍隊です。逆らう者、優秀で危険と彼が判断した将軍は悉く粛正されましたから。
最終的にはスターリンの意向が決定するのではありませんか?

素人が自分の意見を書きそれで論争するのは拙いのですか?
是非この私をこてんぱんにして下さいませ。
勉強になりますので。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/26 01:49 人間の心理というものはその時の戦に大きな影響を与え引いては戦いの帰趨を決定することもありますね。

関ヶ原の合戦では圧倒的優勢の西軍が小早川秀秋の裏切りで脆くも崩れ去った。

日露戦争の203高地での戦いにおいて、乃木将軍が組織した三千人の白襷抜刀隊がトーチカ制圧に向かったのですが当然のことかもしれんませんが全滅しました。これは暴挙でしょうか?抜刀隊が出撃して約2ヶ月後に203高地は落ちました。
ソ連から出てきた資料によればこの抜刀隊の姿を見たソ連軍の指揮官は捨て身で攻めてくる彼らに言いようのない身の毛がよだつ恐怖を感じ、我々は負けるのではないかと思ったそうです。

また奉天会戦では有利な情勢であったにも拘わらず怖じ気をふるったのか、撤退していきました。

硫黄島での栗林中将の戦い、沖縄での日本軍の効果的な特攻を含めた必死の反撃は敵司令官ニミッツをして「あと一ヶ月この戦いが続けば我々は保たない」と本国へ打電させたのです。

戦いは多勢に無勢が全てではありません。
そこには心理という大きな要素が隠れているのだと実感しております。

MukkeMukke 2009/11/26 22:13 マサオちゃんさん>
>一次資料を読みそれで事実!?を知り、歴史を解明してゆく力はありません
ご安心を。僕にもそんな力はありません。一応ロシア語は少しわかりますが,到底現地のアルヒーフを渉猟し事実の全貌を把握するだけの力量はない。ですから研究者による研究の成果を読んで,少しでも正確な知識を得ようとしています。

>三田村武夫著「大東亜戦争とスターリンの謀略」
……このひと,研究者じゃなくて政治家ですよね。もしもそのひとの著書が歴史学界において信頼すべきものと見なされているのであれば,(たとえば『ロシア史研究』や『史学雑誌』に掲載されるような)書評なり何なりを示してください。

>ネットで検索したものを読み自ら考えを述べているわけです
…………

>素人が自分の意見を書きそれで論争するのは拙いのですか?
当たり前です,もしあなたが歴史について論じようとするのなら。「茶飲み話」ではなく,「論争」をしようというのなら。これがたとえば政治上の(政治学上の,じゃないですよ)問題,たとえば憲法改正とか教員免許更新制廃止の是非とか,そういう「正解が存在しない」分野についてなら許されることだと思いますよ。それが民主主義ですから。でも,歴史学には,「唯一絶対の正解」はないにしても「ある程度正しいと見なされている説」というのがあるわけで,そこで勝手に素人考えを持ち出されても困ります。無論,素人は黙ってろ,などと言うつもりはないです(僕だって素人みたいなもんですから)。にしても,せめて研究者の書いた本なり論文なりに依拠した意見を書いてほしいなぁ,と思います。

少なくとも僕は,ロシア側の研究者の研究に基づいた意見を書きました。日本人でもロシア人でもアメリカ人でも誰でもいいので,研究者の書いたものを読んで,そして考えてください。話はそれからです。

あと,日露戦争の時にソ連は当然ながらありません。まあイージーミスだろうとは思いますが,念のため。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/28 00:12 >……このひと,研究者じゃなくて政治家ですよね。もしもそのひとの著書が歴史学界において信頼すべきものと見なされているのであれば,(たとえば『ロシア史研究』や『史学雑誌』に掲載されるような)書評なり何なりを示してください。

あなたは他人の評価が出てないとその本の評価が出来ないのですか?
あなたはその本を読まれたのですか?

