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Danas je lep dan.

2008-11-15 要するに軸がないんでしょ

[]ぼくが歴史修正主義者だった頃

 以下のエントリを読んで,猛烈に自分語りをしたくなった。

 ちょっとした昔話 - 自由帳で数学とか物理とか

 ぼくは「気がついたら〜になっていた」という事の多い人間だ。気がついたらオタクになっていた。気がついたらユーゴに嵌っていた。そして気がついたら歴史修正主義者になっていた。

 ぼくにとっての「始まり」は,『戦争論』だったと思う。無論クラウゼヴィッツの方ではなく今ぼくが批判している小林よしのりの方だ。井沢元彦あたりを読んで,中学に入るか入らないかの頃には改憲論者になっていた,という事は憶えているのだけれど,いつ小林を読んだのかはよく憶えていない。

 高校三年の時。今は疎遠になったある友人から『嫌韓流』という本が面白いと勧められた。ぼくはそれを近所の諸点で立ち読みし,すっかり感化された。ぼくはその友人からも疎ましがられるような立派な嫌韓派になり(ネットに触れる事でますます急進化していった),今まで「サヨク教師」とやらに触れた事もないのに一丁前にサヨク批判をし出し(今ならわかる。それは「藁人形叩き」なのだと),友人に核武装慰安婦問題についての持論を得意げに語ったり,教師への突っ込みをしたりして悦に入っていた。

 ぼくが深く感謝しているのは,ぼくがどんな毒電波を撒き散らしていても,それにつき合い,おかしい点を批判し,それでもぼくとの交友を断たないでくれた友人,先生,クラスメイトたちだ*1。そして,ぼくの親。彼らがぼくを諫めてくれなければ,ぼくは胸の奥に欠片ほどの疑問を持つ事はなかっただろうし,ネットが世論のすべてだと勘違いするようになっていただろう。

 大学に入っても,しばらくは核武装論者で小林流の「真性保守」だった。ある時に軍事板常見問題を見て,徐々に解毒され,しばらくして核武装なんていう考えは捨てた。けれどぼくはまだ「ネトウヨ」のままだったと思う。そんなぼくにとって転機となったのが,コミックマーケット72の終了後に起きたひとつの騒動だった。

 コミックマーケット72、その批判への反論 - nasturtium

 この事件が契機で,ぼくは新風連と関わるようになり,そしてその過程で多くの人と知り合い,多くの意見を目にし,彼らのおかしさに気づいていく*2。彼らへの批判をたぐっていく内に,左派の人のブログを多く見るようになり(主にはてなの。はてなはやはり左派の牙城だ)*3,段々と自分の歴史観はおかしなものなのではないか? と思うようになっていった。それに止めを刺したのが以下のサイトだ。

 南京事件FAQ

 ぼくの信じていた「俗説」はこのサイトで木っ端微塵に粉砕された。学問的にどちらに分があるかは一目瞭然だった。そうして歴史修正主義を離れた後,過去のネトウヨ的言説が保存されているexciteに居続ける事に何となく抵抗を憶え,今年に入ってからはてなに移った。

 ぼくはこれらの経緯について,「洗脳された」とか「騙されていた」という言い方はしたくない。それらの考えはぼくの愚かさゆえにぼくに宿ったのであって,その責任は他者が負うべきではないと思うからだ。

 けれど,いっぽうで,歴史修正主義が詐術を用いている事も事実だ。ぼくにはそれが許せない。それをもって多くの人を欺こうとする事が。だからぼくはこれからも,かつてそれを信じてしまったのだという悔恨とともに,歴史修正主義を批判するだろう*4

 ……ここまで読んで下さった方。長々とつまらない身の上話を聞いて頂き有り難うございました。こんなダメダメなぼくですが,これからもよろしくお願いします。

*1:無論,高校という狭い空間で,いち個人との交友関係を絶つなんていうのは至難の業だ。けれど,彼らはぼくを嫌う事も,ぼくとの会話をシャットアウトする事もできたのに,ぼくと友人つき合いをしてくれたりぼくを指導してくれたりした。その厚情には幾ら感謝してもしきれない。