MukkeMukke 2009/11/28 12:17 マサオちゃんさん>
読まなくてもわかることというのは往々にしてあるもんですよ。まず,研究者でも,百歩譲ってジャーナリストでもなく「政治家」が書いた本ですから,内容は疑わしい要素が多分に含まれていると見なすべきです(政治家の言説分析をしたい場合には話は別ですが)。それと,そのひとの過去に書いた本の内容を見たら,まあ見るからに右の方の思想をお持ちの方だということがわかります。これもまた信用できるかどうか微妙です。あからさまな左の政治家がチベット問題について書いている本をあなたは信用できますか? と,そういうことです。

ですから,上のような条件がある以上,学界による保証がない限りぼくの目には「読む価値のない本」として映るのですよ。人生は有限なのですから当たり前のことですが,ぼくは本を読む前にその価値を確かめます。価値のなさそうな本をわざわざ読むのは時間の無駄以外の何ものでもない。で,事実関係の確定の上で最も価値のあるのが一次史料,あるいは研究者による著作です。そういう根拠はないんですか? と問うています。

マサオちゃんマサオちゃん 2009/11/28 14:27 いやいや、そうでしたか。
まぁ、占守島とはなんの関係もない本ですからね。
あなたの考え方を知ることが出来まして大変有り難く思っております。
ド素人は引っ込むに限りますね。

MukkeMukke 2009/11/28 22:15 マサオちゃんさん>
いえいえ,素人でもちゃんとした文献に基づけばいいのですよ。誰だって最初は素人なのですから。

素人02素人02 2009/12/04 05:34 私は何の研究もしてない素人ですがすこし書き込ませていただきます。
そもそもここの主催者さんはなぜ、「北海道防衛と占守島の戦闘は無関係」を
主張・力説しているのでしょうか?
後世の私たちが何を言っても
あくまで可能性を論じ合うだけでしかなく、水掛け論以上にはなり得ません。
占守島での戦闘は守備側有利に進み、
結果として(戦闘の結果との関係はなくとも)北海道は現在も日本領です。
もちろんアメリカの姿勢等、外交的要因が北海道を守った可能性もあります。
それと同様に、占守島の戦闘が北海道を守った可能性もあるわけです。
それら全てをひっくるめた要因が北海道を守った可能性もあるわけです。

このエントリの趣旨は、
>けれど,彼らは北海道を守ったわけでも何でもなかった。これが,当エントリの趣旨です。
だそうですね。また、
>「彼らは北海道を守った」などという主張をするひとがいなければ,僕は上のような主張をしていません。
ともおっしゃっています。
それならば直接、相反する主張を持つ方と意見を交えてみては?
それがやりたくてわざわざ文献を集め、意見をこの場で発表しているんですよね?
そうでないとするとあなたは『自分の意見をみんなに認めてもらいたい』人、
のようです。それは自由ですが、
その材料にするには占守島の件は時期尚早ではないでしょうか。

また、こういった形で不特定多数の方に自己の意見を発信するにしては、
『無駄死に』など不謹慎な発言が見られます。
占守島では実際に戦闘が行われ、人命が失われています。
その後の抑留の件も含めて多くの方が大変な目にあっています。

自分の主義主張を声に出す前に、もっと周りを見てはいかがでしょうか?

MukkeMukke 2009/12/05 19:35 素人02さん>
>直接、相反する主張を持つ方と意見を交えてみては?
ええ,ですから,相反する意見が存在するネット上に意見を開陳しています。