*2:だからぼくはある意味では新風連に感謝しているのだ。今ネット上で親しくさせて頂いている人たちは,彼らが引き合わせてくれたようなものなのだから。感謝の念をこめて今日もヲチさせて貰ってます。

*3:当時のぼくにとって,右派のブログよりも左派のブログの方が格段に面白いと思えたし,今でもそう思える。

*4:ぼくにとって幸運だったのは,アイヌ関連の歴史修正主義が出てきた時にはぼくは既に反歴史修正主義の立場に立つようになっていた,という事だ。

久間知毅久間知毅 2008/11/17 00:33 自分がどんな主張をしても、きちんと諌めてくれる存在は重要ですよね……。
私もそういう人がいて、本当に助かりました。あとは、科学リテラシー教育に力入れすぎな学校にもw

>ここまで読んで下さった方。長々とつまらない身の上話を聞いて頂き有り難うございました。

いえいえ。私も同じような境遇の方の話を聞けて参考になりました。
うーん……とはいえ、私も現在政治的には右派だと自認していますが……日本での「右派」ではアレな人ばかり目立つのがなんとも^^;

MukkeMukke 2008/11/17 22:56 久間知毅さん>
>きちんと諌めてくれる存在は重要
本当に,本当に重要です。ぼくもいつかそういう存在になって,諫めてくれた人たちへの恩を返したいと思っています。

>同じような境遇
一旦妙な思想に染まった事は,人生の汚点ですがぼくにとって貴重な経験でした。

>日本での「右派」ではアレな人ばかり目立つのがなんとも
その点について,ぼくは絶望していますorz

marukomekidmarukomekid 2008/11/18 20:33 私は右〜とか左〜とかはどうでもいのですが、自分の持つ思想を疑ってみるのもまた一興だとおもいます。
そこでやはり右に戻るのか、左で突き通すのかを見てみては?

MukkeMukke 2008/11/18 21:52 marukomekidさん>
取り敢えずぼくはまだウヨのつもりです。そこを疑ってみるのもいいとは思いますが,少なくともぼくは歴史学徒である以上,歴史修正主義には戻りません。

名無しさん名無しさん 2008/11/19 01:21 http://d.hatena.ne.jp/Apeman/
http://d.hatena.ne.jp/pr3/
更新頻度が高いのはこのお二人ですので、時間があれば拝見なされば今まで「ネット右翼」と呼ばれた人達のブログとの差がよくご理解できるかと。
書き込み、お待ちしております。

暇が出来たら時々お相手していたのですが最近は飽きてきました、発言が単調で何より脳味噌の量が足りないのがあからさまで・・・
http://srsa.jugem.jp/

カリーカリー 2008/11/19 10:55 流されやすい人だな

MukkeMukke 2008/11/19 21:03 名無しさん>
ApemanさんのブログはROMってます。

カリーさん>
そうですね。自覚はしているのですが……

しのびしのび 2008/11/24 18:49 ここなど、いかがでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/
文芸評論家の山崎行太郎氏が、小林よしのりなど沖縄戦での歴史修正主義を、批判しています。
ご本人にも連絡が、付くみたいです。

MukkeMukke 2008/11/24 23:55 しのびさん>
そこは前に読みました。ぼくも,小林については批判しています。

abduluzzaabduluzza 2009/04/11 13:30 どうも人事とは思えなかったので、亀レスだけどコメント。

>小林よしのり
たしか彼の戦争論を、小学生くらいのときに本屋で立ち読みして、非常に不快感を
抱いた記憶があります。

>中学に入るか入らないかの頃には改憲論者になっていた
小学生のころから、そういう思想にご興味をお持ちだったようですね。(別に改憲論自体が問題ではないけど、
自分も一応は自衛隊容認・必要派だから)
でも、政治思想に興味を持つ小学生とは、普通いないですよね。それは素直にすごいと思います。
小さいころは、『頭がいい子』って、周りから言われてませんでした?