>無駄死に
そもそもこれってそんなに不謹慎な語彙ですか? たとえば,第2次世界大戦ではたくさんの若いドイツ兵が戦場に斃れ,東方領土に居住していた多くの人たちが故郷を逐われたわけですが,彼らの死は何か有意義なものでしたか? 違うでしょう。彼らの死は無駄死にに過ぎない。ヒトラーのアホな戦争さえなければ,彼らは平和に暮らしていられた。彼らの死を単なる「無駄死に」にしないために,ドイツは戦後周辺国との協調路線を採用してきました(これはドイツの立地条件的に周辺との協調がもっとも避戦に役立つからそうなったのであって,何が何でも周辺諸国と仲良くしろと言いたいわけではありません,念のため)。僕もそう言っています。彼らの死を美化して悦に浸っているだけでは,彼らは本当の無駄死にです。そうではなく,もう二度とあのような馬鹿げた戦争をしないために,彼らの死が無駄になってしまったことを直視しよう,と言っているのですけれど。

ぽこぽこ 2009/12/16 18:53 MuKKeさんの文章興味深く拝見させて頂きました。
>「民間人保護」という観点からみれば,また別の結論が導かれるのかもしれません
と上述されているので、私の結論を述べてみたいと思います。

占守島の守備隊が無駄死にと考える事自体がナンセンスであり、
ソ連軍が攻撃してきたから反撃しただけで、彼らは軍人の職務を遂行しただけに過ぎません。
「北海道占領部隊とは別だから、彼らの戦いは意味の無い無駄死にだった」と言うのは
現在だから言える事で、結果論でしかありません。
もし攻撃を受けた時点で降伏していれば無駄に人命が失われなかったのにとお考えでしたら、
残念ながらMuKKeさんが戦争とは何かを正しく理解していないのではと疑わざるを得ません。
ただMukkeさんが民間人の事を知らなかったのなら、無駄死にと書いてしまったのも致し方ないとは思います。
最後にもう一度述べますが、「占守島の守備隊は攻撃を受けたから反撃しただけであり、
同時に民間人を本土へ避難させるための遅滞行動をしていた」に過ぎません。
そこには自らの史観や感情を入れる余地の全くない、純軍事的行動です。
ソ連が北海道占領を諦めたのはアメリカの強硬姿勢が理由と言う点は同意しますが、
彼らの名誉のために無駄死にでは無かったと述べておきます。

MukkeMukke 2009/12/19 20:57 ぽこさん>
>攻撃を受けた時点で降伏していれば無駄に人命が失われなかったのに
現に,占守島の守備隊は上層部からの停戦命令を受けて最終的にはソヴェト軍に降伏しています。そして当時日本の終戦は(ソヴェトが連合国に加わっていたことも含めて)知らされていました。ソヴェト軍が降伏勧告もなしに攻撃してきたのだとすれば,咄嗟の反撃も致し方ない結末だったのかもしれませんし,ソヴェトに降伏しても抑留という結末が待っていたことを思えば,「降伏すれば良かった」などというのは言うのに躊躇する言説ではありますが,それでも言わざるを得ません。無論これは民間人を度外視しての話です(そもそもどうしてここで繰り返し民間人の話が出てくるのかがよくわかりません。これは最初から「北海道防衛」についての話です)。

モンモンモンモン 2009/12/31 01:13  話の論点からちょっとそれますが失礼します。

 Mukkeさんは実際に自分の命を懸けるような現場や命の危機を感じるような現場で活動したことがありますか?

 凶悪犯が一般市民に害をなそうとすれば、警察官は体を張って守ります。

 火事場で今まさに炎に包まれそうな人がいれば、消防士は命がけで救出に向かいます。

 ソ連の計画はどうであれ、占守島の部隊の方々も今まさに国籍不明の軍隊が国土に上陸してくる場面に遭遇して、祖国を守るため職務を遂行しただけと思います。

 彼らの死が無駄死にと思うのであれば、公安職や消防団などに入団して少しでも危険と隣り合わせの業務を経験した後に語るべきであると思います。

 現場を知らない机上で話をしているあなたこそ、過去の大戦の無能な司令官、参謀のようですよ。

MukkeMukke 2009/12/31 10:56 モンモンさん>
もう僕の考えは上で書いたんで繰り返しません。

けいけい 2010/01/04 18:32 ここで一番違和感があるのは
>占守島の戦いで,北海道が救われた訳ではない
という題目じゃないですかね。
無論この戦いだけが要因ではありませんが、この戦いの結果も多かれ少なかれ要因の一つではあるわけで。
全く大した影響の無い戦いならソ連の政府機関紙が大々的に報じるわけありませんし。
せめて、占守島の戦いだけで北海道が救われた訳ではない
なら良かったんじゃないですかね。まぁそれだとこの内容とそぐわないですけど。

また結論を無駄死にで片付けたのは好ましくなかったですね。

戦闘に意味があったか、無駄死だったかどうか決めるのは結局後世の人間の価値観ですからね。
命が最上のものであるという価値観で判断すれば、なんでも無駄死にになりますし。
逆に命より大事なものがあって死んだのならそれは無駄死にではなくなりますし。

例えその部隊がが北海道に侵攻するつもりが無くても、
こちらにその情報も確信もない状態であるのであれば
最悪の状態を想定して行動した。
あなたは結果的に北海道防衛には繋がらないから無駄と思っても
最悪の状況を想定して行動したこと自体に価値があると判断する人間も大勢いる訳で。
そこを分けて無駄死にかどうかを論じることは出来ないでしょう。

そもそも無駄死にかどうかを北海道防衛に繋がるかかどうかという観点だけで判断するのは
非常に狭すぎる思いますし、その観点だけで見ても意味が無いように思えます。

生命至上主義者の見解としては無駄死にであったと思う、というなら良かったと思いますが。

客観的に史実を述べるときに
価値観、死生観に大きく左右される単語を使用するのは間違いでしたね。

MukkeMukke 2010/01/07 22:15 けいさん>
>占守島の戦いだけで北海道が救われた訳ではない
なるほど,確かにソ連の政治指導者の胸中がわからない以上,こうした方がより正確だったかもしれません。

>客観的に史実を述べるときに
>価値観、死生観に大きく左右される単語を使用するのは間違いでしたね
冷静なご指摘,ありがとうございます。少し頭も冷えましたが,1年以上昔の記事なので今更手を加えようとも思えません。ご忠告には感謝いたします。

士魂士魂 2010/04/15 21:20 侵略する為にソ連は侵攻してきたのです、竹島や尖閣諸島もそうですがじりじりと寄っては相手の様子を伺いどんどん奪っていくのが侵略者の手口です。

MukkeMukke 2010/04/16 19:39 士魂さん>
本文読め☆

名もない軍属名もない軍属 2010/07/06 20:24 はじめまして。興味深く拝読いたしました。占守島の戦いは戦う必要はなかったと仰いますが、執筆者さまは後で詳細を知ったのであって、当時の守備隊の心理はどうだったでしょうか。人間とはおよそ、その時点でいちばん適切だと思う選択肢しか選びようがないものではあるまいか。あらかじめ結果がわかっているのなら、そもそも大東亜戦争は起きなかったろうし、この世の中から失敗というものは存在しないと思います。

ひまわりひまわり 2010/07/07 17:37 優れた分析に感謝します。
考える事、それが進歩だと思います。

MukkeMukke 2010/07/10 21:57 名もない軍属さん>
>当時の守備隊の心理はどうだったでしょうか
誰もそんなの問題にしてませんから。ちゃんと読んでくださいね。

ひまわりさん>
すぐれた分析も何も,基本的に参考図書の引き写しですから……

サヨきんもー☆サヨきんもー☆ 2010/08/03 01:43 >ソ連軍がいずれ武装解除に現れる事を想定できなかったのだろうか?