自分は中学生のころ、2ちゃんのハングル板を初めて覗いて、修正主義と差別主義の嵐で泣いちゃったことを覚えてます。
多分あれが、今の自分の原点なんだと考えてます。

>高校三年の時。(ママ)『嫌韓流』という
あれ、その嫌韓流は、2005年のやつですよね?となると管理人氏と自分は同じくらいの年なのかな?
同世代の話として、興味深いです。僕は嫌韓流はカバーだけで吐き気して、まだ読めてないんですよね。
僕の高校時代の知り合いにも、一人いましたよ、修正主義にかぶれていた子。太平洋戦争陰謀論や、
慰安婦唯の売春婦論や、植民地支配問題ない論、伊藤博文善玉論とか聞かされました。
あの時はすっごくいやな気分だった(笑、差別主義は表立っていわなかったから、『ライト』なネトウヨだったと
思いますけど。やっぱり僕の世代は修正主義世代なんですよね。時代の空気として。

自分も、多分管理人氏と、同じ時代を共有していますし、修正主義や差別主義に染まった
ネットウヨになった人たちと、メンタリティーや接した環境では
ほとんど差はないと思います。唯、自分の親が韓国人だっただけで、唯それだけの、自分では
選べない環境があったから、ネットウヨになれなかっただけなんだろうと、そう考えてます。
だから修正主義者や差別主義者を絶対に許容することはできないですけど、僕にとっても人事とは思えないんです。

とりあえず、管理人氏の高校・中学時代の御友人の中に、せめていなかったといいですね、その修正主義のアジで傷つくような
立場の子が。
経験者としていいますが、友人からそのような話を聞かされるのはつらいんです。特に、それが、
修正主義や差別主義なしなら、趣味の話(オタク話)ですごく盛り上がれそうな友達・知り合いだったら、ね。
オタクってだけでもマイノリティーなのに、その友達が・・・となるわけだから。

人を踏みにじらずに生きるのって、難しいですよね。踏み躙られていても、別の瞬間には踏み躙る側に回ったり(
僕も経験あります)。
オタクであり、韓国人であり、日本人であり、世界市民であり、そして何より一人のホモ・サピエンスであるものより。

MukkeMukke 2009/04/12 02:01 abduluzzaさん>
>小さいころは、『頭がいい子』って、周りから言われてませんでした?
今から思えば,そういう評価に奢っていたクソガキでした。

>中学生のころ、2ちゃんのハングル板を初めて覗いて
2ちゃんはトラウマものですね……

>となると管理人氏と自分は同じくらいの年なのかな?
驚 愕 の 事 実

……えっと,今大学に在学中です。浪人,留年はしてません。この辺りから年齢を察していただければ,と……(流石に生まれた年は晒せませんが)

失礼ですがabduluzzaさんは何故か凄い年上の女性というイメージ持ってました。そうかー……同年代かー……

>やっぱり僕の世代は修正主義世代なんですよね。時代の空気として
カジュアルなコンテンツが修正主義におかされていて,そういうものに触れると修正主義に触れてしまう,という世代なのかもしれません……普通のひとが嬉々として南京否定を口にするという状況はやはり異常です。ちなみに僕は核武装論とかにもかぶれて最終的には華族復活とかその辺りまで逝っちゃってた気がします。

>自分の親が韓国人だっただけで、唯それだけの、自分では
>選べない環境があったから、ネットウヨになれなかっただけなんだろうと、そう考えてます
韓国人の親御さんをお持ちだったのですね。環境のお陰,というのは大きいと思います。

>とりあえず、管理人氏の高校・中学時代の御友人の中に、せめていなかったといいですね、その修正主義のアジで傷つくような
>立場の子が
ここで懺悔します。いたんですよ,そういうひとが。しかも二人。