真夜中に大軍上陸させてくる武装解除があるかよwww
マジでアホすぎる。まず常識を身に付けようね☆

サヨきんもー☆サヨきんもー☆ 2010/08/03 02:07 そもそも日本軍は武装解除の準備をしていた。
このことは、君の目が節穴なだけで、多くの資料で明言されてる。

使者を派遣すればすむだけのところに、
夜中にこそこそ軍隊を上陸させて撃ちかけたら、
殴り返されるのは当たり前。

このことも公式に何度も繰り返されている言葉だが、
占守島の戦いは、いきなり不当な戦闘をしかけてきたロスケに対する、
「自衛戦闘」=自らを衛るため、自分のために戦ったわけ。
だからどっかの無駄に生きてる無知、無能、チキンのサヨクに、
無駄だの有益だの判断してもらう必要はない。

>1年以上昔の記事なので今更手を加えようとも思えません。

この突っ込みどころ満載の記事を一年以上もさらしてるのかww
厚顔無恥っぷりには感服するわwww
でも大人しく直したほうがいいと思うよ☆

MukkeMukke 2010/08/05 23:36 サヨきんもー☆>
>武装解除
ああ,確かにその辺はこちらの書き方が拙かったね。失礼した。武装解除の準備をしていなかったかのように書いたのは手抜かりだし,まあソ連軍の対応もアレだったわな。でもちゃんと読もうよ。俺が論じてるのは「後者」の場合だぜ?

>でも大人しく直したほうがいいと思うよ☆
え,だって米欄でちょくちょく訂正が入ってんだから別に本文弄らなくても良くね。俺の趣味に合わん。だがきみのようなひとがやってくることを考えると直した方が良いのだろうかとも思えてくる。

あと,俺は左翼じゃないから。右翼だから。どちらかといえば。

竜 2010/08/20 23:17 みんなー落ち着いてーυ

a-boya-boy 2010/08/23 21:24 しかしまあ、実効占領とは怖いもんだな
いくら条約文を作っても守らない国に囲まれているからね

エントリの流れを追っていくと
1.「占守島で日本軍の守備隊が勇戦したからこそ,北海道分割は免れたのだ」というのは根拠がないから正しくない
2.得撫島以北の千島に侵攻した部隊と,北海道占領を予定していた部隊は別
3.「北海道は譲らない」という米の意思に、スターリンは屈した
4.その結果、北樺太に集結した主力は南千島どまり
5.北千鳥までの橋頭堡確保部隊に日本軍は抵抗した
6.予定どおり宣言受諾すれば、武装解除に応じるんだし日本軍の抵抗は無駄(死に)
という要旨だと思うのですが、

1.3.6で纏めていれば一つの定見ではないかと
>・ソ連が北海道占領を諦めたのはアメリカの強硬姿勢のためだった
これは主要因として納得する人も多いと思います。というかよくある見解。

しかし
2.4.5は糊でくっつけた釣り針にしか見えない
>・ソ連軍はいずれ得撫島で反転するつもりだった
これってオカシクないですか?反転するつもりだったのはソ全軍ですか?
米ソ交渉や上陸時のソ軍編成を察知するエスパーは占守島に配置されていたの?

まあ、ボリス・スラヴィンスキーの考えを辿っているんでしょうが、
>「戦争が既に事実上終了し,日本の無条件降伏文書が公式に署名される日を指折り数えて待つ状態にあるとき,双方が膨大な人的・物的損害を出す軍事的・戦略的必要性がどこにあったのだろうか」
もっともな反省したければどうぞ、なんだけども
>彼らの死が「無駄死に」となってしまった事実
とは過激だね

(ソ側から見て)戦略的主眼にあたらない部分で命の遣り取りがあったからって、
守備側にムダジニムダジニいうのもなんだかね。
現実、自分の伯母も引き揚げ時に亡くなったらしいから、敗残兵は即、武装解除せよなんてのも抵抗がある。
ソ相手に?条約発効前に?夜間上陸に?ありえん

もちろん、Mukkeさんは
>二度とこのような事が起きないよう最善を尽くす
w過程でこの視点にたったのだろうけどね。神視点だな、いろんな意味で

MukkeMukke 2010/08/27 23:02 竜>
はぁ?

a-boyさん>
確かに論点がちょっとごっちゃになってしまった面もあるのかもしれません。

>米ソ交渉や上陸時のソ軍編成を察知するエスパーは占守島に配置されていたの?
無論,占守島の守備隊はそんなことわからないでしょうから,本土を防衛する気持ちで戦ったんだと思いますよ。でもそれは結果的に無駄死にになってしまったのではないか,というだけで。

本人がどれだけ頑張ったところで,それが結果的に無駄なことだったというのはよくあることです。それを言い繕うよりも,潔く認めた方がいいんじゃないかというのがこのエントリの主旨なのですが。

千島ふうろ千島ふうろ 2010/09/10 17:22  敵の軍使が白旗を掲げて上陸してきたのなら別の方策もあっただろうが、撃ちかけてきたから応戦したま
で。
 心理的には、南方での戦況の厳しさのなか戦いのなかった焦りやもどかしさ。領土や同胞を守る使命感等
が熟慮の時間なく戦闘に突入したまでの話。
 無駄死にだったか、北海道を守ったのかなんて各人の思いでいいんじゃないの。
 頭部貫通銃創。昭和20年8月18日占守島において戦死。
 戦没者台帳に記載された伯父についての記載事項である。死後、妻は弟と再婚した。そして俺が生まれた。
 伯父の戦死がなければ俺の存在は無かった筈。その俺も伯父の年の倍は生きた。
 祖父母は言っていた。苦労して探した日本刀を軍刀に造り替えて送ったこと。下の弟が数ヶ月前に死んだ
とき、部下が羊羹をもって見舞ってくれた話。
 北海道を守ったか否かなんてどうでも良い。賛否両論などどうでも良い。8月18日の戦闘があった事
だけは事実なのだから。

MukkeMukke 2010/09/14 02:17 千島ふうろさん>
>無駄死にだったか、北海道を守ったのかなんて各人の思いでいいんじゃないの
最終的にはそういう話になりますね。史料と突き合わせると後者は無理のある解釈ですが,当時の将兵が主観的にはそう捉えて死んでいったことも紛れもない事実でしょうから。

千島ふうろ千島ふうろ 2010/09/14 19:22  ですね。祖父母も晩年には、戦死した息子が一番親孝行だなんて言って
ましたよ。その話には叔父とその奥さんなんて、とても嫌な顔をしてまし
たっけ。そうそう、伯父達は男ばかり4人兄弟で、上三人が戦死、次ぐ2
人が病死し、一人生き残った末の4男が祖父母の面倒を見てたわけで、見
かねた小生が「そりゃあ遺族年金はくれるけど、毎日の面倒を見る叔母さ
んたちだって大変じゃないのかい」と言ったら、よくぞ言ってくれたとい
う顔をしてました。3男の父も小生が2歳の時に死亡し、一番不幸だった
のは夫2人に死なれた我が母なのかも知れません。
 父も伯父も達も20そこそこで死に、一人前になったと思うまもなく死
んでしまい、おまけに未亡人の母や成人しない末の息子。おまけに孫の私
をかかえてとてつもない苦労をしたようです。
 でも祖父母の晩年は結構幸せだったと思います。祖父は76歳、祖母は
96の天寿をまっとうしましたし、孫の私も家庭を持ち、私の子供、つま
りヒコの子守りを楽しんでおりましたから。
 貴下の主旨とは何ら関係ない話ではありますが、8月18日の戦闘の後
日談としてお知らせしたいと思ったまでの事です。
 それにしても小生は複雑な心境なんです。伯父の戦死が無ければこの私
の存在はあり得なかったこととなるわけですからねェ。

MukkeMukke 2010/09/14 23:16 千島ふうろさん>
どの将兵にも,あなたのご家族が辿ってきたような歴史がある。それを忘れないようにしたいと思います。コメントありがとうございました。