一人目は,李さんという優しい先輩でした。多分本人の耳に入ってはいなかったと信じたいのですが,ぼくが「差別されても仕方ない」的な発言をした時に,周囲の奴らが凄い剣幕で言いました――「じゃあお前,李さんも差別されていいっていうのか?」。ぼくはその時,自分が現実を見ないでくっちゃべっていた事に気付き,結局理屈を押し通してしまったのですが巨大なモヤモヤが残りました。ぼくは今でも,それを悔やんでいます。

二人目は,大学に入っても親しくしていたオタク友人なのですが,徹夜カラオケの後,マックでコーヒーを飲んでいたら「両親が韓国人」(片方だったかな?)とカミングアウトされました。といっても,彼女は大きくなるまでその事実を知らされず,アイデンティティは日本にあるそうです。「だから」と,彼女は言いました,「気にせずにフツーに韓国批判とかしていいよ」……これを聞いて,自己嫌悪がひたすらにこみ上げてきました。自分をぶん殴りたかったです。

なのでぼくはひとを差別で踏み躙った事があるのです。いいえ,差別者だったのです。それもこれはネトウヨにかぶれてからの話だけではありません。小学校の時,スリ・ランカから来た女の子へのいじめに加わってしまいました。じゃんけんで負けた彼女に残飯の処理を頼んだら嫌がった――今から思えば,文化の違いもあったのかもしれません――そんな事も口実になりました。彼ら――うち一人とは今も付き合いが続いています――との記憶は,ぼくにとって身勝手な痛みを伴うものです。この痛みを味わうひとをなくしたいと願います。

科学技術結社連合 有機創世派科学技術結社連合 有機創世派 2010/08/28 04:22 はじめましてなのに、もう一年も前に書かれたブログの記事に何を書いているんじゃい、と思われるかと思いましたが、これは私のことか!と思うぐらいにはほとんど同じ流れをたどっていたので、思わずキーボードをとってしまいました。
私の場合、戦争論から嫌韓に流れ、某日韓交流掲示板でぶいぶい言わせてました(笑)
私の場合は幸運なことに、そこにいた日本の方々の歴史に対する真摯な態度と、日本側の反面教師たちの「朝鮮半島を馬鹿にできるなら、事実でなくてもかまわない」と言わんばかりの態度を目の当たりにして差別的な思想から抜け出せたのですが…。

冷静であれること、真摯であれること、そのためには、己の知識を、論理を顧みることが必要で、あの時の私には、それが足りませんでした。
今の私にそれがあるのか!と問われれば、完全にあるともいえないかもしれません。
しかし、自分はそれを怠ってはいけないのだと気づくことができたという意味で、きっと有意義だったのでしょう。
…長々と他人のブログですいません。これも一つの告解とでもいうべきものなのでしょうかね。
それにしても、自分の恥ずかしい過去を共有できることがあろうとは。
韓国人に怒りを忘れろと言いながら自分は韓国人を馬鹿にしていたあの時の自分は、今考えると相当滑稽です。
できれば、こんな枕に顔をうずめて足をバタバタするような体験をする人が、少しでも少なくなりますように。

MukkeMukke 2010/08/28 22:12 科学技術結社連合 有機創世派さん>
こんな恥ずかしい自分語りですみません(汗)

>某日韓交流掲示板
enjoy Koreaですか? 懐かしいなぁ……あそこは一時期(ロム専とはいえ)本当に入り浸っていました……

>韓国人に怒りを忘れろと言いながら自分は韓国人を馬鹿にしていたあの時の自分
ほんとうに,あの頃のナチュラルな差別者であり,裸の王様だった自分のことを想像するだけで身悶えします。なんて,恥ずかしい。今も無知であることには変わりないですが,あの頃の自分のようにはなるまい,と言い聞かせて何とかここまでやっています。

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