ふくろうふくろう 2010/11/22 19:42 かなり前のエントリなので書き逃げみたいで申し訳ないですが、エントリを全否定するようで悪いですが、北海道が彼らによって救われたか救われてないのかを追求する意味はないんですよ。
我々の先祖は、命を賭して戦って女性を守った。だからすごい!その子孫である我々もすごいはずだ!っていう普通の国なら当たり前の自国の賞賛の宣伝に使っているだけですから。

通りすがり通りすがり 2010/11/22 21:52 自国の女性を守った先祖もいれば、女子供を見捨てて逃げた先祖もいると思いますよ。
「だからすごい!」と賞賛される人々だけが我々の先祖なのではなく、正と負の両面をもった先祖と歴史を我々は持っている。
それこそが「普通の国なら当たり前」のことなのだと思います。

MukkeMukke 2010/11/23 20:53 ふくろうさん>
通りすがりさん>
多分ふくろうさんは,「だからすごい!」と言いたいのではなく,「『だからすごい!』と言いたい心理」を皮肉っているのだと思われます。その観点からいえば,確かにこのエントリは意味がないのかもしれませんね。

なまえ2なまえ2 2011/08/18 00:06 祖国のために戦って命を落とした人を無理にでも「無駄死に」呼ばわりしたい心性ってなんだろうね。反日極左に近いものがある。このエントリは本当に意味がない。

MukkeMukke 2011/08/26 23:25 なまえ2>
このエントリにはきみのようなバカが定期的に現れるんだよねえ(嘆息)。

こまどりこまどり 2011/09/21 16:00 戦時中無駄死にを強制された事実があったのは否定しませんが、あなたはなぜ占守島の闘いを
事例に選ばれたのですか? そのような事例なら他にもあるはずなのですが・・・。

kk 2011/12/10 05:13 コメント欄読んで笑いました。
日本の世論に反発することを書いたらコメント欄が炎上するのは当然では?。
特に「無駄死に」とか「犬死に」は禁句でしょう。
本文もおもしろく読ませて頂きましたソ連側の事情を把握した状態で読み解くと
別のものが見えてくるんですね。
>得撫島以北の千島に侵攻した部隊と,北海道占領を予定していた部隊は別。

これを書かれただけでも価値がありますと思います。

名無し名無し 2012/01/06 18:27 ようするに、無駄死にだったといいたいわけですね。確かに、無駄死にかもね。

名無しっぽい人名無しっぽい人 2012/04/03 22:13 無駄死にだとは思わない、根拠はないけど。

名無しっぽい人名無しっぽい人 2012/04/03 22:14 無駄死にだとは思わない、根拠はないけど。

春の手裏剣春の手裏剣 2012/04/05 08:05 Mukkeさん

たぶん初めまして。
先日、『8月17日、ソ連軍上陸す 最果ての要衝・占守島攻防記』(大野芳著・新潮文庫)というノンフィクションを読んだんですが、巻末に収録されている「文庫版あとがき」に、「氏名不詳のブログ筆者が“無駄死にだった”と書いていた」というような記述がありました(351ページ)。もしかすると、こちらのブログのことかもしれません。
この「文庫版あとがき」は、平成22年(2010年)5月22日に書かれたものだそうなので、コメント欄だと「名もない軍属」さんの投稿の辺りですね。
気が向いたら、立ち読みでもしてみてください。
私自身は、この本が非常に読みづらくてイライラさせられた(章の立て方を工夫したり登場人物の数を絞り込んだりすれば、もっと読みやすくなったはず)ということもあり、どうにも大野氏に共感する気にはなれないんですが。

あ、もうすでにこのブログ内のどこかで語られている話題なのに私が見落としているだけ、という可能性もありますね。その場合はスルーしてください。

MukkeMukke 2012/04/06 19:54 春の手裏剣さん>
おお,そんな記述が! ご教示ありがとうございます。チェックしてみますね。

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